RASのマネージャーにされた件【完結】 作:TrueLight
「おせぇな……」
とある日の夕暮れ時。俺はチュチュのプライベートスタジオを戴く高層ビルの足元で、スマホの時間を確認すると息を吐いた。
待ち合わせ中。相手はチュチュだ。
『そ、ソース! ナツマツリに行くわよ!』
『祭り……? あぁ、商店街のおばちゃんが何か言ってたな。オーケー、他の皆は?』
『都合がつかなかったわ。私たちだけよ』
『ん? 二人だけで行くのか?』
『な、なに? イヤなの!?』
『嫌ってこたぁないけどさ。ちょっと意外だっただけで』
とは今朝のやり取りだ。最近は何をするにもRASの皆を集めてってことが多かったし、わざわざ俺と二人で祭りに行きたがるとは思わなかった。チュチュは帰国子女だから、こういう催しには縁が無かったのかもな。
しかし何で俺は外で待たされてんだ……? 日も落ち始めて涼しくなってきたが、日中熱されたアスファルトはまだまだ威力を備えている。ぶっちゃけ中で涼みたいです、ハイ。
「お、お待たせ……」
ようやっと来たか……おお?
「チュチュ、それ……」
「ど、どう、かしら……?」
……なるほど、何に時間をかけてたのかが分かった。チュチュは浴衣に身を包んでいたのだ。
RASの字面にかけてか、紫色の地に白い睡蓮が咲き誇っている。色調は睡蓮が面積を大きく占めていて、マゼンタカラーのチュチュの髪がよく映えていた。
「えと……ソース?」
おっとイカン。想定外の出で立ちに固まっていると、俺の反応に不安を覚えたのかおずおずと上目遣いでこちらを窺ってきた。むぅ……なんだ、格好もそうだが、しおらしい態度も相まってちょっと気恥ずかしいな。
「すまん、見惚れちまった。なんつーか……うん、綺麗だぞ。いつもは可愛い系に見えるけど、今日は綺麗っつーのがしっくりくる。美人さんだぜ! ヤマトナデシコってやつだ」
「そ、そう? ……え、えへ。へへっ……」
俺が動揺を隠すように早口で言うと、お褒めの言葉がお気に召したのか、チュチュも顔を赤らめてニマニマし始めた。……思ったより喜んでくれたらしい。どうしても顔が緩むようで、両手でむにむにと自分のほっぺたを揉んでいる。
おいおい……めっちゃ可愛いかよ。ご近所さんに自慢して回りたい。高層ビルの最上階に住んでてご近所さんもクソもねぇけどな!
「んんっ、ごほん。……それじゃあ行きましょうか、お嬢様?」
普段はふざけて『おぜうさま』などと呼んだりするが、今日は恭しく腰を曲げ、手を差し出してみた。まぁ、この従者ロールプレイが既におふざけみたいなもんだが。
「……うん。エスコート、お願いね?」
「……!! お、おう。お任せあれ」
俺の手のひらの上にちょこんと手を置いて。小首を傾げつつ、チュチュも気恥ずかしそうに微笑んだ。……やべぇ、本格的に照れる……! おかしいぞ、チュチュは妹みたいなモンなのに。
「か、会場周りは混むだろうから、今日は電車移動になる。足元、気をつけろよ?」
ただでさえ浴衣は歩幅が狭くなるだろうし、今日のチュチュは下駄だ。無意識にいつもと同じスピードで歩かないよう注意せにゃならん。
自分にも言い聞かせるつもりで手をつないだチュチュにそう言うと、チュチュは俺の右手を両手で包みながらそっと身を寄せてきた。
ヤバいヤバいヤバいヤバい! 何がヤバいか自分でも分からんがとにかく何かヤバい!! なんかいつもと何もかもちげぇ!! おかしい!! 相手はチュチュだぞ!?
バクバクうるせぇ左胸を左手で押さえつつ、チュチュの楚々とした態度と自分の緊張さ加減に困惑しながらも。
俺はチュチュを伴って、静かに夏祭りの会場を目指した。