リオは砂浜の上で膝を抱えて座り、遠くの海を眺めていた。時間帯は夜で、辺りには暗闇が広がっている。
リオはここが夢の中であることを自覚していた。
昨日は記念配信の後、そのまま家に帰り眠った。その記憶が確かにあった。
そのためリオは、目の前の砂浜を行列で歩くヒトデも、甲羅でブレイクダンスをキメてるカメも空を泳いでいるでかいクジラも全て妄想であることを知っていた。
そこらで繰り広げられる奇怪な光景を見つめていると、どこからともなく飛んできたシラサギがリオの頭に着地した。
リオが上を見れば、上からリオを覗き込むように見下ろすシラサギと目が合った。
「別に本当に死にたいわけじゃないな どちらかと言えば消えたいんだ」
喋ったのはシラサギだ。しかし声はリオのものだ。
シラサギは黒い海を眺めながら語り始めた。
「そもそもどうしてこんなことになったんだっけ」
シラサギがつぶやくと、今まで遠くの方でさざめいていた黒い波がみるみるうちに大きくなり、やがて人の背丈を優に超える巨大な波の壁となってリオの方へと迫って来た。
リオは目を見開くと急いで立ち上がり、逃げるために後ろを振り返った。
そこには一本道が伸びていた。まるで平均台のように肩幅程の道がリオの足元から真っ直ぐ前に伸びていて、その両側には漆黒の沼が広がっている。
それ以外はすべて暗闇。何も見えない。どこまでも黒。
後ろを振り返れば波はすぐそばまで迫ってきていた。
メリオカートエエエイイトッッ!!
どこからともなく叫び声が聞こえた。。リオは素早く辺りを見渡したが音がどこからしたのかは分からない。
とにかくリオは一本道を走らなければならなかった。
3・2・1・GO!!
奇しくも突然に聞こえてきたメリオカートのスタートに合わせてリオは一本道を駆け始めた。
それに合わせて頭上のシラサギも何やらしゃべり始める。
「最初は新入社員だった 覚えることが多くて本当に大変だった」
リオはひたすら走っていた。耳に入るのはシラサギの戯言と波の唸り声とそしていつの間にか響き始めた黒野ヒトリの歌声だった。
「仕事もたくさんミスした その度に叱られて またミスをして 叱られて またミスをして」
リオの進む一本道は先が見えなかった。それが出口がないのか、暗闇によるものなのかは分からない。
「毎日残業をした 新人だから他の人が残る中、先に独り帰るわけにはいかなかった」
道の右に広がっていた沼から突然ポコポコと音がし始めた。
気になって足を止めてそちらに目を向ければ、ザバンと音を立てながら水面より女の上司が生えてきた。
”団子のつくり方を教えてほしいにゃん”
無表情で無機質な声で、ただ目だけは真っ直ぐとリオを見つめながら繰り返しつぶやいていた。
今度は道の左側の沼からザバンと水を割る音がした。反射的にそちらを見れば、同じようにして別の男の上司が生えていた。
”zyよん歳になりました。祝ってください”
また壊れたラジカセのように、しかし目だけはこちらを睨みつけながら繰り返している。
たまらず意識を逸らせば黒野ヒトリが壊れる心をシャウトで訴えている。
「働いて叱られて残業して 働いて叱られて残業して ごく普通の社会人を全うしていた」
シラサギが朗々と語っている。
遠くの波の音は気付けば、武士の叫び声となっていた。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
幾重にも重なる音が鬱陶しくて、リオは叫び声を上げてその場から離れた。
「でもそれが私には無理だった 私はきっと貧弱だった いつしか身体が壊れ始めた」
走れど走れど終わりが見えない。徐々に足がもつれ始めた。
「言うことを聞かない身体 医者が病名を書いた診断書を渡してきた 全く情けない」
もう限界だった。一歩も走れなくなった。リオは完全に足を止めた。
「申し訳なかった 仕事を辞めた ずっと無気力でずっと休んでいた」
膝で荒い息をつく。顔から地面へと垂れる汗を無意味に見つめていた。
頭上のシラサギはどこかへと飛び立っていった。
リオはふと耳元まで轟音が迫っていることに気づいた。すぐそばだ。
恐怖で顔を引きつらせながら後ろを振り返った。
同時に全身を激しい衝撃が襲い、リオの身体は地面から離れて自由を失った。
仰向けのまま流れていく曖昧な景色で、初めて自分が波に飲まれたことに気が付いた。
リオは必死に呼吸をしようとしたが、水流で身体は動かせず黒い水が体を埋め尽くしていくのを感じた。
身近に迫る死の恐怖から逃げたくなって、リオは瞳を強く閉じた。
”リオさんのことが好きです”
真っ暗な中で微かに夢野雫の声を聞いた。
すると驚いたことに今まで自分を飲み込んでいた黒い波が、全てハイボールに変化した。
酒缶の中に詰められて振られている気分である。
しかしハイボールに変わったところで、呼吸が出来ないのに変わりない。
リオは酒に溺れた。
意識が薄れていった。
”おはようのチュ!”
遠かった意識がオカマの声により覚醒していく。
目を覚ますとそこは自宅の風呂場であった。
リオは暖かい浴槽に浸かっていて、頭や体を洗うタイルのスペースには、何故かシラサギが立っていた。
「ここにいてもいいのかな?」
いいんじゃない?いいところだよ
「でも私たちは逃げてきたよ?」
逃げちゃダメなんて誰も言ってない
「運がいいね」
運がいいよ
リオは風呂場の鏡に映るシラサギを見た。
そこに映っていたのはリオだった。
んん・・・
リオは身体の不快感と共に目を覚ました。
どうやら昨晩酔っぱらって帰ってきたリオは床に転がって力尽きたらしかった。
しかも寝っ転がってる場所が、丁度カーテンの間から陽の光が差し込む位置でリオは全身汗だくだった。
はあ 気持ち悪い夢だった・・・
リオは溜息をついた。
昨晩の嫌な気配がこの夢を見せたのだろう。
リオはとりあえず暑いので起き上がる。
涙が頬を伝った。
ああ、そういうことか
リオは昨夜の涙の理由を知った。
安堵の涙である。リオは自分が思う以上に現状を気に入っていることを自覚した。
リオは立ち上がると、身体の汗を流すために風呂場へと向かう。
服を手早く脱いで風呂場のドアノブに手をかける。リオはそこでふと動きを止めた。
中にシラサギがいるかもしれないという疑いが頭をよぎったのだ。
それは所詮夢の中のことではあった。
「うちの風呂場にはシラサギが出ますよ」と誰かに言おうものなら「それは可愛いですね」と流されてしまうことも分かっている。
しかしそのあまりの生々しさは現実でも起こることを予感させるのに充分だった。
リオは武器を取ってくることにした。
早速キッチンに向かうと迷いなくフライパンを片手に掴んだ。
戦争に最も向いている調理器具ランキング第一位はフライパンであることは既にRUBGで証明済みである。
リオはフライパンを頭の位置で高く構えると、風呂場へゆっくりと近づいていく。
緊張の一戦。
人間VS鳥の最終決戦である。
リオはつばを飲み込み呼吸を整える。
そしてドアノブに手を伸ばすと、勢いよく扉を開けた。
\バッ/
そこにはいつもの見慣れた景色があった。
当然のように何もいなかった。
リオは吐息を漏らして緊張を解いた。
\てれてんてんてんてんてん/
「ひっ!」
狙いすましたかのようなスマホの着信音に、リオは死ぬほどびっくりした。
死因:スマホが鳴ったからはかっこよすぎる(?)
リオはリビングにある脱いだ服と一緒に置いてあるスマホを手に取った。
「はい もしもし」
「お疲れ様です ~~です」
リオの所属事務所のスタッフだった。彼は次に素晴らしい事を言った。
「実は夢野雫さんとのコラボが決まりました」
「えええええええええ本当ですか?」
「はい」
リオは驚きのあまり武士みたいな声を出してしまった。
「えええええと今から会ったりするんですかね!?」
「今すぐには会いませんよ」
「私、全裸なんですけど大丈夫ですかね!?」
「だから会わないですって」
「あ、フライパンも持ってますよ!?」
「何でですか!? ってかどんな状況でそうなるんですか?」
「シラサギと戦ってました!?」
「はい?」
その後、スタッフが業務連絡を伝えて電話を終えた。打ち合わせとかは後で事務所にて行うらしい。
リオはウキウキ気分で風呂場へ行き、鼻歌交じりにシャワーを浴びた。
風呂場から出たリオは身体を乾かした後タオルを首にかけて、全裸で冷蔵庫の元へ行く。
そうして中から冷えた牛乳を取り出すと、コップにたくさん注いで一気に飲み干していく。
甘くて冷たい牛乳が喉から身体全体へと伝わり、火照った体を癒していった。
ぷはあっ
コップから口を離せば、白い髭を生やした全裸おじさんになっていた。
ここまでがリオの朝の習慣である。
しかし、本日は少し追加がある。
うー太(飼っているウーパールーパー)への吉報の報告である!
全裸おじさんはコップを置くとリビングを軽やかに舞い、うー太の水槽の前に行き正面から覗き込んだ。
うー太と目が合った
「君はいつもアホっぽい顔で可愛いな~」
リオが笑顔で言う。
ウー太は内心”またアホが来た”と思いながら真顔でリオを見つめていた。
「聞いてようー太、夢野雫とのコラボだってさ」
うー太には興味がない。時折ふさふさのエラをぴくぴくと動かして遊んでいた。
「楽しみだよな」
口からぷくぷく泡を出して遊んだりもしていた。
「夢野雫は食べ物何が好きなのかな?」
「マカロンですよ」
「か~ 可愛い~」
「マシュマロですよ」
「か~ めるへ~ん」
「でも実は一番好きなのは”ずんだ餅”です~」
「ずんだずんだ~~(新種の鳴き声) ・・・くくくくっっww」
これがリオの特技の一つ、”うー太を相手に見立てたただの一人会話”である
尚、対象が絶対言わなそうなことを言うとより楽しむことが出来る。
そして夢野雫は多分ずんだ推しではない。
「私、お父さんが実はずんだ餅なんです~」
「え~ ・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・ ・・・くくくっっっwww」
この日リオは、夢野雫に一生分の”ずんだ”を言わせて楽しんだ。