私は走っていた。どこに向かってか、なんのためかはわからない。遠くに桜雪と真雪がいた。どんなに走っても距離が縮まらない。むしろ遠くなっていくような…。一人は嫌だ。桜雪がいたから、真雪がいてくれたからここまでこれた。離れたくない。離れたく…ない。
「桜雪ちゃん。」
辺りを見回すと学校の保健室だった。窓の外は暗くなっている。さっきまで見ていたのは夢…だったのか。
「美琴さん、」
私の叫び声に気がついて真雪が私の方にやってきた。
「真雪ちゃん…。私…。」
「はい。美琴さんは帰ってきたあと気を失っていて、二日間意識が戻らなかったんです。だから私、心配で。」
「二日…。そうだ、桜雪ちゃんは。」
「お姉ちゃんなら先に意識が戻って調査の報告とかを神官さんにしてましたよ。」
「ごめん、真雪ちゃん…。」
「なんで謝るんですか。」
「いやさ、桜雪ちゃんも倒れちゃったのって私を無理して背負ってくれたからだと思うんだ。」
「美琴さんも悪くないですよ。お姉ちゃん、あいつは私じゃ倒せなかった。美琴のあの真っ直ぐな打ち込みだからできたんだ。って言ってたんですよ。」
「そうかもしれないけど、爆発に巻き込まれたのは私のミスだし…。」
つい自分を攻めてしまっていた。真雪はふうと息をついて、
「美琴っ……さん。私の気持ちも考えてください。美琴さんとお姉ちゃんを待っていた巫女のことを考えてください…。自分じゃ戦えない、美琴さんとお姉ちゃんに助けられっぱなしなんです。だからっ…。」
最後の方は声が掠れていた。私は戦える。でも真雪はいつも見送り、帰りを待つだけ。それがどんなに心苦しい物だったかは私にはわからない。
「ありがとう、真雪ちゃん。でもね。助けられっぱなしじゃないんだよ。今も私を助けてくれた。もう自分を責めないよ。」
「美琴さん…。」
その時、桜雪といつもの女性神官が保健室に入ってきた。
「良かった、美琴。目が覚めたんだね。」
「うん…。ありがとね、桜雪ちゃん。」
神官はコホンと咳払いをしてから話し始めた。
「美琴さん桜雪さん真雪さん。酷な現実ですが我々は反抗作戦を続行不可能と判断しました。博多駅にあった巣窟は一つとは到底考えられません。大宰府で加護を得ることが不可能となった以上。この地区の結界は持って一ヶ月でしょう。」
「打開策は、打開策はないんですか。」
「美琴さん。だから言っているでしょう。私の話は終わっていません。」
「す、すみません。」
「話を続けます。この地区の維持が不可能となった以上、脱出するしかありません。幸い、予言で四国地方には結界壁を備える非常に強力な結界を持つ領域が生存していることが確認できました。私達は四国を目指します。質問はありますか。」
「四国へはどう行くんですか。」
「それを探るのもあなた達勇者の任務です。」
「はい、私も質問。探るって具体的に何すればいいの。」
「私達には短いですが一ヶ月の猶予があります。その目算にずれが生じていても三週間はある。その間に何らかの手段を探すのです。」
「なるほどね。でも、それって結界の外に出るんでしょ。バーテックスの融合体はどうするの。一匹でもぎりぎりだったんだよ。囲まれでもしたら勝てないよ。」
「その点についても対策は打ってあります。現在切り札と呼ばれる勇者強化の実装準備を現在進行中です。」
「切り札…ねぇ。」
「質問は以上ですか。切り札実装のための儀式を3日後執り行います。」
そう言って神官は保健室を出ていった。
「美琴、あんたはどう思う。」
「切り札…。融合したバーテックスを簡単に倒せるのなら心強いんだけどね。」
「どんな形なんでしょうか。」
「さあ。まあ答え合わせは三日後でしょ。」
「そうね。」
三日後。大社の本殿には巫女装束の真雪、勇者装束の桜雪と私。そして神官が数人いた。
真雪は私達に背を向け、祓い言葉を述べてから祝詞を読み上げ始めた。真雪は淡々と、しかし一言一句詰まることなく祝詞を読みすすめる。その背にはいつもの彼女とは違う凛とした雰囲気があった。
儀式が終わった。いまいち強化されたという感覚がない。神官の一人が私達に向かって話し始めた。
「ただいま、勇者様へと神様のお力の一部を引き出す準備が整いました。まだ感覚としては無いものと推察いたしますが、来たるべき時が来れば力が開放されます。」
「来たるべき時、というのはいつですか。」
「私どもでもそれはわかりかねます。ただ、必ず勇者様のお力になるものであります。」
「そう、ですか。」
そう言って神官達は本殿を出ていった。私達三人が残される。
「真雪、ありがとね。」
「私にはこれぐらいしかしてあげられないから…。」
「真雪ちゃんにしかできなかったことだよ。ありがとね。」
「お姉ちゃん…、美琴さん…。」
「ごめんね、真雪。このあとすぐ来るように言われててさ、美琴行くよ。」
「行ってくるね、真雪ちゃん。」
「行ってらっしゃい。」
本殿を出て脚に力を入れる。二人の体はあっという間に宙に舞いあがり、結界の端までたどり着いた。いつもの女性神官が見える。
「儀式は終わりましたか。」
「まあね、実感湧かないけど。
「そうですか。本題に入りましょうか。我々に残された時間は短くなっています。そこで四国へ向かうルートを模索するべく、あなた達は北九州方面へと向かって市街地の状況を調査しなさい。」
「具体的に何を見てくればいいですか。」
「北九州へ向かう道、そして四国向かう手段が何かないかを調査してください。」
「なるほどね、わかったよ。」
結界を出る。そこにはやはり、博多に行くときと同じ様な光景が広がっているだけだった。
「やっぱり道路なんて使えなさそう…。」
「そうよねぇ…。道路はボコボコ。見て、水道管が見えてる。」
「仮に道路を伝っていったとして、車じゃまず無理でしょ。」
北九州市若松区にさしかったところであの白い球体の塊が見えた。地面にへばりついたそれはやはり不気味だ。
「やっぱあるよなぁ…。」
「それも博多にあった物より大きい。」
白い球体の塊は球と球の境目がなくなり、一つになった。そして角のようなものが生え、見覚えのある形へと変幻していった。
「博多で戦ったやつじゃんか…。あいつら情報共有でもしてるのか。」
「どうする。また角を切り落とすの。」
「それだとまた爆発しちゃうでしょ。」
「そうか…。どうするの。」
「切り札を使う。」
「使い方は聞いてないよ。わかるの。」
「なんかね、今ならね…こう…自分の芯に意識を集中させて…。」
桜雪が光に包まれた。たちまち薙刀が巨大になり、電車一両分ほどになった。
「これが切り札か…。」
巨大な薙刀に気がついて敵が突撃してきた。桜雪は両手で柄を握りしめ、まっすぐと振り上げた。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
桜雪の薙刀は融合体のあの硬かった表皮を真っ二つにした。
「美琴、これなら簡単にすすめる。一気に行こう。」
桜雪は切り札を解いて先を急いだ。
小倉駅周辺地区に入った。相変わらず人の気配もなく道路はボコボコ、ビルも無残な廃墟になっている。
「またここもひどいな。」
「やっぱり線路も駄目になってるし、道路もガタガタ。こんなんじゃ何日たってもつかないよね。」
「そうよねぇ、港も見たけど沈んだ船しかないし。ここをつてにするのは無理ね。」
「桜雪ちゃん、あれ…。そうとうな巣がある。」
「四国までの道はあとで考えればいいか。よし、行くよ。」
目の前のビル群の間では融合体が十数体生成されようとしていた。
私達は自分の中心へと意識を集中させた。
体が光に包まれる。九つの狐の尾が生え、とてつもない力が流れ込んでくるのを感じた。融合体の方へと桜雪は既に跳んでいた。追いかけようとすると身体が浮かび上がる。
(浮いてる…。)
動揺している暇はない。
私は空を蹴り太刀を構えた。太刀は振られることなく空を蹴った勢いだけで真っ二つに切れた。まるで豆腐を包丁で切るようだ。
今度は四体の敵が一斉に突撃してくる。私は思い切り太刀を振った。すると衝撃波が発生して突撃してくる敵をすべて飲み込み、一瞬にして細切れにしてしまった。
一方桜雪はその巨大な薙刀を駆使して次から次へと融合体を斬った。
最後の一体を倒し、切り札を解除する。
「よし、いまので最後だな。」
「切り札ってすごいね。」
「あんた念力使ってたの。ジャンプじゃないでしょあんな浮遊。」
「うん、なんか使えてたみたい。」
どっと疲れを感じる。流石切り札といったところか。
しかし、桜雪の体には疲労だけでなく、異変が生じていた。
「あれ、左手が動かない…、おかしいな。」
「大丈夫なの、怪我した。」
「いや…怪我はしてない。それも切り札を使ってた時は動いてたんだよ。」
「帰って検査を受けないと。」
「そうね、調査の結果も結局めぼしい収穫もなかったしね…。」
疲れた体を奮い立たせて少女は空に跳び上がった。
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