【とある魔術の禁書目録】錆びゆくガンマンの青息吐息   作:白滝

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第二章 引き金を引いたのは誰だ? Town_A_Force_Is_Flooded

「待てェぇぇええええええええええええええええええ!!」

「来るにゃああああああああああああああああああああああああああ!!」

 テオドシア=エレクトラは、鬼のような形相で盗人少女テレスを追い回していた。

 大通りを駆け抜けて繁華街に繰り出したテレスが、ストローでコーラフロートをちゅーちゅー吸いながらも必死に駆ける。もちろん、少女の脚では殺し合いを生業とする魔術師であるテオドシアに追い着かれてしまう。

「いい歳のオバサンの癖に、脚が速い!?」

 テレスが道の脇に開かれている露店の商品の陳列台を蹴飛ばした。観光客相手に商売していると思われる詐欺みたいな値段設定の土産や玩具類が、堰を切ったように道に転がり出した。

 不意を突かれてテオドシアが玩具類を踏んづけてしまい、盛大にすっ転んだ。

 どてーん!!という効果音ではなく、ゴンッッッ!!という凄まじい勢いで尻もちをついたテオドシアが、痛みで低い呻き声を上げる。

 露店の店主が怒鳴り散らしてきた。どうやら、商品をぶち撒けてしまった犯人がテオドシアだと勘違いしているらしい。「弁償しろ!」だの「全部買え!」だのやかましくがなり立てられる。

 そんなテオドシアの様子を見て、テレスは走り去りながら振り返って一言、

「ふわーっはっはっは!!これぞ、怪盗テレスの必殺技、『すーぱーまきびしの(ジツ)』なのだー!!」

 ピキピキとテオドシアのこめかみに筋が走った。

「……もう許さないデス!!イタズラするガキには、教育ではなく調教が必要デーーース!!」

 テオドシアが道に転がっているオモチャの笛を拾った。ふぅぅぅぅ!!と、背中を逸らすほど大きく息を吸い込む。

 そして、吹く。

 次の瞬間、オモチャの笛では起こり得ないはずの重低音が辺りに響き渡った。

 『ハーメルンの笛吹き男』の魔術。

 グリム童話や数々の作家達によって綴られたとされるこの物語は、ドイツのハーメルン市で起きた災厄がモチーフとなっているノンフィクションが起源であったりする。一四世紀から一九世紀にかけての後世にて数多の作家達に脚色を受けたこの物語は、様々な尾ひれがついて本来のエピソードが曖昧になってしまった。

 しかし、どれほど二次創作が増えようと、どれだけ原作から趣旨を履き違えようと、全ての作品に共通する核とも言えるエピソードが存在する。

 『子どもを操り、洞窟へと誘い殺す』。

 ハーメルン市にてネズミ退治の仕事を受けた笛吹き男は、笛の音でネズミをウェーザー川へ誘き出し溺死させた。しかし、依頼通りネズミ駆除を行ったにも関わらず、ハーメルン市民は約束を破り報酬を払わなかった。激高した笛吹きの男は、笛の音でハーメルン市民の子ども達一三〇人を操って洞窟まで拉致し、二度とハーメルン市民の前に姿を現す事はなかった。

 この伝承から抽出される魔術は明確だ。

 『児童の洗脳』。

 逃げ回っていたテレスの身体が、不自然にビクン!!と震えた。

 急ぎ足をぱたりと止め、道を引き返してテオドシアの前に歩いて来る。

「いい子デース。大人しく私のコーラフロートを返すデスマス」

「ほ、へ………あ、ああああああああああああああああああああああああ!?」

 無表情でテオドシアの指示に従っていたテレスが、笛の音が止まった瞬間に正気に戻った。

 だが、時既に遅し。

 グラスを奪われ、慌てて踵を返そうとした所で、首根っこをテオドシアに掴まれて拘束されてしまった。

「はーーーなーーーせーーーー!!」

「嫌デスね。お前みたいなクソガキは、警察に突き出して説教でも受けるがいいデスマス」

 グイグイとテレスを引きずって行くテオドシアは、もはや大人としての外聞など捨て去り、ほとんど私怨で動いていた。

 と、そこで道の向こうからツアーガイドの少女が追いかけてくるのが見えた。

「おーい、こっちデース!!捕まえたデスよー!!」

「!?」

 敵が増えた!?とガクガク震え出すテレスを前に、走ってきたツアーガイドの少女は、

 

 

「このアホンダラァぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 と、テオドシアに跳び蹴りを喰らわせた。

 ごっ、ぼォぉぉおおおおおおおおおお!!と豪快な呻き声を上げて、テオドシアが吹っ飛んだ。ツアーガイドの少女はスーツのタイトスカートが捲り上りパンツが丸見えになっているのだが、それさえどうでもいいと言わんばかりに、ぶっ倒れたテオドシアに続けざまに踏みつけ攻撃を繰り出していく。

「一般人相手に魔術使って情けないと思わないのかァ!!!しかも子どもですよ!!大人気ないにも程がある!!」

「あ痛ッッ!!痛いッッ!!ちょ、やめ、痛ッッ!!やめ」

「ここは寛大な対応してやるのが常識でしょうが!!何喰わぬ顔で洗脳とかえげつない事やってドヤ顔してるんじゃなああああああああああああい!!イギリス清教の面汚しです!!最大主教(アークビショップ)にチクりますよ!!」

「痛ッッ!!ちょ、もう、痛ッッ、あの、ごめんデス!!痛ッッ!!許してくださいデスマス、痛ッッ!スイマ痛ッッ!!痛いッッ!!」

「つーか、今言った事どうでもいいからファミレス代を払ええええええええええええええええ!!」

「やっぱそれデスかあああああああああああああああああああ!!」

 バタバタと砂埃が立ち昇るほど蹴り続けられて、テオドシアがボロボロにへたり込む。

 ぽかーんとしていたテレスだが、ふと隙を見て逃げようとしたところで、ツアーガイドの少女に捕まえられてしまった。

「君、テレスちゃん……だっけ?悪い事したって自覚はある?」

「はーなーせー!!」

 ツアーガイドの少女は屈んで、目線の高さをテレスに合わせる。その目をじっと見つめながら、

「理由を話してもらえるかな?お姉さんだって、ちゃんと話してもらえないと分からないでしょ?そりゃあ、さっきのおばさんみたいに怒っちゃてもしょうがないと思うなぁ」

「むぅ……」

「怒ったりしないから、お姉さんに話してくれないかな?」

「…………」

「喉が渇いてたの?」

「…………うん」

 テレスは、俯きながらコクンと頷いた。その目には大粒の涙が溜まり、うるうると揺らいでいた。

「あのね、ゴンちゃんがね、私をね、置いてっちゃったからね、アリスと一緒に逃げてたの……グスッ……でね、アリスとも途中ではぐれちゃってね、お金もゴンちゃんが持ってるしね、お水とかも買えなくてね、でね、喉乾いたからね………」

 ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、テレスが泣き始めた。ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら、泣き腫らした目が赤くなっている。

 それでも、ツアーガイドの少女は全く慌てた素振りを見せなかった。優しい声で言う。

「そっか、迷子になって不安だったんだね。じゃあ、さっきのジュースはテレスちゃんに特別にあげるよ。でも、泥棒がよくない事だってのは分かるよね?」

「…………うん」

「じゃあ、さっきのおばさんに『ごめんなさい』って言えるかな?」

「…………うん」

 そう頷くと、テレスはテオドシアの方に向き直った。そして、ぺこりと一礼し、

「ごめんなさい。ジュースを取って、ごめんなさい」

 そう、泣きながら謝った。

「……いや、いいデスよ、別に。確かに、私も大人気なかったデスマス。謝るのはこちらの方デス」

「よく言えました、テレスちゃん。じゃあ、警察に言ったりはしないけど、もうこんな事は絶対にしないって、お姉さんと約束できるよね?」

「うん」

「じゃあ、お姉さんと約束だよ。……あ、お姉さん達が親御さんを探してあげようか?」

「ううん、いい。ゴンちゃんの行き先は、だいたいいつも同じだし。だいじょうぶ」

 そう、と言ってツアーガイドの少女はにっこり笑った。

「またね。いい子にするんだよ、テレスちゃん」

「あ、あのね!!」

 ん?とツアーガイドの少女は立ち止まった。まだ何かあるのだろうか?

「どうしたの?」

「あの、これも返そうと、思って……」

 テレスの小さな手には、真っ二つに破れた手紙が握られていた。

 ………へ?と疑問符を浮かべて、慌てて自分のポケットに手を突っ込む。イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』本部へと連絡を取るための手紙に扮した通信用霊装がなくなっていた。

「一緒に掠め取ってたの、ごめんなさい。あとで売ろうと思ったけど、泥棒はよくないし、お姉ちゃんに返します」

 言って、にこっとテレスが笑った。

 

 

「許すかクソガキャァぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 ツアーガイドの少女がブチギレた。

「……お、お姉ちゃん?」

 ビクッッ!!と顔面蒼白なったテレスが、裏切られたかのように目を見開く。

「よりにもよって、通信用の霊装ぶっ壊しやがったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?どうしてくれるんですかァ!?弁償しろ弁償!!」

 ひっ、と泣き出しそうになったテレスを、今度は逆にテオドシアが慰めにかかる。

「い、いいじゃないデスか、通信用の霊装くらい」

「いい訳あるかァぁぁああああああああああああ!!過去の任務の履歴まで記録してあったっていうのにィ!!その上、二〇〇〇ユーロですよ、二〇〇〇ユーロ!!テオドシアさんが昼食を馬鹿食いしたせいで、こんな大金は残りの経費で落ちませんよ!!どうしてくれるんですか!!」

「え、ええぇぇぇぇぇーーーー………」

 大事な仕事道具を壊され、ヒステリックになったツアーガイドの少女の暴走は止まらない。暴走したツアーガイドの少女とテオドシアの力関係が、完全に入れ替わっていた。

「警察に連れて行く」

「!?」

「来い」

「!!????」

 もはやビックリし過ぎて何も言えないテレスが、近くの交番まで引きずられていく。

(もうこの子は誰も信じられないんだろうなー)

 と、ふと親視点になったテオドシアがテレスの教育方針を不憫に思いながら見守る中、ツアーガイドの少女は容赦なく交番へテレスを突き出した。

「窃盗及び器物破損なんちゃらで現行犯を捕まえてきました!!親に慰謝料を請求します!!」

 うるうると涙目になったテレスが「助けてー!!」と悲鳴を漏らした。

 が、

「あ、れ………?」

 不思議な光景が広がっていた。

 いや、非現実的な光景が広がっていた。

 しがない町外れの交番の中は、

「なん、だ………これ?」

 

 

 拳銃で互いを撃ち抜き合った銃創だらけの警官達の死体で、交番内が鮮血の赤に上塗りされていた。

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……う、ぐゥ……」

「大丈夫、お姉ちゃん?」

 サフリー=オープンデイズは、脇腹の切り傷を包帯で止血していた。隣に屈む少女、アリスも不安げに彼女を見つめている。

「大丈夫だよ、見た目ほど痛くはないから」

 と、言ったのは、アリスを安心させるための空元気だった。素人の応急処置にも限度がある。

 山刀(マチェット)で大きく抉られた。

 理解不能だった。

 そもそも山刀(マチェット)にそんな切れ味はないし、そもそも音速で投擲できる程の力が男に備わっているとは思えなかったし、そもそも山刀(マチェット)が七色に輝くなんて科学的に、現実的にありえない。

 意味が分からなかった。

 背後で腰を抜かすアリスを()(かか)え、必死に逃走し、窓をぶち破って避難したこの民家で救急箱を見つけなければ、出血多量で死んでいたかもしれない。

「………さっきの光、一体なんだったのかな?」

 アリスがポツリと疑問を漏らす。しかし、残念ながらサフリーもその問いに関しては疑問符を浮かべる事しかできそうになかった。

(あの現象も気になるが、とりあえず、まずは逃げるのが最優先だ)

 むくり、と身を起こす。

 ぎこちない身体を動かし、真上の窓から外に出ようとする。家主が帰ってきて、騒がれでもしたら敵わない。

 脇腹を左手で押さえ、窓から外を覗き込む。

「上手く撒けたはずだが……」

 

 

 

 

「ヒャッハー!!んな訳ねーだろ!!」

 

 

 突如、背後から飛んできた声に震え上った。

 しかし、それでもサフリーの身体が硬直する事はない。焦りや動揺で頭が真っ白になる反面、長年の研鑽の賜物である自慢の身体は冷静に不意打ちに対応した。

 アリスの服の襟首を掴んで、床に引っ張り倒して男の攻撃を回避させる。

 そんなアリスの頭上を通過し、そのままの勢いで今度はサフリーの首を撥ねようと男が横凪ぎに七色に輝く山刀(マチェット)を振るう。

 それを、サフリーは上半身を振り回して躱した。わざわざ後ろを振り返る、なんていう余計な動作はしない。その無駄な動作を行うか省略するかが、プロと素人の決定的な差だ。

 まるで組み体操のように、マット運動の器械体操のように片手だけで逆立ちしたサフリーは、上半身を振り逆立ちした勢いを殺さずにそのまま独楽(コマ)のように回転した。

 カポエラ。

 ブラジルで発達したこの武術は、『黒人奴隷がダンスの振りをして看守の目を盗み修練した格闘術』といった起源を持つ。

 その脅威は、重心を大胆に移動する変則的(アクロバティック)な蹴り。ダンスから派生したこの武術はそれ故に動きを読みにくく、不意打ちに対応するのは至難の業である。

 だからこそ、サフリーの逆立ち回転蹴り(エリコーピテロ)が男の顔面を鞭のように叩き飛ばしたのは言うまでもない事だった。

 吹っ飛ぶ。

 顎を撃ち抜かれた影響で、男がフラフラとよろめいて後退した。

「いつの間に家に忍び込みやがって……。なんだ、お前。私のストーカーなのか?」

「ビッチらしい自意識過剰な発言じゃねえか、あぁん?」

 気丈に挑発してみせるものの、サフリーも空元気が通じる状況ではなかった。今の強引な挙動のせいで、せっかく止血した傷口が開いて、血が再び深青色のパーティドレスに滲み始めている。

(クッソ……結構いい当たりだと思ったんだけどなぁ。全然効いてないぞ!どうなってんだ、こいつ!?)

 再び撤退の姿勢。男が顎を打ち、脳が揺す振られてた今が契機。

「乗って!早く!!」

 サフリーが両手を組んでしゃがんだ。その意図を汲み取ったアリスが、サフリーの組んだ両手に片足を乗せる。

 そのまま、サフリーの身体をハシゴのようにしてアリスが窓までよじ登り、外へと飛び出した。

「お姉ちゃんはどうするの!?」

「私の事はいいから、隠れてなさい!!」

 目の前の窓は、普通にジャンプしただけでは手が届かない。後ろに助走を取る時間の余裕もない。だからこそ、サフリーは壁を蹴り上げてジャンプ距離を稼ごうとした。身体のバネを最大限に活かすよう膝に溜めを作り、限界まで曲げる。

 しかし、

「させるかよォ!!」

 男が、傍の壁に立て掛けてあった鉄製の脚立を窓に向かって投げつけた。

 頭上の窓に脚立がハマって、出られなくなってしまった。廊下にはドアがなく、通路には男が立ちはだかっている。退路が塞がれた。

(まずい!?)

 男は再び光輝く山刀(マチェット)を構え、刃を突き出して突進してくる。

 足運びは素人だ。構えも、刃の立て方も、刃物の握り方も、殺意も、全ての要素(ステータス)が素人のそれに過ぎない。格闘術の達人たる彼女の前では赤子の手を捻るよりも造作もない。

 しかし。

 それなのに。

「くっ!!」

 それ以外。

 科学で説明できない何か。

 きっと、サフリーが知らない『何か』が素人ではない。

 数多の敵と戦ってきたサフリーの第六感が、生存本能が、警告を発している。

 床を蹴り、壁を蹴り、敵の肩を蹴り、三段跳びの要領で敵の頭上を飛び越えたサフリーが、男の突進を回避する。着地の衝撃を前転する事で受け流し、そのままブレーキをかけずに跳ね起きた。

 そのまま、家の正面玄関へ全速力で走る。

 脇腹の傷から全身へ走る激痛に、極力意識を向けないよう努力した。そういったマインドコントロールもサフリーは鍛錬を積んでいた。噴き出す汗を、絡め取られそうになる緊張感を、理解不能という恐怖を、サフリーはできるだけ意識の外へ追いやり、決死の覚悟で玄関へ向かう。

 しかし、彼女がその玄関の扉を開ける瞬間は訪れなかった。

 サフリーが長廊下に入り、玄関まであと五メートルといったところで、この民家の家主が玄関から帰ってきたのだ。

「!?」

 女性だった。三〇代半ばくらいの主婦だろうか。

 サフリーと、その後ろで刃物を持った男を視界に収める。直後、女性の取った行動は驚くほど早かった。

 買い物袋を投げ捨て、玄関の傘立てに傘と一緒に置いてある散弾銃(ショットガン)を引っ掴んだ。

 いや、ここが銃大国のアメリカ合衆国ならば、その反応はむしろ一般的ともいえた。他国の人間のように呑気に悲鳴など上げない。叫ぶより先に自衛しろ。そういった教育が子どもの頃から為されてきているのがこの国なのだから。

 銃口がサフリーを捉える。

(躱せない!!)

 喉が干上がった。

 狭い廊下。

 散弾銃(ショットガン)の射線上には、サフリーと山刀(マチェット)の男が同じ直線上にいる。このままでは二人まとめて撃ち抜かれてしまう。

 死を明確に意識したサフリーの目の前で、

 

 

 突如、女性の散弾銃(ショットガン)が七色の光に包まれた。

 

 それはまるで、真後ろの男の山刀(マチェット)の時と同じように。

 

(………ッッ!?これは、一か八かに賭けるしかない!!)

 腹を決める余裕も、覚悟を決めるために意気込む時間もなかった。

 サフリーは急ブレーキをかけて床に寝転び、男の股を潜るようにフローリングの床を滑った。まるで氷上を滑るペンギンのように両手両足を使って床を滑る。

 唐突に行われた急転換に、走る勢いを殺せなかった男が思わずサフリーを跨いでしまう。男の股をサフリーが滑り抜ける。二人の立ち位置が逆転する。散弾銃(ショットガン)の女性の前に、山刀(マチェット)の男が飛び出す形となった。

 女性が散弾銃(ショットガン)の引き金を引いたのは、その瞬間だった。

 サフリーの行動は男の攻撃を回避できたものの、拡散するように面を制圧する散弾銃(ショットガン)の脅威の前では解決策にはなり得ない。男一人の肉壁など意味を為さず、男を貫通した銃弾がそのままサフリーを襲い、身体を吹き飛ばされてしまうだろう。

 男に至っては、もはや無防備そのものだ。山刀(マチェット)なんて飛来する銃弾で砕け散り、もはや盾としてすら機能しないであろう。

 だからこそ、結果は明白だった。

 散弾銃(ショットガン)の銃口から放たれた銃弾を――――――――――

 

 

 ―――――――――男は、拡散する散弾を全て光輝く山刀(マチェット)で切り裂いた。

 

 女性が驚愕の表情を浮かべる。男自身さえも、自分のやった事に驚愕していた。

 銃弾を、刃物で切り裂いた。

 異常な光景だった。

 本来ならば、銃弾にしっかり垂直に刃を合わせないと山刀(マチェット)なんてへし折れてもおかしくはないはずなのに、七色に輝く山刀(マチェット)はまるでビクともしていなかった。

 そもそもにおいて、人間が銃弾を視認してから全弾を刃物で捉えるなんて不可能だ。人間の身体機能を超越している。

 物理的に、科学的に、ありえない。

 しかし、

「予想通りだ」

 サフリー=オープンデイズだけが、この展開を予想していた。

 『七色に光り輝く武器』。

 理由も過程も原理も根拠も何もかもが分からないが、それでも『七色に光り輝く武器は理解不能な超常現象を引き起こす』事をサフリーは身を以て経験していた。

 だからこそ、『もしかしたら』男の持つ山刀(マチェット)が非科学的な現象を引き起こし、『もしかしたら』女性の散弾銃(ショットガン)を防いでくれる。

 そういった可能性が『もしかしたら』あるかもしれない。

 意味も分からない。目の前で起きる非科学的な現象の名前がどういうものかも分からない。しかしそれでも、『そういうものは、そういうものなんだ』と受け入れる。その上で、改めて選択肢を模索する。

 武者修行として世界を渡り歩き、『新しい技術を何でもとりあえず受け入れてみる』事を日々こなしてきたサフリー=オープンデイズという人間だからこそ浮かんだ機転だった。

 一か八かの機転で掴んだ、最初で最後の逃亡のチャンス。その異常な光景をいちいち推察する余裕なんて彼女にはなかった。何がどういう理屈でどうなったかなんて、どうでもよかった。

(走れェぇぇええええええええええええええ!!)

 そのままサフリーは床から跳ね起きて逃走に移る。

 バスルームを目指す。そこの窓を叩き割り、再び窓から脱出しようと目論んだ。

 しかし。

 ガクリ、と唐突に膝から力が抜けた。

「しまっ………」

 崩れ落ちる。重症を負いながら、それを見て見ぬ振りで無理な挙動を取り続けてきた影響だろう。意識的に痛みを遠ざけていたと思っていたが、そのダメージはとっくに意識できるレベルを超えていたらしい。

 振り返る。

 山刀(マチェット)を振り回すゴロツキの男と、散弾銃(ショットガン)を抱えた主婦の女性。

 今度こそ明確に、サフリーは自らの死を予感した。それでも悪足掻きはやめなかった。

 思わず絶望で目を瞑りそうになるが、恐怖を理性で抑え込み、必死に両手で這いずって距離を取ろうとする。が、努力も虚しく、男がサフリーの身体を掴もうとした。散弾銃(ショットガン)の肉盾にしようとしたのだろう。

 絶対絶命。

 しかし。

 次の瞬間、山刀(マチェット)散弾銃(ショットガン)が共鳴するように同じ波長の光を放った。

 直後だった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 男は、せっかく肉盾として使えるサフリーからわざわざ手を放し、女性に向けて突進していった。女性は、サフリーと男をまとめて撃ち抜く射線ではなく、わざわざ男の頭に銃口を合わせ直した。

 男と女性が、サフリーをそっち除けで戦闘を始めた。

 

 

「……………は?」

 

 まるで蚊帳の外。

 すぐ真隣りに蹲るサフリーなどお構いなしに、二人だけの殺し合いが展開された。七色に輝く山刀(マチェット)はどんな銃撃も切り裂いてみせ、七色に輝く散弾銃(ショットガン)弾倉(マガジン)を交換した訳でもないのにハンドクリップを引いただけで無限に散弾が再装填(リロード)されいく。

 今度こそ、サフリーは本当に意味が分からなかった。

 たった三メートル目の前の出来事なのに、まるでテレビでスポーツ観戦しているかのような気分だった。時折、サフリーを狙った方がいいんじゃないかと思える瞬間があるのに、何故か男も女性もお互いしか見えていないかのように戦闘を続けている。

 サフリーの眼前で行われる殺し合いを前に、遂に男の山刀(マチェット)が女性の喉仏を捉えた。同時、女性の散弾銃(ショットガン)が男の頭を吹き飛ばした。

 血飛沫が玄関を染め上げた。

 二人が、死亡した。

 戦闘が、終わった。

 殺し合いに、異常な現象に、理解不能な状況に、終止符(ピリオド)が打たれた。

 サフリーは飛んできた血飛沫を拭い、鮮血の赤に染め上げられた玄関でよろやくのろのろと立ち上がった。

「なん、だ、これは………一体、何が起きているっていうんだ………?」

 

 

 

 

「……という訳で、質問は?」

「質問も何もさぁ……その『ノーリッジ12』に紛れて、魔術師が暗躍したがってるって話しか理解できないよぅ。肝心要の黒幕の意図も、黒幕の人数も、どんな事件を起こすのかも不明じゃん」

「それは、これから足を使って調べるしかないわね」

「はぁ……もうちょっとおいちゃんはお酒飲んでいたいなぁ……」

 七篠厳平は、呻くようにカウンターのテーブルに顔を突っ伏した。ヴィースから仕事の説明を受けている間もグビグビとビールを喉に流し込んでおり、既にその顔は赤みがかかり酔いの兆候がみられる。

 ヴィースは笑いながらカクテルを注がれたグラスを小刻みに振り、氷をカラカラと響かせていた。彼女の癖だ。こうやって、物思いに耽る際はいつもグラスの氷を小刻みに鳴らしてリズムを取るのが彼女の癖なのだ。

「うぅ……その顔、どうせ俺との昔の事でも思い出してるんだろぅ?」

「あら、よく分かったわね。案外、私とアナタは気が合うのかもよ。いい夫婦になれると思わない?」

「そういう冗談で中年オヤジを期待させるのは止めてくれぃ」

「あら、一夜を共にした際は随分と熱心に抱いてくれたじゃない」

「だ、だからそっちの話はやめろってぇ!!」

 狼狽する七篠の慌て振りを見て、ヴィースはまたしてもカラカラと笑った。

「まぁ、仕事の説明はあらかた終わったのだし、今日はゆっくり宿で休めばいいんじゃないかしら?仕事の調査は、明日からでも別に構わないわ」

「……その宿ってのに今から向かう訳にも行かないんだよねぃ。この町へ近道しようとして民家の庭に侵入したら、ちょっとトラブルになっちゃってよぅ」

「街に着いて早々、何してるのよアナタ……まぁいいわ。街の外れに私の寝床があるわ。野晒しの野営の簡易テントだけど砂埃くらいは防げるだろうし、今日はそこにでも泊まる?」

「………ワインレッドちゃんに身ぐるみ剥がされて町に捨てられる可能性は否定できないし、睡眠っていう無防備な状態を他人の前に晒すのはなぁ」

「どんだけ私を信用してないのよ。どうせ財布の中身はいつもみたいにすっからかんなんでしょう?捕られる物なんてないじゃない。いい?私とアナタはこの仕事の間はパートナーなの。その間くらいは、信用や気遣いくらい期待してくれたっていいじゃない……」

 しゅん、とヴィースがぶつくさと愚痴り始めた。グラスに注がれたカクテルをしおらしく啜る。

「そういう天邪鬼な態度さえなければ、アナタは可愛いのにねぇ……」

 はぁ……と、七篠は心中で溜息をついた。

(こういう面倒臭い事を言う女だったっけ、こいつ……?)

 七篠自身、彼女の好意には以前から気付いていたし、迷惑だとも思ってない。

 だが、そんな風に恋慕の情を前面に押し出してくる接し方には、一歩引いて受け止めてしまう自分がいる。

 若くないんだ。もう、若くはないんだよ、俺は。

 恋愛ごっこは、十代の少年少女(ティーンエイジャー)までにしてくれ。

 俺もお前も、そんな純粋に恋に想いを馳せるほど純情(ウブ)ではないだろう。身体だけの関係だって割り切った付き合いをしていた時期もあったし、お互いに結婚という通過儀礼さえ経験し終えている。

 『愛情』に夢や希望や理想を重ね合わせるのは、少女漫画の中だけにしてくれよ。そういう事は俺ではなく、こんな錆びついて枯れたおっさんではなく、二〇歳間もない青臭いガキでも相手にしてくれ。

(俺みたいな萎れたおっさんじゃなくて、未来を見据えて道を切り開く若者に恋をした方がワインレッドちゃんのためでもあるだろうにねぇ。それが俺のためでもあり、君のためにもなるんだよぅ)

 心中で釣れない反応を示すものの、そのまま意志を告げるのは不躾だろう。頭ごなしに拒絶の意を唱えるのは、些か歳甲斐もなく幼稚な対応になってしまう。

 なので、

「まぁ、なんだ。確かに行く当てもないし、このままここで夜を明かすのも忍びないしねぇ。ワインレッドちゃんの隠れ家とやらに、今晩は泊めてもらいますかねぇ」

 と、はぐらかして、話を先へ進める事にした。

「素直じゃないんだから……」

 ヴィースが不機嫌に会計を済ませた。

 違法の酒場を後にする。二人で街を歩いた。ヴィースはどうやら、街のすぐ外に居を構えたらしい。特に会話もないまま、二人は街並みに目を向けながら無言で歩いていく。

 そんな状況になんだか無性にむず痒くなって、七篠は葉巻を取り出して火を点けた。

「あら?デート中に葉巻を吸うなんて、紳士とは思えない態度だわ」

「おいちゃんが紳士であるかどうか問う前に、これがデートであるかどうか審議した方がいい気がするよぅ」

 十数分ほど歩いて、エル・パソの境にやってきた。

 ここを一歩でも出れば、砂漠へ通じる果てしなく長い道路が地平線の彼方まで伸びている。街の門から伸びた道の茂みの一角に、地脈・龍脈の一端を経由して要塞化されている場所を発見した。

「あんなところに、わざわざよく作ったねぃ。結構手が込んでるじゃないのぅ」

「寝込みを襲われる訳にはいかないもの。私とアナタ以外には『人払い』の術式が作動するよう仕掛けを変更したわ」

 直接近くで見なければ分からないが、地脈・龍脈を捻じ曲げ強引に魔力を供給させているのが感じ取れた。ヴィースはこの任務に長期戦で臨むつもりなのであろうか?

「ほぉぅ。そりゃあ、器用なことで」

 七篠はそう適当に相槌を打ちながら、街の出口となる大きな門を通過しようとした。

 そこで。

 

「あ痛ッッ!!」

 

「どうかしたの?」

 まるで、壁に衝突したかのような振動が七篠の顔に跳ね返ってきた。

 不可視の壁。

 まるで超高密度の空気圧が、七篠の歩みを阻んだのだ。

 ヴィースも同じように進んだが、門を通過しようとしたところで七篠と同様に不可視の壁に顔をぶつけて悶絶した。

「ちょ、ちょっと!?一体これって」

「魔術……だろうねぇ。俺らが街を出ようとする事を、許可できない連中がいるって事でしょ、こりゃぁ」

 コンコン、と手で目の前の空気を叩く。

 違和感を感じるおかしな表現だが、事実、七篠の手にはまるで金属を叩いたかのようなビリビリとした振動が跳ね返ってきた。

「下がって」

 ヴィースは短く告げる。

 七篠が振り返って、大慌てで横に転がるのと同時。

 ヴィースはアルファベットの指輪を嵌めた左手を軽く振り、白と黒の長手袋に覆われた右手を回した。

 地面の砂埃が旋風に巻き上げられたかのように宙に舞い、凝縮して石柱となる。浮遊する石柱が、まるでハンマーのように『不可視の壁』に激突した。

 バガッッ!!と、鉄より固いヴィースの土属性魔術が、目の前で呆気なく砕け散る。

 ビクともしなかった。まるで物理的干渉を一切撥ね付けるような印象。

「もう既に、『ノーリッジ12』を利用する魔術師が仕掛けてきたって解釈でいいかしら?」

「だろうねぇ……こりゃあ、ここだけじゃなく街全体の出入り口に『不可視の壁』を張り巡らしてるんじゃないのぅ?」

 地面に転がった七篠が、ケホケホと咳き込みながら尻の砂埃を払いながら立ち上がる。うーい、と身体を伸ばしながら腰をほぐした。

(痛たたた……ったく、すぐ身体を壊しちまうなぁ)

 疑問符を浮かべる二人の横で、ちょうど道路を通過しようとした自動車が、『不可視の壁』に激突した。グッシャァ!!と凄まじい音を響かせ、ボンネットがひしゃげ潰れた。

 後ろから続く車が、慌てて急ブレーキをかけた。玉突き事故の二次被害に巻き込まれたら洒落にならない。七篠とヴィースは、急いでその場を離れる。

「……さて、どうしましょう?」

「うーん……さっきの自動車事故の様子を見る限りだと、この『不可視の壁』には街から逃げる人間をエル・パソ市の中に閉じ込める、って意図を感じるねぃ。おいちゃん達魔術師だけじゃあない。おそらく、黒幕は一般人さえもこの街に閉じ込めて何かをしたいんだろぅ」

「多分『ノーリッジ12』の実験を再開したいんでしょう。となると、街そのものを使った人体実験……いや、儀式かしら?」

「いやはや、街一つ使って儀式だってぇ……オイオイオイ。近頃の若いモンは何しでかすか本当に分かったもんじゃないねぇ。そんな物騒な事、よく思い付くもんだ……」

 七篠は狼狽気味に空を見上げた。とんだトンデモ事件に巻き込まれてしまった。

「悔いても仕方ないでしょう。どっちにしろ、私が仕事の話を持ち掛けなくてもこの街にアナタが来た時点でいつかは巻き込まれていたでしょうに」

「いやぁ、その場合は大人しく酒場でずーっとお酒飲んで、事件が収まるまで静かにしてたよぅ。こんな『事件を解決するために奔走』なんて、おいちゃんみたいな中年オヤジの柄じゃないってぇ」

「はいはい、愚痴は聞き飽きたわ。それより、街の封鎖が始まったんだからそろそろ他にも異変が目に見えるレベルで起きてもおかしくないはずよ。ちょっと街を見て回りましょう」

 

 

 

 

 バスがエル・パソ市に入って、最初に寄ったのはバス停ではなくセルフで無人のガソリンスタンドだった。

 隣でぶつくさと喋る陰気な男が気味悪かったので女性は一時も早くバスを降りたかったし、これは好都合だった。

「こ、ここで降ります!!」

 押しボタン式のブザーを鳴らし、運賃を手に握り締め座席から立ち上がった。

 そして、

「わ、私もです。ぐ、ぐへへへへ……え、エンゼルさま、始めますよ、やりますよ」

 隣に座った気味の悪い男も、女性と同時に立ち上がった。

(げっ……)

 ゾクリと嫌悪感を抱く。その両目がギョロギョロと車内を舐め回すように観察していた。その様子は、人間というより昆虫のような印象を与えてくる。

 慌てて女性はバスを降りた。後ろから続く男の気配にビクビクしながら、運賃を投げ捨てるように支払い、一目散にバスの外へ飛び出る。

 ガソリンスタンドの休憩室へ飛び込んだ。後ろを振り返り男の様子を目で追おうとしたが、その姿は煙に巻かれたように消え去っていた。

 (あ、れ?どこに行ったんだろう?)

 疑問を浮かべる女性の前で、ガソリンを入れ終えたバスの運転手がバスに乗り、再び目的地のバス停へ向けて発進した。

 そこで、

「あっ!?」

 バスの通り過ぎた後に、バスの真下で仰向けに寝転んだ先程の男が横たわっていた。手には工具。そして、バスの通った後には零れて軌跡を描く漏れ出たガソリンの跡。

(バスに穴を空けたんだ!!)

 女性の後に続いてバスを降りた男は、身体を低く屈めて乗客の死角となる位置からバスの真下に潜り込み、隠し持っていた工具でガソリンのタンクに極小の穴を空けたのだろう。漏れ出たガソリンが地面を濡らし、まるでバスの軌跡を描くように、まるで導火線のように、一本の筋が残されていく。

 そう、まるで導火線のように。

 次の瞬間、男がポケットからライターを取り出した。

「なっ!?」

 これから起こる事を想像し、現実感の無さに衝撃を受けた。

 しかし、女性の行動は早かった。

 このままではバスが火達磨になってしまう。慌てて休憩室から飛び出した。

「や、やめなさい!!警察に通報しますよ!!」

 言って、男の前に躍り出る。

 その正義感は立派であったし、世間一般では勇敢だったと評される行動だ。きっとこの場にいない誰かに評価されるだろうし、きっとこの場にいない誰かに讃えられるだろうし、きっとこの場にいない誰かの話題に上るのだろう。

 しかし、もしこの場にその『誰か』がいたのなら、きっとこう言うだろう。

 『いいから大人しく隠れていろ』。

 力のない人間が、非力な女性が、事件に首を突っ込むべきではない。銃社会というこの国で生きる人間ならその危機意識の高さからとっさに避難を優先しただろうが、如何せん旅行者たる女性はそういった脅威を知らない平和ボケした人間だった。

「ぎ、ぎひィ!!え、エンゼルさま、エンゼルさま!!邪魔者がいました、どうすればいいか教えて下さい!!」

 男が叫び声を上げる。女性よりもパニックなった表情で、口からあぶくを噴き唾を撒き散らしながら叫ぶ。

「い、今なら未遂で済みます!!ライターを閉まって、大人しく自首して下さい!!」

「そうですか、エンゼルさま。そうすればいいんですか、分かりました」

 男は女性の説得にまるで耳を傾けていなかった。というより、自分の中の世界のみで情報が完結してしまっていて、外の情報を受信する気がない。そんな姿勢だった。

 女性がワンピースのポケットから携帯電話を取り出す。

 それを、

「ぐ、ひィ!!」

 男が工具を投げつけてきた。飛来する巨大な電動ドリルに手を叩かれ、携帯電話が弾かれて地面を転がる。

「ひゃっ!?」

 女性が驚いて地面に尻もちをついた。

 その隙を、男は逃がさない。ガソリンの給油機のノズルを引っ掴み、まるで消防車の放水のように女性にガソリンを浴びせ付けた。

「わっ、ぷ。ごぽっ」

 そうは言っても、消防車の放水ほどの水圧ではない。あくまで水鉄砲の延長レベルのものだ。口さえ腕で守れば、息ぐらいはなんとかなる。

「や、やめて、くだ、さい!!」

 手で顔を守り必死に懇願する女性を前に、ようやく男がガソリンの放射を止めた。

 恐る恐る瞼を拭って目を開く。

 と、次の瞬間、そんな女性の視界に入ったのは―――――――――

 

 

 ――――――拳大の大きさの火の玉だった。

 

「あっ―――――」

 ライターで火を点けたバスの整理券を、女性に向かって投擲してきたのだろう。ガソリンでずぶ濡れになった女性に引火したら、一溜まりもなく焼死してしまう。

 目前に迫る火の玉。

 とっさの事で、尻もちをついている女性には回避ができない。

 ニヤリと爬虫類のような笑みを浮かべる男の前で、茫然と為す術のない女性は次の瞬間、

 

 

 ビシリ!!と。

 

 女性の皮膚に亀裂が走り、肌が割れた。

 

「………は?」

 

 男が間の抜けた声を漏らす。

 不可思議な現象はそれで終わりではなかった。

 皮膚だけではなく、髪や、衣服や、髪飾りまで亀裂が入り、割れていく。

 火のついた整理券が女性に当たる瞬間。

 女性という皮を―――――『ガソリンでずぶ濡れになった女性』という皮―――――――を剥いで現れた青年が、その火の玉を片手で受け止め握り潰した。

 じゅう、という火の消える音が虚しく響く。男が目をギョロギョロと動かしながら、泡を噴き出しそうな勢いで喋り立てる。

「え、エンゼルさま、エンゼルさま、教えて下さい!!一体、一体何が起こったのでしょうか!?エンゼルさま!?エンゼルさまぁぁああああああああああああ!!」

「その答えなら、俺が教えてやるよ」

 言って、女性の中から現れた青年が口を開いた。

「『ノーリッジ12』を利用したいらしい魔術師がいるって聞いたから、そいつをやっつけに急ぎ足でこの街に潜入したってのによう。潜入早々、もう変装が解けちまったじゃねえか。もうちょい『無関係な一般人』って役を演じたかったぜ」

 長い金髪に白い肌。女性的な雰囲気を纏うその青年は、まるで手品の種明かしをするようにニヤつきながら語る。

「だ、誰だと聞いてるんだぁ!?」

「俺か?そうだなぁ……」

 考え込むように青年は首を捻る。そして、閃いたと言わんばかりの顔で、

「正義も悪も平等に、逆境無頼にその身を伏す。天上天下にその名を馳せた、俺の名前は雷神さ」

 そんなキザな台詞を言い放ち、彼、雷神トールをその名に冠する魔術師は右手から眩い光を発した。

 ブオッッッ!!という轟音が炸裂した。バットを思い切り振るような、空気を押しのける轟音。

 まるでアーク放電の溶断ブレードのように、雷神トールの右手の五指から伸びる電光の刃が地面を抉るように切り裂き、男へ迫る。グイグイと伸長しながらアッパーカットのように斜め下から男へ向かって斬り上げられたアーク溶断ブレードは、コンクリートの地面を捲り飛ばし破片を巻き込み、瓦礫の波となって男を襲う。

「ぶぎィ」

 けひゃけひゃと気味の悪い笑いを発し、男は手にしていた給油機のノズルから雷神トールのアーク溶断ブレードへ向けてガソリンを噴射した。

 直後、爆炎が巻き起こった。

 アーク溶断ブレードの電光の熱でガソリンが燃え上がり、摂氏一二〇度を超える熱波に当てられたコンクリートの瓦礫が溶解した。爆炎の熱波でブレードの軌道が男から逸れる。男は攻撃の回避に成功した。

 しかし、溶解したコンクリートの礫は回避し切れない。飛来する溶解した高温のコンクリートの雫が、散弾のように男の身体に被弾した。

 じゅう!!と、皮膚が焼け焦げて、その直後にはコンクリートが空気中で放冷されて固体へ戻る。その結果、溶解したコンクリートの雫を浴びた男の衣服はガチガチに固まり、まるで拘束服のように身動きが取り辛くなってしまった。

「よく防げたじゃねえか。だが、次まで防げるかな?」

 雷神トールは今度は左手の五指からアーク溶断ブレードを伸長し、横薙ぎで男を襲う。

 男は服が固まって身動きが取れない。

(捉えたぜ!!)

 そう、雷神トールが勝利を確信した瞬間だった。

 

 

 ズガン!!とトールの左手の掌が銃弾で撃ち抜かれた。

 

「ぐ、ァぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」

 男に目前にまで迫っていたアーク溶断ブレードが、消滅する。

 焼けるような痛みを発する左手を押さえ、銃弾が飛来した方向に彼は目をやった。

 そこには、

 「駆けつけたばかりでよく分からねえが、我らが合衆国に旅行へやって来たジャパニーズに向かって殺人事件を起こすような真似はやめてくれねーかい、兄ちゃん。っつか、今のビックリ現象……もしかしてお前、学園都市の能力者か?」

 拳銃(ハンドガン)を握り、颯爽と現れた男性。

 大胆不敵にカツカツと革靴を鳴らし、まるで大人が子どもを窘めるかのように語り掛ける。ニヤニヤと顔に張り付けられ笑みは、軽薄さではなくどこか達観した余裕さを感じせた。

 スーツに筋肉質な身を包み込み、どこか見覚えがあるような風貌のその男は、

「ジャパニーズを犯罪に巻き込むと、国際問題で色々と面倒なんだよ。主に俺の仕事が増えるからな。だからこのロベルト=カッツェの前では、無用な争いは控えて欲しいねえ」

 

 

 

 

 




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※追記
サフリーの登場シーンを大幅に修正致しました。未完成のまま投稿してしまい、申し訳ありませんでした。
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