天之川のアホさを再確認した日の訓練後、メルドから話があるらしく生徒全員が集められた。
何事かとざわつく生徒達に、メルドは野太い声で告げる。
「明日、実地訓練として【オルクス大迷宮】に向かう!今までの王都外の魔物とは一線を画すぞ!気合い入れろよ!では、解散!」
それを聞いた颯斗はハジメへと話しかける。
「【オルクス大迷宮】ってのは65階層まで攻略されたところか」
「確かそうだったはずだよ。反逆者が作ったとかなんとか…大丈夫かなぁ?」
「ま、なるようになるだろ。それよりも今日中に
「うん。ぶっつけ本番になるけど、構想はしっかり練ったからね。早速取り掛かろう」
「あぁ、防具とか外してくる。やっててくれ」
そう言って、颯斗は倉庫へ向かう。
それを見送ったハジメは部屋へ向かった。
装備を外した颯斗は、部屋ではなくメルドの所へ向けて歩いていた。
団長室に着き、ノックをすると許可が降りたため、入室する。
「しゃーす」
「ハヤトか。どうしたんだ?」
「明日のことで聞きたいことと…
「…ほう?」
颯斗の言葉に眉を潜めたメルド。
颯斗は据え付けられていたソファーにドカリと音を発てながら座ると、口を開いた。
「まずその遠征は何日ほど?」
「1日だ。ただ明日は【ホルアド】の町に止まるから、ここに帰ってくるのは明後日になるな」
「んじゃどれくらい潜るんだ?」
「お前達の調子を見ながら進むから正確には分からんが…最大で20階層だ。それ以上はもっと実力をつけてからになるな」
「そうか…」
それを聞いた颯斗は顎に手を付き、考え始めた。
メルドは急かさず、颯斗の言葉を待つ。
「明日、
「…なに?」
颯斗の言葉に眉を寄せたメルドはどういう事だと先を促す。
「明確な理由があるわけじゃ無い。ただ
「…そうか。であれば騎士の数を増やすとしよう。すまんが潜る事は…変えられそうにないんだ。こちらも万全を期す…どうだ?」
「…なら大丈夫か。よろしくな」
「あぁ、忠告ありがとうな」
話を終えた颯斗は、次に向かったのは城の上部。
いわゆる王族専用の部屋がある場所だった。
そこのとある一室に着いた颯斗は入室の許可を求める。
「リリアーナ。入っても良いか?」
「タチバナさん?どうぞ」
「邪魔すんぜ」
リリアーナの執務室へ入った颯斗の目に、大量の書類と向き合う姫の姿があった。
執務中は眼鏡をかけるらしく、何時もとは違う可愛らしさがあるリリアーナが居た。
膨大な量の書類に颯斗は珍しく引いた表情を浮かべた。
「うーわ…すげぇ量だな。何日分だ?これ」
「え?今日の分ですよ?」
何を当たり前の事を、といった感じて首を傾げるリリアーナ。
どんな教育を受けたらこうなるんだよ、と戦慄した。
実際はリリアーナが可笑しいだけで国王でも三分の一程の仕事しかない。
これがリリアーナが才媛と唱われる由縁の一端なのだろう。
ブラックにも程がある、と王族という立場に恐怖した颯斗は考えるのを止め、本題へ入る。
「あー、実はちょっとばかしお願いがあってな。いつもワリィんだけどよ」
「大丈夫ですよ。私も助かってますから」
リリアーナに頼み事をするのは初めてではない。
それは開発に必要な鉱物をこちらに流してもらっているのだ。
もちろんタダではなく、颯斗が個人でギルドや店に素材を持ち込み、得た金を払ったり、リリアーナの執務を手伝ったり。
一回だけ今日の倍以上の書類と格闘していた時は狂ってるんじゃねぇかと本気で心配した颯斗だった。
さすがに数日に分けていたが。
「それでお願いというのは?」
「あぁ、俺らが迷宮に行くことは知ってるよな?」
「ええ、明日向かうそうですね」
「そこで
「…それは…戦えなくなると?」
颯斗は絶対に二三人は今後戦闘に参加しなくなる奴が出ると確信していた。
確かに王都外で魔物を狩る訓練をしていたが、それは騎士と混ざってであり、迷宮の様な常に死と隣り合わせの場所では無かった。
そんなぬるま湯に浸かっていた奴等が〝死〟を明確に感じとれば心が折れるのは避けられない。
それを危惧し、リリアーナへと保護を頼みに来たのだ。
「あぁ、勇者だなんだと言われても、俺等はただのガキだ。いきなり死ぬ恐怖なんざ感じたら立ち直れない奴も出てくる」
「そう…ですか。分かりました。その方達には
「充分だ。ありがとな」
「その代わりといってはなんですが…また、手伝ってくれますか…?」
リリアーナは親族や付き人以外では颯斗の事を一番信頼していた。
貴族達は王族の立場にある自分に取り入ろうとするのが分かるし、男子の勇者達のほとんどは下卑た視線を寄越してくる。
女子に関しては友好的だが、やはりまだ余所余所しさがあるのは否めない。
その中で颯斗は自分に取り繕う事はせずストレートにモノを言うし、リリアーナ自身も取り繕う事無く話すことが出来る相手だった。
そのため、颯斗と話せる時間はリリアーナにとっての楽しみの一つになっていたのだ。
それに颯斗はフッと笑うとリリアーナの頭を撫でる。
「あ…」
「あぁ、今はちょっと都合が付かねぇからあれだが、帰ってきたらちゃんと手伝うさ。約束だ」
「フフ、ええ。約束です」
少しだけ二人で笑い合う。
そして用事が終わった颯斗は部屋から退室した。
それを見送ったリリアーナは仕事を再開する。
楽しそうに鼻唄を響かせながら。
それは紅茶を持ってきたヘリーナに突っ込まれるまで続いた。
「ワリィ遅れた」
「あ、颯斗。何かあったの?」
颯斗は自分の嫌な予感を話すか悩んだが、不安を増長させるのは良くないと考え、適当な理由をでっち上げた。
「あー、今朝の事で天之川に絡まれてな。あしらってたら遅れちまった」
「アハハ…御愁傷様」
ここで納得されるのが天之川である。
「んま、あのバカはどうでもいい。ちゃっちゃと作ろうぜ」
「そうだね。まずは___」
そうして二人は作業に没頭していった。
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その日の深夜に、作業は完了した。
長時間前屈みになって作業していた二人は、疲れたと溢しながら背を伸ばす。
ボギボギッと鳴る音が、二人の疲労具合を表していた。
「ふぅ…完成だな」
「やっとだね。これを使ってみて問題無さそうだったら量産しようか」
「おう。取り敢えずこの紙は…捨てるか」
そう言って作成の仕方や、試行錯誤の過程が書かれた紙を颯斗は破り捨てた。
「捨てちゃうの?」
「あぁ。明日お披露目になるだろうが、その後帰ってきた時に盗まれて手柄を横取りされる気がするからな。特に檜山にとか」
「あー…確かに」
颯斗は自分達の居ない間に紙を盗まれ、自分達の功績を横取りされることを危惧していた。
まだ細かい調整をしていないモノを王に献上され、何か事故が起こったら面倒だし、仮に自分達で作ったモノだと主張しても檜山は逆にお前らが俺らの考えを盗んだんだ!と主張するだろう。
そして天之川は確実に二人を非難するだろう。
天之川はハジメが不真面目であると認識していて、このような影の努力を認めようとはしないし、颯斗に関しても、お前が脅して聞き出したんだろ!とか言う可能性がある。
否、その状況になればそう発言すると颯斗は確信していた。
「だからこれは捨てて、きちんと清書したものを発表しよう。まずグチャグチャ書き込んでて見にくいしな」
「そうだね…ふぁ~ぁ。明日もあるしそろそろ寝ようか」
颯斗が同意し、お互いベッドに入ろうとしたところで、ノックの音が響く。
二人で顔を見合せ、こんな時間に誰が?…と疑問を浮かべる。
「誰だ?」
「心辺りないよ」
「もしかして檜山か?」
「…やめてよ」
ハジメが心底嫌そうな表情を浮かべる。
すると、扉の向こうから少女の声が聞こえてきた。
「ハジメ君、起きてる?白崎です。ちょっと、いいかな?」
なんですと!?とハジメと珍しく颯斗が硬直する。
ハジメが慌てて扉へ向かい、鍵を外して開くと、そこにはネグリジェにカーディガンを羽織っただけの白崎が立っていた。
「…なんでやねん」
「え?」
衝撃的な光景に思わず関西つっこみをしてしまうハジメ。
白崎はキョトンとして首を傾げる。
二次元好きのハジメとしても、思春期真っ只中の男子。
白崎の刺激の強い姿になるべく気を反らしながら要件を聞く。
「あ、いや、なんでもないよ。それでどうしたのかな?何か連絡事項でも?」
「ううん。その、ハジメ君と話したくて…迷惑だったかな?」
「…どうぞ」
「っ!ありがとう!」
上目遣い+涙目コンボに撲殺されたハジメは、白崎を部屋へと招き入れた。
不安げな表情をしていた白崎は、入れてもらえた事によって花が咲いた様な笑みを浮かべる。
警戒心も無く入ってくる白崎にたじたじになるハジメ。
と、そこでルームメイトは?と視線を向けると、何やらベッドメイキングをしていた。
自身のベッド出はなく、ハジメのベッドを。
「颯斗…何してんの?」
「あ?何って…ナニの準備をしてやってんだよ。感謝しろ」
「ぶ!ち、違うから!」
「あ?もしかして俺のベッドでナニすんのか?レベルタケェ、マジぱねぇっす先輩」
「違うよ!その思考から離れてよ!」
「なに…?」
「白崎さんは知らなくていいことだから!」
頬を真っ赤にするハジメと、何か分かってない白崎を見て颯斗はニヤニヤしている。
一頻り弄った後、颯斗は部屋から出ようとする。
「どこに行くの?」
「香織はテメェと話してぇんだろ?だったらお邪魔虫は退散するに限る。香織もその方が良いだろ?」
「えっと…お願いしても良いかな?」
「おう、二時間くらい時間潰してくるわ」
「だから違うって!」
「くっははは!んじゃごゆっくり~」
颯斗はハジメを最大限からかった後、部屋から退室する。
手持ち無沙汰になった颯斗は風にでも当たってくるか、とテラスへ向けて歩き出す。
ふと違和感を感じ、辺りを見渡すが、何もなく気のせいか、と再度テラスへ向かう。
___憎悪の表情を浮かべた檜山に気がつかないまま。
テラスへ着いた颯斗は、硝子越しに、誰かが居るのが見えた。
(こんな時間にテラスに居るってのは変だな…人の事言えねぇか)
小さく笑った颯斗は、硝子扉を開く。
先に座ったていた人物はその音に反応し、颯斗の方に顔を向ける。
先に座って居たのは意外にも八重樫だった。
「よぉ八重樫。奇遇だな」
「橘君?どうして…あぁ、南雲君のルームメイトだったわね」
「おう。ハジメと香織を置いてきた」
「はぁ…年頃の男女を二人っきりにするって…」
八重樫は呆れたように呟いた。
颯斗は楽しそうに笑う。
「くっははは。大丈夫だ。ハジメはへたれだし、香織は無自覚だし」
「はぁ…本当、なんであれで無自覚なのかしら」
そう白崎は自分の恋心を自覚して無いのである。
颯斗や八重樫が遠回しに聞くが、全てが「ハジメ君が気になるから」的な事だった。
いやそれでなんで分からねぇんだと二人は頭を抱えたが、下手に助言して変な暴走をされたら困るとモヤモヤしていた。
それに加え、このような事柄は当事者がどうにかするものだと考え、余り干渉しなかった。
まぁ颯斗は色々な事を香織に吹き込み、ハジメと八重樫を困らせていたが。
「まぁ、こんな状況じゃそれも後回しになるだろうがな」
「…そうよね」
親友の恋を応援したいが、今はそれどころではない状況なのだ。
八重樫は辛そうにため息を溢す。
それを見た颯斗は、八重樫へ
「八重樫。天之川から離れるのは早い方が良いぞ」
「…なんですって?それは…」
颯斗の言葉に眉を潜める八重樫。
しかし、ふざけた様子のない颯斗の表情と、鋭い瞳に貫かれ、口をつぐんだ。
「これは天之川が嫌いだから言ってるんじゃない。あの脳内お花見畑の奴の側に居るのは危険だ」
「そんなこと___「無いって言えるか?」___っ」
「あいつと居て一番危険に晒されるのはお前だ、八重樫。早いとこ離れた方が身の為だぞ」
八重樫は俯き、唇を噛む。
八重樫も分かっているのだ、天之川の
未だに幻想を盲信し、自分になら出来ると根拠のない自信を持って、クラスメイトにもそれを押し付けている。
しかも、それで慕われているのだから質が悪い。
そしてこれから先、側に居て覚悟を決めている八重樫が一番の危険に晒されると颯斗は睨んでいる。
しかし、それでも八重樫にとって天之川は十年以上共にした幼馴染なのだ。
簡単に納得できるわけがない。
加え、自分を殺し回りを助けるその性格も相まって、見てみぬふりなんて出来ないと葛藤する。
自分が離れればクラスメイトが危ない、と。
「まぁ、簡単じゃねぇわな」
「え…?」
予想外の言葉にバッと顔を上げる八重樫。
そこにはしょうがねぇなぁと言いたげな顔をした颯斗がこちらを見ていた。
自分の心を見透かされていたことに、八重樫は頬を赤める。
「聞けばお前と天之川は十年以上の付き合いなんだろ?お前も天之川は弟の様なモノっつってたしな。そう簡単には割りきれねぇもんだろうし」
「…そうよ。でも…橘君の言ってることもまちがってないでしょ?」
「あぁ、お前が一番危ないのは間違いない。二つの意味でな」
「え?」
「気にすんな。でも、お前は見捨てられない。そうだろ?」
「…えぇ」
八重樫は理解していても、納得出来ない。
自分がどれだけ危険だとしても、親しい人を見捨てられないのだ。
それを察した颯斗は、ガリガリと頭を掻くと、八重樫へバカにしたような笑みを投げる。
「ほんと、自分を殺して誰かを助けるってのは、俺からしたら狂ってるとしか思えねぇよ」
「今更よ。そうやって生きてきたんだもの…変えられないわ」
「だから
「え…」
呆けた顔をする八重樫。
それを見た颯斗は面白そうに笑った。
「くはは。バカみてぇな顔すんなよ八重樫。俺はテメェが安全に過ごせるように
「…で、でも貴方は協力しないって…」
「それは天之川みてぇなバカに対してだ。八重樫や香織、ハジメの様な現実を見て、生き残れるにはどうするか考えてる奴らは、信用出来る。だから俺はテメェを助けてやる。だからテメェも俺に力を貸せ。悪くねぇ取引だろ?」
「…フ、フフフ、アハハハ!えぇ、良い考えだと思うわ。よろしく頼むわね?橘君」
「おう。大船に乗ったつもりで居な」
何かが吹っ切れた様に笑う八重樫。
それを見た颯斗は、心配事は取り除けたか…と安堵した。
不安定な八重樫はいつか壊れると思っていたが、どうにか立ち直させる事が出来たと安心した颯斗。
穏やかな時間が流れ、おもむろに、颯斗は立ち上がった。
「んじゃそろそろ話も終わっただろうし、俺ァ戻る。テメェも明日に備えて早く寝な」
「そうするわ。お休み橘君」
「おう…あぁ、それと___」
「え…」
颯斗は八重樫に近づき
突然の事に硬直する八重樫。
が、次第に頭が働いて来たのか、ボボボボっと顔が赤くなる。
「自分を殺すのはテメェの美点だが、同時に汚点だ。たまには自分を晒け出せ。テメェの隣には受け止めてくれる奴が居るんだ」
「!…えぇ…あ、ありがとう。橘君」
「いきなり悪かった。んじゃまた明日な。
「んにゃ!?」
「くっはははは!」
手をヒラヒラさせながら、颯斗はテラスから出ていった。
八重樫はその場で暫く石像の様になって居たが、声にならない声で悶えだした。
しかし、ふと止まると、撫でられた頭に手を置き、颯斗の掌の暖かさを思い出して小さく笑う。
八重樫もテラスから出て部屋へと戻っていく。
その横顔は何時もの凛とした顔では無く、可愛い乙女の顔だった。
…なお、その顔を白崎に見られ、根掘り葉掘り問い詰められたのは、言うまでもない。