薄雪の咲く頃に   作:みーごれん

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”織田作”
原作小説「赤髪に鳶色(茶褐色)の瞳」
アニメ「赤髪は兎も角どう見ても青色の瞳」
みーごれん「…………読者様に好きに想像してもらおう。文章は鳶色で」


第一話 田中花

 店内に響くジャズ。日没を過ぎて薄明、暗順応の追いつかない瞳が捉える薄暮の時間を切り取ったような明るさのバーには、絶えず寡黙な客が出入りしていた。行き来する度客同士がすれ違うような狭い店内のカウンターに私は、いいや、私たちは座っていた。

 燻る煙草の馨りが鼻に衝くが、不思議と嫌ではない。煙草があまり好きでもない私がそう感じるのは、この店に慣れ切ったからか、疲れているからか、若しくは頻繁に会う友人が偶にこの馨りを纏っているせいか。一つに決める必要のない選択肢を並び立て、私は持っていたグラスを傾けた。黄褐色の液体がくるりと揺れ、大きな氷が透明な音を響かせた。

 グラスの中で踊っている液体を喉に流し込む。甘酸っぱい蜜柑の果汁が口に広がり、芳醇な香りが鼻を抜けた。私の隣に座る同僚の織田作こと織田作之助も同様にグラスを傾けているが、その中身は黄金色に透き通っていた。銘柄などに詳しくないから良くは知らないが、ウイスキイの一種らしい。バーに来て果汁など飲むのかと織田作の奥に座る同僚の太宰治に散々揶揄われた事があるが、仕方がない。未成年なのだから。当の太宰も同年齢の筈なのだが、()()()に蟹缶などを頼んで毎度酒を煽っている。今更それを指摘する者は居ない。

 

「さっきから気になっていたのだけれど」

 

 唐突に太宰が口を開いた。律儀に織田作は手を降ろして顔を彼の方に向けている。私は横目で太宰に応えた。

 

「中花さあ、その腕時計は何だい? 君の趣味じゃないでしょ」

「ああ、其れは確かに俺も思っていた。今朝から着けていたな」

 

 姓が田中で名が花だから、中花。いまひとつ呼び易さに掛けると思うのだが、太宰は私をその名で呼んだ。師弟で渾名を揃えているのだとか何とか。

 今その話は置いておくとして、私はグラスを置いて右腕に巻いた腕時計へ目をやった。腕の内側に、白い文字板に黒字で数字の掛かれた時計がある。黒い合成ゴムのベルトは太く、二(センチ)はあった。地味な意匠(デザイン)なのに存在感がある。確かに私の好みとは少し違う。

 

「……なんとなくさ。偶々部屋にあったから」

「ふうん? 織田作からの貰い物とか?」

「それこそ柄じゃないな」

「確かに」

 

 うふふと微笑を浮かべて太宰はそれ以上詮索しなかった。思ったほど彼の興味を擽らなかったか、何かを察して追及しなかったかは分からない。しかしこれはいつもの事だった。お互い友人という間柄だが、深く踏み込んだことは特にしない。気まぐれに集まって(ただ店に行くと他の面子に会うという事も多い)酒を飲みながら内容の有ること無いことをぐだぐだと口にしてまた別れる。そんな仲間だった。いつもならここに坂口安吾も加えて一層騒ぐのが恒例なのだが、今日はどうやら缶詰で仕事らしかった。原因の一端は私と太宰に在ったのだが、事後処理に奔走する彼を手伝うなどという事は出来ない。両者とも違う意味でそういった立場に無いからだ。ポートマフィアの最年少幹部・太宰治。彼が打ち立てた偉業もとい闇と血のリストは目にすることさえ憚られる凄惨なものだ。ポートマフィアの収入の半分を打ち立てたというのだからその凄まじさが分かるだろう。そんな彼がたかが抗争の後処理に奔走するなど有り得ない事だった。但し今回の作戦立案は彼であったから、多少の書類仕事などはしたのかもしれない。そして、其れを実行したのが私が所属する遊撃部隊だった。一介の構成員に過ぎない私が安吾の仕事――裏組織間での取引や駆引きといった後始末――をどうこうというのもまたお門違いなのだ。

 そういえば、と黙っていた織田作が口を開いて私へその鳶色の双眸を向ける。

 

「聞いたぞ、花。今回の抗争で十人長に任命されたらしいな。おめでとう」

「私も聞いたよ! 目出度いねえ!」

「ありがとう」

 

 他意は無いのだ。

 この組織の序列に於いて、頭である首領に次ぐ地位を持つのが幹部だ。斯く言う私が付いた十人長というのは、遊撃部隊の中で中堅も良い所。受け取りようによっては皮肉にも聞こえる祝辞を、素直に受け取る。

 もっと複雑なのは織田作からの言葉だ。はっきり言って、私は織田作より余程力量の無い小童なのだが、何の肩書にも執着せず平の構成員でいる彼より立場が少しずつ上がっているのが何と言うか――鷲の前で付け物の爪を閃かせながら空を飛ぶ鳩になったような気分だ。

 いけない。少し笑顔が引き攣っていたかもしれない。不思議そうに首を傾げた織田作に何でもないと片手を上げたところで、太宰がマスターに目配せをして何かを出してもらっていた。追加の蟹缶かと思ったがそれよりずっと大きい。

 

「お祝いに、私の新作水炊きを御馳走しよう! 安吾が居ないのが残念だけれどね」

 

 いそいそと鍋から取り皿へよそう太宰は、年相応に楽しそうだ。相応に、なんて同い年の私が言うのも変だけれど。

 

「有難くいただくよ」

「召し上がれ。織田作もはい! 自信作だよ」

「そうか。今回は何だ」

「うふふ、今回はねえ……」

 

 全員が匙を口に運ぶ。其処で会話が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫煙の海に、上等な革靴を響かせながらベージュのスーツに身を包んだ小柄な男が浸かっていく。端正に整えられた髪と丸眼鏡、口元の黒子が特徴的なポートマフィアの情報員・坂口安吾だ。仕事に一区切りが付き、何となく足の向くままいつものバーに向かったのだった。階段を数段残して店内を見渡す。奥までは見えないが、階段すぐに在るカウンター席は一望できた。

 

「…………」

「おや、安吾じゃないか。お疲れ様。立ち止まってどうしたの?」

 

 クツクツ笑んでそう言う私へ、安吾が額に手を当てて大きく溜め息を吐いた。

 

「聞きたくありませんが一応お訊きします。田中さん、そのお莫迦さん二人はどうしたんですか」

「太宰手製の水炊きで昇天したのさ。安吾もイっておくかい?」

「年頃の乙女がそんな言い回しをしないでください! 全く……」

 

 私の隣で、スプーンを持ったまま二人の友人が机に突っ伏していた。雲の上で何の気兼ねも無く飛び回る天使のように穏やかな表情で眠りについている。普段は重油より黒く重い笑みを浮かべて部下と接している太宰さえ腑抜けきった顔だ。

 私は徐に鞄から映写機(カメラ)を取り出した。ぱちりとシャッターの切れる音がする。安吾が私の空いている隣へ腰かけた。

 

「私の事を乙女などというのは君くらいだよ、安吾」

「そんな事は……いえ、ありますね」

「だろう?」

 

 織田作は私の事を子供――それも、小動物とかいったものに近い――のように扱うところがある。彼との関係性がそうさせるのか何なのか分からないが、婦女子として扱われた事は無い。

 太宰は太宰で、私の事を少年か何かのように思っている節がある。女子扱いしてほしいという願望は全く無いから構わないのだが、安吾が偶に複雑そうな表情で押し黙っているのを面白可笑しく思っている。だから、今の安吾の何とも言えない顔を横目で見ながら写真を撮り続けた。

 二度、三度。続いて鳴ったフィルムを巻く音。

 

「ところで安吾、“昇天”とか“イく”とかって本当はどういう意味なのかな。つい先程太宰が教えてくれたのだけど、君の反応を見るに使い方が違うみたいだ」

「選りにも選って太宰君からですか……貴方も素直に使うこと無いでしょう」

「安吾なら指摘してくれると思ったのだもの。織田作はあの調子だし、他の誰かに使うのは嫌な予感しかしないし」

「若しかして、酔ってます?」

 

 カメラの覗き口から目を離す。安吾の思わぬ指摘に数度目を瞬かせた後、私は首を三十度程傾けた。太宰なら兎も角、堅物な安吾が私を成人前に酒を飲む不良娘扱いするとは夢にも思わなかったからだ。

 

「何故?」

「何時になく上機嫌でしたから」

「いつもの私はそんなに不機嫌そうかな」

「そういう意味ではなく……何と言うか、浮足立っていらっしゃるものですから」

 

 顔が熱い。きっと私の顔は姫林檎のように局所的な赤化をしているのだろう。体質上、気恥ずかしさで紅潮するときは頬のみが真っ赤に染め上がるらしい。自分では見えないから良く解らないが。

 十人長になったことは、感慨深くはあったが感動はしなかった。だから、浮かれているのは別の理由からだった。口が裂けても言えるわけがない。

 ――――純粋に、祝って貰えたことが嬉しかった、なんて。

 自覚してしまうと、一層嬉しくて、恥ずかしくて、まごついてしまった。

 

「そう云えば、十人長昇進おめでとうございます」

「あ、有難う。皆耳が早いな」

「年相応にもっと喜べばいいんです。僕らの前でくらい、ね」

 

 そして私の隣に座った男は、そういう機微に聡かった。

 クスリと微笑んだ安吾の眼鏡の奥で、底意地の悪い瞳が透けて見える。

 私はむうと頬を膨らませると、まだ残っている太宰手製の水炊きを頬張った。結局名前は分からず仕舞いだったが、きっと前回の“超人スタミナ鍋”系統の改良版だろう。口の中が刺激物で満ちている感覚が前回より強い。唐辛子と薄荷を追加したらしいことは分かったが、それだけではない風味は謎の儘。二口、三口と口に運ぶ私を、化け物でも見るような目で安吾が見ている。

 

「よく太宰君の鍋を平気で食べられますね。僕は二度と御免ですよ」

「下賤の生まれだから腹が強いんだ」

「貴方確か生まれは富裕層ではありませんでしたか」

「あははは! マフィア専属情報員ともあろう男がその為体では困るなあ! 情報には裏表が在るのだよ、坂口安吾君」

 

 鍋の最期の一口を食べきると、先程の恥じらいは何処へやら。

 渾身のどや顔に安吾の唇が引き攣った。相当面倒くさい顔をしているらしい。溜息を吐いてグラスと向き合った安吾にシャッターを切る。仕事で眉間に深い皺を刻みがちな安吾がどのくらい皺を伸ばせるのか計測中なのは私だけの秘密だ。

 それから暫く取り留めのない話をぐだぐだとして、私と安吾はあまり触れたくなかった事実の解決に乗り出さねばならなくなった。

 太宰の創作料理による犠牲者(笑)をどう家に帰すかという話である。太宰一人なら何とかなるが、織田作まで連れて帰ろうとすると私と安吾ではどうにもならない。

 

「案は二つ。後で太宰から報復がある方と、下手すると織田作に撃たれる方。安吾が選んでいいよ」

「何故そんな物騒な選択肢しかないんですか⁉ 太宰君の部下を呼べばいいでしょう⁉」

「それは案1。太宰の寝顔写真を出汁(ダシ)にして中也を呼ぶ。太宰を煽りまくった中也諸共、報復を受ける迄がセット」

「黒服の数名で良いんですよ‼ 敢えての人選に悪意しか感じません‼」

 

 中也というのは私の上司に当たるマフィアで、本名を中原中也という。重力操作の異能を持つ幹部クラスの人間だが、太宰と犬猿の仲でしょっちゅう衝突しては首領から止められている。

 

「じゃあ織田作の方か」

「田中さん、僕の話を聴いてほしいのですが」

「こんな時間に黒服の面々を叩き起こすの? 中也は両者得をするから良いけど彼らは流石に可哀相だよ。私ならキレるよ」

「しかし……因みに織田作さんの方を選ぶとどうなるんですか?」

「こうなる」

 

 私は安吾の頭に掌を置いて無理矢理伏せさせると、一歩席から引いて左手を銃に見立てて構えた。寝息を立てている織田作に照準を合わせる。殺気を引き絞るように一気に集中する、という段になって、私は目の端で捉えた急速接近する物体に対し防御態勢をとった。力を逃がすよう斜め方向に受けたそれは、私の殺気に反応して織田作が放った回し蹴りだった。

 

「いっっ痛痛……織田作~~。私が分かるか~い?」

 

 空中でピタリと止まった脚は、後数(センチ)でバーの壁を抉り取る所だった。冷や汗を掻きながら私が問うと、織田作はゆっくりと足を降ろす。

 

「…………ああ……はなだな…………」

「よしよし、今日はもうお開きだ。帰ろう」

「わかった……すまない……」

「よし、安吾、もう大丈夫だ! 顔を上げて良いぞ!」

「そういう事はやると言ってからにしてください‼」

 

 半分眠りながら頷く織田作。

 私が打ち付けたせいで赤くなった額を擦りながら怒る安吾。

 相も変わらず心地よさそうに眠る太宰。

 いつもと少し違って、それでもやはりいつも通りの私たちは、今日もまたこうやって明日を迎えていく。

 

 この、微睡のような関係に大きな変化が訪れたのは、今日から――

 

 

 

「安吾、大丈夫?」

「太宰君、くらい……僕、一人で、運べ、ますっ」

「それは頼もしい。ねえ、織田作」

「…………ああ、そう……だな……」

「織田作~~、も~ちょっと我慢だ! 私も安吾も君を抱えるのは無理だぞ!」

 

 

 

 ――――一週間と経たないうちの事だった。

 

 

 

 




中原中也が太宰の部下云々の話は、小説版 太宰、中也、十五歳で違うなってなったのですが、太宰の下僕的な意味です。多分。
この小説を書きながら読んだので、設定が緩いです。申し訳ない。
彼の扱いが若干酷いですがみーごれんは彼のこと好きですので悪しからず。

……後書き中也ばっかりだ。

一番好きなのは織田作です。
幸せになってほしい……

自己満足の小説ですが、お付き合いいただければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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