RASのマネージャーにされた件【完結】 作:TrueLight
「全然空かねぇな……チュチュ、大丈夫か?」
「
休日とはいえ都内の夕暮れ時、つまり帰宅ラッシュだ。これから家に戻る人たち、あるいは俺たちと同じように祭りへ向かう人たちで電車内はごった返している。
どこぞの漫画のように俺はチュチュを端に立たせ、その上から覆いかぶさるように耐えていた。電車にはつり革ってモンがあんだから、こういうのはフィクション特有の何かだと思ってたんだが……残念ながら、チュチュの身長と車内の状況的にはこれがベストだった。混雑率何%なんだコレ。
「ぐっ」
「きゃっ」
何度目かの停車。慣性に従って車内が揺れると、背中に誰かがぶつかってきてチュチュ側につんのめる。家族連れだろうか? 甚兵衛を着たおっちゃんが『すみません』と会釈するのに、『いえいえ』と片手を振って返しておいた。
「うぅ……」
視線をチュチュに向け直すと、チュチュは浴衣の帯を両手でギュッと握りつつ、顔を真っ赤にして俯いていた。
……ううむ、チュチュのこの態度にも
学生時代からギター馬鹿扱いされてた俺は、恋愛だとかそういう青春ワードに疎い。けどチュチュに対して感じたアレは、そういうものでは無い、
「ワリ、次の駅までの辛抱だからさ」
「う、うん……」
だからまぁ、今ではいつも通りチュチュに話しかけられる。残念ながら、と捉えて良いのか。チュチュはどう見てもリラックスとは程遠い状態に見えたが。
「とうちゃーく。お手をどうぞ、お嬢様」
「ん……」
無事に電車を降り、チュチュをエスコートする。再び俺の右手に左手で応え、包み込むように手の甲へ右手も添えてきた。……さっきほどの衝撃は無いが、やっぱ照れるな、これ。
と、そんなこと考えてる場合じゃなかった。それなりの人数が同じ駅で降りてる。祭りなんかじゃはしゃいで周りを見てない人間も居るし、そういう時に割を食うのはゆっくり歩いてる人だ。チュチュの歩調を考えると端に寄ったほうが良い。
そんなこんなでチュチュを気遣いながら会場に向かえば、俺の振る舞いに満足いったのかチュチュはある程度いつのも調子を取り戻していた。有り難いね、その方が俺もやりやすい。
「
「みたいだな」
いざたどり着いた会場は既にたくさんの人が集まっていて、思い思いに出店を冷かしている。完全に日が落ちた今、提灯や屋台の明かりが集まって出来た光景はなかなかの風情を感じさせる。
「早く行きましょっ!」
「焦るなって。転ぶぞ」
浮足立ってぐいぐいと俺の腕を引っ張るチュチュを微笑ましく思いながらも、俺も久しぶりの祭りに心は躍っていた。と言っても先にやることは……仮設トイレの位置確認である! 便所で失敗したことのある人間はどんな場所にあっても便所の場所をいち早く把握するものなのだ!
まぁ、チュチュに一言かけるまでもなく見つかったから、そのまま引っ張られて行ったけど。こういうのは大体会場の端にあるからね。
「ソース、あれっ! あれ何かしらっ?」
「んー? りんご飴か。定番っちゃ定番だな。食うか?」
「
「……お前現金持ってるの?」
「
そう言ってチュチュは万札を何枚か見せびらかしてきた。……カードで厚みが増しているだろうチュチュの財布には、硬貨が入ってる様子はない。
「まぁ、今回は奢られとけって。おっちゃん、りんご飴一つ」
「あいよ! 可愛らしい彼女さんだなぁ兄ちゃん! まいどあり!」
「どうもー」
「かっ、カノっ!?」
万札を差し出そうとするチュチュに先んじて、張り出されてる金額ピッタリに小銭を差し出す。おっちゃんの戯言にチュチュは動揺しているが、こういうのはいちいち訂正してるとキリないぞ?
「ほらよ」
「……
「わーったって、頼むよ。……ところでさ、財布重いから両替えしてくんない?」
そう言って俺は一万円分の英世と小銭を取り出した。チュチュは訝しそうにしつつも、そのまま諭吉を差し出してくる。
「なんでこんなに……ちょっとは財布整理しなさい、まったく」
「悪い、気を付ける」
俺が素直に頷いたのに気をよくしたか、チュチュはニコニコとりんご飴を舐め始めた。……特に、俺の行動を不審がってはいないみたいだな。良かった、これで
こういう屋台の出店って、釣銭に使える硬貨が限られてるからな。出来るだけお釣りが出ないように気を遣うのが暗黙の了解だ。と言ってもマナーの域を出ないし、他人に強要するもんでもない。用意してるとこは過剰に釣銭ストックしてたりするしな。
でも、客に連続で万札を使われた店の人間はピリピリしてることも少なくない。そういうタイミングに買い物しちまうと貯まったストレスが全部こっちにやってくる。
せっかく誘ってくれたんだ、チュチュには楽しい時間だけ過ごして、気持ちよく帰って欲しいもんだ。
「ソースは買わなくて良かったの? りんご飴」
「ん? あぁ、
「……? まぁ、要らないなら良いけど。……~♪」
俺の言葉に首を傾げるも、チュチュは機嫌よくりんご飴を舐めている。安心しろ、すぐに意味は分かるぞ。
……そして屋台をゆっくり見回りながら歩くこと数分。
「……ソース、これ減らないんだけど。硬いし……」
「ぶっ! くくっ……だ、だろうな」
じとっとした半眼で見上げてくるチュチュに、最初からそれを予想していたにも関わらず俺は吹き出した。うん、ぶっちゃけりんご飴って祭りの最初に買うもんじゃないと思う。撤収の時間になると店側も余らせたくないのか、半額以下まで値引きすることもあるし。
「っ! し、知ってたのね。こうなるって……!」
「まぁな。言ったろ? どうせ食う羽目になるって。もう要らないなら俺が片づけるよ」
「……お願い」
赤い顔で渋々りんご飴を差し出すチュチュ。それを受け取り、俺は大口開けてバリバリ食べ始めた。
「はー……」
「ガリッ。バキッ! ごりごり……。良い子は真似しちゃダメだぞ、はしたないからな」
「ふふっ、そうね。はしたないものね」
どんどん食らっていく様子を呆けたように眺めていたチュチュに言ってやると、お上品に口元を隠して笑い始めた。悪かったな、はしたなくて。
俺がりんご飴を食い終わってからも、食べ物系を中心に回っていく。晩飯まだだからね、しゃあないね。
「
「テイストが強い……? あぁ、濃かったのか。まぁこういうのは雰囲気を楽しむもんだから」
「それにしたってソースが……」
「俺がなんだって?」
「
「ははっ、悪い悪い。とりあえず色々試せって、食いきれなかったら俺が貰うから」
焼きそばに始まり、たこ焼きにフランクフルト。この辺はチュチュの舌には濃かったらしい。お口直しにかき氷を食べ、その後はクレープに手を出した。チュチュのはテンプレなデザート系、俺は野菜が欲しくなったんで惣菜系だ。
「ん~♪
「うまそうに食うなぁ……一口くれよ」
「
チュチュが差し出すクレープをかがんで一口貰い、反対に俺のクレープも口元に運んでやる。
「うん、甘いのも良いな」
「うえぇ……」
ホイップクリームと果実の甘さを楽しめた俺とは対照的に、惣菜クレープはチュチュのお気に召さなかったらしい。年相応というか、割と野菜嫌いだからねこの子。知ってた。
まだまだ祭りの夜は続く――。