ドラえもん「えぇっ! この素晴らしい世界に祝福をだって!?」 作:腎臓「詫び石だ、受けとれ」
――アクセル
ここは、古代ノイズの趣きが残る街。街の周囲には、過去一度たりとも魔族に抜かれていない巨大な城壁、街路は2台の馬車がすれ違えるように幅が取られ、また石畳によって整備され、過去の文明の高さが思い起こされる。
上下水道も数百年前には完備されており、人々の憩いの場となっている広場の噴水も、同時期に建造されたものだと言われている。
街の人々がたたずむ噴水広場に、青い髪の娘が突如として現れた。いや、落っこちてきた。
「――あいたぁ、なによ、突然怒りだして。ちょっとサボっただけじゃない。まったく……」
まだ痛むお尻をさすりながら、その娘はゆっくりと立ち上がり、あたりを見回した。
ガヤガヤとした雑踏に、売り込みの呼び声、うえを見上げれば綺麗な青空が広がっていた。天高く上った太陽は、まるで女神である彼女にスポットライトを当てているかのように輝いていた。
水の女神である彼女は、女神らしい高い感受性でもって、目の前の光景をこう表現した。
あ、下界だ、と。
「……え? うそ、え、まって。ほんとに下界に落とされたの?」
ドンッ
「ぼーっと立ってんじゃねぇぞ、嬢ちゃん」
「あ、はい……すいません」
「――じゃなくて! 冗談でしょ!? ねぇ、エリス! エリス聞いてる!?」
アクアが上空に向かって、エリスエリスと叫び続ける。
その姿は、場所と言動を考えなければ、敬虔なエリス教信者に見えなくもない。
だが、こんな青空の下でエリスと呼び捨てで叫んでいる様は、陽気な天気につられた変質者そのものであり、街の人々は微笑ましそうに避けて通り過ぎていった。
「エリス、聴いてるのよね!? 私がわるかったわ! だからお願い、天界に戻してぇ!」
アクアが声が枯れんばかりに訴えても、青い空に変化はなく、刻一刻と変わっていくのは周りの視線だけである。
しばらく天に向かって拳を振り上げ続けてみたものの、ついに諦めたのか、アクアはだらりと両腕を下ろした。
「……え、ほんとに私、この世界で暮らさなきゃいけないの?」
見上げる空には雲一つなく、タヌキらしき物体が落下してくるのみ――。驚いたように、アクアが上空を二度見した。
「な、なにあれ!? もしかして、迎え!? やっぱりそうよね。このアクア様を見捨てるなんて――」
アクアが安堵したように胸をなでおろした。その頭上に、どんどんと青い物体が近づいていく。
「うわぁあああああ、どいてどいてー!」
「……へ?」
ドシンッ、という音とともに、ドラえもんがアクアに直撃した。
「ぎゃぁっ!」
「きゃあ! いったぁい……!」
「あいたた……。まったく、なんで空につながってるんだ! ぼくじゃなかったら大変なことになってたぞ!」
「なにこれ、すっごい重いんですけど! どいて、どいてってば!」
アクアがバシバシとドラえもんを叩く。
しかし、ドラえもんはこちらの言語が全く分からないせいか、アクアがなにを言っているかが皆目見当もつかない。
女の子を尻に敷いている状態であれば、万国共通で「退いてくれ」なんじゃないかと予想できそうだが、二十二世紀の最新AIにはまだ少し難しいようだった。
「なに言ってんだ、この子は……?」
ドラえもんは、彼女の話す聴き慣れない言語に首をかしげる。ふと地面に目をやると、日本で見慣れたアスファルトではなく、石畳であることに気づいた。
「……おや? ここはどこだ? ぼくの知ってる世界じゃないぞ? てっきり、日本に飛ばされるかと思ったのに」
「どいて! どきなさいってば! こぉんの! ゴッドブロー!」
ドラえもんの下にいるアクアが、女神の渾身の力でドラえもんを叩いた。
「ぎゃぁ! 痛い! いたいってば。あ、そうか。言葉が通じてないんだった」
ドラえもんが慌ててポケットの中に手を入れた。
「あった! 翻訳こんにゃく!」
ドラえもんが翻訳こんにゃくを一ちぎりして、モグモグと食べる。
「ちょっと、いい加減どきなさいよ!」
「あ、こりゃ失礼」
ドラえもんがサッとアクアの上からどいた。
やれやれ、とアクアが両手をつきながら上体を起こしす。
そして目の前にいる青い物体と目が合うと、よほど驚いたのか、目をこすって何度も見直した。
「え……なにこの青いの? 初めて見たんですけど!?」
「やあ。はじめまして、ぼくドラえもん」
「どらえもん……っていう名前の魔獣なの?」
「む、失敬な。魔獣なもんか! ぼくは二十二世紀からきたネコ型ロボットだぞ」
ドラえもんがエッヘンと胸を張った。
「え、どうしよう……ぜんぜん整理が追いつかない。……とりあえず、どこがネコなの?」
「ひどい! このヒゲと鈴がネコっぽいじゃないか」
「あー、言われてみれば……いや、そんなことどうでもいいわ」
「おっと、ぼくもそうだった。実は、アクアって子を探してるんだ。青い髪の女神らしいんだけど……」
「え? アクアは私だけど?」
「なんだ、キミか。エリスさんが言ってたのは」
「うそ!? あんた、エリスのこと知ってるの?」
「知ってるもなにも、ぼくはエリスさんに頼まれて、キミの面倒を見にきたんだ」
「そ、そんな……。あの子、こんな珍獣一匹でどうしろってのよ」
「やい、だれが珍獣だ! これでもぼくは、二十二世紀の最新技術で作られたロボットだぞ。ダメ人間の更生ならどんとこいだ」
「ちょっと、なによダメ人間って! まるで私が女神失格みたいじゃない!」
「エリスさんの話だと、仕事をさぼったり、後輩に仕事を押し付けたり、挙句には飲んだくれてるって聞いたけど」
「……ぐぬぬ」
「事実だったんだ……」
――かくかくしかじか
「……まぁ、話は分かったわ。ほんとに癪にさわるけど、日頃の行いを直して、これから女神らしい行いをすれば、天界に戻れるのね?」
「そういうこと」
ドラえもんがポンと両手を叩き、「それじゃ、いっしょに頑張ろう」とアクアの肩を叩いた。
「……それで、日頃の行いを直すって、具体的にどうすればいいのよ?」
「そりゃもちろん、キミが心を入れ替えて、人助けをしたりとか――」
「……やーめた」
「えっ!? な、なに言ってんだ。天界に帰りたいんだろ?」
「いいのよ。どうせ天界は人手不足だから、すぐ戻れるわ。だから私はのんびり、下界を満喫して待ってればいいの」
「ははぁ……こりゃのび太くん並みのダメ人間だ」
アクアが呑気そうに欠伸をするのをみて、ドラえもんはやれやれと両手をあげた。
すると、何かを見計らったかのように、空から一枚の紙がヒラリと堕ちてきた。
「……おや、なんだいこれ? なになに、拝啓、アクア先輩。天界と下界では、流れる時間が違うのを忘れていませんか。下界での数ヶ月は、天界の1時間にも達しませんよ。……だって」
「そ、そうだった……!」
アクアが絶望したようにうなだれる。どうやら、時間の流れが異なるのは本当のことらしい。
「ほら、元気だして。これから頑張れば、天界に戻れるさ」
「うぅ……しょうがない。やるしかないわね」
「ようし、その意気だ」
ドラえもんがエールを送ると、アクアもその気になったようで、勢いよく立ち上がった。
「じゃあドラえもん、さっそくお金出してよ」
「えぇ……さっそくぼくにたかるの?」
あきれたような眼差しでアクアを見た。
「そうじゃないってば。私、この世界でのお金を持ってないの。だから、宿代も食事代もないのよ」
「そんなの、僕だって持ってないぞ」
「……へ? なんでよ、私のお世話に来たんじゃないの?」
「それはそうだけど……」
ドラえもんは思わず頭をぽりぽりとかいた。
「あ、そうだ。じゃあ、どこかで働こう。そこできみの勤勉さを見せつけるんだ」
「えー」
「えーじゃない。そんなんじゃ、いつまで経っても天界に戻れないぞ」
「分かったわよ、もう。じゃあ、ギルドに行きましょう」
「よしよし。……ギルドってなに?」
「ハロワみたいなもんよ」
「へー。こっちのハロワはカッコいい名前してんだなぁ」
――ギルド
「いらっしゃいま――え、タヌキ!?」
「失礼な! 僕は未来から来たネコ型ロボットだぞ」
「安心して。これは私の使い魔みたいなものよ」
「ロボットだって言ってるじゃないか」
「仕方ないじゃない。そうじゃないとドラえもんの説明が面倒なのよ」
「……分かったよ」
「私、冒険者登録しに来たんだけど」
「かしこまりました。それでは1000エリスいただきます」
「え、お金とるの!?」
「えぇ、登録料は頂いております」
「そんな……そうだ、この青いの売れないかしら」
「ひどい! 出会ったばかりで、なんで売ろうとするんだ!」
ぷんすかと両手を振り回してドラえもんが抗議する。
アクアが「冗談よ」となだめると、ドラえもんはようやく落ち着いた。そして、なにか思案すると、ポケットの中に手を入れた。
「まったくもう。しょうがない」
「え、お金持ってたの?」
「その冒険者登録とやらができたら、ちゃんと働くんだね?」
「働く働く。もうバリバリ働くわ」
「よし。すいません、お姉さん。何か壊れちゃったものとか、直してほしいものとかありませんか?」
「あら、直してくれるの? じゃあ、あそこにある割れたテーブルとか直せるかしら」
「まかせてください!」
ドラえもんは笑顔でうなずくと、ポケットから時計の柄があしらわれた風呂敷をとりだした。
「タイムふろしき! これを被せれば……」
ドラえもんが壊れたテーブルにタイムふろしきをかけた。しばらくしてふろしきをどかすと……
「うそ、新品に戻った!? なに今の!?」
「どう、すごいでしょ? なんでも1000エリスで直してあげましょう」
ドラえもんがそう言うと、瞬く間に人垣ができた。
なんだなんだ?
なぁ、こっちも頼めねぇか
すげぇ! 一瞬で直っちまった!
俺も俺も
「はいはい、並んで並んで。一回1000エリスよ」
「……なんでアクアが仕切ってんのさ」
「良いじゃない。ドラえもん、この魔法は金になるわ!」
――1時間後
「やったわよ! まさか、こんなに稼げるなんて! このまま評判が広まれば、そのうち一日に何十万エリスも稼ぐことだって――」
「じゃあはい、1000エリス」
「……え? こんだけ?」
「言ったじゃないか。1000エリスあれば働くって。ほら、これで登録してきなよ」
「ケチ! 半分くらいくれたって良いじゃない」
「なに言ってんだ。これは僕が稼いだお金だぞ」
「なんでよ、ドラえもんは私の使い魔でしょ?」
「だから、ぼくは使い魔じゃなくてきみのお世話係だってば。ほら、早く登録してきなって」
「分かったわよ、もう! ドラえもんのケチ、ベーッ」
アクアは舌を出すと、ぷりぷりと怒りながら受付へ歩いていった。
「……まったく、安請け合いするんじゃなかった。女神の世話がこんなに大変だったとは」
すごい!アークプーリストです!
スゲェ!
フフン、もっと褒めなさい
「ひぃふぅみぃ……数日分の宿代にはなるかな。でも、これは非常時に取っておこう。あの様子だと、自力で稼がせなきゃすぐ怠けるだろうし」
ドラえもんは小銭を数え終わると、ガマ財布の中に入れてポケットの中へとしまいこんだ。
まもなくして、アクアが駆け足で戻ってきた。
「お待たせ。じゃあ、さっそくクエストを受けるわよ!」
「はいはい」
――クエストボード前
「へぇ、いっぱいあるんだなぁ」
「どれにしようかしら。できれば、パッと稼げるものが良いんだけど」
「じゃ、このデストロイヤーの討伐でも――」
「却下よ! あんなの勝てるわけないでしょ」
「ありゃ、そうなの? 女神だからてっきり……」
ドラえもんの疑問を聞き流して、アクアは一枚の依頼を手に取った。
「まずはそうね、このジャイアントトードにしましょう」
「ジャイアントトード?」
「大きなカエルのことよ。ま、私にかかればちょちょいのちょいよ」
「……なぜだろう、ダメな予感がプンプンする……」
――草原
「ドラえもんはそこで見てなさい。いい? これが女神の力よ!」
言うやいなや、アクアが巨大なカエルのもとへ走り出した。
「無茶するなよぉ。……まったく、聞いちゃいないんだから」
ゴッドブロオオオ!
ゲコ?
……あれ、おかしいわね――
ゲコッ
モゴモゴ
た、たすけてぇ!
「……あちゃぁ、ダメだったか」
ドラえもんが思わず手で目を覆った。すぐにアクアのもとへ向かう。
「アクアー! 大丈夫ー?」
ドラえもんがカエル越しにアクアへ声をかけた。だが、アクアの足がピクピク動いているだけで、返事はない。
「こりゃ大変だ。スモールライト!」
ドラえもんがカエルに光を当てる。
またたくまにカエルは小さくなり、アクアを吐き出した。
「ぷはぁ!」
ドラえもんは小さくなったカエルのもとへ駆けつけると、カエルを踏みつけた。か細い鳴き声と共に、カエルが絶命する。
ヌルヌルの粘液塗れになったアクアは、起き上がると涙ながらにドラえもんに抱き着いた。
「うわぁん、ドラえもん! 怖かったよぉ!」
「うへぇ、こっち寄るなよ。臭いってば」
「うぅ、体がベトベトで生臭い……」
「とりあえず、街に戻ろう。今のままじゃだめだ」
「うん……」
こうして、はじめてのクエストは散々なかたちで終わった。