ドラえもん「えぇっ! この素晴らしい世界に祝福をだって!?」 作:腎臓「詫び石だ、受けとれ」
――のび太家
「ついに、のび太くんの一人立ちの時だ」
ドラえもんは窓辺に立つと、玄関の方を見下ろした。「行ってきまぁす」という声とともに、高校生となったのび太が玄関を飛び出す。
その後ろ姿には、もう小学生のころの面影はない。背は充分に伸び、高校の制服に着られることはない。見た目に気を遣うようになり、毎日髪をセットして登校するようになった。洗顔や歯磨きにいたっては、もう言われなくたってするようになった。
ドラえもんが来たときのだらしない子供は、今や立派な青年へと成長していた。
「いやはや、のび太くんは立派に育った。いじめられることはないし、勉強も自分からするようになった」
ふと、ドラえもんの頬を涙が伝った。
「……ぼくはもう、必要ないんだ」
ドラえもんは、机の引き出しを開けた。中は超空間へと繋がっており、すぐ下にはタイムマシンが見える。
「……未来に帰ろう」
――超空間内
「おや、様子がへんだぞ。故障かな?」
タイムマシンで未来へ向かっていると、突如異音が聞こえてきた。
――ビービー!
「うわぁ! な、なんだ!?」
突如として、タイムマシンが方向を変えた。超空間を抜けだし、別の世界へと向かいだす。
「わわわ! ばか、そっちじゃない! えぃ、えぃ!」
操作パネルを動かすも、反応はない。タイムマシンはどんどん横道へそれて、見たこともない時空の中を進んでいく。
「……ダメだ、ぜんぜん言うこときかない。まるで誰かに操られてるみたいだ」
――キラリッ。正面でなにかが光った。思わずドラえもんが目をつむると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
『ドラえもん。僕と一緒に、この愚かな世界を滅ぼさないか……』
「なんだ今のは……――うわぁ!」
一瞬の内にタイムマシンは光に呑みこまれ、ドラえもんは超空間から姿を消した。
――――
―――
――
――天界
ゴチンッ
「……あいてて。やっと止まった」
ドラえもんは頭に手をやりながら立ち上がる。辺りを見回すと、そこは殺風景な空間だった。
足もとは明るいのに、周りはその光を反射させないのか飲みこまれているのか、一面がまっくらだった。見たこともない空間に、ドラえもんは首を傾げた。
「どこだろう、ここは。……おーい、だれかいませんかー!」
「ようこそおいでくださいました」
「ぎゃぁ! で、でたぁ!」
突然の声に、ドラえもんは素っ頓狂な声をあげて倒れこんだ。どうやら、腰を抜かしてしまったらしい。
「お、落ち着いてください。私はオバケではありませんから」
修道女のような出で立ちをした女性が、微笑みながらドラえもんに手を差し伸べる。どうやら取って食ったりなどはしなさそうだと安心したドラえもんは、恐る恐る手を握った。
「けっこう重いですね……」とこぼした女性は、両手で握りなおすと、ようやくドラえもんの体を持ち上げた。
「どうもありがと」
「どういたしまして、ドラえもんさん」
「……おや? ぼくの名前を知ってる?」
「はい。ドラえもんさんをお呼びしたのは私ですから。私は、女神のエリスと申します」
「え、女神さま!? じゃあ、まさかここは……天国?」
慌ててドラえもんがあたりを見回す。だが、どこを見ても、話に聞いていた天国とはだいぶちがう。ただただ殺風景な空間が四方に広がっているだけだ。
「正確には違うのですが、まぁ似た空間だと思っていただいて結構です」
「それで、きみが女神さま?」
「そうです。ただ、女神と言っても、実は人間とそう変わらなかったりしますよ?」
「え、そうなの?」
「そうなんです。あ、ドラえもんさん。どら焼きは食べますか?」
「食べます食べます! それはもう、出してくれればいくらでも!」
「ちょっと待っててくださいね……はい、こちら、お茶とどら焼きです」
エリスが手をかざすと、どこからともなくどら焼きとお茶が現れた。
「わぁい! いっただきまぁす! もぐもぐ――」
「……食べましたね?」
「ングッ!?……ゴホゴホッ!」
「はい、お茶です」
「ゴクゴクップハァ。な、なんのつもりだ!」
「私のお願い、聞いてくれますか?」
「ひ、卑怯だぞ。食べたあとに聞くなんて!」
ドラえもんが両手をぶんぶんと振りまわして抗議する。
「ふふ、すいません。今のは冗談です。こんなふうに、女神もいたずらすることはあるんですよ?」
エリスが茶目っ気たっぷりに笑った。
「ただ、ドラえもんさんにお願いしたいことがあるのは本当です」
「ぼくに?」
「はい。率直に言いますと、ある女神を更生させてほしいのです」
「えぇっ、女神さまを!? そんな、ぼくにはおこがましい」
ドラえもんは顔の前で手をブンブンと振った。
「いえいえ、そんなことはありません。私は、ドラえもんさんがノビノビタさんを立派に育てられたことを知っています」
「いやぁ、それほどでも……あれ? なんでそのことを?」
「私たちも時折、下界をのぞくことがあるんですよ」
エリスは居住まいをただした。
「私たち女神は、みなさんが思っているよりもずっと人間に近い存在なんです。たとえば、上司に怒られたり、ノルマに追われたり、恋をしたりもするんですから」
「へぇ、まるでOLみたいだ」
ドラえもんは感心しながら、お茶をズズズッとすすった。
お皿の上には、どら焼きが一個残ったままとなっている。これはエリスの分なのだろうか。それとも、2個食べていいのだろうか。食べたらまたなにか言われるんじゃ……。ドラえもんはエリスの話を聞きながら、どら焼きの処理問題について思考を巡らせていた。
「意外と、天界も世知辛い世界なんです。それで一部の女神は、なんと人間のように怠け癖を持っていたりしまして……」
「えぇ、女神なのに?」
「そうなんです。仕事をサボっては、お菓子を食べたり昼寝をしたり、はたまた私……こほん、後輩に仕事を押し付けたりして。それはもう、世話のかかる女神がいるのです」
エリスの言葉に熱がこもってくる。よほど、腹に据えかねてるらしい。
「そりゃひどい。まるでのび太くんみたいだ」
「そうでしょう? そこで私たちは考えたんです。ここは一度、お灸をすえようと。具体的には、下界に下ろして、人並みに苦労させようと決めたんです。ただ、その女神は世間知らずなところがありまして、ややもすると、下界で死んでしまうかもしれません」
「ははぁ、そこで僕に白羽の矢が立ったのか」
「そうなんです。あ、このどら焼きも食べていいですよ? おかわりもありますから」
「……あやしい」
「いえいえ、とんでもありません。これは私たちの気持ちです」
エリスがどこからともなくどら焼きをのせた皿を取りだす。
ドラえもんはエリスの笑顔をいぶかしみながら、恐るおそるどら焼きを手に取った。
「もぐもぐ……確かに、僕はのび太くんのお世話をしてきたけど、女神さまかぁ。できるかなぁ」
「安心してください。その女神は、隙あらば怠けたり、酔いつぶれたりしていますが、根は良い子ですから」
「のび太くんでさらに、のんべえなのか……。こりゃ大変だ」
「お願いします、ドラえもんさん。私たちが頼れる人は……いえ、頼れるロボットはあなたしかいないんです」
エリスが頭を下げた。
「うーん……」
『『『お願いします!!!』』』
「うわぁ、びっくりした!」
「今のは天使一同の声です。みんな、心は一つですから」
「そ、そんな問題児なんだ」
「ドラえもんさん……お願いします」
――ギュッ
エリスはドラえもんの手をとり、真っ直ぐな目で見つめた。しばらくして、ドラえもんはうなずいた。
「はぁ……僕は、頼まれると断れないんだ」
「ありがとうございます!」
「まぁ、あとは22世紀に帰るだけだし、ちょっと寄り道したと思えばいっか」
「それでは、お礼と言ってはなんですが、私のブレッシングをかけてあげますね」
「ブレッシング?」
「幸運になる魔法です。私のブレッシングは、他の女神とはひと味違うんですよ?」
「あぁ、それなら大丈夫。幸運をあげる道具なら持ってるから」
「えっ」
「それで、その女神はどこにいるの?」
「あ……はい。では、そこの魔法陣に立ってください。女神がおりた世界に着きます」
エリスが指さしたところには、いつの間にか魔法陣が出現していた。
「女神の名前はアクアといいます。青髪の子なので、すぐに見つかると思いますよ」
「アクアだね。分かった。それじゃ、行ってきまぁす」
いうや否や、ドラえもんはさっさと魔法陣に乗った。途端に、魔法陣が動き出し、光かがやきだす。
「あ、待ってください。まだ言語変換とお金が――行っちゃいました……。豪快というか、能天気というか」
エリスはしばらく魔法陣を見つめていたが、うんうんと唸ると、自分の身体に魔法をかけ、盗賊姿に変身をした。
そして軽やかに魔法陣の上に立つと、彼女の姿もまた光に包まれた。