二人の迷宮攻略は進む。
既に50階層下った。
昼夜がここでは日数が分からないが、体感的には相当な時間がたっている。
しかし、それでも驚異的な速度で進んでいる。
この間にも、死闘に身をとしてきた。
強力な毒を扱う魔物や体の動きを麻痺させる魔物達が絶え間なく襲いかかってくるのだ。
神水が無ければ即座にゲームオーバーになっていただろう。
が、二人はその障害を悉く打ち破り、自分の糧にしてきた。
上記の魔物達を食らうことで、毒や麻痺への耐性を獲得できた。
また、魔物を訓練相手として着々と力を身につけた。
そんな冒険を続けながらたどり着いた50階層。
既にこの階層の探索は終わっており、下層への階段も見つけているのだが、二人は少しだけここに留まっていた。
明らかに異質な空間があるのだ。
脇道を抜けた先には、高さ三メートル程の、この場所には似合わない荘厳な扉が鎮座していた。
その両脇には、二対一体のひとつ目の怪物の彫刻が、まるで騎士の様に掘られている。
颯斗が扉を見ただけで〟直感〝が警告を鳴らし、ハジメが足を踏み入れると、全身に悪寒が走ったのだ。
ヤバイと感じた二人は一旦退き、武装を完全に整えて、もう一度出向いた。
無視していくという選択は無い。
せっかく見つけた手掛かりになるかもしれない
期待と嫌な予感という、正反対の感情を抱えながら、二人はその空間に踏み出す。
あの扉を開けば、確実になんらかの障害にぶち当たるだろう。
しかし、新たな風が吹く可能性もあり得る。
「パンドラの箱って奴か」
「役に立つ希望を期待しとくかぁ」
ハジメが笑みを浮かべながら呟いた言葉に、颯斗は言葉を返すが、顔には期待の色は無かった。
その間にも二人は、自分のコンディションを念入りに確認する。
ハジメはゆっくりとドンナーを抜き、前を見据える。
颯斗は指を鳴らしながら、警戒を上げる。
しかし、そんな二人とは裏腹に、特に何事も無く扉の前にたどり着く事が出来た。
近くで見れば、なおさら見事な装飾が施されている。
そんな扉の中央には、魔法陣の中に二つの窪みがあった。
「? なんだこの陣。見たことねぇぞ」
座学に力を入れていたハジメでも、この陣は読み取れなかった。
もちろん全ての陣を学んだ訳では無いが、現在の陣とは全く形が違かった。
「相当古いってことか?」
「その魔法陣以外に仕掛けは無いみてぇだ」
ハジメが頭を悩ませている間に、扉を調べていた颯斗がそう発する。
いかにも怪しいので細かく調べたのだが、魔法陣以外に手掛かりには見つからなかった様だ。
今の二人には解読する術が無い。
「仕方ねぇ、いつものやり方で行くか」
押しても引いても開かないので、ハジメは〟錬成〝で道を作ろうとする。
右手を付け、魔力を流し始める。
___バチリとハジメの右腕が焼ける。
「ぐっ!?」
「あ?何が起こった?」
扉から赤い放電が走り、ハジメの腕を飛ばした。
右手は煙を出している。
その光景に颯斗が眉をひそめる。
痛みに顔をしかめ、悪態をついたハジメが、神水を飲み干すと同時に異変が起こる。
「「オォォァオオオオ!!!」」
野太い咆哮が、部屋に響き渡った。
二人は素早い動きで後ろに下がる。
腰を落とし、迎撃体勢を取る二人の前には、咆哮を上げた正体が動き出した。
「まぁ、ベタと言えばベタだな」
「開けてねぇのになぁ。気の早い絶望だぜ」
ハジメが苦笑いを浮かべ、颯斗は鼻で笑う。
その二人の前で、扉の両脇に彫られていた二体の一目の巨人が動く。
いつの間にか、壁と同化いていた肌は暗緑色に変化している。
ファンタジーの定番、サイクロプスだ。
どこからか取り出しだ大剣を握り、未だ埋まっている半身を抜き出そうとしている。
侵入者たるハジメと颯斗を始末しようと、視線を向け___
___ハジメの銃口と、颯斗の脚が、最後の光景だった。
凄まじい爆裂音を響かせ、電磁加速されたタウル鉱石の弾丸が、たった一つの目に突き刺さる。
それだけでは飽きたらず、そのまま脳をぐちゃぐちゃに破壊したあげく、後頭部を貫き、後ろの壁に穴を空けた。
少しだけ脚を曲げ、颯斗は飛び上がった。
しかし、その跳躍は四メートルにも達し、体長六メートル程のサイクロプスの顔面にすらたどり着いた。
その飛び上がった力をそのままに、回転し顎を目掛けて脚を振るう。
その結果は、足がまだ変化前だった為、引っ張られた首が飛んで行くというなんとも悲惨なものだった。
二体のサイクロプスがビクンと痙攣し、前のめりに倒れ込む。
巨体が倒れる衝撃で、部屋全体が激しく揺れ、土埃が舞い上がる。
スチャッと軽い調子で着地した颯斗の、数瞬後に首が落ちる。
「空気読めよハジメ」
「俺達は待つほど出来た敵役じゃあ無いだろ。それと首を吹き飛ばしたテメェが言うな」
酷い光景だった。
二人の潜ってきた修羅場を考えれば当然なのだが、あまりにもサイクロプスが哀れだった。
迷宮の底の底で、相当な年月を過ごしたサイクロプス達は、やっとの出番なのにも関わらず瞬殺されてしまった。
なんとなく、ゴロリと転がる首の瞳が「こいつらなんてことを!」と言っている気がする。
そんなことを気にも掛けず、二人はサイクロプスの魔石を取り出した。
それを窪みに嵌め込めば、想像通りにピッタリと嵌まる。
すると、魔法陣が輝き出す。
そしてパキンッと硝子が割れるような音が響き、光が失われる。
その代わりに、部屋全体が光だし、久しく見なかった光量に、二人は目を細める。
二人で目を見合わせた後、ハジメがドンナーを抜きながら、そっと扉を開く。
遠距離攻撃が出来るハジメが、即攻撃出来るように先に入る。
扉の奥は光が無くい大きな空間が広がっている様だ。
〟夜目〝によって少しずつ見えてきたのは、大理石の様な艶やかな石で出来た柱。
その部屋の中央には、巨大な立方体の岩が鎮座している。
その岩を注視していたハジメは、何か光るものが中央に生えていることに気づいた。
近くで確認しようと、扉を開け固定しようする。
ホラーゲームよろしく、いきなり閉められては困るからだ。
しかし、固定する前にそれが動いた。
「…だれ?」
掠れた、弱々しい声に、ハジメはビクリと体を跳ね上げる。
その〟何か〝を改めて注視する。
すると、それはユラユラと動きだし、差し込んだ光がその正体を暴いた。
___月が浮かぶ。
否、金の髪が光を反射し、あたかも夜空に浮かぶ月の様に見えたのだ。
それは少女だった。
下半身と両腕を岩に埋め込まれ、露出しているのは上半身だけだ。
ホラー映画の幽霊の様に垂れ下がる髪の隙間から、月食を思わせる紅い瞳が覗いている。
年は十二、三位の、やつれていても垣間見える美しさがある。
流石に予想外だったハジメはピタリと固まり、その少女もハジメを見詰めていた。
その姿に首をかしげた颯斗が、ハジメの上から中を覗き込もうと動き出し所で、決然とした表情でハジメが告げた。
「すみません間違えました」
「は?」
その言葉に、頭の上に?を浮かべた颯斗だが、ハジメはそっと扉を閉じようとする。
それを見た少女が、慌てた様にひき止める。
掠れているせいで呟く程の声量だったが、必死なことは伝わる。
「まっ待って…! …お願い…助けて…!」
「嫌です」
「何を言ってんだテメェは…あ?」
少女の願いを、取り付く島もなく一蹴し、再び扉を閉じようとする。
少女の声が聞こえず、ハジメの独り言を聞いていた颯斗も中を覗き、少女の姿に目を見開く。
二人目の登場に少女も目を見開くが、直ぐに懇願へ移る。
「お願い…なんでもするから…助けて…!」
少女の必死の願いに、ハジメは鬱陶しそうに顔を歪める。
「あのな、こんな奈落の底で、明らかに封印されてる奴を解放するわけねぇだろ。見たところ封印以外には何も無さそうだし…脱出には役にたちそうも無い。という訳で…」
全く持って正論である。
しかし、普通は囚われた少女の助けを求める声を、ここまで躊躇い無く切り捨てられる人間は居ないだろう。
元の優しかったハジメは死んだのかも知れない。
颯斗もハジメの言葉に異を唱えず、ハジメの判断に任せる態勢だ。
すげなく断られた少女は、泣きそうな表情で声を張り上げる。
「違う…!私悪くない…!待って…!」
聞く耳を持たず、慈悲も無しに扉を閉めていき、あと少しで完全に閉じる寸前で、少女は叫んだ。
「裏切られただけ!」
その少女の叫びに、閉じられる扉は、止まった。
隙間から漏れる光が、部屋に差し込む。
しばらくの時が過ぎて、扉は再び開いた。
そこには苦虫を百匹を噛み潰したのでは無いかと思うほど顔を歪めたハジメと、そのハジメを見て面白そうに笑っている颯斗が居た。
ハジメとしては、全く助けようとは思っていなかった。
こんな場所に封印されているのだ、危険な存在である可能性や、ただこちらを騙している可能性もある。
しかし、ハジメの心は揺さぶられた。
___裏切られただけ。
既に、クラスメイトの放ったあの魔弾の事は割りきっていた筈だった。
〟生きる〝という、この地獄では困難な願いを叶えるには、怨みなど邪魔になるだけだ。
それでも、少女の言葉に揺さぶられたのは、心の何処かに残っていたのだろう。
もしくは、同じ境遇の少女に同情するだけの、ちっぽけな良心が残っていたのかもしれない。
はぁ…と自分に向けてため息を吐き出す。
それを見た颯斗がカラカラとバカにしたように笑い出した。
「くはは、そう悩む事じゃねぇよ。どう行動しようとテメェの勝手だ。好きに動け。俺も好きに動くからよ」
「…そうだな。やりたいことをやればいい…か」
颯斗の言葉に、まだ納得は出来ないものの、一旦受け入れたハジメは、少女の前に立ち塞がる。
そして、ハジメが戻って来たことに唖然としている少女へ問いかけた。
「裏切られたと言ったな?だが、それはお前が封印された理由にはなってない。それが本当だとして、裏切った奴はどうしてここにお前を封印したんだ?」
金糸の隙間から覗く紅い瞳を見つめながら、ハジメは答えを待つ。
しかし、少女は未だ再起動の途中で返事が無く、ハジメがイラつく。
「言わないなら帰るぞ」と踵を返そうとしたところで我を取り戻し、慌てて言葉を紡いだ。
「…私、先祖返りの吸血鬼…すごい力持ってる…だから国のために頑張った…けど…急に…家臣の皆…お前はもう要らないって…叔父様が…王になるって…私、それでも良かった…けど、私、すごい力あるから…危険だって…殺せないから…ここに封印するって…」
掠れた喉でポツリポツリと語られた話に、ハジメは呻いた。
なんとまぁ波乱万丈な人生か。
しかし、気になるワードがあるので、一旦気持ちを押さえながら尋ねる。
「どっかの国の王様だったのか?」
「…(コクリ)」
「殺せないってのは?」
「…勝手に治る…怪我しても直ぐ治る…首切られてもそのうち治る」
「リアル不死身ちゃんとは恐れ入るわ」
「…すげぇな。それが凄い力か?」
「…他にも…魔力直接操れる…全属性の魔法も使える」
「なるほど」とハジメは納得した。
魔力が操れるのならば、詠唱も陣も要らないので、ノータイムで攻撃が出来る。
ハジメも〟錬成〝が即座に出来るのはその為である。
ただ、ハジメは魔法の適正が無いので、魔力を操れたとしても巨大な陣が必要となるのだが、少女の話が本当ならば、相当な力となるだろう。
何せ、相手があれこれと準備している間に、少女は即座に魔法を叩き込めるのだ。
それに加え不死身も合わされば、勝負にすらならない。
勇者すらも霞むチートの塊である。
「…たすけて」
ハジメが思案していると、少女がハジメを見据えながら再び懇願する。
見つめ合う二人の隣から、颯斗が割り込んだ。
「良いじゃねぇか。こいつは役に立つだろうさ。嘘も吐いてねぇ」
「…なんで嘘吐いてねぇって分かるんだ?」
「勘」
「なるほど」
信憑性が薄い根拠を、ハジメは疑うこと無く受け入れた。
颯斗の勘に助けられてきたハジメは、それを信頼しているのだ。
しばらく考え込んでいたハジメは、ガリガリと頭を掻き、ため息を吐くと、少女を封印している岩へ手を添えた。
「あ…」
「颯斗、周りの警戒頼む」
「はいよ」
少女がその意味に気が付き、大きく目を見開く。
それを無視したハジメは、颯斗へと警戒を任せ、錬成に集中する。
赤い…否、紅い魔力が放電された様に迸る。
しかし、岩はハジメの魔力に抵抗する様に〟錬成〝を弾く。
迷宮の上下に有った岩盤の様だが、全く変わらない訳では無く、ハジメの魔力が岩へ侵食していく。
「ぐっ!抵抗が強い!…だが、今の俺なら…!」
ハジメの魔力から発せられる光が、部屋を染め上げる。
かなりの魔力をつぎ込み、岩が徐々に震え出した。
「まだまだぁ!」
すでに上位魔法を越える程の魔力を流したが、岩にまだ変化は無い。
魔力が増えることによって輝きも増していく。
その光景を、一瞬でも見逃さないというかの様に、少女はじっと見つめていた。
ハジメは、初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めたが、まだ変化は無い。
ハジメはやけくそ気味に、全魔力をつぎ込んだ。
初対面の少女の為に、なぜここまで頑張っているのかと、今更になって考えた。
邪魔するモノは排除して生きると決めたはずなのだが…
ハジメは自分に向けて呆れつつ、「やりたいことをやる」と改めて開き直った。
今や、ハジメ自信が光を放っていた。
正真正銘、全力全開の魔力を注ぎ込み、意地の錬成を成し遂げる。
遂にドロリと岩が溶け始め、少しずつ枷を解いていく。
体の全てが解き放たれ、少女はペタリと座り込み、ハジメも続いて座り込んだ。
両者とも立ち上がる力が無いらしい。
「お疲れさん。ほれ」
「はぁ!はぁ!サンキュ…ウ?」
魔力を全て使ったため、激しい倦怠感に教われるハジメは、颯斗から差し出された神水を受け取ろうとしたところで、少女に手を握られた。
弱々しい、力の無い手は小さくて、フルフルと震えている。
ハジメが顔を向けると、少女は真っ直ぐにハジメを見つめている。
無表情だが、その瞳には溢れんばかりに感情が溢れていた。
「…ありがとう」
震える声で小さく、されどしっかりと告げられた言葉に、ハジメは言い表せない感情を持った。
全て切り捨てたはずの心に、僅かだが消えることのない光が宿った気がした。
ハジメの記憶では、吸血鬼は数百年前に滅んだ筈だ。
だとすれば、彼女はそれだけ長い間を封印されていたことになる。
話している間にも、彼女の表情は変わらなかった。
表情を忘れてしまうほどの時を、一人で…独りで過ごしたのだ。
先程の話で、信じていた者に裏切られたのに、良く発狂しなかったモノである。
もしかすれば、先程言っていた再生の力によって正気を保っていたのだろうか。
だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。
狂うことも出来なかったのだから。
「神水はまだ飲めないな…」と苦笑いを浮かべながら、気怠い体に力を入れ、彼女の手を握り返す。
ピクリと反応した彼女は、同じように握り返した。
「…名前…教えて」
囁く様に、ハジメへと問いかけた。
そういえばお互いに教えてなかったなと思い出したハジメは、同じく彼女にも問いかけた。
「ハジメ。南雲ハジメだ。そんでこいつは___「橘颯斗だ」___だ。お前は?」
「…ハジメ、ハヤト」
彼女は小さく「ハジメ、ハジメ」と、大事なものを内に刻み込むように呟く。
颯斗も名乗っているのだが、ハジメしか呟かないのはやはりそういうことだろう。
颯斗が生暖かい目でニヤニヤとハジメを見るが、ハジメは気にしない。
頬が引きつっているが、全く気にしていない。
ハッと我を取り戻した彼女は名前を答えようとして、思い直したように口を開いた。
「…名前付けて」
「は?付けるってなんだ。まさか忘れたか?」
長い間幽閉されていれば、あり得ると聞いてみるハジメだが、どうやら違うらしく、フルフルと首を降った。
「…もう、前の名前は要らない…ハジメの付けた名前が良い」
「…そうは言ってもなぁ」
恐らくは、過去の自分を捨てて、新しい自分として生きる為の区切りだろう。
ハジメや颯斗の様に、新たな人生を歩む覚悟の現れだ。
二人とは違う、自分の意思で変わるための第一歩として新しい名前が欲しいらしい。
期待した瞳で見てくる少女に、ハジメは困ったように頭を掻く。
「そういうのは第一印象で決めるもんだぜ?」
「…第一印象か…」
颯斗の言葉に、ハジメが思い浮かべたのは、闇夜に浮かぶ月。
あの闇の中で、金の髪が光っていたのは、満月の様だった。
「…〟ユエ〝でどうだ?」
「…ユエ?」
「ユエってのは、俺の故郷で月を示すんだよ。最初お前を見たとき、その髪とか目が月に見えてな…どうだ?」
しっかりとした理由が合ったことに、目をパチクリとさせる少女。
そして、相変わらずの無表情だが、嬉しいという感情を瞳に浮かべた。
「…ん。今日からユエ…ありがとう」
「おう…取り敢えずだ」
「…?」
「これ着ろ。いつまでも素っ裸じゃあ…な」
差し出された外套に首を傾げる少女…ユエだったが、続く言葉で反射的に自分の体を見下ろす。
確かにスッポンポンだった。
大事な部分が丸見えである。
一瞬で真っ赤になるユエは、差し出された外套を抱き寄せると、潤んだ瞳を上目遣いにし、ポツリと呟いた。
「…ハジメのエッチ」
「…」
何を言っても墓穴を掘りそうだったので、ノーコメントを貫いたハジメは、神水を飲み込む。
「イチャついてるところわりぃが___」
颯斗の言葉と同時に、ハジメの気配察知に巨大な魔物が引っ掛かる。
その直後にガツンッ!と固いものを殴った音が響き、黒い影が吹き飛ばされる。
それは部屋を揺らしながら着地すると、醜い音を発てながらこちらを睨み付けた。
「___絶望のおかわりらしぃぜ」
それは体長五メートルの、大きな蠍の様な姿をしていた。
違いがあるとすれば、尻尾が二本あることだろう。
その尻尾には毒があると考えるのが自然だ。
今までの魔物とは一線を画した強者の気配に、ハジメと颯斗に冷や汗が流れる。
「…颯斗」
「急に出てきやがった。恐らくは、ユエを逃さねぇためだろうな」
颯斗は絶え間なく〟気配察知〝を使用していた。
にも関わらず、いきなり湧いて出てきたこの魔物は、封印を解いた後の仕掛け。
つまる所、ユエを置いていけば逃れられる可能性がある。
横に居るユエへ目を向ければ、蠍など目もくれず、一心にハジメを見つめている。
凪いだ水面の様に静かな、覚悟を決めた瞳。
ハジメに自身の運命を委ねた証。
それを見たハジメは、獰猛に口角を吊り上げる。
他人などどうでも良かったのに、ユエに対してシンパシーを覚えてしまった。
手酷い裏切りを受けた身で、今一度、その身を託した。
それに答えなければ、男が廃る。
「上等じゃねぇか」
ハジメはユエを肩に担ぎ、ポーチから取り出した神水の入った試験管を、ユエの口に突っ込んだ。
突然異物を口に入れられ、思わず涙目になるユエだが、神水を飲み、衰えた体に活力が戻ってくる感覚に目を見開く。
そのまま器用にユエを背中へ回すと、ドンナーを抜いた。
衰弱している彼女では足手まとい故、守りながら戦うのは厳しい為に、キツいだろうが耐えて貰うしかない。
「しっかり捕まってろよユエ!」
「…ん!」
「準備は良いか?」
全快にはほど遠いが、ユエは力を振り絞ってハジメに抱き付く。
それを見た颯斗はゴキゴキと首を鳴らしながら問いかけた。
ギチギチと音を発てながらこちらへ来る蠍に対して、ハジメは不敵な笑みを浮かべ、颯斗は殺意を滾らせて敵を睨み付ける。
「「邪魔するってんなら…