この世界はあべこべである。   作:黒姫凛

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テストには勝てんて








ユウガオが向ける先

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城友奈が東郷力哉と出会ったのは、なんの前触れも無いお隣に引越しして来たから挨拶しに行った時に出会った関係から始まった。

 

 

思えばこれが、結城友奈にとっての分岐点だったのかもしれない。

 

治る病気も治らない。それが、すぐに治せる病気に変わっていった。年月は経つとはいえ結果的に、まだ見ぬ未来では治すことができるようになる。

 

 

気付けば結城友奈は、東郷力哉に想いを寄せていた。

理由は単純。一目惚れだ。それも、ブスの結城友奈に優しく接してくれている事が上乗せされ、その淡い想いはより強固なものに変貌する。

 

元々、誰かに尽くしたいと考える事が多い結城友奈にとって、東郷力哉は紛れも無く尽くしたい相手である。

日々の鬱憤が溜まるのは東郷力哉にとっては当たり前の事だと思い、どうしたらその鬱憤を、内なる感情を吐き出してくれるようになるのか。

 

 

考えに考えついたのが、自身の身体で発散してもらう事だった。

 

初めに言っておくが、結城友奈には異性交遊及びその他の知識に関するモノには無知である。故に考えついたのは、暴力による発散。自身の体をサンドバッグにして好きなだけ、好きな時に殴って蹴って力の限り体を使って欲しいと考えた。

 

世の中で男に暴行を振るわれる女は少なくない。が、大赦が管理する法において男が裁かれる罪は殺人のみに限られる。要は殺さなければ男は何をしてもいい事になる。貪らせた男達が、いくら外出しないからと言って放置し過ぎな気もするが、結城友奈はそれに肖って暴行を振ってもらおうと考えついた。

 

 

楽しいのだろうと考え、いつどのタイミングで誘えばいいのか機会を伺った。東郷力哉の隣には、妹の東郷美森が常に連れ添っている。家族を大切にしている東郷力哉が、車椅子生活を余儀なくされている東郷美森から離れる事は稀にしかない。

自宅内でも、外出等でも東郷力哉が東郷美森と離れる事は無い。

 

数日前から張り込みをし、動きを観察、実行する時を伺った。

 

 

 

そして、その時は訪れ、結城友奈は体を預けようとして───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───うがぁぁあああ!!」

 

 

凡そ少女が発するには強烈過ぎる唸りを上げ、結城友奈は木刀を振り下ろした。

 

振り下ろされる先、その軌道には木刀を握る三好夏凜が立っている。

この木刀が当たればどうなるのか。当たり前のように分かるが、結城友奈にはそんな考える余裕もなかった。

 

 

───憎い憎い憎い憎い憎い!!!!

 

 

頭を支配するのは圧倒的殺意。三好夏凜を殺したいという殺意のみである。

木刀は刃引きされているものでは無いので、殺傷能力は刃物よりは低い。しかし、全力で振り抜かれるスイングによる強烈な打撃は、相手を行動停止にさせる事など容易である。

体を切られる方か、強い打撃を体に受け続ける方か。どちらが人体が強く痛覚を感じるのかは分からないが、木刀から来る打撃のイメージは強力なものである。

 

 

「───ぁぁああぁああ!!!」

 

 

我武者羅に木刀を振るう。友奈は武術の教えを所持している。護身術として習っている友奈は、人が簡単に怪我をすることを身に染みて理解出来る。無論、何処に当てれば怯ませることが出来るかも身に染み込んで覚えている為、我武者羅に振るってもその流れに沿って急所を狙っていく。

 

 

「───………単純」

 

 

しかし、それを上回るのが三好夏凜という少女である。彼女は言うなれば努力の結晶。どん底の存在から、光を護る守護神に登り詰めた少女である。

どんな攻撃だろうと、夏凜には全てお見通しになってしまう。

 

 

「───……鈍い」

 

 

木刀が激しく接触し、鈍い音を響かせる。逸らし、流し、受け止める。まるで親とじゃれ合う子のよう。

鋭い眼光は友奈の目を、姿を、動きを全て捉え、ふつふつと込み上げる怒気が段々と表情に表れ、木刀を握る手に力が入り手の甲に血管を浮き立たせる。

 

 

「───…それでいて雑魚」

 

 

ガキンッと木刀の峰で下から振り上げるように友奈の握る木刀を吹き飛ばす。突然の反撃に驚き、一瞬気が緩んだ友奈は簡単に木刀を手放してしまった。

ビュンビュンと風を切って回転する木刀は、友奈の数メートル先に突き刺さった。

 

 

「───同じ女として、見てらんないわ」

 

 

吐き捨てるように、夏凜は口を動かす。より鋭くなった眼光は射殺すような鋭さを感じさせ、友奈の目と鼻の先に木刀を突き付ける。

 

 

「………あんた、恥ずかしくないの?そうやって、今まで通り逃げ腰のまま過ごすって言うの?」

 

「……何を、言ってるの?」

 

「力哉さんから話は聞いたわ。あんた、根っからの虐められたいドMってやつなんだってね」

 

 

思わず素では?と聞き返してしまった。こいつは何を言っているのかと。

 

しかし、夏凜の表情には軽蔑や哀れんだ色が見えない。あるのはただ、赤黒く染った怒りの表情。眉間に皺を寄せ、今にも飛びかかって来るような。猛獣の前に立つ餌のような立ち位置を、友奈は感じていた。

 

 

「私があんたを虐めてやるわ。喜びなさい。あんたの大好きな痛みを与えてあげる」

 

「……え、え………え?」

 

「木刀を早く拾いなさい。それぐらいの猶予は与えてあげる。流石に、丸腰を痛めつける様なサイテーな事はしないから」

 

「………あ、あぁ……あっ」

 

「───早く拾いに行きなさい!!」

 

 

友奈は急いで拾いに行く。夏凜の威圧に圧倒され、恐怖のあまり武器を持つ。プルプルと震える手が木刀を伝い、より大きく動く事で夏凜に怯えている事を伝えている。

 

 

───なんで、なんで力哉先輩はこんな事するの……?

 

───目の前の女はなんで怒ってるの…?

 

 

結城友奈の内面を支配しているのはまさに疑問の嵐だった。何故なんでどうしてと、誰も返答のない問のみがぐるぐると渦巻いている。

 

怯えた瞳で、夏凜の奥に立つ力哉を見る。腕を組み、顔を顰めてギュッと何かを我慢している。

そんな事をしているなら助けて欲しいと友奈は心の中で叫んだ。口が震えているので上手く声が出せない。自身の感情を赤裸々に表出すことは今は無理であった。

 

どうしようもない恐怖が全身を襲う。今まで味わったことの無い、純粋な殺意を向けられて、友奈は最早震えることしか出来ない。

今すぐにでも木刀を下ろして、今すぐにでも謝って、今すぐにでも力哉に抱き締めてもらいたい。

なんで自分がこんな事になっているのか、どうしたらこの場を終わらせられるのか。友奈は何とか思考だけでも動かして無理やり考える。

 

 

「……ねぇ、教えて欲しいんだけど」

 

 

スーッと夏凜から恐怖が感じられなくなった。身体からふと重りを除かれたように軽くなる。

 

 

「……あんた、何に怖がってるの?」

 

「……怖がってなんて、無い」

 

 

友奈の口から出たのは真実では無く、真っ赤な嘘であった。友奈はここで、あろう事か強がりを吐いてしまった。

しかし、夏凜にはそれは嘘であることは丸見えだ。

 

 

「嘘言わないで。私はあんたの本心が聞きたいの。私に殺されるんじゃないかって、怯えてたんじゃないの?」

 

 

否定、したかった。夏凜は先程、力哉に頬にだが唇をおとしていた。それができるという事は、少なからず夏凜は力哉との関係はとても良好。寧ろその上すら行っている可能性だってある。

 

 

「不思議よね。それだけ怯えてるのに、どうしてあの女達があんたで遊んでる時は笑顔になれるのよ?」

 

 

不思議よね、その言葉には違和感らしいものがあった。

結城友奈にはそんな自覚は無いため、何を言っているんだと首を傾げるしかない。夏凜がどういう腹積もりでそれを問うたのか、それはもしかしたら本人と後ろに控える力哉しか分からない問いだろう。

 

 

「なに?私じゃアイツらには及ばないって言いたいわけ?はっきり言いなさいよ」

 

 

段々と夏凜の怒りゲージが溜まっている。恐らくまた木刀を振りかざしてくるだろう。友奈は慌てて口を開く。

 

 

「……ち、違うよ。な、なんて言うか……仕方ない…?そう、仕方ないの!!よく分からないけど、私は仕方ないの!!」

 

「はぁ?何が仕方ないって言うのよ」

 

「……えっ。えっと、それは……」

 

 

それに答えるには、夏凜が言った意味を理解しなければ到底辿り着けない。

それを分かっていて、夏凜はそう発言したように見える。

 

 

「なら私も仕方なく、あんたをボコるわ。そろそろその巫山戯た顔も歪めたくなってきたから、顔面に来たら交わしなさいよ」

 

「えっ?そんなこと──」

 

 

───出来るわけない、と。寸前、木刀が目の前を掠った。間一髪、体勢を変えようとしなければこめかみに木刀が当たっていた。

思わず尻もちついて後ろに倒れ込む。追い込むように、夏凜が接近。木刀を友奈の顔を掠るように砂地に突き立てられた。

 

又もや、友奈の表情は恐怖に染まる。

 

 

「……本当にあんたを見てると吐き気がするわね」

 

 

夏凜の眼光が友奈を突き刺す。最早ゴミを見るような目で睨む夏凜に、何を言おうにも無駄だと友奈の中で定まってしまった。いや、恐怖に怯えているから声が出せないのかもしれない。

 

 

「……あんた、いっつもアイツらに遊ばれてる時。どんな気持ちよ?」

 

 

声は出ない。

夏凜は続ける。

 

 

「……なんでか、笑ってるんですってね。何が楽しいのかへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへらへら!!一体っ、何が楽しいって言うのよ!!」

 

 

声は出ない。

目尻が熱くなる。

 

 

「笑うってことは、楽しいから笑ってるのか。それとも、自分の境遇に対して諦めてるのか。大体はこの2つでしかならないわ」

 

 

声が出ない。

頬に雫が落ちる。

 

 

「楽しいって思えるわけ?アイツらが笑ってるから楽しいって感じるわけ?」

 

 

声が出せない。

目の前が霞んで見える。

 

 

「あんたは自覚してないだろうけど、心の中では苦しいはずよ。痛いはずよ。やめて欲しいって願ってるはずよ」

 

 

声がやっと。

 

 

「私が今までやってきたのは、アイツらと同じ事よ。どう?痛いって思えたでしょ?苦しいって思えたでしょ?力哉先輩に助けて欲しいって思ったでしょ?」

 

 

 

 

 

「───……でも、貴方は笑ってないよ」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

夏凜の口から、今までで一番の呆れた声が飛び出した。

友奈は、やっと出た声を振るえさせ、涙を落とす夏凜を見つめる。

 

 

「……みんな笑ってた。楽しいって思ってくれてた。彼処が私の居場所なんだって思えた。貴方が私を殴ってるのは、確かにみんなと同じ」

 

 

───でも違う。

 

 

「……貴方はとても辛そうにしてた。みんなは笑顔になってた。だから違う」

 

 

結城友奈は壊れていた。何を言っているのか、夏凜には理解出来ない。

 

 

「みんなが楽しければ私はそれでいいの。でも貴方は違う。そんな辛そうな表情でされても、きっと辛いだけだよ。私で遊ぶなら、笑顔にならなきゃ」

 

 

初めて夏凜、力哉は結城友奈の異常性を理解する。

完全な自己完結。それでいて異常な程の自己犠牲。皆が楽しければそれでいい。自分なんてどうなったっていい。

完全な偽善者だ。それはつまり、もうどうにでもなれと自身の意志を放棄しているにほかならない。

 

呆れた。呆れて何も考えが思いつかない。あれだけやって、あれだけ痛めつけられて。出てきた言葉がそれか。

手遅れといえてしまうほどの域に達している。当たり障りなくそう発言出来るその精神。手の施しようが無いとすら感じる。感じてしまう。

 

 

「……なによ、何よ何よ何よなによなによなによなによっ!!」

 

 

友奈の胸ぐらを掴む。馬乗りになり、砂地に背中を叩きつける。

 

 

「……アイツらが楽しければいいの?」

 

「うん。そうだよ」

 

 

迷いなくそう言った。

 

 

「……例え体が傷付いても?」

 

「もう傷だらけだよ?」

 

 

ニッコリと破綻した笑顔が顕になる。

 

 

「………そっか」

 

「うん」

 

「……そっかそっか」

 

「うん」

 

 

「………ならもう、私に言えることは何も無いわ」

 

 

夏凜は立ち上がると、よろよろと重たい足取りで力哉の元まで歩み寄る。あれほど勇ましかった夏凜の面影は最早見えず、窶れたその体を力哉に擦り寄せるしか力は残っていなかった。それ程までに、結城友奈に対する絶望感を味わったのだろう。

 

夏凜の性格からして、同じ境遇の人間を助けたかったのだろう。この行動は力哉が頼んだとはいえ、夏凜も結城友奈の為にしたいと強く思って望んだ今日。あの言葉を聞いた後では、夏凜の戦意も殺がれるのも無理は無い。

 

が、結城友奈からそんな言葉が出るとは力哉は思いもしなかった。

自覚は無い。しかし、それを教えても結城友奈はそれを良しとし、肯定している。

先生のアドバイスは逆に、結城友奈という攻略する壁を高く厚くしてしまった。先生を攻めるべきではないが、もう少し慎重な行動も取るべきであったと後悔する。

 

 

「……夏凜、ありがとう」

 

 

夏凜に労いの言葉をかける。何も反応は無い。いや、若干震えている。涙を堪えているのだろう。返答を待たず、結城友奈に意識を向ける。

 

バンバンとスカートを叩きながら立ち上がり、先程までの恐怖心や絶望感は何処へやら。吹っ切れたような表情を見せる結城友奈は、ゆっくりと力哉の元に歩いてくる。

 

 

「……その子、私の為にしてくれたんですか?」

 

「……あぁ、そうだよ」

 

「……先輩も、ですか?」

 

「……あぁ、そうだ」

 

 

結城友奈は完璧に自覚した。自分で結論づけて、伸ばした救いの手を払い除けた。

やり方が強引だったか?暴行が寧ろ結城友奈の精神に反応させてしまった?

思えば思う程後悔ばかりがやってくる。この世界では、暴行等女同士では日常茶飯事の為、それに則って自覚させようとした。結果的に自覚はしたが、それが却って結城友奈の中で自分という存在を再認識し、在るべき姿を形どってしまった。

 

最早手を伸ばしても取ってくれることは無い。結城友奈はそういう人間になってしまった。直接的な救済では、最早抜け出す事は出来ない。

 

 

「……じゃあ、俺も何も言うことは無いよ。友奈が自分で決めたんだったら、俺から言えることなんて何も無い」

 

「……はい。ありがとうございます。はぁ〜なんだかスッキリした〜」

 

 

力哉達の空気とは裏腹に、結城友奈はより一層の笑顔を向けてくる。

怖い。正直この世界の闇を見ている気分だ。

 

手が無い。思いつかない。口では言ったが、諦め切れない。

優花さんと約束した。必ず解決してみせると。そしてそれは優花さんも期待してくれている。諦めることなど、誰が出来ようか。

夏凜を見る。胸元に顔を埋めている夏凜。可愛い愛しいは置いといて、夏凜がここまでやってくれたんだ。無駄になんて出来るはずもない。

 

 

 

 

───瞬間。

 

 

 

ふと、夏凜のある行動が脳裏を過ぎった。

その瞬間だけ、結城友奈は夏凜に立ち向かっていた。

 

この世界の事。夏凜の行動。友奈の行動。

自信過剰とか自己過信レベルの、ある考えが一つだけ。

 

 

 

 

 

最後のチャンス。力哉はこれにかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───友奈ちゃんって、俺の事好き?」

 

 

 

「───え?」

 

 

 

爆弾を放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結末があっさり過ぎで困っちゃう。自分の想像力の低さを呪うぜ。
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