とある科学の進入禁止   作:山都撫子

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1-4 対峙

 第八学区の深夜、人影のない通りを進入禁止(アクチュエータ)は一人歩いていた。

 

 数時間後には、第七学区の操車場で『御坂10090号』を殺害しなければならない。

 

 蝉脇に突きつけられた、絹旗最愛たちの命を盾にした強制的な実験。拒絶すれば仲間が死に、従えば無垢なクローンが死ぬ。だが、進入禁止(アクチュエータ)の緋色の瞳に宿っているのは、絶望ではなく、この理不尽な計算式を根底から書き換えようとする静かな殺意だった。

 

 彼はポケットから携帯端末を取り出し、履歴の最上部にある番号をタップした。

 

 数回のコールの後、受話口から穏やかで、どこか安心感を抱かせる声が響く。

 

『やあ。こんな時間に電話なんて、検査結果が心配になったかい?』

 

 進入禁止(アクチュエータ)は歩みを止めず、周囲の音を遮断するために空気の密度を操作し、自身の周囲に防音の結界を張りながら続けた。

 

「絶対能力進化計画の研究員の一人が『絶対能力進化(レベル6シフト)』の残骸を拾い上げやがった。主軸(メイン)は俺だ。今夜から『妹達(シスターズ)』を殺す実験が再開される」

 

『……なるほど。凍結されたはずの計画を、君という「代替品」で補完しようというわけか』

 

 医師の声から余裕が消える。彼は学園都市の闇、そして妹達(シスターズ)の存在を誰よりも深く理解している人物だ。

 

「ああ。俺は実験に参加するフリをする。……だが、本当にあの人形どもを殺すつもりはねェ。だからアンタに協力しろっつってんだ」

 

『協力、か。私に死体安置所の空きでも用意しろと言うのかな?』

 

「……そんな後ろ向きな計算じゃねェ。アンタ、第一位(一方通行)と繋がってんだろ。あいつが命がけで守ろうとしてる一番妹達(シスターズ)に近い存在に連絡を入れろ」

 

 進入禁止(アクチュエータ)が指しているのは、一方通行(アクセラレータ)と共にいる少女、あるいは彼女たちを保護している勢力のことだ。

 

「俺が操車場で計画を開始した瞬間、俺は能力で彼女を殺したように見せかける。空気の屈折率を弄り、血の量を偽装し、心停止を擬似的に作り出す。蝉脇の監視の目は、俺の演算でハッキングして上書きする。……その隙に、アンタの手下かあいつの息がかかった連中に、彼女を回収させろ」

 

『……それは、一方通行(アクセラレータ)がかつて成し遂げられなかった「計画の解体(8月31日)」を、内側から、君の手で行うということだね』

 

「あァ。俺は俺の能力(ちから)で、このみたいな実験をバグらせて終わらせてやる。……二万通りの死を積み上げる前に、蝉脇の予測演算をゴミ箱に放り込んでやるよ」

 

 進入禁止(アクチュエータ)の言葉には、確かな熱がこもっていた。偽物として作られ、第一位の思考を植え付けられた彼。だが、彼は今、本物の一方通行でさえ選べなかった「誰一人殺さずに、闇を出し抜く」という最も困難な計算に挑もうとしていた。

 

『面白いね。君の脳にある「第一位の演算パターン」が、そんな慈悲深い結論を導き出すとは。……いいだろう、その賭けに乗らせてもらおう。回収班の手配と、監視カメラへの介入の補助はこちらで引き受ける』

 

「…あァ、それと一つ。もし俺が何かの事情で、本当に誰かを傷つけちまったら……。その時は、俺を物理的にぶっ壊して止めろ」

 

『……努力はしてみるよ。だが、君なら乗り越えられるはずだ。進入禁止(アクチュエータ)

 

 通話が切れる。

 

 進入禁止(アクチュエータ)は端末をポケットに放り込み、夜の帳が降りた操車場のゲートを見上げた。脳内では、第一位の冷徹な演算と、自分自身の必死な意思が火花を散らしている。

 

 救うために、殺戮者を演じる。

 愛する仲間を守るために、最も憎むべき実験の主役になる。

 

「……さァ、地獄の実験教室の時間だ。……算数も出来ねェバカな研究員(インテリ)に、数学的な絶望ってヤツを教えてやるよ」

 

 白い髪を揺らし、彼は闇の奥へと足を踏み入れた。

 その背中は、もはや誰の模倣でもない、彼自身の「進入禁止」の領域を確立し始めていた。

 

 

一方通行(アクセラレータ)!? とミサカは予想していない出来事に言葉を失います」

 

 軍用ゴーグル越しに射す驚愕の視線。だが、その瞳に映る「白い髪の少年」は、彼女たちが知る第一位(オリジナル)とは決定的に異なる「何か」を纏っていた。

 

「悪りィな、第一位じゃねェンだわ。見ての通り、第一位の紛い物――って事にしとこうかァ」

 

 口調が、そして空気が変わる。

 

 脳内に植え付けられた第一位の演算パターン。それは能力行使時の負荷と感情の昂ぶりに呼応し、被験者の人格を強制的に第一位のそれへと塗り替えていく。進入禁止(アクチュエータ)もまた、その例外ではない。いまや彼の緋色の瞳には、冷酷な破壊者としての狂気が宿っていた。

 

「何故このような事をするのですか? とミサカはアナタの行動に対して問いかけます」

 

 ミサカ19090号の問いに、彼はケケケッと独特な、喉を鳴らすような笑いを漏らす。

 

「テメェ等には伝えてねェンだが、あの計画(レベル6シフト)は終わってねェンだよ。その続きを俺が第一位の代わりにやってるンだわァ。……それ位で理解出来ンだろォが?」

 

「そういう事だったんですね、とミサカはこの状況を何となく理解しました」

 

 理解した、と。その言葉と共にミサカ19090号はアサルトライフルを捨て、拳を固める。

 

 彼女たちの能力は、学園都市第三位・御坂美琴の劣化コピー――欠陥電気(レディオノイズ)超能力者(レベル5)には遠く及ばない出力。だが、それはあくまで「規格外」と比較すればの話だ。

 

「おいおい、そんなチンケな力で対応出来ンのかよォォ!!!!」

 

 両腕から放たれた、百万ボルト近い蒼白い雷撃。空気を焼き、網膜を刺すほどの閃光。直撃すれば常人など炭化するその暴力に対し、進入禁止は避ける動作すら見せない。それどころか、彼はその雷撃に向かって、無防備に一歩踏み出した。

 

 バチィィッ!!

 

 激突の瞬間、雷撃は彼に触れることさえ許されず、霧散するように四方に弾け飛んだ。反射ではない。まるで、電撃という現象そのものが「無意味」になったかのような不自然な消滅。ミサカ19090号の瞳に、計算外の事態を示す動揺が走る。

 

「こっから先はお勉強タイムだァ。第一位ならベクトル変換で弾丸だろうが雷撃だろうが反射する。だが、俺の能力は向き(ベクトル)を弄る芸当は出来ねェ。じゃあ、なンで雷撃が消えたか……?」

 

 彼の足元には、弾け飛んだ雷撃の残骸がバチバチと火花を散らしている。

 進入禁止(アクチュエータ)がその「残骸」に軽く手を振るった。

 

「正解は――雷撃に存在する電荷の(スカラー)を、その場でゼロにしたからでしたァ。俺の能力はスカラー変換。あらゆる物理量の増減を可能とする……。更に応用すれば、テメェ等が発した電気も、俺が『定義』し直してやれるってワケだ」

 

 瞬間。

 

 彼の周囲に残っていた微弱な電気が、物理法則を無視して膨れ上がった。青白かった火花は、不気味な橙色へと変色し、その出力はオリジナル(御坂美琴)の放つ超電磁砲にさえ匹敵する暴威へと変換される。

 

「返してやるよ。テメェの出したゴミを、価値ある量に磨いてなァ!」

 

 進入禁止(アクチュエータ)が腕を一閃すると、増幅された雷撃がミサカ19090号へと牙を剥いた。直撃は避けたものの、背後のコンクリート壁に激突した電撃は、巨大な爆発を引き起こす。爆風と、抉り取られた地面の瓦礫が弾丸となって少女を襲った。

 

「うぐっ……!」

 

 瓦礫が身体の至る所を削り、制服が裂け、擦り傷や切り傷から鮮血が溢れ出す。特に右脚を襲った自身の体重を凌駕する巨大なコンクリート塊は、少女の骨を容易く砕いた。立ち上がることすら出来ず、彼女は血の海の中で喘ぐ。

 

「……終わりにしようぜ、妹達(シスターズ)。テメェも少なからず第一位に殺される運命にあったンだから、これも本望だろォ?」

 

 進入禁止(アクチュエータ)は、倒れ伏す少女の絶望的な「死の数値」を冷徹に計算しながら、一歩ずつ、そのトドメの一撃を放つために近づいていく。その緋色の瞳の奥、加速する演算の闇のさらに底で、本物の彼だけが必死に叫んでいた。

 

(……クソ医者、早くしろ! 俺の演算(アタマ)が、これ以上『嘘』を吐けなくなる前に――!!)

 

 苦しみ悶え、血の海に沈むミサカ19090号の傍らで、進入禁止(アクチュエータ)は片膝をついた。脳内を支配する第一位(オリジナル)の冷徹な演算回路が、トドメの一撃として少女の頸動脈の「熱量」を沸点まで引き上げるプロセスを完了させる。

 

 あとは、指先を触れるだけでいい。

 

 だが、その指が届く寸前。軍用ゴーグル越しに目が合ったミサカ19090号が、掠れた声でボソリと呟いた。

 

「……何故、アナタはそんなに悲しい表情を浮かべているのですか、とミサカは最後の力を振り絞って問いかけます」

 

「……は?」

 

 その一言に、進入禁止(アクチュエータ)は硬直した。

 

 加速し続けていた演算が、まるで致命的な論理矛盾(バグ)に直面したかのように火花を散らして停止する。

 

 自分が、悲しい表情を浮かべている?

 

 何故だ。

 

 計画の代替品として作られ、第一位(アイツ)の残虐性をコピーさせられ、目の前の欠陥品(シスターズ)を殺せば「神」に至れるというのに。演算(こたえ)はとっくに出ているはずだ。

 

 だというのに、どうして胸の奥が、存在しないはずの「痛み」という量をこれほどまでに増幅させているのか。

 

「テメェ……何言ってンだ。俺は、俺が最高の結果を手に入れるために計算を――」

 

 言いかけた瞬間だった。

 

 進入禁止(アクチュエータ)の背後、闇の中から「黒い何か」が猛烈な速度で空間を横切った。

 

「――ッ!?」

 

 能力による「気流の密度変化」で不審な動きは察知していたはずだが、その「何か」は彼の予測を無視して、一直線にミサカ19090号へと到達した。我に返り、通り過ぎていった方向を見据える。

 

 そこには、白いワイシャツに黒のスラックスという、この「闇」の戦場にはあまりに不釣り合いな学生服姿の少年が立っていた。

 

 ツンツンと逆立った黒髪。

 その腕には、今まさに殺そうとしていたミサカ19090号を抱きかかえている。

 

 少年――上条(かみじょう)当麻(とうま)は、苦痛に喘ぐ少女を庇うように立ち塞がると、その右拳を強く握りしめ、射抜くような視線で進入禁止を真っ向から睨みつけていた。

 

「……もうやめろ。こんなことして、お前が本当に救われると思ってるのかよ!」

 

 少年の咆哮が、静まり返った操車場に響き渡る。

 

 進入禁止(アクチュエータ)は、その真っ直ぐな瞳を前にして、植え付けられた第一位の口調を忘れ、かつての自分に近い、掠れた声で呟いた。

 

「……あァ?」

 

 計画の破壊者。第一位を止めた無能力者。

 カエル顔の医師が差し向けた「一番妹達に近い存在」とは、この少年のことだったのか。

 

 進入禁止(アクチュエータ)は、緋色の瞳の奥に蠢く「自分」と「怪物」の狭間で、ニヤリと絶望的な笑みを浮かべた。

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