The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
確かに、記憶を探っていくと言った記憶がなかった。
「紹介が遅れたわね。私は片桐早苗よ」
「及川雫です〜」
「サイキックアイドル、堀裕子です!」
いや、知っているわ、とハーミーが言葉を濁す。
「……えっと、プロデューサー。ぼく達はこの人達の前座なんですね?」
エバンスさんが確認を取ってくる。既に涙は引っ込んでいた。
「ああ、そうだ。今注目されているユニットの一つでもある」
「いやあ、言ってくれるじゃない!」
照れ隠しかどうか知らないが、片桐さんが俺の背中をばしばし叩く。止めてくれ、投げられた痛みはまだ引いていない。
「……じゃあ、『お願いシンデレラ』も一緒に?」
ハーミーは及川さんの胸を見ながら、絞り出すように言う。
「そうね。どんな子達なのかなーって思って来たら、そこのプロデューサーがエバンスさんを泣かしているように見えて、ね」
ね、じゃないよ。
「そう、でした……。歌詞、まだ……」
落ち着いてきたエバンスさんの表情が、再び曇り出す。
「大丈夫ですよ〜。私達も、練習に付き合います〜」
及川さんの申し出に、セクシーギルティの他二人もうんうんと頷く。
「あら、いいんですか?」
「大丈夫です! 定例ライブには出演しないので!」
ダフネの質問に、堀が答えた。……向こうのプロデューサーに連絡を取ってみようか。
社用携帯からセクシーギルティのプロデューサーを選び出し、発信する。
「お疲れ様です。アイドル事業部、城戸です」
『ああ城戸くん、お疲れ。そっちに三人が向かったと思うけど』
信号機や車の音が微かに聞こえてくるし、外回りでもしているのだろう。
「はい、今から合同練習をすると」
『ああ。いきなり全体曲をやるとなっても難しいだろうし、早いうちから合わせていった方がいいだろう』
それに、と彼は言葉を続ける。
『うちのユニットが出るからには、失態を起こしたくないっていうのも本音だね』
「……はい。承知しています」
全体曲で失敗してしまえば、E.G.G.Sのみならずセクシーギルティの風聞も若干悪くなる。
俺が答えると、向こうは軽く笑った。
『――まあそんな事は置いといて、彼女達が先輩風を吹かしたいってだけなんだろうけど』
「はあ、先輩風、ですか」
『もっと言うと、あの提案をしてきたのも片桐さんだから』
「えっ? そうなんですか?」
練習を始めた六人をちらりと見ながら、ため息をつく。てっきり、向こうのプロデューサーから言い出したものだとばかり思っていた。もしくは今西部長。
『っと、悪いね。オレはこれから打ち合わせがあるから。何か問題があったら、連絡してくれ』
「はい、分かりました。それでは」
通話を切る。ため息が再び漏れ出た。先輩風とは言っていたが、根本にあるのは親切心だろう。――貴重な合同練習の機会なんだし、E.G.G.Sの三人にはしっかりと励んで欲しいところなのだが。
エバンスさんが再び歌詞を間違え、キョロキョロと周りを見渡していた。
――――
うーむ、と片桐さんが唸る。
「やっぱり、まだ自信がない感じ?」
エバンスさんはこくりと頷く。
「はい。……さっきも、凄い間違えていましたし」
それだけではない。歌詞が完全に飛んでしまっていたり、順序を間違えていたりもしていた。その度に他のメンバーを見るものだから、傍目に見ていてもそこそこ目立つ。片桐さんが指摘する通り、自信がないから起こってしまう問題だ。
「そうですね〜。振り付けから合わせていきましょうか?」
「むむむっ! 雫さん、サイキック気分転換ですね!」
サイキックかどうかは分からないが、確かに気分転換にはなるだろう。特に、E.G.G.Sの三人はずっとボーカルレッスンだったのだから。
「プロデューサー、問題ないかしら?」
「ああ。折角の機会なんだ、きっちり教えてもらいな」
いいですよね、とトレーナーの方を見る。俺の視線に気付いた彼女はゆっくりと頷いた。……柔軟な指導者は好感が持てるな。
「なら、準備しなきゃね」
ダフネはエバンスさんに声をかけた。エバンスさんの目は、まるで水を得たかのように輝く。
「はい、そうですねダフネさん!」
彼女の反応を見る限り、やはり振り付けには自信があるようだ。
「……ね、あの子大丈夫?」
そのように小声で尋ねてきたのは片桐さんだ。馬鹿にするような様子は微塵も見せず、その表情はまるで我が子を心配する母親のようだ。
「ま、見ててくださいよ」
エバンスさんをちょいちょいと呼ぶ。彼女は俺に気付くと、とてとてとてと歩み寄ってきた。
「どうしたんですか、プロデューサー?」
「振り付けの方は問題ない?」
俺の質問に、エバンスさんはにっこりと微笑みながら答える。
「はい! 全部覚えています!」
「そっか、なら良かった」
俺が右手でサムズアップすると、エバンスさんはぺこりとお辞儀をして離れていった。
「……全部?」
ただ一人、片桐さんは訝しむような顔でエバンスさんを見ていた。
結果から言うと、振り付けは問題がなかった。ボーカルの方に集中していた分、振り付けにはあまり時間を掛けられなかったのだが、それでも他のメンバーと遜色がない。急に合わせたはずなのに、綿密に練習したかのようにこなしていた。
「振り付けは問題ないんだよな」
寧ろ、ハーミーとダフネの微妙な粗が気になりそうだな。二人は振り付けにこなれている分、逆にクセがついてしまっているようだ。少人数で踊るのならば問題はないのだが、六人で合わせるとなると若干目に付いてしまう。
「凄いです〜。完璧じゃないですか〜」
及川さんがエバンスさんに、驚いたような感想を投げかける。……口調のせいで驚いているようには見えないのだが。
「サイキック反復練習のたまものですね!」
何なんだよサイキック反復練習って。エスパーの特訓かよ。
「ふふん、違うわ! ハリエットはダンスが凄い得意なのよ!」
「どうしてお前が得意げなんだよハーミー」
ダフネが「ふふっ」と笑う。
「いいじゃない。あたしも誇らしいんだから」
「……そうか?」
「ええ。プロデューサーさんも、胸を張ったらどう? エバンスさんを見つけたのは、プロデューサーさんでしょ?」
確かに、悪い気はしないな。
「エバンスさんだけじゃないっての。ダフネもハーミーも、俺が見つけたようなもんだからな」
何故武内さんが見落としたのか、寧ろそこが気になるぐらいには二人も逸材である――と、俺は勝手に自負している。俺の言葉に目を丸くしたダフネは、つっと目を細めた。
「悪い人ね、プロデューサーさんは」
「……何がだよ」
褒められたかと思ったらけなされた。
「はいはい、担当アイドルを口説くのはあとあと! ――正直驚いたわ。眼鏡掛けているのに、凄いキレッキレじゃない」
「口説いてた訳じゃないんだけどな」
片桐さんに反論しながらも、思考を巡らせる。
エバンスさんのダンスの技能はダントツだ。一回通しで見るだけで、振り付けを完全に習得してしまう。今まで普通の女子高生だったとは思えないくらいだ。懸念材料だった、中人数での合わせにも問題はない。おそらく、十人を超えるような大型の編成でもキッチリ合わせてくるだろう。
対して、歌の方には不安が残っている。音程や声の大きさといったような事ではなく、歌詞が覚えられないといった致命的な点だ。音程や声の大きさならば基礎レッスンを積んで払拭出来る問題ではあるのだが、歌詞については覚えるしかない。
そういえば、「Union-jAck」の方はどうなのだろうか。……いかんな、考えたら考える程にドツボにはまっていく。とは言え、全体曲だけやってはい終わり、とはならない。寧ろ、E.G.G.Sにとってのメインは持ち歌の方なのだ。一曲でも覚えられるかどうか心配なのに、更にもう一曲あって……。うーむ、どうしたものだか――。
「……デューサー? プロデューサー?」
「――っと、悪い、考え事してた」
声を掛けてきたエバンスさんに返事をする。
「それで、どうしたんだ?」
「その、何かいいアイディアがないかって、ハーミーが」
どういう事だとハーミーに視線を向けるが、彼女はぷいと顔を逸らした。……あんにゃろう。
「良くないアイディアならあるが、ぶっちゃけ使いたくねえんだよな」
「良くないアイディア、ですか?」
「ま、今回は伏せておくが」
例えば、「お願いシンデレラ」の時にエバンスさんを出さないというアイディア。しかし、それはその場限りの解決策にしかならないし、エバンスさんも成長出来ない。一番楽な方法なのかもしれないが、悪手である事は明らかだ。――それを今、エバンスさんに言ったところで事態が好転する事もないだろう。
「そういえば、持ち歌の方はどう?」
「良くないアイディア」の事を勘ぐられる前に、話題を変えてしまおう。
「『Union-jAck』の事ですか?」
「そうそう」
歌だけのレッスンに加えて、振り付けと歌を合わせるレッスンも始めていた筈である。どちらかに気を取られて、もう一方がおざなりになっていなければいいが。
「最近は、歌詞を覚えつつありますよ」
エバンスさんの顔は不安げなものではあったが、出てきた言葉はある程度安堵出来るものだった。
「それなら良かった。やっぱり、歌い慣れてきたってのもあるんだろうな」
数日ほど前はハーミーとダフネの二人も言葉を濁すくらいだったのだが、この所持ち歌に関しては話題にあまり上らなくなっていた。勿論、全体曲が目下の問題であるという事もあるのだろう。「知らせのないのは良い知らせ」と言ったところか。
「はい、多分そうだと思います。今週から振り付けとの合わせをしていって、やっと覚えてきたって感じなんですけど」
「だったとしても充分じゃないか。確実に前進しているんだから、もっと自信持てよ」
「……はい! ありがとうございます」
俺に礼を言うと、表情がいくらか明るくなったエバンスさんはそのまま皆の元に戻っていった。……どうしてスキップしているのかは分からんが、元気付ける事が出来たのなら良しとしよう。
そうか、持ち歌の方は覚えつつあるのか。「どうしても覚えられない」といった、呪いのようなものではなくて良かった。人よりも、少し覚えるのに時間がかかると言った具合なのだろうか。
「……ん?」
いや、待て。ずっと覚えられず、メンバーからも心配されるような覚えの悪さが、突然鳴りを潜めるだろうか。さっきのエバンスさんの話し方だと、「今までずっと出来なかったことが、急に出来るようになった」といったような感じだった。しかも、本人はそこに何らかの工夫を凝らしたようではないらしい。対策を行なっているならば、「多分そうだ」と曖昧な返事を寄越すはずがないのだ。ハーミー程自信満々とは言わないにしても、その方法を匂わせるような言い方をするはずである。
つまり、「Union-jAck」のレッスンの中に、エバンスさんの問題点を解決する糸口がある。
「……そういう事か」
少し考えてみれば、それはかなり簡単な事だった。確かに、その方法で習得したとなれば納得がいくし、今後他の曲をやっていく際にも応用が効く。それ以上に、何故そんな簡単な事にも気付けなかったのかという驚きもあるのだが。
「ちょっといいか、皆」
意を決した俺は、振り付けを確認し続けるアイドル達に声を掛ける。
「次はなんなの? 女ったらし」
おいおいハーミー、どうしてそんなに突っかかってくるんだ。
「皆、っていうのは私達も?」
「はい、協力してもらえますか」
片桐さんに答えながら、改めて皆を見る。……若干厳しい目付きなのは何故だろうか。俺何にもしてないんだけど。
「エバンスさんの歌詞の覚え方について、いい方法を思い付いた。――協力して欲しい」
皆の目付きが、先程とは違う真面目なものになった事を感じて、俺は、にっ、と頬を緩めた。
次のお話ですが、完全に場面が飛びます。