オリジナルは初めてなので、正直難しいですね…
「ごめんなさい」
夕闇にあの子の声が融けていく。その記憶が頭の中で再生されるたびに、心では彼女の言葉が反響するばかりだ。
つい一月前、黄昏時の屋上にて、俺を振った女の子。
名前は
鎖骨下まで伸びたセミロングの髪は濡羽色と言うべきか、その艶やかさが目に焼き付いている。
生徒会執行部に所属していて、三年の卒業前だった当時は名目上副会長の立場にあったが、
俺はどうやら、明日からあの子と顔を合わせなければならないらしい。
「はあぁ…」
そんな風に、長く長く溜め息を吐いたのは、未だ桜が舞い散る帰り道の通学路。
部活に所属せず、したがってほとんど誰とも交遊関係を築かずに過ごしてきたのが功を奏し、今日も朝から晩までクールに誰とも会話せずに帰宅する。…そのはずだったのだが。
「いきなり家に訳アリ美少女って、どんなエロゲーだよそれ…」
ほとんど風に流されてしまうようなか細い独り言を漏らしたところで、誰が助けてくれる訳でもない。そもそも助けてくれるような関係性にある人間(わざわざ友達と呼ばないのがボッチクオリティ)がいない。
孤独体質の特性上、人生における試練には一人で(ここ大事)、退かぬ媚びぬ顧みぬの精神で挑まなければならないのは、これまでの十数年間の経験で嫌というほど学んできている。
――だからこそ、この未曾有の異常事態を乗り越えられる自信を失っているのだ。
もちろん足取りは重い。帰ればそこにはあの不審者極まりない少女がいるからである。
この際美少女であることは認めよう。だがあまりにも疑わしさが残るばかりに、手放しでは喜べない。
帰りたくない。しかしながら、のろのろと歩くせいで団地の道の多い通学路で同級生の集団と鉢合わせるようなことがあれば、もっと重苦しい雰囲気に包まれること間違いなしである。
「あっ…」とか反応しちゃって、それでいて何もなかったかのように友達と話を続ける山口くんの精神力には感服するばかりだ。絶対許さん。
「…後は、生徒会もか」
ゆっくりと天を仰ぐと、うざったいくらいに澄んだ青空が見える。傾いた陽も相まって、あの日を再現しているように思えてきてしょうがない。
――問題は一つではない。あのイケメン…
だから、俺はあの子のいる教室で、明日からの放課後を過ごさなければならない。
逃げればそれこそ俺という異物の存在を、全校生徒に知られなければならなくなる…いや、そもそも俺と俺の名前を紐づけできるやつがどれだけいるだろうか?
そんな自虐はいつものこととして措いて、まずは目の前の問題から取り掛かろう…気は重いが。物凄く重いが。
僕、折れないよ…意志じゃなくて可能の意味で。
「着いちゃったよ…」
いつもは愛しい我が家の門を開けるのが、これ以上なく鬱屈に感じる。取り付けてある防犯用の鈴だけがちりんちりんと音を立て、俺を出迎えてくれる…この表現はなんだかとっても虚しい。
「…」
念のため、ゆっくりと玄関口に入る。居なかったらいいな。居ないよね?居なくていいよ!!
扉が開くとともに、暗い室内が徐々に明らかになっていく。…頼むから居ないで。
シンプルなシューズボックス、リビング用のスリッパ、先週使ってから戻してない自転車の空気入れ…そして、
「ヒイィ!?」
ビッッックリしたわ!!!(超大声)殺人現場のワンカットやんけ!(大阪弁)
あまりの驚きに落としかけた家の鍵を拾い、恐る恐る電灯を点ける。
「んん…」
西洋チックな明るい亜麻色の髪、間違いない。今朝の子だわ。
近くによって死んでないかを確認しようとしたところ、眩しさを感じたのか、呻くような声が漏れ聞こえた。
「生きてるかー…?」
「うごごご…」
なんだそれ、エク〇デスか?全て無に帰しちゃうのか?怖いんだけど。
多少の恐怖と疑問は残しつつも、今はこの状態について訊かなければなるまい。鞄を置いて、
「い、一体どうした」
「お…」
「お?」
「お腹が空きました…」
「…」
――不審者かどうかはさておいて、こいつ、さてはポンコツだな?
意外と恐れるべき相手ではないのかも知れない…いや、日常を脅かすという意味では脅威ではあるんだけど。
「…はあ、ちょっと待っとけ」
嘆息して、腕捲りをする。台所に掛けてあるエプロンを身に着けながら、そう言い遺すのだった。
× × ×
「…んで、お前は誰なんだ」
「むぐ…」
衝撃の再会から小一時間、ようやく事の詳細について尋ねることができた。
てか食う勢い早すぎかよ。俺の分のオムライスまで手を付けてるし…。
「むぐ、むぐぐ…」
「あーいい。先にそれ飲み込んでからにしろ」
「むぐぐぐ…んぐぅ!?」
「おいおい…」
口に詰め込んだハムスター状態で話していたら、急に胸を叩き始めたと思えば、どうやら喉に詰まらせたらしい。
ポットに入れた麦茶をコップに注いで手渡す。
「ほら、ゆっくり飲め」
「んくっ、んっ…ぷはぁっ」
「どんだけ腹減ってたんだよ…」
肩で息をする彼女に呆れた視線を送る。それに気付いて、抗議をしようと思ったのだろうか、しかし、よく考えてみれば反論要素がないと悟ったようで、顔を赤くして黙りこくってしまった。
「し、仕方ないじゃないですか…この家食べれるものがないんですもの」
「いや、じゃあなんで俺はお前の分までオムライス作ってるんだよ」
「う…げ、原材料はノーカウントですっ」
「料理できないのか」
「で、できますよ?出来ますが、そんなものは使用人の役割ですから」
「はぁ?なに、お前お嬢様なの?」
どうやらこいつがポンコツなのはそういう理由もあるらしい。
しかし、名前よりも先に得た情報が、ポンコツお嬢様か…見る限りそこまで
「んで、なんで俺の家にいるんだ。お前は誰なんだ、いつになったら出て行ってくれるんだ」
「ちょ、ちょっと…一度に質問しすぎです。話しますから」
「よかろう」
「なんで偉そうなんですか…」
敢えて不満顔をアピールするように、どっかりと座りなおす。しかし彼女とはいえば、「えーと、どこから話せば…」などと思案顔である。こうかはないようだ…。
「…こほん。では、お話します。まずは自己紹介からですね。私は、
「九戸小十郎だ。年齢は十四歳…って年上かよ」
「あら、年下だったんですね。人は見かけに依らないと言いますが、意外です」
「それはこっちの台詞だ。そのなりで十六って…」
背は当然俺より低く、元々男としてはそんなに高い方ではない俺に優越感を与えるほどであった。
というかこれで16ってマジ?年齢に対して身長が不相応すぎるだろ…。
「い、言いましたね!?私が一番気にしていることを…!」
「それはどうでもいいから。早くここに来た理由を話せ。そして一刻も早く帰れ」
ぶんぶんと両腕を回して攻撃してくるちっこい年上を軽くあしらって続きを促す。
出来れば本当に即刻ご退場願いたいものだ。
「…はあ。まあいいです。ないものはこれから得ていけばいいのですから」
嘆息したいのはむしろこちら側なんだが。そして自分の胸をチラッと見て「くッ…」とかいうの止めようね。哀しいから。
人は自分にあって、他人にないものに憧れる。時にそれは、羨望とか嫉妬とか、諦念といった感情に形を変えて、なんとか自尊心を保とうと働きかけるのだ。
才能の片鱗が顕れる、もしくは努力が実を結ぶのにはそれこそ数十年単位で時間が掛かることもある。それだけに、この思春期真っ盛りの多感な我々には、
「羨ましがらず、向上心を育てることは大いに結構だな」
「ええ。精神的な向上心がない者はなんとか、と言いますし」
「そこまで言うなら最後まで言えよ…」
それならば、自分にないものを追い求めることは馬鹿なのだろうか。
否、真に軽蔑されるべきは、自分を認めてやれないことだ。嫉妬も、諦観も、不安定な自己肯定感の処方箋として生まれる心の一時的な揺れ動きである。そこに人間的な向上心はない。
そんな刹那的なものに、自分を変えられて、曲げられてたまるか。
「あら、その辺りの学はありますのね」
「生憎な。…っていうか、勉強をしてない中学生なら知っていなくてもおかしくはないが、そんなマニアックな知識でもないだろ、寧ろ一般常識の範疇だ」
そう言うと、彼女――橘だったか。畜生、名前が重なって黒歴史を思い出してしまう――そいつが少しだけハッとするのが分かった。
やがて、瞑目した。「そういえばそうでしたわね…」なぞ漏らしている。何?どゆこと?もうちょいkwsk説明願いたいのだが…。
「どうした」
「…いえ。とにかく、今はこの状況の説明をさせて頂かなければなりません」
その言葉で、すっかり話が逸れていたことに気付く。そうだった、早くお帰り頂かなければ!
「おお、そうだった」
「まず、何からお話ししましょうか。折角ですから、貴方が知りたい順番でお話して差し上げましょう」
「なんで上から目線なんだよ…そうだな」
今朝の騒動を思い返しつつ、思考を巡らせる。訊きたいことはいくつもあるが、それも根本を知ってからでないと飲み込める気がしないからだ。
「…それなら、まず一つ目だ。この家にはどうやって侵入した?」
「そこからですの?」
「時系列だな、返答次第では対応を変える」
「なるほど。それならお答えしましょう。
「…は」
は?と、発音したかった。しかしながら、尻上がりのイントネーションは乾き切った擦れ声に留まる。
こいつは言った。侵入していないと。それならば、何故ここに、俺の家のリビングで、俺が淹れた食後の紅茶を啜っているのか。
俺は頭だけは良い。与えられた条件、状況から、正しい答えを見つけることができる。
それがどれだけ頓珍漢で突拍子のないものだろうが、それしか残らなかったものが正しい答えだという他ない。
だから、自分でも信じられないような事柄を口にすることに戸惑って、躊躇した。
「ここまでで分かりましたか?」
「学があることと理解力があることは必ずしも一致しない。というか、理解力のある俺でも、この状況は分析できない」
「分析、なら出来ているのでしょう?さあ、口に出してみなさいな」
「…」
訂正しよう、この底意地の悪そうな笑みはどう見たってポンコツの成せる業ではない。
というか、今朝の罵詈雑言の時点で気付くべきだった。
「まず、お前は侵入していないと言った。それが正しいとして、意味を真正面から捉えれば、不法に我が家へ押し入るという行為をしていないということになるが…『しんにゅう』にも色々あるからな、総じて意図の有無を問わず、外部から何らかの方法でここへ入り込むこととして定義しよう。ここまではいいか?」
「ええ、どの意味でも私は『しんにゅう』していませんから」
「そうか。それなら、お前がここにいる理由は、元々ここにいたから、ということになる」
「そうですね。概ね間違いはないでしょう」
「…ってことはだ」
侵入、進入という言葉に関わらず、恐らく彼女はこの場所への移動を行っていない。玄関を見たが靴も履かず、食べもの…というか装備品というものがない。現在の服装が部屋着だとすればそれも頷ける。
もっと正確に言えば、彼女は三次元的な空間移動を目的としていなかったということだ、とカッコつけて結論付ける。
そう、突拍子もないのはここからなのだ。こんな中二臭い言い方をしているのも、馬鹿になっていないと冷静な自分が出てきてしまうからで――
「三次元座標上の動きを包含していない…縦にも、横にも、高さにも移動しないでこの場所にいるのだとしたら、昨日まで居なかったお前が俺の前に現れた理由は」
そこまで言って、パチパチとわざとらしい拍手が、同じくわざとらしい笑顔とともに響く。
「よくできました」
「なんだ、結論はまだ言ってないぞ」
「これ以上を答えさせるのは貴方の
「はあ?」
ついつい笑い声とか、見られている訳でもないのに視線を気にしちゃうとか、それくらいには自意識過剰である自信はあるが、それはあくまでも孤独体質
ともかく、前述の理性的とは思えない自分の分析と併せて、納得できない気持ちを押し出した表情で彼女を窺っているのだ――
「貴方の言う通り、私はどこにも移動しておりません。したことと言えば、少し
透明感のある瞳が輝き出す。自信たっぷりな表情はとてつもなく鬱陶しいが、癪なことに、美しくて、看取れている自分が居た。
――だから、彼女の言葉を、その結論を得ていても、まるで飲み込めなかったのだろう。
「私は二百八十九年後の世界から来ました。ただそれだけなのですよ」