薄雪の咲く頃に   作:みーごれん

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第八話 ジイド

 塩むすびとお味噌汁、たくあん二切れ。

 近場の弁当屋に売っていた。温かい味噌汁が在ったのはありがたかった。

 いつもの朝食を口にして、私は窓の外を見る。

 雲一つない快晴……の筈だが、この部屋からは向かいの建物が覗くばかり。

 緊急用に用意してあった狭い一間には、小さな机と洗面台があるだけだ。

 太宰によると、私の捜索は形だけになっているという。ミミックへの対処が最優先なのは当然のこと。加えて、その僅かな面子に広津さんや織田作が含まれていないのを聞いて確信する。首領との”条約”は締結できたらしい。

 

 床には昨日持ち込んだ装備が散らばっていた。

 鏡を覗き込む。

 見慣れた顔、見慣れた髪。

 髪が長いのは、何か目的があって伸ばしているからではない。単に、その都度切り揃えるのが面倒になっただけだ。中途半端な髪の長さの時に戦闘で集中を欠いてはいけないと思ったのもある。しかし、長いと長いで髪紐が切れたりすると邪魔になってしまうという欠点もあった。

 ――――もう、関係無いか。

 私は手近にあった投げナイフを手に取ると、一息に髪を切り落とした。毎日手入れしてるだけあってぞっとする切れ味だ。右手で持っているナイフを、くるくると遊ばせる。左手に持ち替えて同じことをする。うん、いつも通りだ。

 刃を陽光に当てて確認する。刃零れ一つない。革袋に入れた全ての刃其々を検分し、再び仕舞う。

 次に拳銃をバラし、一つ一つ様相を確かめて調整し、組み直した。静かな室内に重々しい音が響いた。

 着馴れ過ぎてクタクタになったスーツ。広津さんが初仕事の時にくださったものだ。当時の事はよく覚えていない。ただ訓練通りに引き金を引いて走っていたら終わっていた、という印象しかなかった。だから、この服を纏っていれば全てが上手くいく気がした。

 シャツの上から両側に拳銃嚢を通し、拳銃を仕舞う。腰元に投げナイフの革袋と手榴弾系統の武器を下げた。足元に仕込みナイフを噛ませたベルトを撒く。弾倉は出来るだけ忍ばせて、身体を動かしてみた。

 好い感じだ。

 私はそっと、此処まで持ってきていたポラロイドカメラに触れた。

 フィルムは後一枚分残っていた。

 私は鏡の前でそれを構えて、シャッターを切った。写真が吐き出される。

 顔が殆ど見えないし、髪も短いし、もう仕事ではめったに着ない服装だったけれど、紛れもなく私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――本当に一人で行くのかい?』

 

 幾つか筋を越えた時、見知った影が過った気がして立ち止まった。私は振り返らなかったし、彼も路地に出ようとはしなかった。

 

『うん。私が何度この時間に来たと思っているのさ。ミミックの事は本人たちより私が一番詳しい自信があるよ』

 

 何度も織田作の闘った後を見た。

 如何戦闘が進み、如何敵が動き、如何敵を斃したか。

 論文の一本でも書けそうなくらいに知っている。

 

『下手に部隊が付いてくると足手纏いだ』

 

 空は一転して曇ってきていた。重い雲が今にも落ちてきそうだ。

 

『太宰。――巻き込んですまなかった』

 

 出来るなら巻き込みたくなかった。力及ばず命を取りこぼすのと見殺しにするのは天と地ほども差がある。そんな苦しみを味わわせてしまった事に罪悪感があった。

 

『そして、最後まで付き合ってくれてありがとう。二人を、頼む』

 

 返事は無かった。

 

 薄暗い路地裏の繋がるあの道に居たのが、遠い昔の様だ。

 

 空の弾倉を捨て、新しいものを入れ直した。

 

 流石の織田作も、三連続の今日は咖哩を食べたりはしないだろう。

 

 頬に飛んだ返り血を袖で乱雑に拭う。

 

 安吾は今頃、重役に挟まれて冷や汗を流している頃か。

 

 遺体に刺さったナイフを抜いて布巾で拭い、仕舞う。

 

 広津さんに映写機と写真が届くといいな。

 

 扉の前に立つ。

 

 

 息を吸って、吐いた。

 想いと思い出を胸の中に在る小さくて堅牢な箱の中にしまい込む。

 

「終わりにしよう」

 

 大きな扉が開いていく。

 最後に舞踏を踊る相手はこの部屋に居るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一粒の麦、もし地に落ちて死なずばただ一つにてあらん。死なば……」

 

 私は振り返る。

 銀灰色の髪。赤い瞳。纏う襤褸の切れ間からは軍服と勲章が覗いている。

 

「――死なば、多くの実を結ぶべし」

 

 私はジイドの言葉を継いだ。彼の唇に薄い笑みが広がる。

 

「『ヨハネ伝』第十二章二十四節。見た目に依らず博識だな、ハナ」

「良い女の条件は教養がある事だ」

「成程違いない。では、良い男の条件は?」

「それを理解出来る事だよ」

 

 合図はいらなかった。

 私達は同時に銃を抜き、構え、異能を展開した。

 私は幾重にも分裂していく未来を見、ジイドは見える未来を訂正し変化させていく。

 六秒経った。

 聞こえた銃声は“一発だけ”だ。

 銃を構えていた私は六秒ジャストで前傾姿勢になり、ジイドの弾丸を躱した。自身もまた撃たれる未来しか見ていなかったジイドは刹那頬を強張らせる。織田作と鍛錬した私はよく知っている。近未来予知の異能は、行動を変えるとその地点からの未来しか見えない。その時点で相手の行動が次の段階に移っていた場合、出来る行動には制限が生じる。未来を読み切った六秒丁度の時間は、思考と行動がそれ以前の予知に触れていた分反応が鈍くなりがちなのだ。

 とは言え相手は歴戦の猛者。瞬時に立て直すと私の眉間にすぐさま標準を合わせた。接近しきる前に、ジイドは引き金を引いて私を殺せる。が、それは想定済みだ。私の口には既に抜いたピンが銜えられている。ジイドから死角になるようにしていた右手を私とジイドの間に突き出す。右手から放り出されたのは、円柱形で手榴弾とは似て非なるもの。

 

白煙筒(スモーク)⁉」

 

 一拍の後、小さな爆発と共に大量の白煙が視界を白濁させる。私は距離を取ると、部屋の入り口直ぐ近くに置いておいた自動小銃を素早く取り、構えた。視界がほぼ失われた状態であるから普通は闇雲に撃っても標的一人に当たる事は無い。そう、普通であれば。

 私とジイドは普通ではないものを持っている。異能力だ。互いに危機が迫ると強制発現する其れは、逆に言えば異能が発言するところに相手がいるという事に他ならない。

 世界が分岐する。

 1米も視界が無い中、発砲光で周囲が俄かに明るくなる。

 銃弾が射出され、壁を抉り、窓硝子を割る。

 演舞が開始した。

 

 

 

 

 

 

 ジイドが駆け抜けて行く後を追うように弾痕が壁や柱に刻まれていくのを、耳で感じていた。手の中で暴れ回る自動小銃を何とか御しながら、その爆音の中に彼が被弾した音が無いのを確認しながら、私は弾の尽きた銃を放り投げる。重い金属音が響く前に、足音も無くその場から離れた。煙が薄らいでいる。当然だ。私がぶっ放した銃弾がひたすら大きい窓硝子を粉砕していったのだから。

 勝負は此処からだ。一連のやり取りでジイドも異能を使う方が身の危険がある事を知った筈。そして干渉されないのなら、私の異能は小さなところで少しずつ勝機を掴み得るものだ。

 私は右手で銃を抜いたまま、左手で其処らにある砂や小石、正しくは屋敷の瓦礫を掴み、思いきり放った。其処此処に当たる音と共に、落下音に違和感がある個所が一つ。広く遮蔽物の無い舞踏場で何かがあるとすればそれは人だ。

 ジイドの位置を特定した私は、すかさず異能力を発動した。

 石ころが飛んで来ればその方向に私がいるのが丸わかりだからだ。左手の礫をそっと離し、右手で銃を撃つ。発砲炎とともに白煙が穿たれ――ジイドが此方に踏み込む足音が聞こえた。

 ――――外した!

 右手でもう二発発射する間に左手で銃を抜く。だがそれを構える前に、煙の尾を引きながらジイドが眼前に躍り出た。幾ら視界が悪いとはいえ、これほど標的が近くて外していては先が思いやられる。

 半ばやけくそになって苦笑した私に、駆け込んだ勢いの儘ジイドが蹴りを放った。礫を掴むためしゃがみ込んでいたのが災いした。彼の軍靴が脇腹に突き刺さり、私は横方向へ吹き飛ばされる。身体が軋んだ。実際あと十糎ほど上を蹴られていたら、肋骨くらい簡単に折れていただろう。軽く浮き上がった体を左手で支え、ブレイクダンスの要領で足から着地、追い打ちで放たれたジイドの銃弾を躱した。

 着地の為左手から放した拳銃はこの際諦める。素早く立ち上がりながら右手の銃を構え、発砲。ジイドは大きく右に体を反らして回避した。銃口が互いに向く。私が引き金を引く素振りを見せれば即座にジイドも反応して撃てる。逆に云えば其れゆえ互いに撃てない。呼吸一つさえ億劫になる緊張感の中にも関わらず、ジイドは堪えきれぬとでも云いたげに笑みを零した。

 

「体重を乗せた蹴りだったのだが、それ程動けるとはな」

「こう見えて丈夫さが売りでね」

 

 嘘だ。蹴り上げられた瞬間の鈍痛に胃がひっくり返るかと思ったし、正直一瞬意識を手放した。着地の寸前で異能を使い、身体を攻撃前に戻した。こういう時しみじみ痛感する。私がどれだけ脚力を鍛えても、あの蹴りは放てない。どうあっても立ちはだかる体格差。

 だが、それがどうした。

 遊撃部隊で私は紅一点な訳だが、力がものを云うマフィアに於いて其れは云い訳に使えない。運と実力が無ければ死ぬだけだ。其処には性別など関係無く、平等に死が転がっている。実際私より膂力がある者達がたった一発の銃弾で絶命するところを何度も見てきた。

 三歩先を歩いていた同業が脳漿と眼球を撒き散らし乍ら吹き飛んだのを見た。

 二人娘のいる同僚が苛烈な拷問の末襤褸のように果てたのを見た。

 一時間前に夕食の話をして談笑していた同期が右腕だけになったのを見た。

 命に貴賤は無い。戦場でもどこでも等しく等価だ。それでも人間は、其処にぶら下げられたラベルが命そのものの価値だと思っている。それが仲間だとか友人だとか仇敵だとか、そういう事でしか見られない。

 それでいい。どうせ普遍的な価値観など存在しないんだから。

 私の眼前に居るのは何だ?

 アンドレ・ジイド――――「私が殺す男」だ。

 それだけでいい。

 ジイドの表情が強張る。私が急に眼前に現れたように感じただろう。古武術の歩法の一つ、名を瞬歩。“予備動作無しで”走り出すことのできる間合いの詰め方。

 反応が一瞬間遅れる彼の眼前に、黒光りする銃身を突き付ける。

 相手は二挺、こちらは一挺。しかし空いた片手で、ジイドの右手を押し上げた。銃口が一つこちらに向く。

 閃光。

 ジイドは咄嗟に足の力を抜き、私の射線から逃れた。僅かに銀灰色の筋が舞う。

 崩れた体制の儘、ジイドが銃口を私に向けた。飛び退き、走る、走る、走る。先程と立場が逆だ。私も打ち返すタイミングでジイドもまた体勢を整える。

 互いに撃ちあいながら、流動的に距離を変えた。最早煙幕は存在していないに等しい。明瞭になった視界の中では、策謀も何もない。只撃った。しかし分が悪い。相手は二発ずつ撃てるのに対し、こちらは一発だ。

 そこで気付く。ジイドが左手側の拳銃をセーブして撃っていることに。戦闘で手を抜いて甚振る性格には見えない。とすれば。

 思い至った最悪の可能性に私は顔を青褪める。成程確実に私を殺そうとするならば――

 私は急速にジイドから距離を取ろうとした。しかし此処で其れを赦してくれる相手ではない。

 ジイドの方が発砲数が多くて失念していた。私の残弾は――二発。替えの弾倉はあるが、交換の隙に私を仕留めるに足る銃弾と距離をジイドは保っている。思わず舌打ちした私は、彼から死角になるよう隠しながら空いた左手を腰元へやった。流線型の金属が指に触れる。

 残り一発。

 ジイドの笑みが深まる。

 残弾0――引き金が空を叩く。

 私はジイドに向けて思い切り拳銃を放り投げた。

 一瞬呆気に取られたジイドはしかしどこか失望の色を滲ませながら余裕をもってそれを躱す。

 拳銃の背後から急速接近した投げナイフが彼の眼前に迫っていた。拳銃の投擲と同時に、その影に隠して左手で放ったものだ。

 類稀な反射神経で其れもまた紙一重の回避。

 再度照準を合わせるため視線が私に向く。

 私の手には、先程離した――地面に手を突くために已む無く放置していた、左手用の拳銃が握られていた。

 

 

 拳銃が、音を立てて転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電子音が鳴る。表通りから外れた裏路地で、その音は良く響いた。

 周囲で身動ぎ一つせず待機していた黒服たちはびくりと肩を跳ねさせるが、変わらぬ緊張感を纏って同じ姿勢を取り続けた。

 その中央に居る人物が、切れない電子音源――携帯電話を懐から取り出す。

 

「やあ、織田作」

『太宰……今、何処に居る』

 

 問われた太宰は数秒間沈黙した。それは答えられなかったわけではない。電話越しに聞こえる織田作の周囲が放つ音から、彼がそう遠くない位置に居ることを識ったからだ。

 

「如何してここが分かったのだい」

『……それは……答えられない』

「という事は森さんか。困ったヒトだね」

 

 幹部の太宰の所在を知り、且つ最下級構成員に漏らすような人物となると一人しか思い当たらない。太宰は小さく溜め息を吐いて携帯電話を閉じる。振り返った視線の先には、僅かに息を切らして通話を終えた携帯電話を耳元に当てている織田作が立っていた。

 

「昨日……いや、もっと前から違和感は在った」

 

 織田作が云う。

 

「俺に何か云えないことがあると。云えない事なら無理に訊く事は無いと思っていた」

 

 織田作と太宰の視線が交錯した。

 

「太宰。花がミミック本拠地で単身威力偵察しているというのは本当か」

「いいや、違うよ」

「太宰!」

「威力偵察? まさか。彼女はミミックの殲滅に向かった。その命を賭して」

 

 太宰に駆け寄った織田作を取り押さえようと黒服が幾人も彼に飛びかかる。その度に織田作は抜いた愛用の銃の峰で黒服たちを昏倒させていった。織田作へ怒号が飛び、太宰への警告が為されたが、両者共視線を一切ブレさせない。とうとう織田作は太宰に掴み掛り、織田作は太宰の部下たちに一斉に銃口を向けられた。

 

「何故だ⁉ 花にはまだそんな奴らと戦闘する力は無い! 死にに行くようなものだ‼」

「だから云ったじゃないか。()()()()()()()って」

「お前は……お前は全て知っていたのか⁉」

「一昨日迄は何も知らなかったよ。全て彼女の筋書き通りだ。私も君も踊らされたわけだね」

 

 織田作の手に力が籠る。襟で首が締まり、太宰は苦しそうに呻いた。その口元は屈折した笑みを湛えている。織田作は思わず手を離すと、苦虫を食んだように顔を歪めた。咽て尻餅をつく太宰を見降ろしながら、織田作は自身のコートの内側に手を伸ばす。忍ばせたものが手の先に触れた。越前和紙の、厚く温かい肌触り――首領が織田作に渡した権限移譲書、通称『銀の託宣』だ。これを出せば、例え幹部だろうと顎で使える。例え――太宰でも。

 織田作はその端を摘まみ、引っ張り出そうとして……止めた。

 代わりに右手を太宰の前に差し出す。

 

「――すまなかった。頭に血が上っていたようだ」

「別に構わないよ。織田作が怒ってくれるなんて、彼女が羨ましいね」

 

 織田作に任せて立ち上がった太宰は、砂埃を払ってから襟元を正し、喉の辺りに暫く手を当ててから再び織田作に視線を戻した。戻すなり、ハッと顔を強張らせて。

 

「花は、何処だ」

「……云うと思うかい? 君の持つ『銀の託宣』を使えばヒントくらいはあげるかもしれないね?」

「そんなものは必要ない。太宰、お前だって花に会いたいだろう」

「私が? 何故?」

「文句の一つ二つ……どころじゃ効かない数、ぶつけてやりたいだろう。そう顔に書いてある。俺もだ」

 

 織田作は口元に煙草を一つ加えた。火をつけ、ゆっくりと味わう。

 裏路地の湿気ばんだ空気に、紫煙の脂の臭いが広がった。

 

「稽古をいつも以上につけて、子供たちの遊び相手もしてもらう。咖哩を一緒に食べて、親父さんと話して、猫探しの続きをする。代わりに写真の現像を手伝ってもいい。そして全部終わったら、またいつもの店に行く。四人揃ってな。だから太宰、花の事を名前で呼んでやってくれ。余所余所しく彼女などと云うな」

 

 数瞬織田作の視線を真面に受け止めた太宰は、大きく溜め息を吐いた。

 実に十八の子供らしからぬ、大人びた苦笑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一挺ずつになっても、私達は戦っていた。

 むしろ、其処から更に白熱しているようだ。

 

 先に音を上げたのは、言う迄も無く私の身体だった。

 軍人崩れの成人男性相手に異能と拳銃諸々を用いてここまで渡り合っただけでも十分に褒められるべき戦果だ。決して一方的な戦いではなかった。互いに己の魂と肉体と精神全てを削って削って削った。実力が拮抗していると、自然持久戦となる。そうなれば、体力のない私が不利なのは分かりきった事だった。加えて私はジイドと完全に実力が拮抗していたわけではない。四年後の私なら兎も角、うら若い此の身体では多少の誤差があった。高度な戦闘でそれらは少しずつ、しかし決定的な差となり私とジイドを隔てていた。

 

「ハナ、貴君は齢幾つになる」

「十八だな」

「そうか。素晴らしい才だな。後二年あれば――」

「其の仮定に意味は無い。お前は誰と戦ってるんだ、ジイド‼」

 

 空を二回転しながら回し蹴りを放つ。腕で受け止めようとしていたジイドは目敏く足元に忍び込ませていた隠し短刀を見つけると後方に飛びずさりながら、素早く銃を構えた。二発弾丸が放たれる。私は構わず突っ込んだ。ジイドの顔に狂気染みた笑みが浮かんだ。一発は私の頬を翳めたが、もう一発が左足に着弾した。構わず走る。左足が身体を押し出すため力を入れる瞬間、私は異能を使って傷周りだけ時を戻した。傷は無かったことになり、ジイドの顔に一層深い笑みが刻まれる。

 幾度も銃創で体を抉られ、その度に無かったことにした。互いの瞳孔を覗き込めるほど近づいた私たちは、撃ち、躱し、掴み、また撃った。

 

「その通りだ、ハナ!」

 

 ジイドは口から血を零しながら言った。

 

「乃公は今の貴君と戦っている!」

 

 近距離での打ち合いは、圧倒的にジイドが不利だった。私は傷を塞げるが、ジイドはそうではない。ほぼ無傷な私に比べ、ジイドは血を流し過ぎている。

 違和感があった。同時に、私の異能が突然発動したのを感じた。時間の流れが次第にゆっくりになり、私たちは体を空に固定されていた。

 ジイドの異能は未来予知。

 私の異能は過去改変。

 二つの異能がぶつかり合い、絡み合い、ある種の調和の下に暴走した。

 

「――――一つ、気になっていたことがあった」

 

 予知と改変、二つの性質が、融解し、両立した。

 私たちの数瞬が何千万倍にも希釈され、まるで時間が止まったかのように互いを見つめ合っていた。

 

「貴君と初めて会った時、乃公は、良い目をしていると云ったな」

「覚えている。目など褒められたのは初めてだよ」

「そうだろうな。貴君の眼は乃公と同じだ。生存の階段から降り、死に方に救いを求める者の眼だ。魂を失った亡霊の眼だ。それは戦士であって戦士ではない」

「それがどうしたんだ」

「十八と言ったな。あまりに若い。貴君の眼に含まれるそれはなぜ生まれた。貴君は何故戦う」

 

 

 

 

 

 

 私は、私の生い立ちを語った。

 実の家族を殺したマフィアを養父に育てられ此処に居ること。

 そのマフィアのお陰で今まで生きてこられたこと。

 

「親の仇を討とうとは思わなかったのか」

「私にとって彼らはよく知る他人だった。きっと眼前で無残に殺される様を見ても、何とも思わなかっただろう」

 

 私は、私が傷つくことを極端に恐れた。生きてきて初めて味わった銃弾の味は、今でも生々しく思い出せる。傷つきたくなくて、私を傷つけるものを殺すことに抵抗は無かった。

 どうやら私は、幸か不幸か異能力と殺し両方の才を持っていた。

 竜頭抗争と呼ばれる横浜最大規模の抗争で、私は前線で闘っていた。途中で何人殺したか数を数えるのもやめた。私に何の意味も見出させないものだったからだ。

 その頃だった。偶然通りかかった私を呼び止めるものがあった。

 彼は、私を洋食屋に誘い、買い物に誘い、飲みに誘った。扶養する子供と会わせ、遊ばせようとしたりもした。子供たちは、抗争の最中で寄る辺を失った者達だと聞いた。子供たちは一様に外に怯え、心を閉ざしていた。

 彼は懸命に子供たちに向き合い、導こうとしていた。

 子供たちと相対して、私は私が撃った銃が何を穿つものなのか理解した。

 同時に恐怖した。

 私が今まで撃ってきた者達が私と同じ人間であるという事に――()()()()()()という事実に戦慄したのだ。

 結局私は、私に無関心を通した家族たちと同じで、他人に関心など無かったのだ。

 だから簡単に命を奪えるし、子供たちを見ても何も思わないのだと。

 心にぽっかりと開いていた穴を自覚して、私は愕然とした。こんな私を何故彼が連れ回すのか分からなかった。

 ある日、彼に尋ねた。

 何故私などに構うのかと。

 彼はこう答えた。

 “そんな顔をした子供を独りにしておけない”

 彼の手は私の頭を優しく撫でた。

 其処に在ったのは同情ではなく、()()だった。

 私は人を知りたいと思った。他人に関心を持つことが出来ることに歓喜した。手始めにと手に取った映写機は今では生きていく上で欠かせない趣味となった。当然彼にも興味が湧いた。

 彼は決して人を殺さないと有名で、勿論肯定的に話される事は無かった。

 極稀に彼は小さくはない怪我をした。其れでも殺さなかった。相手を生かし、自分を傷つけて迄殺さない誓いを貫く理由を知りたかった。

 その頃には、私もまた自分だけではなく、身内が傷つくことも恐れるようになっていた。

 彼が不殺を誓う理由を知ったのは、彼が殺されてから四年経ってからだった。

 彼には扶養する孤児たちがいた。通い詰めた店があった。夢があった。

 全てを奪われた。

 

 モノクルを掛けたマフィアに命を救われた。

 中立地帯の医者に身体を救われた。

 咖哩好きのお人好しに魂を救われた。

 

 私には、手段があった。

 彼に恩を返す手段が。

 それは自己防衛でもあった。

 彼のいない世界では、私の魂が透けていくばかりだったのだ。

 

「…………手段」ジイドが独り言ちる。

「薄々勘付いているのだろう? 私の異能は時間遡行を可能とするものだ。本来は数秒しかもたないが、条件付きで年単位の時間を遡れる」

 私は其れを拾いながら、ジイドから滲んだ感情に答えを返した。

「すまないが、お前の()()を叶えることは出来ない。異能は万能じゃない」

 ジイドは、異能によって形作られたこの空間に耳を澄ますように瞼をゆっくりと閉じ、ただ一言、「何の話だ」とだけ返した。

 答はいらなかった。

「最初の質問に答えよう。私の肉体は十八だが、精神はお前より随分と上なのだ。その大半を、あの人を護る為に費やし、破れ、幾度も絶望してきた。其れも今日までだ。私はお前を殺す。その為だけに居る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、確実に時が動き始めた。時間が少しずつ正常に戻っていく。

 即座に腰元に手を伸ばす。予備弾倉を引き摺り出して、使い切ったものをグリップから落とす。同時にジイドが弾丸を放った。音速で放たれた鉛玉が替えの弾倉を弾く。宙を舞うそれに私が視線を向けている隙に、ジイドもまた弾倉を代えるため腰元に手をやった。

 弾かれていたそれに、私は異能を行使する。0.5秒前の位置に戻ってきた弾倉を掴み、私は殆ど時間損失無く再び銃を構えた。

 銃声。

 互いの銃弾が互いの右頬の肉を抉る。

 私は銃撃戦にも拘らず距離を詰めるため、勢いよく倒れ込みながら前転した。遠心力を利用して、足元に仕込んだ投げナイフを放つ。ジイドはグリップで受けた。交差した彼の腕で死角になる位置に転がり込むと、引き金を一気に引いた。穴が二つ。ジイドの羽織るマントに空いた。ジイドが跳躍したのだ。私もまた身を捩りながらその場を離れると、丁度心臓と脳天に穴が空くところだった。互いに決定的な攻撃が入らない。顔を突き合わせるように向き合ったジイドの顔には凄絶な笑みが浮かんでいる。その瞳に映る私もまた、同じ顔をしていた。

 

「いいぞハナ、それだ! それを待っていた‼」

「解かってるさ」

 

 私達は鉛で会話しているといえる程閃光を散らしながら、互いに銃創を拵えた。

 その間、私は少しずつ、腰回りの装備を取り外した。

 銃弾がかすって千切れかけていた革製の投げナイフ袋。

 弾倉を入れていた空のホルダー。

 白煙筒。

 身体が軽くなる。

 締め付けていた部分が自由になる。

 ――――まだ、いける。

 再度、超至近距離に移動した。柔道なら組み合えるような位置だ。銃撃戦の様相ではない。

 ジイドの銃が真正面に来る。私はその腕を掴むと思い切り足に力を込めて跳ね上がった。銃と水平方向の力に備えていたジイドの腕は私の体重を支え切れずに大きく下向く。反対に私はジイドの“上を”反回転しながら銃を構えた。身軽になった今だからこそできる事だった。

 彼は身を捻ったが、あまりに近い銃口は回避の時間を殆ど与えなかった。右肩と脇腹を抉られたジイドは即座に拳銃を左に持ち替えると、空中で躱しようのない私の頭と心臓を吹き飛ばす。

 が、勝負はつかない。()()()()()()()()()()()()からだ。

 ひらりと地面に舞い降りた私は、間もなく体勢を整える。

 

 再び世界が薄まった。

 

「――――私も、訊きたいことがある」

「何だ」

「お前は何故闘う? 他人を巻き込んで、傷つけて、自身を犠牲にしてまで何を望んでいるんだ」

 

 私達は、博物館の標本のように微動だにしていなかった。

 だのに何故会話が出来ているのか、そもそもこれが会話なのかもわからぬまま、意志の疎通だけを静かに行った。発砲音で麻痺しかかった耳鳴りだけが五月蠅かったが、ジイドの声は耳というより頭に直接届く様な感覚だった。彼の声は心地いいとさえ思った。

 

「犠牲というのは違うな。乃公は救済を望んでいる。其即ち戦場であり、闘争であり、死だ」

 

 ジイドは朗々と、或る英雄とその部下の話をした。

 その深く暗い声音は、私を深海で波音を聞いている様な心地にさせた。

 彼の声が震え、一人称が増えて初めて、私は其れが誰の話なのかを理解した。

 それほど、遠い異国の物語は黒に近い青色をしていた。

 

 英雄は、信じていた。

 自身が護るべきものは変わる筈も無いと。天命なのだと。

 闘う理由は、其れだけだった。

 護るべき国の為闘った。国は彼らを利用し、戦争犯罪者に仕立て上げた。

 護るべき同胞と闘った。敵兵に成りすまし、嘗ての同胞を殺すことでしか生き残れなかった。

 護るべき家族がいた。彼らの下に帰ることは出来なかった。

 護るべき誇りがあった。穢れた魂は永遠に其れを失った。

 護るべき命などもう無かった。

 それでも尚。

 彼らは歩み続けた。

 死に値する場所を求めて。

 自らを証明する敵を求めて。

 彼らは軍人足らんとしたのだ。

 

「――――泣いているのか」

 

 ジイドは幾分か柔らかい声で云った。

 時間は止まっている。涙など流れる筈も無い。

 

「乃公には失われて久しい情動だ。ハナ、貴君は亡霊などではない。サイコウの戦士だ」

「私は、あの人を奪ったお前を赦さない。けれど、アンドレ・ジイドという軍人と闘えたことを、心から誇りに思うよ」

 

 

 

 

 

 時間がゆっくりと動き出す。

 

 

 

 

 ジイドが発砲する。

 

 

 

 紙一重で躱し、引き金を引く。

 

 

 カン、という軽い音と共に、拳銃が沈黙した。

 

 弾切れだった。

 私の眼前にジイドの拳銃が構えられる。

 

「残念だよ、ハナ。乃公の勝ちだ」

 

 ジイドは理解しているのだ。

 私が異能力で()()のにも限界があると。

 当然だ。異能力は万能じゃない。使いたい放題と云う訳にはいかない。

 加えて私がもう自由に体を動かせる状態ではないと。

 あれだけ動き回れば当然だ。ジイドももう限界が近い筈だ。

 この距離で発砲されれば、躱す事も修復することも出来ないだろう。

 絶体絶命。しかし私は、精一杯の力で不敵に微笑んだ。

 

「いいや。この勝負の勝者は私だよ、ジイド。()()()()だ」

「何を――――ッ⁉」

 

 ジイドは瞠目した。

 彼は自身の内に僅かな違和感を認めた。それは急速に大きくなり、身体を犯し、気道から血を溢れさせる。

 出血量は疾うに限界を超えている。これ以上出血するだけで危険な状態だ。しかしジイドは、それ以前の事態だという事に思い至った。

 

「これ、は……毒か」

 

 彼は動揺していた。

 近未来しか予測できない彼にとって、毒は天敵だ。故に最も警戒し、注意を怠らなかった。そもそもある程度の毒なら耐性が彼にはあった。旧大戦を生き抜いたことの数少ない利点だ。そんな彼を窮地に追いやるほどの毒となると、自然侵入経路は割れる。皮膚に浸透するタイプのもの、若しくは呼吸器系から侵入してくるもの。刃は全て躱したし、銃弾に毒を塗布する技術は今のところ存在していない。

 そして、掴み合った際皮膚に浸透する毒であった場合、耐性の在るわけでもない花が長時間戦闘できるわけがない。

 花が顔を上げる。唇と眼下が薄黒く染まっている。何らかの毒物に侵されていることは明らかだった。

 

「あの時の白煙か!」

「御明察。思ったより効きが遅くて焦ったよ」

 

 戦闘開始直後の白煙筒。態々ジイドの眼前で白煙を撒き散らしたのは、全てこの――白煙と共に封じ込められた毒をジイドに吸わせるため。彼の動揺やその後の戦略は副産物に過ぎなかったわけだ。

 二三ジイドは蹈鞴(たたら)を踏み、それでも留まって銃を私の額に向けた。

 

「元より玉砕覚悟か……良かろう。乃公も直ぐに後を追うという訳だ」

 

 今は少し、私は、この結末を後悔していた。

 撃ち合いでジイドを斃せるならそうしたかった。彼の話を聴いた後なら猶の事。毒による死は、彼の本懐では無かった筈だ。にも拘らず、ジイドは満足げに微笑んでいた。私に対する気遣いだったのかもしれない。けれどそれが私には嬉しかった。

 確かに私の心がそう感じた。

 

「私はお前の“敵”になれたかな」

「ああ。この世から失うのが惜しい程にな」

 

 私達は笑った。

 ジイドの指に力が籠る。

 

 銃声。

 

 私の()()に血が舞った。

 

 ジイドの銃が空を舞い、その大きな掌に大きな穴が空いていた。

 

「花‼」

 

 声が聞こえた。

 

 私はジイドの銃を掴み、照準を合わせた。

 

 発砲。

 

 

 

 ――――”素晴らしい銃弾だ。”

 

 

 

 

 ジイドは笑っていた。

 

 




みーごれん「はいカァットォ‼ お疲れ様でーす。本日分は終了でーす」
花  「おつかれ。ちょっと思った事言っていい?」
ジイド「乃公もいいか」
みー 「ええー? 何ですかー」
花  「舞踏場に入る前の此処……”一個中隊を華麗にぶちかました後の気持ちで”って何」
ジイド「思った……ハナ、乃公としか戦ってないのだが」
みー 「そんな事無いよ何言ってるの君たちー(棒)。銃撃戦で押し負けかけたり敵の咽喉を一呼吸の間に掻き切ったり取っ組み合いで手榴弾誤爆させ掛けたりしたじゃーん(多分)」
ジイド「華麗なのか其れは⁉」
花  「というかそんな事になってるなら書k」
みー 「と云う訳で、今回も最後までお読みいただきありがとうございました」

――――戦闘描写って難しい☆
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