PCに向かう時雨リオは、キーボードで文字を打ち込んでいた。
素早い手つきで文字が入力されていき、画面にテキストが浮かび上がる。部屋にはクーラーが風を送る音と、打ち鳴らされるタイプ音だけが響いていた。
そのうちにリオは手を止めた。画面に表示されたのは「対策本部」の文字。リオはそれをササッと拡大して、画面の中央にパパッと設置する。
そうして配信をスタートさせれば、今日もたくさんの猿の鳴き声がコメント欄に流れ始めた。
リオはそれを横目で確認すると、机の上に両肘をついて、手を絡ませて顎を乗せた。
「これより、駿河武士対策会議を始めるっっ!!」
目を力強く見開いて、声高らかに宣言した。
決まったあ・・・
目を閉じて雰囲気を味わう。
気分はエリート女社長の新人Vtuber、時雨リオである。
事の発端は先日決まった、駿河武士との突発コラボであった。リオは犬猿の仲である駿河武士とのコンタクトに四苦八苦しながらも、何とかコラボの約束を取り付けることに成功した。
しかし安心したのも束の間、リオはふと気づいてしまった。
話すことないじゃん、と。
椅子の背もたれにもたれかかりながら思い起こされるのは、初めての出会い、そして先日の通話。
いずれにしても会話になっていなかった。
キャッチボールというかドッヂボールである。何なら戦争まである。
そこでリオは、視聴者に協力を仰ぐことにした。
配信タイトルを「駿河武士とコラボ決定やったあ!」と銘打っての、対策会議である。
「ということでみんなぁ、意見よろしくぅ」
リオは疲れた表情を浮かべながら、間延びした声で視聴者にお願いをした。
耳栓をしよう
けん玉で仲良くなろう
とりあえず叫んでおけ
可愛い
視聴者の多くは、駿河武士とリオの通話の様子を知っているために、半ば諦めた様子であった。
「みんな、何とか頼む! このままだと皆の鼓膜ぶち破っちゃうコラボだよ!」
リオは画面の前で手を合わせた。
パワーワードやめろww
こいついつも鼓膜破ってるな
ちなみに何するか決まってるの?
「ああ、言い忘れてた ゲームはRUBGをやることになったよ」
リオは補足をした。
解説ニキさんきゅ
いつもありがとう
武士に銃が扱えるのか?
RUBGはとても有名なゲームで協力プレイもできて実況もしやすいということで、武士との打ち合わせの中で自然とやることに決まったゲームだった。
しかし、いくら面白いゲームだからと言っても、コラボ相手との対話を諦める免罪符にはなってくれないのである。
リオが頭を抱えていると、気になるコメントが流れてきた。
リオは目をつぶり、武士と実際にコラボしている様子を思い浮かべた。
「ん~、今考えてるのは好きなバナナの種類の話とか・・・」
バナナデッキで草
聞かされる側の気持ちよww
新手の嫌がらせかな?
「後は好きな筋肉の話かな」
リ オ の お 話
刑務作業にありそう
ペッパー君の方が上手く喋りそう
「そんなに言わなくても」
リオはそう言って口を尖らせた。しかし、内心では話が弾まない未来が容易に想像できてしまい顔を曇らせた。
リオは何とか楽しく話が弾んでいる未来をいくつか描こうとしてみる。
しかし思い描いたどの未来でも、武士はひたすらに馬鹿みたいに大声でわめいていた。
脳内でいくつも重なり合う声は、まるで呪いのようである。
リオがげんなりしていると、素晴らしいコメントが流れた。
いっぱい質問しよう
ええやん
他力本願(小声)
リオはそれを見た瞬間に目を輝かせた。
「天才じゃん! 私の勝ちじゃん! さあ皆、質問を考えるんだ!」
勝ったな(白目)
お前何もしてないぞ
リオを甘やかすな
「ほらじゃんじゃん♪ じゃんじゃん♪」
せやな
先にリオ姉貴の話を聞きたい
分かる
「え? 私っ?」
浮かれていたリオは、予想外の展開に目を丸くした。
しかし考えてみれば、いつも自分から自分のことを一方的に話すばかりだった気がする。
リオは丁度良い機会だと思い、時雨リオへの質問コーナーを開くことにした。
「よし みんな今から自由に私への質問を書くんだ 私が適当に読み上げていって、適当に答えてくよ」
うほおっ!
いいね
やったぜ
リオがそう宣言すると、コメント欄はあっという間に賑わい始める。
リオは早速、流れてくる質問をどんどんと読み上げていき、その中から答えられそうな質問は答えていった。
「ええ~ "Vtuberになったきっかけは何ですか?" ええと、勤めてた会社が倒産したからかな」
おっも
えぇ・・・
いきなりラスボス出すな
「それで次の仕事全然決まんないし、毎日つまんなくて そしたらたまたま配信してたVtuberを見てさ みんなで何かやるの楽しそうで良いな~って思って」
リオは偽り無く、正直に答えた。リオにとっては過去のことであり、それがそれ以上の重さを持つことは無い。そのため話すことにも抵抗はなかった。
リオ姐しわ汗になって
↑なんか汚くて草
↑幸せだろww
泣ける
「ほら、何しみったれてんの次いくよ 次い!」
リオは予想よりも暗い雰囲気になったので、明るい話題を探した。
「ええと“スリーサイズ教えてください”かw」
地雷を踏み抜いた。
高低差えっぐww
ジェットコースターかな?
涙返して
セクハラはダメだぞお
「81 61 87」
迷いがなくて草
さすがリオだ
強い
リオは次々と質問を読み上げていく。
「はい、次 "何か飼っていますか? それはゴリラですか? 可愛いですね" 質問じゃないのかよっ!」
クソコメで草
ゴリラの握力は約400kgです
↑聞いてないです
「でも一応答えるかな ウーパールーパーを一匹飼ってるよ」
「あ゛あ゛っ?」
素直に謝れて偉い
怖いい
ウーパーかわいいよウーパー
リオは質問を読み上げていく中で、ふと英語の質問が混ざっていることに気が付いた。
リオは思わず笑みを浮かべた。
「皆、すごいよ! 英語だよ! いや~とうとう海越えちゃったか~! 世界進出しちゃったか~」
外国人ニキ!
さすリオ
なんて書いてあるの?
「ええとなになに?"Am i rice cake?"だってさ! 英語分かんないからgaggle翻訳かけるね」
あっ
リオは馬鹿なのかもしれない
筋肉の弊害か・・・
リオはgaggle翻訳のページを開くと、ウキウキで翻訳にかけた。
翻訳された文が日本語で読み上げられる。
\私はお餅ですか/
機械特有のゆっくりとした発音で、丁寧にそしてはっきりと読み上げられた。
「何でだよっ!」
リオは身を乗り出して思わず叫んだ。英語コメは視聴者の手の込んだ偽装工作、もしくはお餅からのコメントだった。
餅も見てます
騙せば騙すほど味が出る
りおともち
↑“ぐりとぐら”みたいに言うなww
リオはそろそろ終わりにしようと思い、最後のコメントを拾った。
「ああもう次い! “zyよん歳になりました。祝ってください” ん?」
zyよん歳!?
zyよん歳おめでとう
[u]が足らん
「[u]が足らない・・・? ああ! じゅうよんさい! 14歳か! おめでとう」
そういうことかww
なぞなぞみたいで草
おめでとう
Uぶっ壊れニキは連続でコメントを投稿していた。
「“りおさんエスキ!” Sキ? ああ~[u]壊れてるからかw 好きなってくれたのかな? ありがとう」
怒涛のuぶっ壊れニキ
“ESUKI”!?
↑“U”使えんのかよwww
次のコメントが流れてくる。
「ええと、・・・“パンT!” U使えないからって何でも許されると思うなよ!!」
ただの変態で草
しかもU使えるからなこいつw
ぱんつorぱんてぃー こいつ、できるッッ!!
「はい、終わりでーす」
リオは一通りコメントを読み終えると、質問を打ち切った。たくさんのコメントを捌いたことによりリオは謎の達成感を感じ、
満足して配信を終えようとしたが、そこで頭の片隅に違和感を感じた。
リオは暫しの間、思考に沈んで、違和感の正体を探る。そして気づいてしまった。
まだ、武士への質問決めてないじゃん!!
しかし、今から質問を練るのは面倒だと思ったリオはNowTubeのある機能を利用することにした。
それはコメント抽出機能である。この機能を利用すれば、今あるコメントの中から、ランダムで好きな数コメントを選ぶことが出来るのである。
また<利用者が指定する範囲を決めることも可能である。>
「みんな、忘れてたけど武士への質問を決めなくちゃならない そこで、今から皆には武士への質問をとにかく書きまくってほしい 私がその中からコメント抽出機能でいくつか適当に選んで、その書かれている文のまま訊いてこようと思う」
了解
いいね
OK
範囲
範囲忘れるな
リオの言葉に反応して、たくさんのコメントが一斉に流れ始めた。その速度はすさまじく、書いてある事が目で追えない程である。
リオはある程度コメントが溜まったタイミングを見計らって、コメント抽出を行った。
「抽選結果はこれだっ」
リオは期待に胸を膨らませ、笑みを浮かべながら結果を待った。
5つのコメントが選ばれた。
画面に表示された。
\スリーサイズを教えてください/
\Am i rice cake?/
\zyよん歳になりました。祝ってください/
\パンT!/
\団子のつくり方を教えてほしいにゃん/
表 示 さ れ た。
「と゛う゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛」
草
wwwwww
地獄で草
ノルマ達成
様 式 美
リオは天井を見あげながら、獣のような叫び声を上げた。
原因は<指定する範囲を決めなかったこと>である。そのためすべてのコメントが範囲に選ばれた。
純粋に忘れていたのだ。
ただそのミスが、絶望を吸い寄せた。
「み・・・皆・・・ もう一回やらない?ね?」
“書かれている通り”に訊いてきてね^^
情けない声すこ
たのしいいいいい
視聴者は楽しいことが大好きだ。
リオは泣いた。