「では、箱舟作戦の作戦開始時刻は1900とする」
「解散」
短くも内容の濃かった会議が終わる。
会議の前の絶望感漂う空気は、隣に座る童顔の中尉がプレゼンした作戦計画の説明を経て大分マシになった。若い士官や艦娘の中には顔を紅潮させている者までいる、若いなと思わず苦笑が漏れる。その後、各々がそれぞれの仕事場へと弾かれたように動き出す。
誰もいなくなった徴発された高校の会議室を出て、歩哨の目を潜り抜け、校庭の隅で紙巻に火をつける。平時なら学生が青春を謳歌する高校は、防衛戦の為の司令部が置かれ、野戦病院として負傷者が担ぎ込まれ、物資の備蓄施設と無骨な機動車、戦闘ヘリの駐機場、民間人の避難場所へと変わってしまっていた。本来の軍事司令部は少し前に放棄されていた。空は抜けるように高く青かった。蒸し暑い空気は容赦無く貴重な紙巻は湿気らせていたが久しぶりの一服は極上だった。遠くで聞こえる砲撃音さえなければ尚更良かったが。
「大佐」
少しハスキーな声に振り返れば、そこにはショートカットで黄金比のようなスタイルの良さと女優のような美貌を併せ持つ妙齢の女性が涼しげな格好で肩を怒らせて立っていた。
「なにか用か?陸奥」
「作戦開始時間までもう時間もないのに、堂々とサボる司令官を迎えに来たのよ」
彼女はその美しい顔を歪めて噛み付いてきた
「なんてこった、私は激務の合間に一服する事すら許されないのか。一体何の為に偉くなったのか…」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと戻るわよ!大佐の承認がないと進まない事もあるんだから」
「この期に及んで書類仕事とか勘弁してくれ。この作戦が失敗したら皆仲良くお陀仏なんだ」
「縁起でもないこと言わないの!そうならないように皆駆けずり回ってるんだから…。残された市民とのトラブルも増えてるし、脱出作戦の説明もしないといけないのよ?北部と南部で遅滞戦闘してる陸軍の収容のタイミングも考えないといけないのに…」
彼女はハァと大きくため息をつき、その小ぶりで形の良い頭のこめかみを揉んでいた。
大分参ってるなと思う。代わってやれるもんなら代わりたいが、彼女の方が遥かに仕事が出来るし、そもそも私も私で他人に任せられない仕事がある。とにかくこの半日後に放棄する事が決定された国連軍極東支部沖縄基地には人も物も時間も無いのだ。
そろそろ球磨あたりがブチ切れている頃か…と現場に戻る為に紙巻の火を消すと、建物の影に何かがいることに気づく。
「陸奥」
私が警戒を促す前に彼女は私を庇うように前に立ち、艦装を限定開放させていた。虚空から鉄の塊が彼女の背中を覆うように現れ、その砲身の先を物陰の先に向けて油断なく構える。私も一応拳銃をホルスターから抜いて構えるが、もしこれが奴らなら牽制にもならないだろう。
慎重に距離を詰めていくと、そこにいたのは壁に寄り掛かり吐瀉物を吐き出している軍服姿の男だった。というかさっきまで作戦内容をプレゼンしていた中尉だった。
「中尉?」
陸奥が気遣うように声をかけると、中尉は視線を上げ慌てて立ち上がる
「失礼しました!お見苦しい所をお見せしました!」
そのまま敬礼しようとするのを手で制止する
「どうした中尉、体調が悪いのか?」
彼は一瞬息を詰まらせ、観念したように喋り出す
「怖いんです…、自分の立てた作戦に部隊の命が懸かっていると思うと」
帰ってきた言葉は少々予想外な言葉だった。私に直接作戦案を通した事、司令部要員の前でプレゼンを成し遂げた事から彼は相当に肝が座っていると感心していたので今更緊張してゲロっているのはなんだか不思議だった。
「なんだ、そんな事か」
「大佐!」
「どうせ駄目で元々なんだ、失敗したとして中尉を責める人はいないよ」
「「えぇ…」」
二人が呆れたような声を出す。
少し間違えたかなと思い、軽く咳払いする。
「そもそもだ、中尉の案を承認したのは私だ。中尉が気を揉む必要はない。そんなことより開始時間まで時間がない、君は考えうる全ての状況に対応出来るように対抗案を用意してくれ」
自分の事を棚に上げた言葉に陸奥は半目でこちらを睨んでくるが、見なかった事にして歩き出す。
賭場が開くまでに、やるべき事はまだまだ多いのだ。
陸奥が用意した73式に揺られて、計画の要たる箱舟達が集められている本部港へ向かう。
彼女は民間人への脱出計画の説明会の為に高校に残った。軍服姿のおっさんからより綺麗なおねーちゃんから説明された方が素直に聞いてくれるのではという下心がないとは言えない。この状況で未だに家を捨てる事を渋る人を助ける意味は分からないが、それでも軍人として民間人の命は守らなくてはいけない。
暫くすると、車が止まり先程回収した中尉と共に相変わらず乗り心地というものを一切考慮していない硬派なこのクソ野郎から腰を押さえて降りる。
荷運びをしていた陸さんの兵隊達がチラッとこちらを確認する。そして私の階級章を見て慌てて敬礼しようとする。それを手で制して作業を続けるように促す。こんなボロジープから佐官が出てくるとは思わんよなと少し申し訳なく思う。
野戦司令部のテントが見えてきたあたりで聴き慣れた声が聞こえる。
「あー、大佐!今までどこほっつき歩いてたクマー!」
予想通りブチ切れている球磨型軽巡洋艦の長女が積まれた書類と物資を蹴散らしながら突っ込んでくる。ばら撒かれた書類は妖精さんがいそいそと拾い集めている。
特徴的な語尾とアホ毛とは逆に彼女の精神年齢はかなり高く、仕事も出来て面倒見も良い。私との付き合いも大分長く、うちの臨時司令部に無くてはならない人員だ。なにより可愛い、可愛いis正義。
「ご苦労様、球磨。今日も可愛いな。それで計画の進捗はどうなっている?」
「すげー適当に流されたクマ…。もういいクマ…。進捗は多少の民間人の収容とかで遅れはあるけど、1800には大方準備が完了しそうクマ。陸軍の殿部隊の収容は奴さん次第だから何とも言えないクマ。」
「流石意外に優秀な球磨ちゃんだね、もう私の仕事はないじゃないか。」
私が嘯くと球磨は書類を顔面に叩きつけてくる。
「んなわけねークマ!仕事は山のようにあるクマ!少しは働くクマ!」
…着任当初はあんなに美少女然とした子だったのに何故こうなってしまったのだろうか。面倒見が良いとか姉御肌を通り越して母ちゃんみたいまである。
言いたい事を言うとシッシッと追い払われた、一応私ここで一番偉いんだけど…。
中尉は普通に参謀部に合流していた、しっかり作戦の穴を埋めていただきたい。
軍用テントと、パイプイスと組立デスクで作られた司令部の一角で書類の処理を始める。自衛隊の名前が国連軍に変ろうとも軍隊の国ごとの特色は未だに濃く残っている。そう例えば、この国では稟議書とか決裁書類が生きるか死ぬかの状況でも幅を利かせる程大好きなところとか…。
もしこの戦いにいかなかったら、書類に強い部下を引き入れようと決心をする。
というか艦娘に事務作業をさせるのは普通に勿体ないと思う。世界の艦娘不足で頭を悩ませて、シーレーンをズタズタにされている多くの国の軍関係者が聞いたら呪詛を垂れ流すに違いない。
暫く書類の処理と艦娘の編成に集中していると、タッタッタッと軽い足音が聞こえてくる。
「司令はん、陸さんの連隊長から通信が来とるで」
このエセ関西弁を操る見た目中学生の彼女は陽炎型駆逐艦の三女、黒潮だ。やや銀色がかかった髪に透き通るような肌、姉妹でお揃いのブレザーベストを着た小動物然とした容姿を持つ。かわいい。
「連隊長ってあの加賀美中佐?」
「そうや、あの激シブでダンディーな加賀美中佐や」
「…」
どうやら彼は彼女のお眼鏡にかなったようだった。気を取り直してペンを置き、立ち上がる。
「外の指揮通信車に無線が来てるから、急いでな」
じゃ!と言い残すとテントの外へと消えていった。彼女達駆逐艦は今小間使いとして司令部を駆け回っている。本当なら作戦開始まで体を休めて欲しいのだが全く足りない人員に結局頼ることになってしまっている。
狭い指揮通信車の中に入り、無線を開く。
「こちら司令部、感明どうか送れ」
暫くして返答が返ってくる。
「こちら北部第四防衛ライン、感度明度共に良好。司令官がこんなに早く出てきて頂けるとは思いませんでしたな」
バリトンのよく響く低い声で初手で揶揄される
「私だって偶には仕事をするのさ、それで用件はなんだい?」
彼の軍人らしからぬ不逞な言動には、この沖縄戦線はじまって以来の付き合いで悲しいことに慣れてしまった。そしてなんとなく既に用件の内容に察しがついていたが、一縷の望みをかけて聞いた。
「先程出した偵察の結果、敵戦力の再集結を確認しました。どうもとんずらの前にもう一波乱ありそうですな」
「つまり、我々は殿部隊の殿部隊で敵戦力の行動を妨害しながら部隊を港まで移動させて船に収容しないといけないわけだね?」
「えぇ。まぁ端的に言うとそうですね」
思わずため息が漏れる…。タイミングとしては狙いすましたかのような最悪のタイミングだ。
「どうしますか?日程の変更を提案いたしますが」
「中佐、わかっている事を言うもんじゃないよ。既に物資はギリギリ、防衛ラインだってもうこれ以上下がれない。何よりこの作戦は今日この時しか出来ないんだ。申し訳ないが開始時間の変更は無しだ」
向こうからため息が聞こえる。私の専門は海だから陸の事は専門外だが、この不敵で百戦錬磨の野戦指揮官がため息をつく程度にはハードな事らしい。
「了解しました、何とかやってのけましょう。時間になっても間に合わなければ置いていって構いません」
「そうなった時の事は余り考えたくないね、お互い人事を尽くすとしよう。」
「了解しました。せいぜい生きて帰って我々を捨てた奴らに嫌味を言ってやりましょう。通信終わり」
至急感想くれや