リオの所属する事務所はとてもでかい。具体的な数で表せば所属Vtuberは100名を超え、さらにはチャンネル登録者数が50万人を超えるような化け物さえも何人か抱え込んでいる。たくさんのVtuber事務所が群雄割拠する現代においてもそれほど人数が所属するところは他に無く、今や電脳世界に雑草のように蔓延るVtuber達の中において登録者数50万人は驚異的な数字と言える。
少し人気のあるVtuberの背後を見れば、大抵その事務所の看板が立っているというのが昨今である。ともなればこの事務所、自然と知名度は高くなり影響力も大きくなる。
他の追随を許さない圧倒的な大手。それがリオの所属している事務所であった。
そんな事務所が自社のVtuber達を売り出すために、紹介番組としてNowTubeでの配信を隔週で行っていたとしても何ら不思議はないだろう。
司会に一人立つのはVtuber。ゲストでやってくるのもVtuber。
形式はトークバラエティに近いが定まっているわけでは無い。要はゲストの魅力をアピール出来ればそれでいいのだ。そのために出演者ごとに企画が練られたりしているわけである。
ファンたちの間では、それぞれのいわゆる”推し”の意外な一面が見れるとして、番組は概ね好評であった。そしてそんな番組に夢野雫と時雨リオが呼ばれた。確かに二人が呼ばれた。
では主役は二人か?
いいや、一人だ。
夢野雫ただ一人だ。
リオは夢野雫と隣同士で席について、テーブルを挟んで向かいに座るスタッフから番組の説明を聞きながら、そんな他愛の無いことをつらつらと考えていた。
スタッフが言う。
「先日のお二人でのホラーゲームのコラボを見て、お二人が合わされば最強だなと思いまして」
リオの脳内翻訳によれば、”時雨リオは夢野雫を活かすのに最高の素材だなと思いまして”である。それは被害妄想などでは無い。従来より、この番組に呼ばれるVtuberは事務所からの期待をバリバリに背負った新人か、勢いの後押しをしたい話題性のあるVtuberと相場が決まっていた。そして時雨リオはそのどちらにも当てはまらない、可もなく不可もなくそこそこ人気の中堅Vtuberである。
とどのつまり、時雨リオはおまけ。
・・・ふむ
そのことについて、しかしリオは腹を立てたりはしない。むしろその合理的な選択を当然のものとして受け入れる。
(事務所に怒られる可能性があるので表立っては言わないが)自身のチャンネルを大きくすることに野心も大望も熱意もないリオにとっては、何ら気にする要素が無い。それどころか、夢野雫と再び配信できることに楽しみを見出してさえいた。
私が薪だとしたら、雫さんはメラメラ燃える炎!”雫”なのに燃えるとか!なんか草ァ!
「それではこのような段取りでよろしくお願いします」
スタッフの声。
気付けば打ち合わせ終了。
スタッフはリオと雫の二人に頭を下げて椅子から立ち上がった。二人もそれを見て立ち上がれば、お互いに”お疲れ様です”と挨拶をして、スタッフは部屋の出口である扉へと歩いていく。二人はその離れていく後ろ姿を何ともなしに見送っていた。が、扉の前まで歩いたところでスタッフが急に立ち止まり、”あっ”と声を漏らしたかと思うと、何かを思い出したかのような表情で二人の方へと振り返った。
「忘れてました! あっ、いや、これは言っても言わなくてもどちらでも良いと言われているんですが・・・」
と前置きをして
「夢野さん!番組の最後に良いことがありますので、是非!楽しみにしていてくださいね!!」
スタッフが笑顔を浮かべながら雫へそう語った。雫が困惑して”あうっ? えぇ?”と新種の可愛い動物的な(おそらく小さくて毛玉的な)鳴き声を上げている間に、スタッフは今度こそ部屋を出て行ってしまった。
Q言わなくても良いことだけど言いたくなっちゃったのはな~んでだ? Aそれは、スタッフが雫ちゃんのファンだからで~す 私もで~す あちしもよ~ん
リオは心の中で棒読みクソ構文を作って遊ぶ。
良いことと言われても、二人には全く想像がつかなかった。
良い事ね・・・ 雫さん生誕おめでとうサプライズ来るか~?
などともリオは思ったが、番組収録の日はべつに夢野雫@大天使が誕生した日ではないことも思い出し、謎は深まるばかりである。
「雫さん、何か良いことがあるらしいですよ」
リオは視線をずらして、雫の横顔を見た。
「そうみたいですねぇ」
雫は顔を横に向けて、リオを正面に見た。
「なんだと思います?」
「リオさんの抱き枕の発売決定とかですかね?」
「それどこに需要があるんですか」
「それかリオさんの匂いがする香水とか!」
「それどこに使い道があるんですか」
ていうか私の”匂い”ってなんだよ 絶対”臭い”の間違いだろ ・・・いや誰が臭うんじゃこら
「いやあ、なかなか予想がつかないですね」
「そうですね・・・ あ、でも一つ見つけました」
「え? 何ですか?」
「リオさんを抱きしめられることです!!」
「はい?」
「リオさんを抱きしめられることです!!」
「あ、聞こえなかったわけじゃないです」
目を輝かせて嬉しそうに言った雫に、リオは落ち着いた口調で言った。
「リオさん!聞いてくださいリオさん!」
「はい 聞きまくりですよ雫さん」
「スタッフ亡き今、ようやく私たちは二人っきりになれたわけです!」
「さらっと殺さないでください」
「私たちが二人っきりになったら必ずやることがありますね!」
「挨拶ですか?」
「ハグです!!」
雫は両手の拳を胸元までぎゅっと引き寄せながら、前傾姿勢で前のめりになってリオに熱弁した。リオはその熱から逃れるように、身体を後ろへと反らせていた。
ハグとか初耳なんですがそれは
「すみません ハグとハゲには触れるなというのが我が家の教えなので」
「ラブにも触れてみませんか?」
「そっちの気(毛)は無いです」
「りおさああああん」
雫はリオの言葉を遮るように両手をがばりと広げると、リオの背中にぐるっと巻き付けて、自らの身体にぎゅっと引き付けた。
リオと雫には身長差がある。リオの方が小さい。ので、リオが少し視線を上げればいつくしむように見下ろす雫の視線が、少し視線を下げれば包み込むような豊かな双丘があるという状態。
そのため雫がリオのことを抱きしめれば、リオは自然と雫の首元に顔をうずめざるを得なくなる。
顔をもぞもぞと動かして雫の肩から顔を出す。
「リオさんはいつ抱きしめても暖かくて柔らかくて気持ちいです!」
「冷たくて硬かったら死体か冷凍したボクサーでしょうね」
「も~幸せです 頭がふわふわ~って感じになります!」
「ヒトを麻薬みたいに言わないでください」
「飛びそうです」
「落ちてください」
興奮する雫に口ではどうのこうの言っているが、実際はリオも心拍数が上がっていた。
密着した身体から程よい熱が伝わり、甘い匂いが伝わり、しなやかな柔らかさが伝わっている。。
この人に抱きしめられたら誰だってこうなる・・・
悪くないと感じている自分に言い訳をするように、リオは心の中で独り言を言う。
抱き枕が欲しいってのも、まあ、分かるかも・・・
これも独り言。
「雫さん、あの・・・とりあえず番組よろしくお願いしますね」
リオは顔を上げて、雫の顔を至近距離で見つめながら言った。
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
「とりあえず楽しめるといいですよね」
「そうですね!」
これは共有。
「ってことで明日のこの時間、私は雫さんと一緒に”ぶいぶいっ!”に出演することになったよ」
リオは事前の告知もかねて、自身の配信で番組に出る事を語った。
凄すぎ!
Live配信だけど大丈夫か?
え!あの表舞台NG系Vtuberの時雨リオが!?
放送事故起こりそうw
「まあ大丈夫でしょ いつも通りやっとけば」
いつも通りは絶対にダメだろww
ゴリラ抑え目ヒト増し増しで
ドラミングとかすんなよ!絶対だぞ!
雫ちゃんとまたコラボじゃん裏山
「とりあえず気合入れてくわ」
うほお(頑張って)
絶対見るぞ!
録画の極み
バナナくえ
「ということでエールとかどうぞ」
雫ちゃん泣かしてこい
放送事故起こしてこい
司会をゴリラにしてこい
どすこい
「みんなきらい」
次の日。
「それではみなさんお待ちかね!本日のゲストでーす!!!」
司会の声。
番組が始まる。