悲しませるのが嫌なので、防御力に極振りしたいと思います。 作:日名森青戸
極振り防御と可能性。
2045年 3月6日。
「これが〈Infinite Dendrogram〉……」
帰宅した私は部屋に戻るなり買い物袋の中からあるものを取り出す。
正方形の箱の面にロゴだけのシンプルなものだけど、これは世界中が熱中するゲームなんだとか。
小学校からの友人の
私はあまりゲームに興味は持たなかったし、高校の合格発表の後だったので、これからどこへ行こうかという時に彼女に連れられ流れ流れで購入して今に至っています。
そんな折、突然私の携帯から着信音が鳴る。
こんな時に誰が――いや、もう誰なのか見当はついている。
「もしも――」
『楓!?デンドロもうやった!?どうだったどうだった!?絶対ヤバいよねこれやったのやったのやったのやったのやったの!?』
「うるさいから黙ってて」
興奮状態の理沙が矢継ぎ早に畳みかけてきた。
本当にうるさい。散歩に連れてけとせがむ犬じゃあるまいし。
『ごめんごめん。ああそうだ。例のジョブは王国にあったよ』
「本当?」
『他の国にもあったけど、アルター王国のほうが初心者向けだから集合場所は王都の噴水の前ね』
「OK。じゃあデンドロで」
『早くインしてよね!もう我慢の限界だし涎も止まらないし――』
早々に通話を切った。切ってやりましたとも。
絵面にすると色々アウトだし、親友の評価を駄々下がりさせないための処置です。
そしてさっきの台詞を思い返す。
イヌ耳を生やし、
……いかんいかん、想像したら若干引いてきた。この件はとっとと忘れよう。
「まぁログインだけしといて、なんとかってのが孵化したら終わりにしよっか」
自分の想像を振り払いつつそう思ってパッケージを開けると、ヘルメット型のゲーム機と説明書がお目見えに。
説明書の内容はちんぷんかんぷんだったけど、唯一分かった指示通りゲーム機を頭に装着してベッドの上であおむけに寝転がり、ゲームを始めるのだった。
この時は、まさか自分が心の底から〈Infinite Dendrogram〉に対する憎悪と恐怖を抱くとも知らずに――。
†
「いらっしゃーい」
暗転した直後に視界に広がったのは、洋風の書斎のような部屋。
次に目にしたのは二足歩行の小さな猫さん。
「僕は〈Infinite Dendrogram〉の管理AI13号のチェシャだよー。ここでゲームの設定とかしておくからねー」
「よ、よろしくお願いします」
妙に間延びしているけど、どうにも緊張感が抜けない。
というか、ゲームにしてはリアルすぎる……。本当にゲームだよね?
「ちゃんとゲームだよー」
猫さんの言葉に思わず声をおぉぅ…、と漏らす。頭の隅じゃ異世界に飛ばされたのかと思っちゃったよ。
描画選択はとりあえずそのままにしておき、次はプレイヤーネームに。
これは理沙に付き合って始めたゲームの幾つかで使っていたものを。
「メイプル・アーキマンです」
名前の「楓」と苗字の「本条」を英読みをアレンジ。簡単すぎるね。
「はいはーい、次はアバターの容姿を決めてねー。あ、容姿は一度決めると二度と変えられないよー。別ハードを買っても脳波で記録してあるから、同じアバターになっちゃうから気を付けてー」
今度はのっぺらぼうのマネキンとたくさんの画面が現れた。
スライド式のバーだけでなく、目や鼻のパーツを収めた画面。もう数えるのも面倒くさくなってくる。
現実の姿をベースにできればそこからちょっと弄ってれば楽なのに……。
「できるよー。ちょっと待ってて……ほい!」
チェシャさんが指を鳴らす。肉球のその手でどうやったのか気になりつつ、アバター画面に振り返るとマネキンが私の現実の姿そっくりになっててびっくりした。
ああ、これなら簡単だね。後はちょっと目の色を変えたり身長を削ったり、ベースとなる人種を変えた時はお腹を抱えて笑ったっけ。
色々弄って10分くらいしたところでやっと納得のいくものが完成した。ショートボブにアホ毛を付けた、身長145センチくらいの女の子に。
ホントはもっとグラマー体系とかにも憧れてたけど、サイズの合わないものを装備してきつい思いをしたら意味ないからね。理沙も「回避特化を目指すならグラマースタイルより自分の体に合わせた方が良い!」って苦渋の決断してるだろうし。
次にアイテムボックスと一般配布アイテムを受け取――頭上に降ってきたカバンが頭に直撃した。
ショルダーバッグを思わせるけど、アイテムボックスはこれにも容量や盗難防止のものもあるとか。時間に余裕があったら見てこうかな。
「それじゃあ初期装備――」
「大盾ってあります?」
「早いよ。あるけど」
我ながらなんて即答レベル。チェシャさんも思わず素に戻ったように突っ込んだ。
元々痛いのはかなり嫌なほうだから、この手のゲームは防御力を優先してるからね。
服のほうはレザーのシンプルなものを選んで、木の大盾とナイフ、そして路銀の5000リルを貰って準備完了。
「いよいよ〈エンブリオ〉を移植するよー」
「〈エンブリオ〉?」
「あれ?発売から1年は経ってるから、もう情報が出てるんじゃない?先に来たプレイヤーとかから」
……情弱な初心者です。
「じゃあ説明しとくねー。〈エンブリオ〉はプレイヤーのパーソナルに応じて進化するオンリーワンのシステムさ」
それって、レトロゲームにある色違いとかのアレのこと?
そんな疑問をぶつけると猫さんは首を横に振る。
「そんなんじゃないよー。似たようなスキルが出るかもしれないけど、完全に同じものはこのゲームの中では一切存在しないんだ。一応大まかな共通カテゴリーはこんな感じだよ」
プレイヤーの武具や道具になる、デンドロ内でも最も多いTYPE:アームズ。
プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー。
プレイヤーが登場する乗り物型のTYPE:チャリオッツ。
プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル。
プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー。
ざっくり分けて5つ。まぁ、自分の意思じゃ決められないのはちょっと残念。
「移植かんりょー」
「えっ」
チェシャの言葉で私は左手を見ると、卵型の宝石が埋め込まれていた。
「孵化した後は宝石が消えてそこに紋章が浮かぶよー。それがティアンと〈プレイヤー〉を見分けるから、隠さないようにねー」
どこまで精巧なんだろう……そんなことを思っていたらふと頭の中である疑問が浮かぶ。
……よくよく考えたら、これって壊れることもあるの?
「あるよー」
いやいやいや、もしそうなったら大変じゃないの!?唯一の可能性が消えちゃうじゃん!
「大丈夫ー。〈エンブリオ〉は第0ならダメージはマスターが受けるし、第1以降は壊れても時間をかけて修復するからー」
とりあえず壊れたら終わり、って事はないので安心した。
「最後に所属国家を選択してねー」
チェシャさんは書斎の机に地図を広げる。アニメとかで見たことのある古い地図が広がるとそれから7か所が光が立ち上って街々の様子が映し出される。
白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み
騎士の国『アルター王国』
桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭
刃の国『天地』
幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間
武仙の国『黄河帝国』
無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市
機械の国『ドライフ皇国』
見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ
商業都市郡『カルディナ』
大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地
海上国家『グランバロア』
深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園
妖精郷『レジェンダリア』
正直、どこにも魅力を感じた。理沙と一緒に〈エンブリオ〉が孵化したら、観光をしたりして全部の国を見て回ってみたい。子供の頃クリスマスのライトアップを初めて見た時の感動が蘇るようだった。それと同等かそれ以上の魅力を、このマップに感じた。
とまあ、本当はここで迷う所なんだけど、理沙との約束もあるし。
「盾を使う職業ってあります?」
「盾?それならアルター王国で【
「アルター王国でお願いします」
「早いよ。もう一度言う。早いよ」
他の場所にも行ってみたいけど、まずは自分のプレイスタイルに徹しないと。痛いのは嫌だからね。
それに理沙もアルター王国の噴水で待ってるって言ってたし。
因みに所属国家を変えられる方法もあるから、気になったらやってみよう。
「……このゲームではね、誰もが無数の可能性に満ちている」
「英雄にも魔王にも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、この世界に居ても居なくても、誰も咎めるものはいない。君の手にある<エンブリオ>と同じ。これから始まるのは無限の可能性さ」
さっきの間延びした口調から、語るようなものに変わる。
今の私にはこの言葉の真意は掴めていないかもしれない。
「これからの君を待つのは、その手に持つ<エンブリオ>と同じ、無限の可能性」
「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」
「……それじゃあ、いってきます」
私自身、なんでそんな言葉を出したのかわからなかった。この小さなAIさんに感謝するように。これからの旅を見守っていてほしいという意味合いもあったのかもしれない。
「いってらっしゃーい。あ、そうそう、最初は“落ちる”けど、死なないから安心してねー」
……え?落ちる?
訳が分からず足元に目を向けると、さっきまでの地図と同じ世界が広がって……。
ここで予感した私はパニックになってチェシャさんに止めるよう叫ぶ。
「ま、待った待った待った!まさかここから落ちるの!?今から!?アルター王国へ!?無理無理無理無理無理無理!痛いのは嫌だけど絶叫アトラクション系も同じくらい嫌だから!普通こういうのって何も無い所から扉が現れて自分から扉の向こう側の世界に――」
自分でも信じられないほどの活舌でそこまで言っていたが、次の瞬間には落下の感覚が。
「そんなのないよー」
チェシャの無情な一言を聞いていたけど、正直それどころじゃなかった。
このパラシュート抜きのスカイダイビングは、今後私のトラウマBEST5でも第3位に刻まれることとなったでしょう。声量なら間違いなく1位です。
ダントツの第1位は……正直、思い出したくも無いものです。
メイプルの天然が発揮される希少シーンかつチェシャのツッコミ。
感想、評価待ってます。
次の話は一気にプロローグ後まで書き終えてから上げる予定です。