とある科学の進入禁止   作:山都撫子

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1-2 計画

 学園都市の片隅、地図上ではすでに「閉鎖済み」と記された区画に、その研究施設はあった。かつてここでは、能力向上のための禁忌に触れる実験が昼夜を問わず行われていた。しかし今や、壁にはひびが入り、高価な精密機器の残骸が墓標のように並ぶ廃墟と化している。

 

 その静寂を、硬い靴音が踏みしだいた。

 

「……ここね。カビと薬品が混じった、最低の掃き溜め」

 

 現れたのは、一人の女。彼女は迷いのない手付きで、まだ息を吹き返しそうな端子盤を探し出し、持参したノートパソコンとケーブルを繋ぎ合わせた。

 

 本来、この施設のデータは解体時にすべて物理的に破壊、あるいは消去されているはずだった。だが、彼女の指先がキーを叩くたびに、暗黒の海から失われた記憶を引き揚げるように、モニターへ無数の文字列が奔流となって溢れ出す。

 

 やがて、画面の中央に一つの忌まわしい計画名が浮かび上がった。

 

 ―――『暗闇の五月計画』―――

 

 女は無機質な光を放つ画面を凝視し、淡々とスクロールを続ける。被験者のリスト、投与された薬品の配合表、そして脳に直接書き込まれた「第一位」の演算プロトコル。

 

 ある一点で彼女の指が止まった。他の被験者とは一線を画す、異常なまでの適合率を示した個体データ。

 

「……やはり、この計画の被験者だったのね。進入禁止(アクチュエータ)

 

 女はふぅ、と重苦しい溜息を吐き、パソコンを閉じた。その瞳には、単なる調査対象以上の、昏い執着が宿っていた。

 

 

 同じ頃、第七学区。

 

 学園都市の心臓部とも言えるこの学区には、世界最高峰の医療設備を誇る病院が建ち並んでいる。平日の昼下がり、降り注ぐ陽光は穏やかだが、進入禁止(アクチュエータ)の心は晴れなかった。

 

 白い髪を隠すようにフードを深く被り、彼は人通りの少ない裏口から病院へと入る。彼の容姿を見ても、ここでは誰も振り返らない。この街において「異形」は珍しいものではないし、何より、この病院自体が「普通」ではないからだ。

 

 指定された病室のドアを開けると、そこには一人の医師が待っていた。

 

「やぁ、待っていたよ?進入禁止(アクチュエータ)

 

男の素性を、彼は知らない。ただ、暗部組織の紹介を通じて知り合った、自分の特殊すぎる肉体と脳を唯一「メンテナンス」できる凄腕の医師だということだけを認識している。

 

「定期健診なんて必要なモンなのか?」

 

 進入禁止(アクチュエータ)は乱暴にパイプ椅子に腰掛け、不機嫌さを隠さずに吐き捨てた。医師は瞳を和らげ、手際よく検査機器を彼の身体へ繋いでいく。

 

「他の被験者は一部の思考パターンしか植えつけられてないからね?君の場合は違うだろう?」

 

「……知ったような口ぶりしやがって。まぁいい、早く進めてくれ」

 

 医師は巧みな手付きで、脳波、AIM拡散力場の変動、そして神経伝達物質の分泌量をチェックしていく。部屋の中に、機械的なビープ音だけが規則正しく響く。

 

 数分後、すべての検査を終えた進入禁止(アクチュエータ)は、鬱陶しそうに配線を剥ぎ取ると、すぐに病室のドアへ手をかけた。

 

「結果は聞かなくていいのかい?」

 

「自分の体は他人に見られなくても分かってる。今は出なくても、能力や感情の昂ぶりで奴の人格が引っ張られちまうのもな」

 

 彼は握りしめたドアノブの感覚を確かめるように、力を込めた。

 

「俺が俺じゃなくなる瞬間が、演算の端々にノイズとして混じり始めてるんだよ。……じゃあな。無駄な薬ならいらねェぞ」

 

 そう言い残して、少年は部屋を去った。

 

 残された医師は、モニターに映し出された最新の検査データと、別のフォルダに隠されていた「とある少年」の古い記録を並べて表示させた。

 

 かつての、平凡な黒髪の少年のデータ。

 そして今の、怪物になり果てた進入禁止(アクチュエータ)のデータ。

 

 それらは、まるで鏡合わせの双子のように、深層心理の領域で恐ろしいほどの類似性を示していた。

 

「君が思っている程、深刻な問題に直面するだろうね。でも君なら乗り越えられるはずだ、進入禁止(アクチュエータ)

 

 

 病院の重々しい空気から逃れるように外へ出た途端、初秋の乾いた風が白髪を揺らした。

 自由を噛みしめる間もなく、ポケットの中で携帯端末が震える。もはや、この振動は自分の心拍の一部ではないかと錯覚するほど、絶妙なタイミングだった。

 

「……何の用だ」

 

 画面を見ずとも分かる。佐藤だ。通話ボタンを押し、ぶっきらぼうに端末を耳へ押し当てる。

 

『やあ。急用で申し訳ないね。少し……ディープな話をしても大丈夫かな?』

 

 受話口から漏れる佐藤の声は、いつも以上に湿り気を帯びていた。まるで、底の見えない沼の底から話しかけているような不気味さだ。

 

「用件次第だ。無駄話なら、今すぐ切るぞ」

 

『分かったよ。単刀直入に言おう――君は、絶対能力進化(レベル6シフト)計画を知っているね?』

 

 佐藤が口にしたその禁忌の名に、進入禁止(アクチュエータ)の眉がピクリと動いた。

 

 学園都市第一位一方通行(アクセラレータ)を、人を超えた神の領域――絶対能力者(レベル6)へ至らせるための狂気の計算。だが、その計画は八月二十一日、「最強が最弱に敗北した」ことで完全に瓦解し、関係者である天井亜雄の暴走を経て凍結されたはずだ。

 

「……あァ、知ってンよ。そのクソ実験のケツ拭きを、偽物(オレ)がやらされてるんだからな。第一位が倒れたせいで、有象無象のバカどもが俺を『レベル0に負けた本物』だと勘違いして襲ってきやがる。……で、それがどうした?」

 

『その計画が――秘密裏に、再定義されて動き始めた。しかも、今度の主軸(メイン)は君だ』

 

「…………あァ?」

 

 耳を疑う言葉に、少年の緋色の瞳が鋭く細められた。

 

『本来、この計画は樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の予測演算に基づいた木原幻生の提唱によるものだ。……だがね、とある科学者が君の存在を上層部にリークしてしまったんだよ。「暗闇の五月計画」のデータは、黒夜ちゃんがすべて物理的に破壊したはずだったのに、ね』

 

「……つまりあれか。第一位が使い物にならねェから、代わりに俺がそのバカげた研究に付き合えっつう話かよ」

 

『簡潔に言うとね。まあ、受けるかどうかは君次第という話は付けてある。データは送るから、一度目を通しておいてよ』

 

 一方的に通話が切られ、直後に一通のメールが滑り込んできた。

 

 添付された暗号化書類のタイトルは、彼の運命を嘲笑うかのような文字列だった。

 

非公式の絶対能力進化(アナザー・レベル6シフト)計画】

 

 進入禁止は吐き気を堪えながら、端末の画面をスクロールしていく。

 

 ――本来、本計画は「一方通行」が二万体の『妹達(シスターズ)』を殺害することで達成されるはずであった。しかし、一〇〇三一回次までの実験を終えた段階で、第一位は脳の損傷による演算能力・言語能力の低下を招き、実験は継続不能として凍結。

 

 だが、研究者蝉脇(せみわき)(しおり)の報告によれば、「暗闇の五月計画」において第一位の精神性・演算方法を完全に同期させた被験者が存在し、その能力値がレベル5に到達していることが判明。

 

 この『番外順位(アナザーナンバー)」――進入禁止(アクチュエータ)を第一位の「代替」として再定義。第一〇〇三二次実験以降を彼が完遂することで、一方通行と進入禁止の双方において、絶対能力者への進化を達成する。

 

「……馬鹿げ過ぎだろ。あいつが二万通りの戦場で戦う前提の予測演算だってのに……その残りを俺がなぞっただけで、どうやってレベル6に移行できんだよ」

 

 進入禁止は、端末を閉じると天を仰いだ。

 

 かつて二万人の少女たちが殺されたという血塗られた計画。その残骸を、偽物である自分に継がせようというのか。

 

 だが。

 

 彼の唇は、恐怖や怒りとは裏腹に、歪な弧を描いてニヤリと吊り上がった。脳内の「第一位」の演算パターンが、この破滅的な提案に歓喜の火花を散らしている。

 

「……ケッ、最高じゃねェか。偽物の俺が、本物の代わりに神様になる、か。……どこまでも俺を分身(スペア)として扱わねェ、この街らしいクソみたいな計算式だ」

 

 ふぅ、と長く吐き出されたため息は、秋の空へと溶けていく。

絶望的な運命を突きつけられたはずの少年の背中には、冷酷な決意と、己を弄ぶ世界へのどす黒い挑戦心が宿っていた。




どうも、大和撫子です。

1-1と1-2をお読み頂きありがとうございます。
拙い文章なのは概要欄にも掲載しております、10年前位に執筆した文を簡易的に読みやすくして投稿しているからです。

そして無理矢理の解釈に肯定派否定派あると思いますが、喧嘩腰にならず
「バカな文章だなぁ…」と思いながら読んでみて下さい。

要望等ございましたらキャラクターシートとかもデータに保管されておりますので掲載していこうかと考えております。

ではまた続きを
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