今回は少し休憩で文字少なめ。
「ヤァ、目覚めたかい織田作。気分は?」
「向こう五十年の二日酔いをまとめて受け取っている気分だ」
安吾が再び黒い特殊部隊と闇に消え、目を覚ました病室で織田作は太宰と再会した。特殊部隊は当面放置しておいて良い事。目下の敵であるミミックは相当骨の折れる相手で、太宰の部下である芥川をはじめ武闘派のマフィアが手を焼いている事。そしてミミックの早急な対処が強いられていることを太宰は説明した。安吾救出後、昏倒していた織田作を拾った芥川の危機と聞いて武装を始めた彼に、太宰はもう一つと情報を付け足した。
「これは首領を含め一部の者にしか伝えられていない命令なのだけれど、中花の捕縛命令が出ている」
「……どういう、ことだ?」
粛清や処刑ではなく捕縛。そんな命令が身内に行われるのは、内通容疑が掛かった場合や、利用価値が在る人質、又は精神作用などの理由で幽閉せざるを得ない異能力者である場合だ。
かつて太宰が最後の理由の為に数十人の犠牲を出して或る異能者を幽閉したことは記憶に新しい。捕縛されたのは年端も往かない子供らしいが、精神に作用し正気を失わせる異能故に今尚地下牢に囚われているのだとか。気の毒だとは思う。織田作が異能を持ちながら比較的平平凡凡に日々を送れているのは幸運な事なのだ。同種の異能である花も其れは同じはず。
花を人質にしなければならないような信用のない人物も彼女の周りには居ない。(安吾が其れに該当することは暫くしてから思い出した)
自然、思い浮かぶ理由は一番目だった。しかし、と織田作は首を横に振る。
「花に
「そこまでは分からない。もっと別の理由かもしれない。けれど、このタイミングでの捕縛命令だ。そう考えるのが妥当だろうね」
「有り得ない」
「何故?」
冷たい声だった。道を歩いていた時、偶々目に入ったマンホールの穴が意外な闇を孕んでいた時の様な双眸が織田作に向けられる。
「ねえ、織田作。“こいつは間諜だな”とすぐにわかる様なのが一体どれくらいいると思う? 誰も他人の心など完全に理解出来はしない。君はもう少し他人を疑う事を覚えるべきだよ」
「……また、咖哩を一緒に食べようと云った」
数日前の会話を思い出す。花はいつもの事じゃないかと笑って、水を一口含んだ。そういえば、あの時花は答えなかった。はぐらかしたのだろうか。こうなると分かっていたのだろうか。
それでも、自分には理由を訊く権利くらいはあるだろう。仮にも彼女に師と仰がれたのだから。真面に師としての教えなど出来なかったけれど。こんな時くらい――――
戸の前に織田作が立つ。
「何処に行くんだい」
「わからない。だが、花が困っているなら駆け付けるさ」
「……ミミックの狙撃手を迎撃した路地裏に行くと良い」
「!」
振り返って太宰を見る。太宰は寝台の方を向いたままだ。真黒な外套が逆光で一層重く暗い色合いを放っていた。
「目撃情報があったんだ。そう遠くへは行っていない筈だよ」
「……恩に着る」
病室から足音が遠ざかる。
織田作の気配が完全に消えたことを確認した太宰は、外套の内
「……これで良かったのだね」
『ああ。有難う、太宰』
「織田作に嘘を吐くなんて真似、良い趣味とは言えないよ」
『そうだな。二度とさせない。済まなかった』
「君の事だよ」
『……嘘は吐いてない。返事をしていないのだから約定ではないだろう』
「中花!」
自嘲気味な相手に、らしくもなく太宰は声を荒げた。電話口で田中花はクスリと笑みを零すと、以降一切の感情を削ぎ落した調子で返す。
『お前は選んだんだ。最善の選択だよ。間違ってない。だからそれ以上言うな』
「けれど……私は」
『これ以上の通話はお前の首を絞めるぞ。まあ、森医師にはお見通しかもしれないけれどね。バイバイ、太宰。全部終わったら織田作に謝っておいてくれ』
「それは君が――」
通話が切れる。勢い込んで立ち上がった太宰は口を引き結ぶと、携帯電話を持っていた腕の力を抜いた。だらりと垂れ下がった手から派手な音を立てて携帯が転がる。
「皆、勝手だよ……」
握りしめた太宰の手に巻いた包帯が紅く滲んだ。
――――半日前 ポートマフィア本部座敷牢通気口出口
異能を出し惜しみせず、私は地上に脱出した。こういう時、織田作から武術を習っておいて良かったと心から思う。真正面から戦えなくとも出来ることがあるというのは精神的にずいぶん楽なものだ。真逆身内に使う事になるとは思わなかったが仕方ない。使えるものは全て使う覚悟は出来ている。
一先ず、私の塒と織田作絡みの場所は首領の手の内だろう。こっそり使っていた基地もあるが、何処までバレているか分からない今向かうのは危険だ。だから、待つ。いや、もう着いているか。
「居るんだろ、太宰」
入り込んでいた路地の向こうへ声を掛ける。
「うふふ、バレてたの」
ひょっこり顔を出したのは、右目を包帯で隠した蓬髪の黒外套、太宰治だ。
「じゃあ、場所を移して説明してもらおうか」
「最初からその心算だ。しかし、もう殆どは分かっているんだろう? 私の呼び掛けに応じてくれたのだから」
高層ビルが犇めく横浜の中心部。例に漏れず、夜闇に淡い光を放つ其処は、マフィアの息が掛かった
元々太宰が持っていた鍵で入室したのは、生活感の無いワンベットスイートルームだった。大きな特徴を挙げるとすれば、外に面した窓にベニヤ板が張られていた事と、反対側の窓に二三銃痕があった事だ。状況的にこの部屋の住人が狙撃に合ったらしいという事を察した。
「
振り返った太宰の手には、つい数時間前手渡した呆け顔の太宰の写真が握られていた。但しその表面は太宰の方で、私には裏面の白地が向けられていた。其処には私の字で、一見するとただの分数にも見える数字と線が羅列されている。
「実を言うと、私も何が書いてあるかは知らないんだ。ただ、太宰に伝えるよう未来の私が指示した。だから伝えた」
「未来の、か。順に説明してくれるかい」
私は端的に、私の異能の本質と、未来から織田作の死が迫っていることを教えられた事、其れを止めようと首領に働き掛けて失敗し幽閉された事を話した。
明日午後、芥川の救援に向かった際ミミックの長と遭遇。一騎打ちを申し込まれるが人は殺せないと固辞した織田作をその気にさせる為、翌日ミミックが織田作の扶養している孤児と、行きつけの店主を殺害。同日、ミミックとの戦闘で一個中隊のミミックと相討って織田作は死ぬ。
語り終えると、太宰は口元を隠しながら肩を揺らした。肩に掛かる真黒な外套の裾が上下に震える。
「ふ、うふふ。実に興味深い」
「駆引きはナシだ。私の言葉を信じるなら協力してくれ」
「信じないと云ったら?」
「明後日迄意識不明になって貰う」
「物騒だねえ。安心してよ。最初から疑ってなんかいないさ。君がこの暗号を使ってきた事と、内容そのもの、そして君の話に矛盾は殆ど無い。だけど、一つ質問させてほしいのだよ。勿論、“駆引きはナシ”でね。ねえ、中花。君は未来の記憶をそっくり持っているんじゃないの?」
私の異能力の有効範囲は六秒だ。それは決して揺らがない。だが。
沈黙する私に構わず、太宰が続ける。
「君の持つ情報は余りに豊富で細密だ。幾ら回数を分けたからといって伝えきれる量じゃあない。加えてその異能。実力を隠していたとしても、織田作に教えを乞うてヘロヘロになっていた君が、中也を伸して座敷牢を脱獄するなんて不可能だよ。――その異能の使い方を、当時の君以上に完璧に理解していなければね。記憶を継いだのは、その”腕時計”を着けだした日だ。君らしくない武骨な意匠のものだった。他にも腕時計は在ったのだろうけれど、君は
太宰が私の目の前まで近寄った。互いの息遣いが聞こえるほどの距離で、太宰は私の右手――腕時計を着けている手――を取った。貴族の令嬢からブレスレットを外す様な恭しい手付で、太宰は私の腕時計を外した。
「“此れ”を隠すためだ」
私の右手首に刻まれた広い傷跡を太宰の白い指先がなぞる。未だ赤く結晶のように固い血が崩れ、生じた穴から血が膨らんだ。
「傷が開いてしまったね」
「構わない。もう、痛みもないんだ」
自傷記憶術という記憶法がある。
自身の身体に傷をつけ、記憶と結び付けることで瞬間的に大量の情報を記憶することのできる手法で、軍人などに行うものが居るという。
賭けだった。私の異能が記憶情報を一時的に過去に移植している系統の異能力なのか、それ以外なのかによって、このやり方ではどうしようもなかった。少しずつ情報を送っていたのは事実だ。しかしそれでは間に合わなかった。織田作を救うために必要な情報の半分も足りなかった。
過去遡行時に右手首の皮を一部剥いだ。
私は賭けに勝った。
明らかに戦闘で付いた傷ではない此れを隠すためには、かなり幅の広い腕時計をする必要があり、結果趣味とは違うものを付ける羽目になった。
「お前の言う通りだ。これから起こることの情報はほぼ全て頭に入っている」
「なら、何故もっと早く私に相談して敵を殲滅しなかったのだい? 今までの犠牲は君の識る所だったのだろう?」
武器庫の襲撃も安吾の失踪もその後の抗争も全て一度目と同様に起こっている。確かに、その気になれば全てを防ぎ、ミミックを殲滅することも可能だっただろう。
しかし、其れだけでは駄目なのだ。首領は二年前から綿密に計画を練ってミミックの日本上陸を手引きし、唯一つ――異能特務化からの一方的な弾圧をさせない盟約である、“異能開業許可証”の確保――の為に時間と経費を費やしてきた。ミミックの早期殲滅は首領の計画を潰すことに他ならず、同時に似て非なる計画が立てられることは間違いない。今回ほどの規模にはならないかもしれないし、逆に想像もしていない災禍を招くことも考えられる。少なくとも首領が許可証を諦めるとは思えない。これ以上身内に事が起こると分かっているなら、動く時期は自ずと絞られた。
則ち、ミミックとの最終決戦は明後日。彼の日に異能特務化とポートマフィアの密会が開かれ、首領の目的は達せられる。そこまでは大きくぶつかることも過去を改変することもなるべくしないよう立ち回るしかない。
太宰が未来を識っていたら、それこそ取り返しがつかなかったのだと蛇足とも言える言葉を添え、私は苦笑して説明を締めた。
「成程ね。だから私にも此の土壇場になってというわけか。それで? 私には如何してほしい」
「織田作をミミックから遠ざけて欲しい。店長と子供たち、それに織田作の死の契機は、織田作とミミックの首領・ジイドとの邂逅だ。ジイドは自分を殺せるものを探している」
「例の“強力な異能力”か。一体それは何なんだい?」
私は躊躇った。果してそれを伝えることが正解か測りかねたからだ。結局結論は出ず、駆引きなしという自身の呪の様な言葉に引き摺られるまま口を開いた。
「――――《狭き門》。数秒先の未来を予見する異能」
息を呑む音が聞こえた。私ではない。見ると、太宰の咽喉仏がゆっくりと下がったところだった。唇の下に親指を押し当てて視線を彷徨わせている。沈思黙考する時の癖だ。「そうか……だから……だとすると……」と譫言の様にぶつぶつと呟いている。今なら油性ペンで落書きをしても気付かれないのではという幼稚な発想をしだした頃、太宰が急に顔を上げた。邪な事を考えていたものだから、私は思わず飛び跳ねて体勢を崩した。
流石は高級
私を引き上げた太宰の包帯が紅く汚れている。右手を見ると、引き揚げられたときだろうか、固まっていた瘡蓋がずるりと捲れ上がり、体液と血液を綯交ぜにしたものがじわじわ傷口から湧き上がっている。
「私の識る中花は」
太宰が不意に口を開いた。
「こんなやり方する奴じゃない。ミミックとの犠牲は仕方ないとか、自分を削って記憶を持ちこしたりすることなんかしない。まして、
「過去を」
太宰の言葉を切った。
彼は私を咎めようとはしなかった。
右手首が思い出したようにじくじく痛む。
「過去を変える為に時間を遡行した後、帰ってきた意識はどうなると思う?」
「……」
「生じた結果を“思い出す”んだ。其の後こうなってああなって、今こうなってるんだったって。変わらなかった。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も! 織田作は死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、ってね。私は、もう御免だ。織田作の死なんて二度と……」
転ぶより余程無様だ。
織田作の葬儀だって泣かなかったのに。
ミミックの長・ジイドの異能は、数秒先の未来を見通す予知能力だ。織田作の天衣無縫とほぼ同じと考えて良い。そんな男がミミックという武装集団を束ねるカリスマと武力、そして神出鬼没な行動力を兼ねているのだから分が悪い。
先ず奇襲が効かない。罠を張ろうにも行動
まだ、生きられた。
織田作の寿命はもっとずっと先の筈だった。
私はこの異能の影響か、相対した人物の肉体的な寿命が何となくわかる。だから、呆れるほど長命の太宰や、そこそこの安吾とずっと酒を囲んで語らって、子供たちを一人前にして、マフィアを引退して、穏やかに死ねたはずだった。“一度目”の私はそう信じて疑わなかった。あんなに強く、また出世などに興味の無い彼が、私たちの中で最初に死ぬなど夢にも思わなかったのだ。彼には未来があった。広大で鮮やかな未来が。
痛いのは嫌だ。仲間が死ぬのは嫌だ。
限られた生の中でそんなもの少ないに越した事は無い。
自分が死ぬのはもっと嫌だ。
命は大事だ。だからこそ、如何使うかは自分で決めたい。
織田作が未来を生きられるなら、其処に私は居なくても構わない。
何方かが消えるなら、私が良い。
――――私は明後日死ぬ。
織田作が相討ちした相手だ。過去の私の身体でどこまでできるか分からない。だが、勝算が無いわけじゃない。織田作の戦闘力に及ばない分、異能でカバーすれば何とかなるだろう。楽観し過ぎだろうか。分からない。異能の特異点とやらがどう働くか予想がつかないが、其れを今考えても始まらない。
私は目尻に溜まった露を強引に拭った。
「首領は織田作を見捨てて私を生かすことを選択した。だから逃げた。私の選択と相容れないからだ。太宰、お前はどうする」
スマホで迷ヰ犬怪奇譚と文豪とアルケミストして
パソコンで文ストの小説書いて
テレビで文アルを見る
――という生活をしています。
自覚するんじゃなかった……廃人オタク万歳(^▽^)/
色んなコンテンツで一長一短あって凄く楽しいです。
文ストになるとどうしても太宰が受難……してしまう……
御免ね太宰。君のお陰で小説書きやすかったよ。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。