RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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8.間接マウストゥマウス

「ただいまーっと」

Late(遅い)!! どこ行ってたのよ!?」

 

 ポピパ(Poppin'Partyの略らしい)のライブまで鑑賞してから、俺は勝手知ったるチュチュのスタジオに帰還した。他のメンバーはタクシーで直帰したんだろうな、待っていたのはチュチュだけだ。

 

「事情を聞かせてもらうわよ! Hurry up(早く)!!」

 

 いつになくプリプリ怒ってるチュチュに催促され、一息つく間もなく俺は拘束された。もともと話す気だったから文句はねーけんど。でもせめて座りません? なんで二人して突っ立ったまま話さにゃならんの。あ、そんなこと言える雰囲気じゃないっすね今すぐ話します。(激弱)

 

 でも買い物袋だけ床に置いとくね?

 

 花園さんがRASのライブと文化祭のイベントでダブルブッキングしてたこと。偶然それに気づけた俺が学校まで送り届けたこと。そこら辺を端的に説明する。あれ、まとめてみると大したことしてないな。

 

「ブンカサイ……そんなのハナゾノの都合じゃない。何であなたが送ってやるワケ?」

「それを言ったらRASに付き合わせたのはこっちの都合だろ? それに彼女の仕事はサポートギター。そこは十分にやってくれた。礼に送ってやるくらい良いだろうよ」

 

「仕事なんだからこっちに合わせるのは当然じゃないっ! 所詮School(学校)のイベントでしょ!?」

 

「……はぁ。遊びだろうが仕事だろうが、花園さんにとっては自分のバンドが大事に決まってるだろ。そこを曲げて参加してくれたんだぜ? 日程の告知も急だったし。もうちょい感謝してもバチは当たらんぞ。あと他の学生バンドの前で、所詮学校の~とか言うなよ頼むから」

 

 んあー伝わってる気がしねぇ。どんどんやさぐれてくもん。ライブは大成功だった、何が不満なんだってばよ?

 

「……なんでよ」

「あーん?」

 

「なんでそんなに、ハナゾノの肩を持つワケ? そんなにハナゾノが大事?」

「え、なんスかそれ」

 

「だってそうでしょっ? 私たちを放って花園だけ可愛がって! ギター教えてる間に惚れたっての!?」

Oh(えぇ)……」

 

 思わずチュチュが感染(うつ)ったわ。何言うてるんこの娘? セリフだけなら昼ドラみたいだぞ。昼ドラよく知らないけどさ。

 しかし茶化そうにもチュチュの表情からは本気しか読み取れない。なんなん、マジで俺が花園さんにホの字だと思ってんの?

 

「んなわけねーだろ? 意味が分からん」

「ならちゃんと説明しなさい!」

 

 花園さんの肩を持つ理由、ってことか? 別にそんなつもりは欠片もないんですが。

 

「……あのな。例えばの話、今回花園さんを俺が送らず、彼女が自分のバンドのイベントに参加できなかったら。どうなると思う?」

「知らないわよそんなこと!!」

 

 ちょっとは考えてもの言えやクソガキャア……! ……ハッ、いかんいかん。ここで俺もキレてたら話が進まねぇ。

 

「まず、花園さんはメンバーに責められるだろうな。参加できるつもりで予定組んでたっぽいし。メンバーが酷けりゃ最悪、彼女がバンド自体を辞めるかも。あとはこっちに矛先が向く。ポピパのメンバーからにせよ、その友達とかファンからにせよ。花園さんがRASのライブに出たってのは隠してないし、花園さんのメンタルやポピパの存続に関わる事態になれば、悪いのはこっちだ。事実はどうあれ、客観的にはな」

 

「ポピパって何」

「花園さんのバンド」

 

 べらべら喋ったおかげか、ちっとはクールダウンしてくれたっぽいな。このまま煙に巻こう。(クズの発想)

 

「仮に今言ったみたいなことにならなくても、花園さんは今後RASに苦手意識を持つだろうし、それはポピパのメンバーも同じだ。お前、花園さんを引き抜こうと思ってるだろ?」

「ぐぬっ……」

 

 いや前から知ってるから。なぜバレた……? みたいな声出すんじゃねぇよ。

 

「なら向こうに嫌われるのは避けるべきだろ? もっと言えば、それがRASの醜聞としてバンド関係者に広がるのもマズい。業界で干されたら終わりだぞ。まだあるけど、もっと聞くか?」

「……一応、聞かせなさい」

 

 まぁ全部予想と想像と妄想のレベルでしかないけどね。

 

「RASの将来を考えて、ってのもある。長くバンドを続けるなら、仕事仲間として色んなバンドと関わることになるだろ。その中には当然ポピパも候補に挙がる。花園さんはチュチュから見て良い腕だったよな? メンバーも同レベルなら、共演するバンドとしちゃあ上玉だ。いつまでもワンマンばっかやる訳あるめぇし、ゲストとして頼れる伝手はいくらあっても良い」

 

「っ、RASが目指すのは私の音楽を表現すること! そして、ガールズバンド時代を終わらせることよ!! 他のバンドと慣れ合うなんてNonsense(バカバカしい)!!」

 

「オイ、俺は一言も"仲良くしろ"なんて言ってねぇぞ。"嫌われるな"っつってんだ。不必要にケンカ売って敵作る意味あるか? ん? 世の中にゃあ何やらかすか分からんバカが沢山いる。ガールズバンドだってファンが仕出かして警察沙汰になったーなんてニュース、腐るほどあるんだぞ。そんなん相手にしたくねぇだろ? そういうやつらは沸点低いんだからよ」

 

 これについてはごく一部の暴走だけどな。でも意識せざるを得ないことでもある。

 

「…………」

 

 あら、黙り込んでしまわれた。分かってくれたのか、あるいはハラワタ煮えくり返って爆発寸前か。クビだけは勘弁してくだせぇ!(懇願)

 

「ま、そういう諸々のリスクを考えてさ。今思いついたのもあるけど。基本的にはRASの為に動いてるつもりだ。俺は心配性なんだよ。別に花園さんに思うところはねぇ」

 

「…………」

 

 うーむ、ダンマリか。これならまだ、怒ってくれた方が分かりやすいんだけどなぁ。さっきのキレ方は意味不明だったが。

 いつまでもこうしている訳にもいくまいと、俺は先日のように膝をついて目線を合わせ、肩に手を置いて話しかけた。

 

「なぁ……何が気にくわないんだよ? 頼むから教えてくれ。俺は、無意味にお前の嫌がることはしねぇし、したくねぇ。ちゃんと言ってくれれば気ぃ付けられるんだ。だからさ……」

 

「……のよ」

「え?」

 

 俺の言葉を受けてか、チュチュはぽつりと口を開いた。しかしその音はあまりに儚くて、言葉尻しか捉えることが出来ない。だが、俯いていた顔をあげ、瞳は揺れつつも視線を合わせてくれる。

 

「お前……」

 チュチュの顔は何故か、羞恥に赤く染まっていた。

 

「一緒に、お祝いしたかったのよ……!」

 恥ずかし気に視線を泳がせては、それでもたどたどしく言葉を続けるチュチュ。

 

「私が集めたバンド。私の音楽を表現できる、最高のメンバー……! パレオ、レイヤ、マスキング。それに……ソース」

 

 涙目で眉を寄せ、それでも最後は視線を重ねて。はっきりと口にしてくれた。

 

「あなたと……RASの皆で、ライブの打ち上げがしたかったのよ! でもっ……あなたが居ないんじゃ、意味がない……!」

 

 ……マジか。正直、俺はRASのメンバーとして認められてないと思っていた。当然だろ? 俺は何もしていない。何もしてやれちゃいないんだ。メンバーの候補を立てたりはしたが、時間をかけりゃあチュチュは自分で見つけたはずだ。花園さんが来るまでのセッションだって、必ずしも必要じゃなかった。デモの時点で十分な完成度だったからな。打ち込みだって出来るし。

 

 俺は俺自身を、RASのメンバーだなんて胸を張って言えない。いいとこ名誉マネージャー(笑)だ。……でも、チュチュ。他ならないお前が。RASを作り上げて、先頭で舵を取るお前がそう言ってくれるのなら――。

 

「……サンキュ。嬉しいよ、マジで。そんで……悪かった」

「…………うん」

 

 俺はどこまでも、お前の……RASの力になる。

 

「ただ、これだけは信じてくれ。俺が今一番のめり込んでるバンドは、RASなんだ。……自分とこがおじゃんになってさ、どこ向かえばいいのか分かんねぇ時……お前が誘ってくれたから。たった一曲弾いただけの俺のギターを"欲しい"っつってくれたからここに居る。それだけは、覚えててくれ」

「……I got it(わかった)……」

 

 ……これで落着、とはならんだろうな。チュチュもRASも、バンドとして依然危うい状態にある。でも……良い方向に向かってる、ハズだ。

 

 まだサポートの花園さんにその思いは向かなかったようだが、皆で打ち上げがしたいと言ってくれた。ビジネスライクなだけのバンドじゃあ思いつかない発想だと、チュチュは自分で気付いていないだろう。大成功の高揚、その余韻がそうさせてるんだ。

 

 チュチュがバンドに傾ける情熱、その根源。まだ話してもらえるとは思えない。根が深い問題っぽいしな。だから、マネージャーとして出来ることをしよう。なに、今まで通りさ。ただ……ちょっと気合を入れる。それだけの話だ。

 

「んじゃあ、いい加減腰を落ち着けようぜ? せっかくの凱旋なんだ。他のメンバーとは後日にしても……ほれ」

「……?」

 

 いつまでも床に放置してたから、中のドライアイスが心配だったんだが……なんとか持ったらしい。

 

「……イチゴのショートケーキ?」

「ああ。一応、お詫びにな」

 

 運良く全員タクシーに乗れたようだが、ライブ後の会場周辺なんてそう捕まるもんじゃないし。正直dubに放置した罪悪感はあったのである。

 

「……いいわ、許してあげる」

 

 うーむ、普段の尊大な言い方も。このしおらしさじゃただのツンデレさんに見える。可愛いかよ。

 

But(でも)、あなたが戻るまでジャーキー食べちゃったから。全部は食べきれないわ」

「じゃあ切り分けとくか」

 

「半分食べなさい」

 

 そう言ってチュチュは自分の椅子を指さした。え、なに?

「座って」

「? はぁ」

 

 座れと言われれば座りますがね、ご主人様。

 

「あっ、オイ」

 すると椅子に背中を預けた俺の上に、チュチュが倒れ込んでくる。それでもお高いチェアはしっかりそれを受け止めた。僕はまだ受け止めきれていませんが。ハート(気持ち)的に。

 

「何してんのよさ」

「食べさせなさい」

 

 ケーキを容器から取り出し、それを無理やり俺に持たせてくる。左手にケーキ、右手にフォーク。攻守が逆転したりはしない。

 

 というかアレか? 半分食うって、この体勢でお前に食わせながら俺も食えって? なんだ急に、甘えんぼさんかよ。

 

「一人で食ったらええがな」

「こんなハレの日に一人でケーキ食べろっての?」

 

「……別にこの体勢じゃなくても良くない? 二人羽織かよ」

「いまアンタの顔見たくない」

 

 こんガキャア……。いや待てよ? 照れ隠しか? ……フンッ、いいだろう……。今日のところは見逃しておいてやるわ。

 

「ハイハイ。ほらよ、お嬢様。あ~ん」

「ん……」

 

「おいちいでちゅか~?」

「ぶっ殺すわよ」

 

「アッ、スマセン」

「ふんっ……マスキングのケーキのが美味しいわね」

 

 そこはお世辞でも美味いって言っとけや! そういうとこやぞホンマ。

 

「あむっ……たしかに」

 うん、マスキングお手製のが美味ぇわ。(確信)

 

「ちょっと」

「あいあい」

 

 短く催促するチュチュに、さらにケーキを食わせてやる。これが猫を餌付けで懐柔する感覚か……。(多分違う)

 ……あ、そういやこれ間接キッスというやつでは? いいのチュチュ様?

 

「今更だけど、フォーク同じのでいいのか?」

「? 何がよ」

 

「間接マウストゥマウス的な」

「……ああ。そんなの気にするの日本人くらいよ」

「え、マジかよ」

 

 そんな他愛無い会話をしつつ、途中からは全部チュチュに食わせてやった。全然入るやんけ。

 最後までチュチュの顔は見えなかったけど、多分満足してくれたはずだ。

 


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