悲しませるのが嫌なので、防御力に極振りしたいと思います。 作:日名森青戸
肥満体のゾンビが脳天にハンマーを喰らい、肉片をまき散らし上半身が粉砕される。
後ろから襲ってきた筋骨たくましいゾンビが反射的に振り抜いたハンマーに側頭部を撃ち抜かれ、もげた頭部が弾丸の如きスピードで他のゾンビの胸を撃ち抜いて気に激突し粉砕される。
正面から飛び掛かって来た獣人風のゾンビには打ち上げるように振り上げて、打ち上げ花火の如く吹っ飛ばされる。
「な、なんだコイツ……?」
エリックは目の前の、少年漫画に在りそうな展開についていけなかった。
目の前のゾンビの群衆は、個々の戦闘力はアルター王国のベテランの衛兵ティアン1人いれば余裕で倒せる程度しかない。
しかし、それを補うかの如く100を超える群れを成している。
1でダメなら100。100でダメなら1万。
数と言う古来からの暴力の象徴は、相手の戦意という主柱を揺らすにはこれ以上のものは無い。
だが、目の前に映るのは数の暴力を根底から覆す、個の――弐の暴力。呼び出した【レギオン・ゾンビ】の軍隊がまるで風に巻き上げられる落ち葉の如く吹き飛ばす。
「――ッ!《召喚【
これ以上はさしものゾンビの軍隊も全滅すると判断したエリックの行動は早かった。
すかさずジュエルから人間の幼児ほどの体躯の山嵐のアンデッドが現れる。
エリックが召喚したのは遠距離攻撃と針のみとはいえ再生能力に特化したアンデッドだ。下手に近付くより遠距離で攻め落とすことが得策と判断したのだろう。
ぶわりと全身の針を逆立て、融合した姉妹を標的にした山嵐のアンデッドは針をマシンガンのように断続的に撃ちまくる。
「「撃って来た!?」」
慌てて回避しようとするも、再び両足が別の方向に逃げようとして思い切り開脚する形となってしまい、針の嵐をまともに食らってしまう。
(だがまだコントロールには手古摺っているようだな!)
融合体の動きは熟練者のそれと比べてぎこちない点もちらほら見える。
姉妹への攻撃は掠った程度ではあるが、それでも一般の職業をメインに据えているプレイヤーに比べれば大きく削られるのだ。直撃=致命傷という認識は変わりない。現に融合体のHPは今の直撃を受けて残り3割も満たないほどに削れてしまっている。幸い亜竜射針山嵐の攻撃によるダメージは少ない。むしろ返しの付いた鏃となっている棘の射出でじわじわ継続ダメージを与える方が主な運用だ。
とはいえ今の攻撃で竜鱗も砕けてしまった。次の攻撃を直撃すればデスペナルティはまず間違いない。
「あの変身能力の所為で状態異常もパー。解除も同じ効果が表れるとしたら、下手に状態異常を与えず純粋なダメージのみで殺すのが得策!」
エリックが高らかに言う間に棘を撃ち尽くして文字通り丸腰の亜竜射針山嵐から棘が再生される。一部限定で再生能力に特化したタイプだろうか。
射出を指示すると同時にアイテムボックスから【怨念のクリスタル】を取り出す。
(また撃って来た……!)(防ぐ?ううん、今のHPじゃ絶対に死ぬ!)
射出された棘に身体をわちゃわちゃ動かす融合体。
(ダメ……!こんなんじゃ弾ける攻撃も当たる!避けるしかない!)(左右は無理!答えが分かれて失敗するかもしれない!私達の答えがダブって、そして確実に回避できる場所は……)
((上!!))
ぐっと身を屈めてSTRを脚に集中して跳躍。軽く5メートル以上の空中で小柄な体躯が舞う。
「馬鹿が!わざわざ上空に逃げるとは好都合!」
「「読まれてた!?」」
手から怪しい光をあふれさせる【怨念のクリスタル】の光が強くなっていく。
空中で身動きが取れるはずもなく、直撃は免れない。
「《デッドリー・ミキサー》!!!!」
クリスタルから解き放たれる怨念の暴風雨。
怨霊の怨嗟をまき散らし、生きる者の命の灯を消さんと迫り――、
――虚空を穿った。
「は?」「あれ?」「なっ!?」
ユイとマイ、エリックの間の抜けた声が重なる。融合体となった少女が光に包まれ、突然ユイとマイに分離したのだ。
意図しない融合解除――おそらくは時間制限があったであろう必殺スキルの時間切れ――が偶然双子の回避に一役買ったのだ。
「ユイッ!」
「うんっ!」
すぐに状況を飲み込んで行動したマイが叫ぶ。ユイも我に返ると同時に意図を汲む。
2人は空中で自らの〈エンブリオ〉を手に大きく振りかぶり、投げつけた。
「自分の〈エンブリオ〉を!?」
エリックが意図に気付いた時にはもう遅い。すでに眼前には迫る白い鉄槌。亜竜射針山嵐の頭上には漆黒の両刃斧。
頭部が潰されると同時に双子が地面に着地する。高所からの落下ダメージを受けるも、残り1ケタ残してなんとか生存できた。
「か、勝った……」
「なんとかなったね。お姉ちゃん……」
「ううん、まだ終わりじゃないよ……」
起き上がったマイが見据えるのは【レギオン・アンデッド】の残党。生者を狙うアンデッドの本能か、ゆったりとした足取りで双子に向かってきている。
身体を動かそうにも思うように動かない。ステータスを見ると【筋肉痛】の状態異常が表示されている。おそらくこれが原因だろう。
「射出:《ファイアボール》!」
背後からの力強い指示の声と共に、無数の炎弾がアンデッドを焼き尽くす。
「フレデリカさん……」
「2人とも大丈夫!?」
「な、なんとか……」
「さっきのは何だったの?」
早々に無事を確認したフレデリカが2人に問う。
「多分、必殺スキルだと思いますけど……必殺スキルって、ああいうのばかりなんですか?」
「いやいやいや。あんなの異質としか言えないよ」
最大級の所見殺したる〈エンブリオ〉の必殺スキルですらこの能力は異様としか言いようがない。
状態変化という形で通常ではありえない状態異常が付与されるものならば聞いたことはある。変態の国――もとい、妖精卿レジェンダリアがその最たる例だ。
とはいえ、他のマスターの存在を条件に発動する必殺スキルなど到底聞いた事はない。
「まあいいわ。あたしも敵は倒した。あとは人質を回収してニッサに戻りましょう」
「場所は分かるんですか?」
「探知魔法は使えないけど、同じスキルのアイテムなら……あった」
アイテムボックスから取り出したのは全長30センチ程度の木製の杖だ。一般的な釘の頭にモニターを取り付け巨大化したようなアイテム。
これに探したい種族を設定して地面に突き刺し、MPを注ぐことで直径500メートル以内の特定の生物を探知することができるのだ。ただし1回使うと消滅してしまうのが玉に瑕である。
「種族に人間を設定して……発動」
MPを最大範囲まで注ぎ、杖を刺して発動。モニターと化した釘の頭に周辺の地図が映し出される。中央の光点3つは自分達。そこから西に200メートルほど離れた場所に幾つもの光点がある。
「あっちね。行くわよ」
「「は、はい……」」
正直【筋肉痛】で動かないと言いたい所だが、放置してモンスターに襲われる危険が無い訳じゃない。痛む身体に鞭打って起き上がる。
フレデリカもそれを察したのかキャスパリーグを召喚すると2人を背に載せて、反応のあった場所へと向かっていった。
†
アルター王国・ニッサ伯爵領 〈
残ることになった俺達は現在、カスミの案でニッサの住民のティアンと現在ニッサにいる〈マスター〉とティアンを残らず広場に集めさせていた。
「みな、何事かと不安になっておるのう」
そりゃそうだ。隣の誰かがアンデッドで、下手をすれば爆発するかもしれない。下手をすれば巻き込まれる。そんな後味の悪い事、子供でも分かることだ。
それでもこれだけ集めさせるとは、ここの領主には感謝しかない。
「これで全員集まりました」
「本当にうまくいくの……?」
マルクスさんが不安げにカスミに訊ねる。下手をしたらこのニッサの住民の大半が死傷者となる。
「大丈夫だ。これなら確実にわかる」
対してカスミは真剣な表情でこれから起こす事態に向けて集中している。メイプルも、集められた住人達のすぐ近くで盾を構えて準備万端だ。
この作戦の要はマルクスとカスミの〈エンブリオ〉。そして俺の《聖別の銀光》の3つ。
「こっちも準備は終わった。いつでもいいぞ」
「わかった。レイ、お前も銀光を」
カスミに促されて俺も左腕に《聖別の銀光》を発動する。そしてカスミも小さく何かを呟いた途端、黒髪が色が抜けたように白く染まり、肌の色も薄いピンクから薄紫へと変化。額には一対の角が生え、鬼のような風貌へと変身する。
全ての準備が整い、ニッサ伯爵領の領主のキュオンさんが広場に向けて声を張り上げる。
「皆さん!これよりこの看板に掲げられた文字を声に出して読んでください!」
その言葉を合図に、映像投影用の【ジュエル】を使い文字が映し出される。
その文字を見た住民は、みんな困惑した表情を浮かべている。
何を描いたのか、俺とネメシスも見上げるとそこには……
「……『私は【魍魎船団】のスパイです』?」
「おぬし、これはどういう意味――おい!?」
「どうした?」
視線をカスミに戻すと、彼女がキヨヒメが抜刀しないように必死に抑えている。
まるでキヨヒメ自身が意思を持ち、鞘から抜けて住民を切り裂こうとしているのを阻止しているようだ。
「……レイ!領主から見て2時の方角!日傘の女とフードの男!そいつを狙え!!」
必死に抑えながらカスミが叫ぶ。
指示された方向にいる日傘を持った女とフードの男……
「アイツか!」
ネメシスが剣に変わり、そいつの元へと駆ける。
相手も自分を狙いに来たと分かったらしく、逃げ出そうとする。
俺もシルバーに乗り込み相手の逃げ道に回り込む。
「――せやっ!」
銀光一閃。正確に日傘の女の肉体を捕らえたネメシスの一閃を受け、女は大きくのけぞる。
だが消滅する様子は無い。フランクリンのように銀光の対策をしてるのか?
『だがあの時と違って、完全に無効化している訳ではないようだ!反撃される前に倒してしまえ!』
「応!」
無効化されないならこっちに分がある!
再び大剣を振るい、今度こそ仕留める!
「《聖別の防壁》!」
女が切られる直前にスキルを発動される。
切り裂いた感触は生物と言うより岩か何かに近い。防御魔法の類か?
「おい、こっちだ!」
フードの男がすかさず女を呼び、即座に女も彼の元へ向かう。
「どうしてバレたのよ!?念入りに人間に変身してたのに!?」
「こうなったら、一斉に爆破させて……!」
『まずいぞ!あ奴ゾンビを爆破させるつもりだ!』
「――ッ!!」
その言葉を合図にティアンの住民の何人かの顔が歪に膨れ上がる。
まずい、この状況では誰も爆破を止めようがない。
そんな予感がよぎって全身に悪寒が走ったその時、その2人の手首に、歪に膨れた顔の住民の手首に包帯のような何かが巻き付く。何だあれ?
「呑み込め、フィッチャー!」
声の主はマルクス。反射的にそこを向くと、巨大な城の上にいた。
正面の見た目が巨大な怪物の顔のように見える城の正門伸びた包帯のような物が、カメレオンの舌のように獲物に巻き付き、一瞬で獲物共を吞み込んだ。
その次の瞬間……つんざくような爆発音が城の中に轟いた。
「マルクス!その城って……」
「ああ。僕の〈エンブリオ〉だよ」
しゅうしゅうと窓から煙を上げる城からマルクスが飛び降りる。
見た所キャッスルみたいだな。兄貴やフランクリンのと比べると規模は小さいけど……いや、あっちはあっちで規格外だから比べるのは失礼か。
「捕獲するしか能がないんだけどね」
そんな能しかない〈エンブリオ〉のおかげで住民大量虐殺を間一髪防げたんだ。感謝しかないよ。
「皆さん!」
その時、ルークの声が上から聞こえてきた。見上げるとオードリーに乗ったルークがこっちに声をかけていた。
「ルーク!皆はどうしたんだ?」
「彼らに任せて本拠地を探していたんです!」
「と言う事は、見つかったのか!」
「はい!」
「レイ、念の為にお前はここに残れ」
「は?俺が行ったほうが良いんじゃないのか?」
「アンデット対策は聖水を使っても代用できる。それよりも……」
カスミが視線を周囲に向けると様々なアンデットが現れたことによりパニックが起きていた。
「どうやら変身させていた張本人が今の爆発でやられたらしい。一番アンデットに強いお前が残って騒動を沈めてくれ」
「そうだな。正直こんなことをした張本人をぶった切ってやりたいけど、今回は任せた!」
「ああ。ルーク、頼む!」
すかさずカスミがオードリーに一足飛びで飛び乗り、ルークと共に空の彼方に飛んでいく。
さて、任せた以上、俺は俺の任されたことをやらないとな!
†
???
臭いが近い。
奴を殺した相手と近づいてきている。
さっきの奴を倒した時、力を得たような感覚も感じる。
臭いは……場所はあの山向こうの――うん?
何だあれは?この森のど真ん中で、人間の住むタテモノだと?
このモンスターが蔓延る森のど真ん中で?住んでる奴は何を考えている?
……まあいい。あの場所の観察をして対処できるなら対処しよう。
アイツを潰すのは、その後でも構わない……。