「じゃあ、とっととポッキーゲームやりますか」
「じゃあ、三脚取ってきますね」
「え?」
雫は頭に疑問符を浮かべるリオをよそに立ち上がると、部屋の隅に置いてある三脚を手にして戻ってきた。
持って来たのは黒い三脚。
雫は早速とばかりにその三脚を組み立てると、横に並ぶ二人の後ろ、PCからは向かい側の位置に設置する。
リオは不思議そうにそれを見つめた。
「何に使うんですか?」
三脚をいじっている雫にリオは尋ねた。
「もちろん、カメラで映すためですよ」
「カメラって・・・リアルで映す気なんですか!?」
「そうです!」
依然として三脚をいじりながら事も無げに言い放つ。雫の言葉にリオは驚いた表情を見せた。
「それはやめた方が良くないですか! 顔とか映っちゃいますよ!」
「大丈夫ですよ」
雫はそう言葉を返すと、パソコンのフレームに取り付けられたWEBカメラを掴み三脚に乗せた。
カメラの高さをリオの座高と同じくらいの高さに調整して、カメラを固定する部分を動かし、レンズの方向を床へと向ける。そうして配信画面をヴァーチャルからリアルへと切り替えた。
「本当にやるんですね・・・」
リオが呟く。
PCには座っているリオの足元―あぐらをかいた黒のスキニーパンツと黒くて丸っこい何かがプリントされた靴下―が映し出された。
黒いしゃもじがプリントされてて草
どんなセンスだよwww
ほしぃー
「おたまじゃくしだよ!」
よく見ると可愛いな
幼稚園児かな?
ゴリラ組のリオちゃん
ほしぃー
「ほっとけや」
リオは流れるコメントに口を尖らせる。
おたまじゃくしの一匹や二匹で幼いと言われるとは心外である。
カエルだったら大人っぽいんか?ええ?
リオがヒキガエル靴下を真剣に検討している中、雫はカメラをいじる。画面を見ながらどんどんとカメラの角度を上へ上へと上げていく。
映像も流れていく。
床、靴下、ズボン、シャツ、そして・・・
リオはそれに気づくと、雫の方を慌てて振り向き声を上げた。
「雫さん!? 何してるんですか!?」
「もう少し上ですね」
「ちょっ! そのままいったら顔映っちゃいますよ!? 雫さん!」
「もうちょっとです」
「話聞いて!?」
顔バレくるか!?
雫ちゃん大暴走
放送事故か!?
「ここらへんですね」
そう言って雫がカメラを動かす手を止めた時、画面左側にリオの口元が映し出されていた。
何かの拍子で頭を下げれば、すぐにでも顔が明らかになる可能性がある位置である。
リオは顔を強張らせた。
「雫さん、まさかこの状態でポッキーゲームをやる気ですか?」
「はい!」
「いやいやいやいやいや」
雫はリオの隣に座りながら、晴れやかな笑みを浮かべて答えた。
「恐すぎますって!ちょっと油断したら顔バレですよ!」
「うきうきしますね!」
「ドキドキしてください!」
「そのドキドキもゲームを盛り上げる余興の一つということで!」
「この人何言ってんだ」
サービス精神の塊
露出狂の塊
変態じゃねえかww
雫はにこにこと笑っている。
まるで恐れを知らないその顔に、リオは困惑せざる得なかった。
夢野雫からは危機感を感じない。
リオは不思議に思う。
Vtuberは名前の通りヴァーチャル世界の住人であり、現実とは切り離されるべき存在でもある。Vtuberにとって中身は全くの別物、不要物である。中身の姿がVtuberにとってプラスに働くことなどまず無いのだ。
Vtuberの造形は多くの人間に好まれる、いわば幻想の姿。その価値が発揮されるのは、中身が透明で見えないことが条件である。それなのに雫は自ら危険に晒そうと言う。
彼女は透明人間としての意識が足りない。
配信を盛り上げたい気持ちがあるのかもしれない。
しかしそれは行き過ぎると愚かな破滅願望になる。
よく分からない。
などと小難しいことをあれやこれやとリオは考えていた。一方でそんなことはつゆ知らず、雫は手遊びに興じていた。
左手はポッキーをつまみ、右手は親指と中指、薬指それぞれの先を重ねた狐の形にして、画面上で向かい合わせている。
「えい♪うわあ えい♪うわあ」
ポッキーがー狐に攻撃していた。
狐が”うわあ うわあ”と言っていた。
振り下ろされてポッキーに狐が切られて、狐がダメージを受けている、という遊びである。
リオもその光景を見ると手を狐にして、画面に映りこませた。
雫ちゃんが細すぎるのか?
絶対リオ狐の方が強いww
ごつい
「ごつい言うな」
「リオさんっ 助けてください!」
雫狐がリオ狐に向かっ、芝居がかった口調で助けを求めた。
リオ狐は無言で雫狐に近づいていく。
「えい♪ えい♪」
進むリオ狐にポッキーが攻撃を仕掛けるが、リオ狐は全くのノーダメージノーリアクションである。雫の楽しそうな声だけが響いていた。
とうとうリオ狐が、雫狐の元へと辿り着いた。
「雫さん、助けてくださってありがとうごz」
「ぱくっ」
リ オ 狐 が 雫 狐 を 食 べ た。
草
食われたああああ
雫狐ええええええ
なんだこれは(困惑)
食べられた(指で口を挟まれた)雫狐は、電気を流されたように無言で痙攣した。
リオ狐にもその震えが伝わり、やはり同じように痙攣した。
画面上で狐が2匹ぶるぶると震えている。
ただその映像が流れる。
何の時間・・?
(*'▽')おはぎ!
考えたら負け
_(:3」∠)_
静寂。
さて、画面上で繰り広げられたこの一連の流れだが、特に深い意味は無い。リオは何となくこの戦いに参加して、何となく雫狐を食べて、何となく痙攣しただけである。世界一無駄な時間である。忘れた方が賢明である。
リオは静寂ついでに雫に尋ねる。
「これ今思ったんですけど、ポッキーゲームってNowTubeのガイドラインに引っかかりませんかね?」
リオは狐にこくこくと頷かせながら言った。
昨今はNowTubeの発展と共に、規制がだんだんと厳しくなってきていた。そのためリオの疑問も当然のものであった。
「引っかかりませんよ ただポッキーを女性二人が向かい合って見つめ合って唇に咥え合って徐々に距離を密接にしていくだけですから」
「うわあ・・・すごい駄目そうなんですけど」
「密です♪」
「アウトです」
雫は雫狐をリオ狐とキスさせながら言った。
リオの頭に緑色の誰かが浮かんだ。
「それか商品レビューだと思いましょう!ポッキーを食べてレビューです!」
「おお・・・それならまあ・・・」
「ブンブンハローなうt」
「アウトです」
雫は手の平を広げて、指をぴんと伸ばして言った。
リオの頭に眼鏡の誰かが浮かんだ。二人は肩を寄せ合い微笑んでいた。
今はそんなのどうでもいいことである。
「その・・・やっぱりやめときませんか?」
臆病ゴリラ
はよやれ
丸坊主にするぞ
武士呼ぶぞ
コメント欄を見て、リオ自身も視聴者の反感を買っていることは充分に理解していた。
しかしそれでも、とリオは思うのだ。雫は間違いなく同期でスタートも同じであったが、今や20万人の登録者を抱える人気アイドルVtuberである。
こんなくだらない遊びにリスクを払って良いような立ち位置にはいないのだ。
リオは恥ずかしいうんぬんよりも実はそっちの方が心配だった。
「雫さん、今登録者数20万くらいじゃないですか」
「そうですね 知っていてくださったんですね」
「やっぱり危ないことはしない方がいいですよ 事務所に怒られちゃいますよ」
「それならそれでいいんですけど」
「え?」
「いえ」
雫のそっぽを向いてのつぶやきは、リオの耳には聞こえなかった。
「それよりもリオさんの登録者数は今5万6534人ですよね」
「え、細かいところまでよく知ってますね」
「毎日確認してるので」
「占いか何かですか」
「上一桁が5だと良い日です」
「占いですね」
雫の言い分だと最近ずっと良い日になる。素晴らしい。
「でもリオさんがそこまで言うならやめておきましょうか」
「雫さん!」
「残念ですが仕方がありません」
「すみません・・・」
リオは申し訳なさそうに言った。
しかし、これでリオの希望通りポッキーゲームは中止された。
雫が危ない橋を渡らないことに内心、安堵の息を漏らす。
視聴者に申し訳ないと思いつつも、これで良かったと心に思う。
「あ~残念です~ ああっ!、何故かこんなところにウォッカのボトルが!」
雫が机の上を指しながら言った。
リオが視線を向けると、確かにそこにはボトルがあった。
「でも私はお酒が飲めません!どうぞリオさん!」
「え?ほんとですか!? やったあ~」
リオは予想外の収穫に喜びの声を上げる。
そのまま嬉しそうにウォッカのボトルを開けると、飲み口を勢い良く口につけた。
\コクコクコク/
気持ちよく喉を鳴らす。
胃を喜ばす。
「すごい!もっといけますよ!」
\コクコクコク/
「まだまだいけますね!」
\コクコクコクコク/
「もっといけるんですか!!」
\コクコクコクコクコク/
雫におだてられ、リオは自分でも予想外に多くの酒を一気に煽ってしまった。
「ぶはあ~」
「さすがリオさん!すごい飲みっぷりですね!」
リオが机にボトルを置いたとき、既に半分の量が無くなっていた。
カメラ越しにも、机の様子が遠くに確認できていた。
やっば
化け物じゃん
アルコール度数40
致死量やろ・・・
幾ら酒が好きなリオであっても、その度数の強さですぐに酒が体に回る。
身体が火照って良い気分になっていた。
「な~んか、楽しいことしたいですね~」
リオは程よい熱に浮かされて、にんまりと笑みを浮かべながら言った。
「それならぽっきーゲームなんていかがでしょうか」
「それはいいですね~! あれ? まいっか やりましょう!」
「やりましょう!」
リオは途中でポッキーゲームをやることに少し抵抗を感じたが、気のせいということにした。
策士じゃん
昔話みたいな展開で草
やまたのおろちかな?
やったああああああああ
雫は笑みを浮かべた。
「リオさん、ルールの確認です」
「自分から口を離したら負けですよね」
「はい そして一つ追加です」
そう言うと、懐から砂時計を取り出して机の上に置いた。透明な容器の中に粒子の細かい柔らかそうな砂が敷き詰められている。
「いつまでも勝負がつかないのも困るので、この砂が落ち切った時点で半分より多く食べ進んでいた人も勝ちとしましょう」
「分かりました」
リオは頷いた。
二人は膝頭を突き合わせて、直ぐ近くの距離を向かい合って正座で座っていた。
二人は黙って見つめ合う。画面には口を閉じる二人の口元が左右に映し出されている。
広がる静寂で辺りは緊張感に包まれていた。
雫はポッキーを取り出すと静かにくわえて、口元を前に突き出した。
ポッキーがリオの眼前に迫る。
差し出されたポッキーと雫の細められた目は、リオに咥えるように促していた。
リオは誘われるままにポッキーを加えた。
雫が片手を机の上に伸ばして、砂時計をひっくり返す。
ポッキーゲームが始まった。
砂がさらさらと落ちて時を刻んでいる。
ゲームが始まっても、二人は見つめ合うばかりで動く気配を見せなかった。
お互いが相手の出方を伺っていた。
達人の間合いで草
ポッキーゲームに戦略もくそもないだろww
りおおおお攻めろおおお
ただ動きが無い時間が続いていた。
表面上は何も起こっていないように見える。しかしリオは内心焦っていた。
ポッキーを食べたいという衝動に駆られていた。
コメントに煽られたからではない。純粋なチョコへの欲望である。
実はリオが今口にくわえている部分は、チョコのコーティングされていないポッキーの持ち手のビスケット部分であり、チョコを味わうにはもう少し食べ進める必要があった。
さらに持ち手の部分は唾液で段々と溶けてその形状を不安定なものに変えていく。
やがて口元でぽっきりと折れてしまうのではないかという不安があった。
リオは仕方ないとばかりに一齧りする。
\サクッ/
前へ進んだ。
それを見た雫も一齧りする。
\サクッ/
まだチョコのコーティングには届かない。リオがもう一齧りする。
\サクッ/
前へ進んだ。
それを見た雫はまたもや一齧りする。
\サクっ/
二人の距離は少しだけ縮まる。
リズム系の何か
刻むねえ
そういう作戦なんやろ知らんけど
リオはようやくチョコの部分へとたどり着き、その味を存分に味わう。
ゼリーを味わうカブトムシの気分である。
瞳を閉じれば舌先と鼻腔から甘みが体全体へと広がり、リオの欲求を満たしていく。
リオはチョコに夢中になり、完全に油断していた。
そしてそれは雫の狙い通りであった。
雫は先にポッキー咥え、あえてリオに持ちての部分を差し出すことで、ここまでの流れを作り出した。これは雫によって意図的に作られた隙だったのだ。
そして当然雫はこの隙を見逃さない。
瞳を閉じるリオをよそに、歩みを進める。
リオがポッキーから伝わる振動で目を開けると、目の前からものすごい勢いで迫りくる雫の笑顔があった。
口元が細かく振動して、ポッキーを恐ろしい速さで砕いて進んでいる。
雫の奥義、ウサギ食べであった。
リオは目を丸くする。
それでも雫は進み続け、ようやく止まったころには気付けばリオと雫の距離はだいぶ狭まっていた。
まだポッキーの半分は越えられていない。しかしそれも時間の問題と思われた。
半分を越えられたら不利になる。
攻めるなら今しかない。
そうして気を引き締めて、いざ決戦といった矢先。
「んんっ!?」
えっっっっ!?
どした!?
うほお!
リオはポッキーをくわえたまま甘い吐息を漏らし、背筋をピンと伸ばした。
背中を何かになぞられて、むず痒い電流が走ったのだ。
リオがもしやと思い横目で様子を見れば、リオの背後へと伸ばされている雫の腕が見えた。
犯人は雫の指である。
集中していたリオの意識をくぐって、リオの服の隙間から背中に腕を通して腰のあたりをその細い指で撫でていた。
状況を理解したリオは抗議の目で雫を睨みつけるが、雫はにこりと笑ってそれを返した。
ルール的にはOKです♪
雫の表情がそう語っていた。
「んっ んんっ・・・」
何やってんだこれ
雫ちゃんが画面外で軟化してる?
軟化すんなやww
雫の攻撃が続く。
リオはくすぐったさに身体をくねらせながら、自身も背中に腕を回して雫の手を捕まえようとする。
様子が見えないながらも意識を集中させれば、リオは何とか手の平をつかむことに成功した。
すると雫が起用に手を動かして、拘束から逃れようとした。
リオも逃すまいと必死につかむ。
そうして誰にも見えないところで小さな争いが勃発した末に、、
二人の手は、硬く結ばれた。
「んん!(何してるんですか!)」
「んんっ(恋人つなぎですっ)」
「んんん(何でそうなるんですか)」
何か言ってんねえww
会話してんのかこれw?
意思疎通してんの草
二人は目線だけで会話をする。
リオはこんなことをしている場合ではないと気持ちを改めるが、そんなリオに更なる攻撃が襲い掛かる。
\とぽとぽとぽとぽ/
突然に、リオは机の方向から何かが注がれている音を聞いた。
いや「何か」と言っても、リオにはその正体が分かりきっている。
空気が液中を泡となって通っていく音。
液体同士がぶつかり合う音。
まさしくこれは酒の音。
安易なトラップである。
リオはそちらを見ることなく、気を引き締めた。
今はよそ見をしている場合ではなく、攻め入る時。
リオはそう自分に言い聞かせていざ、食べ進めようとした。
しかし!
\しゅわしゅわしゅわしゅわ/
次に襲ってきたのは弾けるような炭酸の音である。
雫が横目で何かを見ながら、腕を動かしている。
リオはとうとう隣で行われていることに興味が引かれてしまった。
ちょっとだけ・・・ちょっとだけ・・・
雫がちらりと横目で見た。
ソ ー ダ 割 り ウ ォ ッ カ が 作 ら れ て い た。
「んんん!?(んんん!?)」
画面奥で笑うww
Bar雫
ポッキーゲームで酒作っちゃダメとは誰も言ってない
屁理屈で草
リオは驚きを隠せなかった。
机の上には空になったウォッカのボトルとその中身を注がれた透明なグラス、そして今、雫の手に持つペットボトルによって炭酸水が注がれていた。
ウォッカがしゅわしゅわと音を立てて、表面には泡が昇っている。
雫が炭酸水を注ぎ終えた。
見たらわかる美味いやつだ・・・
リオはその甘美な味を想像して、心の中で涎を垂らす。
っていやいや見てる場合じゃない!
リオは視線を引きはがしにかかるが、さらに追い打ち!
雫がグラスの中にスライスされたライムを投入した。
ぷかぷか浮かぶ鮮やかな緑。
かあああそれはもうだめじゃんかあああああ
一度は引き剥がそうとした視線だったが、より強く結びつけられてしまった。
リオの意識からポッキーゲームは姿を消した。
今は味わうことのできないソーダ割りウォッカに焦がれて、せめてもの慰めにと眼中に収めて味を想像することに一生懸命である。
「んんっ(のみてええっ!)」
「んんん!(かわいいです!)」
おやつを我慢する子犬のような表情を浮かべるリオに雫はときめく。
これもやはり雫の作戦であった。
こうしてリオが油断を見せた隙に、さらにポッキーを食べ進めた。
そしてリオがはっと正気を取り戻し、慌てて視線を正面に向ける頃には雫は既にポッキーの半分を平らげてしまっていた。
「ん゛ん゛ん゛ん゛(し゛ま゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛)]
リオは進撃の雫を見て、絶望の声を上げた。
wwwwww
レパートリー増えて嬉しい^^
ノ ル マ 達 成
実家のような安心感
前線を上げてきた雫に、リオは勝機を見失った。
このまま何もせず時間切れになればリオは負ける。かといって余裕そうな雫に、自分からポッキーを折らせることなどリオは不可能だと思った。
つまり詰み。
目の前の雫の姿が大きな壁のように見えた。
リオは砂時計に視線をずらす。
砂はその量をかなり減らし、残り時間が少ないことを知らせていた。
リオの正面では雫がニコニコとほほ笑んでいる。
リオは悔しそうな表情を浮かべる。
背中に冷たい汗をかきながら、何か方法が無いかと頭を働かせる。
必死に働かせる。
しかし何も思いつかなかった。
リオは敗北を痛感した。
リオは道を探すことを諦めて、ただ時が過ぎるのを待つために瞳を閉じてしまった。
暗闇の中、敗北の悔しさを噛みしめる。
思い出されるのは、今までの勝負の記憶である。
辛酸を嘗めた経験は数知れず。
思えばリオ自身は今までたくさん負け続けてきた。
ゾンビの時も、RUBGの時も。
試合に勝っても勝負では負けてきた。そして今回も負ける。
心地悪い無力感に襲われる。
このまま負けてもいいのか?
リオは自問する。
いいわけない
リオは自答する。負けて良いとはミジンコたりとも思っていない。
今も走馬灯のように浮かび上がる敗北の映像の数々は、リオを後押しするために流れているのだ。
負けるわけにはいかない!
リオが強く思った。
負けが立て込みすぎて溜まりにたまった負のエネルギーが膿のように身体の中に沈殿していた。
それらが思いに反応して集まって凝縮してやがて一つの形になる。
ふさふさした人型の獣。
素晴らしい肉体。
ゴリラである。
ゴリラはリオの背中を叩いた。
リオが振り返るとサムズアップしたゴリラがいた。
うほお!(ゆけええ!)
リオはパッと目を見開いた。
雫はリオの視線にたじろいだ。先ほどまでとは明らかに違う、力強さに満ち溢れていた。
「んんんんんっっ!」
急に食べ始めた!?
いけええええええ
負けず嫌いなリオちゃん
リオは威勢のいい声を上げながら、ポッキーを食べ始める。
それは一定の速度では無い。
不規則にランダムにテキトーな分量で口へ運ぶ。
奥義、ゴリラ食べである!
雫は迫りくるリオに目を見開いた。雫が余裕な表情を見せていたのは、リオが自分からキスを迫ることは無いだろうと高をくくっていたからである。
しかし今のリオの勢いには迷いがまるで感じられない。このままでは間違いなく唇に触れに来る。
雫は距離を縮めてくるリオのふっくらとした唇から目を離せない。
距離が縮まる。
もういつ触れてもおかしくない。
一口で来るのか二口で来るのか。
距離とかタイミングとかというかみんな見られちゃいますがそれは!
雫はいろいろ考えて頭がぐるぐるした。
襲い来る唇。
「んんん!!!(くぁwせdrftgyふじこlp)」
雫は咄嗟に首を振って、ポッキーから口を離してしまった。そのまま体を横にずらし、カメラの画面からフレームアウトした。
リオの逆転勝利である。
「やたあああああああああああ!!」
まじかああああ
どっちが勝っても最高でした。まる。
雫ちゃあああああんんん
雫ちゃんどっかいった・・・
リオは両腕を上げて勝利の雄たけびをあげた。
満面の笑みである。
「さすがです・・・リオさん・・・」
「雫さん!お酒飲んでいいですか!!」
「どうぞ・・・」
リオはグラスを掴むと一気にそれを飲んでいく。
\ゴクゴクゴクゴク/
「ぶはあああっっ!! ・・・これが!!勝利の美酒!!!」
リオはこの日、人生で一番うまい酒を飲んだ