訪問者が帰った後で時計を見れば、時刻は夕方になっていた。
通話がかかってくる時間は終わりである。
窓の外に目をやれば、橙色の空を黒いカラスが鳴き声をあげながらのどかに飛んでいた。
「みんな、せっかくだし外にでも行こうか」
リオは夕空を眺めながらつぶやいた。
いいね
リアル配信きたあ
もうすぐ暗くなるよ
どこいくの?
「まあ、ちょっとした散歩だよ」
リオはつぶやいた。
「身バレ嫌だからしばらく真っ暗な画面になるよ」
リオはそう言って配信画面をカメラに切り替えた後、画面を真っ暗な状態にした。そうしてカメラを持って家から出る。
おっと危ない。
リオは玄関まで来たときに、忘れ物を思い出し部屋へと取りに戻った。それはバケツと今日のためにいろいろ買っておいたものが詰まっている袋であった。外へ出ると、夕日が優しくリオを照らしていて、リオの足から黒い影を伸ばしていた。
リオは橙色に染まる街並みを眺めながら歩を進めた。
リオの鳴らす足音はコンクリートの硬い音から、砂の柔らかい音へと変わっていた。
リオはバケツを適当な場所に置いた。
「皆お待たせ」
リオはそう声をかけると、カメラで外の様子を映した。現れたのは一面に広がる海と砂浜だった。
めっちゃ綺麗!!
絶景だね
ふつくしい
コメント欄では感嘆の声があふれる。
海の向こうでは夕日が本日の業務を終えようとしていて、その淡い光が走るようにして海面を反射し、絵画のような風景を作り出していた。
リオはその光を正面からじっと眺めると、懐かしい記憶を思い出した。
リオはカメラを下に向けた。
半身を光に染め上げながら、足跡をつけていく。
歩くのに合わせて手に下げた袋も、しゃかしゃかと音を立てている。
「ここには小さい頃、よく釣りをしに来たんだ」
リオは語り始めた。
「よく兄貴と一緒に来てさ、楽しくてさ」
兄弟居たんだね
海(/・ω・)/
ざわ・・・ざわ・・・
さざめく波の音が感傷的な雰囲気を演出していた。
リオはそれを背景に話を続ける。
「私が釣りを始めると、隣にいつも同じシラサギが飛んできてさ 私がその子に釣った魚をよく上げてたんだ」
それで?
海(*'ω'*)
ざわ・・・ざわ・・・
「それである日、兄貴とどっちが多く釣れるか競うことになったんだけど、私はいつも通り魚あげてたから案の定負けたんだよね」
海٩( ᐛ )و
ほう
ざわ・・・ざわ・・・
「そしたらそのシラサギが・・・なんと・・・」
海(*'▽')
ざわ・・・ざわ・・・
・・・来る!
無駄に緊張感が高まった。
視聴者はリオの次の言葉を待った。
そしてリオは口を開いた。
「目の前でめちゃくちゃ魚をゲロってさ 私が勝ってしまいました」
海( ;∀;)
しょっぼ
思い出話それかよ
汚くて草
リオの話はまともな方が珍しい。
リオは足を止めると再びに夕日に向き直り、光を浴びた。カメラも美しい夕日を捉えていた。
そうして持ってきた袋から缶ビールを取り出すと、一仕事終えたとばかりに得意げにそれを飲んでいく。
趣ある風景が酒を美味しくしていた。
夕陽を見ながら魔法のお水を身体にぶち込んでいると、遠くからこちらに向かって飛んでいる小さい黒い影を見た。
それは距離が近づくにつれて段々と大きくなり、そのシルエットをはっきりとさせていく。
「ほら皆見て、噂をすれば来たよ」
やって来たのはシラサギだった。シラサギはそのままリオの近くまで飛んできて、その隣に足を下ろした。
その身体は真っ白でリオの身長の半分ほどの大きさがあり、S字に曲がった首と枝のように細い脚が特徴的であった。
この鳥はもちろん、リオが当時可愛がっていたものとは違う。
それでもリオはこの鳥を見て、昔を懐かしんだ。
「久しぶりだなあ やっぱりここのシラサギは人懐っこいんだな」
普通にでけえw
近くで見ると可愛い
眼がこええ
「仲良いから大丈夫だよ 昔は頭撫でてたんだ そうだよな?」
リオがシラサギに語り掛ける。
シラサギは全くの無表情である。
リオはシラサギに微笑みかける。
シラサギは全くの無表情である。
「まあだからこうやって手を伸ばせば・・・」
リオはそう言いながらおもむろに手を伸ばした。その手をシラサギはじっと見つめていた。
彼を信用している柔らかそうな手がゆっくりと彼の頭に近づいた、その時。
\グサッ!/
「い゛っ゛」
しっかりくちばしで突かれた。
リオは潰れたカエルのような声を漏らしながら、反射的に手を引っ込めた。
そらそうよww
生 存 本 能
野生同士仲良くしろww
ソーセージと間違えたんだろうな
「お前、変わっちまったなあ・・・」
そもそも別の鳥である。
リオはシラサギから袋の中へと視線を移すと、シラサギが食べれる物が無いかと手でごそごそと探った。シラサギもそれを見て食べ物の気配を感じ取ったのか、歩いて袋の側までやってきていた。
シラサギがリオの手をじっと見つめている。
そんな鳥の期待を一身に背負い、ついにリオは袋から取り出した。
それはプラ容器に入っていた。
酒の肴、焼き鳥であった。
\グサッ グサッ グサッ/
「ごめん ごめんって! 悪気はないんだよ! 出来心なんだよ!」
鳥に焼き鳥を見せるなwww
鬼畜かよww
弱 肉 強 食
リオは手や身体をめちゃくちゃに突かれた。
シラサギは激おこであった。
しかし無いものは無いのだから仕方ない。
そもそも人にご飯をねだるなよ
などとリオは内心思ったわけだが、そもそもの原因は恐らく食べ物をあげるリオのような人間である。
リオに自覚などないが。
リオはキツツキようになってしまったシラサギには構わずに、串に刺さった焼き鳥をプラ容器から取り出すと口に運んだ。
「ふっ 君にはこの味は理解できまい!酒と合わさって最強になったこの味をな!」
リオは焼き鳥を噛みしめる様を、まるで挑発するように見せつけた。
その顔に浮かぶのは満面の笑みである。
「これが人間の力だ!これが大人になるってことなんだ!」
リオはさらに挑発した。鳥を本気で煽る人間の図である。
するとさっきまで怒っていたシラサギが急に動きを止めた。
その顔はじっとリオの口元を見つめている。
リオはそれを見て勝利を確信した。
「シラサギくん、どうやら負けを認めたみたいだね ごめんね、昔とは違うんだ」
そう言い放って串についた焼き鳥にかぶりつくために、わざと大きく口を開いた。
しかし焼き鳥が口にやってくることはなかった。
\バサアッ/
「えっ?」
リオの目の前を一瞬、影が通過したかと思うと手元の焼き鳥は姿を消していた。
リオとカメラが反射的に影を追えば、先ほどまで隣にいたシラサギが焼き鳥をわし掴みして(激寒ギャグ)遠くの空へと飛んでいく後ろ姿があった。
リ オ は 焼 き 鳥 を 奪 わ れ た。
「ああ、なるほどね 昔は魚で今は肴 君も”昔とは違うんだぞ”ってことか・・・
じゃねえよ!!私の焼き鳥返せ! 焼き鳥にするぞおらぁっ!!」
wwwwww
リオ、お前の負けだ
一人で何言ってんだwww
因 果 応 報
リオは敗北した。
虎視眈々とチャンスを狙っていたシラサギが見事に人類に勝利した。
颯爽と風を切っていくその背後では、砂浜に四つん這いになって落ち込むリオの姿があった。
シラサギは彼女のことなど5秒で忘れた。
気付けば日は沈み、辺りは真っ暗になっていた。周囲には穏やかな寂しさが広がり、黒い波のさざめきだけが響いている。
「よし 今から花火をします」
リオは暗くなったのを確認すると、カメラに向かってそう言った。
やったあ
楽しみ
きたああああ
夏の定番イベントということもあり、コメント欄は盛り上がった。
リオは来る時に置いておいた、燃えカス処理用のバケツを取りに向かった。
砂浜に足跡を付ける遊びをしながら歩いていると、足元に突然カニが現れた。
「皆、カニだよ 花火で焼いたらおいしくなるかな?」
やめろや
さ る か に 合 戦
料理系Vtuber
「嘘だよww 人間は弱い種族だからね・・・」
負けゴリラ
鳥に負けたからな
鳥以下のゴリラ
鳥頭
「誰が鳥頭だっ!」
否めなくて草
リオ、多分お前馬鹿だぞ
直球www
サラッと流れた罵倒にモノ申しつつ、リオはカニを慎重に踏み越えた。
そうしてバケツを回収して水を入れた。
リオは花火をする場所を決めるために砂浜を眺めたが、どこまでも平面でどこでも同じだった。
リオは適当な場所にバケツを置いてその横にしゃがみ込むと、袋からいくつかの花火を取り出した。
「この花火を使い切ったら今日の配信は終わりだよ それじゃあまずはこれ」
リオは一つ花火を手に持って、残りを袋にしまった。
リオが手に持った棒状の花火の先端に火をつける。
するとその先端から美しい光がぱちぱちと音を立てながら、すすきのように広がって吹き出し始めた。
「夏だね~」
美しい
音が良いわ
リオの動画では珍しい癒し
リオは花光に見とれながらぼそりとつぶやいた。
吹き出す光は辺りの暗闇を照らし出し、柔らかな空間を作り出していた。
リオは光を見つめながら、チャンネル登録者5万人までの軌跡を振り返る。
「ええと 今までやって来たことは・・・ 雑談と、武士とのコラボ、時たま雑談、たまに武士・・・あれ?」
全然思いつかなかった。
悲しいかな雑談と武士以外特に何もしてなかった。
頑張って思いだそうとすればメリオが遠くの方で叫んでる気がしなくもない。
あれ?ていうかこれ・・・
「カップルチャンネルだっけ?」
wwwwww
お前らみたいなカップルがいるかwww
量より質で勝負してるから(震え)
理由もなくBANされそう
もちろん冗談である。ただ自分がのチャンネル登録者数が5万人いったのは、どうやら武士の貢献が大きいのは確からしかった。
さんきゅーBig voice
本人には決して言わないであろう言葉を心の中で告げておいた。
コメント欄に武士はぬるりと現れた。
「呼んでない」
何でいんだよwww
草ア!
いたのかよww
リオが無表情で光を眺めていると、そのうちに噴き出さなくなっていった。
リオはそれから考える事はやめて、花火をひたすらに楽しんだ。
一気に4本を指の間に持って光るウルバリンごっこをしてみたり、空中にひたすらSOSを描いてみたり、噴射される光にどこまで手を近づけられるか試してみたり。
視聴者と一緒になって、リオは子供のようにはしゃいだ。暗闇の中にリオは笑い声を響かせた。
そうして気づくと、残りは線香花火一本となっていた。
「皆、これラストだよ・・・」
まだまだ遊び足りない気持ちもあるが、最後の一本に火をつけた。
リオは静かに光始めた花火をぼうっと見つめながら、改めて今の自分の状況を思った。
少しはしゃぎすぎたのか、彼女は眠気に襲われた。
意識がゆっくりと暗闇へ落ちてゆく。
本当に多くの人に自分のことを認めてもらえている とてもありがたいことだ
幸せだ この上ない幸せだ
それはどこまでも本心だ。リオは幸せ者だ。それは明るい。多幸感に包まれている。
しかし音がする。ぽこぽこと水が這い上がる音。
奥の方で黒い水が蓋を押し上げている。
居心地が良い 手放したくない
漏れかけている。黒い一部が蓋から覗いている。
生きていて良かった
あふれ出す、黒色。
それは
っ!!
リオは弾かれたように意識を取り戻した。
危ない危ない 今はダメだ 絶対だめだ 思い出すな 押さえつけろ
リオはなんとか心を落ち着かせた。
どうした?
花火に目ん玉攻撃された?
ダイジョブか?ごりら?ごりらごりら?
「えっ?」
リオは瞳に手を伸ばした。指先が濡れた。
リオは自分も気づかぬ間に涙を流していた。その涙が頬を伝って、花火で照らされた砂浜へと落ちて、いくつかの丸い模様をつくりだしていた。
視聴者はそれを見てリオが泣いてることに気が付いたらしかった。
リオは涙を拭うと、笑顔で言った。
「嬉しいんだよ 5万人いってさ 皆に認められて良かったなって」
繊細で草
良かったな
姉貴まじ好こ
可愛い
「ふっww 照れるけど、みんなありがとう これからもよろしくな」
あたりめーよ
一生ついてくから一緒に墓に入れて
よろしくー;;
涙出てきた
リオが言葉を発した後に、線香花火は力尽きた。
「またなっ」
リオは配信を終了した。
辺りには再び暗闇が広がっていた。それは生き物のように質量を持って蠢いているように見えた。
暗闇が怖かった。
さっきまで明るかったから 賑やかだったから だから当然だ うん
リオは目を閉じた。