【とある魔術の禁書目録】錆びゆくガンマンの青息吐息   作:白滝

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各章の間に、行間として小エピソードを挟んでいこうと思います。
各章でのシナリオと時系列的には全く関係はありませんが、伏線はこちらで張っていこうと考えています。

……初見では何が起こってるか分からないと思いますが、お付き合い頂けたら幸いです(汗)


行間Ⅰ

 俺が目覚めたのは、月夜の下で焼け果てた民家の瓦礫の中だった。

 もくもくと視界を遮る黒煙は目に涙を浮かばせるだけでなく、喉まで強烈な痛みを与えてくる。思わずゴホゴホと咳こんだ。

 辺りから放たれる熱波にようやく意識が追い着いたのは、そのタイミングだった。

「熱っ……!?」

 慌ててベッドから跳ね起きる。

 家は未だ燃えている。立ち昇る黒煙を吸い過ぎて、意識が落ちてしまったのかもしれない。だとしたら、よく俺は再び意識を取り戻せたものだ。幸運だった。

 そこまで現状分析したところで、俺は根本的な問題に気付いた。

 

 

 ―――――――――そもそも、『俺』って誰だ?

 

 自分の身体を見下ろす。

 鏡がないから分からないが、体格からして成人の男性だろう。肌の皺を観察する限り、そこそこ歳を取っている事が伺える。

「記憶喪失ってやつなのか……?」

 背筋が凍った。

 何かの冗談だと思った。寝覚めの悪い夢でも見たせいか、頭がうまく働いてないんだとも思った。必死で昔を思い出そうと頭を抱えてしまう。

 でも、そもそも『昔』ってなんだ?

 俺はなんて名前で、どこに住んでいて、どんな仕事に就いていて、何が好きで、誰と生活しているんだ?

 思い出せない。

 全く、思い出せる気がしない。

 今この瞬間にこの世に産まれたと言われても、今なら信じてしまうかもしれない。

「な、ななな、なん……」

 舌がもつれてうまく言葉が出て来なかった。頭が真っ白になっていく。

 訳も分からずバタバタと手で自分の身体を触り、「そうだ!」と思い出したように自分の服のポケットを探ってみた。

 しかし、空だった。財布どころか携帯電話すらない。メモもタバコもポケットティッシュも塵紙のゴミも、何もなかった。

「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 息が荒くなってきた。どうすればいいのか分からない。何をするべきなのか全く分からない。この状況は一体なんなんだ?ここは俺の家なのか?そもそも、ここは地球のどこなんだ?ここに俺の知らない知り合いはいるのか?ここから俺は出ていいのか?

 轟ッ!と、唸りを上げて家の家具が倒れてきた。倒れたクローゼットがベッドに引火し、俺の逃げ場もなくなってきた。

 と、そこで部屋の中にも火の手が回ってきた事で、ようやく灯りが広がって部屋の異変に気付いた。

 

 

 部屋の床が、血塗れだった。

 

 今が夜で天井が崩壊してるせいで薄暗く、尚且つ部屋に立ち込める黒煙のせいで嗅覚が麻痺していたため気付かなかったが、床にはまるでバケツでぶち撒けたかのように血溜まりが広がっていた。

「あ、ああぁ……」

 くらっと、眩暈がするように腰が抜けた。気が付けば尻餅をついていた。血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 なんだ、これは。

 一体、俺は何に巻き込まれたっていうんだ?

 そんな風に床にへたり込んだ俺の手に、ピチャりと血が付着した。

 ひっ、と思わず反射的に手を引っ込める。

 そ、そうだ!

 もう、俺が誰なのかなんて考えている余裕なんてない!

「逃げよう……」

 言葉にしたら、現実感が増した。

 そうだ。

 『死にたくない』。この方針は間違っていないはずだ。例え俺がどんな人間で、ついさっき目が覚めるまでにどんな事をしてきたのか知らないが、きっと死にたくはないはずだ。いや、過去の自分が何を思っていたとしても、今の俺は死にたくない!嫌だ、絶対に死にたくない!!

 震える足を動かして立ち上がり、ともかく部屋のドアを蹴飛ばして開けた。

「痛ッッ!!」

 廊下から熱波が雪崩れ込んできた。顔がヒリヒリする。火傷が熱さを通り越して痛かった。黒煙を吸い込まないように、少ししゃがんで廊下を見回す。

 ここは民家の二階だったようだ。

 左手に一階へと通じる階段があるが、踊場にあった観葉植物の苗が引火し、火の手が道を塞いでいる。

 窓から飛び降りるしかないと思って、後ろを振り返る。

 窓は半開きになっていて、黒煙が外へ逃げて行く出口と化していた。部屋を駆け抜けて口を閉じ、俺も頭を窓に突っ込んだ。

「ゲホ、おぶっ、ガフッ」

 それでも、黒煙が目に入った。涙が溢れてショボショボした。気管が詰まってしまうような感覚が胸を圧迫し、喉が悲鳴を上げる。喘息の発作のように苦しくなって、血だらけの床を思わず転げ回った。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 ……勢いよく飛び出すしかない。

 頭から落ちさえしなければ、死ぬ事はないだろう。外にさえ出てしまえば、後は誰かの助けを待てばいいだけだ。助かるんだ。俺自身の事については、その後で考えればいいじゃないか。

 希望が生まれた。

 やれる。

 俺は、やれる。絶対に生き残るんだ!

 そう思うと、足の震えが収まった。立ち上り、目尻に溜まった涙を拭う。

 身体に力を込め直し、最初の一歩を踏み出した。

 

 

 その瞬間―――――

 

 

「―――――助けてぇ!」

「―――――助けてぇ!」

 

 ギクリ、と。

 身体が硬直したように止まった。

 針金に雁字搦めにされたかと思った。

 後ろを振り返る。

 ドアの向こうの、今俺がいる部屋からもう少し廊下を奥に進んだ部屋からだろうか?

 少女の声が聞こえてきた。しかも、二人も、だ。

 

 頭が真っ白になった。

 

 

 え?

 

 

 俺が助けなくちゃいけないの?

 

 

 え?  嘘だろ……

 

 

 今なら、まだ生きて帰れる。

 この部屋は他の部屋に比べて火の手の回りが遅い。余計な事など考えずに真っ先に脱出すれば、まだ間に合う。

 他人に構っている余裕なんて、ない。その上、廊下を跨いだ他の部屋は火の手の回りが速く、大変なことになっていた。そんな火の中を水も被らないまま助けにいくっていうのか?

 冗談だろ……

「い、行かなきゃあ……」

 嘘だ。

 言葉にしてみただけだ。

 心の中では全く助けに行こうとは思っていなかった。

 それどころか、無意識の内に言い訳を考え始めていた。

 『今から助けに行っても間に合わない。だから俺一人でも助かるためにとっとと窓から飛び降りるべきだ』とか、『俺が外に出て消防車とかを呼んだ方が、助かる見込みがあるんじゃあないか?』とか、『そもそも俺がここにいる事に彼女達は気付いてないんじゃないか?バレる前に逃げ出そう』とか……

「き、汚ねぇ人間だぁ、お、俺は……」

 それも、ただ呟いてみただけだった。

 本当はそんな事は全く思っていなかった。

 そんな勇気なんて振り絞れねぇよ。

 無理だ。嫌だ!俺は死にたくない!!

 馬鹿にされてもいい!!クズだって罵られてもいい!!

 それでも、怖いものは怖いんだ!!

 そう振り切って、少女達を見捨てようとした。

 その時だった。

 ベッドを介して引火していた何かの作業用の机が爆発した。

 驚いて、身体が竦む。

 見れば、スプレー式の殺虫剤の缶が爆発したようだった。爆発のせいで机の引き出しが壊れ、半壊した中身が見えた。

「あっ……」

 そこで気付いた。

 壊れて留め金が外れた引き出しには、使い込まれた回転式拳銃(リボルバー)が保管されており、その銃にメモがセロテープで張り付けられていた。

 

 

 『君が全てを失った時、その道を切り開くのは救いを求める双子の少女だ。来るべき時に備え、ちゃんと保管しておくといい。君の健闘を気長に祈っているよ。

                        誰よりも君の運命を知る友人 R.Pより』

 

「なん、だ、これ……?」

 意味が分からなかった……からではない。

 逆に、意味が分かる事に疑問を感じてしまったからである。

 このメッセージは、まるで俺の今の境遇を示唆しているかのようじゃあないか。

 気のせい……なのか?

 いや、どうみても俺の今の状況を指しているような気がする。

 自分に関する全ての記憶を失ってしまった自分。

 その、運命を切り開く少女達……?

 ぶるっと身体がまた震えた。しかし、今度は恐怖からではない。

 覚悟を決めた事による武者震いだ。

 引き出しに手を突っ込んで、回転式拳銃(リボルバー)を手に取った。不思議と自分の手に馴染む銃だった。

 深呼吸をして肺に新鮮な空気を溜め込み、一気に廊下に飛び出した。

 熱波に肌が切り裂かれるような痛みを感じた。それだけじゃあない。今度は廊下に舞う火の粉が服に引火し、火が燻り始めた。

 痛い。

 熱い。

 怖い。

 胸が張り裂けそうだ。

 しかし、いちいちそんな事に構っている暇はなかった。

 駆ける。

 廊下の一番奥、子ども部屋と思しき部屋から声が聞こえてきたはずだ。

 そこまで行こうと思い切り足を踏み出したら、バキッと床が割れた。右足が脆くなった床を踏み抜き、ささくれだった木材の棘が足の裏に突き刺さった。

「あ、がぁああああああああああああ!!」

 めちゃくちゃ痛い。

 結構太いやつが、一センチぐらい深々と突き刺さったかもしれない。引っこ抜こうとしたが、木材に足が引っかかって上手く抜けなかった。

「ハァ、ハァ……くそォォぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」

 回転式拳銃(リボルバー)を引っ掴んだ。

 建材を破壊してやるッッ!!

 床に目がけて、銃を続けざまに発砲した。ぐらりと足が緩むのを感じた。

 舌を噛まないように服の袖を噛み、一気に足を引き抜いた。

「い、ァぁぁあああああああああああああああ!!」

 痛みが全身を貫いた。床を転げ回る。

 痛い。

 痛い、痛い。

 なんでここまでしなきゃあいけないんだ!!

 痛い!痛い!!痛い!!!

 涙で視界が歪む。四つん這いで廊下を這いずりながら、それでも俺は動きを止めなかった。

 弱音が胸の内からどんどん湧き出てくる。後悔なんてもうとっくにしていた。

 それでも。

 それでも、だ。

 あの手紙に依るならば、彼女達は俺の知り合いかもしれないじゃないか。

 誰だか分からない俺の事を、唯一知っている人かもしれないじゃないか。

 だったら、助けなくちゃあならない。もう、赤の他人なんて言ってられない!

 俺と繋がりがある人間に、こんな所で死んで欲しくない。

「そ、そこに誰かいるの!?た、助けて下さい!ドアノブが壊れちゃったんです!!」

「下がれぇぇえええ!!ドアから離れろォぉぉぉおおお!!」

 俺は叫んだ。力の限り叫んだ。そのまま回転式拳銃(リボルバー)を引き抜く。

 ドアノブを狙う。

 鼓膜を押し潰すような発砲音と共に、ドアノブがひしゃげた。必死に足を引きずり、ドアを押し飛ばして部屋を見回す。

「ありがとうございます!助けに来てくれたんですよね!?」

「ありがとうございます!助けに来てくれたんですよね!?」

 部屋の奥には、本棚の下敷きになった少女が一人寝そべっていた。その子を介抱しようと、もう一人の少女が躍起になっている。

「そう、だよ。ハァ、ハァ……今から助けてあげるよ。自分で這い出れるかい?」

「ううん、無理かも。この子が下敷きになっちゃって」

 どうやら一人が本棚の下敷きになってしまい、その上に崩壊した天井の瓦礫が積み上がった事で足が挟まってしまったようだった。もう一人の子が一生懸命引っ張っているが、彼女の細腕ではどうしようもない。

「待ってろ……俺が本棚を壊しやる!!」

 少女の一人をどけて、本棚に狙いを定める。

 ズガンッッ!!という低く重い銃声が、辺りに揺らめく炎の燃焼音をかき消す。

 本棚を真っ二つに撃ち割り、少女と二人で瓦礫の下敷きになっていた少女を引っ張り出した。

「あ、ありがとう!おじさん!」

「あ、ありがとう!おじさん!」

「お礼は後ででいいよ。それより、早くここを出よう!」

 痛む右足を引きずるようにして、窓まで近づく。回転式拳銃(リボルバー)でガラスをぶち抜き、真下を覗いた。

 そこで、俺は衝撃的な光景を目にした。

 

 

「…………………は?」

 

 そこにはいたのは警官達だった。

 いや、それでは言葉のニュアンスが違う。まるで彼らが助けにきてくれたかような言い方だ。

 違う。

 全く違う。彼らの腕章に、見覚えがあった。

 より正確には、

 

 

 狙撃銃(スナイパーライフル)を構えて光学照準器(スコープ)を覗き込み、俺の眉間を狙っている『連邦捜査局(FBI)』の集団だった。

 

 

 は?

 

 

 え?

 

 

 なんだ、これは。

 

 

 なんで連邦捜査局(FBI)が俺を狙っている?

 

 

 俺が窓から顔を出した瞬間に、どうして連邦捜査局(FBI)は一斉に銃を構えたんだ?

 

 

 おじさん、どうしたの?と言う少女達の、その台詞を俺が聞き終る事はなかった。

 なにかを考えるよりも早く。

 次の瞬間には、呆けたように口を半開きにする無防備な俺の顔面に一四発もの鉛弾が同時にぶち込まれた。

 眼球が潰れ、鼻が爆発し、耳が斬り飛ばされ、頭蓋骨が砕け散る。

 そして、今まさに脳を貫く、その直前。

 俺は、思い出したように回転式拳銃(リボルバー)を握り締めていた。

 

 ……ああ、知っている。

 

 俺は、この状況を突破すべき術を知っている。

 不意に頭に湧き上がってきた謎の知識を、俺は確かに知っている。

 そう。

 そうだ。

 俺はなんにも知らないが、自分の名前も誰が味方かも全くもって分からないが、それでも。

 それでも、これだけは知っている。

 

 『魔術』。

 

 記憶が戻った訳ではない。

 最初から唯一覚えていた事だったのに、自分のプロフィールに直接的に関係のない事だから思い出さなかっただけの事だ。記憶喪失でパニックになっている最中に、カレーの料理の手順なんてわざわざ思い出したりしないだろう?

 そう、そんな程度の事だった。

 『俺』にとって、魔術ってやつはそんな程度の些細な物でしかなかった。いちいち特別視するような事ではなく、日常に溶け込んだ物だったのだ。

 頭が砕け散りながら、今まさに死にかけながら、俺は静かにそう思っ――――

 

 ざざざざざざざざざざざ

                      ザザザザザザザザザザザザザザザザザザッッ!!

 

 

 

 これが俺と双子の少女達の邂逅であり、終わりが見えない旅路の出発点でもあった。

 全てが終わってしまった夜の、全てが始まった事件だった。

 

 

 

 




行間はこんな感じで、各章の事件とは時系列な違うぶつ切りのシーンをバラバラに投稿していこうと思っています。

事件の真相が明らかになった時に、行間を見返して「あー、これって伏線だったのかー!?」というシナリオにしたいのですが……
今のところは、難しいかもしれません(汗)
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