幸先よく一枚目の手記を手に入れた二人は病院の中を捜索するために玄関を目指した。
段々と近づく建物を見上げれば、本当に大きな病院であることを実感する。
リオの視界には窓から明かりを漏らす部屋がいくつか見られた。
今はやっていないらしいが、人がいるのだろうか。
「いいお庭ですよね、草がたくさん生えてて」
「普通”緑”がたくさんあってとかじゃないですか?」
「じゃあみどみどしいですね」
「みどみどしい・・・」
緑
独特で緑生える
マジ緑
彼女は広い庭を気に入っているらしかった。
二人はやがて玄関に続く階段を上がった。目の前にあるのは立派な建物にふさわしい、威厳のある木製の大きな扉である。
リオは金色の塗装がすっかり剥げ落ちている細い取っ手に手をかけた。
力を籠める。
「駄目ですね 鍵がかかってます」
「ということはこれからお庭で一生りおさんt・・・」
「だからそれはないです」
しかし入れないことは事実である。
いくら力を入れても扉はピクリとも動かなかった。
恐らくはカギがかけられているのだろう。
見事なまでの沈黙である。
二人は玄関からの侵入を諦めて、他の経路が無いか建物の周りを見て回ることにした。
建物に沿ってとぼとぼと歩く。
日は既に落ちかけていて、時折カラスが鳴き声を上げていた。
リオが”カラス可愛いなカラス”と思っていると横から雫が声をかけてきた。
「リオさん、ちょっとした提案なんですけど」
「へ?」
「罰ゲームを用意しませんか?」
「え?」
「このゲームをクリアしたらポッキーゲームをしましょう」
「何でそうなるんですか! 嫌ですよ、恥ずかしい」
百合来たあああ
いいぞ、倍プッシュだ
盛り上がってまいりました
「まあまあそう言わずに ただのポッキーゲームじゃないですから」
「?」
「リオさんが悲鳴を上げる毎に1mm分、私が食べ進める長さが伸びます つまりポッキーは長さが13.5cmなので135回悲鳴を上げたら私はリオさんの唇に到達します」
「”到達します”じゃないですよ! 無理です無理です絶対無理です!」
「でも罰ゲームがあった方が盛り上がりますよきっと」
「これって私だけ損じゃないですか!?」
「いえ、私も恥ずかしいですよ そしてリオさんも恥ずかしい つまり二人とも恥ずかしいのでこれは罰ゲームですよ!」
「そっか・・・」
リオはあっさり納得した。
相変わらず単純で草
リオは押しに弱い
りおしずきたああ
「それにリオさんは135回も悲鳴を上げるんですか?ビビリオさんなんですか?」
「びびび・・・びびりじゃないしっ!悲鳴なんて上げないしっ!防犯ブザーじゃあるまいしっ!」
「それじゃあ 決まりですね」
見栄っ張りゴリラ
ビビリオwwwww
ま~たフラグ立てる~
ホラゲ苦手言うてたやんけ
こうしてクリア後にポッキーゲームが行われることが確定した。
もっとも、リオは自分がそんなに悲鳴を上げることは無いという謎の自信があるために安心しきっていた。
しかし彼女は数あるゲームのジャンルの中でも、ホラゲーが一番苦手なのであるっ!
「わあっ!!」
「ひっ!!」
雫が唐突に声を上げて、それに釣られてリオも声を出してしまった。
「何ですか急に!?」
「窓が開いてました」
「それだけであんな声出さないでください!」
「でも一回は一回ですね」
「ずりい・・・」
ほほ笑む雫に、リオは唇をとんがらせた。
二人はこうして建物の中へと侵入した。
リオが入った部屋は一階のどこかの病室だった。明かりはついておらず、窓から差し込む月光が部屋をほんのりと照らしている。
視線を下に向ければ床はクリーム色で、その上にいくつか置かれているのは横並びの白いベッドである。
ベッドの布団や毛布はびりびりに引き裂かれていて、白い綿毛のようなものが辺りに散乱していた。
他にも所々を赤茶色に染めている青色のロッカーが壁際にいくつか置かれていたり、床は何かの書類がぶちまけられていたり、花瓶が落ちて割れていたり。
まるで台風がこの部屋の中を通ったのかと思わせるほどの惨状である。
二人はそれぞれで部屋の中を観察し始めた。
リオはまずロッカーを調べた。いくつかはまるで何かに殴られたかのように、開閉する縦長のドア部分の中央を丸くへこませているが、それでも開けないわけではなかった。
中に入れば二人分ぐらいがギリギリ入れる空間がある。そして目線の高さには外を覗くためだけに作られたような、横長の長方形の小さな穴がドアの内側に当たる部分に開けられていた。
小学校のロッカーでもよく見たな 小さい子が閉じ込められた時の空気穴とかかな・・・
リオは少しの懐かしさを感じた。
リオはロッカーから出ると、書類を適当に拾っている雫を見た。
「雫さんこのロッカー、人が入れますよ」
「え? 今、雫さんって呼びました!? 呼んでくれました!?」
「え・・・はい・・・」
「嬉しいです!」
そういえばゲームが始まって以来、初めて呼んだ気がする。
リオにとっては些細なことだが、雫は嬉しそうな表情を浮かべていた。
「それよりもこのロッカー 多分敵が来たら隠れる為のやつですよね」
「そうですね この場所を覚えておいた方がいいかもしれませんね」
雫はロッカーに近づきながらそう言った。
敵というのは、このゲームに登場するゾンビのことである。
詳しくはリオも知らない。
リオは何となく、もう一度ロッカーに入ってみた。
リオにはこの場所独特の音の聞こえ方の違いや空気の変化が面白く感じた。
少し錆臭いが、やはり狭いところは妙に落ち着くものである。
ただ、狭けりゃ良いというものではない。
人間二人は狭すぎる。
雫は何故かドアを開けて、リオと同じロッカーに入ってきた。
「なんで入ってきたんですか!」
「寂しいじゃないですか」
「流石に狭いですよ!なんか良い匂いするし!」
「人間の匂いはVRには反映されないですよ」
「不思議ですね!」
セクハラゴリラ
リオちっさwwwちっさwww
なんか草
ロッカーに入れば二人は密着する形となる。
リオは大人の女性にしては背が少し低いし、雫は逆にリオよりも背が少し高い。
そのため向かい合わせになっている今の状態では、下を向けばリオの鼻先に二つのでかいのがある。
ロッカーもまさか人間を二人も食べることになるとは思ってもいなかっただろう。
雫はリオの顔を見下ろして、ニコニコ笑みを浮かべていた。
なんか・・・なんだ、この敗北感は。
リオが雫を押す形で二人はロッカーから出た。
「逃げるときは別々に隠れましょうね」
「そうですか・・・」
雫は少し残念そうにそう言った。
「あ、そういえば私も隠れられる場所見つけましたよ」
「え?本当ですか?」
「はい それはここです」
そう言って雫が指で指し示したのはベッドの下だった。
確かにベッドは人を乗せる幅があるので、人を隠す幅があるとも言える。
リオはベッドに近づくと、床に這いつくばってベッドの下にその身を隠した。
すぐ目の前にはベッドの天井がある。
タイルの床に素肌が触れた際に伝わってきた冷たさの名残が少し不快だった。
体感では体が隠れているように感じる。
「これで見えてないですか?」
「はい大丈夫ですよ~」
「それは良かったです・・・」
リオの横から声が聞こえた。
横を見た。
リオの横に雫がいた。
ニコニコしてた。
・・・?
お る や ん け
「いやだから何で横にいるんですか!?」
「寂しいじゃないですか」
「狭いし!見えてるかとか分からないですよね?」
「大丈夫 見えてないですよ!」
自信満々に彼女は言う。
リオは足元に視線を落とした。
雫のつま先がベッドゾーンから外の世界へ”こんにちは”していた。
「出てるじゃねえか!!」
「おしゃれですかね」
「意味わかんねえよ!!」
wwwww
くっつき虫可愛すぎ
バレバレで草
ベッドの下は二人は向いていないことがよく分かった。
使用感を確かめたところで、二人はベッドの下から這いずり出ると身体のほこりを払った。
部屋は一通り捜索を終えた。
二人は手記を探しに行くことにした。
部屋から一歩外に踏み出せば、そこには長い廊下が伸びていた。
蛍光灯が何本か生きているので通路は所々が明るい。
視線で壁伝いに廊下を辿ればいくつか部屋の扉が見える。
その中のどれかには手記が眠っていることだろう。
しかしそれよりも今気になるのは、廊下に転がる人間であった。
その人間はうつ伏せの体勢で、身体が魚のようにピンと伸びて丁度廊下の横幅に収まっていた。
このゲームでの敵はゾンビである。
果たして正面のそれがゾンビなのか、未だ実物を見ていないリオには判別がつかなかった。
リオは雫と横に並んで警戒をしながらゆっくりとその人間に近づいた。
やがて見下ろすほどに距離が近づいても人間は反応しなかった。
リオは足を止めると、足を上げて、足先でソレの腹を蹴ってみた。
しかしピクリとも動かなかった。
「お昼寝でしょうか?」
「永眠でしょうね」
動かないなら気にする必要はない。
二人はその人間を跨いで先を進んだ。
やがて廊下にいくつか見える扉のうち、最も近い距離にあった扉の前までやって来た。
雫が後ろで見守る中、リオは早速とばかりにドアノブに手を伸ばす。
もう少しで手先がドアノブに触れようかというところで、それは突然に起こった。
\ドン ドン/
!?
ざわ・・・ざわ・・・
何だ
激しく何かを叩きつける音。
それが廊下の先の方から聞こえた。
驚いた二人がそちらに目をやると、そこには廊下の先、L字の角の位置にある部屋の扉に向かって頭突きを繰り返す人間がいた。
いやそれは人間ではない。
上裸で体型は腹が少し出ているが全体的に筋骨隆々と言ったところで、肌の表面には遠目で見ても筋肉が浮き出ていることが分かる。
それよりも特徴的なのは顔である。顔全体の皮膚が頭までずるりと剥けていて真っ赤な筋肉を露出させている。
さらにその瞳は一切の黒目が確認できず、口元は歯を食いしばり怒りの形相を見せている。
何度も打ち付ける額からはぽたぽたと血が流れ出ていた。
「変わったノックの仕方ですね」
「絶対違うから!」
端的に言えばベリー怖い。
オブラートに包んでもバカ怖い。
どう見たって普通ではない。まさしくあれはマッスルゾンビである。
リオが恐怖で顔を引きつらせていると、そのゾンビが視線に気づいたのか二人の方向を向いた。
そうして二人の存在を確認するように少しの間見つめると、にやりと笑みを浮かべた。
リオは全身に鳥肌を立たせた。
ゾンビは二人に標的を定めたようで、笑顔のまま二人の方向へ廊下を真っすぐ全速力で駆け始めた。
「やばいやばいやばいやばいやばい」
リオは死の恐怖を感じて体が震えた。ふと横にいる雫を見れば、彼女はニコニコとほほ笑んでいた。
「あれが噂のゾンビなんですかね?」
「バリバリスーパーベリーゾンビだよ!!」
「見てくださいリオさん・・・来てます」
「うわあああああああああああ」
ゾンビの足はその図体に似合わずとても速い。
リオが正面に視線を向ければ、先ほどまで廊下の先っぽにいたゾンビはリオ達との距離をかなり縮めて来ていた。
二人は後ろを振り返ると元来た部屋を目指して駆け始めた。
二人の表情は対照的である。
リオは恐怖で今にも泣きそうな顔をしている。一方で雫はとても楽しそうに笑っていた。
やがて走っている二人の目の前に転がる君が現れた。
「雫さん、こいつ気を付けてくだっさい!」
リオの方が雫よりも先に走っていたために、ひとまず先にそれを飛び越えながらリオは雫に注意をした。
「分かりました!踏みました!」
wwwww
即 落 ち 2 コ マ
踏んじゃったよー^^
雫はしっかりと頭を踏んだ。
するとまるでそれがトリガーであったかのように、転がっていた人間は起き上がり筋肉だるまと同じようにリオ達を追い始めた。
つまりゾンビだった。
「増えちゃってんじゃああああんん!!」
「楽しいですねえええ」
「どこがだああああああ」
全く面白くない。
ちなみその少し後に、後ろから”ぽきりっ”と甲高い音がしてリオが咄嗟に後ろを振り向けば、筋肉だるまに踏み台にされて再び地面に転がっている可哀想なゾンビの姿があった。
数秒でお仕事終了である。
心の中でそのゾンビに少し同情しながらも走り続ければ、とうとう元の部屋へと戻ってきた。
リオは休む間もなく瞬時にロッカーの一つに駆け寄ると、ドアを開けて中へと隠れた。
ロッカーの背中からもたれかかり荒い息をつく。
この中に入ればひとまず安心のはずである。
リオは呼吸を整えつつ、ロッカーの覗き穴から室内の様子を観察した。
視界の先ではベッドの下に匍匐前進で向かっている雫の姿があった。
雫がベッドの下に隠れるのと、筋肉だるまが部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。
筋肉だるまは部屋に入り二人の姿が見当たらないことを確認すると、ロッカーの方へとやって来た。
リオはとにかく息を殺した。
筋肉だるまがいくつかあるロッカーの周りをうろちょろしている。
覗き穴越しに筋肉だるまの顔が右へ左へと往復していて、非常に心臓に悪い。
やがて筋肉だるまはリオのロッカーから離れた位置にあるロッカーの前へと移動した。
リオが様子を気になって覗き穴から観察すると、筋肉だるまは思いっきり腕を引いて、思いっきりロッカーをぶん殴った。
すさまじい轟音を立てて、ロッカーは粉砕した。
リオは目を見開いた。
全然安心じゃない!!
リオは未だ自分が危険であることを知ってしまった。リオは緊張で背筋をピンと伸ばすと強く目を閉じた。
自分が見つからないことを祈る事しか出来なかった。
しかしそうしている間にも周りでロッカーが一つ、また一つと派手な音を立てて死んでいくのが分かる。
こんな序盤でくたばりたくはない。
リオは自分の死に様を想像した。みんなパンチされて穴が開いてた。
その中でふとリオはあることを思い出してしまった。
それは自分がとんでもない悪運であるということである。
今まで数々のはずれを引いてきたリオにとって、それは疑いようのない事実であった。
リオはそうして最悪な場面で最悪な事実を思い出し、ただ身体をがたがたと震わせた。
だからリオはその音を聞いたとき、自らを呪った。
きいっ
自分の隠れるロッカーが開けられる音がした。
ごめん雫さん 私、先に逝きます
心の中で詫びを入れながら、最後に悪魔の面でも拝んでやろうと目を開けた。
果たしてロッカーの前に立っていたのは、、
「来ちゃった」
どう見ても夢野雫であった。
「なんでいんだよおおおおおお」
「お邪魔しまあす」
夢野雫はそう声をかけながら、するりとロッカーの中に身体を滑り込ませてドアを閉じた。
リオと雫が狭いロッカーの中で向かい合う。
「雫さん!何してるんですか!本当に何してるんですか!!」
「来ちゃった」
「そういう事じゃなくて!!ていうか何でばれないんd」
「しー 静かにしてください」
雫はリオの言葉を遮って、人差し指を唇に当てた。
それでもリオが口を開こうとした時、近くのロッカーが勢いよく崩壊する音を聞いた。
リオは顔を引きつらせて、次の言葉が継げなかった。
すると雫が突然、リオに覆いかぶさるようにして顔の横に両肘から手を着いた。
そして顔を近づけると恍惚とした表情を浮かべた。
その瞳には熱が宿っていた。
「リオさんさっきの音、聞こえましたよね 今残ってるロッカーはこれを含めて2つだけです」
「そんな・・・」
「興奮しますよねえ 生きるも死ぬも一緒なんです 私たちは・・・」
耳に口元が近づく。
「運命共同体です」
囁いた。
えっっっっ
あっ(尊死)
うほおおおおお
艶を帯びた言葉と、熱のこもった吐息がリオの鼓膜を揺らした。
リオは顔を真っ赤にした。
雫がリオの耳から離れた時、気付けばリオの顔と雫の顔は吐息がかかるほどの近い距離にあった。
顔だけじゃない。身体も触れ合うほどに密着していた。
リオは身体が火照るのを感じた。雫の体温が高いからだと思うことにした。
気付けば筋肉だるまの気配が止まっていた。
静寂があった。
リオは首を少し動かして雫の頭の後ろにある覗き穴から様子を伺った。
筋肉だるまは限界まで引き絞った腕を解き放とうとしていた。
リオは呼吸を止めた。目を閉じた。
その一瞬の間。まぶたが瞳を覆う一瞬の間に、リオは筋肉だるまと目が合ったように感じた。
即座に頭に絶望が浮かんだ。
視界が真っ暗になって、そして次の瞬間。
隣のロッカーが音を立てて崩壊した。
筋肉だるまは隣のロッカーを殴ったのだ。
「はあ~ どきどきしましたねえ」
「はあ・・・はあ・・・」
雫は興奮気味にリオに語った。
リオは止めた息を吐き出す事しか出来ない。
それでもまだ終わったわけではない。
二人はお互いの顔を見つめながら、ただ黙っていた。
やがて、筋肉だるまの足音が段々と遠くなっていった。
今回は運が良かったらしい。
リオは飛び出すようにロッカーから出た。
そうして床に倒れ込みながら雫を見あげた。
「変なことしないでください」
「楽しかったですね」
「全然楽しくないです!!」
ちなみに雫が筋肉だるまに狙われなかったのは、敵が攻撃対象を一度定めるとそれ以外は
out of 眼中 になるためである。
リオはそんなこと知らないが・・・。