RASのマネージャーにされた件【完結】 作:TrueLight
「や、みんな。お疲れ様」
「音無さん?」
辺りはもう夜と言い切って良いほどに暗い。ポピパを始めとしたガールズバンドのみんなは俺が近くに歩み寄るまでこちらに気付かなかったようだ。真っ先にたえちゃんが俺を認識して小首を傾げた。なんで居るんだろ? って思うよね。
「悪いね、うちのボスが吹っ掛けたみたいで」
こう言えば大体伝わるだろう。ああ、マネージャーとして詫びにきたんだろうな、ってな。チュチュは全くそんなこと望んでないけどね! RASの今後を思えば損にはならんだろ。
「あの……チュチュが潰すって」
不安そうに言うたえちゃんに、周りの女の子も何人か不安そうな顔を見せた。言葉の真意がどうあれ、どう考えたって好意的な意味には思えんだろうしな。
「あー……チュチュは帰国子女でね。ちょっと日本語の使い方が怪しいとこがあるんだ。君たちのライブが魅力的だったから、ライバル視してるだけなんだよ。別に危害を加えるような意図は無いだろうから安心して欲しい」
万が一そうでも俺が止めるしね、と出来るだけ柔らかく言えば、心配そうに様子を窺っていた子たちはほっと息を吐いたようだった。
「そうですか……。あの、ライブどうでしたか?」
「……震えたよ。あんなにテンション上がったライブは久々だった」
たえちゃんが次いで問いかけてきたので、俺は思ったままを口に出した。事実、俺はポピパパピポパーティに参加した五グループ全部を好きになったしな! もちろん、RASの用を置いてまでライブに参加したりする気は無いけど。
俺の素直な感想はお気に召したようで、たえちゃんは満足げににっこりと笑った。するとその後ろから一人の女の子……氷川さんが歩み出てくる。
「あの……。見ていただけましたか?」
言葉の上ではどうとでも取れる、曖昧な質問だ。でも、昨日の氷川さんを思い出せばなんとなく意味は分かる気がする。Roseliaの演奏、ひいては氷川さんのギターが俺の目にどう映ったのか。そんなところだろう。
そしてそのどちらにも、同じ言葉が返せる。
「ああ、
Roseliaに対する嘘偽りない印象だ。対バンすれば成功は間違いない程の実力。同時に……主催バンドだろうが
また、氷川さんに対しても。正確無比、努力に裏打ちされているであろう技術。バンドの屋台骨になれるギタリストだ。フリーならサポートに引っ張りだこだろう。
だからこそ、俺には怖くもある。俺やマスキングのように、周りが見えなくなりがちなバンドマンがグループを脱退するのは、氷川さんのような人と決定的に
彼女が悪いという訳じゃない。むしろ逆だ。常に正確に、完成された"最高"を出力し続ける氷川さんのような人と演奏すると、申し訳なく感じてしまう。俺が出力する"最高"と、彼女の"最高"は並び立つことが非常に難しいのだ。ノリで邪魔する側になる俺のような人間が悪く思うのは道理だ。
だからと言って止められる訳ないからな! ゆえに、怖い。同じ舞台に立つことが、同時にライブの破壊に繋がりかねないから。もちろんこれは誉め言葉っすよ? だって半端なバンドマンと一緒に演っても
「怖い、ですか?」
俺の感覚的な答えに対し、氷川さんは困惑したように瞳を揺らした。ううむ、勝手に脳内で結論付けて、言葉少なに答えるのは悪いクセだな。
「真似できないし、比較にならない。最高であるが故に。だからこその怖さ……畏怖、と言った方が的確かもね」
氷川さんが……Roseliaのメンバーが。どれほど真剣に、またどれほどの時間をかけて練習に励んだのかなんて、考えることが馬鹿らしいくらいの完成度。俺みたいなバンドも組めてないギタリストが偉そうに寸評すんのも
けれど、きっと彼女は
「要は、他と比べられないくらい最高だった、ってことさ」
「っ………………ありがとう、ございます」
俺の言葉に顔を赤くして、氷川さんは目を見開いた。数秒固まっていたけど、小さくお礼を呟いて。しずしずとRoseliaのメンバーの元へ下がっていった。何やら自分の演奏に不安を抱えているみたいだったから、これで自分をもうちょっと認めてくれると嬉しい。
知り合ったばかりとは言え、俺はRoseliaの、もっと言えば氷川さんのファンでもある。自分の好きなアーティストが、自分のことを卑下してたら悲しいだろ? それを好きな自分が否定されている気分にすらなるからな。
……と思って、良かれと口にした言葉だったんだけど。たえちゃんはどこか不満げな様子でこちらを見ていた。
「他と比べられないくらい最高、ですか」
据わった目で頬を膨らませる様子を見ると、どこかコミカルで怒っているようにはとても見えないけど。自分らの主催ライブで他のバンドが最高なんて言われれば、ぶーたれるのも仕方ないことか。
「別にポピパや他のバンドが劣ってるなんて言わないよ。どのバンドの演奏も、パフォーマンスも。
むぅ、と納得していない表情でたえちゃんは唇を尖らせた。暴走の自覚はあったってことなのかな?
「実際、ポピパの演奏が始まった瞬間、俺はライブが失敗すると思ったんだ。なのにどのバンドも
舞台で演った五グループ。誰一人として膝をつくことなく、仲間と心を繋いで演奏しきった。だからこその感動だった。……んだけど。
あれ、俺の発言にまた不安そうな顔を浮かべてるな。……Roseliaの皆はそうでもなさそうだけど。……なるほどな。
……あんまり、直接は言いたくないなぁ。ライブ成功の喜びに水を差すことになっちゃうし。でも……失敗が決定的になる前に、誰かが伝えるべきだろう。最悪嫌われることになっても、俺はただの部外者だ。もしかするとRASそのものにネガティブな印象が付くかも知れないけど、チュチュの言葉もあるし今更だな!(開き直り)
という訳で、チュチュのフォローに来たはずが。ヤツと同じようにどころか、それ以上に顰蹙を買うかも知れないムーブをするらしい。
「……もしかして、ライブが成功したのは自分たちの力だって思ってるかい?」
視線を向けるのはポピパのリーダーらしい香澄ちゃんだ。突然のことに目を白黒させつつ、彼女は笑顔で答えて見せた。
「そんなこと無いです! みんなの力があったから! 私たちは最高に、キラキラドキドキ出来たんです!」
キラキラ……? うん、今はいいや。ニュアンスは何となくわかるし。
「そうだね、ライブってのは関わってくれた人全員の力で成り立つ。……でも、ポピパがそれを壊しかけたっていう自覚、あるかい?」
「えっ……?」
「俺の勘違いだったら恥ずかしいんだけど。『Returns』……あれ、最初に演る予定じゃなかったよね」
「でも舞台に立った時、最初から全力で演りたいって……! 私たちも同じ気持ちで!!」
俺に食って掛かったのはたえちゃんだった。……この反応、多分たえちゃんは少なからず思うところはあったんだろうな。ライブハウスでバイトしてたこともあるだろうし、非常識なことだとは承知してたはず。
だからと言って、ここで俺が伝えるのを止めれば、おそらくたえちゃんが機を窺ってポピパに話すことになるだろう。『Returns』……あれを聞いて、RASにサポート加入したことがポピパに暗い影を落とさなかったなんて楽観視は出来ない。彼女たちは想いを伝え合って、困難を乗り越えたばかりのはずだ。その形こそが『Returns』。
なら、たえちゃんはもう少し休んでもいいはずだ。
敢えて俺は表情を険しくし、たえちゃんの言葉を正面から否定した。
「
「それ、は……」
どういう心境なのかはわからないが、香澄ちゃんはちらりと後ろを振り返った。その先には瞑目したまま腕を組む、Roseliaのボーカルの子。……以前にも似たようなことがあって、Roseliaに迷惑をかけたとか、そんなところだろうか? まぁ、それは良い。俺には分からん事情だ。
「セトリを作る。タイムテーブルを作る。リハを通す。音響やら照明スタッフと共有する。そうやって、ライブってのは皆が懸命に土台を作って、その舞台の上で演奏をする。そうだろ?」
……純粋で、良い子たちだ。俺がチュチュに苦言申し立てる時のような、やさぐれた様子はない。皆落ち込んだように眉を下げて、顔を俯かせている。なら、出来るだけ伝えよう。
「……今回は、運が良かった。声をかけたバンドが皆、君たちの想いに応えられる、
俺の暴走を演奏として成り立たせるため、喰らいつくように、押し留めるように腕を振るうリズム隊を。俺に気付かせようと、何度も視線を送ったはずのメンバーたちを。そんな彼らの努力を踏みにじる様に、ライブをぶち壊した記憶が脳裏を過る。
安定しない曲調に照明は対応なんざできず、当然演奏は失敗に終わり。盛り下がった会場をなんとか温めるべく、必死に次のバンドグループはMCを回す。
失敗は成功の母、なんて言うけどな。出来ることなら誰だって、成功だけし続けたいはずだ。そして、親しい人間にも、応援している人間にも。そうあって欲しいと願うのは、きっと自然なことだ。
「『Returns』は素晴らしかった。会場は熱狂してた。だからこそ、ライブは失敗したと思ったよ。
思えばハロハピの皆。彼女たちに一番プレッシャーがかかった筈だ。ボルテージマックスの会場、他の三グループは心を落ち着ける暇もあったろうが、彼女たちは満足に話し合う時間もなかっただろう。
なのにボーカルの子はMCで会場を盛り上げ続け、激しいパフォーマンスで観客を魅了した。
結果良かったからって忘れて良いことじゃない。彼女たちに重荷を背負わせた事実を。
……でも、これ以上は必要なさそうだな。
「……っ、Roseliaの皆さん! Afterglowの皆さん!」
香澄ちゃんが振り返り、RoseliaとAfterglowのメンバーに頭を下げた。
「また……ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……!」
たえちゃんが言葉を引き継いで、ポピパの皆は揃って頭を下げる。それにいち早く答えたのは、瞑目していたはずのRoseliaのボーカルだった。
「次は無い、と言ったはずだけれど。……あなたたちが灯した炎。その熱を冷ますわけにはいかない。あの時そう思ってしまった時点で。私たちも同罪よ」
「友希那先輩……!」
やっぱり以前にも、Roseliaと何かあったみたいだな。……ん? ユキナ? ユキナってチュチュがライブに招待を断られたって言う……なるほど。確かにチュチュに何言われても動じなさそうな貫禄があるな。
「また、ってのは分からないけど。あたし達も正直、気合入った。……燃えた。だから、おあいこ」
「蘭ちゃん……!」
香澄ちゃんが感極まったように名前を呼ぶと、他のメンバーからもフォローが入った。……うん、これ以上はお邪魔そうだな。
え? ハナっから邪魔だった? 知ってるww
薄暗く、俺を注視する目も無さそうだったのでそろっとその場を離れた。……当初の目的とはかけ離れたことをしちまったが、後悔は無い。まぁ……今後のライブにお呼ばれすることが無くなりそうなのは残念だが。
ライブの度に先輩ぶった野郎がいちいち説教かまして来たらうざいだろうからな。
「音無さん!!」
それなりに距離が開き、もうお互いの顔も満足に見えないであろう程になって、たえちゃんが呼び止める声が聞こえた。振り返らず、そのまま立ち止まってみる。
「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」
その中に、多分ポピパ以外の子の声も混じっていたことに、少し心が弾んでしまう。だが特別用がある訳でも無さそうなので、そのまま足を動かした。
「「また来てください!!」」
今度こそ胸の中にある喜びを自覚しながら、俺は片手をひらひらと掲げて、そのまま立ち去った。
……か、かっけぇ俺……!(ナルシスト)