「桜雪ちゃんの左腕は二度と動かないってどういうことですか。」
桜雪と美琴は大社に帰還するや否や女性神官に詰め寄っていた。
「神様の力を宿す切り札は人智を超えた、いわば人と人ならざるものの境界に立つようなこと。外傷なく突然動かなくなったというならば、それは切り札の代償という他ありません。」
ただ事実を述べるだけの女性神官に腹が立ってきた。
「融合したバーテックスは切り札を使わないと倒せない。なのに切り札を使えば代償で体のどこかが壊れていく。どうすればいいのよ。」
「どうにもならないよ。お姉ちゃん。」
女性神官に詰め寄る私達の後ろには真雪がいた。ただ、いつもの穏やかな雰囲気はなく、冷たい空気をまとっていた。
「どういうことなの、真雪ちゃん。」
「簡単な事ですよ、水琴さん…。古来伝説の時代から神に見初められ、力を与えられるのは無垢な少女…。そしてその多くは…。」
「生贄にされた。って言いたいの。」
桜雪は怒鳴り、女性神官の襟首を右手で掴んだ。
「分かっててやってたの。あんたらは。」
「それしか人々を救う方法はなかった。神様は貴方方を選び、お力を与えてくださった。それはとても光栄なこと。」
「それはお前らの都合だろうがっ。」
今にも神官に噛みつきそうだった桜雪の手を美琴が引き離した。
「何をするの、美琴。」
「やめて、桜雪ちゃんが人を傷つけるのは見たくない。」
「美琴…、あんたはそれでいいのかぁぁぁぁぁ」
桜雪は美琴目掛けて拳をぶつけた。彼女は体制を崩し、地面に倒れた。
「それでも…。それでも戦うしかなかったんだ。戦うって決めたんだ…。」
倒れた体を起こしながら美琴は呟いた。
「私は桜雪ちゃんが、真雪ちゃんが大好きだ。だから守りたい。私を助けてくれた自衛隊の人も、炊き出しをしてくれた人も守りたい。」
「だからって自分がどうなってもいいっていうの。」
「嫌なんだよ。守りたい人が傷つくのは…。大切な人が誰かを傷つけるのは…。それを止めれるなら私は戦うよ。だって…そう決めたんだから。」
桜雪はその場に崩れ落ちた。
「なんだよそれ…。」
声は震え、嗚咽混じりに涙を流している。真雪が駆け寄り、桜雪を優しく抱いた。
いつも表情を表に出さない女性神官も顔を俯かせていた。
「ごめんなさいね。私だってこんな苦しいこと言いたくない。役目を代わってあげたい。それでもね、私にはそれはできない…。地区組織は四国にたどり着くまであなた達を戦わせる気でいるわ。私はそれが本当正しい事かはわからない…。」
2015年9月12日、私達は地区にある漁港にいた。地区組織は私達の博多と北九州での調査結果を元に結界外の設備に望みはなく、また車両を使った移動も困難。徒歩で四国を目指すには日数がかかりすぎて食料や水が足りなくなる。
などを考慮して地区の漁港から船で四国を目指す方法が唯一の方法であると決断を下した。
当然私達勇者は船団の露払い役としての役割が当てられた。幸い漁港には数キロ離れた離島との連絡船があり、殆どの避難民はそれに乗れる。溢れた人や、物資は数隻の漁船に乗せて四国を目指す。
私達勇者は漁船へと乗り込んだ。桜雪もいる。しかし彼女はいつもの明るさがなかった。
あの日の後、私達勇者が引き出した切り札の名前がわかった。
桜雪が引き出したのはイクチ。とてつもなく大きく、頭から尾の先まで船で渡るには二、三日を必要としたという魚だ。
そして私が引き出したのは玉藻前。九つの尾を持つ妖狐で強大な霊力を持ち、その霊力を使って美女へと変幻してはいくつもの国を傾けたと言われている。
加えてもう一つ分かったことはどうして私は体に異常が出なかったかについてだ。切り札は使う事に体に負担をかけ、負担がある一点を超えると体に異常が起こる。というのが大社の見解だ。だから二回切り札を使った桜雪はその一点を越えて体に異変が起こり、私は一点を越えなかったから異変が起きなかったらしい。
何れにせよ次、切り札を使えば負担の超過は避けられない。
ついに船が出港し始めた。もう陸地には誰も残っていない。大社にも、学校にも…。
結界が崩壊を始めた。ボロボロと剥がれ落ちるように膜のようなものが光っては消えていく。帰る場所がなくなるとはこういうことか…。不思議と涙が溢れ出た。
先日の調査である程度の巣窟は駆除していたからか、今のところ襲撃はない。平穏な海、破壊しつくされた陸地は平静を保っている。
関門海峡の入口に差し掛かった時、陸地で何かが光った。直後最後尾の漁船が爆発し、海の藻屑となる。陸地には白くまんまるとしたもの、角を生やしたもの、そして球体に筒を突き刺したようなものが見える。
「新顔がいる、桜雪ちゃん。行くよ。」
「嫌だ。」
彼女は甲板に座り込み、俯いたまま呟いた。
「どうして、敵が来てるんだって。」
「戦ってもどうにもならないんだって。聞いたでしょ、切り札を使えば体がおかしくなってく。」「それでも、使うしか助かる方法はないんだ。」
「あるわ…。私達だけで四国に行くの。私達の脚ならあっという間よ。そうすれば助かる。」
「何を言ってるの、桜雪ちゃん。」
再び陸地が光り、新顔が光の矢を放つ。それは連絡船をかすめた。私達が迎撃に出ていないことに気が付いて真雪が駆け寄ってきた。
「ごめん、真雪ちゃん。桜雪ちゃんをお願いね、行ってくる。」
「待って、ミコ…」
真雪に応えてる暇などない。太刀を握りしめ、船から飛び出し、自分の芯へと意識を集中させる。(来い、玉藻前。)
九つの尾が生え、落下を始めていた身体が宙に留まる。また陸地がまた光った。光の矢が飛んできたのが見えた。太刀を合わせて二つに割る。そして次々と船団目掛けて猛進してくる敵を斬った。脳の処理が追いつかないほど押し寄せてくる。それでも斬る。私が守るんだ。私が、私が…。「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁ」
叫びと共に自分の中のエネルギー全てを込めて太刀を振った。空を切り裂いたその衝撃は巻き込まれた敵を一掃し、私もろともを吹き飛ばした。漁船の甲板へと叩きつけられ、切り札が解けた。「美琴さんっ、」
真雪が駆け寄ってきた。
「吹き飛ばされた先がこことは私の運も見捨てたもんじゃないね。ははは…。」
「それより怪我はしてませんか。」
「多分大丈夫。それより敵は。」
「敵は今の一撃でとりあえず全滅しました。」
「そっか、ならよかった。ん、あれ…。」
「どうしたんですか。」
「やっぱり運…なかったね。両脚持ってかれちゃった。」
「そんな…。」
「もう分かったでしょ、美琴。例え四国についたとしてもあんたはもう歩けないのよ。」
私の姿を見て桜雪が絞り出すように言った。
「これで逃げることもできなくなっちゃった。だから戦うしかないんだよ。」
「なんであんたはそんなになっても戦おうとするの。怖くないの…。毎回身体のどこかが悪くなってく。私は怖いのよ…。」
「なんでって、だって私は勇者だから。守るって決めたから。だから諦めない…。でも、これは私の意思。桜雪ちゃんは巻き込まない。真雪ちゃんを背負って陸伝いに四国に行ったっていい。でも私は行かない。だって大切なんだもん。友達と守ってきた物が…。」
「お姉ちゃん、私は何もできないけれど…、何もできないからお姉ちゃん達が帰ってきた先にいる。私もそう決めた。」
「真雪…。」
関門大橋の下を抜けたとき、両岸からどっとバーテックスが湧いて出た。
「真雪ちゃん、行ってくる。」
「まって、」
桜雪が呼び止めた。
「私も行く。怖いけど、だけれども戦う。真雪…、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
自分の芯に意識を集中させる。桜雪の薙刀は18メートルほどになり、私には九つの尾が生えた。脚が動かない以上、戦うには自分の身体を浮かばせるしかない。
両岸はそれぞれ数百メートルしかなく、融合体だけでも数十体見える。光の矢を切り落としては角付きの突撃を避け、反撃する。
突如水面が膨らみ、角の融合体が飛び出した。水面を走り、戦っていた桜雪が巻き込まれた。連絡船の側面へと叩きつけられる。彼女の切り札が解けた。
「桜雪ちゃん、大丈夫。」
「あいつらぁぁぁぁ、私は大丈夫、敵は。」
角の融合体は先頭を行く漁船に狙いをつけていた。
「美琴、私を漁船まで飛ばしなさい。」
「でも、」
「でもじゃない、やるの。」
「わかった。」
桜雪の体を浮かばせ、全力で飛ばした。飛翔中に彼女は切り札を使った。間一髪敵の突撃を弾いた。しかし敵は何度も何度も突撃を繰り返す。助けに行こうにも敵が多すぎてできない。
「真雪、他に乗ってる人と逃げなさい。今回ばかりはだめかもしれない。」
桜雪は後ろも振り返らずに叫んだ。敵の猛攻に桜雪を支える脚が甲板にめり込み、皮膚が裂けている。
「私はお姉ちゃん達が帰ってくる場所になる。だからお姉ちゃんを置いて逃げたりしない。」
真雪は敵に押される桜雪の背中を支えていた。
「だからダメだって、私が今倒されたら、あんただって死ぬのよ。」
「いいよ、お姉ちゃんとなら。だって、初めてお姉ちゃん達と戦えたんだもん。」
「そんな…、私はあなたが一番大切なの。だからあんたを守る。だから逃げて。」
「だめだよ、今私が手を離せば身体が持たなくなって死んじゃう。」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお」
桜雪は薙刀を必死に振った。骨が砕けてもいい、筋肉が切れてもいい。妹を守るため、自分が生きるために…。
しかし、その想いは届かなかった。
薙刀が砕け、二人は貫き突き上げられた。
「桜雪、真雪っ…。」
一刻でも早く倒さないと。
「きさまらああああああああああああああ」
怒り、憎悪、憎しみ。負の感情が私を支配した。あの夜と同じだ。何が守るだ。何が戦うだ。結局私は大切な人を守れなかった。
身体中の意識を集中させて太刀へと一気に流し込んだ。
横払い。
斬撃は光を伴った衝撃波となって辺りの敵を一掃した。急いで漁船へと戻る。
「桜雪ちゃん、真雪ちゃん。」
甲板は紅に染まり、姉妹は手を繋ぎ仰向けになって倒れていた。二人とも腹部から下が無くなっている。
「美琴…。やっぱあんたは勇者だよ。」
「何を言ってるの、一緒に四国に行くんじゃなかったの。」
「うーん、私らの傷じゃあ四国まで持たないだろうねぇ…。ははは…。」
「そんなの、嫌だよ…。」
「美琴さん…。ごめんなさい。」
「謝らなくたっていい。たとえ身体が動かなくなったっていい。だけど…だけどお別れなんて嫌だよぉ。」
泣きじゃくった。切り札が時間切れで解け、霊力で体制を保っていた身体が崩れ落ちる。それでも甲板をはって彼女らの手を握りしめた。
「美琴、ありがとうね。」
「また…いつか…。」
手が冷たくなっていく。
最期まで姉妹は微笑み続けていた。
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