悲しませるのが嫌なので、防御力に極振りしたいと思います。   作:日名森青戸

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前回までのあらすじ。
【楓の木】最初のクエストは、ヴァルデューム率いる【魍魎船団】の潰滅。彼らが現在拠点にしているニッサ伯爵領まで足を運ぶと、既にニッサは【魍魎船団】の手によって占領されていた。
しかしカスミの〈エンブリオ〉からヒントを得た一行は、メイプル、レイ、カスミ、カナデ、ミザリー、マルクスをアンデット撃退班に、サリー、クロム、ユイ、マイ、フレデリカ、ドレッド、ルークがアジトの捜索に出発した。
その傍ら、森林区に何かが迫っていた――。



極振り防御とアンデッド戦:らうんど1。

ニッサ伯爵領:【サウダーデ森林】。

 

 

二手に分かれた〈マスター〉の面々。カナデから手渡された地図を基に、可能性のある場所を虱潰しに探していた。

 

「それで、救出の方法は解ってんのか?」

 

「まずは俺が潜入する。人質の状況が分かり次第【テレパシーカフス】で連絡を入れるから、その後で動いてくれ。フレデリカ、準備頼む」

 

「おっけ」

 

簡素な説明の後、オードリーに乗って上空から捜索していたルークが戻って来た。

 

「それらしい場所を発見しました」

 

「そうか。フレデリカ、そっちはどうだ?」

 

集団から少し離れた場所では魔法陣の中心で目を閉じて立っているフレデリカに訊ねる。

やがて魔法陣から光が消え、目を開けたフレデリカは遅めの返答をした。

 

「こっちもあったわ。ここから南側」

 

「僕は北側でみつけました」

 

広げたニッサ周辺の地図の現在地から、ルークが北側を、フレデリカが南側を同時に指す。

 

「まったくの逆方向か……二手に分かれて調べてみるか」

 

「なら私はルーク君とユイちゃんマイちゃんと一緒に南側の捜索ね」

 

「はい!」

 

「よろしくお願いします!」

 

ふんす、といった効果音でも出しそうな気合を入れる姉妹。

 

「となると、残った俺らは北側か。2人とも頼むぞ」

 

「はい」

 

「言われるまでもねぇよ」

 

対するクロム側も、軽い調子で返し、3人と4人に分かれて行動を開始した。

 

 

 

 

二手に分かれて行動して数分。ついにクロム達はルークの言っていた洞穴を発見した。

切り立った崖に面したいかにもな洞穴は、くり抜いたようにぽっかりと穴をあけ、その奥を黒く染めていた。入り口にはローブを纏った人間らしき者がいるが、おそらく見張りだろう

 

「あの場所だね」

 

「わかりやすくて逆に怪しいな……ただの無人の洞窟に見張りだけを置いておくだけということも考えられるんじゃないのか?」

 

「ともかく、さっき言ったように俺が先に行く。連絡するまで下手に動くんじゃねぇぞ」

 

「先に行くって……まさかこんな所を堂々と歩くつもりですか?」

 

音も無く立ち上がったドレッドに対して、サリーが素っ頓狂な声を上げる。

この茂みから洞窟までは遮蔽物の遮の字も無い開けた場所が50メートル以上もある。こんな所、堂々と歩いていたら向こうが見て見ぬふりでもしていない限り見つかってしまう。流石に何か方法でもあるだろうと彼女は思った。

 

「誰が真正面から歩くっつったよ」

 

その返答にサリーは目を丸くした。そんな彼女を他所に、木の影に立ったドレッドはマスクを着けると腰から短剣を引き抜いた。

その短剣は刀身が黒曜石――というより、夜そのものを素材にしたかのように黒く、陽光を反射して更にその黒さを引き立たせた。シャムシールと呼ばれる刀剣のように切っ先が僅かに反れている。目立つ装飾も無い。

機能性に特化したような短剣を持った手を、刀身を地面へと向けて正面に伸ばし、印を結ぶかのように人差し指と中指を立てた空いた片手を額に当てるほどに近付ける。

 

「《影に潜んで、影に潜って(カルウェナン)》」

 

スキルの宣言の直後――するりと、ドレッドが地面に沈んでいく。足元の茂みの影がいきなり沼になったかのように。

 

「ドレッドさん!?」

 

「沈んだ……いや、むしろ影の中に潜ったのか?」

 

いきなりの光景に思わず声を上げるサリーに対し、クロムも驚きつつも彼がいた場所を見ながら考察するように呟いた。

 

 

 

 

奇襲者(スニーク・レイダー)】ドレッド

 

 

さて。影の中に入ったのは良いが、あのゾンビども全く動かないな……。まぁ、俺としてはウロチョロされるよりかはありがたい。

ここから先は息が持つかどうか不安だったが、幸いにも洞窟の壁は等間隔で松明の灯りがあってその問題は解決されている。罠は……一応あるみたいだが、俺としては妙に胡散臭く感じざるを得ない。

 

(……俺らを嵌める為の囮か?)

 

罠がこれだけなら相手は実に単純で、俺からすればやり易い。最も、ゾンビを人間に化けさせて爆弾を仕込ませる奴がこんな単純な罠で満足するとは思えない。

兎に角、俺はこの洞窟に人質がいるかどうかを確認することを優先して行動しなければならない。

疑いの余地を残した考察もそこそこにして、俺は泳ぎだした。

 

 

そうそう、一応お前達にも俺の〈エンブリオ〉を解説しておこう。

俺の〈エンブリオ〉『潜影刃カルウェナン』。TYPE:アームズ・ルールで、特性は『影への潜入』。

アーサー王が持つ武器の一つで、文字通り自分の影を媒体に別世界らしき場所へと潜ることができる。――まあ分かりやすく言うなら、同じアバターで同一ゲームの別のサーバーへ移動するってことだ。極論、どっかのVRMMOものの小説に記載されていた『コンバート』と言っても差し支えない。

これくらいしか使えないが、俺としては割と気に入っている。動いているものであれど一度スキルを使えば潜って回避もできるからな。

ただ、影の中の世界はいわば水中と同じで呼吸もままならない。ただ、重力とか概念は無いらしいのか、服を着たままでも一行に沈んだりしない。ここから出るには、スキルを使用した場所へ戻るか必殺スキルが必要だけどな。それから水中じゃないから、水中で発揮されるスキルも軒並み意味が無い。最後に一つ。カルウェナンと身に着けてる装備以外の装備品はこの世界じゃ軒並み出現させることも、持ち込むはできない。

 

(牢獄らしいものがあればわかりやすいが……)

 

影の中からの光景で言う影は表の世界の大きさに比例した白い炎のような光が、物体なら白い輪郭線を持った黒い物体として俺の目に映る。そしてこの世界にいる間は白い影に触れていれば、水面に顔を出すのと同じように呼吸ができる。

松明の炎から作られる影に触れながら呼吸を保ちつつ、洞窟の奥へと潜行し、下へと降りていく。

 

(……あれは、人か?)

 

時間にして5分くらいだろうか。ふと潜行を止めると俺から見て正面から右上に逸れた所で松明や岩とは明らかに違う輪郭を見つけた。数にして5つ。連中が街中に潜ませたアンデッドが何体いるかわからないが、確かめる必要はある。幸い《看破》は1メートル弱にまで範囲が狭まっているが、使うには何ら問題も無い。

そしてその影に触れてからスキルを使い……確信した俺はすぐさまクロム達のいる場所へと引き返した。

 

 

 

 

「人質がいたぞ」

 

ぬっ、と木の影から顔を出したドレッドが出し抜けに報告をした。

 

「うぉっ!?――ったく、心臓に悪い登場だな」

 

「悪かったな。それよりも、人質は恐らく5人。罠らしきものは見た感じ簡易的なトラップだけだ」

 

「それだけなら、今すぐ乗り込んでも問題ないんじゃない?」

 

「そう急ぐなよ嬢ちゃん。ダミーって可能性もあるがな」

 

皮肉めいた言葉で乗り込もうとするサリーに待ったをかけるドレッド。

 

「確かにそうだな。だが人質の救出が最優先だろ?」

 

「……どのみち面倒ごとになるのは目に見えてる、か」

 

クロムの一言に、ため息交じりながらも応じるドレッド。

サリーも【氷結のレイピア】の刀身を見て具合を確かめる。

 

「で、嬢ちゃんはホラー物は大丈夫か?」

 

「正直逃げたいですね。けど、ここまで来て逃げたら後味も悪いんで」

 

サリーの言葉に「そうかい」とドレッドは一瞬で姿を消す。次の瞬間にはアンデッドの背後に回り込み、カルウェナンとは異なる短剣であっという間にアンデッドを切り裂いて消滅させた。

 

「ドレッド」

 

「どうした?」

 

「……もしもの時は、頼むぞ」

 

突入直前、クロムがドレッドに対して妙な言葉を放ったが、ドレッドは小さく頷いた。

2人の短い会話。その意味はサリーにはまるで分らなかった。

 

 

 

 

洞窟内を早足に歩き、トラップを手早く解除するドレッド。

サリーとクロムはその手早い行動に関心しつつも後を追う。

 

「ここまで早歩きでノンストップって凄いんじゃないですか?」

 

「確かにな。俺も【集う聖剣】の連中の事は話に聴いていたが、実際に見るとベテランって感じがするな」

 

そんな感想を述べているうちに、いつの間にかドレッドが見たという牢獄へと到着する3人。南京錠をクロムが破壊して中に入る。

 

「ッ――!?」

 

人質の様子を見ようと顔を覗き込んだサリーが言葉を失った。そのままふらふらと2、3歩下がると尻もちを付いてしまう。

 

「くっ、クロムさん……!これ……!」

 

「酷ェ真似しやがる……」

 

人質の顔は全員、目とその周囲が無くなっていた。無理矢理えぐり取られたとかそういうものではなく、まるでジグソーパズルのピースのように、そこだけが切り取られているのだ。

それだけではない。口には猿ぐつわのようにマスク状のアイテムを口に填められている。

ドレッドはその内の一人の手首を掴み、脈を調べる。――脈は、あった。

 

「十中八九〈エンブリオ〉によるものだな。わざわざ生かしてあるなら、死んだ相手に変身できないって条件があるんだろう」

 

異様な状態の人質を観察する中、ドレッドはあることに疑問を抱いていた。

 

(にしても、こいつらが口に着けてるのって、グランバロアで見かける潜水マスクだよな?人質を溺死させない為か?)

 

「とにかく、この人達だけでも外に連れ出さないと!」

 

サリーが外に連れ出そうと人質に近づく。幸い手足に枷を付けられているだけであって逃げ出さないような重りなども見当たらない。あるのは道中にも見かけた幾つか点在する尖った岩くらいだが、サリーからすればどうということはない。

 

「下がれ!」

 

「え?」

 

ドレッドが叫んだ次の瞬間、尖った岩の一つから何かがサリー目掛けて飛び出した。

咄嗟に身体をのけ反らせると同時にドレッドが投擲用ピックを投げ、サリーの頭があった地点に到達した瞬間、ピックが砕け散った。

その何かの正体はすぐに判明した。腐ったドーベルマンのような風体に、臭気のようなオーラが禍々しさを印象付ける。

そのドーベルマンは再びすぐそばにあった尖った岩に吸い込まれた瞬間、再び同じように襲い掛かる。まるで人質から遠ざけるような攻撃のラッシュに溜まらず3人とも後退し、一つ前の大部屋に戻される。幾つもの薪が壁際に並べられた大広間だ。

次の瞬間、牢屋に続く通路が鉄格子でふさがれてしまった。

 

「ヒッヒヒヒヒ!御一行様ご案な~い!ってか?」

 

「早速ご登場か」

 

アンデッドとなった3人の〈マスター〉。一人はパンクロック風の衣装をまとったゾンビに、魔法師風の法衣を纏ったゾンビ。更にゴーグルを掛け、サーベルを腰に下げた剣士風のゾンビの3人だ。全員左手の甲に紋章を宿している。マスターだ。

 

「あんたらが【魍魎船団】のメンバーね?」

 

「おぉ~、よぉしよしよしよしよしよしよし!やっぱり可愛いなぁお前は!」

 

「あれが、あいつの〈エンブリオ〉?」

 

「お前らが知る必要はねぇよ!」

 

次の瞬間、パンクロック風のゾンビがサリー目掛け突進してきた。突剣(エストック)から繰り出される刺突の連撃を持ち前の俊敏性で避け、レイピアで軌道を逸らす。

 

(やっぱり早い!下級と上級1つずつのステじゃやっぱり対抗するのは難しいか!?)

 

今の所ダメージは無い。普通なら何度か掠り傷を受けても可笑しくないのだが、サリーの反射神経が少しだけ相手との差を埋めている。

 

(にしても、【屍鬼(グール)】ってこんなに俊敏性が高かったの!?あの突剣も変な形だし!)

 

実際、【屍鬼】のステータスはVIT、次にSTRといった鈍足高耐久型だ。それなら今のサリーでも十分に対応できるはず。だがそのパンクロック風のゾンビが

 

「なるほどな」

 

その中でドレッドがいち早く気付き、クロムがサリーの元へと駆けようとした。

しかしその前にサーベル剣士のゾンビが剣を振るい妨害する。

 

「お前の相手は俺だ!」

 

「クロム!」

 

ドレッドが叫ぶ。次の瞬間には彼の前にバスケットボール大の火球が迫っていた。横転してなんとか直撃を免れ、火球が壁に当たって火の粉をまき散らす。

 

「【紅蓮魔術師(パイロマンサー)】か。それで俺が殺せると思うのか?」

 

「殺せるさ。とっておきの手段があるからな!!」

 

肯定の絶叫と共に、火球がドレッドを焼き尽くさんと弾丸の速度で襲い掛かってきた。

 

 

 

 

ドレッドと魔術師ゾンビの戦闘は、弾丸の速度で襲ってきた火球から始まった。

それらを全て避け切り、ドレッドが見張りを倒した時とは違う短剣を手にゾンビに迫る。

 

「――ッ!」

 

3度の斬撃を繰り出し、そのどれもが魔術師ゾンビに深い傷を与えられた。しかし相手はアンデッド。当然通常の攻撃では生物には致命傷の傷でも、アンデッドにとっては痛くも痒くもない。当然それはドレッドも承知済みであり、相手の傷口からは僅かな炎が立ち上っていたが、すぐに消えた。

 

「……手応え的に深くいったつもりだったが、やっぱ《邪神の黒き水》を受けていやがったか。当然《邪神の黒き光》も受けてるんだろ?」

 

《邪神の黒き光》。【魔教(ヘルプリースト)】系職業が得られる呪詛スキルのひとつであり、アンデッドを対象にした場合には聖属性攻撃による被ダメージを30%減少し、再生効果不可に対する耐性を与える。非アンデッドを対象にした場合では【呪縛】の呪怨系状態異常に陥らせる。

当然《聖別の銀光》による効果も反映される為、アンデッドの聖属性対策の代表でもあるスキルだ。しかし再生能力はすぐに発揮されるわけではなく、差はあるものの大抵1時間から2時間後に回復する。

《黒き水》は対アンデッド方法である炎属性に対して同様に30%のダメージ軽減と、延焼を抑えるアクティブスキルである。

 

(アンデッド対策、ってのが裏目に出ちまったな。聖属性や炎属性でなけりゃ効かないし……)

 

思考を巡らしつつ火炎を回避するドレッド。

 

(にしても、なんでここまで火炎を連射する?)

 

ドレッドを近付かせないためなのか、相手はMP枯渇を気にしていないかのように火炎を撃ちまくっている。

 

(俺の牽制……というのもあるが、まるで周りの壁を狙ってるみたいだな)

 

火球は壁に直撃して火の粉をまき散らす。

その壁のいくつかの僅かな隙間から、プスプスと煙が僅かに上がっているのをドレッドはまだ気づかないでいた……。

 

 

 

 

大闘牛士(グレイト・マタドール)】サリー・ホワイトリッジ。

 

 

流石に、ステの差が響いてきた……!クロムさんもドレッドさんも手を貸してくれそうにない……!

 

「ほらほらほらほらぁ!初心者ちゃんの剣技はこの程度かぁ!?」

 

それに、あいつの剣もおかしい。突剣にしては剣の中腹から鍔元までがのこぎりのように小さな突起だらけだ。

 

「ッシャァッ!」

 

相手の刺突が来た。私はそれを好機と言わんばかりにのこぎり刃にレイピアを噛ませ、くるりと回転して横薙ぎと同時に距離を取る。

 

「それは読み通りだぁ!」

 

次の瞬間、ゾンビの肩の棘から何かが飛び出した。あのドーベルマンだ。ワニのようにあんぐりと口を開け、私の頭を丸かじりしようと迫る。

私からすれば完全に不意を突かれた。回避するにも間に合わない。そのまま私の頭がドーベルマンの頭に迫り――噛みつかれなかった。

 

 

――マスター、無事ですか?

 

 

私の頭に声が響く。私の≪エンブリオ≫のカーレンだ。第3形態になったカーレンは私が操作権限を一時譲渡することによって私にできない反応に対応できるようになる。このスキルには何度も助けられたものだ。

すぐに操作権限をカーレンから私に戻し、レイピアを構えて距離を取る。

 

「なんだぁ……?今、あり得ない動きをしたよな?」

 

「教えるとでも?」

 

 

――マスター、私が身体を操作している間に分析を。

 

 

挑発に挑発で返す。

〈マスター〉同士の戦いで〈エンブリオ〉の能力は相手にとってはブラックボックス、自分にとっては最高のカードだ。手の内をバラさず、相手の能力を観て、そして推測を立てる。シュウさんから教わった│〈マスター〉同士の戦い《PvP》の基本(応用編)だ。

距離を取って冷静に考えて、今の戦闘を振り返る。

 

(あいつの〈エンブリオ〉はまずあのドーベルマンで間違いない。となるとガードナーは確定ね。能力としては……どんな能力で現れたのかね)

 

一瞬過ぎて解らなかったけど、あのドーベルマンはあのゾンビの肩――正確には肩のプロテクターの棘――から飛び出した。恐らくそれはテリトリー系統になるだろう。

ともあれ、棘の中から出たり入ったりして攻撃の合間を縫う攻撃は厄介極まりない。

 

「!」

 

ふと、私の身体が首を傾けた。次の瞬間、ついさっきまで私の首があった場所にガキン!と音を立ててドーベルマンが口を閉じた。後ろから襲い掛かってきたのか。

危なかった。危うく頭が噛み砕かれるところだった。

 

(それに、あいつはガードナー系でもレギオン(群体型)じゃなくてガーディアン(個体型)に近い。あとはアイツの戦い方の癖を見分けなきゃ……カーレン、もういいよ。ありがとう)

 

操作権限を私に戻し、再び剣戟の応酬を捌く。にしても、ここまでスピードが速いのは単に【屍鬼】以外のジョブの影響があるから?

私も、レイピアの強化に必要な【冒険者(アドベンチャラー)】を手に入れているけど、まるであれじゃジョブ以外のステータスがあるみたいな……。

 

(待った、ジョブ以外のステータス?)

 

そのことに気が付いた私は一旦距離を取る。

確か少し前に、シュウさんが言っていたあのジョブの裏技――。

 

「……“ガードナー獣戦士理論”」

 

「!?」

 

不意に呟いたその言葉にパンクロック風のゾンビは一瞬表情を強張らせた。今はそれだけで十分だった。その情報が真実なら、対策が立てられる……!

 

 

 

 

パンクロック風のゾンビ――ゾルベートの〈エンブリオ〉は、ガードナー・ルール系統の『尖鋭潜獣ティンダロス』。その特性は『鋭角への潜伏』。

角度が140度以下の鋭角を出入り口とし、ゲームで言う『サーバーの裏側』に潜むことができる。ただし、逆に遊戯派の言うこの『サーバー』には数分間しかその姿を維持できない。

上位とはいえ必殺スキルも習得しておらず、ステータス型の〈エンブリオ〉。最初ゾルベートは外れかと思っていたが、ある理論を知った後にその考えは大きく覆される。

 

 

――“ガードナー獣戦士理論”。

 

 

戦士系派生の一つである【獣戦士(ジャガーマン)】にはたった一つだけ覚えるスキルがある。それが《獣心憑依》。テイムモンスターの能力値をある程度自身のステータスに加算するというものだが、肝心の従属キャパシティが低く、上級職でスキルレベルをカンストしてもポテンシャルの60%程度と扱いが難しかった。

しかし、ある〈マスター〉が『ガードナーの〈エンブリオ〉に対してだけは従属キャパシティが0である』ということに気付き、瞬く間にその理論が産まれたのである。

上位職業を【屍鬼】と【獣戦鬼(ビーストオーガ)】に、下級職に新たに【細剣士(フェンサー)】を加えたことにより、AGIだけを見れば、ゾルベートはゾンビの種族が踏み入れられないスピードの領域へと足を踏み込んだのである。

彼とて、挑発的な態度を取っているが油断はしない。

なぜなら彼が今注意すべき点は、殺してはいけない相手を、この中で唯一始末できる相手に殺させるということだから。

 

 

 

 

(もし、あいつの戦法がガードナー獣戦士理論に基づいたものなら、マスターよりも先に〈エンブリオ〉を潰したほうが早い!)

 

確か、あの理論はステータスの高い〈エンブリオ〉が重要になっている。裏を返せば〈エンブリオ〉さえ潰せばステータスは大きく減少する。まずはあのドーベルマンを斃さないと。

問題はあのドーベルマンの出現するタイミング。一瞬過ぎる上に早すぎる。AGI特化のその速度は、今の私じゃ捉えるのが精いっぱいだ。

 

(――!)

 

その時、背中に何かがぶつかった。

尻目に一瞬後ろを見ると、大盾を構えたクロムさんだった。

 

「嬢ちゃんか。苦戦してるみたいだな」

 

「クロムさんこそ。ドレッドさんは?」

 

「あっちで戦ってる」

 

いつの間にか5メートルくらい先でドレッドさんがサーベル剣士と戦っている……ように見える。

見える、というのは私の俊敏性(AGI)じゃ早すぎて見えないからだ。

その間にもクロムさんの相手をしている魔術師風のアンデッドが拡散する火球を放つ。

その攻撃をクロムさんは盾で防ぎ、私は彼の陰に隠れてやり過ごしたけど、相手はMPの消費を気にせずに攻撃を続けているように思えて仕方がない。

 

 

 

――マスター!

 

 

カーレンからの声に我に返った瞬間、右足を軸に反時計周りにくるりと回転すると、レイピアで迫って来たドーベルマンの顔目掛け斬り払う。直撃は避けられたけど、それはお互い様だ。

 

「余所見かよ?」

 

「あんな戦闘見せられたら、見入っちゃうのは当然じゃない?」

 

「おー、おー余裕そうで何より。つか、そろそろマジでヤバくなってきたんじゃねぇの?」

 

は?それってどういう――!?

 

 

「うえっふ!げふっ!ごほっ!?」

 

 

ちょっと待って、いつの間に!?

見渡してみると、既に大部屋の半分以上が煙に包まれていた。

 

「こいつ等……!最初っから煙で窒息させる腹だったか……!?」

 

洞窟は当然ほぼ密室空間。換気用の窓なんて存在しちゃいない。いや、でもこんなのアイツらもタダじゃすまないはず……。

……いや違う。相手はアンデッドだ。死人である以上呼吸する必要はなく、ひいては窒息の心配はない。生きているマスターだけにしか通用しない戦法だ。

それにしても、この洞窟の中で燃やせそうなものなんてどこにも……。

 

「良い事を教えてやろう。この壁の隙間のいくつかにはしっかり乾燥させた松ぼっくりを詰めてある。あとは地面に潜ませたツタに延焼させて、だ」

 

松ぼっくりって……自然界の超優秀な天然着火剤じゃない!

地面もよく見れば壁際の地面にツタが絡みついていて、まるで私達を逃がさないように激しく燃えている。

早く消火させないと、このままじゃ全員窒息……!

 

「くそっ……!」

 

「――取った!」

 

ぐらり、とクロムさんが片膝をついたのを待ってましたと言わんばかりにサーベル剣士のゾンビがゴーグルに手を掛けた。

 

「オメェのスキルは知ってるぜェ?だからこそ、俺の〈エンブリオ〉が一番の天敵だってことをなァ!」

 

大きくのけぞったサーベル剣士のゾンビが何か言っている。直線状に見て標的はクロムさん……!?

 

「食らいやがれクロム!!《あなたに熱死線(メデューサ)》!!」

 

がばりと上体を起こすと同時に目から紅い光が輝き、同時にクロムさんの盾が弾き飛ばされた。

山なりに飛ばされた盾が地面に落ちると、粉々に砕けてしまった。

 

「……え?」

 

理解が追い付かない。今の攻撃は私が気が付いた時にはすべてが終わっていた。

 

「な、何が起きたの?」

 

むせ返るような空気を吸いながらドレッドさんに訊ねる。

 

「あ、あの野郎……石化光線を放ちやがった……!」

 

 

 

 

サーベル剣士のゾンビ、アルマージの〈エンブリオ〉、【死線眼鏡メデューサ】。TYPE:アームズに分類されるそれの特徴は、『魔力集中』と『光線発射』の2つである。

MPを消費し、3回分まで溜め込む『美女の傲慢』。このストックは1回の攻撃によって1つ消費するが、ストックの上乗せ消費で攻撃力、飛距離が増す。攻撃スキルは通常のビームの『君に熱視線』。放射状に放つ『クジラも倒れる熱視線』。貫通力に特化した『あなたをぶち抜く熱視線』。そして石化効果を付与したビームを放つ必殺スキルの『あなたに熱死線』がある。

欠点としては最大でも3回しか使えず、1回分では範囲も30メートル程度しか届かないということ。注入するMPも1000とそれなりに高く、放つには一々サングラスを取る必要がある。

それでもアルマージは前衛を志願し、【魔法剣士(マジック・ソードマン)】と【生贄(サクリファイス)】の2種類でMPを1万近くまで高めている。MPが高めの前衛といったスタンスだ。

 

そして魔術師ゾンビ、ぶるべんの〈エンブリオ〉、【核種各葉ジャック】。TYPE:アームズに分類されるのだが、その実態は種子である。

種子のままでは何の役にも立たないが、地面に植え、水と陽の光を浴びせることで大樹へと成長し、種を増やす。このサイクルの中で植えた直後に現れるパネルで操作することで、どのような種類の木にするのかを自由に選べるのだ。

例えばツタを何キロにも伸ばし、焙れば大量の煙を吐き出すヤドリギ。例えば本来の物より乾燥しやすく、発火しやすい松ぼっくり。刀のような切れ味を持つススキ――。文字通り各種各様に広がっているのだ。

成長しきるまで三日掛かる事が唯一の欠点だが、芽さえ生えれば苗木を別の所に植えてしまえばしっかりした土があるならどこでも樹木に成るまで成長する。

 

 

 

 

「野郎……だがッ!盾を失った以上最早守る術も無い!次の光線で仕留めてくれる!!」

 

再びアルマージが大きくのけぞり発射準備に移る。

最早3人に防ぐ術は無く、盾は破壊され、酸素不足の為にまともに身体も動かせることができない。

 

(ヤバい……このままじゃ……、全、滅……)

 

サリーの意識がもうろうとする中、膝立ちのままのクロムが焼け付くような空気を吸い込み、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 

「……ドレッドォ!!」

 

「ああ、分かった!」

 

渾身の雄叫びに応じ、ドレッドはナイフを袖から取り出した。

 

「なんだ?それで反撃するつもりか?」

 

「……いや、違う!奴を仕留めろ!」

 

ゾルベートは見下したような発言で見ていたが、ぶるべんはいち早く気付いて叫ぶ。

が、それより早くナイフがドレッドから投げられ――クロムの首に突き刺さった。

 

「なっ……!?」

 

サリーの混濁した意識を覚醒するには十分すぎる光景だった。

 

「ど、ドレッドさん……!?な、にを……!?」

 

「いや、これで良い……!」

 

ドレッドの言葉に訳も分からず困惑していたサリーだったが、相手のアンデッドたちも苦虫を噛み潰したような、それでいて驚愕で上塗りされたような表情を浮かべている。

クロムが倒れるなんて、向こう側からすれば瀕死の相手がわざわざ1人消えたのだから喜ばしい状況なのでは?

ぐるぐると思考を巡らせていたが、酸素の少ない中ではまともに思考が動かせない。意識が再び暗黒に沈もうとしたその時、何かを口に当てられる感触と共に新鮮な空気が入り込む。

 

「お前も使え」

 

「こ、これは?」

 

「予備の酸素マスクだ。これで10分は活動できる」

 

「アレを相手に10分って……」

 

「いや、俺らは救助を優先する。あいつらがこんな戦略を使えるのも、人質に酸素マスクを着けて窒息しないようにしてやがった。本物が死ねば偽物の化けの皮が剥がれる仕掛けなんだろう俺らは人質を外に連れ出すぞ」

 

「待って下さい、足止め抜きでどうやって!?」

 

「安心しろ。足止め役ならもういるさ」

 

確信めいたドレッドの言葉の直後、クロムに異変が起きた。

確実に絶命したクロムが起き上がったのだ。サリーの視界の左上にも邪魔にならない程度に映るパーティメンバーのステータスにも、クロムのHPバーは尽きている。

それでも起き上がった。まるで種族をアンデッドに変えたかのように。

 

「今のあいつは、ステータスだけなら〈超級(スペリオル)〉に匹敵する」

 

立ち上がったクロムの目は、ギラリと赤い光を瞳に宿していた。

 




(・大・)<久々の更新で1万字行っちゃったよ。



死線眼鏡メデューサ。


(・大・)<いわゆる「目からビーム!」をぶっ放すエンブリオ。

(・大・)<サングラス自体にビーム発射の能力は無く、マスターの目の水晶体に集約、そして放出するという能力を追加させるもの。いわばビーム漏洩を防ぐフタみたいな役割。

(・大・)<累ねの場合は2回分で60メートル、3回分で90メートルまで飛距離が伸びる。


核種各葉ジャック。

(・大・)<一々種から育てなければならないが、育ててしまえば活用できる植物が出来上がる。

(・大・)<植物の質が上がる(という独自設定の)【農家(ファーマー)】の恩恵も当然得られる。

(・大・)<因みにぶるべんは育てる時はフードを着けてるとか。

(・大・)<いや、日光に弱いのに芽吹くのに日光が必要とか皮肉過ぎるだろ。

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