時雨リオ
明かりのない真っ暗な部屋。深夜2時のアパートの一室。静寂と暗闇が蔓延する狭い四角い部屋の中で、リオは壁に背中をもたれかけながら膝を抱えてうずくまっていた。
襲い来る何かから怯えるように、小柄な身体をぎゅっと縮めて。小刻みに震える小さなからだを精一杯に抱きしめている。
窓から差し込んだ柔らかな月明かりが、部屋の中央を淡く照らす。
光を受けた塵が輝いている。
リオはひらひらと舞っている宝石のような塵達を、抱え込んだ膝からその瞳だけを覗かせて、じっと睨みつけていた。
瞳の下には刻まれた隈。
眠れない夜。繰り返す夜。
リオは例え瞼を閉じようと、穏やかで優しい暗闇がその意識を包み込んで眠りの海へと沈めてくれる、などということは起こらないことを知っている。代わりに暗闇に浮かび上がるのは、呆れた表情を浮かべた上司と、そのため息交じりの叱責の声と、眼前に突きつけられる指でつままれた不備のある書類。
仕事はやめた。もはや過去のことだ。しかし恐かった。
リオはそれを、たかが記憶とは割り切れない。記憶とはいわば実体をもたない霧のようなものである筈だとリオ本人も頭では分かっているのに、それが一度姿を見せれば、たちまちにリオの意識は生の質感を伴ってそのシーンへと飛ばされる。リオは間違いなくそこにいる。
仕事。職場。上司。
職場の喧騒に包まれて、緊張が身体を縛っていく。そうして重くなっていく体は、しかし仕事をするという義務感を働かせて必死に動こうとするのである。
思い通りに動かない身体は、溺れるような息苦しさを与える。
ごぼぼぼぼ。ごぼぼぼ。
気付けばリオの身体は水中にいて、その水面を見上げながら深い底へと沈んでいく。
その苦しさが嫌で嫌でたまらなくて、リオは救いを求めるように、だんだんと小さくなる水面へと手を伸ばす。
助けて
やがて息が尽きる。
暗転。
リオはそうしてはっと意識を取り戻すのだ。まるで息継ぎをするかの様な荒い呼吸が、彼女に現実への帰還を知らせる。
その時は身体から冷たい汗が噴き出していて、激しい心拍の音を聞いて、そして微かな安堵を覚える。
何度も記憶と現実を行き来するリオは、この身体の異常な生体反応を味わう度に生を実感するのである。
すなわち”また戻れた”と。
しかし当然、それと同時に彼女は思う。
”いつまで戻ってこられるだろう”と。
リオは今日も部屋に差し込むかすかな光を見つめる。そうして自然に体の眠気が限界に達して、気絶するように意識を失うその時をじっと待っている。
記憶に怯える弱虫な体を抱きながら・・・
ははっ、いっそ思考が止まれば良いのに。