ドラえもん「えぇっ! この素晴らしい世界に祝福をだって!?」 作:腎臓「詫び石だ、受けとれ」
――屋敷の屋根の上
「よし。なんとかして、二人に仲直りしてもらおう」
いつになく真剣な面持ちで、ドラえもんが提案した。
一刻も早く二人の仲を戻さなければ、ダクネスが消えてしまう。
しかし、復縁がそう簡単なものではないことは、どの世界でも共通の概念のようであり、みな一抹の不安を共有しているのは確かだった。
そんな不安を体現するように、アクアがため息を吐いた。
「仲直りさせるって言っても、二人ともすごい怒ってたわ。私たちだけじゃ無理よ」
「確かに、女性である母上に手を上げるくらいだ。父上の怒りは、部外者がなんとかできるものではないと思う」
「うーん……」
「あ、いいこと思いつきました。この前のジーンマイクを使えば、二人は喜んで復縁するんじゃないですか?」
「それだ! ドラえもん、さっそくあの道具を出してくれないか」
ダクネスが名案だとばかりに両手を叩いて、ドラえもんに視線を移した。
ジーンマイクは、アクアを警察署から救出するときに使った道具である。当時のことを知らないアクアはきょとんとしていたが、空気を読んで大人しくしている。
「それは無理なんだ。一時的に縁を戻せても、効き目が切れたら元の木阿弥になっちゃうんだ」
「そうか……」
ダクネスががっくりと肩を落とした。
みんなが黙ってしまったところで、ドラえもんが「よし」と何かを決心したように立ち上がった。
「しょうがない。ここはイチかバチか、ぼくたちがダクネスの両親になりきって、二人を説得していこう」
ドラえもんの提案に、3人は目を丸くした。
「なりきるったって、どうやるのよ? ダクネスは足もとが透けてるから、変装してもきっと不審がられるわ」
「大丈夫。いいのがあるんだ」
そう言って、ドラえもんはポケットから一体のマネキンのようなものを取りだした。
「ヒトマネロボット!」
「……人形? それを変装させるの?」
「変装なんてもんじゃない。このロボットは、どんな人にも変身することができて、しかもこのマイクを使えば、その人そっくりに喋られるんだ」
「おぉ! それを使えば、ダクネスの両親になりきれるってわけですね」
「そうゆうこと」
ご名答とばかりにドラえもんがニコリと笑う。
ハタと何かに気づいたのか、アクアが口元に手を当てた。
「……もしかして、その道具でエリスになりきれば、評判をガタ落ちにさせられたりとか……」
「ドラえもん、アクアには絶対に貸さないでくれるか?」
「大丈夫、間違っても貸さないから」
「……や、やぁねぇ、冗談だってば。だから、ね? 今度貸してくれない?」
「だめったらだめ」
「ひどい! ドラえもんのけち!」
――
ヒトマネロボットを抱えて、ドラえもんがダクネスの母の部屋へと向かった。母の姿へと変身させるために、ロボットに実物を記憶させにいったようだ。
ドラえもんが屋根の上へと戻ってくると、抱えている人形はダクネスの母ララティーナへと変身していた。
「おぉ、すごい。瓜二つですね」
「そっくりでしょ。この専用マイクで喋れば、声もダクネスのお母さんそのままで喋ってくれるんだ。それじゃ、誰がダクネスのお母さん役をする?」
「それなら私にまっかせなさい!」
「お、じゃあアクアに任せた」
ドラえもんがアクアにマイクを渡す。
「だ、大丈夫なのか、アクア? 父を口説くんだぞ? とても男性経験豊富に見えないんだが……」
「ふっふーん。ダクネス、私が女神であることを忘れてない? こう見えても、人の恋路を引っかき回すのは得意なのよ!」
「……ドラえもん、これ人選ミスじゃないか?」
「間違いなくダメなパターンですね」
「ま、まぁその、本人のやる気を買ってあげてさ……」
ドラえもんがまぁまぁとダクネスをなだめた。
「じゃ、次はダクネスのお父さんを呼び戻そう」
「なにか方法があるの? またあの護衛に追いかけられるのはイヤなんですけど」
「大丈夫だいじょうぶ。毎度おなじみ……取り寄せバッグ! みんな、イグニスさんを取りだすから、石ころ帽子を被って」
「まーた、このダサい帽子かぶるのね」
「ドラえもん、透明マントとかないんですか」
「二人とも、わがままを言うな。ほんとにダサいが、これも我慢だ」
「えぇ……そんなにダサいかなぁ」
ダクネスに促され、二人がしぶしぶ石ころ帽子を被った。
3人が被ったことを確認すると、ドラえもんは取り寄せバッグの中に手を入れる。とたんに、バッグの中が騒がしくなった。
ドタバタと音がした後、取り寄せバッグから放り出されたようにイグニスが出てきた。
「いたた……な、なんだ!? ここはどこだ!?」
イグニスが混乱したようにあたりを見回した。
石ころ帽子を被っているドラえもんたちには気づいていない。
「ここは、屋敷の上……? ん? ラ、ララティーナ殿!?」
イグニスはヒトマネロボットに気が付くと、素っ頓狂な声を上げた。
先ほど頬をはたいた女性がいたことに、驚きと気まずさを感じているようだった。
「じゃ、アクア頼むよ」
「わかったわ」
アクアは受け取ったマイクのスイッチを入れると、口元に持っていった。
「あーあー、テステス」
『あーあー、テステス』
「……は? ララティーナ殿、どうされた?」
イグニスが不審げに眉根をひそめた。
「ばか、アクア! なにやってるんだ。いきなり変な目で見られてるじゃないか!」
「バカとはなによ! バカとは! ちょっと試しただけじゃない!」
「おい、マイク握ったまま喋ると……」
『バカとはなによ! バカとは! ちょっと試しただけじゃない!』
「な、なんだ突然!? いきなり怒鳴るとは、無礼にもほどがありますぞ、ララティーナ殿!」
イグニスがヒトマネロボットに向かって怒りだしてしまった。
「何してんですか、早く軌道修正しないと」
「わ、わかってるわ。えーと……お父さんの名前なんだっけ?」
「イグニスだ。ほんとに頼むぞ!」
「あーそうそう。イグニス様。突然こんな形でお呼びして申し訳ありません」
『イグニス様。突然こんな形でお呼びして申し訳ありません』
「ほんと、どうすればこういう形で呼ばれるのか詳しく聞きたいんですが……。テレポートでも使ったんですか?」
『こ、細かいことはいいじゃありませんか。それよりも、誤解を解きたいのです』
「誤解? ……まさか、さっきのことですか」
『そうです。先ほど、私がイグニス様を落とし穴にはめてガッツポーズしてたのを見たと思うのですが』
「なに!? きみ、あの時ガッツポーズまでしてたのか!?」
『あ、やば』
「やば、だと!?」
イグニスが眉を吊り上げ、ララティーナに詰め寄った。
慌ててドラえもんがアクアの口を押さえる。
「むーむー……!」
「もう……。キミは喋れば喋るほどボロが出るんだから。ほら、早く本題に入らないと」
「あ、ダクネスの足が一段と透けてきましたよ」
「アクア! ほんとのほんとに頼むぞ!?」
「わ、分かってるわよ」
アクアがマイクを持ち直す。
『ち、ちがいます。あのときの女性は、私ではないのです。あれはそう、私の妹なんです』
「君に妹はいなかったはずですが」
『……最近、妹と判明した子なんです』
「そ、そうなんですか……。まさか、複雑な家庭だったとは……」
「おい、アクア! 我が家に変な設定を付け足すな! 父がドン引きしてるじゃないか!」
「し、仕方ないじゃない! うまい言い訳思いつかなかったんだから!」
「いま喧嘩するなってば。まだ会話の途中なんだから。ほら、アクア続けて」
『そうなんです、イグニス様。あれはすべて妹の変態クルセイダーが、イグニス様と知らずにしでかしてしまったことなんです。妹に代わって私が罪を償います。ですから、どうか私との婚約を解消しないでいただけないでしょうか』
「……ふん。どうだか。仮に妹が事実だったとして、君も見て楽しんでいたんだろう?」
『はぁ? 何言って……るんですか、そんなことはありませんのよ』
「それに、すでに君の父上にも破棄を伝えているんだ。どうせ、もう復縁は無理に決まっている」
『なによ、男の癖にグチグチと……あいたっ! ……そこはお任せください。父上がイグニス様を許すというまでタコ殴り……じゃなくて、お願いしますから。ですから、もう一度思い直してもらえませんか』
アクアが頭をさすりながらマイクで答えた。その後ろでは、ダクネスが仁王立ちをしている。
「……ところどころで不穏な言葉が聞こえたんだが」
『お、おほほ、きっとアクア様の後光が私に降りてきたのでは――』
「……えっ!? 君、あのいかれたアクシズ教信者だったのか!?」
「はぁ!? いまアクシズ教を馬鹿にしたわね!」
「あっ……。すまないが、やはり婚約はなかったことに――」
『こっちこそ! あんたみたいな腐れポンチ願い下げ――いったぁい!』
ダクネスがアクアからマイクを取り上げた。
「選手交代だ」
「うぅ、ダクネス、もう少し優しくぶってよぉ……」
「そもそもぶたれるなよ……」
頭をさすりながら、涙目に訴えるアクアに、ドラえもんが呆れたような視線を投げかけた。
マイクを取り上げたダクネスが、腕を組んで唸った。
「さて、どうしたものか……」
「あ、面白そうなんで次は私がやりたいです」
「今、面白そうと聞こえたんだが」
「気のせいです」
ダクネスが訝しげにめぐみんを見た。
「いいじゃないか。めぐみんは頭が良いし、ここは試しにお願いしてみようよ」
「……頼んだぞ」
ドラえもんに諭されて、ダクネスがしぶしぶめぐみんにマイクを渡した。
めぐみんが自信満々にマイクを受けとる。
「大丈夫かしら。めぐみんに結婚の話とか早くない?」
「ふっ……見くびってもらっては困りますね。こう見えても、紅魔の里では男子から人気があったんですよ」
「……紅魔の里で、ね……」
「ダメだ……不安要素でしかない……」
ダクネスが頭を抱えた。
「ほら、めぐみん見栄張ってないで、早く」
「あ、信じてないですね! ドラえもん!」
「信じる、信じるから。イグニスさんが痺れを切らしちゃってるんだってば」
めぐみんが不満げな表情をしながらもマイクを構え、イグニスの方を見た。
『申し訳ありません。アクシズ教というのはちょっとしたジョークです』
「……本当ですか? だいぶ彼らと同じ臭いがしましたが……」
『ほんとうです。そんなに疑うのならば、今度アクシズ教のご神体にケツバットするところを見せてあげましょう』
「い、いや、そこまでは大丈夫だ。私まで目の敵にされかねない……」
「ねぇ、めぐみん。ウソよね? 冗談でしょ?」
「……」
「なんか言いなさいよぉ!」
「アクア、マイクが拾っちゃうから落ち着いて」
『実は、あなた様にとても大事な話があるんです』
「これ以上にまだあるんですか……」
『えぇ、とても重要なことです。それをお伝えしようと思って、ここへお呼びだてしたんです』
「……そうなんですか。しかし、そういう大事なお話なら、何もこんな屋根の上でせずとも……」
『こ、ここだから話せるんです。実は、私はあなた様へお別れをお伝えしなければならないのです』
「お、お別れ!? いったいどういうことですか!」
イグニスが身を乗り出した。
めぐみんはまるで堂に入ったかのようで、ノリノリで続ける。
『今まで、ずっと黙っていて申し訳ありません……。実は、ララティーナとは世を忍ぶ仮の名。なにを隠そう! ほんとうの私は、魔王軍幹部の――あいたぁ!』
「……は?」
ゴチン、とダクネスの拳骨がめぐみんの頭に命中した。
「なにするんですか、ダクネス! 痛いじゃないですか!」
「そっちこそなに言ってるんだ、めぐみん! 私の母を勝手に魔王軍に入れるなんて!」
「なんでですか! 敵味方に引き裂かれる恋人同士なんて、最高にエモいじゃないですか!」
「そんなことでひとの親を闇落ちさせるな、ばか!」
ダクネスがマイクを取り上げた。名残惜しそうに、めぐみんが取られたマイクを眺めた。
「あぁ、私の番が……」
「ねぇねぇ、ダクネス。もう一回私に――」
「アクアはもう大丈夫だ」
「あ、はい」
「次は、ドラえもんがやってくれないか」
「え、ぼく? 大丈夫かなぁ」
「少なくとも、この中で一番男心が分かってるはずだ」
「「え、私は?」」
「ダメだ。二人に男性経験がないのはよく分かった」
「「ぐぬぬっ……」」
「……じゃ、やってみるよ。ここはベタだけど、泣き落とし作戦でいってみよう」
マイクを渡されたドラえもんが、自信なさげにマイクのスイッチを入れた。
イグニスの方を見ると、だいぶドン引きしているのか、とても親しい男女とは思えないくらいに、2人の間の距離を空けていた。
『ええと、イグニス様。あなたをからかってしまって申し訳ありません。実は、魔王軍幹部はウソです』
「……でしょうね。あの、頭がおかしくなったとかじゃありませんね?」
『違います。これには理由があるのです。今からお話しますので、もう少しこちらへきていただけますか』
ドラえもんが促すと、イグニスが恐る恐るララティーナのもとへと歩み寄った。まだ警戒心は高いようだが、一応、恋人同士の距離まで近づくことができた。
『私があんなことを口走ってしまったのは、イグニス様のせいでもあるんです』
「え、私のせいだって?」
『そうなんです。イグニス様が、私のこの想いにお気づきになってくださらないから』
そう言って、ドラえもんは泣く真似をした。ロボットもドラえもんに合わせて、顔を両手で覆った。
突然泣き崩れたことに慌てたのか、イグニスが咄嗟に彼女の肩を抱いた。
『私が常日頃、あれやこれやとあなた様の気を引こうとしているのに、あなた様はいつも知らんぷりじゃありませんか。それで私もついムキになって、アクシズ教に入ったり、魔王軍に入ったり……』
「な、なんということだ。私が気付かないばかりに、君がそこまで思い詰めていたとは……」
『もしも、このまま結婚できないならば、いっそここから飛び降りてしまおうかしら』
「ま、待ってくれ! そんなことはさせられない」
『止めないでください。あなたと一緒になれないのなら、死んでしまいたい』
「ええい、わかった! 君と結婚しよう!」
『よし! 男に二言はないですね?』
「……は?」
今まで泣き崩れていたはずのヒトマネロボットが、ドラえもんに合わせてガッツポーズをした。
いきなりのことに、イグニスは思考が止まっているようだった。
『あ、ええと、その、喜んで』
「あ、はい……」
「そ、それと、ちょっと心を落ち着かせてきますので、もう一度プロポーズしてもらえますか』
「も、もう一度?」
『では、失礼遊ばせ』
ヒトマネロボットが屋根の下まで駆け去ると、ドラえもんはロボットのスイッチを切って回収した。
「ふぅ、あぶなかった」
「ドラえもん、気を抜きすぎだぞ」
「ごめんごめん」
「いいじゃないですか、ここは結果オーライということで」
「まさか、こんなにもあっさり行くなんて思わなかったわ。ドラえもんやるのね」
「いつの時代も、男性は女性の涙に弱いもんさ」
「へぇ。じゃあ、私が涙ぐんで頼めば道具貸してくれたりとか」
「キミの泣き顔は見慣れてるからなぁ……」
「なんで!? 女神の涙よ!? 少しは騙されなさいよ!」
「アクア、さっそく泣きそうじゃないですか」
「ここぞというときに泣かないとな……」
――閑話休題
「じゃ、次はお母さんの方ね」
「相変わらず、ダクネスの体は薄いままですね。これはつまり、まだ未来は不確定ということですか?」
「そういうことだね。よし、もう一息頑張ろう」
ドラえもんはヒトマネロボットを取りだすと、イグニスの姿へと変身させた。
タケコプターを使って、屋敷の2階にあるダクネスの母の部屋まで下りていく。
窓から様子をのぞいてみると、ダクネスの母は先ほどの怒りが収まらないのか、物に当たり散らしていた。
「うわぁ、荒れてるわね……」
「こりゃ、機嫌を直すのに骨が折れそうだ」
「……これって、裏を返せば、物に当たるほどイグニスさんのことを想ってたってことじゃないですか?」
「あ、なるほど! めぐみん、女心分かってるわね!」
「ふふーん」
「じゃ、ドラえもん。また頼んだぞ」
「え、今の流れでぼく?」
「そうですよ、ダクネス。私にもう一度チャンスをください!」
「ダメだ。どうせ今度は、私の父を魔王軍に入れるんだろう」
「ふ……甘いですね、ダクネス。今度は趣向を変えて、戦いが終わったら結婚しようという約束を――」
「それ結婚できないパターンだろう!? それに、父は戦場に出る予定はないからな!」
「紅魔の里では、よくあるプロポーズの言葉なんですが」
「まったく、相変わらず頭がおかしいんだから……」
「なにか言いました? ドラえもん」
「な、なんにも……」
杖を構えためぐみんに、慌ててドラえもんが両手を横に振った。
先ほどはファインプレーを見せたドラえもんも、秋の空といわれる女心は分からないらしく、お手上げというように首を振った。
「さすがに、ぼくじゃ無理だって」
「だらしないわねぇ、ドラえもん。女心がわからないなんて」
「むっ、男のおの字もないアクアに言われたくないぞ」
「ふ、舐めてもらっちゃ困るわね。私は女神なのよ? ちょっと信者に声をかければ、男の一人や二人――」
「……アクア、いい加減現実を見ましょうよ」
「見てるわよ! 見たうえで言ってんのよ! ほんとのホントに信者はいるんだからね!?」
アクアがムキになりながら説明するも、めぐみんはまるで哀れむような目でアクアを見ている。
どうやら、アクアが女神だとめぐみんが信じることは、今後もなさそうであった。
この世界のどこかにいるかもしれないアクアの彼氏候補はさておいて、当面の問題はダクネスの母親である。
「……仕方ない、ここは私がいこう」
「頑張って、ダクネス」
ドラえもんのエールを受けると、ダクネスはマイクを持って母の部屋を覗きこんだ。
ドラえもんがヒトマネロボットを抱え、もう片方の手でとおりぬけフープを取りだす。
「これを窓にくっつけて……さぁ、頼んだよ」
イグニスに変身したヒトマネロボットが、とおりぬけフープを通って部屋の中へと入っていった。
怒りに任せて枕を振り回していたララティーナは、突然の来訪者を前にして悲鳴とともに飛び跳ねた。
「きゃあっ! イグニス様!? い、いったいどこから!?」
『それは秘密だ。少し、君と話がしたいんだ。少し、静かにして聞いてくれないか』
ヒトマネロボットはダクネスの仕草を真似して、口元に人差し指を当てた。
ただ、興奮冷めやらぬダクネスの母は、イグニスの言うことに従う気はないようだった。
「な、なんですか。私には話すことなんかありません。出てってください!」
『そんなこと言わないで、私の話を聞いてくれ』
ヒトマネロボットが一歩、一歩と彼女へと近づいていく。彼女はまるで警戒する猫のように、一歩、一歩と下がっていった。
「今すぐ出ていかないのなら、人を呼びますよ!」
その反応で、ダクネスが参ったとばかりに後頭部に手を当てた。
「……ダメだ。話し合いにならない。もう少し段階を踏まないと無理そうだ」
「そんな時間ないわよ。ダクネスのお父さんだって、いつまでも待ってくれないわ」
「なにか、ダクネスのお母さんが機嫌よくなる話題とかない?」
「……すまない。母は幼い時に亡くなったので、あまり知らないんだ」
「ありゃ、それは知らなかった。ごめんよ」
「いや、かまわない」
「うーん、ご機嫌をとる方法ですか……」
「……参考までに聞くけど、みんなはどうしたら機嫌が直る?」
「入信」
「爆裂」
「緊縛」
「参考にもならなかった……」
ガックリとドラえもんが首を落とした。
にわかに、馬蹄の音が響いてきた。
四人が門の方を振り返ると、イグニスの護衛たちが必死の形相で馬を駆って迫ってきているのが見えた。
「まずい! イグニスさんを取り戻しに来たんだ!」
「たいへん! なんとかして足止めしなくちゃ」
「足止めって、どうやるんだ!?」
ダクネスの言葉に、めぐみんが自信満々に杖を構えた。
「……ふ、ここは私の出番ですね――」
「やめてくれ! めぐみんの魔法じゃ、ぜったいに足止めなんてできないだろう!」
「……『足止めする』のも『木っ端微塵にする』のも、ニュアンスにそう大きな違いはないと思うんです」
「あるぞ!? 天と地ほどの違いがあるからな!?」
血気はやるめぐみんを、ダクネスががっしりと羽交い締めにして止めた。
「は、離してください! そろそろ撃たないと死んじゃうんです!」
「帰ったら好きなだけ撃たせてやるから、今はおさえてくれ!」
「……よし、ここはぼくが護衛の人たちを止めよう」
「おぉ、ほんとか!」
「ぼくが止めてる間に、みんなはこのマイクでお母さんの機嫌を直しておいて」
「分かったわ。任せなさい!」
「……仕方ないですね。ここはドラえもんに譲りましょう」
「ドラえもん、頼んだぞ」
ドラえもんはうなずくと、タケコプターを駆って門の方へ向かった。
護衛たちが門の前に到着すると、一人が屋敷の屋根を指さした。
「いました! イグニス様は屋根の上です!」
「よし、遠慮はするな! 全員、中へ入れ!」
護衛たちが鞍から降りると、一斉に門へと殺到していく。
「入れるもんか! 空間ひんまげテープ! えい!」
ドラえもんが輪っかにしたテープを門へ投げつける。
護衛たちが門を押し開け、突入する。すると、奇妙なことに彼らは外へと出てきてしまった。
「ど、どうなってるんだ!? 中に入ろうとしても、外へ出てきてしまう!」
「くっ……もしや、またあの青ダヌキか! 奇怪な魔法を使いおって!」
「誰がタヌキだ! ぼくはネコ型ロボットだぞ!」
ドラえもんがプンスカと怒りながら叫んだ。だが、石ころ帽子を被っているせいか、護衛たちはドラえもんがすぐ目の前にいることに気がついていない。
「ええい、何をやっているんだ! 門から入れないなら、柵を上ればいいだろう!」
「はっ!」
護衛たちは門を諦めると、今度は柵に足をかけて登り始めた。
「よぉし、こうなったら……ゴーホームオルゴール!」
ドラえもんがポケットからカエル型のオルゴールを取りだした。地面に置くと、ホタルの光のメロディーが流れだす。
「……帰るか」
「……帰ろう」
柵を上っていた護衛たちが、次々と下りていく。やがて鐙に足をかけると、馬を駆って去っていった。
「ふぅ、危なかった。さて、向こうはどうなったかな」
ドラえもんはタケコプターで再びダクネスの母親の部屋のところまで戻っていった。
窓付近までやってくると、アクアが慌てふためいた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「まずいわ、ドラえもん! 両親に見つかっちゃったの!」
「え、なんだって!?」
すぐさま窓の中を見やると、ララティーナの両親が部屋におり、イグニスに変身したロボットから守るように娘をかばっていた。
「すまない。説得を試みたんだが、大声で叫ばれてしまって……」
「ドラえもん、こうなったら最終手段です。強引に連れ出しましょう!」
「しょうがないか。じゃあダクネス、ちょっと手伝って」
「わかった!」
とおりぬけフープをくぐって、ドラえもんが部屋の中に入った。
中に入ると、ドラえもんはとおりぬけフープをしまって窓を開け、ダクネスを部屋の中へ入れていく。
「おや、突然窓が……?」
両親が不審そうに眉をひそめた。
ドラえもんたちは石ころ帽子を被っていて姿が見えていないせいか、ひとりでに窓が開いたように見えたようだった。
「すまない母上。こっちに来てくれ」
ダクネスはララティーナのもとまで近づくと、腰に抱きつき、肩に担いだ。
「きゃぁっ! だ、誰か、助けてください!」
「おぉっ!? 娘が宙に浮いてる!? イグニス殿、あなたの魔法か!」
「さぁ、逃げよう」
ダクネスが窓辺から屋根へと逃げていく。
「……おっと、忘れてた」
ドラえもんがヒトマネロボットをかかえ、みんなと一緒に窓から逃げようと――
「逃さんぞ!」
ララティーナの父親に、ヒトマネロボットの足を掴まれてしまった。
「しまった!」
ドラえもんが力任せにロボットを引っ張るが、父親の力は存外に強く、振りほどけそうにはない。
「私が手伝うわ!」
アクアが部屋の中へと入り、イグニスの体を引っ張った。しかし、火事場の馬鹿力なのか、アクアの力を持ってしても解けそうにない。
「……こうなったら仕方ない、くすぐりノミ!」
ドラえもんがポケットの中から胡椒瓶のようなものを取りだした。それをさかさまにひっくり返して振りかけると、中からロボットノミが現れた。部屋中にロボットノミが飛び散っていき、両親の服の中へも入っていく。
「あひゃ、あひゃひゃひゃ! ……な、なんだこれは!?」
父親の手から力が抜け、ロボットから手が離れる。
「よし、今のうちだ」
「あひひ! ちょっと、ドラえもん助けて……あひゃはははっ!!」
「あ、しまった」
――屋根の上
「はぁっはぁ……笑いすぎて川の向こうにエリスが見えたわ……」
「悪かったって」
「それで、ダクネスのお母さんはどこにいるんですか」
「あそこだ。今、父と話している」
ダクネスが指さした先は、夕陽に照らされた屋根の上だった。ダクネスの両親となる二人の男女が、夕焼けに包まれながら向かい合っていた。
「遅かったね……ララティーナ」
イグニスがゆっくりと、ダクネスの母のもとへ歩みよった。
「な、なんですか。どうせ私になんか、興味なんてないのでしょう」
「いや、そんなことはない」
「また、口先ばかり……」
「違う! 私は、君と出会ったあの日から、私と同じ匂いを感じていた!」
「……え? それって、もしかして!」
ドラえもんたちが固唾を呑んで見守る。ついにクライマックスである。
「先ほどはつい勢いでしてしまったが、改めてプロポーズさせてくれ。これが、私の気持ちだ!」
そう言って、イグニスが指輪を取りだす――ことはなかった。
彼が懐から取りだしたのは、なんと縄だった。
「は?」
「へ?」
「えぇ……」
とてもプロポーズの場に相応しくないブツの登場に、ドラえもんたちの動揺が止まらない。
「ララティーナ。これから、毎日あなたを縛らせてくれないか!」
「えぇ、喜んで! あと、できれば鼻フックも」
「もちろんだ! 結婚しよう!」
ダクネスの両親は想いの丈をぶつけあうと、強く抱きしめあった。カエルの子がカエルならば、カエルの親もまたカエルであった。
想定外の結末を迎えたラブロマンスに、ドラえもんたちはヘナヘナと脱力をしてしまった。
誰かが、「……これ、どのみち結婚してたんじゃ……」と呟いた気もしたが、それを考えだすと、今までの苦労が否定されそうなので、みんな考えるのをやめた。
「おぉ、みんな見てくれ! 透けていた私の体が、どんどん元に戻っていく!」
「……じゃ、帰りましょ」
「……そうですね」
「はぁ、疲れたつかれた」
「なぁ、わたし助かったんだが? もう少し喜んでくれてもいいんじゃないか!?」
――現代、屋敷前
「オルゴールを回収してと」
ドラえもんが屋敷の庭に置いてあるゴーホームオルゴールをポケットへと回収した。空間ひんまげテープもすでに外し終わっており、もう中へ入ろうとしても外へと出てしまうことはない。
「まったく、この屋敷に入れなかったのって、ドラえもんが道具を過去に忘れてきたせいじゃない」
「いやぁ、ごめんごめん」
「ロボットにもうっかりはあるんですね」
「もっちろん。二十二世紀のAIは、人間のうっかりを忠実に再現できるようになってるんだ」
「それ再現する必要あるのか……?」
「ほんと、ダメなほうに高性能よね……」
ドラえもんたちが庭で話していると、門をくぐってウィズが入ってきた。
「まぁ、アクアさん。無事に結界が解けたんですね」
「え……そ、そうね。ちょっとてこずったけど、どうってことなかったわ」
アクアが明らかに視線を泳がせながら、少しだけ胸を張った。
「ありがとうございます。では、不動産屋さんには私から伝えておきますね。約束どおり、お屋敷は好きに使ってください」
「やったぁ!」
「やりましたね!」
念願のマイホームを手に入れることができたせいか、4人は手を取って喜びあった。
「じゃ、さっそく屋敷の中に入りましょうか」
「……おや? なんか忘れているような……」
――屋敷の中
「あは、あひゃははは! だ、誰ですか! はひ、不用意にあの部屋のドアを開けたのは!?」
「な、なによ! あひひ、め、めぐみんが、「まずは屋敷の換気をしましょう」って言ったんじゃない!」
「あふ、あひい……わ、悪くないな……こういうプレイも……あふぅん!」
「ちょっと! なんとかしなさいよドラえもん!」
「ひぃ、うっかりしてた……」