The iDOLM@STER Cinderella Girls ~Two Irregulars~ 作:せいけー
武内さんは、俺の言葉を受けてゆっくり頷くと、再び前川さんと莉嘉に向き直る。
「……みく達、デビュー出来るの?」
前川さんの質問に、武内さんはこくりと確かに頷いた。
「はい。全員、必ずデビューさせます。私を信じて待っていてください」
ええ〜、と残念そうな声を上げたのは、そう言った武内さんの隣にいた、小さな女の子である。
「杏は別にいいんだけどな〜」
おいおい、Tシャツと同じような事を言っているぞ。
「……全員、必ずデビューさせます」
まるで出鼻をくじかれたような格好になってしまった武内さんは、首筋に右手を添えながら再び力強く宣言した。頑張れ武内さん。
「え、じゃあ『企画検討中』ってやっぱり……」
「はい。全員のデビューを見据えて、企画している段階です。時間はかかるかもしれませんが、待っていてください」
はあ、と脱力したように前川さんは体の力を抜いた。
「それじゃ、進にーちゃんが言ってた通りってこと!?」
莉嘉の言葉を受けて武内さんは、驚いたような仏頂面で俺を見る。
「ああ、はい。前もって、そんな感じの事を言いました。武内さんが忙しそうにしていたのは知ってるんで」
「……すみません」
俺が武内さんに説明すると、彼は視線を下げた。
「何もしてないですよ、俺は」
結局、俺がやった事なんて見習いアイドル二人と駄弁っただけだし。
「次、次は誰がデビューするにゃ!? みく!?」
「もしかしてアタシ?」
「いえ、それは」
「あ、杏は最後でいいよ。というか、デビューしなくてもいいよ」
「……全員、必ずデビューさせます」
「おいおい、総出で武内さんを困らせるなよ」
兎に角、穏便に終わったと考えていいのだろうか。
「……いやあ、よかったよかった。平和なのはいいことだ」
いつの間にか俺の傍にいた謎Tシャツの女の子が、聞こえるような小声で呟く。
「とぼけんなよ。武内さんを呼んできたのは君だろ」
きゃいきゃいじゃれつく二人の少女と大男を眺めながら、俺は小さい少女に言う。
「えー? 杏知らなーい。ホントは杏も、週休八日を要求するつもりだったし」
「ぶれねえな」
余った一日は何処から湧いて出てきた。
「ま、たまたま止めるような知り合いがいて良かったよ。よく考えたら、ストライキなんてめんどくさいじゃん」
「本当にな。面倒臭い事態になりかねないからな」
カフェを占拠してストライキするなんざ、下手すると企業に対するテロ行為だ。346の事を考えると、何かと外部への露出が多いカフェで事を起こすのは不味い。内部からも外部からも、「シンデレラプロジェクトのプロデューサーは、担当しているアイドルも制御出来ないのか」と文句を付けられ、今後の営業活動に大なり小なり影響を及ぼしていたに違いない。その事態に泣きを見るのは、武内さんもそうだが、何よりもアイドル自身である。
「んー? 杏はただ、『めんどくさい』って言っただけだよ?」
「ま、そういう事にしといてやるさ」
どうやらこの子は、意地でもとぼけ続けるつもりらしい。……分かったよ、その三文芝居に付き合ってやろうじゃねえか。
「それにしても、赤の他人の相談に乗るなんて、物好きなプロデューサーもいたもんだね」
「それはどうかな? 俺は従妹が馬鹿やってるのを止めて、その友達の話を聞いただけだよ。赤の他人だったら、無視してたかもな」
実際、当事者が莉嘉じゃなければ引き留めていたかどうかも分からない。
「へえ、お節介な兄だね」
「どちらかと言うと、娘みたいなもんだよ」
実際、前世からの累計年齢で言えば莉嘉ぐらいの、下手をすれば美嘉ぐらいの娘がいてもおかしくはないだろう。
「ふうん? 変なの」
「そうかもな」
……まあ、「実は転生していて」なんて話をした所で、信じてもらえるような話ではないだろうし。
「兎に角、武内さんを連れてきてくれて助かったよ。俺じゃどうしようもなかったかもしれなかったし。……えーと」
「双葉杏」
「そうか。サンキュ、双葉ちゃん」
はいはい、と適当な返事をしながら、双葉ちゃんは俺の元を去っていった。……あの子、あんな調子だが相当頭が切れるらしい。その実、彼女の要求内容は現実的なものでは無かったので、二人の要求を有耶無耶なものにしようとしたのだろうか。まあ、俺がいた事で行動を変えたらしいが。
双葉ちゃんと入れ替わるようにして、二人を振り切った武内さんがずんずんと俺に近付いてくる。
「……すみません、城戸さん」
彼はそう言うや否や、頭を下げた。
「いえ、自分は何もしてませんよ。俺はただ、あの二人と世間話をしていただけですから」
いえ、と武内さんは頭を下げたまま俺の言葉を否定する。
「迷惑をかけてしまった事に変わりありません。城戸さん、ありがとうございます」
「いえ、従妹を注意するのは従兄の役目ですよ。本当に何もしていません」
武内さんはゆっくりと顔を上げる。うーむ、武内さんが上目遣いで見ると、メンチを切っているみたいで迫力がある。
「……このまま彼女達を止めることが出来なければ、事態は更に大きくなっていました。例え世間話だったと言えども、前川さん達を引き留めてくださり、ありがとうございます」
ここまで言われてしまっては、謙遜し過ぎるのもいけないだろう。
「どういたしまして」
ふと、疑問がよぎった。何故、前川さん達がストライキを決行する事になったのかと言えば、大元は武内さんの「曖昧な回答」にある。武内さんが曖昧な回答をせざるを得ない程に、シンデレラプロジェクトの進行は不透明なものなのだろうか。仮に、ある程度の方針が決まっているならば、手段はどうであれ逐次説明を入れていくはずである。報連相は仕事の基本なのだから。
「武内さん、担当アイドルとのコミュニケーションの機会とかはないんですか? ――あ、いえ、毎日忙しくしているのは重々承知しているんですが……」
俺が訊くと、武内さんは視線を下に逸らした。……まずい、地雷踏んじまった?
「逐次、説明をしています」
いやいや、それが上手くいっていなかった結果がこれじゃないのだろうか。
「前川さんから聞きましたよ。『企画検討中』としか言わない、と」
「……はい。その通りです」
実際、そうなのだろう。もしも複数のユニットを同時進行で進めようとしても、作曲家の先生や作詞家の先生によって、デビュー順が前後してしまう可能性がある。今回は「キャラクターが薄味な子からデビューさせる」という方針上、武内さん自身も苦しいのだろう。個性の強い子の曲が出来たとしても、薄味な方を優先させなければならないのだから。
「これからは、より具体的に説明をしていきます。アイドルの皆さんに、不安を抱かせる事がないように」
俺がどう声をかけようか悩んでいると、武内さんがそう言ってきた。――既に、いつもの仏頂面に戻っている。
「ああ、はい。まだ自分も新人ですが、何か手伝える事があればサポートしますよ」
「……ありがとうございます」
何だろうか。微妙に違和感がある。まるで、本心を何かで必死に覆い隠しているような、そんな感じがする。とは言え、プロデューサーとしての手腕は彼の方が上である。まさか大きな失敗をする事もないだろう。
武内さんに限って――。
「あ〜ん〜ず〜ちゃ〜ん! やっと見つけた!」
俺の思考を遮ったのは、突如聞こえてきた大声だった。
「うわっ、ちょっときらり、離してよ」
「ダメダメー! 直ぐにレッスンをさぼっちゃうんだから!」
双葉ちゃんは、背の高い少女に捕まっていた。……いや何あれ。むちゃくちゃでけえ。身長だけなら武内さんレベルだ。
「あ、きらりちゃんだー!」
莉嘉は双葉ちゃんを飼い猫のように抱え込む少女の元に駆け寄り、俺と武内さんの方へ引っ張っていく。
「ほら! この前話してた進にーちゃん! 346にいたんだよ!」
近くに来たら尚更でけえ。ぺこりと少女は頭を下げる。
「諸星きらりでーっす! おなーしゃー!」
「お、おお。おなーしゃー」
半ば気圧されるように挨拶を返す。背が高いが、顔は美人というより美少女といった感じだ。……ホント武内さん、すごい子を見つけてくるな。
「にゃ! 莉嘉チャンのイトコって事は、あの城ヶ崎美嘉ともイトコって事にゃ!?」
「え? そうだよ?」
前川さん、今気付いたの? 莉嘉も驚いてるぐらいのタイミングなんだけど。
「プロデューサーは知ってたの?」
諸星さんが武内さんに訊く。
「はい。彼が入社した後に知りました」
「えー!? 進にーちゃん、メンセツの時に言ったら一発オッケーじゃないの?」
「そればかりは勘弁だ」
親の七光りならぬ、従妹の七光りで入るのは気後れするんだよ。そういうのは自分の実力で入らないと、後々痛い目を見るんだ。それに、結局入社出来たんだからいいじゃねえか。
「……真面目だね。杏には分からないな」
「杏ちゃん! 杏ちゃんはこれから真面目に頑張るの〜!」
双葉ちゃんは、諸星さんに説教されていた。しかし、諸星さんの口調が緩いこともあり、がみがみ言っているような感じはしない。双葉ちゃんの小ささも相まって、まるで幼稚園の先生みたいである。
「前川さん。来週の週末、E.G.G.Sは一足先にデビューするけども、何だかんだ言ってまだまだ新人だ。――勿論、俺もプロデューサーとしてひよっこだしな。だからまあ、同じ新人としてこれからもよろしく」
武内さん以外では一番まともに話を聞いてくれそうな前川さんに対して、俺は右手を差し出す。彼女はふんすと鼻を鳴らしながら、握手に応じた。
「よろしくにゃ。……でも! みくはすぐにトップアイドルになるんだから! 首を洗って待ってるにゃ!」
「ははは、その意気だ」
万力みたいに力入れてるけど、それは無意識なのかな?
――――
所変わって、地下の部屋。今日、三人のレッスンに顔を出せなかった理由を話していた。
「って事があったんだよ」
へえ、とダフネは驚いたような声を上げる。
「プロデューサーさん、あの城ヶ崎美嘉の従兄だったのね」
「驚くところ、そこかな?」
色々と他にないのか? ハーミーは目を釣り上げて言う。
「申し訳ないと思わないの? 城ヶ崎美嘉の従兄で」
「そこまで言われるような事じゃないだろ」
エバンスさんが「それにしても」と話題を変える。
「プロデューサー、何だかよくシンデレラプロジェクトの人達と会いますね」
確かに、言われてみればそうだ。シンデレラプロジェクトは全然で一四人というから、既に半分と出くわした事になる。その内の一人は従妹だったのだが。
「それだけ人数が多いって事よ。……武内プロデューサーも、一四人を一斉にプロデュースするなんて、正気の沙汰じゃないわ」
ハーミーが武内さんをそう言うならば、赤羽根先輩は既に狂人の域に達してしまっているだろう。武内さんは「総勢一四人の複数のユニット」に対し、あの人は「別々の一三人」をプロデュースしているのだ。同業者から見れば、狂っているとしか言いようがない。
……この世界には転生者もいるんだ、狂人の一人や二人いたところでどうって事ないだろう。
「それよりもだ。準備の方は大丈夫そうか?」
俺が訊くと、三人はそれぞれゆっくりと頷いた。
「わたしは問題ないわ。きっちりレッスンを重ねたから」
「勿論、あたしもよ? 心配しないでね、プロデューサーさん」
エバンスさんはゆっくりと深呼吸すると、真っ直ぐな目で俺を見ながら言う。
「――まだ怖いです。歌詞が飛んでしまうのが。出てこなくなるのが。でも」
彼女は両脇にいるハーミーとダフネをちらりと見る。
「でも、皆が信じてくれているから……だから、ぼくもステージに立ちます」
「……そうか」
心強いじゃないか。
「最後の調整、きっちりやっておけよ。E.G.G.Sの第一歩だ」
「はい!」
「ええ」
「もちろんよ!」
来週の土曜日。やっと、彼女達をお披露目出来る。
次はE.G.G.Sのライブです。