この世界はあべこべである。   作:黒姫凛

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さてさてやっと突入です………と言ったところで、まだバーテックス先輩はやってきません。





いや〜大赦って一体www


東郷力哉は勇者でない
ハルジオンは咲く


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦という組織を説明しよう。

 

 

一重に大赦とは、今は亡き旧暦の時代。八百万の神が集合体となって生まれた神樹の神の声を聞き、全ての公共機関のトップとして世界の存続を図る組織の事である。

 

やる事為すことは多種多様。今や公共機関の上層部は、大赦から派遣または染められた人間が仕切り、神を祀る神社や祠の管理まで。人々が生活している中で、大赦が関わっていない事は無いとも言える程、世間では大赦という組織は大きく、そして切り離すことの出来ないものであった。

 

大赦上層部の血筋。初代勇者が生まれた乃木家から連なる御家と、初代巫女として力が強い上里家から連なる御家。派閥は二つに分けられるが、どちらも関係性は悪いものでは無い。所詮区分されているものの、大赦組織内では序列の方が優位な立場である為、上下関係が激しいのだ。

 

 

しかし、そんな巨大な組織である大赦でも、引き剥がすことの出来ない大きな問題を抱えている。

今やこの世界での常識。大赦という組織から考えれば、この世界存続のためには何とかしたい事態である。

 

 

 

単純な話、()()()がいないのである。

この世界では人の交配は最早人工受精が主流となり、男と出会う事が叶わないと察した女は18歳から人工授精で子を成すことが義務付けられており、最大で30歳までに子供を一人以上産むようにされている。30歳までというのは、専ら進学して大学に通ったり仕事をして養育費を稼いだりと様々ある為設けられている。

しかし、その人工授精も着床率は低く、不安定。出産率は低い事が懸念されている。

 

この件に関しても大赦が指揮を取り、医学大学で優先的に研究されているものである。人工授精するには男性の精液が必要となる。その為、月一以上で男性から精子の提供を強制する形で採取し、冷凍、実験材料として使われている。しかし、精子の量は基本的に少ない。平均して2g。明らかに少な過ぎる。何とかここまで来れているのは、旧暦から。そして今は大赦が何とかしようと意欲的に動いている結果であるが、何とか精子の量を増やそうと研究が進んでいる。

 

 

 

 

 

まぁ余談となるのだが、その中でも一番量を出している男がいるという。

その男は風船のようなゴムで出来た小袋に入れていつも送ってきているが、その状態を見て、いつも職員全員が股を擦っては床を濡らしているのだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「───今宵もまた、御集まり頂き、誠に有難うございます」

 

 

 

しんと、張り詰める空気の中、座敷に広がる無数の仮面。大赦の模様が刻まれた仮面、真っ白な神装束。微動だにしないその正された姿勢は、数人、数十人集まると奇妙なものに感じる。

 

 

下座に位置する場所で、手を畳につけ頭を深々と下げるのは大赦に所属する役員。それ以外の、左右対称に座布団に座る仮面達は大赦上層部に位置する由緒正しい御家の当主方。言わばここは、大赦の幹部が集まる部屋であった。

 

 

「本日。皆様に御報告する事があり、足を運んで頂いた次第であります」

 

 

張り詰めた空気は、より一層の鋭さと冷たさを増した。しかし、誰一人として言葉を発する事は無い。

 

 

「………()()()()()()の侵攻。我ら大赦の神託より、早まる事が今日神託で下されました」

 

 

()()()()()()。その言葉に、空気が揺れ動く。特に、上座に座る仮面、その列の中央に座る仮面がピクリッとはっきり動いた。

 

 

「……侵攻の開始は?」

 

「神託では一年。初春頃には始まると」

 

 

もの柔らかい声がそう問う。大赦の役員ははっきりとそう返した。

 

 

「現在讃州中学校に首尾を置き、バーテックスを迎え撃つ所存でございます」

 

 

讃州中学校、これにも反応する仮面があった。

 

 

()()は用意出来ているのですか?」

 

「……なんとも言い難い状況ではあります。現在、讃州中学校には大赦から()()()()とその守護衛として()()()()()()()()が送られております」

 

「……先代勇者と調整完了された勇者。そしてあの男か……。些か、戦力が偏りすぎでは無いか?」

 

 

勇者が戦うのは、飽くまでも神樹様が結界に穴を()()空けてバーテックスを誘導。バーテックスが完全に結界内に入り込んでからが役目である。

しかし、勇者適性があっても、今回のように選抜されなかったもの達も居る。別名防人と呼ばれる、勇者の下位互換とも呼べる少女達は自ら結界外に足を入れ、調査を主に行っている。

今指摘したのも、防人の方に戦力を回さなくてもいいのかと言う話なのだが、防人は調査だけが目的だが、当然結界外に出る為バーテックスからの攻撃があるのは当然である。防人も替えがきく。しかし一人失うのは士気にも関わるし何より育成面で痛手を被る。勇者ばかりに力を寄せては、防人が被る被害もより大きくなってしまうのではないかという疑問である。

 

 

「今回、防人の結界外調査の予定は今のところありません。端的に申しますと、今回の勇者の代用として早急に仕上げておりますので、調査よりも使()()()()()()()勇者の代わりとしてお役目を果たして頂きたいと我々は考えております」

 

 

言うなれば、他の勇者の育成が間に合ってないから、長い事やってる防人達を勇者になっても使えるようにします。勇者が使えなくなってもこれで大丈夫です、とも聞こえる。

仮面が無ければ、その下にあるであろう怒りの表情をペラペラ喋る大赦の人間に見せられるのに。仮面をつけている理由も、そんな表情を見せないようにする意味があるように思える。

 

 

「……引っかかるな。今回の配置、そして前回に比べて用意する駒の多さ。限った話でないにせよ、()()が言うように今回は戦力が多すぎる。……またなにか隠しているのか?」

 

「……()()を忘れたとは言わせないぞ、大赦の駒風情が。貴様らの腹の中(はらのうち)……答えられぬというのなら、それ相応のものがあると知れ」

 

 

()()、先代小学生勇者達が被った大赦の闇。自身の子がそれの被害にあったという事になれば、大赦に対して疑いの目を向けないはずは無い。

 

しかし、今回の御役目。それの概要はこの場にいる全ての仮面が疑問に思うことがある。先にも言われたが、勇者の配置、勇者達のケア要員合流。何よりも結界外調査を主とする防人達を起用した予備の戦力の配置。先代からのメンタルケアとして赤嶺力哉の起用はあったが、後者にある予備戦力は今回が初である。

人員不足はいつの世にも当たり前の事。今の大赦でもそれが懸念されている中、明らかな増強だと呼べる。合流出来る戦力を全て投入して、後方で戦力を増強していく。

明らかになにか企みが見え隠れしている。

 

 

「………五月蝿いですよ。たかが()()子が犠牲になった。大赦の掲げる条理の表れ。未だそれに歓喜出来ていないとは、流石は低級家系ですね」

 

「早くその考えを捨てよ。貴様らの()が役に立ったのだ。既に()()は捨てておる。低級とは言え、()()も大赦上級の家系。これ以上落ちぶれが過ぎるのなら、この場から居なくなるのも………最早直ぐになるのかもな」

 

「それを言うなら()()もでしょう?………()()のようにやらかさなければ、まだ上位階級に入れたものを」

 

「男を取ったのも当初はただ()()()だけだったのだろう?誠に遺憾だが、早く我々にも()()()頂けるかなぁ?」

 

 

仮面の下に潜む、澱み卑劣な表情。ギリギリと歯を食いしばりながらも、反論することは無い()()()()の仮面。特に、自身の息子に対して向けられた下衆な言霊。女である前に一人の母親である。そんな事を言われて、はらわた煮えくり返らない親など居ない。

 

 

「………言葉を慎みなさい。この場にいるのは何者ですか?大赦という組織を担う責任ある家系が集まる場所です。貶し見下す事は勝手ですが、時と場所を考えなさい」

 

「……()()の言う通りだ。それに我が家を引き合いに出すとは、随分と大きく出たな()()。上里傘下とは言え、巫女の家系がそれでは先の道も暗く閉ざされるぞ」

 

 

それを一喝したのは、最も上座に座る、乃木家と上里家。上座に座る者がどういう存在なのかは認知されているとは言え、基本的に大赦の家系は皆平等の位置にある。それが上級下級と別れているのは本人達が勝手にそうしただけであるので、この場で例え上座に座ろうとも、下座に座る家系と政治的位置は同じである。……少し可笑しいかもしれないが、大赦ではこれが普通である。

一喝された仮面達は、口を紡ぐ事しか出来なかった。

 

 

「………皆様方、高ぶる心情をどうかお治めください。皆様の仰りたい事、我々も十分に理解しております。しかし、我々大赦と皆様方が団結しなければこの世界は守り通すなど不可能なのです。どうか、今一度気持ちをお揃えして頂きたくよう存じます」

 

「……ならば、先の返答を。題に出た両家含め、乃木家も今回に関しては理由が知りたい。聞かせてもらおうか」

 

「……申し訳ございませんが今回の件、守秘義務に関わるものがございますので……何卒」

 

「気持ちを揃えろ、なんて言っておいて今更逃げるのか?貴様らのお陰で、我が家の()()が潰れた事、忘れたとは言わせないぞ」

 

 

怒気を含んだ乃木の声。恐縮する程の迫力を持った言霊に、思わず身がすくんでしまう。しかし、仮面がある故にそれは悟には難しい変化であった。

 

 

「……乃木家()()様に起きた不祥事。お悔やみ申し上げます。しかし、それは最早()()()()()。今更引き合いに出された所でどうしようもありません」

 

「……よくもまあぬけぬけと言えたものだな。……私は、後継を探させる事に些か不満を持っているだけだ。今更、あの()に何を思おうが関係無い」

 

「……左様で。しかし、御理解は頂きたい。我々としても、この事情は確信たるものである証拠がで次第、皆様にご報告させて頂きます」

 

 

今一度腰を下り、畳に手をついた役員は、深々と頭を下げる。

 

 

「皆様方、どうぞこれからも宜しくお願い致します。……特に()()様。今回の御役目。鍵となるのは防人達の活躍にあると、我々は踏んでおります。より一層の御力添え、宜しくお願い致します」

 

 

国土、と名指しで呼ばれた仮面は顔を向けるとゆっくり頷く。

 

その仮面が今何を思っているのかなんて、そこにいる大赦の人間には分からないのだろうと思いながら見つめる全ての仮面。口や声を出さぬとも、大赦に対するそのふつふつと煮え上がる感情を、全員理解しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタスタと廊下を歩く。大赦での用事も終わり、急いで帰る支度をする為に荷物と付き添いを探す仮面。

そんな仮面に後ろから声がかかる。

 

 

「───()()

 

 

不意に足を止め、くるりと後ろを振り向く。ゆっくりと歩いてくるのはこれまた同じ仮面、同じ神装束。見た目では分からないが、長年見てきた彼女にはそれが誰なのか直ぐにわかる。

 

 

「……あぁ、()()か」

 

 

先程名指しされていた国土家当主。実名は今は語れないが、赤嶺と国土はそれなりの長い関係を築いている仲である。

 

 

「珍しい。お前がそこまで急いでいるとは。何かあるのか?」

 

 

さて、と。なんと返答するべきか、赤嶺は考える。

正直に言ってしまえば、何とも面倒な事になるのは明白で、逆にはぐらかすのは赤嶺が最も不得意とする事である。

 

どちらに転ばせようか、なんて考えなくとも明白だが、それを言った後の事も考えなければならない。

国土家は代々巫女を排出している家系で、今代も幼いながら巫女として防人の元に席を置いている長女が居る。赤嶺の息子とも仲は良好で、もし今息子がいるからランデブーする為に早く帰ります、なんて言ってしまえば混ぜろと言ってくるに違いない。

 

が、そんな考えを他所に、国土は話を続ける。

 

 

「まぁ大方、力哉君が今帰ってきているのだろうな。赤嶺がそうやって急かすのは、力哉君が関わっている時だからな」

 

 

完全に国土は分かっていた様子。表情が見えないとはいえ、赤嶺の行動からして理解されてしまったようだ。

 

やってしまったと内心ため息を吐くと、赤嶺は諦めて白状する。

 

 

「……ご明察よ。だから、早く行かせてくれないかしら?」

 

「そう慌てるな。私も久々に顔を合わせたくなった」

 

 

ほらきた、ともう一つ溜息。こうなった国土は面倒くさい。大人しく連れていかなければ愚痴愚痴と面倒事を吐き散らしてくる。

 

 

「……ふぅ、分かったわ。と言うか、今日はあやちゃんは連れてきているの?」

 

「ああ。防人の子と連れてきている」

 

「……となると、あの子も一緒なのね」

 

「まぁそうだろうな。あやが探し出して遊んでいるのが目に浮かぶ」

 

 

国土亜耶。国土家長女にして、次期当主。しかし年齢が低いため、まだ襲名はしていない。

赤嶺はあーあーと内心毒づいた。亜耶は世間に疎い。男が少ないことは理解しているが自分の顔が()()事はどうやら自覚していないようで、赤嶺力哉に猛烈なアタックを繰り返している。

力哉が赤嶺を含め、醜い女性に対してしか好意を持てないことが幸いしてか、亜耶はそれを気付くこと無く好き好きアピールをしているので、赤嶺の内心はバクバクだ。

 

 

「……そろそろ決めないか?国土家に婿に来るのを」

 

「馬鹿言わないで。亜耶ちゃんが嫁入りするのよ」

 

「赤嶺はいいだろ?今日も力哉君と熱情の夜を過ごすんだから。孕めば次期当主として育てられる」

 

「……あの子に頼んで貴方に種を植え付けろと言いましょうか?多分やってくれると思うけど」

 

「こんなおばさんじゃ力哉君も嫌だろ」

 

「……貴方と私、年齢的な差があるとでも?」

 

「違いない」

 

 

国土と赤嶺は同じ神樹館を卒業した同級生である。当時からよく二人で一緒に居た仲だが、まさかこの年齢になっても未だに交流が深いとは思わなかった。

互いに競うという程でもなかったが、二人の容姿を気に食わない他生徒が悪事を仕掛けて来るのを互いに乗り越えて来た。周りよりも、それなりの心を許した相手である。

 

国土家は人工授精によって無事、世継ぎである亜耶を産むことが出来たが、赤嶺家は前例のない失敗により、中々世継ぎを産むことが出来なかった。

そこで目をつけたのが男性を赤嶺の人間として迎えるという事だった。これには赤嶺家に所属する全ての人から名案だと太鼓判を押され、施設育ちである少年一人を養子として赤嶺に迎えることになった。

 

この件に関して、赤嶺が狙うのは二つ。

まず一つは、世継ぎを産むこと。世継ぎが居なければ、赤嶺家の力は衰退し、やがて崩壊する。本家のものから出すのが習わしであるため、これに従わなければならない。

 

そしてもう一つは、赤嶺という血を他の家にも伸ばすことである。

人工授精をするには高額な金がかかる。普通の家庭と、大赦の上層部が買う精子は勿論鮮度や量など、あらゆる面でしっかりと差がある。差があるが、値段は互いに高い。

そこで男という存在を有効的に使い、精子の提供を他家に進める。それをする事で、子供が産まれても赤嶺家が優位に他家の事情にも首を突っ込む事が出来る様になる。

と言っても、これはあくまでも副産物であり、こんな事を狙って上手く出来るほど大赦での内情は緩いものでは無い。大前提は世継ぎを産む為に男を手に入れる事であった。

 

最も、神託によって見出された力哉をどの御家が引き取る事になるのかはまた別の話。赤嶺家にとっては最初、男を取るために便乗して力哉を引き取る算段を立てていたのはひみつである。

 

 

「……御役目が始まれば、お前が力哉君に触れ合えることが大幅に減る。早くこさえておく事だな」

 

「言われなくとも。なんの為にあの子を迎えたと思っているの。何人かの給仕にも手を出させているから、あの子がここにいる数日で決めてみせるわ」

 

「男の宿命とは言え、哀れに感じてしまうな……。力哉君にも無理はさせるなよ?」

 

「私、あの子に強制させた事は無いわ。……誰が楽しむ為に男を取ったものですか」

 

 

思い出すのは先の集会。表面上は平等の立場である家系だが、本人達で上下を分けている為、集会においての発言等で他の当主達の態度や関係性がガラッと変わる。

この非制度を行っているのは、元々居た上層家系の分家や大赦に金やコネで実質的な地位を確立した御家だけである。トップに君臨する乃木家や上里家でも、支持率は欲しい為表立ってかの当主達に言える事が出来ないのだ。

 

特に、大赦が()として扱う者達を庇う家は、上層家系の中でも底辺の位置に追いやられている。西暦の時代から大赦に尽くしていた、鷲尾家や赤嶺家がいい例である。

 

 

「……鷲尾家も可哀想だな。一人表立っているのは彼女だけだ。辞めさせることも、支持する事も我々には出来ないとは……」

 

「なにかしている訳でも無いでしょ。御役目を全うしたにも関わらず、待遇は変わらず……あろう事か使い潰すまで使い続ける。潰すのは間違っているって発言してあの対応よ?……巫山戯てるわ」

 

「久しく赤嶺も引き合いに出されたな。男の争奪戦に敗した三輪家の八つ当たりにも思える」

 

「……彼処最近世継ぎに恵まれてないから焦っているのでしょ。勇者も巫女も産まれない。博打打ちで男を取ろうとするも負ける。今やあるのは卑劣な野次だけ。大赦から切られるのも……時間の問題ね」

 

 

赤嶺家が男を取った時、三輪家もそれに賛同して男を傘下に入れようと奮闘していた。しかし、施設内から引き出せるのは一人だけであった為、男にどちらがいいのか選ばせる事になった。

結果は今の通りなのだが、三輪家の現当主は()()()顔と体型をしている世界での極上の女だ。赤嶺家の現当主のような()()女に負けるとは思ってもいなかっただろう。今の赤嶺力哉が醜い女に目が無いことを知らなかったとはいえ、三輪家の面子は潰れたも同然。赤嶺家にああも突っかかるのは当然とも言えよう。

 

 

「……とは言え、私達の立場もあの場に置いては下に近い。強制的に落とされる事も懸念しなければな」

 

「……とっくのとうに覚悟はしているわ。それに、落とされたら落とされたで力哉と隠遁生活を送るって決めてるの。今の()()()の家族も混ぜてね」

 

「……鷲尾家が黙って無さそうだな」

 

「そうなったら鷲尾家も巻き込むわ。世継ぎが欲しいって言うのなら、力哉に協力してもらう。……勿論、乃木家にも」

 

 

 

 

 

───コソコソしてないで、出てきたらどう?

 

 

 

くるりと後ろを向き、廊下の角に潜む影がピクリと動く。国土はそれに気付いては居なかったようで、少し驚愕の色が表情に現れる。

 

 

「───気付いていたか」

 

 

ゆっくりと影から現れる神装束。仮面を手に持ち現れたのは、乃木家現当主。無表情ながらも、その強い威圧は見るものに強い印象を与えている。

 

 

「……なんだぁ?乃木家とあろう者が盗み聞きとはな」

 

「……盗み聞きとは、語弊を招く。ふと耳にしただけだ。出ようにもタイミングがなかっただけさ」

 

 

そういう乃木だが表情は未だに無。()()の御役目から、表情が抜け落ちてしまった彼女に同情の目を向ける二人だが、我に返った赤嶺が咳払いをして国土の意識を戻す。

 

 

「……珍しいわね。上里家と一緒に居ないなんて」

 

「ひっつき虫と思ってはいないか?私とて時に一人で居たい時もある。上里は渋っていたがな」

 

「相変わらず熱々ですな。特に上里の愛が」

 

「……私も、異性に興味があるのだがな。しかし、上里の考え方も否定出来ない」

 

「……相変わらず生真面目ね。流石武人の家系と言ったところかしら」

 

 

乃木家と言えば、初代勇者の末裔。初代勇者乃木若葉が武芸に連なっていた事もあり、乃木家に生まれた者には全ての武芸を学ぶよう教育されている。

 

 

「……最早その言葉も、今の私にとっては重荷でしかないがな」

 

 

無表情の中に潜む悲痛の色。それが何に対してなのか、この場に分からない者は居なかった。

 

 

「……ここでその発言は不味いわ」

 

「……構わないさ。この場に耳を向けているのはこの場にいる三人しかいない。私とて……乃木家当主として、時と場所は弁えている。確認してから発言をしているさ」

 

「……治る見込み、あるのか?」

 

「無い、としか聞かされていないのが現状だ。……声も出ず、体を満足に動かせない。それでいて身体は神に近付いて居るという。分家共からも、乃木家から追放するよう何度も私に提案してくる輩ばかりだ……」

 

「………ごめんなさい。なんて言えばいいのか……」

 

「謝る事など無いさ。逆に私は感謝している。……あの子の、()()の為に尽くしてくれた力哉君を……素敵な殿方に育て上げた赤嶺家は、どれだけ報いようとも返せない恩人だ。本当に………ありがとう」

 

 

深々と頭を下げる乃木に、赤嶺はそこまでするなと頭を上げさせると、自然と乃木が流していた涙をそっと拭き上げる。

 

 

「……それで。乃木が接触してくるということは、なにか用があるのよね?」

 

「……分かっていたか。ああ、恩人に対して頼み事をするのは本当に気が引けるが……今やこうするしかないのでな。……恥を押しんで頼みがある」

 

「……恩人だとかそういうのはいいから。頼みって?」

 

「実は───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モゾモゾとシーツが動く。動かせる事が出来る()()の左手で、気に入らないのかシーツの位置を動かしている。

上手く動かすことがもどかしいのか、()()()()()()()()が段々と細くなり、わちゃわちゃと動きがごちゃごちゃしたものになっていく。

 

やがて諦めたのか、パタリと身を任せたベッドに左腕を下ろすと、効果音と共に何も無い所からぬいぐるみの大きさをした黒いずんぐりむっくりの鴉がシーツを掴んでそっと身体に被せる。

 

それに満足したのか、心地いい色の目に変わりゆっくりと瞳が閉じられていく。

 

 

傍から見れば、怪我人が介護されている風景。何処までも普通で、病院でなら見られる在り来りな姿。

 

 

 

()()()()()()。ベッドを囲む空間。病室と取れるそこは、()()とは明らかにかけ離れている風景が広がっている。

 

ベッドを囲うのは白濁した半透明の布一枚。何者も通さない結界のようにも捉える事が出来るその光景は、ベッドを守るかのように備えられている。

床、壁、天井、挙句にはベッドの裏。びっしりと貼られているのは、白い紙で出来た厄祓いの人型の札。何百何千と貼られたそれは異様の何物でもない。

入口の天井から伸びる大きな茅の輪。そして茅で作られた縦結びされた結び目。こんなものがここにあるのは、些か疑問に思える。

 

 

正に異常。()()の病人が過ごす病室では有り得ない光景。

全て用意されているのは神社や祠で見る、神を讃え厄を払う神聖なものばかり。

 

まるでここは一個の神社と言ってもいい。

 

ありえない事が重なり、ここではありえない事柄が無いように思えるこの空間で、包帯に巻かれた病人──、もとい少女は、深い深い睡眠に身を寄せる。

 

()()()()()()()()()も、()()()()()()も。

 

 

 

今は聞こえない(昔は口ずさんでいた)()()も聞こえないまま、少女は眠り続ける。

 

 

 

 

 

()()()()()()が、やって来るまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








少女って一体誰乃木園子ちゃんなんどぅぁあああ!!
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