FGO/Cosmos_in_the_Lostbelt《BFG_Edition》 作:変種第二号
『……内臓だ、デカい内臓だ!』
『殺せ……奴らを!』
『残らず、殺せ!』
人類は弱くなった。
異論は多々在れど、少なくとも戦士または兵士の
合計で30kg以上にもなる具足と武器を身に付け、あろう事か一昼夜にも亘って武器を振るう事すらあった古代の戦士たち。
時代と地域によって異なるテクスチャによる相違こそ在れど、多かれ少なかれ神秘による加護があった事を考えれば、古代と現代の差は更に広がる。
ギリシャのテクスチャのみで考えても、
人類は弱くなった。
個人の武が戦況すら左右する時代は終わり、より装備で、兵站で、技術で、戦術で優越する側が、当然に勝利する様になった。
武器の進化は戦場から近接戦闘の機会を奪い、時代を下るに連れて離れ行く交戦距離は、新たな伝説が生まれる下地を損なってゆく。
際限なく破壊の威力と規模を増してゆく兵器は、個人と個人がぶつかり合う意味を死滅させた。
兵器と兵器、軍隊と軍隊、国家と国家。
それらが、共倒れを防ぐ為に設けられたルールの内側で、互いに引き際を探りながら小競り合いを繰り返す事を戦争と呼称する様になった。
人類は弱くなった。
人類史上、類を見ないまでに強力になり過ぎた兵器は、近代に於ける戦士としての英雄が誕生する機会を永遠に奪ってしまった。
如何に人間離れした膂力を誇る怪力無双であろうと、駿馬の如く地を駆ける韋駄天であろうと、間合いの内であれば魑魅魍魎すらも斬って退ける剣豪であろうと。
点ではなく面で、音速の数倍で、単発ではなく連続で襲い来る銃弾の前には、等しく無価値となってしまった。
過去であれば勇士たれたであろう豪傑の軍団を組織しても、適切な装備なくば、たった1輌の戦車の前に無価値同然となる様に。
陸上で、海上で、空中でさえ。
英雄が生まれる為の揺り籠は、鉄と電子が支配する情報の荒海に呑まれて潰えた。
たとえ凄まじい戦果を挙げたとしても、それは兵器の性能と膨大な後方支援、人間を遥かに超える機械群の処理能力を最大限に引き出した結果であり、過去と英雄たちと同列に語れるものでは断じてない。
だから、現代兵器のみを主として使用する者が人理の上での英雄に上り詰める、果ては英霊として座に記録されるなど、決して在り得ない事なのだ。
人類は弱くなった、
疑似的な不死を有し、汎人類史の人間よりも遥かに強靭で、火器すら不要とする程に精強なるオリュンポスの民。
そんな彼等でさえ対処できぬ、人知を超えた速度と瞬発力、英霊すら超える膂力、不明な原理により齎される破壊、汎人類史でも実現されていないであろう兵器。
それらの前に為す術も無く、一方的に虐殺されてゆくこの状況下で。
多種多様な敵個体の信じ難い程に高い戦闘能力、途絶える事を知らない無尽蔵の物量、自己保存欲求が皆無であるとしか思えない自殺的かつ間断ない攻勢、未知のテクノロジーによる重防御と重火力の前に。
神霊、英霊ですら逃げの一手しか採れぬ、僅かでも退却の足を止めようものなら、押し寄せる異形どもの津波に呑み込まれ、瞬時に消えてしまうであろうこの状況下で。
汎人類史のものと思しき兵器を手にした人間が1人居たところで、何ができるという訳でもない。
その、
「何だアレは……!」
カドックが
キリシュタリアの真意を探るべく活動していた彼だが、流石に疲れを覚えて庭園へと足を運んだ際に、突如として空が赤く染まったのだ。
その際に天を覆い尽くした赤い魔法陣に、呆気に取られていたのは極僅かな時間だった。
程なくして襲ってきた足元を揺らす程の衝撃に、すわカルデアの敵襲かと確認に動いたのだ。
そしてすぐに、理解を超える光景を目にする事となった。
既に市街地は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
見た事もない化け物が異様な俊敏さで縦横無尽に駆け巡り、如何なる原理か掌の中に造り出した火球を放っては民を焼き殺し、或いは爪で以って引き裂いていた。
元は人間と思しき装甲服を纏った連中が、右腕と一体化した未知の火器から弾幕を展開し、民を撃ち殺していた。
胴体前面の殆どが口という化け物が、大口を開けたまま民衆の真ん中に突っ込んでは、その口内に巻き込んだ人体を一緒くたに噛み潰して喰らっていた。
実に3mにも迫る背丈の、筋肉の塊としか形容できぬ化け物が地面を殴る度に、周囲に存在する人間の身体が一斉に弾け飛んでいた。
正に、一片の躊躇も容赦も無い、純粋かつ一方的な殺戮だった。
当初は、理解できなかった。
蹂躙されているのはオリュンポスの民だ。
汎人類史の人類とは異なり、彼等は幻想種に近似となる神秘を持った、明確な神代の生命体だ。
サーヴァントとも互角に渡り合える超越的存在だ。
その彼等が何故、碌な抵抗も儘ならず一方的に虐殺されているのか。
否、そうではなかった。
彼等は激しく抵抗していた。
抵抗し、反撃し、多くの異形を殺めていた。
そして殺める端から、その数倍もの異形の群れによって焼かれ、喰われ、引き裂かれていった。
異形どもには、負傷による怯み等というものは存在しなかった。
肉を裂かれ、骨が露となり、明らかな致命傷を受けてなお、目の前の人間たちを虐殺する事だけに全霊を傾けているかの様だ。
事切れるその瞬間まで、殺しの手を止める事は決して無い。
まるで、それ以外の存在意義など
其処まで理解が及ぶだけの時間を得られた事は、カドックにとって幸運だった。
魔術によって抗戦する、等という思考は一瞬の内に消え、直ちに安全な場所へ退避すべきだと判断できた。
問題は、その
異形どもはオリュンポスの外部から攻め込んできたのではなく、都市内部から
赤い光と共に、何も無い虚空より突如として出現しているのだ。
明らかな転移、それも神代のそれを超える超高速かつ大量の転送を可能とする術式。
最早、カドックの理解を超えていた。
投げ付けられる火球を寸での所で躱し、他の人間が標的となっている隙を突いて爪を掻い潜り、遮蔽物に逃げ込んで弾幕を凌ぐ。
そうして、今にも閉じようとしているビルの隔壁内へと身体を滑り込ませ、数十名の民間人と共に籠城する事となった。
無論、ビルの内部が安全である訳がない。
あの異形どもが転移によって出現している以上、何時背後から爪と牙が襲い来るか知れたものではない。
だが少なくとも今は、連中は屋外の人間を狩る事に熱狂している様子だった。
周囲から嗚咽と絶望の声が漏れ聴こえる中、外部監視装置の端末を見付け、注意深く屋外を観察していたカドック。
彼は、殺戮に一段落を付けたらしき異形どもが、奇妙な行動を取り始めた事に気付いた。
連中は犠牲者の遺体を掻き集め、更に細かく引き裂き、磨り潰し、捏ね繰り回し始めたのだ。
そうして出来た肉塊を、まるで粘土の様に重ね合わせては形を整え、異形のオブジェを形成してゆく。
更には、未だ意識のあるらしき人間を引き摺ってきては、
苦痛か、恐怖か、悍ましさか、或いはその全てか。
犠牲者たちは救いを求める神々への叫び、或いは意味を為さない絶叫を残しながら、元は生命ある同胞であった肉塊の内へと塗り込められてゆく。
込み上げる吐き気を堪えながらその様を観察していたカドックだが、程なくして完成したらしき高さ2mを超える人肉のオブジェ、その上部に虚無の如き
「馬鹿な……!?」
それは、
赤い光が周囲一帯を埋め尽くし、無数の異形が一斉に転移してきたのだ。
中には先程の狂乱では目にしなかった、装甲を纏い両肩に砲らしきものを備えた大柄な骸骨、顔の付いた巨大な脳髄に多脚型の歩行機械と砲を併せ持った異形、両腕を巨大な砲に換装された肥満体の怪物などの姿もあった。
それらの何れもが元より恐るべき怪物である事は疑い様もない。
だというのに、加えて明らかに汎人類史のそれを超えていると判る、極めて高度なメカトロニクスにより肉体を機械化および兵器化されている事は、先進技術には門外漢であるカドックから見ても明らかだ。
更にそれらの機械構造部の所々に、明らかな
【UAC】が何を意味するかは不明だが、直感的に企業名の略称ではないかと、彼は汎人類史での経験から当たりを付ける。
この化け物どもと汎人類史と如何なる係り合いを持っているのかは不明だが、しかし碌でもないものである事だけは確かだ。
そして何より、敵の背景が全く以って推測できない。
転移を用いている以上、これらが神秘の側に属する存在である可能性は高い。
だとしても、人間の死体を原料に短時間で大規模転移用の魔術的装置を組み上げる技法など聞いた事もない上、そもそも魔術が発動しているらしき如何なる痕跡も感知できない。
そもそも異形どもが放っている火球でさえ、どれだけ注意深く観察しても魔術を用いている形跡が無い。
ただ、掌に原理不明の超高温の火球を造り出し、まるで投石の如く膂力に物を言わせて投げ付けてくるのだ。
科学だろうが神秘だろうが、世の理を解き明かさんとする者たちからすれば、馬鹿にしているのかと声を上げたくなる現象だった。
そして、元よりそんな力を有しているにも拘らず、異形の中にはメカトロニクスによって構築された兵器を装備した個体も確認されている。
人外の膂力と超常の力を有し、如何なる理性も持ち合わせていないと断言できる存在でありながら、超高度テクノロジーによって製造されていると解る兵器を運用しているのだ。
何故そんな事が可能なのか、そもそも誰がそんな兵器を造り出しているのか。
超常の存在が何故、科学技術によって製造された兵器を用いているのか。
何もかもが矛盾していて、此処に至る経緯を想像する事すらできないのだ。
「これからどうする……?」
何とか敵の渦中を突破してキリシュタリア達と合流するか。
否、あれだけの化け物が屯する中を突破できるなど、そんな希望的観測は微塵も抱けない。
ならばこのまま籠城し、オリュンポスの神々が直々に敵の排除に打って出るのを待つか。
これも、化け物どもが屋内に転移してこないという保証などある筈もなく、それ以前に隔壁を打ち破るなど奴等にとっては造作も無い事だろう。
正に、八方塞がりだった。
そして遂に、衝撃が隔壁を揺るがし始める。
「き……来た!」
「押し入ろうとしてる……!」
「神よ……!」
どうやら、化け物どもは強行突入を選んだ様だ。
重機でも衝突しているかの様な轟音と共に、神性合金の隔壁が冗談の様に容易く歪み始める。
音は幾重にも重なり、遂に破孔が生じたのか、無数の獣染みた咆哮までもが聴こえ始めた。
生存者たちの悲鳴。
然して間を置かずに、奴等が雪崩れ込んで来るだろう。
「クソ……ッ!」
死んで堪るか。
自分は、まだ何も成し遂げていない。
もう、二度と会う事の叶わぬ
だからこそ、何時か胸を張って逝けるだけの事を成さねばならぬというのに、こんな所で死んでなるものか。
そう心に誓い必死に打開策を探るも、現状を突破する術は浮かばない。
隔壁が破壊されてゆく音はいよいよもって激しくなり、悲嘆と絶望の声が建物内を埋め尽くしている。
打って出るしかないのか、と覚悟を決めて腰を浮かせた、その時だった。
「……何だ?」
不意に、訪れる静寂。
引き裂かれる隔壁が起てる破壊音、異形どものうなり声と、殺戮に酔った咆哮。
その全てが、突如として止んだのだ。
何事かとモニターを覗き込むカドックの視界に映り込んだ光景は、何故か一斉に動きを止め、一様に同じ方角を見つめる異形の群れ。
一体何を見ているのか、という疑問を抱いた、次の瞬間。
「がッ……!?」
思わず耳を押さえ、苦悶の声を上げるカドック。
彼だけではなく、全ての生存者が同様に耳を押さえ、苦悶していた。
鼓膜を破らんばかりの、凄まじい大音響。
それは、絶叫だった。
呆けた様にあらぬ方角を見つめていた異形ども、その全てが一斉に叫びを上げたのだ。
その声の凄まじさは、先程までの殺戮の際に上げていたそれとは比較にもならない。
全身の組織の全てを発声器官と変え、魂までをも音と変えたかの様な、それそのものが巨大な力の爆発と化した叫び。
聴くもの全て、その魂までをも打ち砕かんばかりの絶叫。
だが、カドックは気付いた。
聴く者の精神をすら破壊せんばかりに強烈な叫び。
しかし其処より感じ取れるものが、先程までとは一変している事に。
「これは……」
それは優位にあるもの、支配的な立場にあるもの、捕食者が発する音では、断じてない。
受け身で、圧倒的弱者で、一方的に奪われ、それでいて抵抗すら儘ならぬ、言わば
生物学的にも、精神構造も、存在原理さえ異なるであろうにも拘らず、人類であるカドックが明確に理解できる、絶対にして抗えぬ感情。
これは、この叫びが表すものは。
「……
「うおッ!?」
次の瞬間、モニター内に映る化物の群れの一角が、前触れも無しに吹き飛んだ。
数体の比較的小柄な異形、元は人間らしき装甲服を纏う異形が、合わせて10体前後。
一瞬にして微塵となり、血煙となって周囲に肉片をばら撒く。
爆発だ。
「今度は何だ……攻撃だと!?」
2度目の爆発。
カドックは、その正体に気付いた。
市街地の遥か向こう、化け物どもが見詰めていた先、ビルの谷間から飛来した何か。
紫掛かった青い光、薄く白い煙の尾を引きながら超高速で飛来したそれが、異形の群れの中に突入するや否や、強烈な爆発を起こし周囲の一切合財を微塵と化したのだ。
どうやら異形どもに散開して被害を分散するという思考は皆無らしく、絶叫しながらあらゆる飛び道具を滅多矢鱈と撃ち始める。
光弾が周囲を埋め尽くす中、三度飛来する白煙の矢。
ふと、その矢の正体に気付き、絶句する。
「
3度目に飛来した
3発のロケット弾が纏まって飛来し、まるで意思が在るかの様に軌道を捻じ曲げ、其々に異なる目標へと突入したのだ。
1発は両肩に砲を担いだ骸骨に、また1発は両腕を砲と化した巨体に、更に1発は灰色の筋肉の塊に着弾し、その周囲を巻き込んで炸裂する。
轟音、そして爆炎と血肉に彩られた3つの巨大な花が咲き、周囲一帯に降り注ぐ血と肉と鉄片。
だが、爆発に巻き込まれた複数の小型種は四散しても、恐ろしい事に直撃を受けた3体は絶命まではしていない様だった。
砲を吹き飛ばされ、腕を欠損し、頭部の半分を失い、破れた腹から内臓を溢れさせながらも、悲鳴を怨嗟の咆哮へと変えてロケット弾の飛来方向へと突進を開始する。
それに釣られてか、弾かれた様に全ての異形が同じ方角へと飛び出し、進路上の全てを破壊しながら絶叫と共に彼方へと突進していった。
その様をモニター越しに唖然と見つめながら、暫くして漸くカドックは肩の力を抜き、深々と息を吐く。
既に人肉のオブジェだけを残し、モニター監視範囲内の化け物は1匹残らず姿を消していた。
「助かった……のか?」
釈然としないながらも、一先ずは自らの幸運に一息吐くカドック。
化け物どもを攻撃したのが何者かは知らないが、連中の注意は其方に向いた。
攻撃を受けたにしても、異常に過ぎる程の反応だった気もあるが、とにかくこの建物内の人間が虎口を脱した事には変わりない。
漸く状況を理解し、ひとつ、ふたつと喜びの声が上がる中、カドックは思案する。
あの攻撃は、何者によるものか。
少なくともカルデアの者ではあるまい。
サーヴァントの中にはロケット砲を使用する者も居るかもしれないが、それにしても何らかの魔術的処置は施されている筈だ。
だが、先程の弾体や爆発からは、そういった魔術的な痕跡は全く確認できなかった。
単に高速で飛来し、強烈な爆発を起こした、それだけだ。
詳細な知識まで持ち合わせている訳ではないが、汎人類史で運用されている軍用兵器と然程に違わないだろう。
だが、気になる点もあった。
ロケット弾が発していた、青紫の光。
漠然と噴射炎の光かと考えていたのだが、思い返してみるとどうにもおかしい。
動体視力は良い方だが、どうにも弾体そのものが、というよりも
更にいえば、弾体の炸裂時にも不自然な青紫の閃光が奔ったのみならず、爆炎にさえ同じ色の炎が混じっていた。
単に炸薬中の何らかの物質による化学反応なのかもしれないが、どうにも不自然さが拭えない色だったのだ。
それに、あの化け物どもの劇的な反応。
連中は攻撃を受けるより前に、
そして、その
化け物どもが残らず襲撃者の許へと向かった理由は、単に攻撃を受けて激昂した為だけではなさそうだ。
「……キリシュタリアと合流するか」
兎も角、一時的にせよ窮地は脱した。
このままキリシュタリアと合流し、状況の詳細を把握すべきかと思考するカドック。
ゼウスに近しい彼ならば都市の現状についても把握できるであろうし、延いては敵の正体も掴めるだろう。
慣れない操作でモニターを切り替え、周囲に化け物が潜んでいない事を確認した彼は、すぐにでも発とうと椅子から腰を浮かし掛けて。
「熱……ッ!?」
不意に、右手に奔る灼熱。
焼きごてを当てられたかの様なそれに、反射的に腕を引くカドック。
しかし次の瞬間、自身の手の甲に現れた
「……え」
其処に在ったのは、真紅の紋様。
自信の魔力回路を通じて感じる、確かな繋がり。
冷たい様で、それでいて優しい、忘れもしない温もり。
「馬鹿な……」
喪った筈だ。
あの、雪と氷に閉ざされたロシアの大地。
力及ばなかった自分と、最期まで自分を信じてくれた彼女。
最後の足掻きと、無慈悲な銃声。
自分を庇い、何よりも恐れていた鉛の死神の前に身を挺し、この腕の中で消えていった彼女。
純白の世界の中、溢れ出す真紅に染まった彼女の姿は、今でもこの瞼の裏に焼き付いている。
そして失われた、彼女との繋がり。
それが今、この手に在る。
「在り得ない……!」
そう、在り得ない。
彼女が再び召喚される事、それ自体は大いに在り得る。
だがそれは、断じて自分の知る
異聞帯の彼女はもう何処にも居らず、新たに召喚されるのは汎人類史の彼女である筈だ。
だというのに、これは何だ。
何故、彼女のものと同じ紋様が、この手に浮かぶのだ。
否、そもそも何故これが復活したのか。
召喚の議など行っていないが、かといって何もせずに彼女が召喚され、しかも自分と契約が為される理由が無い。
違う、そんな理屈染みた事ではない。
最大の問題は、自分が
幾ら理論立てて反証してみせようにも、覆し様も無い程に自身の内に深く打ち込まれた、根拠なき確信。
この手の紋様を通じて脳を、心を揺さ振る、何があろうと決して違える事のない繋がり。
それが何よりも雄弁に語る、信じ難い事実。
「
これは、
「何処だ……何処に居る……!?」
必死に、自身から流れ出る魔力の痕跡を辿るカドック。
パスを通じて感じ取れるそれは、酷く弱い。
だが、確かに繋がっている。
魔力供給が薄い理由は物理的な距離に因るものだろうが、ならば彼女は何処に居るというのか。
大気中のマナ濃度が神代そのものであるギリシャ異聞帯では、術者本人の感知能力によるサーヴァントの位置特定は困難だ。
だが、このタイミングで契約が復活したという事は、何かしらその切っ掛けとなる異変が生じている筈。
今この場で探すべきはそれだと、思考を回らせて。
「くそ! 簡易な使い魔なら……は?」
瞬間、パスを通じて
あまりに予想外の事に、呆然と自身の右手を見やるカドック。
其処にある令呪は今や物理的な熱と錯覚する程に高密度の魔力を湛え、パスからは容量に恵まれているとは言い難い回路が悲鳴を上げる程の魔力が送り込まれてくる。
余程の事が無くば実施されない、サーヴァントからマスターへ、逆方向への魔力供給。
「まさか、ヴィイが?」
アナスタシアの使い魔であるヴィイ。
マスターに頼らずとも膨大な魔力を齎す、ロマノフ王室の秘蔵精霊。
彼女が齎す魔力が逆流しているのかとカドックは推測し、しかしすぐにそれを否定する。
「……違う。幾ら何でも、こんな」
在り得ない程に莫大な魔力量。
如何にヴィイが強大な精霊とはいえ、アナスタシアの現界に必要な量と併せて、これ程の魔力をマスターであるカドックに送れる筈がない。
カドックに自己を過小評価する悪癖があるとはいえ、それで事実を見誤る様な無能ではなく、寧ろ観察力と論理的思考力は旧Aチームメンバー内でも抜きん出ている。
その確かな知性が、この魔力がヴィイより齎されるものではないと見抜いていた。
これは、別の要因により齎された魔力だ。
アナスタシアが何らかの方法で、外部より魔力を得ているのか。
だとしても、どうやって。
考えられる可能性としては、周辺に極めて高密度なマナが存在する事が挙げられる。
例えば、周辺大気中のマナ濃度が、それこそギリシャ異聞帯のそれを上回る程ならば、或いは。
だが、そんな場所が何処に。
「別の異聞帯? いや、残っているのはブリテンと南米……この感じ、そんな距離では……!?」
視界の端に映るモニター、其処に映る屋外の光景。
その中の
令呪を掲げ、画面の中の
「嘘だろ……?」
化け物どもが造り上げた、人肉のオブジェ。
その上部の虚空に開いた、赤黒い光を纏う
「……来い! アナスタシア!」
瞬間、カドックは令呪の一画を使用していた。
手の甲に熱が奔り、令呪が光を放つ。
魔力が逆流する程のマナが存在するのならば、如何なる状況であろうと転移は可能な筈。
そう考え、直ちに実行したのだ。
だが。
「何故だ……!?」
アナスタシアは、現れなかった。
転移は失敗したのだ。
令呪は確かに使用され、魔力がアナスタシアへと流れた事も間違いなく感じられた。
にも拘らず、彼女は転移しなかったのだ。
そして、更に信じられない現象がカドックの身に起こる。
「ん、な……!?」
何時までも収まらない、手の甲の熱。
それを訝しみ向けた視線の先で、信じ難い現象が起こっていた。
転移の為に使用された、令呪の一画。
その発光が漸く収まった、その下に現れたもの。
使用前から
「何なんだ、これはッ!?」
狼狽え、我知らず叫ぶカドック。
あまりにも彼の常識に反する出来事に、欠片ほどの理解も及ばずに取り乱す。
だが、それも僅かに数秒の事。
すぐさま、考え得る要因の分析に乗り出す。
「僕は間違いなく令呪を使った……なのに、何故? 令呪が再生される……いや、これは……」
令呪を使用した事、これは間違いない。
視覚的な発光も、魔力の流れが変わった事も確認している。
しかし、令呪に変化は無い。
たとえ命令の実施に失敗したとしても、消費される事には変わりがない筈なのに。
とすれば、令呪は機能しなかったのか、或いは。
「……消費
或いは、だが。
供給される魔力量に消費が追い付かず、令呪によって実施可能な事象では、令呪そのものの消失には到底至らないのだとしたら。
周辺大気のマナ濃度が高すぎるが為に、消費する端から魔力が供給されているのだとしたら。
現にまた、パスを通じた魔力の流れは、カドックへと流入する方向へと変じている。
この事からも、彼女の置かれた環境がサーヴァントにとって魔力供給に事欠く事の無いものである、その可能性は考えられる。
だが、だとすれば何故、彼女は現れないのか。
令呪を消費する事もなく転移が可能な程の魔力供給が在るのならば、何故。
「転移できない理由があるのか。存在証明が固定されている……でも、どうやって?」
彼女の意志でそんな事ができる、とは思えない。
外部からの干渉によって転移が妨げられている、と考えるべきだろう。
ならば、その原因とは何か。
それを確かめる方法は。
「……行くしかない」
立ち上がるカドック。
部屋を出て、メインホールに屯する生存者達の間を掻き分け、破壊された隔壁に歩み寄る。
周囲の生存者達は息を呑み、我に返るや彼を引き止めようとした。
「何を考えているんだ! 今、外に出るなんて自殺行為だぞ!」
「諦めないで! 大いなるゼウスが見ておられます、すぐに救済が……!」
カドックは耳を貸さなかった。
僅かに、神々に対処が可能ならこんな事にはなっていないだろう、と醒めた思考が浮かんだ程度だ。
そのまま引き裂かれた隔壁、人ひとりが漸く潜れるかという亀裂に身体を滑り込ませる。
鋭い金属片に服と肌を切り裂かれるも、気に留める事なく屋外へと出た。
一面を埋め尽くす肉片、大量の血痕。
周辺の建物は悉くが炎上し、遠方では轟音と共にビルが崩落してゆく。
先程のロケット弾が着弾した周辺は小規模ながらクレーターとなり、炸裂の威力が尋常なものでない事を如実に物語っていた。
破壊と殺戮の痕跡に埋め尽くされた其処を、カドックは迷う事なく歩む。
そして、
「……やっぱり」
呟き、右手の令呪を見る。
パスを通じて流れ込む魔力は、此処を目指して歩む内にも明らかに増大していた。
僅か500mにも満たない距離の移動で、である。
最早、疑う余地は無い。
「
そうして、見上げる視線の先。
高さ2mを超える、悍ましい人肉のオブジェ。
天に向かって大きく開いた
その大咢の中央上部の空間、其処に開いた
カドックに、迷いは無かった。
「今、行くぞ」
そして。
1人のクリプターが、オリュンポスより姿を消した。
「大神ゼウスより、カルデアを捕捉したとの連絡が」
「ああ、そうだね」
赤く染まった空を見上げながら、キリシュタリアは応を返す。
既にオリュンポスのインフラは、その機能の70%以上を停止していた。
ゼウスの監視機能も甚大な被害を受けている様だが、霊子および電子レーダーがカルデアの艦を捉えたのだ。
どうやら艦の周囲に霊子的な海を定義する事で疑似的な飛行状態にあるらしく、そう長い時間を飛べる訳ではないらしいが、少なくともオリュンピアへの突入は可能だろうとの事だ。
「
「この異変に関係があるかもしれない。ゼウスによる迎撃は?」
「都市内部の状況収束に手を取られ、即時の対応は不可能と」
淡々と答える双子神。
しかし、その胸中に歓喜と悦楽が渦巻いている事を、キリシュタリアは知っている。
今、この都市で吹き荒れる殺戮の嵐に、誰よりも喜悦を覚えている人物が目の前の双子である事は、疑い様もなかった。
それはそれとして、状況の不味さが想定を遥かに超えている点について、彼は思考を回らせる。
まさかゼウスをして、状況の対応に手一杯とは。
カルデアの出方も気になるが、これでは此方の対応手段も限られてしまう。
無論、これはこれで利用できるとも考えられるが、計画の修正は不可避だ。
それ以上に、縦しんばゼウスの裏をかけたとしても、現状で都市を攻撃している敵をどうにかしなければ全てが台無しになる。
しかし、その正体が全くの不明である以上、場当たり的な対処に甘んじるしかない。
そして、何よりも。
自身が何よりも信頼する彼は。
果たして無事に、カルデアと合流できたのだろうか。
「カストロ、ポルクス。敵戦力と交戦し、情報を収集して欲しい。だが、殲滅の必要はない」
「は……」
「敵が単一種でない事は把握している。今、オリュンポスに侵入している敵個体の種別だけでも……なに?」
其処まで述べた時、キリシュタリアの隣に空間投影型の3Dスクリーンが開く。
無論、彼が開いたものではない。
スクリーン上の表示を見るに、どうやらゼウスが展開したものの様だ。
映し出されているものは、艦首を天に向けた急速浮上時の様な体勢で、そのまま上昇を続けているらしき純白の艦艇。
先程出現した、カルデアの艦だった。
スクリーン下部、ギリシャ文字にて【目標より全方位通信を傍受】との表示。
「全方位に? 何を考えて……」
「単に絶望しただけの事では? 所詮、人間如きの……ッ!?」
嘲るカストロの声は、しかし直後に出力された音声によって遮られる。
苦悶に表情を歪ませる彼だが、しかしそれはポルクスも、キリシュタリアも同様だった。
思わず耳を覆いたくなる程の、それ以上に聴く者の精神を八つ裂きにせんとするかの様な声。
電子的なノイズを含む、幾人もの声が入り混じった、凄まじい絶叫。
「これは……カルデアの?」
《……さない……》
響き続ける絶叫の中に混じる、明らかな言葉の羅列。
上手く聞き取れなかったそれに、注意を向けるキリシュタリア。
直後、その背に奔る冷たい感覚。
《許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない》
壊れたレコードの様に、延々と繰り返される唯ひとつの言葉。
気高さ、純粋さ、神聖さ。
それらとは相反する、淀みと、恨みと、怒りに満ち満ち。
夜の闇よりも、暗黒の虚空よりもなお暗く、それでいて溶岩の如き熱と粘度に塗れた。
人のものでありながら、人には在り得ない程の敵意と、憤怒と、憎悪が入り混じった、地獄の底より沸き起こる亡者の唸りの様な。
人の強さの一端でありながら、その貴さとは決して相容れない、あまりに悍ましいそれ。
黒く、灼熱を纏う、怨嗟の声。
キリシュタリアは、その声に聞き覚えがあった。
心根の内で、自らが期待を寄せる人物。
そして同時に、決してこんな声を聞きたくはなかった人間。
「藤丸……立香……?」
不意に、熱を感じるキリシュタリア。
令呪が、熱を帯びている。
肌を、肉を焼き、今にも炎を噴き上げそうな熱。
何が起こっているのか、キリシュタリアは其方を見もせずに把握した。
令呪が。
カイニスに使用した一画が、復活している。
否、復活どころではない。
この身体に起こっている事態は、そんなものでは済まされない。
この身に奔る激痛と、奥底より湧き上がる力が教えてくれる。
「馬鹿な……」
「キリシュタリア様?」
在り得ない。
元よりこのギリシャ異聞帯は、世界そのものがこの身にとっての魔術回路。
この身に備わる生来の魔術回路こそ死滅寸前ではあるものの、これ以上のコンディションなど望むべくもない。
ならば、この身の内から湧き起こって来る、無限とも思える膨大な魔力は何だ。
枯れ枝の如き肉体から湧き上がる、久しく覚えの無かった活力は何だ。
これは、これはまるで。
「在り得ない……!」
肉体が、本来の魔術回路が。
毒を受ける前に
《令呪をもって命じる》
ノイズ混じりの、憎悪に煮え滾る
我に返ったキリシュタリア、その明晰な頭脳は瞬時に稼働を再開する。
そしてすぐに、自らの身体に起こった異変の原因と、その恐ろしい可能性に行き着いた。
《全てのサーヴァントを我が許に》
「……駄目だ、藤丸」
そうだ、これは。
この魔力は、
信じ難い量の魔力がパスを通じてこの身に流れ込み、在り得ざる結果を引き起こしている。
死に掛けの魔術回路を強制的に励起させ、この身に留まる毒を力尽くで消し去り、恒常的に動作する医療魔術の暴走に近い増強で肉体を感知させる程に。
その魔力を今、この身の全てで感じているからこそ理解できる。
理解できてしまう。
あまりにも異常で、あまりにも危険な事実。
《更に、令呪をもって命じる》
「止せッ!」
どんな馬鹿げた事でも、常であれば在り得ざる命令も。
それを為す力がサーヴァントの側にあれば、それが今の世界の内側の事象であれば。
どんな距離だろうと、どんな規模だろうと、どんな夢想だろうと。
全て
それを願う者が只人でも、才人でも、聖人でも、狂人でも。
どんな命令であろうと
だから。
《
もう、取り返しが付かないのだ。
《重ねて、令呪をもって命じる》
《……