RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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28.夏祭りデート②

 いろいろ食い漁って腹を満たした俺とチュチュは、祭り会場の中心地から少し離れた場所にあるベンチに腰を下ろしていた。というのも、射的やら金魚すくいやらの屋台はチュチュの琴線に触れなかったのだ。

 

 ちょっと前に知ったが、チュチュは中学生じゃない。パレオちゃんと同い年ではあるものの、インターナショナル・スクールを飛び級しているらしく、今は10年生……なんと高一に相当するとか。つまり、おつむが良いのだ。

 

 射的? あんなCork gun(コルク銃)でゲームハードの箱が倒れる訳ないじゃない。金魚? すくってどうするの? などなど。

 

 チュチュくらいの年頃なら、それが分かっていても祭りの雰囲気にあてられて少しくらい金をドブに捨てそうなもんだが、結局チュチュがそれらに手を出すことは無かった。

 

 そもそもチュチュは小遣いに困ってないから、どんなに豪華賞品だろうが祭りの屋台レベルになると射幸心なんざこれっぽっちも煽られなかったらしい。

 

「どうだ? ちょっとは楽しめたか?」

 

 多分そこまでお気に召さなかっただろうなと思いつつ、隣に座るチュチュに声をかける。

 

「……Sure(もちろん). とっても楽しめたわ」

 

 するとチュチュは俺を見上げ、ほっぺたを桃色に染めながらにこりと微笑んでくれた。お、おう。俺が思ってたよりは楽しめたらしい。基本食い物ばっかだったし、半分くらいは味が好みじゃなかったっぽいんだが……食い歩きそのものが好きなタイプだったのか?

 

「そうか、なら良かった」

 

 途中でポピパの皆やロックを見かけたりなんかもしたんだが、チュチュが恥ずかしがったので合流はしなかった。もしつまらなかったなら無理にでも合流して女の子同士で遊んでもらうべきだったと後悔したところだ。

 

「ソースは……その。楽しかった?」

「んー?」

 

 何故か上目遣いで不安そうに問いかけるチュチュ。反射的に楽しかったと答えそうになって、何故だかそれが憚られた。ちゃんと思い返すべきだと、そう感じた。

 

 ……まぁ、回想してみても答えは変わらなかったけど。

 

「あぁ、楽しかったよ。祭りなんて久々に来たけど、前はそこまでじゃなかった気がするのにな。今日は……うん、めちゃくちゃ楽しかった」

 

「そ、そうなの。そう…………良かった」

 

 ぽつりと最後に漏れた声を、奇跡的に俺は拾うことが出来た。それほど小さい声だったんだ。……多分思わず出てしまった言葉だ、耳にしたことにちょっとした罪悪感を覚える。けど……それ以上に、嬉しくなっちまう。

 

 俺がチュチュに楽しんでほしいと思っていたように、チュチュもまたそう思っていてくれたって事だろうから。

 そこで言葉は切れてしまったが、俺たちを包む沈黙はそう悪いものじゃなかった。でも、それは割とすぐに打ち破られる。

 

「……お」

Fireworks(はなび)……」

 

 俺たちが座るベンチ、その視線の先で。色とりどりの打ち上げ花火が夜空を彩りだしたのだ。海辺にある別の地区でも似たような祭りがあったんだろうな、運が良いのか悪いのか。

 

Beautiful(キレイ)……特等席ね」

「……あぁ、そうだな」

 

 もっと近くで見られればとも思ったが、チュチュに言わせれば幸運だったみたいだな。辺りに人はほとんど見えないし、そこまで音が響いてもこない。周囲には背の高い建物もなく、俺とチュチュの視界には満点の星空。それに比してなお輝かしい大輪の花が次々と咲いていく。

 

「たーまやー」

「? なぁに、それ」

 

 なんとなく言ってみると、普段と比べて気が抜けているのか、若干たどたどしくチュチュが聞いてきた。えーと、なんだっけか。

 

「昔の花火職人の名前……いや、店の名前だったかな? ライブのコールみたいなもんだよ。素晴らしい景色をありがとう、って意味を込めて、たまやーって応援するんだ」

 

 うろ覚えだけど、そこまで間違ってない筈だ。俺の言葉になるほどと頷き、チュチュも改めて夜空に視線を向ける。

 

「「たーまやー」」

 

 ひと際大きい花火が打ちあがるのと、俺の声にチュチュの声が重なるのはほぼ同時だった。そのちょっとした奇跡に俺たちは顔を見合わせ、二人してくすくすと笑う。

 

 少し離れた場所で祭りの喧騒が続く中、街灯も少なくうす暗い小道、そのベンチで。俺とチュチュは寄り添いながら、花火に視線を向けて、時折"たまや"と口を開いた。

 

 そんな穏やかな時間はいつの間にか過ぎ去り、それでも俺とチュチュは数分前の光景を惜しむように、星々が瞬くのみとなった夜空に瞳を向け続ける。

 

「…………大好きよ、ソース」

 

 だから、チュチュがそんなことを呟いた時、俺はチュチュがどういう顔をしているのか分からなかった。だが、ここ最近のチュチュの様子を思い出して、どういう意味で言っているのか見当は付いた。そして、それを嬉しくも。

 

 俺と同じように、チュチュが俺を家族として(・・・・・)受け入れてくれているということ。だから俺も、想いを口にのせる。

 

「俺もチュチュが好きだぜ」

 

 その言葉と同時にチュチュへ視線を落とすと、チュチュもこちらへ目を向けたところだった。そして、何故か……その瞳は泣いてしまいそうなほどに潤んでいた。

 

 ……やはり、人恋しい想いはあったんだろうな。俺が拾われるまで、あの建物で一人過ごしたチュチュの過去を思い、俺も目頭が熱くなってしまう。

 

「……一緒に、歩いて行こうな」

 

 家族として、チュチュを……RASを支えていこう。

 

 夜といえど夏の暑さのせいで額に汗を滲ませるチュチュ。前髪が張り付いてしまわないようにそこを撫でてやれば……『にへら』と。

 

 いまだにほっぺたを淡く染めながら、年相応の気が抜けた様子で……心底幸せそうに、笑ってくれた。

 


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