スピーダーを飛ばして日が傾く頃、夕日が荒野と矢尻型の機体を鈍く照らす。視界の先に街が見えた。
「お、あれがラハマかな?」
駅長の言う通り、小さい街に飛行船の発着場。今は丁度、飛行船が補給してる最中であった。どうやら此処がラハマで間違い無いらしい。滑走路からは何機かレシプロ機が離陸してる姿が見えた。
この機体がレシプロ機に見つかるのは厄介だ。
コントロールレバーを倒せば、高度が下がり低空飛行に移る。上を飛ぶレシプロ機を尻目に死角を抜ける。リパルサーエンジンを最低出力で静かにスーッと滑る様に飛べば、街の側面に周り街外れの人目につかない所に止める。街までは約10分といった所だろう。
スピーダーから降りると、駅長から貰ったシートをバサッと掛けて見えない様にする。シートの色はフラットダークアース。ラハマの街外れの地形と色がマッチしていた。
「まずは宿を見つけることかな」
そう言って必要な物を身につけ、遠くに見える街に繰り出した。
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「街はこうなってるのか…」
最初に漏れた感想だった。ラハマの街は見たことも無い作りの建物が並ぶ。街の路地の地面は石畳で整備され、建物はレンガと漆喰の外壁。時折木造柱や屋根の組み合わせが風情があるように見えた。
日は落ちて街灯に明かりが灯り始める。街は小さいながらも活気に溢れていた。字は一部読めないが、言葉は分かる。雰囲気からして飲食店だろう。夕飯時だからだろうか、人の出入りが激しくなる。これだけの人だが、自分を奇異の目で見られていない辺り上手いこと溶け込めているようだ。
さて、宿は何処だろう…
適当に通行人に聞いて見ることにしようと思った矢先、松葉杖を付く少女に目が行った。街灯があるとはいえ、暗い中じゃ大変だろうと声を掛ける。
「君、大丈夫かい?」
「ん?あんた何」
「あー、ブレッグって言うんだ。松葉杖付いてるから思わず声掛けちゃったよ」
「ブレッグね。あたしはチカ!コトブキ飛行隊のチカだよ!」
元気な子だなぁ…。
怪我人だとは思えない位ハキハキと答える彼女。さっき紹介ついでにさっき飛行隊と言っていたが…。
「コトブキ飛行隊…ってことは君はパイロットかい?」
「そう、用心棒ってやつだよ」
駅長から聞いた職業だ。こんなに早くその手の仕事を生業としてる人に会えるとは思わなかった。
この子はコトブキ飛行隊所属のパイロットの様だ。もしかして怪我は任務中に負ったのだろうか…。
「その怪我って…」
「墜ちたんだよ、あの馬鹿キリエのせいで…!」
あいつがもっとしっかりしてれば!と地団駄踏み始めた。キリエって人はチームメイトか何かだろう。何があったか分からないが相当悔しかった様だ。
「あー、それは災難だったね…」
「本当だよ!今度あったら文句言ってやる!」
聞いちゃいけないことを聞いた様だ。ヒートアップし始める彼女をまぁまぁと宥めた。
「そういえば、チカはどうしてこんなところに?」
「リハビリだよ!あたし病院にずっといるの性に合わないんだよね」
早く復帰したいし!とニシシ、と彼女は笑う。会って直ぐだが、笑みが零れる。小さい体は此方に振り向く。
「ブレッグはラハマに何しに来たの?」
「宿探しと調べものをしに来たんだ。この街に着いたばかりでね」
右も左も分からない状態でさ、と頭を掻いて苦笑いする。と彼女が
「じゃあ宿迄案内してあげるよ、リハビリがてらに!」
と、彼女は元気に答えてくれた。助かるよ、と答え好意に甘えることにした。彼女の案内もあって、宿屋には無事に着くことが出来た。
今日は此処に泊まり、ガソリンの調達は明日にしよう。そう決めて宿屋に入った。
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「ウソだろ?」
まさか宿屋が満室とは誰が想像しただろうか。路地にあるレンガ作りの花壇に腰掛け、落胆する。
はぁ、仕方ない。こうなったら今日は野宿するプランを考えよう。と、思いたった所で──
「お前、なにやってんだよ」
横から帽子を被った女性に声を掛けられた。さっき会ったチカと言う少女と同じ位の背丈だろうか。
「辛気臭い顔をしやがって。よぅし!今日は私は機嫌が良い。お前の悩みを聞いてやる!」
今日は儲けたからな!と、高らかに笑う彼女。言葉からして、ギャンブルで一儲けしたらしい。彼女からは酒の臭いも漂っていた。今機嫌が良いのはそれもある様だ。言ってもしょうがない気もするが気持ちは晴れるかもしれない。
「まあ、悩んではいたけど。この街に来て直ぐなんだけど宿がなくてね」
「そういや、お前見たこと無い顔だな…。そうか宿がねぇ…」
簡潔に悩みを彼女に打ち明けた。すると彼女は、俺の足から頭迄をまじまじと見て、手を腰にやり考え始めた。
「な、なんだい」
「お前、宿が無いって言ったな?此処には何れくらい滞在するんだ?」
「いや、特には決まって無いけど長くはないかな」
「なら、私が乗る船に来いよ」
突拍子もない提案をする彼女。船を宿代わりに使えと言うことだろうか?
「見た所力は有りそうだな。お前、臨時の整備班の仕事やって見ないか?」
待て、どうしてそうなった。
彼女が頷きながら足から頭迄を眺めたのは体格と筋肉の付き方を確認する為のものだった様だ。彼女は整備の仕事をしているらしい。言われて見れば、ツナギを上半身を脱いでワンピース姿だ。ツナギも所々、煤と油汚れが目立っていた。彼女が整備の仕事していると言う事も納得が行った。
「整備?何のだい」
「何のって、そりゃあレシプロ機に決まってんだろ?」
「いやいや、レシプロ機は聞いてるけど触ったこと無いよ」
「いきなり素人に触らせる訳ねぇだろ。やって欲しいのはパーツの運搬とかだ。今微妙に男出が足りねぇんだよ」
丁度整備班が非番が被ってなぁ…、と方をすくめる彼女。男出が欲しいと言うのは重いパーツ等の運んだり組み付けの手元をして欲しいと言う事だろう。修理等はやっていたから分かる。
新共和国軍は反乱同盟軍時代から人手不足だ。それは今も解決していない。情勢的に仕方ないが、そんな話を聞かされたらちょっと羨ましく思ってしまった。
整備の仕事は悪くない話であった。船のクルー達に色々な話が聞けるのは大きい。足りない知識を補えるし、レシプロ機の仕組みも知ることが出来る。
もしかしたら、銀河系に帰る手掛かりが見つかるかもしれない。
ラハマにはレーザーに使えそうなガソリンの情報、もしくは入手する為だ。来た理由はそれだし定住する予定はなかった。宿が確保出来るのも有り難かった。
彼女から仕事内容を詳しく聞き暫く考えて…
「良いよ、やろう。ただ、2つばかり条件みたいなものがあるんだけど」
「物分かりが良いじゃねぇか。んで、条件は?」
「元々ラハマには調べ物をしたくて来てるんだ。可能なら、その船の中で作業出来るスペースが欲しいんだ。後は工具を幾つか借りれれば有難いかな」
「作業スペース?」
「うん。7m×7mのスペースが欲しいんだ」
出した条件は、スピーダーの作業スペースの確保だ。最初からレーダーの調子は悪かったし、成り行きとはいえ一回戦闘もしている。整備も何処かでやる予定でいた。条件は蹴られてもどうにかなるが、ちゃんとした場所で整備が出来るならそれに越した事はない。聞けるものは出来るだけ聞いといた方が良い。
無理ならダメと言ってくれ、と付け加え、条件を出す。
「話は聞いた。が、メートル?クーリルだろ」
「あ、こっちではクーリルだね」
イジツでは距離はメートルではなくクーリルだ。使う事を忘れていて彼女に指摘されて言い直す。
工具は良いが、スペースに関してはマダム次第だな、と彼女は言う。
マダム、と言うのは誰か分からないが多分、上司的存在だろう。
条件は上に聞いてからと言うことで了解する。
「分かった」
「あぁ、宜しく。私はナツオだ、皆から班長と呼ばれてる」
「ナツオだね、俺はブレッグだ。宜しくナツオリーダー」
二ッと笑ってリーダーはおう、と返すとじゃあ羽衣丸に向かうか、と俺はリーダーの後ろを付いて行った。
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小さい体に付いて行くと発着場に止まる巨体が見えてきた。
発着場に居座る物体は圧倒的な存在感を示していた。大きさは500m弱位だろうか。地上にあると威圧感が凄い。
ナツオリーダーが言う船とはあれの事らしい。道中で船の事を聞いたがあれは飛行船というらしい。
オウニ商会の持ち物で輸送船の役割を果たすそうだ。
ベスピンにある気球もあんなに大きくはなかった筈だ。目の前にある巨体の事を聞いたらここでも、どこの田舎から来たんだ?と言われてしまった。
しょうがないじゃないか…。知らないものは知らないんだから。
そうこうしてる内に船内へ入りナツオリーダーに続きブリッジ前の扉に着く。ノックをして失礼します、と中に入ると打ち合わせ中の様で制服を来た髭を生やした男性とキセルが様になる女性が見えた。
「あら、ナツオどうしたの?」
キセルを持った女性がナツオリーダーが入るとこんな時間に珍しいじゃない、と声を掛ける。
「えーと、そちらの方は?」
存在に気付き、制服の男が俺を見て誰だ?と言う顔をする。
「実は臨時の整備の仕事をこいつにやってもらおうと思うんです」
自身が臨時で働く旨をキセルの女性にナツオリーダーが伝えるとその女性はなるほど、と言ってこちらを見る。
「話は分かったわ。私はルゥルゥ、オウニ商会の社長よ。皆からマダムなんて呼ばれてるわ。貴方、名前は?」
「ブレッグです」
マダムってこの人だったのか…と、此処に来る前の話を思い出す。マダムは、此方をマジマジと見て
キセルを吸い、煙をフゥーっと吐いて、口を開く。
「そう、ブレッグね。良いでしょう、臨時の仕事を許可するわ」
この手の話はもう少し時間が掛かると思っていたが意外とすんなり通った。あまりの早さにナツオリーダーも少しも驚き、恐る恐る確認を取る。
「良いんですか?マダム」
「えぇ、貴方が直接連れて来たんですもの。貴方の人選が外れた事はないでしょう?悪いことにはならないと信じてるわ」
ナツオリーダーはオウニ商会で長く働いてるらしく人望も実績もある様だ。
後もうひとつ、とナツオリーダーが口を開くとブレッグに見やる。その意図を察する。
「ルゥルゥ社長。初対面で悪いんですが、実は一つお願いが」
「あら、何かしら」
「実は、作業スペースが欲しくてそう言った場所ってこの船にありますか?」
「作業スペース?どうしてそんなものが必要なの?」
「ナツオリーダーにも話したんですが元々、此処には調べものと自分の持ち物の修理をしたくて来てるんです。本当はラハマの外れの野外に適当に作業場を作ってどうにかする予定だったんです。けど、此処で働く間放置する訳にもいかないので」
軽くどうして此処に来たか説明をする。
「どの位のスペースが必要なの?」
「7×7クーリル分のスペースがあれば」
ブレッグの言葉にマダム・ルゥルゥは少し考える。当然だろう。いきなりやってきて作業スペースを貸してくれなんて中々飲めるものじゃない。
「少し場所取るのね…。もしかしてブレッグが言ってる物って大きいのかしら…。ナツオ、格納庫にそれだけのスペース残ってるの?」
マダム・ルゥルゥが、ナツオリーダーに格納庫の状況はどうなの?と聞く。
「今日はナサリン飛行隊とコトブキ飛行隊の戦闘機がありますが、ギリギリ大丈夫ですぜ」
マダム・ルゥルゥがそう、と短く呟くと此方に向いた。
「ブレッグ、貴方の話は分かったわ。その作業スペースは貸してあげる。ただ、そのスペース料は貴方の整備の仕事の稼ぎから引かせて貰うわ」
タダという訳には行かないの、
とキセルに口をつけて付けながら条件を出す。今話してる相手は輸送業務を行う会社の社長だ。物を乗せて運ぶんだ。その条件は当然だろう。
「えぇ、構いません。元々タダでとは思ってなかったので」
むしろ、良くお願いを聞いてくれたと思う。自身の事は名前だけしか言ってない。これで良し、となったのはナツオリーダーの人望と人柄なのだろう。
「貴方は半分お客、半分臨時従業員って所かしらね。詳しい事はナツオに色々聞いて頂戴ね。後、此処に居るクルーを紹介しておくわ」
キセルを持つ彼女はそう言って、横に居る制服を来た男性を見やると、男はハッと此方を向いて帽子をかぶり直す。
「どうも、副船長のサネアツです」
「頼りないけど、彼が副船長」
「頼りなくてすいません…」
「ま、まぁ…。よろしく…」
なんだかアレなやり取りに返事がぎこちなくなってしまった。
いつもこんななのだろうか…。とにかく、この人が副船長の様だ。
そうしてその横になぜか居る鳥──
「グエーッ!!」
此処に居るぞ、と言わんばかりに鳴き始める。あぁ、なるほど君が──
「ドードー船長よ」
「グエーッ!!」
「宜しく、ドードーキャプテン」
「グエーッ!グエーッ!!」
やはり、船長だけあって良く見ている。知らない所で何かするときは多少固くなるもので、少し緊張しているのがバレてしまった様だ。
「え、もっとフランクで良い?本当に?え!良く分かったね」
「グエッ」
「うん、ありがとう」
ドードー船長と軽く会話をする。と、その場に居る皆が此方を固まった様に見ている。
「アレ、何かありました?」
「嘘だろ…」
「貴方もしかして…」
「ブレッグ!ドードー船長の言葉分かるのか!?」
「え、皆さんも分かるんでしょう?」
そう聞いて、なんとなくは、と言葉が返って来た。ドードー船長の言葉は俺にははっきりと分かったが、マダム・ルゥルゥ、サネアツサブキャプテン、ナツオには
なんとなく仕草で読み取ってる様だ。
まだ紹介されていない、残りの女性5人にも振り向いて確認を取ると…
「それ、無理」
「私も無理」
「「「分からないわよ」」」
すぐに返事が返って来て、皆同じ顔をする。
「えぇ…」
俺だけなのか?いやいや、そんな事はない筈だ。
クルーの紹介が途中なのになんとも言えない空気が漂う。サネアツサブキャプテンの空気よ読んだ様で読んでない咳払いによって空気は戻った。
次は彼女達ね、とマダム・ルゥルゥが5人の方に向くと順に紹介される。
「アンナよ。操舵士をしてるわ」
「マリアです、アンナのサポートです」
「私はアディ。索敵、監視が主な仕事よ」
「ベティよ。航法、気象情報の伝達をしてるわ」
「シンディです。羽衣丸の船体状況を常時観察してます」
ブリッジ内で仕事する彼女5人は謂わば、羽衣丸の司令塔の要だ。マダム・ルゥルゥの下で働く彼女達だ。きっと良い仕事をするのだろう。
「私からは特に無いわ。後はナツオに任せるわ」
その言葉を聞いて失礼しました、とナツオと共にブリッジを後にする。
ブリッジを出た所でナツオがさてと、と口を開く。
「次は船内の軽い案内だな。それから仕事場である格納庫だ」
「ナツオリーダー、その仕事の事何だけど」
「おう、どうした?」
「本当なら今すぐに行こうって言いたいんだけど仕事前に休みが欲しいんだ」
深夜帯には回復するからさ、と謝る。思い出せば今日もかなり濃い1日を送っていた。昼にロータにやっとの思いで休憩出来たと思えば空賊と思われる襲撃、そして撃退。此処まで来るのもほぼノンストップだ。
馴れてない訳じゃないが、辛いものは辛い。
「そういや、ラハマに来たばっかって言ってたな」
「うん、まさかこんな飛行船で宿を取るとは思わなかった。ありがとう、ナツオリーダー」
「良いってことよ。その分仕事はできっちり返して貰うからな!」
幸い、今すぐやる仕事は無いとナツオは言った。どうやら昼間の間に飛行隊のレシプロ機のメンテナンスは終わってるらしく、次に整備班が出る幕があるのは飛行隊が出撃する時の様だ。
「そういや、町の外れに大事な物があるんじゃなかったか?」
「うん、丁度取りに行くつもりだった。ちょっと持ってくるよ」
「それ、運ぶの大変なら手伝うぞ?」
「え、良いのかい?」
「どうせ、次の仕事迄暇だからな」
「助かる、仕事はしっかりやるよ」
「お互い様だろ、臨時とはいえ整備班の仲間だ」
船内の案内は後だな、とナツオにそう言われスピーダーを取りに一緒に町の外れまで向かった。
「意外とデカイんだな…」
「うん、作業スペースが欲しいって言ったのはその為何だ」
ナツオがシートに被ったスピーダーを見て感想を漏らす。レシプロ機程大きくはないにしても荷物の規模としては大きい。
スピーダーの周囲を確認しつつシートの被り状態を見る。引っ張る為にトゥ・ケーブルを利用して機体から外れない様に、ナツオと一緒に作業して巻き付ける。既に機体には予め牽引用の車輪が下についていた。ナツオが気を効かせて持ってきていたのだ。
ケーブルを固定しながら、疑問を持ったナツオが口を開く。
「つか、これ何なんだ?」
「自分が住んでるエリアではスピーダーって呼ばれてるんだ」
「すぴーだー?」
「説明すると長くなるから、俺の大切な物って思って貰えれば大丈夫」
「お、おう。そうか…」
時間がある時に説明するよ、と付け加えてスピーダーを羽衣丸まで引いて行った。
スピーダーを羽衣丸に持って来れば、出航前で船体の周りは荷物の受け取り業者等でバタバタしていた。
クレーン操作している作業者に悪いんだけど、と断りを入れてお願いする。簡単な説明とスピーダーの置き場を指定してお礼にと、チップを渡す。
他の荷物と一緒にスピーダーが、クレーンで吊り上げられて行くのを下から見上げる。
羽衣丸格納庫にゆっくり引っ張られて行くのを確認すると、一緒にスピーダーを運んで来た彼女に改めてお礼を言った。
「ナツオリーダー、ありがとう」
「もう良いって。さ、そろそろ出航だ。中に入ろうぜ」
ナツオはそう言うと羽衣丸の入り口へ向かう。それに連れられて後を追うのだった。
やっと羽衣丸にエアスピーダーが入ったという回でした