コラボを終えたリオは雫と別れて家へと向かう。
事務所から外に出れば時刻は既に遅く、夜の暗闇が広がっていた。冬の夜はすっかりと冷え込み、酒で火照っているリオの身体にも凍えるような寒さを与える。
リオはポケットに手を突っ込むと、身体を縮こませながら帰りの電車に乗るために駅を目指した。その途中、リオは自動販売機を見付けて暖かい缶コーヒーを買うと両手で缶を包み込んで暖をとる。コーヒーを飲めば、喉から胃から暖かさが全身に広がる。
空には星がきれいに輝いていた。冷たい空気のおかげである。リオは白い息を吐きながらそれを眺めると、今日の楽しかったコラボの記憶を思い出してにやりと笑みを浮かべた。
帰り道の途中でおでん屋に立ち寄った。でら美味い。
リオの自宅はアパートの一室である。
玄関の前に辿り着くと、鍵穴に鍵を差し込んだ。
\カチ/
鍵が回った。
・・・?
リオはその時にちょっとした違和感を感じ一瞬静止したが、その原因を直ぐに理解した。
扉を開けようとしていたのに、逆に閉めてしまっていたのだ。
リオは手癖でつい鍵を回してしまったが、それによって横になった鍵穴が何よりの証拠である。
つまり扉はもともと開いていた。
鍵かけなかったっけ・・・?
リオは疑問に思って、今朝、家を出た際の自分の様子を思い返してみた。
今朝のリオはいつも通り目覚ましの時刻に起きることを失敗して、超特急で支度をして、超スピードで家を出た。電車の時刻が迫っていた。そのため家を出る際に慌てていて鍵をかけ忘れたのは十分あり得る事に思われた。
特に気にすることでもないか、と意識から外すと扉を開けて中へと入った。暗くて静かな廊下を歩き、辿り着いたリビングの明かりをつける。
明るくなった部屋を見て、リオは首を傾けた。
リビングの中央に設置された丸机の上に、箱状の見慣れないものが置いてあった。
リオは不思議に思い近づいて、それが何かを確認する。それはリボンで可愛らしくラッピングされたプレゼントボックスであった。そしてその箱に踏まれる形で机との間に挟まっていたのが、折りたたまれた白い紙である。
リオは手紙を手に取り、開いて中身を見た。
リオさんにプレゼントです! ニンテンドースイ〇チです!北海道温泉チケットです! 夢野雫より
丸っこいピンクの文字でそう書かれていた。
リオは視線で文字をなぞると、手紙とプレゼントボックスを交互に見比べて、状況の把握に努めた。そうして未だ頭が困惑する中、とりあえず箱を開けることにした。
ラッピングを剥がして開ければ、中に入っていたのは手紙に書かれていた通りニンテンドースウィッ〇、そして一枚の横長の紙きれである。
その紙きれには、北海道温泉の旅ペアチケットと書かれていた。
リオがここであることをふと思い出した。それは夢野雫と初めて出会った時の会話である。彼女はリオにいくつか質問をしていた。
”プレゼントは何が欲しいですか?” ”デートするならどこがいいですか?”彼女は言っていた。
それに対してリオは”ニンテンドース〇ッチ” ”北海道”と確かに答えていた。
目の前のプレゼントと浮かび上がってきた記憶を合わせ見て、リオの目の前のプレゼント達がその時の会話を意識したものであることは明白だった。
そしてリオは今更ながらに、本来であれば何よりもまず最初に考えなければいけない疑問を頭に浮かべる。
すなわち”雫がどうやってここにプレゼントを置いたのか?”である。
当然、ここにプレゼントを置くには、部屋の中に誰かが入る必要がある。
リオは考える。
配達員に頼んだ可能性。流石に部屋には入らない。
アパートの住人に頼んだ可能性。壁を叩かれて謝る程度の仲でしかない。
管理人に頼んだ可能性。いくら管理人でも他人に頼まれた程度で中に入ることは許されない。
と、すれば・・・
リオは思う。
雫さんが勝手に部屋に入ってきた・・・?
リオは背中に冷たいものが走るのを感じて、身体をぶるりと震わせた。
まだ可能性の話でしかない。家の場所を知るはずのない夢野雫が部屋に侵入して、このプレゼントを残してまた去っていったという可能性。
そうでなくても誰かが侵入していたわけである。
リオは念のため警戒をしながら家の中を見て回る。自分の家なのに緊張しながらそろりそろりと歩くのは良い気分ではない。
PC周り、ベッド、台所・・・etc
幸いにも一通り見て回った限りでは変わった部分は見受けられなかった。ウーパールーパーもいつも通り泡をぶくぶく吐いて遊んでいた。
リオはひとまず胸をなでおろした。しかし、現状は何も解決していない。事の真相を確かめなければならなかった。
リオはスマホの電源を入れると、雫のLIMEの画面を開き通話のボタンをタップした。
スマホを耳に当てれば、1コール目で雫が出た。
「もしもし、お疲れ様です 時雨リオです」
「お疲れ様で!リオさんから連絡していただけるなんて嬉しいです!」
「連絡くらいで大袈裟ですよ」
リオは初めから部屋に来たかを尋ねるのは不躾な気がしたので別の話題から話すことにした。
不躾というよりも、勇気がないだけだが。
「今日のコラボありがとうございました 楽しかったです」
「いえ 私の方こそ、とっても楽しかったです!リオさんの可愛い顔もたくさん見れて大収穫です!」
「人の顔をジャガイモみたいに言わないでください」
照れ隠し。
「リオさん、またコラボしましょうね!」
「・・・はい」
「今度は音ゲー対決とかどうでしょう!
「・・・いいですね」
遅れる返答は緊張の表れである。
リオはそろそろ話しの本題に切り込む決意をする。
これから雫に尋ねる質問は、その返答次第では雫との関係性が大きく崩れる可能性を持っている。
そのために覚悟が必要。、今までの会話はその勇気を蓄えるための時間稼ぎであった。
リオは満を持して口を開く。
「それでその雫さん、お尋ねしたいんですけど・・・」
「そういえばリオさん!私のプレゼントは見てくださいましたか?」
「!?」
「机の上に置いておいたんですけど!」
「・・・」
リオは目を丸くし、言葉を失った。
雫の方からこの話に触れてくるとは思ってもいなかった。
さらにその口ぶりから察するに、雫がこの部屋にプレゼントを置いたのは確定したようなものだった。
リオは一度大きく息を吸うと、努めて冷静を装った。
「プレゼント、ありましたね 目の前にありますよ」
「そうですか!是非とも中身も見てください! あ、すみません質問の途中でしたよね」
「あ、いえ その、確認というか何というか・・・雫さんが直接このプレゼントを私の部屋に置いたということでしょうか?」
「そうです!」
「私の家の場所をどうして知っているんですか?」
「どうしてって、リオさんがこの前リアル配信してたじゃないですか あの情報があればリオさんのお家の場所は分かりますよ!」
「そう・・・なんですか・・・?」
「普通の人には難しいかもしれません しかし私には出来ます! これが愛の力ですね!!」
「・・・」
リオは再び言葉を失う。
確かに雫の言う通り、リオはリアル配信をしていた。しかし特定には充分気を使っていて、家の中で映していたのはケーキとテーブルと床ぐらいなものだった。外に出た時も、映していたのはただの海の風景である。
一体どうやって
そう思ったのはほんの束の間で、今のリオにはどうでもよかった。
それよりも雫が犯人であることが確定した事実の方がよほど重大である。
「雫さん、今からうちに来れますか?」
「ええ!? お招きですか! 行きます、すぐ行きます!」
「夜遅いので気を付けて来てください」
「1時間半ぐらいで着くので待っててください♪」
「・・・はい」
リオは電話を切った。
ぴったり一時間半後インターホンが鳴らされ、雫の来訪を告げる。
リオは立ち上がり玄関に近づくと、壁に片手を着く。それを支えにして土間に足が触れないように身体を伸ばし、前のめりの体勢で玄関の扉を開けた。
扉を開けた先にはニコニコと微笑む雫が立っていた。
「リオさん 会いたかったです!」
「私もです」
リオも口角を上げてほほ笑みかけるが、その目は全く笑っていない。
二つの瞳がまるで何かを見定めるようにはっきりと雫の顔を捉えていた。
「上がってください」
「お邪魔します♪」
雫が中へと入ると、玄関の扉をゆっくりと閉めた。
雫が靴を脱いだのを見ると背を向けて、雫が付いて来ていることを足音で確認しながら、リオは振り返ることなくリビングまで歩いていく。
楽しそうな雫の表情とは対照的にリオの表情は浮かない。
二人分の足音が廊下に響いていた。
「荷物は適当に置いていただいて大丈夫です 置いたらそこに座ってください」
「はい!」
リビングまでやって来た後、後ろへと振り返り声をかける。
リオが手に平で指し示したのはプレゼントが上に置かれた、リビング中央の丸机の前。
「ハンガー使います?」
「いえいえ」
雫は脱いだ上着を床の上に綺麗に畳んで置き、リオの言葉に従って机の前に座った。彼女の眼下、机の上に置かれているのはス〇ッチの箱と北海道温泉チケットである。
二つとも雫がリオにプレゼントした物。
雫はそれを見ると視線を上にして、机を挟んで向かいに座ろうとしているリオを見つめた。
「プレゼント喜んでいただけましたか!?」
座るのを待って、雫は身を乗り出してリオに尋ねた。その声と表情はリオが喜ぶことに対する期待に満ち溢れていた。
リオもそれを理解していた。しかし、その視線から逃げるようにリオは顔を逸らす。
ずらした視線は雫の背後の壁を見る。
それを無意味に見つめたまま、リオはぎこちなく小さな笑みを浮かべた。
「その気持ちは嬉しいです」
「良かったあ!」
雫は花が咲いたような笑顔と共に喜色を含んだ声を上げた。
しかしリオの言葉には続きがある。雫の言葉を右から左へ聞き流す。
少しの緊張。静かに息を吸い込む。
そうして笑顔を潜め、無表情な顔を雫に向けた。
「でも、気持ち悪いです」
「え・・・」
はっきりと告げた。
リオの感情のこもらない声が花を一瞬にして枯らした。雫は先ほどとは打って変わって、口を開けたまま戸惑いの表情を見せている。
顔が予想外だと語っていた。
リオはその表情を”本当に私が喜ぶと思っていたんだな”と純粋な驚きの気持ちが半分、呆れた気持ち半分で見る。
感覚が違う。
そして人によって常識が変わることも、その差異を理解するために言葉が使われたりすることもリオは知っていた。
未だリオの発した言葉の意味を理解していない彼女に、淡々とその理由を語り始める。
「雫さん、気持ち悪いですよ 家をわざわざ特定したことも、そうして家まで来たことも、こっそり家に忍び込むことも、それを悪びれもしていないことも」
「それは・・・」
「大体、直接渡せば良かったじゃないですか」
「サプライズの方が喜ぶと思ったんです!」
雫は消えた笑みを再び浮かべて前のめりに主張した。
それはまるで”この自分の気持ちを知ってもらえれば、リオの気持ちも変わるだろう”と信じているようだった。
しかし問題なのはその気持ちを伝えるための行動である。
リオは冷たい目で彼女を見る。
「喜ぶわけないじゃないですか」
「サプライズなのに・・・ですか・・・」
「・・・ところでどうやって部屋に入ったんですか? まさか合鍵とか持ってますか?」
「合鍵は持ってないです・・・」
雫は残念そうに俯いて呟く。
「じゃあどうやって」
「たまたま鍵が開いていたので」
「やっぱかけ忘れてたか・・・」
「だから」
「だから入ったと?」
「はい」
リオの問いかけにさも当然と言わんばかりに、間髪入れずに雫は答えた。
そのあまりに迷いのない返事にリオは思わず苦笑いを浮かべた。
雫もそれを見て笑みを浮かべた。
一見和やかな空気。
意味はまるで正反対だが。
「普通入りますか?」
「入らないです ただどうしてもリオさんに渡したかったんです!」
「宅配便とか家の前に置いておくとか・・・」
「それじゃダメなんです!」
雫は力強い声で言った。
「宅配便は宅配員の手が触れます 家の前に置いたら誰かが持っていくかもしれませんし、そうでなくとも誰かの手が触れるかもしれません」
雫は表情を歪め、忌々しそうに吐き捨てる。
「まずいんですか?」
「私は他の誰にもプレゼントを触れさせたくなかったんです!」
「なんでですか なぜそこまで嫌がるんですか」
リオの問いかけに雫は一瞬言葉を詰まらせたが、それも一瞬のこと。すぐにかっと目を見開いて、その大きな瞳から真っ直ぐ伸びる視線でリオの瞳を捉えた。
そうして机から身を乗り出してリオと鼻先が触れそうになるほどに顔を近づけながら叫ぶ。
「これが、、これが私の愛だからです!誰かが触れたら穢れてしまうんです!!穢れなき純粋な愛をリオさんに届けたかったんです!!!」
雫は胸元に運んだ片手で自らの服の胸の辺りをぎゅっと握りしめながら訴えた。
全身から気持ちを溢れさせている。その思いが言葉に乗ってリオに叩きつけられる。
リオは動揺することなく、顔を逸らさないで真正面からその言葉を受けた。そして受け止めた。
雫はそれを”愛”だと言った。
相手を想う最上級の言葉。
この世で最も強い気持ち。
「愛」。
それほどの大きな言葉である。突然に襲い掛かってくれば、大抵は丸腰の心の許容を超えて全身を満たしその人の思考を一瞬でも停止させたりするものであるが、リオの思考は乱されなかった。
その気配を感じていたのだ。
コラボでやたらと接触が多かったことも、見つめてくる視線に感情が込められていたことも。
だからこういうことも、もしかしたらあるかもしれない、と。
それに行動理由が”愛だから”などと言われても、到底納得できるものではなかった。というよりこの状況でどんな理由を並べても、合理的なものなど得られないことをリオは雫に尋ねる前から知っていた。
つまりリオは雫がどんな返答をしようとも、あらかじめ理解不能という簡素な文字で処理する用意があったのである。
「これもこれもお返ししますね」
愛への返答はプレゼントの返却である。
リオは未だ身を乗り出して正面にある雫の顔を見つめたまま、机の上にあるスイッ〇と北海道温泉の旅チケットを雫の席の方へ両手で押し出す。
雫は視線を下げてそれを見ると、リオの両腕を掴んでそれを止めた。
「なぜ私の愛を受け入れてくれないのですか!?」
「近いです」
「私を嫌うのですか!?」
「近えよ」
リオはキレ気味に言った。
ただでさえ感情の乗った言葉を聞くのは体力を消耗するものである。ましてや至近距離で発せられれば必要以上に鼓膜は揺さぶられ、リオがいくらか耳障りに感じるのも無理はないと言える。
雫が語気を強めたリオの言葉に慄いて元通りに座れば、二人は無言で向かい合った。
雫は俯いてぼそりと呟く。
「何故受け取ってくださらないのですか?」
「気持ち悪いからです それに理解できないから」
雫はリオの言葉を聞くとがばりと頭を上げた。
「理解できない? 私の愛を理解していただけていないからなんですね! 私がどれだけリオさんを愛しているかを!!」
雫はそう興奮したように言うと両手を床の上に落として四つん這いになり、丸机の外周に沿って這いながら、向かいにいるリオに詰め寄り始める。
「リオさんは御存じないと思いますが、実は私、最初はアイドルVtuberなんてやってなかったんですよ」
雫が昔話を語りながらゆっくりと猫のように距離を詰めていく。
「デビューしたはいいけど特徴が無くて伸び悩んでいたんです それでも当時は視聴者さんと話をしているだけでも充分楽しかったです」
そばまで迫りくる雫を見て、リオは座ったまま後ずさりをする。
「そんな時、事務所がアイドルとして売り出していくことを私に言いました 人気になるための戦略です 売れていなかった私に拒否権はありませんでした」
雫が後ずさりするリオを追う。
「私はアイドルなんて本当は嫌だったんです 皆の前で可愛こぶってできるだけアイドルになりきって とにかくイメージを崩しちゃいけなかった」
徐々に距離が縮まる。リオが口を開く。
「でもコラボだと楽しそうにしてましたよね 全然苦しそうじゃなかったですよ」
「今回のリオさんとのコラボではいつもより羽目を外してしまいました そして正直に言えば・・・」
雫はとうとうリオに追いつくと、その身体にかぶさるように両肩に掴みかかり、リオを仰向けに倒した。
「クビになってもいいかなって思ってました」
雫は両手をリオの顔の横に着いて馬乗りになると、自嘲気味に小さな笑みを浮かべた。
雫の長い髪がカーテンのように垂れてリオの頬をさらさらと撫でた。
「私リオさんのこと好きなんですよ」
「最初にリオさんの配信を見たのは、アイドル系として売り出し始めた時です 当時はとにかくアイドルな自分が嫌いで猫被る自分に反吐を吐いて そんな私にリオさんはまぶしく映りました」
「ありのままを見せていたからです 羨ましかった ありのままのリオさんを皆受け入れてた それが本当に羨ましくて羨ましくて羨ましくて羨ましくて」
リオの耳元に口を寄せる。
「憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて」
それは呪いのように。
「それなのに大っ嫌いだったのに気付いたらリオさんの配信を見てしまうんです どうしようもなく憧れてたんです 何度も配信を見てその度に苦しくてしょうがなかった でもある時気付いてしまったんです」
雫は瞳を大きく開いた。
「胸が締め付けられるようなこの苦しさは、、間違いなく恋だと!」
リオを真正面から見据えて言った。
「今まで恋とかしたこと無かったですが私は確信しました これが恋です それからはリオさんのグッズをたくさん作って、たくさん配信を見て、たくさん焦がれました。 好きだからです そのうちにリオさんの全てが知りたくなりました 好きだからです」
「だからコラボではリオさんの色々な表情を引き出せて嬉しかったです」
「だから家を特定したりしたんですか?」
リオが尋ねる。
「はい それからは何度もリオさんの家を遠くかあら眺めて、リオさんの姿も見てました リオさんは私服がかっこよくてよくぽけっとに手を入れてて黒色が好きでバイクに乗ってて、、」
「とにかく私はリオさんのことを愛しているんです! ありのままの正直で純粋な姿はこの上なく美しいものです!!私はだからリオさんがとっても好きなんです!!!」
雫が必死な声でそう言った。
四つん這いで長らく頭を垂れて顔を近づけているせいなのか、興奮しているせいなのか雫の顔は赤くなっている。
リオは雫の言葉を聞いて考える。
リオにも恋の経験が何度かあるが、その時の心情といま雫が吐き出した心情を比べてみても、少しずれがあるような気がした。
それにずれていると言えばもう一つ。
私は正直者じゃない
\ゴツン/
「あうっ」
リオは雫のおでこに頭突きすると雫が怯んだ隙にその身体に腕を回して横に転がし、今度はリオが雫に馬乗りする体勢となる。
天井の明かりを背にして生み出した黒い影を雫の顔に落としながら、にやりと笑みを浮かべて雫の顔を見下ろした。
「私が正直者?ありのまま? 馬鹿言わないでくださいよ」
リオは吐き捨てるように言った。雫は呆けた表情でリオを見上げている。
「私は正直者なんかじゃありませんよ」
リオは自嘲するように、自らを嘲笑うように言った。
「そうですねえ・・・ 雫さんが昔話をしてくださったので、私もちょっと昔話でもしますね」
そう言ってリオが脳裏に浮かべるのは、今でもはっきりと思い出せる過去の記憶である。
「私はVtuberになる前は会社員として働いてたんです」
「初回の放送で言ってましたね」
「よく知ってますね」
少し意外である。
ああ、全部知りたいんだったか・・・
「ええと・・・それで、新人だったのでたくさんミスをしていました」
「それで沢山叱られて その度に気持ちを引き締めるんですけど、不器用で要領の悪い私はまたミスをします」
「そしてミスした分を取り返すように沢山働いて、毎日のように残業して、またミスをするんです」
「努力をしていても結果を出せない人間は社会じゃ質の悪い厄介者にしかならない その視線を強く感じていましたし、自分でもそんな仕事のできない自分が腹立たしかった」
ほんと、どうしようもない
リオは笑う。
雫が口を開く。
「皆さんそう思ってた訳じゃないかもしれません」
「今思えば確かに被害妄想だったかもしれません」
内心半分くらいは真実だと思っているが。
「でも当時の私にはそれを疑う余裕もありませんでした 仕事のできない自分をとにかく責めました 責めながらに働いて叱られて働いて叱られてを繰り返して」
「ある日身体が動かなくなったんです 医者はストレスによって精神がどうのこうのと言ってました 本当に情けなかった ただでさえ仕事を満足にこなせない人間が、そもそも仕事が出来なくなったんです」
申し訳ない。
「それからは逃げるように仕事を辞めて、酒を飲んでは情けない自分を溺れさせて殺す日々を送ります それまで嫌いだった酒が一番好きになりました」
「そんなゴミみたいな日々で出会ったのがVtuberなんです」
「これが時雨リオです」
リオはうっすら笑みを浮かべている。
「どうですか? 配信でこんなことは絶対に言いません 正直ですか? ありのままですか? 美しいですか? 私はただ逃げてきた臆病者にすぎないんですよ」
「それでも好きです! どんなことがあっても、その人の人間性は変わりませんから!!」
「人間性ね・・・」
抽象的な言葉は人を慰めるのになかなか向いている言葉だ。
リオは一息つくと、たくさん喋ったことによる喉の渇きを覚えて冷蔵庫へと向かう。中を開ければキンキンに冷えた缶ビールが常備されている。リオはそこから二つ缶ビールを手にすると、リビングに戻り丸机の前に座った。
「雫さんもどうぞ」
そう言って、向かいに座る雫の前に缶を置いた。
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ乾杯」
「乾杯です」
リオはぐびぐびと流し込むように、雫は控えめに飲んだ。
リオは半分ほど飲んだ缶を置くと、雫の顔を見た。
「雫さん、今度から家に勝手に入らないって約束できますか?」
「はい リオさんが嫌がることはしたくありません」
「次来たら警察なんで」
「はい」
「じゃあそういうことで」
これで話を終わらせた。
それはもうあっさりと。
リオには最初から雫を警察に突き出そうなどということは考えはなかった。
雫を呼んだのはただの興味本位である。その行動の事情を聞きたかっただけだった。
だから注意もするか本当は迷った。
しかし体裁上、注意をしなくてはならない事も分かっていた。それが多分常識というやつだ。
だからリオは注意した。
それで終わり。
普通なら自分の身が危険かもしれないと思って、もっと警戒するんだろうな・・・
今の私、変かな?
いや、見かけ上は変じゃないな うん
雫は気が付くと顔を赤らめていた。目が潤んでいることも相まって、酒に酔っていることが伺える。
そういえば酒飲めないって言ってたな・・・
一本目ではまだまだ余裕のリオは物珍しそうに雫を観察した。
雫はぼんやりとした視線を机に向けていたが、やがてリオに視線を合わせると急に勢いよく立ち上がった。
リオは驚いた表情で雫を見上げる。
その瞳は座っているリオの顔を捉えていた。
「雫さん、急にどうしました? あ、トイレですか?それなら向こう・・・」
「りおさあああん」
「!?」
リオの言葉を遮るように突然にその名を呼びながら、リオに向かって突撃を仕掛けてきた。
体勢を低くしてがバリと両手を広げて前のめり。
リオは雫と出会ってからもはや何度目かの押し倒しを食らい、目を開ければ恒例の馬乗り雫ちゃんである。
あんた好きだなこの体勢
リオは発情した様子で顔を見ろしている雫に心の中で突っ込んだ。
雫はリオの服の袖に手をかけると、上に躊躇なくめくりあげてその引き締まった腹筋をあらわにした。
浅めの線が入った綺麗な腹筋である。
突然のことに目を丸くしているリオをよそに、雫はその腹筋を舌なめずりをして見つめると、頭を一気に降ろして顔と腹筋をくっつけた。
「りおさんりおさんりおさんりおさんりおさん」
雫がゼロ距離で腹筋に話しかける。
「やめええっっっ!!」
\チ ョ ッ プ/
「ぐへっ」
リオの振り下ろされた裁きの鉄槌こと時雨流チョップが雫の頭に直撃して、雫は沈黙した。
こうかは ばつぐんだ!
腹の上で幸せそうに伸びている雫の顔を見て、先ほどの素面では聞けなかった質問を雫にする。
「雫さん、Vtuber辞める気なんですか?」
雫はそれを聞くと沈めていた顔をむっくりと起こした。
そうしてぼさぼさになった長い髪の毛を後ろに流しながら、リオと視線を合わせる。
「辞めませんよ」
雫は力強く言った。
「今はアイドルの夢野雫にすっかり慣れましたから」
悲観が込められたわけでは無い素直な声。
「それに辞めれるわけないじゃないですか・・・ 今の私には”可愛いうさぎちゃん”がいっぱいいますから」
雫は純粋な笑みを浮かべながらそう言った。
「じゃあ私が辞めるって言ったら」
「それは困ります!私にとってリオが心の支えなんです!!リオさんがいないのなんて嫌です!!!」
血相を変えた雫の顔。
彼女はそのまま両手を伸ばしてリオの首元に添えた。
首を絞めているわけでは無い。ただ肌の曲線に沿って添えているだけ。
そうしてリオは叫ぶ。
「私、リオさんのことが好きなんですよおお!!!」
雫は大粒の涙をリオの顔に垂らす。
彼女の言う”恋”が止めどなくあふれ出して、それを形に変えた”狂気”が伸ばされ、合わさって、妖美な美しさを放っていた。
リオは彼女の瞳を真っすぐと見つめた。
「冗談です辞めませんよ ごめんなさい」
リオは雫の頬に手を添えるとそのまま後頭部へと手を回し、自らの胸へと優しく迎え入れた。
「あと・・・・・・ ごめんなさい・・・」
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ゛っ゛」
雫はリオの胸に顔を押し付けながら、嗚咽の声を漏らしていた。
それでも両手は首元から離れないままだ。意思を持つかのように張り付いている。
リオは黙ったまま天井を見つめていた。
酒の回っていた雫はその後、リオに抱き着いたまま泣きつかれて眠ってしまったのでリオは身動きがとれなかった。
一時間くらい経っても起きなかったが、さすがに電車の本数が心配になりリオは雫を起こした。
「雫さん、そろそろ電車無くなっちゃいますよ」
「あ・・・はい・・・すみません」
雫を洗面所へと向かわせ、トイレへ向かわせ、荷物を持たせて、玄関へと導く。
「今日はその、すみませんでした」
「はい」
雫は反省した様子を見せた。
まあ、別に謝らなくていいんですけど・・・
「送りましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
「それじゃあ気を付けて」
「おやすみなさい」
雫はリオに背を向けると玄関の戸を開ける。
リオはその背中を見て言い残したことを思い出した。
「今度来たときは一緒にゲームしましょう それか酒で宴会です」
「!!」
雫は嬉しそうな顔で振り返るとこう言った。
「必ず来ます!!」
雫が家から去った後、身体に疲れを感じた。
どうやら意外と緊張していたらしい。
リオは身体をベッドの上に投げ出すと、仰向けのまま目を瞑って考える。
”私はリオさんと違って嘘をつくのが得意なんです”
雫がいつか言っていた。
なるほどな
”私、リオさんのことが好きなんです”
これはさっき言ってた。
どうだかな
リオは自問する。
雫は恋を知らなかったと言った それで胸が締め付けられるような苦しみからそれを恋であると判断した
それで私の全てを知りたくなった 家を特定した 好きだと言いながら首元に添えられた両手がいた
リオには雫のそれが何となく恋だとは思えなかった。
理解できない彼女の気持ち。しかしリオはどこか不思議と雫に親しみを感じていた。
その理由を探るためにもリオは雫の”恋”の正体を考える。
だから・・・それはつまり・・・ええと・・・
リオは考える。
ああ、そうか
見つける。
嫉妬じゃん
それを理解した瞬間、リオは独り納得した。
雫のそれは大きく大きく育ったただの嫉妬である。
「ふっふっふっww ふふふっwww ふふふふふははははははははははwwww」
リオは大きな笑い声をあげた。
そっかあww 雫さんも壊れてるからかww 似たもの同士かwwww
リオはしばらく笑っていたが、笑いながら気持ちの悪さがムカデのように心を這っていくのを感じた。
こういう日に眠ると悪夢を見るのだ。こういう時は逃げるに限る。
リオはスマホを手に取ると、タップして耳に当てた。
「武士い! 今から飲もうや! え?もう飲んでる?オカマバー? どこそれ・・・ほう・・・」
リオの身体が酒を求めた。