古賀美琴は勇者である   作:時 司

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3話 五分咲き

朝のランニングを終え、校庭の端にある蛇口をひねる。ここにきてから一週間が経っていた。

大社は学校の教室の一室を私達に貸してくれた。朝昼晩の食事と授業の日々、その中で毎朝欠かさずにしているルーティンがこのランニングである。チリンチリンと自転車のベルの音がした。道の方を見るとフェンス越しに桜雪が自転車に乗ってこちらを見ていた。

「あんたも飽きないねぇ、毎朝走ってるでしょ。どう、明日は自転車に乗ろうよ。」

「飽きないのは桜雪ちゃんもでしょ、毎朝自転車で私を抜いて後ろ振り返ってくるのやめなさいよ。」

「ははは、だって水琴かわいいんだもん。」

「う、うっさい。」

「そんなことより、今日もやるんでしょ。」

「当然よ、勇者なんだから。」

そう言うと桜雪は校門の方へと自転車を走らせていった。私は二本の竹刀を持って校庭の中央へと歩いていく。運動場の中心で自転車を駐めてきた桜雪に二本のうち一本を桜雪に渡した。

お互いに向き合ってそれぞれの構えをする。竹刀こそ使っているがそれぞれ太刀と薙刀が本職の武器である。剣道のような礼儀作法はない。

暫し見合ったあと、桜雪の方から仕掛けてきた。真横から払うような斬撃、両手で柄を握りしめてそれを受け止めた。いつ受けても重い。それでも毎朝受け続けていれば慣れるものだ。今度は私が攻める。相手の真上からの一撃、桜雪は竹刀を斜めにして受け流した。その瞬間私に隙が生まれる。そこをついて桜雪は私の背を軽く叩いた。

「はい、今日も私の勝ち。」

「また今日も負けたかぁ、やっぱ桜雪ちゃんは強いや。」

「それでも美琴も強くなってるわよ。はじめなんて横からの一撃すら受けきれてなかったじゃない。」

校庭の端で水を飲みながら話している私達のもとに真雪が歩いてきた。

「おはよう、お姉ちゃん。おはようございます。水琴さん。」

「おはよう、真雪ちゃん。今朝も修行?」

「はい、今朝の水も冷たかったですよ。」

「真雪は強いねぇ、私じゃ耐えられないよ。」

「お姉ちゃんほどじゃ…。私にはこれしかできないし…。」

戦えない巫女という立場の彼女は少し俯きながら言った。

「さ、暗い顔しない。朝食食べに行くわよ。」

 

体育館で朝食をもらった。朝食を食べ終わったあと寝室になっている教室の隣の教室へと入った。これも毎朝のことである。三人が教室に入ってしばらくしてから女性の神官が一人入ってきた。

気を付け、礼。と桜雪が号令をかけた。神官が話し出す。

「今朝、真雪さんや他の巫女が受け取った予言ではこの宗像大社地区の結界では力が足りず。やがて崩壊してしまう。と示されました。」

全員の顔がくぐもった。

「じゃあ、私達はどうなるんですか。」

「美琴さん。私の話は終わっていません。質問はその後にしてください。話を戻します。私達も無策ではありません。太宰府天満宮はご存知だと思います。私達臨時地区組織は太宰府天満宮までご加護を受け取りに行き、結界を強化する反抗作戦を計画しました。しかし、我々も今すぐに動けるというわけではありません。古賀様、そして野田姉妹様には作戦の中核となっていただくために準備期間である十二日間は夏休みとさせていただきます。英気を養っておきなさい。以上です。美琴さん、質問はありますか。」

「いいえ。ありません。」

そう答えると神官はすたすたと教室を出ていった。

「そういえばここ一週間は朝から晩まで縛られっぱなしだったし。私行きたいところあるんだけど、行かない?」

断る理由もない。桜雪についていくことにした。

10分もあるけば海岸線に出た。青く澄み切った空と海、境目が分からない程に青々としている。桜雪は砂浜につくなり靴を脱ぎ、裸足になって海へと走っていった。

「美琴も来なさいよ、気持ちいいよー。」

「お姉ちゃん制服が濡れるよー。」

「よし、私も行くよー。」

私も裸足になって海へと走っていった。

「水着持ってきたほうがよかったかな。」

桜雪が呟いた。

「流石にそこまではできないでしょ、ここらへんには更衣室もないし…。」

「やっぱ水琴はまじめだなぁ。」

そんな調子で二時間ほど遊んだだろうか。そろそろお腹が空いてきた。

「お昼は私が行きたいお店でもいい?」

そう言って桜雪はスマホを取り出し、電話をかけた。砂を払って靴を履いていたころ、タクシーが道端に止まった。

「野田様で間違いないですか。大社の方から話は聞いておりますのでどうぞ。」

タクシーに乗って10分ぐらいであるラーメン屋の前でタクシーは停まった。お礼を言ってから降りる。

「私ラーメン好きなんだよね。」

「桜雪ちゃんラーメン好きなんだ。」

「お姉ちゃん急に家を飛び出したかと思ったら自転車に乗ってラーメン食べてきたってこともあったんですよ。」

「意外と桜雪ちゃん活発…。でもお金誰か持ってますか?」

「そのへんは大丈夫、地区組織が出してくれるって。」

「いたれりつくせりですね。」

「とにかく入るよ。」

店には気さくな店主が一人、スープをかき混ぜていた。

「おお、あんたが勇者になったのか、昔自転車漕いでうちにラーメン食べに来たことがあったよな。」

「そうです。よかった、ここは無事だったんですね。」

「おかげさまでね。さあ座りな、」

促されるままカウンター席に座った。

「ラーメン3つ、お願いします。」

「桜雪ちゃん、メニュー見なくていいの?」

「ここのラーメンは美味しいのよ、私が保証する。」

「ははは、勇者様にそう言われるとは鼻が高いなぁ。」

実際出てきたラーメンは美味しかった。帰りもタクシーで送ってもらい夏休み一日目は終わりを告げた。こんな楽しい日は久しぶりだった。

 

しかし攻め込む前に向こうからやってきた。夏休み八日目の昼頃だろうか、非常事態を伝えるサイレンが大社地区に響き渡った。私達は大社に呼び戻された。大社境内は慌ただしく人が駆け回っている。私達に気がついた自衛隊員が声をかけてきた。

「あんたら勇者か、本殿に行ってくれ。そう伝えるよう言われてるんだ。」

人の合間を縫って三人は本殿へと急いだ。本殿には数人の神官が待っていた。

「何があったんですか。」

「バーテックスが結界を破って地区に侵入しました。勇者様は敵を排除してくださいませ。巫女様はこちらへ。」

「はい。」

真雪と別れたあと、二着の装束が用意された。

「勇者様のお力を引き出せるように創られた勇者装束でございます。お召になれば、人を超えた身体能力を発揮できるはずでございます。」

二人の勇者は勇者装束に着替えた。身に着けるとあの時と同じように身体に力がみなぎり、血が沸騰するような感覚を覚える。装束を身に纏った少女の前にそれぞれ、太刀と薙刀が差し出された。それを受け取り、駆け出した。脚に力を込め、地面を踏みしめる。たちまち体は空へと舞い上がった。まるでジェットコースターのようだ。体制を崩しそうになるが、なんとか着地する。桜雪の方を見ると、彼女はすでに慣れたように空を舞っていた。私も再び地面を踏みしめ、空へと舞い上がる。遠くに「化け物」が自衛隊と交戦しているのが見えた。化け物に対して自衛隊員が銃弾の雨を浴びせていたが、化け物はそれをもろともせずに人、車両を食い破っていた。真雪の予言は当たってしまった。車両の燃料に引火したのか、爆発が数回起こった。自衛隊の部隊はもはや戦闘能力を失っていた。

「うぉぉぉぉ、ここから、出ていけぇぇぇ、」

落下しながら太刀を振りおろした。斬撃は化け物を真っ二つにした。圧倒的な力を手に次々と化け物を切り裂いた。仲間が殺されているのを探知したのか、どっと攻めてくる量が増え、背後を取られた。

「美琴、危ないっ、」

そこに桜雪が飛び込んで来た。彼女は私に散々食らわせてきた横払いで何体もの化け物を同時に切り裂いた。

「助かるよ。」

「礼なら後でいいわ。」

お互い背中合わせのような形だ。前も後ろも上さえも埋め尽くす化け物、やっと数が減ってきて油断が生じた。化け物の体当たり、私はかわせるが桜雪は背後からの攻撃になる。

「桜雪、後ろ、」

私の声にとっさに反応し、桜雪はすんでのところで体当たりを回避した、が喰った。喰われたのではない。飛び込んできた勢いのまま化け物を食いちぎり、そのまま薙刀で切り裂いた。

「食えたものじゃないわね、これ。」

そう言って桜雪は口に残った破片を吐き出した。この時、彼女を怒らせてはいけないと強く思った。

 

襲撃はやんだ。結界の穴が塞がったのだろうか。

「桜雪ちゃん。バーテックス…食べたよね…。」

「ええ、でも食えたものじゃないわよ。」

「どんな味だったの。」

「うーん、物に例えるなら。味のしないイカかタコね。とにかく苦いし、」

「うわぁ、不味そう…。」

「二度と食べないよ。願われても食べないねあれは、」

地区は平穏を取り戻した。私達は大社に戻ると盛大に称賛された。

一方で反抗作戦は結界の耐久度や自衛隊装備がバーテックスに効かないことを考慮して前倒しされることとなった。

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