アオハルフォビア   作:瀬田

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初めましての方は初めまして。瀬田といいます。

艦これssを書いていたのですが、某青春ラブコメアニメを見ていたら書きたくなっちゃいました。
このお話の投稿時は外出自粛中ですので、暇つぶしにでもなれば(丁度3期も延期されましたね)嬉しいです。

それではどうぞ!


1:青春の主人公はきっと、間違えない

人生の主人公とは、一体誰なのだろうか。

 

 

それはもちろん、自分の人生なのだから、その人生を送る自分自身こそが、主人公であってしかるべきだろう。

何を訊いているのだコイツは、と思われたら申し訳ない。

 

しかし、考えてもみて欲しい。人生は孤独ではない――否、ここでは異常なほどの孤独体質(ボッチ)の人間を考慮していないがそれでも――人は母胎から生まれ落ち、両親やそれに近い立場の者に育まれ、やがて新たな命を生み出そうとする。

そもそも、人間という言葉の文字列が、得てして我々が我々()との()で生きる存在であるということをはっきりと暗示し、内包し、示しているではないか。

 

参ったな、これじゃあボッチなんて名乗れないなと考え直した俺。しかし上記の主張も俺が成したものであるが故に、この完璧な(屁)理屈を捏ねて見せる相手がいないことに気付いて勝手に落胆した。悲しい。

 

 

――いや、違う。本題はそこではない。

 

 

そう、大切なのはここから。特定の人間の人生を作り上げるものは、人間という曖昧で包括的な存在であって、特定の人間を名指ししていない。

人と人との血縁上の、もしくは社会的な重要性をもった関係こそがそれに近い。

そんな関係が、孤独体質(ボッチ)にある自分の意志などまるで知ったかぶりをするように、自分の人生を彩って、創っていくのだろう。

人間は勝手に、それを独立だの、孤高だの、オリジナリティにアイデンティティだのと呼んで満足するだけなのだ。

 

 

実際は依存する。自分も知らないところで、自分を見失って、人生を制御しきれなくなる。

それならば――

例えば、人生において、少なくとも自分にとって主要だと信じる関係性をもった相手に対して、

 

 

「俺と…付き合って下さい」

 

 

こんな想いを伝えたとしよう。

 

 

夕暮れの屋上はまさにこんな言葉とベストマッチ。()()()まで俺は、胸に込み上げる感情の奔流を外へ漏らすまいと、必死に堪えるあまりに一周回って真剣な表情をしていたのだと思う。

そうでもしなければ、キョドるどころか焦りに焦った挙句顔芸キャラとしての地位を確立してしまうところだった。ちなみに当時はひぐらしの鳴く季節ではない。

 

そんな風に考える余裕などなく、言葉を言い終えた俺は、眼前の彼女の言葉を待っていた。

滅多に見る機会のない、大きく掲げられた校旗が未だ冷たさの残る春風にたなびく音が、沈黙によく響いた。

そして、彼女はおずおず口を開き、しかし、きっぱりとこう言うのだった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

――さて、話を戻そう。こんな一世一代ともいえる感情の発露が、そんな相手に通じなかったとき、届かなかったとき、人はどう感じるだろうか。

ちなみに、当事者たる俺はといえば、結局堪えられず、ショックからか目を点にして顔芸キャラになり下がってしまっていた。一方、彼女はといえば、俺の想いを真っ向から両断したその真剣な表情から、眉を一ミリさえも動かさずにいた。ウケてないぞそれ。

 

 

「そ、そうか」

「気持ちは嬉しいの。いつも私を助けてくれて…()()()だってそう。そんな私を、『一人の人間としても、女の子としても』好きになってくれたこと」

 

 

おい話戻せてねえぞ俺!

しかも告白した内容を一言一句諳んじられたことを思い出してしまった。あー恥ずか死。

もう諦めて思い出(黒歴史)に浸ることにする。

 

 

「でも…だからこそ、私は君の隣に居られないと思った。いつでも優しくしてくれる君の隣に居続けてはいけないって」

「…俺は、それでも」

 

 

良い、そう言いかけて、その子の気持ちが理解できた。

もしも、彼女の言葉通りだったとして、いや、彼女がそう思っているのであれば、それを否定するのは違う。

振られたとしても、本気で彼女を好きになったのであれば、最後まで彼女の思いを理解し認めるべきだと、もうほとんど残っていない理性が告げていた。

 

 

「…分かった。すまん、時間取らせて。…聞いてくれて、ありがとう」

「ううん。私の方こそ、ごめん……じゃあ、行くね」

 

 

申し訳なさそうにそう言って、彼女は横を通り過ぎていく。もうお互いに、目線は姿を捉えようとしていなかった。

俯いた彼女とは対照的に、俺は夕暮れ空を見渡すように上を向いていた。仄かに暗くなっていく町並みの景色が幻想的だったからではない。実際にはそうだったのかも知れないが。

 

上を向いて歩こう…何が零れないように、だったっけな。歯を食いしばって堪える。

幻の中の彼女が、少し強まった風にセミロングの髪を押さえるその様子が、夕日の沈んだ黄昏時によく映えていた。

 

俺の人生の主人公は、俺じゃない。俺は、俺の為に捧げようとする対象を失ってしまったから。

俺の中の正しさを形どってくれるものは、もういないから。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……んが」

 

 

目が覚めた。ついでに頭が痛い。

既に明るい陽光が差し込み始めたカーテンの隙間が、異様に高い位置にあるように見える。つまりは、ベッドから落ちたようだ。

 

 

「……朝、か」

 

 

脳内で某激熱熱血テニスコーチの『あさだあーさーだー』という歌声が響く。朝は心もからりと晴れるとは言うが、一先ず俺には当てはまらない。暑苦しいよぉ…。

寝ぼけ眼の気だるい足取りで階段をどすどす下り、洗面所の冷水で顔を洗う。冷たすぎぃ!

 

 

「…ああ、まだこんな時間なのね」

 

 

濡れた顔面をタオルで拭きながら、埋め込み式のデジタルウォッチが示す時間を覗き見する。どうやら、家を出る時間の1時間半も前だった。

眠りが途切れたのは間違いなくベッドからの落下のせいだろうが、眠りが浅かったような気もする。

――だとすれば、原因は一つ。

 

 

「…まあ、まだ2か月も経ってないからな」

 

 

そう、自分に言い聞かせるように、呟いた。

 

 

× × ×

 

 

コポコポとコーヒーメーカーが音を立てるのを聞き流しつつ、制服に袖を通す。いわゆるブレザーというものだ。

クソダサデザインということで定評のあるウチの制服だが、それだけに、着崩し方やアレンジのセンスが試されるそうな。

俺はこのまま着ますけどね。初対面で「ダサいな」と言い放った三好、てめえは許さん。

 

 

「っと…水筒水筒…」

 

 

多めに入れたコーヒーは、魔法瓶に入れて学校へ持っていく。こうでもしないと眠いし、何より寒いからだ。

断じてブラックで少し大人ぶりたいお年頃だからではない。ち、違うんだからねっ!

――実際のところ、まだ苦味を感じるのは内緒。

 

着替えが済んだら、もさもさとトーストを食み始める。母さんが作り置き、というか切り置きしてくれたサラダと、早起きの朝には定番の卵焼きにソーセージも一緒。あとは気が向けばヨーグルトを入れるくらいだ。

 

 

「そういや昨日は帰ってきてたんだっけ。ホントに寝るためだけなんだな」

 

 

『サラダ補充しておきました』と書いたのは恐らく母さんの筆。ごくたまに帰ってきては、このように飯を作り置きしてくれる。野菜を切るだけだと侮るなかれ、これがなかなか、アレンジによってはその辺の総菜やカットサラダとは訳が違う。

忙しなく働く両親には感謝こそすれ、週末には遊びに連れていけなどとは言えない。というか、もうそんな年ではない。

恐らく父さんの方を手伝うため、俺が起きるのよりも早く出ていったのであろう。頭が下がる。

 

 

「…あいつも頑張ってんだな」

 

 

置き手紙の後段には、我が妹の近況報告がしたためられていた。どうやら、受験の方は点数も安定してきたらしい。

うむ、俺に似て優秀。

 

妹は、来年の春から都内の私立中学に通う。いわゆるお受験というやつだが、これが厄介で、転勤の決まった両親がこちらへ越してきてしまうと、俺ばかりでなく彼女も転入をし、小学校5年間の思い出をチャラにしてしまうことになる。

そういう訳で、家族会議の末仕事の拠点である東京(こちら)に俺だけを先に送り込み、二人分の仕事を父さんがこなす傍ら、母さんは向こうで妹の世話をし、たまに仕事の応援に来た帰りに俺の様子を見に来るということに相成った。

 

寂しさはあるが、まあこれが妥当なのではないかと納得したのだ。何も、誰も悪いという訳ではない。

 

 

「…うし」

 

 

学校に行くのは気は乗らない…というかめちゃくちゃ滅入るが、ここはしっかりとしなければならないところである。

コーヒーの残りをぐいっと飲み干し、支度を終えようと立ち上がった。

 

 

「…っと、その前にトイレトイレ…」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「…?????」

 

 

無事にトイレを終えた(無事ではないことがあるのか)俺が、戸を開けると、そこには()()()()()()()()()()()()()

…何を言ってるか分からねぇと思うが(以下略)、そこには女の子がいた。これは確かに、視界の中で展開されている、少なくとも俺が認知している「現実」だッ!…訳が分からねぇ。

あの思い出(黒歴史)の中の俺と同じように、目を点にして彼女を見つめていると、やがて視線が合った。

 

ふわふわと、宙を眺めるようなそれが明瞭で直線的なものに改められるのが早いか否か、目を見開いたその子は、顔を真っ赤にして、一目散に駆け寄ってきた。

 

 

「あああああああのっ!お、お手洗い貸してくださいっっっ!」

「へえっ?」

 

 

素っ頓狂な裏声でファルセット(違う)を上げた俺。女の子と手を繋いだこともなければ、ましてや同棲を始めた覚えなんて全くもってない。少しくらいキョドるくらいは黒歴史の内に入らないほどである。

俺渾身の自己保身の言い訳などどこ吹く風、女の子は「早くううう!」と俺を揺さぶるばかりである。

 

 

「分かった、分かった。どうぞ、ここですから」

「あ、ありがとうございますっっ!!!」

 

 

扉を雑に開けて、文字通り飛び込んで行く彼女の横顔をちらり。…うん、結構、というかかなり可愛いよな。

もちろん焦燥感にまみれた表情はどこかギャグアニメのそれを感じさせるのに十分だったのだが、丸顔にストレートのショートカットが似合いすぎているというか、黄金比というか。

 

 

フラれた直後にこれかよ!最低だ…俺って…

――そうじゃなくて、その横顔に、どこか既視感を感じたのだ。

残念ながら、俺は10年前に約束した女の子がいるわけでもない。したがって、この既視感は過去のものではないと結論付ける。

 

 

…ってか、羨ましすぎるだろ。俺もニセのコイビトとか欲しい。ついでに本物になろうとして、告白の言葉を諳じられた上でフラれちゃうまであるね。いや、フラれちゃうのかよ(定期)。

自己嫌悪のち自己否定にどっぷり浸かるニヒルな俺を、トイレから舞い戻った不思議な少女が不思議そうな目線で見つめていたのであった。

 

 

× × ×

 

 

「…いや、不思議なのは君だからね?」

 

どこか不審者を睨むようなその視線に抗議する。

だいたい、鍵掛けてあったのにどこから入ってきたんだよなんて、冷静な言葉は出てこない。出てくるのは、どちらかといえばその場しのぎのような感想ばかり。

ともかく、今は彼女の事情が知りたかった。

 

 

「あぁ、すみません。随分と変…あっ、いえ。珍妙というか、奇怪というか、魑魅魍魎…のような目つきをしていらっしゃったので」

「最後のやつ怪物たちの総称だよね?俺を見て怪物だと思ったってことだよね?」

 

 

やばい、失敬にも程がある。何コイツ、たぶん年下だよね?こんなに背の低いってことはまだ小学生じゃないかコレ?

あまりにも年不相応な言葉が、その小さな体躯から飛び出した。

幸い(?)俺はまだ中学生だから、ロリコンのお兄さんたちの特殊な趣味嗜好は理解できない。というかこんなのがいいのか?

これならウチの妹の方がまだ可愛げがあるってもんよ…。

 

 

「そんなことはどうでもいいのです。本題がまだ――…」

 

 

そう言い淀んだ彼女――名前が分からないな。少女Aとでも呼ぶか。古すぎか――そんな少女Aは、なにか、遠くに視線を向けて、「あ」などと短く声を発するだけだった。何?俺は名前を付けるのがめんどくさい時のRPGの主人公じゃねえんだぞ。

 

「…もうこんな時間ですけど。大丈夫ですか?」

「はぁ?どういうことだよ――」

 

 

訳も分からないまま、彼女の向いていた方へ振り向く。そこにあったものは、鋭い針の壁時計。

――絶望の時間帯を指し示していた。

 

 

「うおおお!?も、もうこんな時間かよ!?」

「戸締りはしておきます。詳しい説明は放課後にして、もう向かわれてはどうですか?」

「はぁ!?なんでお前がそんなこと――」

「はいはい。その辺も後で後で」

 

押されるがまま、玄関口。見ず知らずの彼女が戸締りだのなんだの、はっきり言って訳が分からないよ…。

混乱のあまりそれで納得して家を出てしまった。全くもって冷静じゃない。

――けれど。

 

 

「いってらっしゃい、九戸(くのへ)小十郎(こじゅうろう)くん?」

「…おう」

 

 

またもや年不相応な、含みのある魅力的な微笑みと、その言葉に、俺は不思議とそれ以上の疑問を抱くことが出来なくなっていたのだった――

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

九戸小十郎こと俺は、ボッチである。

ボッチと聞いて、もしくは友達と聞いて、『まず友達の定義とは……』なんて語りだしちゃう奴はもれなくボッチである。

ソースは俺。

ともかく、俺が認識し、定義するところの『友達』という存在がいないという意味で、俺はボッチなのである。

まあ、結局ボッチならどうあがいても友達はいないということになるのだが。

 

 

「…はぁ」

 

 

在籍する市立大浦中学校二年の教室で、独り溜息をつく。今更友達が出来ないだの孤独が寂しいだの言うつもりは全くなく、憂慮すべき点があるとすれば今朝の来訪者である彼女に尽きるのであった。

なんで出てきちゃったんだよ俺。結局鍵は掛けたけどあの子まだ中にいるし。

 

 

実際、俺がトイレから出てくるあの瞬間まで、マイ・スウィートホームには外部から破壊もしくはピッキングに類する行為を除いた方法で侵入することはできない筈だった。

破壊すれば音で俺が気付くし、何よりあの子の体躯では不可能である。アル〇ックのあの方とかでないと。

ピッキング…まあ外側からの開錠も出来ないことはないが、新築のあの家は俺が一人で寝泊りすることを踏まえて相当厳重になっている。手ぶらで侵入などもっての外。

 

 

つまり、あの時自宅は密室…不可能犯罪。

コ〇ンみたいな展開。『ペロッ…これは青酸カリ!!』みたいな事態になったら俺の命が危ない。

まあそうなればもう諦めるしかないが、恐らく真相は違うのだろう。

 

 

(じゃあどういうことなんだよあれは…)

 

 

「席に着けー」と、SHRの開始を告げる教師の声が聞こえてきたが、脳裏にちらつくのはストレートのショートカット。

どこの国出身だよ、という感想を抱かせる、亜麻色の艶やかな髪、そして透明な蒼紫の怜悧な瞳。

見た目の年齢からすれば背伸びしすぎな――いや、もはや達観とも呼ぶべきものが彼女の言葉遣いに表れていて、先ほどの特徴が、大人らしさを後押ししていた。

 

 

「九戸」の声に、「うい」と返す。これで今日の発言は終わり。

残念なことに、帰宅次第色々と喋らないといけないことが多いと思われるので、素直に喜べない。あんな話の通じなさそうな相手と話すのはかなり気が滅入るのだ。

 

 

(…やめとこ。今から疲れてどうすんだ)

 

 

考えを先延ばしにして、束の間の安息を得ようと机に伏せる。幸い、これからの授業は当ててくる先生(ひと)がいない。

 

 

(…あぁ…平穏に暮らしたい)

 

 

これに尽きる。一途な願いを込め、ひょっとしたら全部夢オチで済むのではないかと、僅かの期待を胸に、意識は深層に落ちていった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

ボッチ、とは何だ。

そんな哲学めいた思考に、どこか醒めたような、客観視しようとする自分がいることに気付く。

客観とはつまり、客として観る――主演としての当事者でも、補役としての関係者でもない。猿芝居を下らないと断じる批評家としていたかった。

 

 

何度でも言おう。俺の人生の主役は、俺じゃない。一時の感情に惑い、そして選択を間違える自分が、表舞台に立つ主役たりえるとは思えないから。

あの時、あの間違いを犯して、俺はもう、そこへ戻れなくなった。

 

 

「――ろう」

「ん…」

「小十郎!」

 

 

夢と眠りの水底(みなそこ)から、意識が急浮上していくのを感じた。

薄目を開け、伏せていた顔を上げると、視界には徐々に眩しさが、耳にはクラスの喧騒が届く。いずれにしろ、孤独と静寂を併せ持つボッチの俺には、どうしても好きになれない。

 

 

「…なに」

「飯、食いに行かね?」

 

 

――おい、お前ボッチじゃなかったのか、という声があることは認めよう。しかし、それを事実とするのは、断固否定したいところである。

 

 

「…いや、いい」

「弁当箱、これだろ?先持ってくぜ」

「…」

 

 

止める間もなく、力作の(製作時間2分)食糧の詰まった弁当箱ちゃんを誘拐していくそいつの邪悪な横顔の笑みに、顔をしかめる事しかできない。

仕方なく席を立ち、結局のところ力を発揮することのなかったコーヒーの入った魔法瓶を片手に教室を出ていく。

 

 

(…ああ)

 

 

奇異の視線?そんなものではない。もっと敵対的で、恐ろしい何かが、少なくともこの空間に存在していて、俺を串刺しにしている。

この教室に拘束――もとい所属している者は等しく、同調圧力というべきか、『あるべきところにある』ことを強制されているように思える。それを決めるのは、教師でも、誰かが勝手に決めるヒエラルキーでもない。敢えて言うならば、()()()()()()()()()()()

個人の劣等感も、嫉妬も、願望も、個人の域をそうたやすく出ていかれるものではない。それらが縛るのは個人のみだ。

みんな、心にぎちぎちと詰まったそれらが漏れ出す先を見極めている――(すく)なくならないように、目立たないように。

 

 

誰も主張しない、純粋な本心をむき出しにしない空間は一見心地が良くて、それでも、誰も満足できない。自分で考えて、苦しんで、正解を見つけようとしないからだ。

俺は違う、などと言ったりはしない。けれど、正しいものは見つけられている。

言い訳をして、取り繕う人たちの毎日を見ていると、どこか、哀しさと、不毛さを感じるのだ――

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「今日は何だよ」

 

 

屋上まで、幽霊でも見るかのような視線を感じつつ廊下を歩いた。ヤダ、この学校出るの?…俺だったわ。

 

そもそも、こんな目で見られなければならない理由の一端を担うのは彼でもある。

うんざりしてそう声を掛けると、先に着いていたそいつが紙パックを投げつけてくる。

 

 

「うおっ」

 

 

毎回のやり取りの筈なのに、慣れないそれを両手できっちりキャッチする。片手で取るなんてカッコつけたマネは出来ない。掌の中で暴発したらどうするんだよ。ごめんなさいそもそも運動神経が足りてませんねすみません。

 

 

「そんな目するなよ。幽霊の次はゾンビだと思われるぞ」

「誰のせいだよそれは…」

 

 

巷の噂ではもう既に…噂にすらなってないか。これで貧乏になんてなったら桃電の実写化だな。触れるもの皆腐らせる。

 

ニカっと笑う歯の白さが眩しい。イケメンは結構なのだが、近くに居られるとついつい比較してしまうので俺の傍にはいないで欲しいものだ。

奇異の目線――つまり、集団における感情の露出という禁忌を破ることのできる対象を探るもの――は、今の俺たちのような、「そぐわないもの」にこそ注がれるものだ。俺と彼では属するカースト(俺はそもそも属していないが)が違うし、影響力と重要度に雲泥の差がある。

 

劣等感に苛まれるのも当たり前なのだが待って欲しい。こんなリア充全開のイケメンでクラス内の実力者、部活では県大会の常連で成績も抜群の彼と競おうとすること自体が愚かなのだろう。まあ、俺の方が頭は良いけど。(必死の抵抗)

てか、何だよ政宗って。完全に主人公じゃん、俺なんて小十郎だわ。…いや、それは失礼か。

 

 

「それはお前が転入以来碌にコミュニケーションを取ってこなかったからだろ?」

「待て、俺は悪くない」

「誰が悪いとは言わないのな」

 

 

んじゃ、食おうぜと言って腰を下ろす彼から少し距離を取った正面へ座る。

解放された弁当箱ちゃんと久々の邂逅を果たしてほっこりしていると、彼の言葉が続くのが聞こえた。

 

 

「そんなことより、今日は大発表がある」

「そんなことってなんだよ…。で、何」

 

 

はっきり言って、彼の大発表は少なくとも俺にとっては大発表でないことの方が多い。

犬を飼い始めただとか、生徒会に入ったとか、部活のキャプテンに選ばれただとか、何なの?リア充アピなの?俺を嫉妬で溺れさせたいの?

――まあ、唯一驚いたことといえば、その生徒会役員の中には、黒歴史(思い出)()()()がいるということくらい――

 

 

「二年二組、九戸小十郎君。生徒会役員への選出おめでとう」

「へぇ…は?」

 

 

可能な限り興味のないふりをして聞き流そうとして、それでも二度見、いや二度聞きしてしまった。

理解できない。いや、理解を拒んでいる。

今こいつは、何と言った?

 

 

「心の声が聞こえるようだな。なら言い方を変えよう」

 

 

一縷の望みを叩き切るように、残酷さすら感じさせる笑みを浮かべて、そいつはそう言った。

 

 

「これからの放課後、お前には毎日欠かさず、生徒会室へ来てもらう。大浦中生徒会執行部の、書記としてな」

 

 

何度でも言おう。人生の主人公は俺じゃない。

他人に依存して、振り回されて、突き付けられた選択を間違って、そして、後になって、この欠陥だらけの人生を悔やむのだ。

 

人生の主人公はきっと、間違えないのだから。

 

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