RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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25.近くて遠い感情

 最近チュチュの様子がおかしい。

 

 例えば、今までは俺とパレオちゃんが主導で撮ってた演奏動画をチュチュが撮りたいと言い出したり、あまつさえカラオケ風に字幕編集までしてしまったり。なお動画の再生数はめっちゃ伸びた。

 

 ある日は、近日にライブを控えてないのにメンバーを招集して、俺に買い出しさせた菓子やらジュースやらを広げて雑談に興じてみたり。ボードゲームに手を出した時は大概チュチュの圧勝だった。

 

 これまでは用があれば個々人に直接電話するからと、手を出していなかったL〇NEを全員にインストールさせてチャットグループを作ってみたり。ちなみに俺は皆と連絡先を交換こそしたが、RASのグループには入っていない。ガールズバンドのチャットに野郎一人居ても気ぃ使うだろうし、それは良いけど。

 

 まぁとにかく、チュチュは積極的にメンバーと馴れ合おう(・・・・・)とし始めたんだ。と言っても、別にこれはそこまでおかしい話じゃない。ポピパのライブ後にスタジオで話した通り、他のバンドにあってRASに無いものを手に入れるべく、努力し始めたってことだ。

 

 パレオちゃんにレイヤ、マスキングにロックも最初は戸惑っていたみたいだったが、敢えてツンケンする必要なんぞ当然無いので、その変化は嬉々として受け入れている。意外なことに、反応が顕著だったのはマスキングだった。無表情でちょっと考えが読めないところが目立っていたが、最近のマスキングは笑顔を浮かべていることの方が多い。

 

 おかしいってのは……何故か俺への態度も変わったってことだ。良くも悪くも。

 

『今日もおいしい。いつもありがとね、ソース』

 

 夜更かしなんぞほとんどせず、決まった時間に寝て起きて、決まった時間に飯を食うようになった。しかも、その度に美味い、ありがとうと言ってくる。

 

『ねぇ、このライブハウスなんだけど……。ソース、ここでライブしたことあるのよね? この日押さえられるか確認してくれない? 可能ならスタッフの出入り時間も』

 

 それに俺にもRASのライブ活動を本格的に手伝わせてくれるようになった。本格的と言っても、演奏周りじゃなくて雑用なんだが。お飾りじゃなく、マジでマネージャーがするような仕事を振ってくるようになったのだ。これもあって徹夜の必要が減ったのかも知れない。この辺は良い変化だな。

 

『そ、ソース! どこに行くの?』

『ん? スーパーに買い物に。何か必要か?』

『う、ううん……えと。行ってらっしゃい』

『あ、ああ。行ってくるよ』

 

 ただ何故か、俺が外出しようとするたびに寝室やらレコーディングブースからすっ飛んできて、いちいち俺を見送るようになった。帰るタイミングが分からんからか玄関先で迎えるなんてことは無かったが、帰宅した時にも『おかえり』と必ず言ってくれる。

 

 ……これも、良い変化、なんだとは思う。……でも意図がよく分からんから怖い! 急にどうしたの?

 

 そして、悪い変化はここからだ。

 

『チュチュ様ー? 起きてますかー?』

『っ! お、起きてるから! 入るんじゃないわよソース!』

 

 朝俺が起こしに行くと、今までは入れてくれてた寝室に入れてくれなくなったり。

 

『じ、自分の服は自分で洗うから!』

『え、なんで? 今まで一緒に洗ってたじゃん。つかお前、洗濯できんだろ?』

 

『バカにしないで! 出来るわよそれくらい!!』

『ただ洗濯機に入れればええんちゃうぞ? 素材とか色で分けたり、干し方だってモノによってちゃうんやぞ?』

 

『パレオに聞くわよ! ネットでも調べられるし!』

『いや、お前はRASの活動に専念しろって。そのためのバイトじゃん。 別でやったら水も洗剤も時間も勿体無ぇだろ』

 

『そんなに私の脱いだ服に触りたいワケ!? このヘンタイ!!』

『理不尽すぎんだろっ!?』

 

 洗濯物に触らせてくれなくなったり……いや語弊があるな、別に俺は洗濯物に触りたい訳じゃない。ただ……あれだ。『は? お父さんの洗濯物と一緒に洗濯とかイヤなんですけど?』って娘に言われたような気分だ……。

 

 とにかく、チュチュはどんどん変わってる。多分、俺の言葉のせいで。結果的に良いことなのか悪いことなのかは今は分からないし、俺が決めることでもないが……。やっぱり一抹の不安はある。

 

『ねぇソース。今日、一緒に寝ても良い……?』

『は? 何故に?』

 

『べ、別にいいでしょ? そういう気分なの』

『……ははぁん? ホラー特番でも見て寝るのが怖くなったのかぁ?』

 

『そうだって言ったら、寝てくれるの?』

『え、いや、別にどっちだって良いけど』

『やたっ、えへ……』

 

 極めつけはコレだ。夜中にトイレに起きるのが怖いのかとか色々煽ってみたが全く意に介しちゃいない。毎日とは言わんが、ちょくちょく就寝間際に寝間着で俺の部屋に来ては、布団に潜り込んできやがるのだ。しかも俺が起きる頃にはいつの間にか部屋に戻ってる。マジなんなん?

 

 今日もまた、無理せず作業を切り上げたチュチュは俺の部屋にやってきた。

 

「……なぁ、暑くない?」

「部屋の温度下げてるじゃない」

 

「お前が引っ付いてこなきゃ下げる必要も無いんだが」

「……イヤなの?」

 

 これだ。そんな不安そうに見上げられたら嫌なんて言える訳あるかっつーの。それワザと? だとしたら女優になれるぜ。ところでチュチュは俺と対面するように身を丸めている。頭は俺の胸辺りの高さだけど。完全に並ぶのがハズいなら、最初からやんなきゃいいのに。

 

「はいはい、ヤじゃないよ。ただ、俺が積極的に無駄遣いする訳にゃいかんだろ? 電気代だって安くねぇんだから」

 

 一人暮らしがそこそこ長かったし、安定した収入があった訳でもない。俺は貧乏性なのだ。まぁとにかく、チュチュが部屋に来ること自体が嫌なわけでは無いと、頭をぽんぽん叩きつつ口にした。

 

「良いの、私が良いって言ってるんだから」

 

 それに気をよくしたのか、チュチュは安心したようにさらに身を寄せ、俺の鳩尾に頭を擦り付ける。……そのまま頭突きしたりしないでね? 吐くよ俺。お前の頭上に。(迫真)

 

 正直今は夏真っ盛りだし、冷房が効いてようがチュチュの子供体温とくっついてると暑いんだが……。まぁ、結局あれだ。俺も隣に人がいる温もり、みたいなのは嫌いじゃなかった。

 

「……Sleep tight(おやすみ),Source(ソース)

「? おやすみ、チュチュ」

 

 たまに知らん表現が入るチュチュの英語力に、多分そんなところだろうと俺も返事をする。そうかからずに頭一つほど下の方から、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえだした。

 

「……分からん」

 

 ここ最近、RASは調子が良い。ライブにせよプライベートにせよ、非常に充実していると言えるだろう。SNSなんかで客の反応を見ても、さらに演奏やパフォーマンスが良くなったと評判だ。

 

 今までは圧倒的な演奏と演出を、観客に叩きつけるように表現していたRASの音楽。レイヤ、マスキング、ロックは凛とした表情で楽器を奏で、チュチュとパレオちゃんだけが笑顔を魅せていた(・・・・・)

 

 それがどうだ、このところ五人はライブ中獰猛に笑うようになった。最高を奏でるのではなく、それを超えようとするように挑戦的に、溢れ出るそれを抑えられないというように。

 

 一曲一曲が終わるたびに、客席は一瞬の静寂に包まれ。次いで爆発するような歓声が上がる。RASのライブはそういう色を持つようになった。

 

 これはチュチュの思い描いた、求めていた音楽なのか。俺が示した選択肢は、チュチュの糧になっているのか。俺には分からない。

 

 胸の中で安心しきった様子で眠るお姫様の、今の心境が俺には全く理解できないのだ。

 

「……妹、か」

 

 初めて俺がチュチュの椅子にされた日。(自分で何言ってるか分からんが)

 俺はチュチュのことを妹……あるいは気まぐれな猫のようだと感じた。そのことを思い出し、ふと最近のチュチュの言動を思い返す。

 

 当然のように挨拶をし、同じ食卓を囲んで、外出を見送って、帰宅を出迎えて。洗濯物は別が良いなんぞと抜かし、部屋には入れまいと鍵をかける。

 

「……ああ、そうか」

 

 なんてことは無い。ここにあるのはただの家族(・・・・・)だった。もともと俺はチュチュに対してそうあろうとしてきた気はする。デケェ建物にたった一人、脳みそお花畑の両親は俺みてぇな馬の骨を平気で娘に宛がう。どっかの誰か(・・・・・・)とチュチュを重ねていたんだ。

 

 別にチュチュが俺をどう思おうと気にしちゃいなかった。初めから俺の自己満足だ。でもきっと……チュチュも、そう感じてくれたんじゃないだろうか? じゃないと洗濯物を触られたくないなんて考えもしないだろう。今までがそうだった。雇用主と家事手伝い。そこに互いへの感情なんざ要らないし、どうでも良い人間が何しようがどうでも良いものだ。

 

 でも、大切だからこそ見られたくない、知られたくない、触れられたくない部分だってある。チュチュが俺に過去を教えてくれたこと、RASの皆にはまだ伝えられていないこと。似たようなもんだ。

 

「……ふっ」

 

 そう考えたら、最近のチュチュの様子は可愛らしいものに思えてきた。俺を家族と慕ってくれる。自意識過剰かも知れんが、近しい存在だとは思ってくれてるんじゃなかろうか?

 

「んぅ……」

 

 空調が効きすぎたか、ごそごそ身を捩って身体をくっつけてくるチュチュ。ベッドに広がった髪を梳いてやりながら俺も身を寄せると、眠りが浅かったか寝ぼけ眼で見上げてくる。

 

「くくっ。……愛してるぜ、チュチュ様」

 

 そんなお間抜けな様子が愛らしく、笑いを零しながら頭を撫で続ける。心地よさそうに、猫のように。チュチュも頭を俺の手のひらに擦り付けると、一言呟いて再び眠りに落ちた。

 

「私も好き……好きよ、ソース……」

 


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