悲しませるのが嫌なので、防御力に極振りしたいと思います。   作:日名森青戸

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※6/18 【霧幻牢ジャック・ザ・リッパー】のスキルを編集しました。


極振り防御と霧の中。

 

ニッサ伯爵領:サウダーデ森林

 

 

クロム達が洞窟で救出作戦を決行したそのころ。

フレデリカ、ユイ、マイの3人。

 

「場所としてはこの辺りね」

 

森林の辺りを地図を手に周囲を見渡すフレデリカ。

その場所は周囲には何もない、だだっ広い広場のように開放感のある所だ。

 

「まさか、動物園の檻みたいにそこらへんに安置してるなんてないですよね?」

 

「流石に無いでしょ。だとしても100%罠じゃん」

 

予想するマイに対し、けらけらと笑いながらやんわり否定するフレデリカ。だが、そうだったとしても罠という可能性もある。警戒はしていて損はない。各々が武器を構え、周囲を警戒しつつ歩いていく。

距離にして10メートル進んだところで、視界が霧に包まれていく。

 

「霧が出てきたわ。はぐれないように気を付けて――!?」

 

注意して振り返った後、フレデリカは目を瞠った。さっきまで歩いていたユイとマイが消えていた。

 

(やばっ!もう気付かれてた!?)

 

すぐに判断したフレデリカは、【テレパシーカフス】に手を添え連絡を入れる。

 

「2人とも今どこ!?今から迎えに行くからそこを――」

 

次の瞬間、大音量のノイズが彼女の鼓膜を襲った。余りの音量に思わずカフスから手を離す。

 

(ジャミング!?この霧のせいか!)

 

判断すると同時にすぐさま紋章からネコ科の手足に使うような装具と鞍を現出し、手短に詠唱する。

フレデリカの前に置いた装具を中心に魔法陣が現れる。そして青い炎がひとりでに燃え上がり、装具と鞍を飲み込み、大きな虎のような姿へと形を変えていく。

 

「行くよキャスパリーグ!」

 

『GaU!』

 

ばっと召喚獣に飛び乗ると、キャスパリーグと呼ばれた召喚獣は頷いて駆け出した。

直前に何かを地面に投げ、霧の中へと駆けていった。

 

 

 

 

【霊獣甲冑キャスパリーグ】。TYPE:アドバンスド・アームズに分類される装具。その特徴は『召喚獣強化』と『魔法蓄積及び放出』。

キャスパリーグを媒体として召喚されたエレメント系召喚獣に装備し、形とスキルを与える《ブタから産まれた呪いの猫》。虎は厳密にはフレデリカが召喚した【ブルーウィスプ・エレメント】と呼ばれるエレメント系召喚獣である。それを呼ぶための媒体として使うことで本来球体の姿を虎のような姿に変えることができたのだ。

アクティブスキルである第1スキル《呪いはいずれ災禍へと》。これは〈マスター〉の魔法スキルを吸収、貯蓄。または解放することで要領を増やす。

もう一つのアクティブスキルである第2スキル《咆哮は争いを呼ぶ》。第1スキルで吸収した魔法スキルを発動するという単純なもの。だが、第6段階の現状では30の魔法スキルを蓄えることができる。

必殺スキル《災禍転じて力となれ》。キャスパリーグが保有している魔法スキルを全て消費することで、キャスパリーグを装備している召喚獣のステータス上昇。ステータスを大幅に上昇させる。更に第1、第2スキルのクールタイムをほぼ0にし、瞬時に魔法を保存、発動を可能としている。

発現したばかりのフレデリカは、最初は従属モンスター用の装備品として使うのかと、偶然見かけた《亜竜猛虎》の子供に装備させようとしたが、なぜか装備できずに途方に暮れ、《適職診断カタログ》で【召喚士】が記されたので、物は試しと召喚したエレメントを媒体にしてみた途端、それが当たりだと確信した。

 

 

 

 

「フレデリカさーん!お姉ちゃーん!」

 

そのころ、ユイは突如発生した霧の中で2人とはぐれてしまい、声を上げて探していた。

 

(どうしよう……いきなり迷っちゃうし……連絡しようにもカフスは全然通じないし……)

 

何時も姉と一緒だったユイにとって、この状況は心細くするには十分だった。

当てもなく歩いているが、誰かに会える気配は全く感じられない。

次第に不安が膨れ上がり、頻りに周囲を見渡していくようになる。

 

「お姉ちゃん……」

 

不安が零れるような呟きの直後、彼女の視界の四隅が赤く染まる。《危険察知》のスキルによる反応だ。

 

「――ッ!?」

 

警告が表示されたと同時に前へヘッドスライディングの要領で飛び込んだ。

次の瞬間先程までユイのいた場所の地面が抉られ、砂煙を上げる。

 

「――敵ッ!?」

 

ズサーっと地面を滑ってルイーゼを構える。

砂煙を振り払い、そこから現れたのは2メートル近い巨体のゴリラだった。が、その肉体は所々川が剥がれて筋繊維が剥き出しになり、目も眼球の代わりに青い宝石のようなものが埋め込まれている。両手首から先は鉤爪と鉄球となっている。

 

「うわ……」

 

凄惨なゾンビを前に思わず言葉を失う。

すぐに頭を振って気を取り直した瞬間、ゴリラゾンビが襲ってきた。

鉤爪の攻撃を防ぎ、束を滑らせて受け流し、踏み込みを入れた一撃を叩き込む。

 

「……?」

 

が、その一撃にゴリラゾンビはまるで効いてない。まるで見た目はそのままに質量のみを限界まで削ぎ落したかのようだ。

鉄球の攻撃を後ろに跳んで回避し、再び瞬歩で肉薄してハンマーを叩き込む。が、それもまたダメージにはならない。

 

(これで2回……これくらいで良いかな?)

 

攻撃を回避し、三度ハンマーを叩き込む。が、

 

 

「――解放(リリース)

 

呟いた刹那、ゴリラゾンビの胴体が限界まで膨らませ破裂した風船のように爆ぜた。

腰から上が吹き飛ばされたゴリラゾンビはぐらりと倒れ、二度と動かなくなった。

 

「――はああぁぁぁぁ~~~~~……」

 

ゾンビが倒れた直後にユイも緊張の糸が切れたかのように腰から崩れるようにへたり込んだ。

 

 

 

 

今まで衝撃が無かったのは、【合縁白槌ルイーゼ】のスキル《私の思いは胸の内に》。

これは発動から「解放」を発動するまでの間、3回まで10万までの与ダメージと衝撃を無効化し、解放のワードを合図に次の攻撃にため込んだストック全てのダメージと衝撃の合計値を固定ダメージとして上乗せする。

10万のダメージはジョブと補正ステータスで破格の攻撃力で簡単にストックをフルチャージできるのだ。

これでもルイーゼはまだ第3段階。これから上級に進化していけばストックも増え、このスキルが使用される場面も増えていくだろう。

 

 

 

 

戦闘を終えたユイは、粒子となって消えていくゴリラゾンビを見て、神妙な面持ちになった。

 

「……よりにもよって、猿のモンスター、か……」

 

肺を絞って空気を根こそぎ吐き出すかのように、大きく息を吐く。

かつて戦った〈UBM〉、【猿門白鬼ウキョウ】と【猿門黒鬼サキョウ】の2体を思い返す。

初めて戦った〈UBM〉というだけでなく、〈Infinite Dendorogram〉での生き方に大きな影響を与えた2体の兄弟。

印象が強すぎたが故に、同じ猿型モンスターと敵対した時や従属用モンスターを見た時には、否が応でもあの2体を思い出す。

それが理由で戦えない、という訳ではないが、どうにもわだかまる嫌悪感は抜け落ちない。

 

「とりあえず、待ったほうが良いかな……?」

 

現実のニュースで遭難した子供が三日間風雨を凌げる場所で待っていて、奇跡的に生還したことを思い出す。

下手に動いてマイとの距離を開けるよりか、この周辺に待機してルイーゼの反応を頼りにマイを探しに行くのがベストだと判断した。幸いにも、この霧が保護色となったことで、遠目からは彼女を見つけることは困難だろう。

 

『『『GUUU……』』』

 

「!?」

 

だが、突如現れたゾンビの大群が霧をかき分けて現れる。猪、ゴリラ、虎……様々な改造ゾンビが群れを成してただ1体の獲物、ユイに狙いを定めているかのように唸り声を上げている。

 

「休ませるつもりもないって事……?」

 

軽く見積もっても10体以上ものゾンビを前に、抜けた古紙で無理矢理立ち上がり、ルイーゼを構える。

深く息を吐いた直後、雄叫びと共に10体以上ものゾンビが襲い掛かってきた。

 

 

 

 

そのころ、マイも2人と同じく霧の中を彷徨っていた。

 

「この霧、深すぎる……」

 

濃霧にぼやきながら、ロッテを手に歩いていた。

が、右と左も分からないような霧の中にユイとはぐれてしまっては、本来の力を発揮できやしない。マイも合流の為にカフスを使ったが、結果は同じ。ノイズ音のみでとても通信できそうにない。

こうして当ても無く彷徨っても2人と合流できそうにない。どんどん心細くなっていく中、ふとロッテが目に入った。

 

(……そうだ)

 

何か思いついてロッテを前に構える。探るように左右にゆっくり振り、振り返って同じように振る。ある方角に向けた途端僅かに光が灯る。

 

「……いた!」

 

次の瞬間その方角へ《跳躍術:陰》で跳躍しつつ弩びながら移動する。

 

(このスキルが生きてて助かった!早くユイと合流しないと!)

 

【奇縁黒斧ロッテ】の持つ《あなたに出会えた奇跡》は、【合縁白槌ルイーゼ】の〈マスター〉、すなわちユイとの距離が近ければ近いほどSTRを倍加させる。

が、そのスキルにはある『隠し要素』がある。

それは、『ルイーゼ、ロッテの〈マスター〉がログイン状態かつ互いを認識できない場合、もしくはお互いの距離が10メートル以上離れている場合、ルイーゼはロッテの、ロッテはルイーゼの〈マスター〉の方角を示す』というもの。

つまり距離が離れすぎていたり、お互いを認識できない状況であれば仄かに光がともり、ルイーゼかロッテのいる場所に向けると光の強さが増すのだ。これは索敵に使うものとしてカウントされていないのか、濃霧の中でも船の方角が分かるように暗闇を照らす灯台のように、互いの位置を知らせられる。

どうやらこの霧の中では索敵や通信系スキルに括られないと判定が下されたらしい。

 

(!どんどん光が強くなってきてる。これなら……!)

 

跳躍を続けていく内にユイとの距離が縮まっていることを知る。このまま行けば、すぐに合流できる。

――その時だった。

 

「……ッ!?」

 

目の前にいきなり十字の板が現れ、そこに突っ込んだ途端ガコンと板が箱のように閉じ込める。

衝突して板に直撃した鼻を抑えていたが、次の瞬間には床となっていた所が開いて箱から放り出される。

 

「痛っ!もう、いったい何なの!?」

 

周囲が霧に覆われていることに変わりないが、ロッテを見ると灯っていた光が消えている。少なくとも先程よりも離れた場所に移動させられたらしい。

 

「どういうことだ?」

 

その時、怪訝そうな声を上げて霧の奥からある人物が現れる。

当然と言って良いのか、それはアンデッドだった。そしてその服装はテンプレを絵にかいたような魔術師風の装いをしている。左手には〈エンブリオ〉を宿した紋章が刻まれ、その絵は交差する鎖と錠前だ。

魔術師ゾンビは訝し気にマイを見ていたが、何かに気付いたらしく口を開く。

 

「……あぁ、お前あの白ガキと違うのか」

 

「白ガキ……?それは私の妹の事ですか?」

 

「おいおい似すぎにもほどがあんだろ。【VIK】をぶち壊されて消してやろうと追って、見つけたと思ったら別人かよ」

 

(……【VIK】?)

 

魔術師風ゾンビの口から出た単語に眉を顰めるマイ。過去に聞いた事のある耳に残った単語に、記憶を掘り下げていき……やがて答えに辿り着いた。

 

「……ひょっとして、前にも倒されたんじゃないですか?」

 

「ああ。あの【盾士(シールダー)】のガキが邪魔してなけりゃ、良い素体が手に入れられるはずだったんだがな」

 

その話を聞いて、マイはあることを思いだした。

ギデオンによるテロ事件。そのギルドの職員を襲撃した【大死霊】。彼から職員を守り抜いたメイプル。

同時に確信する。――こいつは、絶対に味方と合流させてはいけない。

ゆっくりとロッテを構え、キッと魔術師風ゾンビを見据える。

 

「なんだ、やる気か?このエリック・ヴェイスに歯向かうってんなら相手になってやるよ」

 

アイテムボックスから棺桶を取り出し、そこから更にアンデッドを引きずり出すように外に出す。

 

「新しい作品の試運転だ!付き合ってもらうぞ!」

 

雄叫びを上げたゾンビが地を蹴り、マイに襲い掛かってきた。

 

 

 

 

キャスパリーグに乗って霧の中を駆けるフレデリカ。

 

(……おかしい。ずっとまっすぐ進んでいるのに、全然霧の中から抜け出せない)

 

かれこれ5分。フレデリカは霧の中を彷徨っていた。しかし、霧を抜けるどころかユイにもマイにも合流できない。

 

「……あれは」

 

ふと霧の中で何かがきらりと光るのを見てキャスパリーグの足を止める。

降りてよく見ると、それは地面に突き刺さったナイフだった。

 

(……何かあると思って目印代わりに使ったけど、ビンゴのようね。この霧、普通じゃないわ。それに……)

 

妙に突き刺されるような感覚に、既に自分が狙われていることを直感している。

そもそも、今日の気候では霧は発生しない。魔力による霧ならばこのニッサでも起こりうることだが、魔力を感知できるフレデリカはその線も無いと断定していた。

気象現象、マナによる発生の線は消えて、残る可能性は一つ。

――敵〈マスター〉によるテリトリー型の〈エンブリオ〉。

 

(真っ当な方法なら〈マスター〉を倒せばいい。テリトリー系は、基本自分を中心に展開するものが多い。つまりこの霧の中にいることは確定。あとはどうやって探るかだけど……)

 

周囲を見渡せば目に映るのは濃霧のみ。1メートル先すら見えやしない最悪の視界にフレデリカは内心に焦りが生じていた。

 

(相手の出方としては、遠距離からの攻撃か近接からの襲撃。場所さえ特定できれば……けど、どうやって?)

 

辺り一面濃霧で何一つ見えやしない。索敵系スキルもジャミングで妨害され役に立たない。

視覚、スキル共に潰され、敵〈マスター〉を探すのはほぼ不可能。

 

 

――なんなら、こんな方法はどうだ?

 

 

その時、耳にある人物の言葉がよぎった。

ペインでも、ドレッドでも、ドラグでも、ミザリーでもない。

――かつて《集う聖剣》のクランリーダーであり、自らのクランを切り捨てた男。アドルフ・ペンドラゴン。

遠き日に新入りだったフレデリカが、敵を感知できない場合の方法を尋ねた時に返された言葉だ。

 

(だったら……)

 

キャスパリーグを送還し、杖を地面に突き立て……そのまま、手の甲を見つめそのままじっと動かなくなる。

 

 

 

 

(……なんだ?急に止まりやがったぞ?)

 

フレデリカを狙っていた〈マスター〉、ベンジャミン・パイザー。彼の持つ〈エンブリオ〉、TYPE:テリトリーに類する【霧幻牢ジャック・ザ・リッパー】。その特性は【通信阻害】と【気配の希薄化】。

第1スキル《霧の中を彷徨う獲物》。自身を中心に通信スキルと探知系スキルを阻害する濃霧を展開。その範囲は最大で直径1キロにまで及ぶ。現在第6形態にまで達したこの濃霧では、自身以下の段階の〈エンブリオ〉――例えば霞の【タイキョクズ】のような――でも、同じように影響を受けることになる。

第2スキル《霧を纏う殺人鬼》。パッシブスキルであるこのスキルは霧の中にいる指定した人間範疇生物及び非人間範疇生物は第1スキルの影響を受けることなくスキルや探索を使うことができる。これはパーティメンバーに入れているメンバーのみに適応される。

第3スキル《霧に潜む殺人鬼》。霧の中の敵対者に対して自身の気配を希薄させる。【絶影(デス・シャドウ)】クラスとまでは行かないものの、隠密性能は霧の中限定で【魍魎船団】トップクラスの隠密性能を誇る。

それらを使い、【兇手】ベンジャミンは次々と討伐を目的に来た〈マスター〉を葬り去って来た。集団を分断させ、通信が効かない状況に困惑する獲物を1人1人、確実に狩る。

今回の獲物もそうなるはずだった。だが、不穏なほどに冷静な彼女に、ベンジャミンは【兇手(デッドハンド)】としての勘が働いていた。

 

(近付いたらヤバいな。ここは……)

 

何らかの罠を仕掛けていると踏んで、距離を取った暗殺に切り替える。

《瞬間装備》で短剣から小弓に換装。矢じりに毒を塗り込んだ矢をつがえ、弦を引き絞り――放つ。

霧を貫き、空を裂いて矢はまっすぐにフレデリカの首筋目掛けて飛ぶ。

そして――、矢が刺さるまであと3メートルほどに差し掛かった時、フレデリカを狙っていた矢が何かに突き刺さったように突然制止した。

 

(――何ッ!?)

 

刹那、霧をかき分け細い何かが胸に刺さる。

 

「うぐっ!?」

 

ブシュッ!と血が飛び出し、大きくのけぞるも、すぐに旨に刺さった何かを確認もせずに放り捨てる。

 

 

『ガアアァァァ!!!』

 

そして追撃と言わんばかりにキャスパリーグが襲い来る。双腕の攻撃は横っ飛びで回避。すかさずHPを回復するためにアンデッド専用ポーションを胸に振りかけて止血する。

 

「流石に直撃とはいかないわね」

 

霧をかき分け、フレデリカがその姿を現す。

その右手には鎖が握られており、鋭利な四角推の重しの先端からは紫の血が付着している。

 

「危険察知か?」

 

思わず口にした疑問。ジャック・ザ・リッパーのジャミングには《危険察知》には効かないものの、《霧に潜む殺人鬼》は《殺気探知》には普通にジャミングの影響を受けられる。だが彼女はそんなそぶりは見せなかった。

対してフレデリカはふふん、と鼻を鳴らすと得意げに説明する。

 

「そうね。タネを明かせば……盾を用意していた、かな?」

 

「……まるで意味が解らんな」

 

動じないふりをしていても、ベンジャミンは内心苛立っていた。

通信を絶たれた〈マスター〉が困惑する姿は、自分の掌で踊らされるようだと愉悦に浸れるものがあった。

だが今その立場は逆転している。フレデリカが霧の中に潜み、自分は暗殺者の癖に標的にその姿を晒していて、同じ【暗殺者】系統のジョブに就いている者が見れば滑稽だと言われても可笑しくないだろう。

 

「……ん?」

 

ふとある一方を見ると、霧が何かに阻まれるかのような動きをしている。このジャック・ザ・リッパーの霧は単に滞留しているのではなく、僅かに時計回りに渦を巻いている。

よく見ると、正方形の板のようなものが霧の流れで判断できた。

 

「……壁?《クリスタルバリア》か!」

 

「大正解」

 

「だが、そのバリアはその場しのぎ程度の強度しかないはずだ。その程度の障壁、この弓なら簡単に貫通できたはずじゃないのか?」

 

ベンジャミンの弓には《貫通力強化》を付与されている。それが無くても《クリスタルバリア》1枚程度なら容易く貫かれる。

ではどうしたか?要点だけ言えば、フレデリカはあの時自分から3メートル離れた場所に障壁を出したのだ。それも1枚ではなく、数枚を直線状に並べた状態で。確実にばれる危険性もあるが、全身を覆うような大きな防壁を作ればその前にばれる心配がある。

しかし、《クリスタルバリア》は強度こそ初心者用の片手盾すらMPを追加で消費すればより厚くなり、強度も増す。最も、上限限界まで注ぎ込んでも通常矢1本止められる程度しかない。それなら数枚用意すればいいだけの事。

これは元々、フレデリカ自身が考え付いたアイデアではない。かつて《集う聖剣》のリーダーだったアドルフが思いついた手段である。

 

「ちっ。随分冴えてるな。アテが外れて毒矢だったらどうするつもりだった?」

 

ベンジャミンの言う事も最もだ。このデメリットは言うまでも無く、当てが外れれば致命傷を受け倒れるのは必至。大抵の度胸を持った程度ではやろうとは思わないだろう。

 

「ご心配なく。回復手段は十分用意してあるし」

 

挑発めいたセリフを吐くフレデリカにベンジャミンは考えを巡らせる。

 

(《霧に潜む殺人鬼》のスキルは、一度見つかると再び見失うまで効果が無効化される。ジョブもあるし、一旦引くべきか。だが、この召喚獣が逃がしてくれることも無い。〈エンブリオ〉のスキルで合流には大幅に時間が掛かるとはいえ、目の前の奴は仕留めるに限る!)

 

すらりと短剣と【ジェム】を構え、迎え撃つ選択をしたベンジャミン。

〈エンブリオ〉とて万能ではない。方向感覚が狂わされた状態にされた〈マスター〉でも偶然合流することは稀にあることは過去の経験から想定していた。逃がすリスクを伴いつつ距離を取るよりか、確実に仕留めて24時間のログイン制限を与えてやった方が今後の仕事が楽になるのかを天秤にかけ……後者を取った。

次の瞬間【ジェム】を短剣の石突で砕き、その中から灼熱の火球が放たれる。《クリムゾン・スフィア》だ。

 

「!!」

 

あの攻撃は防げないと判断して地を蹴り、回避。さっきまでいた場所が灼熱で焼かれ、霧が蒸発する。

 

(やっぱそうきたか。ま、それも計算の内って事よ)

 

内心ほくそ笑んだ瞬間、同じくフレデリカのいた場所付近でカッと光が閃く。次の瞬間煌々と光を放ちだした。

 

「なんだぁッ!?」

 

いきなり激しい閃光が霧の中を覆い尽くし、失明しないように眼を覆う。

光を防ぎながら覗くと、氷でできた杖にも槍にも、街灯にも見えるような柱の先端に、光源らしきものを発見する。

白く、太陽の如く輝きを放つ野球ボール大の精霊。そこから発せられる光に氷の柱に乱反射して周囲の濃霧を貫かん勢いで輝いている。

 

「あれは……《ダズリング・サンライズエレメンタル》!確かあの召喚獣は……!」

 

「そう、太陽光以外の強い光を受けると、自己防衛の為に普段の数倍強い光を放つのよ!」

 

「くっ……!」

 

「ところで一つ聞くけど、これって索敵系のスキルだけを使えなくするんだよね?」

 

「あぁ!?それがどうした!?」

 

「索敵系だけ、なんだね?」

 

「だからそれが何の――」

 

念入りに2度言うフレデリカに苛立ちが最高潮になる。だが、その直後にその意図に気が付いた。

 

 

 

 

――カッ!

 

 

「なんだ?」

 

エリックとマイの戦闘場所。

その最中、霧の向こうから光が差し込んだ。

 

「あの光……ひょっとして!」

 

その光の意図にマイが気付いた直後、ゴリラゾンビがマイ目掛け手首から先が鉄球となった腕を振り下ろしてくる。

その光景に一瞬肝を冷やす思いをするが、恐怖を飲み込んで懐に飛び込み、股下を潜ってゴリラゾンビを抜け、エリックの頭を踏みつけ、地面へと向けて小さく跳ぶ。

 

「クソッ!《脱出劇の幕開け(ショータイム)》!」

 

すかさずスキルを使い十字に展開された箱を召喚。再びマイを捉えようと迫る。

 

「その攻撃はッ!」

 

箱が閉じる瞬間、今度はスライディングで箱の下を滑って回避。直後にバタンと閉じた箱を背に逃走する。

 

「あのガキッ!」

 

振り返った時には既にマイは光のある霧の奥へと消えていた。

 

「チッ、【破壊者(デストロイヤー)】の癖に逃げ足が速ェ!――しかし、あの光は……?」

 

既に足で追いつこうにも、マイの《跳躍術:陰》込みの素早さに自分の脚では追いつけないことを悟る。

しかし、彼女の向かった先、今でも煌々と輝く光を見て考えた後……。

 

「……そうか。ならば――」

 

口角を上げて、【棺桶】から新たなゾンビを取り出した。

 

 

 

 

「……あーもう、どんだけ湧いて出るのよ!?」

 

倒しても倒しても湧き出るゾンビに辟易したように声を荒げる。

 

「墓場か何かでも近くにあるの!?【棺桶】でもここまで入らないよね!?」

 

かれこれ10分、30体以上のゾンビを潰したものの、未だに霧の向こうから湧き出るゾンビにうんざりする。

 

「さ、すがに……1人でやるにも、限界かも……」

 

HPは3分の2を切った状態でもなお追撃を緩めないかの如くゾンビが群れを成す。このままジリ貧になるのも時間の問題だ。

 

 

――カッ!

 

 

「何……!?」

 

その時、ゾンビの群れの背後で強い光が霧の向こうで輝いた。

普通の太陽光ではない。何か、別の要因による光……。

 

「……ひょっとして!」

 

何かを感じ取ったユイは、攻撃を避けた直後に《縮地法:陽》でゾンビの合間を縫って、ゾンビを置き去りにして光へと駆けていく。

 

(動きは遅いから、このまま置き去りにしていけば……!)

 

そんなことを考えながら霧の中を突き進んでいく。次第に目の前の光は強さを増していき、直視できないくらいに強くなっていく。

 

(霧を……抜ける!)

 

纏わりつく霧を突き破り、消えかける光源――氷のオブジェにエレメンタル召喚モンスターの付近にいたフレデリカと合流した。

 

「「フレデリカさんッ!!」」

 

「よっし!おかえり!」

 

光が治まると同時に、ハイタッチを交わす3人。

 

(チッ、合流を許しちまったか……一旦引いてもう一度立て直して……)

 

合流してしまった3人に内心毒づくが、霧の感覚の異変に眉を顰める。

 

「――ッ!!」

 

「ヤバい、逃げ――」

 

一拍遅れて《危険察知》で感知したユイとマイ、ベンジャミンが飛びのき、フレデリカが《クリスタルバリア》を展開した瞬間――、赤黒いオーラと暴風の混ざった暴力が、ベンジャミンを除く3人を飲み込んだ。

 

「うごぉッ!?」

 

「「「きゃああっ!?」」」

 

余波で吹っ飛ばされ、地面を転がる4人。同時に暴風に呑まれた霧と連鎖するように周囲の視界から霧が消えていく。

 

「クソッ……!エリック貴様!俺の〈エンブリオ〉はデリケートなんだ!《デッドリーミキサー》と《ハウリング・ストーム》の合わせ技なんて結界ン中でぶっ放されたらこうなることくらい分かってんだろうが!?」

 

「悪い悪い。霧ン中でこそこそ隠れるチキン野郎を見つけるのも面倒だったしな。光目掛けてぶっ放したらついでにお前がいただけだ」

 

ベンジャミンが怒号を放った先から、くつくつと笑いながら近寄ってくるエリック。その両脇には、胸にひし形の宝石を埋め込まれた両腕の無いゾンビが固めている。

そして別方向からはユイが置いていったゾンビの群れも合流してくる。

 

「それから合わせ技じゃない。《ディザスター・グラッジ》と呼んでもらおうか。苦労したんだぞ?この合体魔法を作り上げるのには」

 

(ヤバい……どれも亜竜以上は下らないわね。奴らを討ち取るように聖属性と炎属性の魔法をありったけキャスパリーグに詰め込んでおいたけど、こいつら全員を真面目に相手してると霧の奴に逃げられる可能性もある。キャスパリーグを2人に回す?いや、こうなる状況を万一想定していたら、逃げる手段も考えているはず。だったら2対1で確実に――)

 

ぴしっと何かを悟られずに飛ばした後、前後の状況を見て目の前のベンジャミンに狙いを定めた瞬間、彼が一歩、大股で下がった。

 

「そう易々と逃がすと思ってるの?」

 

「思ってないな。ここに来た時点までなぁ!」

 

次の瞬間一時マイを捕らえたものと同じ箱が地面からベンジャミンを閉じ込める。次の瞬間ぱたりと箱が展開されるとそこにはベンジャミンの姿は忽然と消えていた。

 

「なッ!?」

 

「おっと、俺の〈エンブリオ〉の紹介がまだだったな。【脱出奇箱フーディーニ】。2つの箱に対して瞬間移動するスキルを秘めているんだよ。まあ、最初はただの箱だと思ってたんだがな」

 

 

 

 

【脱出奇箱フーディーニ】。TYPE:アームズ・ルールの2つを持つその〈エンブリオ〉の特性は《箱の内部の物を転移》。

アクティブスキル《脱出劇の幕開け(ショータイム)》は脱出用の2つで1セットの箱を出現させる。展開した状態や組み立てた状態の現状第6段階では6セットまで出現させ、12個の箱を出現させられる。

アクティブスキル《奇跡の大脱出(エスケープ)》は2つの箱にアイテムや生物が存在し、箱の距離が半径1キロ以内の場合のみ、お互いの位置を入れ替える。つまり、脱出マジックのように瞬時にワープすることができるのだ。かつて【フランクリンのゲーム】にてエリックがフレデリカ、ジュリエットの攻撃から辛くも逃れたのもこのスキルである。

パッシブスキル《脱出王は縛られない》は制限系状態異常【拘束】、【凍結】、【石化】を強制解除する確率が上昇。現状、20%の確率で発動できる。

必殺スキル《脱出王の奇跡(フーディーニ)》。制限系状態異常を無効化し、《奇跡の大脱出》のコストを無視しつつ、クールタイムが0.1秒にまで短縮されるのだ。

 

 

 

 

すぅ、と再び周囲が霧に包まれていく。

 

「不味い、見失う!」

 

「フレデリカさんは追ってください!」

 

「こいつらは私達が!」

 

霧で奥の視界が消え始める中でユイとマイが叫ぶ。

この場で3人と1匹でエリックを含めたゾンビ軍団を相手にするか、それとも暗殺者を追うか。

顔をしかめ、数秒思考を巡らせて……キャスパリーグに乗り込んだ。

 

「……瞬殺で終わらせる!」

 

霧の結界が周囲を覆う前に霧を抜け、フレデリカは奥へと駆けていく。

 

「ガキを残していったか。薄情なもんだねェ、チビを残して逃げるなんてよ」

 

「薄情?何言ってるんですか?」

 

ぐわりと、振り上げたハンマーと斧を正面のエリックに突きつける。

 

「私達があなたを倒して――」

 

「――フレデリカさんがあのゾンビを倒す!」

 

キッと見据えての双子の宣言。

ぽかんと口を開けるエリックだったが、やがて「クハッ」と短い嘲笑の後、杖を双子に向ける。

 

「なら、お望み通り始末してやるよ!行け!」

 

その合図と共に、一斉にアンデッド軍団が襲い掛かってきた。

 

 




次回。極振り防御とアンデッド退治:らうんど2。



(・大・)<長くなって申し訳ありません。

(・大・)<ユイマイ姉妹Vsエリック(メイプルと対峙したアンデッド)、フレデリカVsベンジャミンのバトルです。

(・大・)<大半は仕上げてあるので、週末には公開可能かと。
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