大社で自分の名前を札へと刻んだ私達3人は大社の地区にある中学校へと連れて行かれた。道中二人はそれぞれ野田桜雪(ノダ サユキ)、野田真雪(ノダ マユキ)と名乗った。二人は姉妹で姉が勇者に覚醒した一方で妹は巫女に覚醒したらしい。
中学校の教室で私は大社職員からあの化け物やこの地区のことを聞き、新しい制服をもらった。勇者として活動する以上、身なりには気をつけてほしいと。
私にとってそんなことはどうでも良かった。大社の話を聞くうちに憎悪と言うしかない感情が私を支配したのだ。誰に対してだろうか。化け物か、大社にか、それとも…。
とにかくこの憎悪の報いを受けさせる。そう思ってひたすらに竹刀を校庭で振り回した。職員に武器を使って練習をしたいと申し出たところ、実物を使っての演習は危険であるので竹刀を使いなさいと言って竹刀を数本貸してくれた。それで良かった。とにかくこの怒りをぶつけることができる物があればよかった。竹刀を怒りに任せて振り回していたときだ。
「古賀、あんた怒りに呑まれてるよ。」
桜雪の声がした。その時、私の中の憎悪が桜雪へと向けられた。
「あんたも勇者になったんでしょ、それだったらとっとと化け物を打ち倒す練習しなさいよ。」
「あんたって…。違う、私が言いたいのは今のあなたがいくら練習したところで化け物には勝てないってことよ。」
「何、私はあいつらに勝てる。私は太刀であいつらを斬ったんだ。」
桜雪はふぅと息をつき私の方へとかけてきた。そして私が置いていた竹刀を拾い上げ、構え、私めがけて振った。私は竹刀で受け止める。その一撃は重く、桜雪が本気であることが伝わってきた。
「何。あんた。」
「古賀、私と戦いなさい。」
「どういうつもりよ。」
「一発相手に有効打を入れたほうが勝ち、私が勝ったら一度頭を冷やしなさい。」
「じゃあ私が勝ったら…、二度と口出しするなぁぁぁぁぁ」
叫び終わらないうちに桜雪に斬りかかった。不意をついたつもりだった。しかしそれは桜雪には届かず、弾かれた。それでも続けて怒りをぶつけ続ける。
何度も弾かれた。相手は攻撃してくる気配がない。ただ私の竹刀を受けているだけだった。それが私の感情を逆撫でした。相手から勝負を挑んでいて攻撃してこない。口だけがしっかりしていれば私が言うことを聞くとでも…。そんなやつは私が叩きのめしてやる。
「口だけの奴が勇者になれるかぁぁぁぁ」
叫びながら、自分の力の全てを腕に込めて竹刀を振った。
その瞬間、桜雪に殺気を感じた。
今までの受け流していたような弾き方ではない。一番はじめに私に打ちつけようとしたあの一撃以上の重み、その一撃は私の竹刀をへし折った。もしかしたら私が打ち付けていた時、竹刀は既に脆くなっていたのかもしれない。
桜雪は間髪入れずに折れた竹刀を振り切って体制を崩した私の脇腹に重い一撃を打ち付けた。
それはあまりにも重く、私を吹き飛ばした。地面と私の素肌が擦れ、砂や石が皮膚を切り裂いた。痛みに耐えながら手をつき、体を起こした。桜雪がすかさず竹刀を私の目の前に振り下ろして言った。
「古賀、約束は聞いてもらうわ。その前に保健室に行くわよ。」
屈辱的だった。不意までついて攻め続けたのにたった一発で逆転されたのだ。それなのに桜雪は手を差し出した。私は決まりが悪かったから断って立ち上がった。私が立ち上がると彼女は黙って歩き出した。付いて来いと言っているようだった。
「痛っ。」
保健室で傷口に消毒液を当てられてつい声が出てしまった。保険室にいた職員は私を見るなり手当を始めたのだ。
「桜雪さんが今から古賀を怪我をさせるから準備しておいて。って言ってたのよ。」
保健室にいた職員は優しい声で話しながら傷口にガーゼを当てている。
「私が負けるってわかって勝負を仕掛けてきたんですね。」
ふてぶてしく桜雪に問った。
「ええそうよ。私はあなたが怒りに任せて竹刀を振っていたのを見て、この先生に頼んでおいたの。」
「桜雪さんは相当強かったけれど、何か心得があるんですか。」
「ええ、薙刀を教わっているわ。」
「だから…なんですね。」
もう少し話したい気がした。しかし職員が間に入ってしまった。
「お話の途中遮って悪いですが古賀さん、手当終わりましたよ。傷は浅い擦り傷だけなので大丈夫ですよ。」
自分の腕や脚を見ると擦ったところはしっかりと手当されていた。所々に絆創膏が当てられている。
「ありがとうございます。」
お礼を行って立ち上がった。すると桜雪が声をかけてきた。
「そろそろ夕飯時でしょ、食卓囲んで話すわよ。」
「はい…。」
先ほど打ち飛ばされた後、憎悪の感情は潮のように引いていき今は落ち着いている。保健室を出て、桜雪に連れられて歩いていくといい香りがしてくる。
体育館で自衛隊が炊き出しを行っていた。私と桜雪は炊き出しのうどんをもらい、席についた。うどんの具はネギだけの質素なものではあるが、この事態の中温かいうどんが食べれること自体幸せなのかもしれない。ふいに桜雪が呟いた。
「真雪、遅いわね…。」
「真雪さんは何をしてるんですか?」
「真雪は私達とは違う、巫女として覚醒した。信じられないかもだけれど神様の声が時々聞こえるらしいの。だからその聞こえた声の内容を大社職員と話してるとか。」
「神様の声が聞こえる…か。」
神様なんて伝説とかそれこそゲームのキャラクターになっているような架空の物だと思っていた。それが今私達に力を与えているなんて不思議でたまらなかった。
「それにしても、古賀はよく覚醒できたわよね、私は真雪が神社に走れって訴えるから安全な場所も分かったし、ある程度の人は救えたんだ…。」
桜雪は私に語りかけていた。でもどこか自分に言い聞かせているような話しぶりであった。
「あなたも大変だったのね。」
「ええ、アイツらにやられた、母さんも父さんも。私達が覚醒する前に…アイツらに喰われた。」
「私も…なんだよ。ここに家族はいない。そういうことなんだ。」
お互い気まずくなって黙り込んでしまった。少しでも気を晴らそうと私はうどんをすすった。でも、好きな食べ物のはずなのに味がしなかった。先ほどまでしていたいい香りすら感じなかった。
そこに一人の少女が駆け寄ってきた。
「ごめんお姉ちゃん、遅くなっ…。」
私達の空気を察したのだろうか。彼女は黙ってうどんを受け取りに行き、私達の机に座りつぶやいた。
「古賀さん。お姉ちゃん。助けられなかった人はたくさんいる。それでも助けることができた人もいたってこと、忘れないでね。」
そう言うと真雪はうどんをすすり始めた。
私ははっとした。つい失ったものだけを見ていた。そういえば、炊き出しには自衛隊員以外の人も混ざっていた。今席から見るだけでも私と一緒に神社に逃げ込んだ人が数人いる。その人達は今、炊き出しを通して人々を元気づけようとしている。それなのに、勇者が落ち込んでいたら合わせる顔がない。
「真雪さん、ありがとう。少し元気が出たよ。」
「古賀さん…。そうだ、私のことは‘さん’なんてつけなくてもいいんですよ。まだ中一ですし。」桜雪も真雪の言葉で吹っ切れたのだろうか。会話に加わってきた。
「いいねぇ、じゃあ私も‘さん’なんて堅苦しい呼び方はやめてよね、同じ勇者なんだしさ。その代わり私は呼び捨てで行くから、中三だしいいでしょ。」
「じゃあ私は桜雪ちゃん、真雪ちゃんで呼ぼうかな。中二だけれど。」
「もう…、この際学年は気にしないようにしようか。」
「そうですね…。あの桜雪ちゃん、さっきは、その…。ごめんなさい。私…。」
「もういいの。今のあなたなら、あの化け物にだって勝てるわ。」
少しずつ、うどんに味と香りが戻ってきたような気がした。ただ、麺は伸び切っていたが。
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