神殺しの魔王と覇王   作:虚体無名

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恐怖と奈落と

 

奈落へ落ちていくハジメを見て、白崎は昨夜の事を思い出していた。

あんまり美味しいとは言えない紅茶擬きを飲みながら、二人っきりで話をした。

夢見が悪く、不安に刈られた自分の話を、真剣に聞いてくれて、気が付けば思い出話に花を咲かせていた。

 

あの晩、あの時、一番重要な事は、白崎が約束したことだ。

 

〝ハジメを守る〟という約束。

ハジメが白崎の不安を和らげる為に、提案してくれた、香織の為の約束。

底へ落ちたハジメを見つめながら、その時の記憶が、頭の中をぐるぐると巡る。

 

「いやぁぁぁあ!放して!ハジメ君の所に行かないと!約束したのに!私が!守るってぇ!」

 

飛び出そうとする白崎を、天之川が羽交い締めしていた。

細い体の何処にそんな力があるのかと疑問に思うほど、尋常ではない力で引き離そうとする。

このままでは白崎の体が壊れるかも知れない。

 

「香織!君まで死ぬ気か!二人はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れるぞ!」

 

それは、天之川が精一杯、()()を気遣った言葉。

しかし、錯乱する白崎にかける言葉では無かった。

 

「無理ってなに!?ハジメ君は死んでない!行かないと!きっと、助けを求めてる!」

 

誰がどう見ても、二人は助からない。

奈落の底とおぼしき崖に、落ちて行ったのだから。

しかし、それを受け止められる心の余裕は、今の白崎に無い。

言ってしまえば、さらに無理を重ねるだけだ。

他の生徒達は、なんと言えば良いか分からず、オロオロするばかり。

 

その時、メルドがツカツカと近づき、問答無用で白崎に手刀を落とした。

ビクッと一瞬痙攣した白崎は、そのまま意識を落とした。

 

天之川が文句を言おうとするが、その前に八重樫が口を開く。

 

「…ありがとうございます」

「礼など…やめてくれ。もう一人も死なせる訳には行かない。全力で迷宮から撤退する…彼女を頼む」

「言われるまでもなく」

 

離れていくメルドを見送りながら、口を挟めず憮然とした天之川へ、白崎を受け取った八重樫は告げる。

 

「私達が止められないから、団長が止めてくれたの。わかるでしょ?今は時間が無いの…ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで…南雲君も言ってたでしょう?」

「…そうだな、早く出よう」

 

その言葉に頷いた天之川は、クラスメイトへ向けて声を上げる。

今は、リーダーが必要なのだ。

 

「皆!今は生き残ることだけを考えるんだ!撤退しよう!」

 

それにノロノロと動き出す生徒達。

天之川は必死に声を張り上げ、クラスメイトを鼓舞する。

白崎を背負った八重樫も、階段を上がっていく。

 

___無意識に、唇を噛み締めながら。

 

 

 

無事に地上に出たメルドは、生存に安堵している生徒達を横目に受付へ報告に向かう。

あのトラップは、もう一度発動するのかは分からないが、危険すぎるため、報告が必要だ。

そして、ハジメと颯斗の死亡報告もしなければならない。

 

思わずメルドは憂鬱なため息を吐く。

颯斗は天之川に次ぐ…否、ある意味では天之川よりも重要な存在だった。

戦闘力は勇者達の中でもトップクラス。

そして、先を見据えて、常に勇者達を鼓舞していた。

今回のイレギュラーの中でも真っ先に生徒の助けに回り、的確に指示を出していた。

 

そしてハジメの存在。

あの銃の価値は計り知れない。

〝無能〟で知られていたハジメが、あの強力な武器を作り出したのだ。

 

決して無視できない損失である。

メルドは大変な事になったと、もう一度ため息を吐いた。

 

 

 

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そんな事件があった日の夜、八重樫はベッドに丸くなり、布団へ潜りながら、涙を流していた。

初めて、死ぬかと思った。

初めて、戦場で気絶した。

___初めて、人の死を見た。

 

それらが、八重樫の心を蝕んでいく。

ベヒモスに睨まれたとき、明確な〝死〟のビジョンが浮かんだ。

突進で気絶し、それから覚めた時、一歩間違えれば死んでいたと体が震えた。

___二人が奈落へ落ち、初めて死を見て、恐怖した。

 

今、八重樫に寄り添ってくれる人物は居ない。

 

いつも励ましてくれた人は、心にダメージを負い、深い眠りについている。

 

初めて助けると言ってくれた人は、奈落へ落ちた。

 

八重樫は、騎士の様な印象を人に与える。

凛とした顔は、男子よりも女子からの人気が高い。

また、その冷静沈着な性格は、的確な指示を出し、人を安心させてくれる。

 

しかし、それは表面上の話である。

実態は、ただの女の子。

人を助ける立場を強要され、誰かに助けてと心の奥底で叫んでいた脆い子なのだ。

 

昨夜の、颯斗から言われた言葉は、本当に嬉しかった。

初めて、守ってやると言われた。

その言葉で、八重樫の心は救われた。

しかし、そう言った颯斗も、もう居ない。

 

小さい、けれど確実に、八重樫の心には___皹が入った。

 

 

 

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バシャバシャと水の音がする。

颯斗は全身に感じる冷たさで、一気に覚醒する。

バッと顔を上げると、そこは小さな滝の脇だった。

そして、左腕からの激痛に顔をしかめる。

目を向ければ、酷い裂傷が広がっていた。

 

「確か…そうだ!ベヒモスが…んで橋が崩れて…っ!ハジメ!」

 

記憶を掘り起こし、ハジメと一緒に落ちたことを思いだし、辺りを見渡す。

しかし、ハジメの姿は無く、自分しか居なかった。

おそらく颯斗と同じように流され、上流か下流に居るのだろう。

 

そう判断した颯斗は、まず服を絞る。

酷く体が冷えていたが、留まるよりもハジメとの合流を優先した。

左手がほとんど使えないので苦労したが、なんとか絞った。

そして、直感に従い、下って行った。

 

しばらく歩いて居ると、なにかの気配を颯斗は感じ取った。

ハジメか?と少しの希望が沸いたものの、それは直ぐに打ち消された。

一瞬、白色の尻尾が見えた為。

岩の影に隠れ、様子を見る。

そこには、二本の尻尾を持った狼の魔物が、脇腹から()()()()()居た。

苦しそうに呻いている魔物を見て、颯斗は眉を潜めた。

 

狼はなにか違和感を感じたのか、辺りを見渡す。

そして観察に集中していた颯斗を見つけた。

颯斗はやべっと思うが、この先にハジメが居ると直感がいってるため、逃げるわけにはいかない。

岩影から出て、片腕だけの構えをとる。

狼は怪我の事など忘れた様に唸って、颯斗へと飛びかかった。

颯斗は半身になって避けて首を掴み、勢いを付けて岩に叩きつけようとする。

しかし、全身に悪寒が走り、咄嗟に手を放した。

瞬間狼の体から電撃が走る。

 

(放電の固有魔法か…)

 

そう察した颯斗は、狼から距離を取り、()()()()

狼は帯電しながら、もう一度颯斗へ飛びかかる。

それを今度は大袈裟に避け、血を流している脇腹へ向けて、石を投げつける。

 

「ギュルァ!?」

 

投げた石はちょうど傷へ入り込み、狼へ激痛を与えた様だ。

その隙に颯斗は体当たりをし、狼のマウントを取る。

ろくに動かない左手を適当に傷口へ突っ込み、魔法の発動を防ぐ。

痛みで暴れる狼から離れない様に足で固定しながら、〝闘気〟を貯める。

 

「っぐぅ!?」

 

しかし、近づいたためか、脇腹を噛まれてしまった。

痛みに硬直するが、これを逃せば次は無いと踏ん張り、止めを刺そうとし、右腕を振り下ろす。

それと同時に颯斗の脇腹を食いちぎられた。

悲鳴を上げた狼は、口から血を吐き、傷口から臓物を吹き出しながら絶命した。

 

「うっ…ぐぅ…!」

 

しかし、颯斗も深手を負う。

臓器は無事の様だが、いかんせん傷が深い。

絶え間なく流れる血を止め様と、上着を脱いで胴へ巻き付ける。

大した止血にもなってないが、何もしないよりはましだろうと、自分を励まし、立ち上がる。

そして再び下流に向けて歩き出した。

 

さらに歩いて居ると、魔法陣を発見した。

石に直接陣が書かれているため、ハジメが刻んだものと確信する。

そこへ先の方から物音が聞こえてきた。

ハジメが襲われてるという最悪の状況を思い浮かべ、走り出す。

 

先の広場に付くと、そこに広がっていたのは、血溜りと首や体を曲げた狼と、ハジメが居た。

 

___左腕を失ったハジメと、熊の様な魔物が。

 

「あ、あ、あがぁぁぁあぁぁあ!!!」

 

ハジメの絶叫が迷宮に響く。

爪によって切られたであろう左腕は、熊が咀嚼していた。

そして生きたまま食おうとしているのか、ハジメへ近づいていく。

 

「おらぁぁあ!!」

 

錬成によって穴を開け、逃げようとしていたハジメは思わず振り向いた。

そこには自身の親友が、熊の気を引こうと、殴りかかって居たため。

しかし、それを余裕で避けた熊は逆に切り刻もうと、腕を振るった。

感に従い、大きく下がった颯斗は、薄く胸を切られただけですんだ。

 

「早く穴を開けろ!!」

「う、うん!」

 

ハジメが穴へ逃げていくのを見送り、颯斗は熊を睨む。

しかし、返って来るのはこちらに脅威を感じていない、()()としか見ていない瞳だった。

それに怯む颯斗だが、どうにか穴へ入ろうと様子を伺う。

だが、不運にも穴は熊の後ろにあり、熊もそれを警戒しているのか、塞ぐように立っている。

加えて颯斗も、血を流し過ぎたためか、意識が朦朧としているのだ。

 

まさに絶体絶命の状況。

唯一勝機があるとすれば、熊の慢心。

颯斗は恐怖に体が震えるが、腹を括った。

全力で〝縮地〟を発動し、熊へ突っ込む。

そして、腕の間合いに入り、熊が腕を振る。

そして又の下を通るように、スライディングする。

左腕が石の凹凸に削られ、気を失いそうになる激痛が走るが、唇を噛みきりながら耐えて、穴へ向かう。

そして振り返りながら振るわれた腕を避けるために〝縮地〟を発動するが、深く背中を切り裂かれた。

しかし、どうにか穴へたどり着き、そこへ入る。

 

「グルゥァァア!!」

 

逃げられた事による怒りからか、背後から咆哮が響き、壁を削る破壊音が鳴る。

颯斗は四つん這いで不様な格好でも、必死に奥へ逃げた。

 

どれほど奥に進んだのか分からないが、恐ろしい音は聴こえなくなっていた。

そして、進んで居た颯斗は、先にハジメが倒れて居るのを認識する。

そこへ近づき、声をかけた。

 

「ハジメ!?ハジメ!!」

 

痛みと出血でハジメは気絶していた。

颯斗は自分の体の痛みを無視し、ハジメの止血をしようと、左腕に目を向ける。

しかし、傷は既に塞がっており、颯斗は目を見開いた。

ここで颯斗は水滴が落ちている事に気づき、それを口に含んだ。

すると体に活力が戻り、意識がクリアになる。

体中の痛みも消え、胴の布を外すと、脇腹の傷も治っていた。

およそ5cmほどの深さで、抉れた様な傷痕になっているが、塞がった事に颯斗は安堵した。

そして、ハジメを動かし、水滴で溺れないように、頬から口へ流れる様に調整する。

一先ず危機が去ったことにホッと息を吐くが、これからどうすべきか頭を抱える颯斗。

 

___生き残るのも難しいこの状況に、颯斗の心は折れかけていた。

 

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