悲しませるのが嫌なので、防御力に極振りしたいと思います。 作:日名森青戸
(・大・)<みんな大好きあの人の登場。
極振り防御と黄河の使者。
アルター王国 〈クルエラ山岳地帯〉道中。
東の空から昇る朝日を、道を行く十五台ほどの竜車が受ける。
竜車ははたから見ても分かるほど高級そうで、それらを牽く亜竜も揃って体格が良い。そしてどの竜車にも旗が掲げられ、正面から来る優しい風に靡かせている。
その旗の文様は黄河帝国の国旗。
黄河から大砂漠が国土を占めるカルディナを横断し直接西方へ運ぶ方法は珍しいが、別に無理という訳では無い。そして同時に、その竜車が商人のキャラバンでないことも明確だった。
「西の王国は亡国寸前とお仲間が言っていたけど、本当かしらね?」
「さてな。私も西方の地を踏むのは無かったが……シンやミザリーはそこから来たと言っていたな」
「あの二人は来国は積極的じゃなかったわね。こっちにも行く用事があったから良いものの」
「まぁ、西はアイツとその信者らがやってくれるだろう。まともじゃないのも確かだけど」
そんな会話をしているのは最後尾の竜車の御者。
どちらも赤を基調とした衣装に身を包み、片方は魔術師風の軽装に身を包み、炎の如き赤いマントを纏った少女、もう片方は黄河での魔術師職【
「……」
「……あの岩場ね」
亜竜の手綱を握りつつも、数百メートル先の岩場を睨む魔術師風の少女は無言で道士服の女性に一枚の【符】を渡す。
すると女性は動く竜車から飛び降り、道から外れた雑木林の中へと入っていく。
――刹那。少女のいる竜車の屋根から甲高い金属音が響いた。
「……」
「もう向かったぞ」
「そうカ。あいつラ程度なら奴だけで十分かもナ」
少女の言葉に応じた声は独特のイントネーションを発しながら、これから起こるであろう蹂躙を予期していた。
†
「すみません、初弾外しました!」
数百メートル先の岩場で寝そべっていた女性が焦りをにじませながら報告する。
彼女だけじゃない、他にも数人の男女が同じように寝そべって銃を構えていた。
「おいおい、【
「どうやら竜車の移動速度を見誤っていたみたいです」
襲撃者、野盗クラン〈ゴブリンストリート〉のメンバーである狙撃手が外したと、当人も含めて考えていた。
だが、そこに異議を唱える一人の男。
獅子の如き鬣の付いた紅色の何かで染まったジャケットを着こんだ赤毛の男だ。
「違うな、ニアーラ。外したんじゃなくて弾かれたんだ」
「オーナー。でも弾いたって、弾丸は超音速ですよ?」
「弾いた奴も俺と同じ芸当ができるって言ったらどうする?」
まるで他人事のような男の言葉に周囲もどよめく。
オーナーである男に対してではなく、自分たちの標的とした竜車の上にいる人物に。
この<Infinite Dendrogram>において、〈マスター〉同士の抗争やPK、略奪行為は罪に問われない。
しかし、〈マスター〉がティアンに対して、ティアンがティアンに対して重大な犯罪行為を行った場合は話は別。国内、あるいは国の垣根を超えて指名手配される。
復活地点として設定した国家でセーブポイントにしていた〈マスター〉が斃されてしまった場合、次のログイン先は専用のエリア“監獄”のセーブポイントへと送られる。
現に〈ゴブリンストリート〉の大半のマスターは“酒池肉林”のレイレイたった一人に“監獄”に送られて全盛期に比べて半分近くまでメンバーを離脱していった。
そしてこの男、強盗系統超級職【
そしてメンバーは同時に思う。
もしもオーナーがログインしていたら、〈超級〉でも返り討ちにしていただろう、と。
「恐らく黄河の超級職だろう。俺がそいつとサシで潰す。お前らは他の竜車を襲え。それで終いだ」
そう言いながら男は己の左右の手を開き、前方の竜車に狙いを定める。まるで、彼の視界には両手の中にスコープが写り、そこから標的を狙い撃つように。
「《グレータービッグポケット》、《グレーターテイクオーバー》……セット」
彼が宣言したのは【強奪王】の専用スキルのうち二つ。
射程距離、半径100メートル以内の相手から、譲渡可能なあらゆるアイテムを奪い、アイテムボックスに仕舞う《グレーター・ビッグポケット》。
同じく射程距離内の相手の部位を、自分の手でつかめるサイズならどこであろうと直接毟り奪い取る《グレーター・テイクオーバー》。
彼の狙いは竜車の列の最後尾。あれは最上級の高級品である移動式セーブポイントだ。王国内のセーブポイントが全滅した彼にとっては我先にと奪わずにはいられない。
標的までの距離、300メートル。速度からすればあと1、2分で射程距離に入り、彼の専用スキルの餌食となるだろう。
その瞬間竜車を奪って体制を崩し、次に首を奪い取って終わり。そしてのこった御者やティアンは手下たちが掃討する。エルドリッジの打算の全容はそれだった。
――彼の計算は正しかった。
――彼が想定した計算なら、高確率でそうなっていた。
――強いて補足を入れるとすれば、2つ。
――ひとつは銃弾を止めた相手の値を黄河の超級職と呼んでいたこと。
――もうひとつは、相手が一人だけと、最初の狙撃の直後からもう既に反撃が行われていると想定していなかったこと。
竜車が彼の射程距離に入る刹那、下から上へ赤い何かが飛来した。
「なんだ?」
メンバーが思わず見上げた先は、青い快晴に――火の粉をまき散らし、赤々と燃え盛る鳥。
首も、くちばしも、翼も、足も、尾羽も、すべて炎が鳥を形作ったかのような姿の生物が、こちらを見下ろしていた。
「これは……火?」
一見すれば海底のマリンスノーのような、赤とも黄色ともとれる色の粒子が今も降り注いでいる。一見すればその神々しさに誰もが目を惹くだろう。
そして火の粉の一つが〈ゴブリンストリート〉の一人のもとに降りてくる。
そのマスターは無意識にその光を受け止めようと手を差し伸べ――。
それが触れた瞬間、そのマスターは灼熱に包まれた。
「なっ!?」
誰もが、何が起きたのかわからなかった。ただ起きたのは、あの火の鳥がマスター1人を火だるまにした程度。
炎に包まれたマスターはその姿が外からでは黒い影までしか識別できないほど激しい炎に包まれ、10秒もしないうちに【炭化】で形が崩れ落ち、灰になったそのマスターは光の塵となって消滅した。
「お前ら逃げろ!火の粉に振れたらヤバイ!!」
危険を察し、スキルを解除したエルドリッジが我に返り、手下に叫ぶ。狼狽したメンバーはその一括で蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
彼も踵を返して逃げようとした――。
『――遅イ』
刹那、火の鳥から言葉が発せられたかと思えば、翼を翻して――まるでボールの投擲のように羽を振り下ろした。
その羽から無数に飛び出したのは、火の粉と呼ぶには大きすぎる、火炎の礫。流星群のように降り注ぐそれらに撃ち抜かれ、次々と火だるまになっていく。礫をかすっただけで済んだ何人かのマスターも、安堵した瞬間彼らと同じ運命を辿った。
エルドリッジは次々と炎に呑まれていくメンバーを横目で見ながら必死に逃げるが、直後、彼の目の前の道が炎の壁に覆われる。
「くそっ、こんなのって……!?」
佇むだけで肌が焼ける。呼吸するだけで肺が焦げる。噴き出す汗が瞬く間に蒸発し、全身から水分が奪われる。
蹂躙の如き灼熱の中で、エルドリッジは信じられないものを見て絶句した。
――炎が自分達だけを燃やしているにもかかわらず、周囲の植物は燃えた痕跡すら無いことに。
そこでエルドリッジは理解した。あの竜車には迅羽以外の〈マスター〉がいたことを。
普通に魔法やブレスで炎を放てば、木々にも燃え移って風に吹かれてあっという間に山火事になるはずだ。それだというのに、この炎は自分達よりも燃えやすい木々や茂みには目もくれず、自分達だけを燃やしている。まるで意思を持って自分達だけを焼き払うかのような、形の無い兵士のように。
「まさか……《炎帝》!?」
焼け付く喉でエルドリッジが叫ぶ。
彼はかつてクラン全盛期だったころに噂を耳にしたことがあった。
遥か東、黄河帝国に灼熱の鳥の〈エンブリオ〉を駆る、燃え盛る炎をヒトのカタチにしたような〈マスター〉の話を。
しかし今になってしまえばもう遅い。迫る炎に焼き殺されるか、脱水症状で倒れるか。
(射程距離に入らないのも【強奪王】のスキルを知ってて警戒しているのか。こっちも自滅覚悟で、跳躍からの《グレーター・テイクオーバー》と《グレーター・オールドレイン》を使うしか手が無ェ……だが)
【強盗王】の持つ第3のスキル、《グレーター・オールドレイン》。与ダメージに応じて相手のステータスを奪い取り、自分のステータスへと変換する。
あの燃え盛る火の鳥から《グレーター・テイクオーバー》を使えば確実に自分の懐も燃えてしまうだろう。だが《看破》によりあれもステータスを持つ存在だということを理解した。かつてガードナーを従えたマスターからこの手を使い、ガードナーのステータスを奪い取れたのも実証できた。
それに、彼なりのプライドはある。こんな蹂躙をした火の鳥相手に一矢報いることも無くやられてたまるかと。
アイツの首を盗って、ステータスを奪い、当初の予定通り竜車と〈超級職〉の首を奪い取る。
跳躍し、無理矢理範囲内に入った瞬間――。
エルドリッジの視界が赤く染まった。
「ゴフ……ぁ?」
目から、鼻から、耳から血を流し、血反吐を吐く。
どうした?何があった?
いきなり起きた現象に半ば混乱しかけた。だが、その原因は目の前の火の鳥ではないことと彼は不思議と直感した。
七孔噴血の彼は、一つの異変に気付く。いやに静かな気分だった。
静かすぎる。本来聞こえるはずの音を聞き取れない。
スキルが不発に終わった腕で胸を触り、漸く彼は現状に気付いた。
(ああ……そういうことか……)
落下していくエルドリッジは視線を迅羽に向ける。
日光に反射して煌めく金属製の爪を持った迅羽の右手には、赤黒い何かが握られていた。
握り拳程度の大きさの、今まで脈打っていたように痙攣するそれ。
(……奪われちまったのか)
輪切りにされたそれの正体を知った直後――王国最強のPKと呼ばれた男は消滅した。
†
「どういうこと?」
火炎の蹂躙が終わってから暫くして、酷く不機嫌な様子で女性が竜車に戻ってくる。
まるで竜車から降りた時と変わらなかったが、違いが一つある。
少女から手渡された【符】を持っていなかったことだ。
「流石です炎羅様!すごくきれいでした!」
「ありがとう皇太子さま。ちょっとどいてくれるかしら迅羽と話があるから」
関心ともとれるリアクションをしたのは蒼龍。黄河帝国の皇帝の第三子にあたる皇族である。彼の率直な感想を丁寧に受け流し、本題の相手に向かう。
彼女――炎羅が尋ねたのは4メートルほどもあるキョンシー。異様な風貌とは裏腹に込められた威圧感を、女性は真正面から対峙する。
「あなた私の獲物を横から掻っ攫ったのはどういう了見なの?」
「オマエがとんだウスノロだからだヨ。オレならものの数秒でカタを付けられたからナ」
そういってキョンシーは道服の袖から手――と呼ぶには聊か物騒すぎる鋭利な刃物を向ける。
「《炎帝》程度に潰されるようじャ、この国の〈超級〉もタカが知れてるナ」
「……それは、私達に対しての宣戦布告かしら?」
炎羅と、自分達の乗っていた竜車から一つ前の竜車の中の彼らも雰囲気を変えた。
キョンシーに対しての威圧を放つ。今にも〈ゴブリンストリート〉の面々と同じ運命に合わせてやろうと言わんばかりの殺気を込めて。
だがキョンシーも、威圧感に気圧されるどころかケタケタ笑って返す。
「止めておケ。お前ら全員コレをセーブポイントに設定していてもソンナ烏合の衆、オレなら瞬殺できるゾ?」
キョンシーには当然と言わんばかりの自信がある。ティアンだけを残し、自分に牙を向けているマスターの首だけを撥ね落とす事を、秒の間に仕上げてしまうことが。
「よさないか、お前達!」
その空気の中、赤い少女が臨とした声を上げた。2人の気はお互いから少女へと向けられ、威圧も消え去る。
「私達の目的は蒼龍皇太子を王都までお連れすることだ。この場で騒ぎを起こし、指名手配されては元も子もない。ただの私情で外交に亀裂を入れるつもりか」
「ミィ様の言う通りです。早く王都へ行きましょう。迅羽様はギデオンに用があるのですし」
「……アア、そうだったナ」
しばしの沈黙の後、炎羅と呼ばれた女性も迅羽と呼ばれたキョンシーもお互い手を引いた。
「どの道行先は王都、それからギデオンだ。オレは超級激突、お前は職業の為に。魔術師ギルドは西方にしか無いからナ」
迅羽は再び最後尾の竜車の屋根に乗り、金属製の煙管に似せたシャボン玉用の細管から泡を飛ばす。
次いで炎羅も同じく最後尾の竜車の御者席に座り、再び一行は王都へと向かう。
(依頼主、ギデオン伯爵とやらは地元のヒーローのフィガロに勝ってもらって住民を活気づけようと考えてんだろうが……勝敗までは言ってなかったな)
そこで迅羽はアイテムボックスからある1枚のアイテムを取り出す。
でかでかと書かれていたのは、〈超級激突〉を銘打ったイベントのチラシ。
(勝敗まで気が回らなかったのか、それともフィガロが勝つと確信してんのか。どのみちオレはそのフィガロを斃す。全力で戦って、な)
迅羽は甲殻を上げて笑みを浮かべる。
帽子から貼られている札の陰から見えるその笑みは、獰猛そのものだった。
「クカカカカカ、ちったぁ楽しませてくれヨ、アルター王国の〈超級〉さン」
そして竜車は山道を去って行く。
その道から外れた雑木林の中からは、山賊のなれの果てである焼死体に残り燻ぶった炎が、風に吹かれて消え去った。
……大丈夫。エルドリッジは〈超級〉に挑みました。
準〈超級〉に仲間を殺されても〈超級〉の横槍で殺されました。
なので〈超級〉に挑み〈超級〉に殺された。セーフ、のはずです。
やっぱ原作見て確認しておくのは重要だと思い知らされました。