メルドがベヒモスだと言った魔物は、全長10メートルの正に化け物だった。
兜の様な黒いモノが顔に張り付き、こめかみ部分からは二本の角が伸びる。
赤く光る眼は天之川達を睨み付け、黒い体毛が逆立ち始める。
筋肉の塊の様な四肢が膨らみ始め、大きく息を吸い___
「___グゥァァァアァァァア!!!」
「っ!?」
大気が震える。
その咆哮にメルドは意識を戻す。
そして継ぎ接ぎに指示を出す。
「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」
「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
天之川は置いていく事に納得出来ないのか、自分も残ろうとする。
颯斗は自分に出来ることは無いと判断すると、素早く階段へ向かう。
それに天之川が喚くが、知らんぷりをして駆けていく。
階段への道はガイコツの魔物、トラウムソルジャーに寄って塞がれていた。
ベヒモスとは対象的に、無数のガイコツが襲いかかってくる。
ベヒモスが〝個〟の暴力ならば、トラウムソルジャーは〝数〟の暴力。
混乱している生徒達を潜り抜け、颯斗はガイコツを殴り付ける。
以外にも一撃で破壊せれたガイコツを見て、颯斗は生徒へ向けて怒号を発する。
「狼狽えてんじゃねぇバカ共!!こいつらは隊列組めば十分に倒せるヤツだ!!訓練通りに戦いやがれ!!」
その言葉に生徒達は、ワタワタしながらも隊列を組んで戦い始める。
それによって蹂躙されることは回避できたと安堵するが、未だに湧き出てくるガイコツに、このままじゃじり貧だと顔を歪める颯斗。
辺りを見渡し、ハジメを探す。
その時、ハジメは座り込んでいた女子を拳銃で助けていた。
颯斗はハジメへと指示を飛ばす。
「ハジメェ!!不本意だが、ここを突破するには天之川の火力が必要だ!!呼んできてくれ!!」
「!、分かった!」
颯斗はこの状況で、隊列から誰かを抜けさせればそこから崩壊していくと考え、颯斗以外と組んだことのないハジメを伝令役にする。
颯斗は天之川が来るまで、少しでも戦線を上げようと、猛攻していく。
そこへ騎士が、駆け付け、さらに押していく。
それを続けて居た所で、後ろから轟音が響く。
振り向くと、天之川達が吹き飛ばされて居た。
最悪の状況を防ぐため、颯斗はそっちの援護に向かう。
駆け付けると、ハジメがメルドへ何か提案をしていた。
「どうしたハジメ?」
「颯斗!僕が錬成で足止めをする作戦をしようとしてたんだ」
「なるほどな。協力すんぜ」
「まさか、お前さんに命を預ける事になるとはな…必ず助けてやる。だから…頼んだぞ」
「はい!」
そう言って、颯斗とメルドは前へ出る。
「俺が止めるんで、意識をこっちに持ってきて貰えますか?」
「分かった」
いつものヘラヘラした態度を消して、ベヒモスを見据えながら、左腕に〝闘気〟を貯める颯斗。
メルドは小規模な風の魔法を放つ。
ベヒモスは自分に歯向かう者を狙う習性があるようで、完全にメルドを標的にしたようだ。
ベヒモスは角を赤熱化した兜を掲げ、突進してくる。
メルドの前に出た颯斗は、右腕を前に出し、左腕を振りかぶる。
肥大化していく琥珀色の靄は、次第に渦巻き、腕にまとわりつく。
それと同時に〝剛力〟を発動し、こちらへ突っ込んでくるベヒモスを睨み付ける。
そしてベヒモスと颯斗がぶつかる瞬間___
「限界突破!」
そう叫び、颯斗の体が琥珀色に包まれる。
限界突破によって底上げされたステータスと〝闘気〟〝剛力〟でベヒモスを殴る。
___ズガァン!!
と、爆音が響き___ベヒモスの頭部が、橋にめり込む。
限界を越えた拳の威力と、上から殴ったことで、柔術の要領で突進の力を下向きに変えたことにより、足止めが出来た。
だが、限界をぶち破ったことによる反動で、颯斗の左腕は肉が裂け、骨が割れる。
しかし、それは後回しだと、颯斗はハジメへ叫ぶ。
「ハジメェ!!」
「任せて!!」
ベヒモスに飛び付いたハジメは、赤熱化の影響で肌を焼かれるが、それを無視して詠唱する。
自分に使える、唯一の魔法を。
「--〝錬成〟!」
瞬間ベヒモスの動きが止まる。
周囲の石を砕いて抜け出そうとしても、ハジメが片っ端から直して行くのだ。
足を踏ん張ろうとしてもそこを錬成され、ズブズブと埋まっていく。
凄まじい力で石畳に亀裂が入るが、その度に錬成し、抜け出すことを許さない。
頭部を埋めたままもがくという間抜けな格好だ。
その隙にメルドは回復した騎士達と、白崎を呼び集め、天之川を担いで下がろうとする。
しかし、それに白崎が抗議した。
「まだハジメ君が!」
「ハジメの作戦だ。今のうちに離脱して、安全地帯を作ってから魔法準備しとけ」
「もちろん坊主が離脱してから攻撃し、合流したら上階に撤退だ!」
「なら私もここに!」
「だめだ!香織には光輝の治療をしてもわにゃならん!」
「でも!」
「安心しな、俺がハジメを回収する」
「うっ。うぅ…」
颯斗が逃がすと言っても、白崎は納得できない様だった。
動かない白崎に颯斗が睨み付けながら、静かに怒りをぶつける。
「ハジメの覚悟を無駄にすんなよ」
「っ___」
この中で一番、火力があるのは天之川だ。
少しでも早く回復させなければ、ベヒモスの足止めの際に火力不足に陥るかも知れない。
それを避けるには白崎が移動しながら、天之川を回復させる必要がある。
「天の息吹、満ちて満ちて、聖浄と癒しをもたらさん--〝天恵〟」
白崎は泣きそうな顔で詠唱し、天之川を回復させる。
メルドと白崎は頷き合い、ハジメを振り返る。
必死の形相で錬成をするハジメの無事を祈りながら、天之川、坂上、八重樫を担ぎ、離脱していった。
回復した天之川がガイコツを蹴散らし、階段へとたどり着く。
一行は安心するが、後ろを囲もうとするガイコツをそうはさせじと攻撃する天之川に首を傾げる。
「待って!南雲君を助けなきゃ!南雲君があの化け物を抑えてるの!」
困惑するクラスメイトが見たのは、石橋に上半身が埋まっているベヒモスだった。
その近くに、地面に手を付くハジメと、側に立つ颯斗が居る。
「そうだ!坊主が化け物を抑えているから撤退出来たんだ!前衛組!トラウムソルジャーを寄せ付けるな!後衛組!坊主が離脱したら一斉攻撃で化け物を足止めしろ!」
その怒号に気を引き締める生徒達。
しかし、未練に満ちた表情で階段を見る生徒も居る。
とっととこの戦場から逃げ出したいが、メルドに急かされ、戦場へ戻った。
その中には檜山も居た。
自分が招いたことだが、一刻も早くこの場から逃げ出したかった。
そこでふと、前日の記憶が浮かび上がる。
緊張で眠れず、夜風に当たった後、部屋に戻る途中でネグリジェ姿の白崎を見かけた。
思わず隠れ、様子を伺うと、とある部屋で立ち止まり、ノックをする。
そこから出てきたのは___ハジメだった。
檜山は頭が真っ白になる。
白崎に好意を寄せているが、自分では釣り合わないと思っている。
光輝の様な相手なら、住む世界が違うと諦められた。
しかし、ハジメは
それなら自分でも良いじゃないか、とバカみたいな事を本気で思っていた。
その時の事を思い出した檜山は、ベヒモスを押さえるハジメを見て、祈るように手を合わせる白崎を見て___ほの暗い笑みを浮かべた。
その頃ハジメは、そろそろ尽きそうになる魔力を振り絞り、錬成をしていた。
まだか…と歯を食い縛りながら、魔力を込めていく。
そこへ___
「撤退が終わった見てぇだな。詠唱の準備してる」
と待望の言葉が颯斗から発せられた。
そして、皹を直してからハジメは振り返った。
颯斗はハジメを無事な右腕で抱え、走り出す。
すると、拘束から逃れたベヒモスが、二人___特にハジメを睨み付け、追いかけようとする。
その瞬間無数の魔法が殺到した。
ダメージは無いようだが、しっかりと足止め出来ている。
颯斗は限界突破と、許容を越えた〝闘気〟の行使によって、〝縮地〟を発動出来なかった。
それでも、ハジメを抱えていても、ハジメの全力疾走よりは早く、既にベヒモスから40メートルは広がった。
担がれながら振り向いたハジメは頬を緩める。
しかし、前を向いたハジメの表情は凍り付いた。
___一つの火球がクイッと起動を曲げたのだ。
曲がった方向は二人へ向けてだった。
明らかに誘導されたもの。
颯斗は前を見据え全力で走っていて、気が付いていない。
それを見たハジメは颯斗へ叫ぶが___
「危ない!」
「あ!?っぐう!?」
「うわぁ!?」
___遅かった。
火球は二人の目の前に着弾した。
その衝撃を浴びた二人は、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。
ハジメは庇われたため、フラフラするだけに留まったが、颯斗は諸に衝撃を食らったため、倒れ呻いている。
そこへベヒモスが咆哮を上げる。
ハジメが思わず振り返ると、再度赤熱化したベヒモスの眼光が、完全にこちらを捉えていた。
そして、兜を盾の様にしながら二人へ向かって突進する。
急いで颯斗を担ぎ、離脱しようと走るが、圧倒的にベヒモスの方が早い。
クラスメイトの怒号が響くなかで、颯斗は呟いた。
「おい…てけ。そしたら…テメェは助かる」
颯斗はハジメだけでも逃げろと言った。
体を酷使してベヒモスを迎撃すれば、ハジメを助けられると思ったから。
それをハジメは
「ごめん、無理」
「…バカ野郎が」
そして全力で横へとんだ。
瞬間、ベヒモスの怒りを全て収用したかの様な衝撃が走る。
するとベヒモスの着地点から、橋が崩れ始めた。
度重なる衝撃に、遂に橋の限界を越えたのだ。
「グゥァァァア!?」
傾く石橋に、必死に這い上がろうとするベヒモスだったが、爪を引っ掻けた所すら崩れ、奈落へ落ちて行った。
ハジメはなんとか這い上がろうとするが、足元が崩れてしまった。
((もう…駄目だ))
そう思いながらハジメは、飛び出そうとして、天之川に羽交い締めされている白崎と目が合う。
悲痛な表情にハジメは、ゴメンと笑みを向ける。
颯斗は、両手で口を覆い、顔を青褪めている八重樫と目が合った。
颯斗はそれに、半分自棄になりながら、バカにしたような笑みを投げた。
「…ワリィ、ハジメ」
「…気にしないでよ、颯斗」
そう言い合った颯斗とハジメは、奈落の闇へ消えていった。