ドラえもん「えぇっ! この素晴らしい世界に祝福をだって!?」 作:腎臓「詫び石だ、受けとれ」
酒場の扉が開いて入ってきたのは、フードを被ったウィズだった。きょろきょろと店内を見回したウィズは、ドラえもんたちと目が合うと小さく手を振った。
「こんにちはぁ。今日はいいお天気で――」
「あー!! あんときのリッチー! よくも日中に堂々と!!」
「しーっ、しーっ。アクアさん、声が大きいです!」
ウィズが周りを気にしながら、アクアの口元に手をあてて声を押さえさせた。
ちなみに、リッチーといえばアンデッドの王であり、厳密にはモンスターと言って差し支えない。なので、見つけ次第討伐というアクアの考え方は、あながち間違ってはいない。
しかし、アクアたちは以前、ウィズに助けられたことがあり、アクアは感謝のしるしとして、「見逃してあげる」と言っていた。
そうした出来事があったはずなのだが、日数が経ってしまったせいか、それとも三歩以上歩いてしまったせいか、アクアはすっかり忘れてしまったらしい。
幸いにも、日ごろ女神を自称するアクアの言葉を、酒場にいる客は一切信用していないようで、リッチーと叫んでも特に気に留めている様子はなかった。
「こんにちは、ウィズさん。今日はぼくたちに用でも?」
「実は、アクアさんにお願いごとがありまして」
「そう、ついに天へ帰る覚悟ができたのね。いいわ、ものの数秒で逝かせてあげる!」
「ひぃ!」
「こら、いじめるなって」
ドラえもんは今にもウィズを襲いそうな、というより飛びかかっていったアクアの腕をとって引き止めた。
「ちょっと、離してよ! リッチーを浄化するチャンスなのよ」
「このあいだ助けてもらった恩を忘れたんですか、アクア」
「あれはあれ、これはこれよ!」
「はぁ、まったく……ほら、まぁまぁ棒」
ドラえもんがポケットからバツ印のついた棒を取りだした。それでアクアの口元を押さえると、途端にアクアは振り回している拳を下ろした。
「……まいっか」
「ほっ……」
ウィズがほっと安心したように胸をなでおろした。
「それでウィズ、頼みごととはなんだ?」
「……じつは、とある屋敷の魔力結界を解くのをお願いしたいのです」
そう言って、ウィズはアクアの視線にオロオロしながら説明しだした。
彼女の言うところによると、ウィズの知人である不動産屋が、破格の値段で屋敷を買い取ったらしい。しかし、後日その屋敷に行ってみたところ、強力な魔力結界が張ってあって、誰も入ることのできない物件であったことが判明したという。つまり、ババを引かされてしまったらしい。
そこで、売ることも貸すこともできず、税金ばかりかかるこの物件をなんとかしたいと、すがる思いでウィズのもとへ頼みに来たとのことだった。
「ふぅん。つまり、騙されちゃったってことね」
「そうみたいなんです。気の良い人なので、そこに付け入られたみたいで」
ウィズが自分のことのようにため息を吐いた。
「あのぅ、魔力結界ってなんのこと?」
「魔法攻撃を無効にするものですよ。一流の魔法使いが魔力結界を張れば、爆裂魔法をも跳ね返すといわれています。ただ、あくまで魔法を防ぐためのものですので、魔力を伴わない物理攻撃までは防ぐことはできません」
「へぇ」とドラえもんは頷いた。ちなみにこの「へぇ」は、まるで理解していない「へぇ」であることは言うまでもない。話を進めるための二十二世紀の方便である。
「腑に落ちないな。魔力結界を張るのが魔法使いならば、破る術をもっているのも魔法使いのはずだ。ウィズほどの実力であれば、私たちに頼らずとも、たいていのものは破れると思うのだが」
「はい。私も元アークウィザードですから、なんとかなるだろうと思って安請け合いしたのですが……その、結界が奇妙なんです」
「奇妙? どう奇妙なのよ?」
「その結界は、今まで見たこともないものでして、どんな魔法をかけても、破れるわけでも弾かれるわけでもなく、うんともすんとも言わないんです」
「え、ウィズでも破れない結界なんですか?」
めぐみんが意外そうに声を上げた。
リッチーになるほどの者であれば、魔法を極めているはずで、国が総力をあげて張った結界でもなければ、破れて然るべきと考えるのも無理はない。
「ふーん、なるほどね。それでどうしようもなくなったから、女神にしてアークプリーストである私にお願いしようってわけね」
「はい。ベルディアさんを浄化したアクアさんなら、もしかしたら破れるかもしれないと思いまして」
「たしかに、私くらい魔力が高ければ、破れない結界なんてないわ。ただ、まさか女神である私を、タダ働きさせようなんて考えてないでしょうね?」
そう言って、アクアが何かを催促する目でウィズを見つめた。
「もちろん、タダではありませんよ。結界破りの報酬は、その屋敷だそうです」
「え、ほんとですか!?」
めぐみんが飛びつくようにウィズの肩をつかんだ。
「は、はい。そのようですよ。その人も、早く手放したいようですので」
「やった、やりましたよ! まさかこんな早く手に入るなんて」
まるで雀が小躍りするかのように、めぐみんが飛び跳ねた。
「落ち着きなって、めぐみん。そう旨い話があるわけないじゃないか。たとえば、とんでもなくぼろい屋敷だったりとか、地下に大迷宮があったりとか……」
ドラえもんが眉を八の字にしてたしなめると、ウィズが心外とばかりに手を振って否定した。
「いえいえ。そこに住んでいた貴族が手放したのは20年前ですが、まだまだ使えそうな屋敷でしたよ」
「良いじゃないですか。受けましょうよ」
「そうね。ただ結界を破るだけでいいんだから、こんなおいしい話はないわ」
「まぁ、みんながいいなら……」
ドラえもんが渋々といった表情で頷いた。どうやら、それで受けることは決定したようだった。
「それで、その屋敷はどこにあるんだ?」
「はい。屋敷は街の郊外にありまして、こちらが地図になります」
「ん、ここは……」
ダクネスが驚いたように口に手を当てた。ただ、そんなダクネスに構わず、アクアがさっと地図を受け取った。
「わかったわ。じゃ、ちょちょっと破ってくるわね」
――郊外
四人が酒場を出て二十分ほど。歩いてやってきたのは、街の外れにある住宅街だった。城壁に囲まれた街は、南北を縦断するように流れる川を挟んで二つに分かれており、繁華街とは反対の岸を歩いていけば、貴族の別荘が集まっている住宅街が現れる。
ドラえもんたちは、その閑静な住宅街をぶらぶらと歩いていた。いや、さ迷っていた。
「……アクア、目当ての屋敷はまだですか」
「地図のとおりだと、もうすぐそこなんだけど……」
「それさっきも聞きましたよ……」
「アクア、ちょっと貸して。ぼくが地図を見るから」
「イヤよ。それじゃ、まるで私が迷ったみたいじゃない」
「間違いなく迷ってると思うんですが」
アクアが地図を縦横に回しながらウロウロすること十分。全人未踏の住宅街を前に、一行は途方に暮れていた。
しかし、そんな一行に光明が差し込む。
「たしか、ここのあと二つ先だ」
「おや、ダクネス詳しいんだね」
「……まぁな」
ダクネスが少し言いづらそうにしながら、頬をかいた。ドラえもんが不思議そうにダクネスの顔を覗くが、気づかれてそっぽをむかれてしまった。
「ほらみなさい。やっぱり私の勘は当たってたじゃない」
「「「え、勘……?」」」
一同がアクアから地図を取り上げ、ダクネスの言葉に従って二軒先まで歩いていくと、古びた屋敷が見えてきた。
ヒュゥー……
「な、なんですか、この雰囲気は……」
「うへぇ、まるでお化け屋敷みたいだ」
ドラえもんたちは、尻込みしたように恐る恐る屋敷を見上げた。
今は秋にもかかわらず、屋敷の庭からは虫の鳴き声一つせず、屋敷を囲むように生い茂った草木の揺れる音だけが聞こえてくる。
「うーん……」
「どうしたの、アクア?」
「魔力結界がかかっているという割には、魔力の気配がしないのよね」
「え、そうなの?」
「おや、この屋敷の門、開きそうですよ」
ペタペタと、めぐみんが屋敷の扉に触れた。試しに扉を押してみると、鍵のかかっている様子もなく、錆びた金属音とともに扉が開いた。
「なんだ、入れるじゃない!」
「じゃ、さっそく入ってみましょう」
「あ、ちょっと。もう少し警戒して――」
ドラえもんの忠告も聞かず、めぐみんがさっさかと扉の中へと入っていく――と思いきや、めぐみんの体はいつのまにか扉の外へと出てきていた。
「――あれ?」
「なに出てきてるのよ、めぐみん。中へ入るんでしょ?」
「そうなんですけど……これ、入ろうとすると外に出てくるんですよ」
「なに変なこと言ってんのよ。そんなことがあるわけ――」
アクアがめぐみんを押しのけて門をくぐろうとすると、同じように門の外へと出てきてしまった。
「……あれ?」
「……ははぁ、これはまさか」
ドラえもんが扉の周りをキョロキョロと見回した。とても見覚えのある現象だった。二十二世紀の道具で、同じ現象を引き起こせるものがあり、つい最近、警察署で使ったものだった。
アクアが何度か門をくぐろうとあれこれ試していたが、ついに堪忍袋の緒が切れたらしく、怒りの形相で両手を上空へと掲げていた。
「あぁもう、イライラする! こんな変な結界、すぐ解いてやるんだから! セイクリッド・ブレイクスペル!!」
空に巨大な魔法陣が描かれ、屋敷全体を光が包み込んだ。だが、何かが破れるわけでも、弾く音も聞こえない。
やがて、魔法陣は消えていった。
「……あれ? おかしいわね、なにも起きないわ」
試しにめぐみんが扉をくぐってみると、同じようにまた出てきてしまった。
「相変わらず、変化はありませんね」
「……おそらく、この門には空間ひんまげテープがくっつけられてるんだ」
ドラえもんが眉間にしわを寄せながら呟いた。
「え?」とアクアが首を傾げる。警察署で使った際は、アクアは見ていなかったため、道具の名前を聞いても分からないらしい。
だが、めぐみんとダクネスは合点がいったようだった。
「あぁ、この前使ってた道具ですね」
「だが、あれは二十二世紀の道具ではなかったか?」
「そう、二十二世紀の道具だ。ぼくも、どうしてこんなところにあるのかは分からないけど、こんなことができるのは、あの道具しか考えられない」
「よくわかんないけど、そのなんとかテープを取っちゃえば、中に入れるってことでしょ?」
「そうだけど、門の裏側に貼られてるはずだから剥がせないぞ」
「じゃあ、柵を上っちゃいましょう」
「危ないからやめなってば。あぁもう、はしたない。パンツ見えてるって」
「大丈夫だいじょうぶ、ちょっと待ってなさい」
アクアはアークプリーストらしからぬ身体能力でひょいひょいと柵を登っていき、あっという間に柵の上まで登りきってしまった。
そして敷地内へ飛び降りようとすると、どこからともなくキリキリとゼンマイの音がし始めた。
聞こえてきたのは、スコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」のメロディだった。日本では「蛍の光」と呼ばれるものである。
柵の上まで登っていたアクアは、その曲が聞こえた途端、まるでやる気をなくしたかのようにストッとこちら側へ降りてきた。
「……やっぱりやめたわ」
「どうしたんですか、とつぜん?」
「……あれ? なんでかしら。いま、唐突に家へ帰りたくなったのよね」
アクアが目を覚ましたかのように、ハッと顔を上げた。まるで催眠にかかっていたかのようで、アクアの行動は明らかに不自然だった。
ドラえもんはそれで合点がいったのか、何かに思い至ると、またも周囲をキョロキョロと見回した。
「……間違いない。この音は、ゴーホームオルゴールだ」
「な、なんだ、それは?」
「イヤな客が来たときに追い返す道具だよ。そのオルゴールの音を聞くと、家に帰りたくて帰りたくてたまらなくなるんだ」
「なによ、その性悪な道具。面と向かって言えばいいじゃない」
「同感ですね。帰らないなら拳で語るまでです」
「どんな心臓してるんだ、キミたちは……」
「二人は気楽そうでいいな……」
その後、何度か柵登りを試してみたが、すべて「蛍の光」の前に追い返されてしまった。
「まいったな、これじゃ中に入れそうもない」
「……なんで、この屋敷にはドラえもんの道具が使われているんでしょうか」
「そんなの、分かるわけないじゃない。それこそ、元の持ち主にでも聞かない限り――」
「それだ!」
突然、ドラえもんが閃いたように声を上げた。
「な、なによ、それって」
「だから、持ち主のところへ聞きに行くんだよ」
「なに言ってるんですか、ドラえもん。この屋敷が売られたのは二十年も前ですよ? 当時の書類なんか残ってませんよ」
「大丈夫。20年前に戻って、直接聞けばいいんだ」
「え、直接? もしかして、ドラえもんって過去に戻れるの?」
「そんなのお安い御用さ。まかせて。タイムマシンは天界に置いてきちゃったけど、タイムベルトなら持ってたはずだから」
ドラえもんがゴソゴソとポケットを探り、まるで某ライダーが装着しているようなベルトを取りだした。
「あったあった。これを腰に巻いて、時代を20年前に設定してと」
「ほ、本当にそれだけで過去へ行けるのか?」
「もっちろん。さぁ、みんな。僕の手を握って」
「え、なんですか、セクハラですか」
「よし、めぐみんは置いていこう」
「冗談ですよ、ドラえもん」
めぐみんが差し出されたドラえもんの手を握った。それに続いて、アクアたちもドラえもんの手を握っていく。
「なんか、わくわくしてくるわね。こういうの」
「……なにもなければいいが」
「じゃあいくよ、20年前のせかいへ!」
シュンッ――
――20年前、屋敷の庭
超空間を抜けると、ドラえもんたちの足の裏に大地の感触が戻ってきた。目を開けると、真新しい真っ白なペンキの塗られた柵が目に入った。
「……ここが、20年前の屋敷なのか?」
「あ、向こうを見てください。屋敷が新しくなってますよ!」
「ほんとね。ってことは、やっぱりここは……」
「そうだよ。20年前の世界に来たんだ」
ドラえもんがベルトをしまいながら言った。
みんなが辺りを見まわす。そこは、先ほどまで見ていた草木の生い茂っている屋敷ではなかった。屋敷を囲むように生えていた木々は、丁寧に剪定されており、門の近くに置かれた花壇には、種々の花が満開に咲き誇っていた。
「さて、じゃあ早速ここの屋敷の主のところに行こう」
ドラえもんが門を押し開け、中に入ろうとすると、背後から男の声が聞こえてきた。
「ララティーナお嬢様!」
「……へ?」
聞きなれない名前に、ダクネスだけが反応した。
後ろを振り返ると、一台の馬車が止まっており、中から精悍な体躯の青年貴族と思しき男が出てきた。
彼はダクネスに駆け寄ると、彼女の手を取った。
「やはりララティーナお嬢様だ! こんなはしたない格好をされて、いったいどうされたのですか!?」
「おや、知り合い?」
「わ、私は知らんぞ!」
ダクネスがかぶりを振ると、男が困惑したように首をひねった。
「そうよ。第一、名前からして違うじゃない。この子はララティーナじゃなくてダクネスよ」
「……その、ララティーナは私の本名だ」
「……え? ダクネスってララティーナだったんですか? その見た目で?」
「み、見た目はどうだっていいじゃないか」
ダクネスが顔を真っ赤にしてめぐみんを怒ろうとすると、男がダクネスの手を引いた。
「……その声、間違いなくララティーナお嬢様だ! やはり、人違いではない!」
「だ、だから、知らないと言っているだろう!」
ダクネスが男の手を放そうとするが、存外力が強く、また男は簡単に手を放そうとしなかった。
「なんでそんな無碍にするんだ! 話があると呼び出したのは君じゃないか!」
「それは私じゃない。は、離してくれ!」
なんとか彼の手を振り切ると、ダクネスが屋敷に向かって逃げだした。
「待ってくれ! なぜ逃げるんだ!」
ダクネスを引き止めようと、男が追いかけようとすると――
「よく分かんないけどドロップキック!」
「ぶふぉっ!」
「……は?」
「……へ?」
アクアの奇麗なドロップキックが決まり、男は体をくの字に曲げて吹っ飛んでいった。
「どう? 今のドロップキック! わたし、格闘術も結構イケるのよ!」
「あ、アクア……なんてことを」
ダクネスが頭を抱えた。ダクネスの不安に応えるように、馬車の背後から護衛らしき屈強な男たちが十名近く現れ、青年貴族のもとへと駆け寄っていく。
「おのれ、イグニス様になんてことを……!」
「不届き者だぁ! あの女を捕らえよ!」
護衛たちはそれぞれ得物を手にすると、アクアに向かって駆けだした。それはもう、物凄い勢いと形相で。
ドラえもんたちは慌てて、屋敷の方角へと逃げだした。
「もう! アクアのばか! なにやってんだ!」
「なんでよ! しつこい男は女の敵でしょ!?」
「だからって蹴ることないじゃないか!」
ドラえもんがぷんすかと怒った。その間にも、護衛たちが凄まじい速さで追ってくる。
「……恐らく、さっきの男は私の父上だ」
「えっ? そうなの?」
「父の名前はイグニス。母は私と同名で、ララティーナと言うんだ。きっと、私を母と誤解したんだと思う」
「うそ!? じゃあ、さっきのはダスティネス家のご当主様!?」
「……あぁ。そしてここの屋敷は、母方の父が持っていた別荘で間違いない」
「ありゃ……じゃあ、ちょっとヤバいんじゃ……」
「ちょっとじゃないです、かなりヤバいです! 相手は王家の懐刀の大貴族ですよ。捕まったらなにをされるか……。仕方ありません、ここはいったんアクアを犠牲にして――」
「やめてええええ!! お願いめぐみん! 私たち仲間でしょ!?」
捨て駒にされまいと、アクアがめぐみんのマントにしがみついた。
「は、離してください! 私だって断腸の思いなんです!」
「そんな思いしなくていいから! お願い、見捨てないでよぉ!!」
追手の足は速く、みるみる迫ってきた。ドラえもんがなにかないかとポケットの中を探り出すと、輪っかのようなものが出てきた。
「お、めずらしい。すぐに出てきた。今日は運が良いぞ」
「こんな状況でなに言ってんの! いいから早くしてよ!」
「よぉし、即席落とし穴! えいえい!」
ドラえもんが輪っかをいくつも地面へと投げた。輪っかの置かれた箇所の地面がぽっかりと消え、まるで落とし穴のような窪みが出現する。
突如として出現した穴に、追手たちは勢いが止まらずに次々に嵌まっていった。
「うわぁぁぁ!!」
「落ちるぅ!」
「よっしゃあ! ざまぁみなさい!」
さっきまでの泣き言はどこへやら、アクアが振り返り、ガッツポーズする。
「もう、そんなのいいから。今のうちに屋敷の中に隠れよう」
ドラえもんたちはそのまま走りぬけ、屋敷の扉を開けて中へと入っていった。
屋敷の中では、ちょうど数名のメイドたちが掃除をしている最中だった。
突然入ってきたドラえもんたちに、彼女たちは不審な眼差しを送ってくる。
「や、やぁ、はじめまして。ぼく、ドラ――」
「「不審者です! 誰か! 誰かぁ!」」
忠実なメイドたちは、声を張り上げて屋敷中へ合図を送った。
次々と部屋の扉が開かれ、杖やら剣を持った男たちが飛び出してくる。
「「「「し、失礼しましたぁ!」」」」
ドラえもんたちが慌てて屋敷から出ようとする。すると、屋敷の奥からダクネス、改めララティーナを呼ぶ声がした。
「……ララティーナ? どうした、そんな格好をして」
ドラえもんたちが振り返ると、そこには恰幅の良い壮年貴族のような男が立っていた。ララティーナとダクネスを呼ぶあたり、もしかしたらダクネスの母方の父なのかもしれない。
「……チャンスよ、ダクネス。ここはララティーナということで押し通しましょう」
「私は本当のララティーナなのだが……おほん、すいません、お父様。友達と一緒に遊んでおりまして」
「友達? お前に友だちがいたのか?」
「ぐふ」
なぜか、ダクネスが両膝をついて倒れこんだ。
「ちょっと、ダメージを受けてる場合じゃないですって!」
「……ダメだ……立ち直れそうにない……。あとは託した……」
「ダクネス! 私たち友達だから! お願いしっかりしてよぉ!」
アクアがゆさゆさとダクネスを揺するが、本気でダメージを受けてしまったようで、反応がない。
なんとかダクネスを抱き起そうとしていると、二階からヒールの音が聞こえ、誰かが下りてきた。皆が振り返ると、そこには、ダクネスと瓜二つの女性がドレスを着て立っていた。
「なにごとですか、お父様?」
「……えっ!? ララティーナが、二人!?」
壮年の貴族が、ダクネスと後ろの女性を何度も見ながら、困惑したように叫んだ。
「ま、まずい! あれは私の母だ!」
「に、逃げましょう」
4人が逃げ出そうと屋敷の扉に手をかけようとしたとき、突然、屋敷の扉が荒々しく開かれた。落とし穴に落とした追手たちが中へ入ってくる。
「きゃあ! ど、どうしましょう!?」
「こうなったら……あった、石ころ帽子! はい、みんな被って!」
ドラえもんが3人の頭に叩きつけるように被せていく。すると、今まで注目を集めていたのが嘘のように、誰もドラえもんたちを気にしなくなった。
「……おや? なんで騒いでいたんだったかな?」
壮年の貴族が首を傾げた。
「……失礼します」
屋敷の中に、イグニスと呼ばれていた青年貴族が入ってきた。彼も落とし穴に嵌まったのか、体中が泥まみれになっていた。
「あら、イグニス様。どうしたのですか、そんな恰好で」
「……そんな恰好だって? そんなの、自分の胸に聞けばいいだろう! 君は、私の心を弄んでいたのだな!」
「な、なんのことですか」
「とぼけるな!」
イグニスはララティーナのもとまでツカツカと歩み寄ると、パシンッと頬をはたいた。
「な、なにをするのだ。イグニス殿!」
「……婚約の話はなかったことにいたします。さらばだ、ララティーナ」
「……どうぞお好きに! ひとの話も聞かないお方だったなんて、思いませんでしたわ」
イグニスはもうララティーナに答えなかった。踵を返すと、護衛とともに屋敷を出ていった。
――
「……アクア、今からでも遅くないから謝ってきなよ」
「そうですよ。破局させてすみませんでしたって」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それ、謝罪じゃすまないでしょ! 最悪処刑されたりとか……」
「そこは安心してください。骨になったら拾いますから」
「どこが安心できるのよ! 骨になる前に助けてよ!」
「大丈夫、アクア。首の切断くらいならこのタイムふろしきで――」
「だから! なんで処刑される前提なのよ! お願いよドラえもん! なんとかしてぇ!」
「そ、そんなこと言われたって……」
ドラえもんがぽりぽりと頭をかく。
ふと、ダクネスが先ほどから静かなことにドラえもんが気付いた。ダクネスを見ると、彼女は自分の足を見て戦慄いていた。
「な、なぁ……私の体が、透けてきてるんだが……」
ダクネスが恐るおそる自分の足もとを指さした。ドラえもんたちが見ると、確かに、向こう側が透けて見えていた。
「……あ、そうか! これはまずいぞ!」
「え、どういうことよ?」
アクアが首を傾げる。
「ダクネスの両親の婚約が破棄されたから、未来が変わっちゃったんだ!」
「へ?」
「な、なんだって!?」
ドラえもんは「まずいまずい」と言いながら、ダクネスの周りを走る。ダクネスもこの世の絶望とばかりにうなだれていた。
ただ、アクアだけは未だに合点がいってないようで、さらに首を傾げる。
「つまりですね、ダクネスの両親が結婚しなくなったので、ダクネスが生まれない未来に変わってしまったということです。そうですよね? ドラえもん」
「そうなんだ! あぁ、どうしよどうしよ」
「ふーん……な、なんですってぇ!?」
ようやく、アクアが慌てだした。
しかし、4人をあざ笑うかのように、どんどんとダクネスの体は透けていく。
「くっ……私はもうダメだ……」
「諦めちゃダメだ! 頑張るんだ、ダクネス!」
「そうですよ、ダクネス! 私たちで何とかしますから、がんばってください!」
めぐみんがダクネスの手を取り、励ました。
「……あぁ、鼻フックされたい人生だった……」
「あ、まだ余裕そうね」
「……ですね。もう少しほっときましょうか」
「ま、まぁまぁ。一応ピンチなんだから、早く助けてあげようよ」
こうして、ドラえもんたちの未来へ帰る戦いが始まった。