【とある魔術の禁書目録】錆びゆくガンマンの青息吐息   作:白滝

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第一章 最初は誰しもが主人公だった…… Survive_Until_The_Last_Moment.

 城の原則(キャッスル・ドクリトン)

 自宅や職場へ侵入してきた部外者を銃で撃っても正当防衛とみなす、テキサス州の州法だ。この法律により、自宅や職場や車の中に押し入ろうとした侵入者を『致死力のある銃』で撃つことが可能となった。全米ライフル協会が法制定を後押ししてきた等、割と政治的に大きな影響力を示す事案だったりする。

 ……まぁ、もはや今の米国にはテキサス州以外にも同様の法律を持つ州が一五州もあるのだが。そんな訳で、銃大国と称されるこのアメリカ合衆国では、拳銃を容易に購入でき、許可を得れば持ち歩くことが簡単にできる。最寄りのスーパーに行けば、小銃(ライフル)の弾薬などを八〇ドルで買う事ができるのだ。

 日本人には信じられないような世界だが、これを『教育』として受け止めると随分と見え方も変ってくる。

 父親と母親が中学生くらいの娘を近所の射撃場に連れていき、二人で必死になりながら銃の撃ち方を教えている光景なんてよくある『日常』風景だ。

 そう。

 弱肉強食。

 それがこの国の共通概念。

 『自分の身は自分で守る』という自衛の理念を、最も肌で感じさせられるのがこの国、アメリカ合衆国なのだ。

 ……なので、

「ごめんなさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!」

 と、こんな風に、他人の家の庭に無断で侵入すれば、一家の大黒柱(お父さん)散弾銃(ショットガン)を抱えて追いかけてきても、文句は言えない訳だ。例えこんな風に七篠が謝罪の意を叫ぼうとも、それはこの国において反省ではなく命乞いの一種でしかない。

 罪には罰を。

 勧善懲悪。

 世界の警察。

 正義を掲げる人間が、悪党を殺戮する事を躊躇いなく英雄(ヒーロー)と評価する。

 それがこの国の哲学だ。

「ゴンちゃん助けてえええええええええええええええええええええええ!!」

「ゴンちゃん助けてえええええええええええええええええええええええ!!」

 と、後ろで泣き叫ぶ双子の少女アリスとテレスの声を見殺しにして、七篠厳平は必死に逃走する。

「自分の身は自分で守りなさーい!!おいちゃん達犯罪者に味方なんていないのだよぅ!!」

 そう捨て台詞を言い残し、民家の庭の柵を飛び超えて、路地裏に飛び込む。銃声こそ聞こえなかったが、あと少しでも七篠の逃走が遅かったら命が危なかったであろう。

 ヒィ、ヒィ、と過呼吸みたいな呼吸を繰り返す。

 葉巻で肺を真っ白にして、酒で中年太りした四〇を過ぎたオッサンでは、こんなちょっとした(命の危機だったけれど)運動でさえ、身体が滅入ってしまう。

 全力疾走後でガンガンと響く頭痛を抑えようと、ゆっくりとした呼吸で酸欠気味な身体に酸素を与えていく。

(ふぅー……やっと着いたよぅ)

 ノロノロと路地を出ると、テキサス州に入ってからは初めての町が広がっていた。

 エル・パソ。

 テキサス州最西端に位置するこの町は、桃源郷のように日本人の多くが抱いている「テキサス=砂漠」といった先入観が未だ尚、残されている。ヒューストンなどといった工業都市や意外にも緑が多いテキサス州の中で、尚残されたサバンナ気候の面影。

 高層ビルのような建造物は一切なく、民家程度の高さの街並みが砂だらけの禿山に囲まれている。

「まぁ、なんにせよ、まずはお酒だなぁ」

 喉が渇いた。何でもいいからアルコールをぐびっとイッキしたい。喉を駆け抜ける炭酸の刺激が恋しい。

 ……なんて、欲求ばかりが理由ではない。先程の民家の庭に不法侵入した件で警察に通報されでもしていたら、宿泊施設なんて真っ先に特定される危険スポットだ。こんなカウボーイみたいな奇妙奇天烈な格好をしているのだから、嫌が応にも町の外部の人間だと分かってしまう。宿の受付でそのまま通報されて、罰金でも払わされたら敵わない。こちとら、日銭を稼ぐのすらやっとな風来坊だっていうのに。

 よって、七篠はひとまず飲み屋に立ち寄って時間を潰す事にした。騒ぎが一段落するまで、具体的に言うと夜になるまでは屋内に隠れていようと考えた訳である。

 再び別の路地裏に入る。寂れた町の一角、人の目の通らぬ世間の死角に、ひっそりとしたダンス演劇場があった。そこに七篠は足を踏み入れた。

 寂れた店内は真昼間から酒を飲むふだらしな男共でそこそこの賑わいを見せていた。テーブルを囲いポーカーで賭け事に興ずる者達や、大笑いしながら談笑し合う者達、中にはカウンター席で泣き喚きながら酒で泥酔している者まで様々だ。

 そう。

 ダンスなんて誰もしていない。そもそもダンスをやるスペースすらない。狭い空間が人で咽返っている。真夏のこの暑さの中では、信じられない光景だ。

 理由は単純。禁酒に過敏なテキサス州では、『公然飲酒は違法』なのである。つまり、バーなどでお酒を飲んではいけないのだ。そういった法律の陰に隠れて看板を偽りひっそりと経営している違法店を、七篠は一発で見抜いたのである。

(おおぅ、アタリだぁ!!一軒目からアタリとはツイてるねぇ!!)

 そんな喧騒の中に、七篠は何気なく溶け込んでいく。奇抜な服装で普段なら目を引くであろうが、こういった『だらしない』雰囲気ではなぜか埋もれてしまう。それほどまでにこの場所にこの男は馴染んでいた。

 七篠はカウンター席に座る。

「バーテンさん、おすすめを頼むよぅ」

「ヘイ、アンタ観光客かい?うちは何でも取り揃えてるよ!ビールにワインにテキーラ、ウィスキー、ラム、日本酒(サケ)、なんでもござれだ」

「おおぅ、いいねぃ。じゃあ、ビールをジョッキで頼むよぅ」

 言って、ふぅ、と安堵する。

 ふと双子の姉妹を思い浮かべたが、なんとかなるだろうと適当に疑問符を投げ捨てた。

 七篠は彼女達と共に生活こそしているものの、命の保証まではしていない。確かに自分の『アレ』に纏わる重要な手掛かりを握っているかもしれないが、別に命を懸けて守る程の価値があるとも思っていなかった。

 彼の瞳に、淡白な光が揺らぐ。そう、これが七篠厳平という人間だった。

 『命を懸けて誰かを守る』なんて意気込める程、自分はもう若くはない。そういう風に熱くなれた時代も自分にはあったかもしれないが、それはもはや過去の話だ。『青春』という単語に想いを馳せる感覚に近い。それが尊く眩しい物である事を理解している反面、それはどうしようもなく淡く、脆く、切ない。それを『夢』や『希望』や『理想』だと尊ぶには、七篠厳平は世界の残酷さを、醜さを知り過ぎてしまっていた。歳を、重ね過ぎていた。

 双子が死んで寂しくないと言えば嘘になるが、警察に捕まる危険を冒してまで助けに行こうとは微塵にも思わなかった。

 子どもの目に映る大人は、醜く汚い卑怯者だ。でもそれ以上に、子どもは眩し過ぎて、綺麗過ぎて、だからこそ過ちの重大さに気付けない。人助けなんてボランティア精神を尊べる程の、気概も勇敢さも若さも、自分はアルバムの一ページに置き忘れてしまっていた。

 だからこそ、彼女達が死んでしまったらそれまで、だ。

 どころか、

(もし逮捕されても、俺の事を警察にバラさないといいなぁ……)

 なんて血も涙もない事を考えていたりもする。

「はいよ」

 バーテンダーが赤ワインをグラスに注いできた。六〇年代のフランス・シャンパーニュワインだ。この店は、変なところに情熱を注いでいるようだった。

「あれ?おいちゃんはビールって注文しなかったっけ?」

「あそこのお客さんの奢りだってさ。こいつぁ彼女にツケとくぜ、旦那」

 そう言って、バーテンダーの指差す方向を視線で追う。

「久し振りね、って言っただけで、私の事を思い出せるかしら?」

 げっ……と、七篠は思わず顔をしかめた。

 彼の四つ隣の席に、いつの間にか女性が腰をかけていた。

「私の名前に因んで、赤ワインをアナタにプレゼントしてみたわ。気に入ったかしら?」

 短いスカートに前の開いたシャツで、右手には二の腕辺りまである異様に長い手袋を、左手には貴婦人が着けるようなレースの手袋がある。左の手袋が淡いピンクなのに対し、右手の方は縦に大きく分けられ、それぞれ白と黒で塗り分けられている。

 印鑑のようにアルファベットの刻まれた指輪をはめた左手で自分の髪を軽くいじる、その仕草に見覚えがあった。面識がある。

 ヴィース=ワインレッド。

 『時間稼ぎ(タイムロス)』の異名で業界に知られる、フリーで活動している魔術師だ。

「……君がおいちゃんみたいなおっさんのご機嫌を伺う背景が、ちょっと怖くて受け取れないねぇ……不穏な空気が漂ってきて、久方ぶりの酒が不味くなったよぅ」

「失礼ね。なぁに、仕事の前金代わりとでも思ってくれれば問題ないわ。景気づけの酒よ、アナタはそういうの好きでしょう?宵越しの銭は持たないアナタへの、私なりの配慮のつもりだけど?」

「うへー……おいちゃんにそっちの世界(魔術サイド)の仕事は無理だよぅ。悪いけどパース。もうおいちゃんは現役相手に(タマ)()り合いできるほど若くないんだってぇ」

「何言ってんのよ。アナタほどの凄腕の魔術師なんてなかなか居ないわ。それに、今回の仕事はアナタにうってつけよ。特に、対『科学』に特化したアナタにはね」

「いーやーだーよーぅ」

「それに、アナタの過去に関する出来事に関連性もあるのだけれど?」

「…………」

 無言に、ならざる得なかった。

 七篠厳平の過去。

 その言葉を出されると、途端に弱腰になってしまう。

 自分の『記憶』に関する事には、どうしても………

「どう?得られる報酬はお金だけじゃないってコトよ。私一人でもキツい仕事だったし、アナタとの共同作戦を提案したいんだけど」

 はぁ、と溜息をついて、七篠はグラスを手に握った。

 匂いを嗅いで、赤ワインを口に含み、ゆっくりと喉に流し込んだ。

「……しょうがないねぇ。やるよぅ、やればいいんでしょーぅ。ったく、中年オヤジの汚ねぇケツに鞭打つなんて、近頃のおねーちゃん達はホントにおっかないねぇ……」

「あら、そういうプレイが好きなんじゃなくって?」

 事件の匂いはワインのように、甘酸っぱくも、どこかほろ苦い。

 

 

 

 

 ロベルト=カッツェ。

 つい半年ほど前に米国大統領に就任した、ヒスパニック系では三番目となる人物だ。歳は四〇代。ラテン系の彫りの深い顔立ちには一〇代のチンピラにはない凄みや野性味があった。日に焼けた肌の下には並みのアスリートを凌駕するほどの筋肉が隠されている。

 身に纏っているスーツ、ネクタイ、革靴などは全て支援者グループの品々で固められているのだが、どうにも自分で選んでいるというより押し付けられている感が強かった。

 そんな彼が、防弾性を高めたスモークミラーの黒塗りの高級車に乗らず、一般の軽乗用車に乗っているのも、事情があっての事だった。就任後の間もない彼のスキャンダルを追おうとするマスコミやパパラッチの追跡を攪乱するために、敢えて高級車を囮にして議会のビルの裏口から乗用車でこっそりと出発したのだ。

 助手席に座る彼の横で、ハンドルを握る彼の秘書らしき女性が質問を投げかける。

「『ノーリッジ12』のアレについて、新しい動きは?」

「俺が知ってる情報がお前より多い訳ないだろう、ローズラインちゃん?」

 ローズライン=クラックハルト。

 アメリカ合衆国大統領ロベルト=カッツェの補佐官である。支援グループの一つである紳士服会社のオーダーメイドスーツをきっちり着こなしている彼女は、三〇代前半にも関わらず大学生のアルバイトの『家庭教師のお姉さん』のような雰囲気を感じさせる。

「『ノーリッジ12』――――アメリカ政府主導で行われる一二のオカルト実験の総称であり、国家機密のさらに奥の闇に潜んだ巨大プロジェクト!!………なんて言えば聞こえはいいが、こんなの頭のネジが外れた変態科学者共が国民の税金を使ってオナニーしてるようなもんだぜ」

「その、何か例えようとする時に必ず下品な戯言を引用するのはいい加減辞めないか?無用なストレスで病気になったら賠償金を請求するぞ?」

 ローズラインが、ギロリと容赦のない視線でロベルトを窘める。

 以前にセクハラ発言をした記者の鼻っ柱を全国放送のカメラの前で叩き潰した経歴を持ち、『セクハラ被害者を庇護する守護神』というイメージが世間の間で浸透しつつある彼女の口からそんな事を聞くと、少々洒落になってない冗談だったりする。大統領ではなかったら眉間に風穴空けられているかもしれない。いや、割と真面目に。

 敬語を使わないローズラインの毒舌にロベルトは冷や汗を掻きながら、

「で、俺が突き止めてぶっ潰した六つの実験計画の他に、『七番目の計画』があった、って事か?」

「いや、違う。正確には、その跡地で再び実験を再開させようとしている輩が、テキサス州のエル・パソで暗躍しようとしているらしい」

 車は高速道路に入った。エンジンが唸りを上げて更なる加速を生み出していく。

「っつか、『ノーリッジ12』に関する実験は、どれも頭のイカレた研究者が意味不明な理論を喚いてるだけで、今までは手に負えない程ヤベぇレベルにはなってなかったよな?それが一体全体、どうしてこんな緊急事態になってんだ?ぶっちゃけ、ほっといてもよくねえか?どうせまた下院議員の連中が、俺を失脚させようとした裏工作なんじゃねえの?」

「犯行予告が届いたんだ」

 言って、ローズラインは運転しながら片手間で携帯電話を操作し、カメラ機能のアプリで保存したのであろう画像を画面に映した。

 確かに、便箋に折り畳まれているエアメールには犯行予告と日時と場所が明記されている。新聞の切り抜きで作られたメッセージには、必要最低限の情報しかない。何が目的で何をするのかさえ不明。わざわざ犯行声明を発表する意図が読めない。

 とはいえ、政界の裏工作にしてはあまりにも堂々とし過ぎていて、どちらかというとこれではまるで、

「テロかっつーの!?マジで?……おいおい、どんだけ自信家なんだよコイツぁ。大統領相手に犯行予告とか、テロだぜ、テロ。っつか、ダミー情報っていう可能性の方が高いだろ。さっきも言ったけどよぉ、下院議員の連中が俺を暗殺するためにデタラメな事件でも偽装した、とか。警戒はしねえの?」

「したところで、どのみち派遣する人員がいないだろう?」

「は?なんで?………オイオイオイ、まさかと思うが、俺ら二人だけでドライブデートとかいうラブコメ展開じゃねえだろうな?現状の人員は?」

「なんせ、オカルトだなんだっていう『そっち』系の話だ。上院議員にも極秘裏に進められている。警察も連邦捜査局(FBI)も軍も、何もかもが動かせない。大統領(オマエ)の直轄である中央情報局(CIA)なら動かせるかもしれないが、もし武力組織が動いた事を下院議員の連中に嗅ぎ付けられたら次の議会で説明を求められる。そんな責任追及を我が国民の前でテレビ中継されたら、支持率の低下は免れられん。ご推察通り、私達で単独行動を取るしかないんだよ。よかったな、美人秘書と二人っきりの初デートだぞ」

「ええええぇぇぇぇぇぇーーーーーー…………。いつからアメリカ大統領ってのはこんなに安っぽい職になったんだ?新聞配達をしていたガキの頃を思い出すね」

「愚痴を吐いて気が晴れるならいくらでも言っていろ。この件に関しては、本当に誰にも知られてはならない。だから、私達の武器である権力も、財力も、人脈も使えず、誰にもバレないよう身分を偽りながらの調査任務となる」

「楽じゃないねぇ……まぁ、事件の首謀者まで辿り着けるか分からねえが、やるだけの事はやってやるか」

 手にした拳銃をハンカチで磨きながら、ロベルト=カッツェは憂鬱そうに窓の外の変わり映えのしない景色に視線を投げた。

「そんじゃまぁ、ジョークの通じない鉄仮面な秘書との、初々しくも硝煙臭い血塗られたデートにでも洒落こみますか」

 

 

 

 

「あ、煮込みハンバーグとタラコスパゲティを追加でお願いするデスマス」

「……そんな呑気に食事でも摂ってていいんですかねぇ?あ、私はチョコレートパフェ・クライマックスボルテージで」

 既に領収書が三枚目に達し、ウェイトレスのお姉さんの作り笑いが微妙に引き攣りながらもオーダーを了解していった。厨房の奥のバイトらしい少女に至っては、なにやら携帯電話のカメラ機能を使ってSNSに画像をアップロードしようとしているらしい。

「テオドシアさん、なんか厨房の女の子が私達をこっそり写メろうとしてますけど?」

「どうでもいいデスマス。そんな事より、そんな値段が馬鹿高いデザートを頼んで大丈夫デスマスか?ランチ食べ放題コースの適応外のメニューなんじゃ?」

「私の会計は経費で落ちるので問題ないのです。それに、適応外のメニューならテオドシアさんの方が頼んでるじゃないですか!!」

「セコいデス……ロンドンに帰ったら、絶対に最大主教(アークビショップ)にチクってやるデス……」

 二人の女性がファミレスのテーブルに腰を下ろしていた。

 一人は、テオドシア=エレクトラ。

 四〇歳前後の女性で、四男八女の母親である。外見は金と銀の髪が混じっており、だぶついた黒い上着に色を抜いて真っ白になったジーンズを履いている。発音のどこかおかしい口調で喋るその様子は、いかにも観光客臭い、場違いで現地テキサスの空気に溶け込んでいないように思える。

 しかし、それは彼女の演出だ。そうやって、油断させた魔術師を返り討ちにさせるのが彼女の流儀(スタイル)なのだから。

 魔術サイド。

 十字教旧教三大宗派の中でも、同族殺しを生業とするイギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属する魔術師だ。いや、この部署に雇われる人間は、殺し屋と評した方が正しいかもしれない。殺人を国に許可された、倫理の外の倫理に生きる、善悪に拘泥しない荒くれ者共の集まりである。

「まぁまぁ。非戦闘員がこんなトコまでついてきてあげたんですから、その辺は許してくれてもいいじゃないですか。では、今回の任務の詳細について説明しますね」

 そう言って、手提げカバンからパンフレットのような資料を取り出した一五歳ぐらいの少女は、仲間内では『ツアーガイドの少女』と呼ばれている。

 主な任務は、戦闘用員の魔術師を的確に現地に『紛れ込ませる』事を役目としている。その他、現地の魔術師と本部との仲介を担うなどメッセンジャー以外の業務も少なくない。世界各地の文化や常識、流行に精通する等、割とキャリアが必要な役職なのだが、如何せん現場で戦闘任務を熟せる人材が貴重である『必要悪の境界(ネセサリウス)』内においては、現場での実力主義が重視されるために組織内での立場はそこまで高くない。

 いや、むしろ現場の魔術師にコキ使われる方が多いくらいだ。

 任務の説明はファミレスで、と言い負かされて、テオドシアに好き勝手に行動されているのもそういった背景がある。

「先日、我がイギリス清教では、世間の裏でひっそりと拡散されていたとある犯行声明を確認しました。実はアメリカ政府にも送り付けられている案件だそうで」

「それがここ、テキサス州エル・パソでの魔術サイドの事件だってことデスか?」

「いや、まだそこまでは分かっていません」

「ほへ?」

「その可能性があるかもしれない、という事です」

「犯行声明は魔術サイドの人間ではなく、一般ぴーぽーの物だと?」

「文面での字面だけを見れば。ですが、アメリカ政府にはちょっと表沙汰にはできない事情がありまして……。『ノーリッジ12』という名に憶えはありますか?」

「ああ、あれデスよね。学園都市の超能力の真似事をしようと、馬鹿な実験を繰り返してる部署があるっていう。私達イギリス清教も、当時は科学と魔術の境界を越えていないか審査するために隠密で調査に行かされたので知っているデスマス。……アレ?でも、それって魔術サイドと関係なくないデスか??それに、現大統領のナントカっていうオッサンが『ノーリッジ12』の実験は全部潰したっていう裏情報を、フリーディアとかスマートベリーとかが教会で噂してたのを小耳に挟んだのデスが?」

「その『ノーリッジ12』での実験跡地の一つが、ここ、テキサス州エル・パソ市だったんですよ」

「え?……いや、だから?」

「つまり今回の事件で、犯人は『ノーリッジ12』を利用しようとしてる人間なんですよ」

「いや、そんなの話聞いてりゃ分かりマスデス。で、それが私達魔術サイドに何の関係が?」

「……めちゃくちゃな実験をやってたらしいし、また再開しようと企んでるなら魔術サイドの技術に片足突っ込むかもしれないからもう一回調査してこい、という」

「それだけデェェェェェェスカァァァアアアアアアアアッッ!?」

 テオドシアは、食べていたハンバーガーを思わず机に叩きつけた。ハンバーグの肉汁がテーブルに飛び散った。顔に付着した肉汁をハンカチで拭いながら、ツアーガイドの少女が「やっぱりこういうリアクションかぁ……」と嘆くように小言を漏らす。

「ホーリー・シッッッット!!そんなの、前に調査して関係ないって話になったじゃないデスか。今更どこぞのエリート研究者が新たに実験を再開させようと、どうせてんで的外れな結果になるだけデスマス。ほっとけばアメリカ政府が勝手に対処してくれるんデスよ、こういう案件は!!無駄足にも程があるデス……」

「あ、あはははは………ま、まぁ、いいじゃないですか、今回は楽な任務だと思えば!!もし事件が起きても、魔術サイドと関係ないって分かればとっととロンドンに帰ればいいんですよ!!人が死んでも助ける必要はありません。報告書は私がまとめておきますし。あ、そうだ!!ついでに観光していきましょうよ!!」

「急に面倒になってきたデス。早くロンドンに帰って娘達に会いたいデスマス……あ、だから今回の任務は私だけだったんデスね。ステイルや神裂サンとか来てくれなかったのは、そういう裏があった、と……許すまじ……」

「二人は魔導書図書館『禁書目録(インデックス)』の捜索任務があるので、どっちみち応援には呼べませんよ。なんか『禁書目録(インデックス)』が日本に国外逃亡したらしくて、捜索が難航してるらしいです。……や、やる気出してくださぁーーーーい!!」

 ツアーガイドの少女が、必死にテオドシアのご機嫌を取ろうとする。

 大の大人がぶーぶーと文句を言い出して机に顔を突っ伏してしまい、駄々を捏ね始めてしまった。

「あー、もう、しょうがないですねー……。ウェイトレスさん、コーラフロートを一つ追加でお願いします」

 飲み物でご機嫌を取ろうとする。まぁ、どうせ彼女の支払いは経費で落ちるので、問題は「イギリス国民の血税を四〇過ぎたオバサンのご機嫌取りなんかに使ってしまった」という良心の呵責ぐらいだ。

 先程注文した料理と一緒に、コーラフロートが運ばれてきた。

「はいどうぞ」

 と、ウェイトレスがコーラフロートのグラスをツアーガイドの少女に差し出してきた。

 ありがとうと言って、グラスを受け取ろうとしたその瞬間、

 

 

「ノーーーミーーモーーーーノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 驚くべき速さで、何者かにコーラフロートを掠め取られた。

「「「なッ!?」」」

 三人同時で振り返ったその先には、リュックサックを背負った少女が、コーラフロートのグラスを抱えて一目散に店の外に逃げ出して行く姿だった。

 テーブルには、コーラフロートを奪われた際に彼女が投げ捨てたと思われるメモ書きが置き捨てられてあった。

 

  『このジュースは、この怪盗テレスがもらい受けた

   「しゅっせばらい」とか言うやつでよろしく!!   テレス』

 

「あんのクソガキャァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 顔を真っ赤にして、テオドシアが少女を追いかけながらドタバタと店から駆け出していった。四男八女の親の割には全く器が寛容でないテオドシアを前に、「大人げ無さすぎだろーー……」と冷静に一歩引いてしまう一五歳のツアーガイドの少女なのだった。

 と、そんな彼女にウェイトレスが、

「お、お客様。お連れの方が出て行ってしまわれましたが、ランチメニュー食べ放題コースのお会計の方はどうなさいますか?」

「へ?」

「あと五分でテーブル席の終了時刻になりますので、お会計の方をお願いしたいのですが……」

 ツアーガイドの少女は一瞬、全くの無表情になった。

 領収書を手に取る。ランチメニュー食べ放題コースの適用外のメニューが注文されまくっていた。彼女が頼んだ品は一品だけで、残りの数品は身に憶えがない。

 と、なると……

「あんのクソババァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 ボグッッ!!と、ゴロツキ共の男の顔面に、自分の拳がめり込む感触を確かめる。

(いいねぇ!!)

 サフリー=オープンデイズは追撃のチャンスを逃さない。

 ここがアメリカという銃大国だろうが、ゴロツキ数人に囲まれている圧倒的不利な状況だろうが、自分には十数年もの歳月で磨き抜いてきた、この拳がある。後ろに隠れている少女を戦いながら守らねばならないが、そんなハンデなど彼女にとってはあってないようなものだ。

「年端もいかない女の子をカツアゲとは、やる事が小さいじゃあないか、兄ちゃん達。どうだい、どうせちょっかい出すならボディラインに自信があるこの私にしてみないか?」

「こ、の、クソビッチがァぁぁあああああああああああああああ!!」

 男の一人が背後から鉄パイプを振りかぶる。

 甘い。

 足の運び方がまるでド素人だ。

 格闘家を目指し、世界各地を単身で修業の旅をする彼女にとっては、これは物足りないと馬鹿にする程度のレベルでしかない。はっきり言って、つまらない。

 彼女が愛する『破壊の爽快感』とは程遠い。

 フォン!!と男の鉄パイプが、振り返ったサフリーの袈裟を抉るように叩き飛ばそうとする。鎖骨を砕いて肺を潰すコースだ。

 それを、

 「ふっ!!」

 息を吹く。一歩退いた右足を地につけ、流れるような重心の移動をみせた。

 鉄パイプを右の掌で触れて指で鉄パイプの側面を押しながら、独楽(コマ)のように回転しながら軸足を中心に流れるように攻撃を逸らす。

 受け流し(パリィ)

 合気道や中国武術『化勁(かけい)』で重要視されるこの技術は、「避けるのが難しく」「受け止める訳にもいかない」武器を持った相手を前提に発達した武術だ。

 回転の勢いを利用し、遠心力を上乗せしたサフリーの右の掌底が男の低く沈んだ顎を打ち上げる。パカン!!と、顎の骨が真上に打ち上げられる小気味いい音が響いた。

 よろめいた男の胸が、無防備にサフリーの眼前に晒された。

 そして、一閃。

 そう、それはもはや『一閃』という表現で間違いではなかった。

 彼女自身が男の胸元に弾丸のように飛び込んだのだ。ハンマーのように振るわれた左の肘打ちが、男の鳩尾を打つ槍となって一点を突く。腕力ではなく、体重を使って力を生み出す術。ラグビーやアメフトや相撲の立ち合いなどのフォームに共通する、全身を使う力の運用法である。

 叩き飛ばされた男が一瞬、宙に浮いた。少し遅れて、膝からガクリと崩れ落ちる。力が抜けた手から鉄パイプがすっぽ抜けた。

「お、ぉぉぉぎ、ァ、ぁああああああああああああああああああ!!」

 男の悶絶する声が路地裏に響く。

 いや、一人だけではなかった。既に三人。彼女の格闘術に為す術もなく地面に転がされた男達の呻き声が、残った最後の一人に恐怖心を駆り立てる。

「お、お姉ちゃんすごい!!」

 サフリーの後方に隠れている少女、アリスはそんな歓声を上げた。

 双子の姉妹テレスと(はぐ)れてしまい、路地裏でゴロツキ共にカツアゲされた時はさすがにもう駄目だと思ったが、颯爽と駆けつけたサフリーがいとも容易くゴロツキ共を制圧してしまった。

 竦み上がる最後の一人を目の前に、サフリーは挑発するように、

「どうするの、君は?まだ私とやり合うかい?それとも、女の私にヤられて腰が抜けちゃったかい?」

「な、舐められたまんまじゃ引き下がらねぇ!!」

 彼女の深青色のパーティドレスには、敢えて敵が掴みやすいようハンデとしての「とっかかり」を与えるため、上半身を締め付ける形でベルトを締めている。が、そのハンデに気付けない程、格闘術に対して素人なのだろう。一生懸命彼なりに気張っているようだが、残念ながらそんなレベルじゃあ達人たる彼女に一撃喰らわす事すら敵わない。

 男が腰のポーチに手を伸ばした。

 いや、その素振りをサフリーは敢えて見逃してやった。本当ならポーチから得物を引き抜く前にその腕を掴み、関節を決め、男の腕をへし折るのすら造作もないのだが、それではあまりにもあっけなさ過ぎる。

 相手に武器を持ち出す時間をくれてやったのだ。それなら、格闘家のサフリーといえど話は変わってくる。ようやく強さの天秤が平衡に均されるだろう。

 具体的に言えば、銃。この国において直接的な力の象徴。ただ引き金を引くだけで命を奪う凶器。

 しかし、

「……はぁ?」

 サフリーの間の抜けた声が漏れた。

 男が取り出した武器は、彼女の予想とは異なるただの折り畳み式の山刀(マチェット)であった。

 銃さえ満足に買えない、貧しい家庭なのだろう。アメリカ合衆国といえど、テキサス州の辺鄙な町エル・パソには、未だ貧富の差が確実に根付いている。

 しかし、そういった社会情勢などサフリーは知った事ではない。そういう細かい背景は、彼女にとっては『破壊の爽快感』を、雰囲気を台無しにする一因でしかないのだ。

「ガッカリだよ、ホント。何処かに二丁拳銃を使いこなす銃の形(ガン=カタ)の達人とかいないもんかねぇ?是非私と手合せ願いたいもんだよ」

「やっちゃえー、お姉ちゃん!!」

「……調子乗ってんじゃねぇぞ、テメェら」

 男が山刀(マチェット)を振りかぶる。どうやら投擲するようだ。しかし、山刀(マチェット)の本来の使用法は農作業用の草刈ナイフである。つまり、正しい角度で草に刃を合わせないと、上手く斬ることすらできないのだ。軍用に加工された訳でもあるまいし、投げたところで切れ味なんて期待できない。

 彼女に近寄るのが怖くて投擲しようとしたのだろうが、まるで意味を成していなかった。

 心中で何度目になるか分からない溜息を吐き、彼女は面倒臭そうに身体に力を入れ直す。まるでやり残した面倒な宿題を終わらせるような気怠げな気持ちになった。

(弱いなぁ。相手にならない)

 しかし、

 

 キュガッッ!!と。

 

 次の瞬間、男の持つ山刀(マチェット)が異様な光に包まれた。いや、光が放たれた、と表現した方が正しい。

 自然光ではありえない、七色の光が煌めく。

 路地裏の薄暗がりの中で、まるで刀身そのものが光っているのかのような眩い閃光がサフリーの目を晦ました。

 まるで、この世の物理法則を超えた何かのような、そんな印象。

 科学で説明できない何か。科学とは別の法則で動いているように見える『何か』。

「きゃっっ!?」

「な、なんだ!?」

「わ、わわわわっ、なん、何だぁ、こりゃあ!?」

 男自身も慌てているようだった。訳が分からない。

 後ろにいるアリスが、ドスンと尻餅をついた音が聞こえた。

 が、サフリーが目の前の状況を理解する余裕なんてなかった。

 

 直後だった。

 

 独りでに空を舞った山刀(マチェット)が音速で飛来し、サフリーの身体を斬り裂いた。

 

 

 

 

 エル・パソ行きの路線バスの中で、隣に座った奇妙な男の独り言に、女性は妙な気持ち悪さを感じていた。

「……エンゼルさま、エンゼルさま。お聞かせください」

 日本語で呟かれる、まるで呪文のように繰り返し呟かれるその言葉も、もはや何回聞いたことか。意味は分からないが、もはや発音を覚えてしまった。

 不健康なほど痩せ過ぎた体躯、そして中年男性のその外見からは似ても似つかない声変わり前の小学生のような中性的な声が、余計に気持ち悪さを際立たせる。

 爬虫類のような印象を与えてくる不気味な表情で、時折両目が違う方向を向いているような気がする。人格障害のある方なのだろうか?

 さすがに席を移ろうかと思ったのだが、バスは混んでいて他に移る席などない。通路に立つ事さえできなかった。エル・パソへの路線バスはただでさえ少ないので、一便一便に乗る乗客の数も多いのだろう。

 しかたなく女性はこれまで通り、目を瞑って居眠りでもしようと男の言葉を意識から遠ざけた。

 その間も、繰り返し、繰り返し、隣に座る気味の悪い男の自問自答は続けられていく。

「そうですか、そうすればいいんですか。街でたくさん殺す事が、エンゼルさまはお望みなのですか。では、エンゼルさま、エンゼルさま。お聞かせください。どうやったらたくさん人を殺せるのでしょうか?エンゼルさま、エンゼルさま。エンゼルさま、エンゼルさま……………」

 

 

 

 




感想・評価など、気軽にお願いします。

※追記
サフリーの登場シーンおよびローズラインの口調を大幅に修正致しました。未完成なまま投稿してしまい、申し訳ありませんでした。
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