【とある魔術の禁書目録】錆びゆくガンマンの青息吐息   作:白滝

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第四章 戦場へ駆け上がれ Piece_That_Was_Manipulated

 麻薬取締局のエル・パソ情報センター。

 麻薬取締局の本部自体はバージニア州アーリントンにあり、国防総省の向かいに位置するものだが、この本部が共同運営している施設がエル・パソ情報センターである。麻薬の密輸業者はそのままギャングやマフィア、はたまたテロリストの資金繰りなどに直結しているケースが多く、メキシコとの国境があるこのエル・パソは取り締まりの検問所として非常に重要な拠点となっている。

 当然、施設の警備員も訓練された隊員達で構成されており、入隊審査に至っては連邦捜査局(FBI)よりも厳しいとされている。大統領ロベルト=カッツェが上院の助言と同意に基づき任命した長官が、五○○○人以上の特別捜査官を含む一一○○○人以上の職員を統括して職務に励んでいるのだ。

 広大な土地を守るために張り巡らされたアメリカ合衆国の警備網。地元警察よりも権限が高く、その情報センター施設自体も非常に優秀な捜査官達が堅牢な守りを固めている。

 

 こういった情報を施設の受付のパンフレットでジロリと流し読み、その爬虫類のような双眸を眼前の光景に移した火野神作は、思わずその顔から笑みを零した。

 

 

 既にこの施設は、死体から噴き出す血の海で真っ赤に染め上げられていた。

 

 

 まるで殺し合いが起きたかのように……いや、実際に起きたのだろう。銃器を手にした屈強な男達は、互いを撃ち抜き合うように銃創だらけの屍へと変わり果てていた。

 『生』を感じられない空間。生前の彼ら職員らが残した破壊の爪痕が、命の足跡となって施設にこびりつく。様々な情報が飛び交い慌ただしく廊下を駆け回っているはずの職員は、既にこの施設には存在しなかった。

 日が沈み始め夕方になった今、このまま光を失えば幽霊が化けて出そうな廃墟ような雰囲気を醸し出している。

 こういった惨劇を目の当たりにして、しかし、火野神作が浮かべた表情は『笑顔』だった。ビクビクと痙攣するように背筋を震わせ、けひゃけひゃと唾液を撒き散らしながら両目をグリグリと気味悪く彷徨わす。

 首を絞められ拘束されているアリスは、眼前の光景よりもこの男の方が恐ろしかった。

 火野は、真っ赤な鮮血の絨毯が敷かれた鉄臭い廊下を躊躇わず突き進み、死体が手にした銃器や防具を拾いながら施設の奥へと進んでいく。

(お、教えなきゃ……ゴンちゃん達に分かるように、メッセージを残さなきゃ!!)

 アリスは口をハンカチで縛り上げられ、両手も後ろに回され手錠で繋がれていた。しかし、足は動かせる。

 火野が武器を拾い、その片手間で右手が勝手に動いて爆弾などのトラップを仕掛ける中、アリスは火野に気づかれないように、隠れて壁に足跡をつけていった。

(これなら、ゴンちゃんだって気付けるはず!!床は血溜まりを踏んだ足跡だらけで訳が分からないけど、壁に足跡があるのは不自然だもん!きっと、きっとゴンちゃんなら気付いてくれる……ッッ!!)

 そう願い、壁に返り血が付着していない真っ白な箇所へ靴底をスタンプように押しつけていく。

 願う。

 ただ願う。

 それが、アリスが七篠厳平へ残したたった一つの希望だった。

 

 

 

 

「いいデスか、私がここに帰ってくるまで絶対に外に出ちゃ駄目デスよ?」

 テオドシアはテレスに向けて、そう注意を促した。こくりと首を縦に振ったテレスの傍らで、ツアーガイドの少女も首を振った。

 彼女は理解している。今の言葉には「もしテレスが危なくなったら、アナタがこの子を守れ」という意味が込められている。

 その上で、

「分かりました。テオドシアさんこそ、気を付けて下さい。これだけ大掛かりな儀式魔術を使うんですから、相手も想像外の連中かもしれません」

「分かってマス。では、また後で」

 そう告げて、民家の三階の窓からテオドシアが飛び出していく。窓からはもう、エル・パソ情報センターが目の前に見える程に近い。窓から覗くテレスやツアーガイドの少女からは、施設の全景が上から眺められる高さになっていた。

 施設の外壁に沿って侵入口を探り、裏口から忍び足で施設に入って行ったテオドシアの様子を、顔を窓に出し過ぎないように隠れて見守った。既にこの民家の住人は台所で包丁を握ったまま死んでいた。とはいえ、今にも暴徒と化した民衆がこの家に押し入り、部屋に侵入して来ないかという不安が胸を押し潰すように重く圧迫してくる。

 暗い影を顔に落とすテレスを励ますように、ツアーガイドの少女は、

「心配しなくても大丈夫!テオドシアさんはあんなんだけど、結構なやり手の魔術師なんだから!それに、いざとなったら私だって戦うし!!」

「うん、ありがとう。でも、お姉ちゃんやテオドシアおばさんみたいな人なら大丈夫だって私も信じてるよ。でも……」

 そう言いかけたテレスを見て、ツアーガイドの少女は彼女が何を一番気にかけているかを理解した。

「双子のお姉ちゃんと保護者さんも、この町にいるんだよね。それは、その……いや、大丈夫だよ、きっと!!みんながみんなおかしくなってる訳じゃないんだし、きっと元気にテレスちゃんを待ってるよ!」

「そう、かな……?」

「そうだよ、絶対にそう!お姉さんが約束してあげる」

 そう言って。ツアーガイドの少女は小指を差し出した。思わず釣られて笑い、テレスも小指を差し出す。二人で歌を歌いながら、約束を誓った。

「お姉ちゃんのおかげで、元気が出たかも」

「ふっふーん、だてに仲間内から『ツアーガイドの少女』なんて呼ばれてるだけのことはある訳ですよ。こういう魔術知識が必要ないそれ以外の雑用、経費の管理、旅先での宿取りや交通便の予約、現地人との通訳やコミュニケーションなど、私にかかれば朝飯前なのですよー!……あぁ、自分で言えば言うほど悲しくなってきた。これってマジで雑用だよなぁ、ホント。いい加減そろそろ最大主教(アークビショップ)に愚痴って、給料上げてもらおうかな……無理かなぁ……?」

「お、お姉ちゃん!?ねぇ!!」

「い、いや、職務に不満がある訳じゃないからね!わ、私はこれでもイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』のはしくれですから、自分の業務にプライドぐらい」

「そうじゃなくて!!お姉ちゃん!!外!!」

 テレスが必死に指を差した方向に目を向けた。テオドシアが入った施設の裏口とは反対側の外壁に、カウボーイみたいな奇妙な格好をした中年男性と、踊り子のような装飾の女性、そして、深青色のパ-ティードレスを血で真っ赤に染めた女性がやって来ていた。

「あれが私の言ってたゴンちゃんだよ、お姉ちゃん!!」

 

 

 

 

「さて、どうしますかぃ?玄関から正面突破?裏口からこっそり行く?それともプランBとかあったりするんかぃ?」

 七篠は葉巻にライターで火を点けながら、後ろの二人にそう声をかけた。

「町の住人が、七色に光る不思議な武器のせいで皆おかしくっている。無関係な私も襲いかかられたしな。この施設の職員もおかしくなっている可能性もあるぞ?危険だ」

「そうなると、裏口からこっそり入ってアリスちゃんを連れ戻しに行きたいところね。……でもまぁ、今回は正面突破でいいんじゃないかしら?」

 ヴィースの提案を受けて、サフリーは信じられないと言わんばかりに驚愕した。

「正気か!?奴らの七色に光る武器は、意味の分からない現象を起こす!あれにまともに立ち向かうのは、命を投げ捨てるようなものだ!」

「そこは安心していいわ」

 そう言って、サフリーの忠告などどこ吹く風かと気にも留めない調子で、ヴィースはその場で両手を軽やかに振り回した。

「だって、私達もその『意味の分からない』現象を使えるのだから」

 直後だった。

 土の槍、風の剣、水の弾丸、炎の矢。色とりどりの四大属性を象徴する魔術がマシンガンの如く外壁を立て続けに破壊した。破壊を破壊で上塗りする怒涛の連続攻撃。

 轟音を更なる轟音でかき消し、衝撃を更なる衝撃で押さえつけ、赤や青や黒や白などの煌びやかな閃光が、絵具をぐちゃぐちゃにかき混ぜるように突撃していく。

 衝撃の煽りを受けて、コンクリートの粉塵が灰色のカーテンとなって三人の周囲に立ち込める。それを、ヴィースは突風を発生させて霧散させる。後に残ったのは、外壁を叩き割り施設の一部を削り取ってできた歪な大穴だった。

 ゴホゴホと咳き込みながら、サフリーは、

「い、一体アナタ達は何者なんだ!?訳が分からないにも程がある!!学園都市の超能力者かなにかなのか!?」

「まぁ、一般サイドの方にはそう説明しておくのが無難なのかねぇ。そんな事より、さっさとアリスを助けましょ」

 そう言って、葉巻を道に捨て靴底で火を踏み消しながら、施設を削り取ってできた大穴に七篠が歩いてゆく。

 サフリーからすれば茫然とするしかないのだが、ヴィースも七篠の後に続いて施設の中へ入って行ってしまったので、疑問符を投げ捨てて仕方なく彼らの後に続いて行くのだった。

 

 

 

 

「おい、なんか今、エル・パソ情報センターの方で爆発起きなかったか!?もっとスピード出せよ、オッサン!!早くしないと俺の出番がなくなっちまうぜ!!」

「仮にも大統領の俺に向かってなんて口の訊き方をしやがる!ローズラインちゃん、この学園都市の生意気な兄ちゃんに正しい口の訊き方の手本を見せてやれ!」

「もっとアクセル踏み込めよ豚野郎」

「ワーオ、予想外!!それはそれで嬉しいけど、そういうプレイは二人きりの時だけにしてくれよこのファッキン補佐官!!必ずしもドSに需要があるとか自惚れてんじゃねーぞ畜生ぉぉぉおおお!!」

 雷神トールとローズライン、共に年下である二人に敬意も尊厳もない容赦ない罵倒を浴びせられ、涙目になったロベルトが盗んだタクシーのアクセルを強引に踏み込んだ。

 既にこの町はあちこちで様々なテロのような暴動が起きているので、彼らの他に車など走っていなかった。対向車線にはみ出しながら、道路に倒れる標識や看板などの暴動の傷跡を避けていく。さながらハリウッドのカーチェイスのようなハンドル捌きでエル・パソ情報センターの前にドリフトしながら急停車した。タイヤから摩擦熱で煙が立ち上るほどだった。

「うっぷ……酔った……」

「自分で命令しといて車酔いしちゃうのね。なにその新しいツンデレ姿勢。全く萌えなねえよ」

「オッサン、ここにこの街をおかしくした『事件』の首謀者がいるんだろ?」

 雷神トールは、二人の漫才みたいな会話よりも目の前の事件に興味があるように、興奮した面持ちで話しかける。

 パン!パパン!!と、施設の中から銃声が聞こえ、爆発音も響いてくる。誰かしらが抗争中なのかもしれない。そう想像しただけで、雷神トールが興奮気味に目を輝かせた。

「いや、正確には、かつてお前ら学園都市の真似事をしようとオナニーしてた研究者達の研究所の一つが、ここ『エル・パソ情報センター』だったってことだ」

「ちょっ……民間人に、それもあろう事か学園都市の学生にそんな機密情報を」

「まぁまぁ、いいじゃねえか。それに、」

 そう言って、ロベルトは自分の拳銃に目を落とす。

「この事件はどうにもきな臭せぇ。『異能』を知ってるこいつに協力を仰ぐのが最善策だ。協力者に情報を出し惜しむのは筋が通らんだろ?」

「気にしてねぇよ、オッサン。姉ちゃんも、俺は秘密を誰かに口外するようなシケた奴じゃねぇ、黙っといてやる。だから、面倒臭せぇそういう背景の事情は置いといてさぁ、」

 そう言って、トールは一度言葉を区切った。

 そして直後、

「この施設が怪しいんなら、丸ごとぶっ壊しちまっても問題ねぇんだよなァ!!!!」

 トールの右手の五指から、アーク放電にも似た溶断ブレードが展開された。空気を焼きながらグングン伸びる電光の刃は、瞬く間に施設の全景をまとめて切り裂くほどの長さに伸長した。全長にして二○メートルに匹敵する。

「いい加減焦れったいんだよ!黒幕は、隠れてないでさっさと俺と勝負しろっつーの。俺にかかれば、施設だけじゃなく犯人までまとめて一撃必殺だぜ!」

 そう言って、トールが扇状に広がる電光の刃を振り下ろそうとした時だった。

 

「ま、待って下さい!大統領!!」

 

 そう言って、近くの建物の影から男がトールの前に飛び出してきた。連邦捜査局(FBI)の部隊の者だった。

「おい、兄ちゃん!!こいつぁ俺の部下だ、手を引っ込めろ!!」

「だぁぁぁぁあああああああああああああああああっっ!!またかよー!!なんでどいつもこいつも俺の楽しみに釘を刺すんだ!!」

「おい、お前!どうして連邦捜査局(FBI)の部隊がこんな所にいるんだ?さっき俺が『火野神作』を追うよう指示を出したじゃねぇか!!そっちの任務はどうなってる!?」

「ハッ、その作戦進行中であります。現在、火野神作は逃亡中に少女の人質を取ってこの施設に立て篭もっており、我々の部隊が隠密で侵入中でありまして。今、建物の中に我々の部隊が潜入して展開している最中であります。危険ですので、大統領は外で退避していて下さい!」

「おいおい、人質までいんのかよ!!兄ちゃん、超能力を消せ!手を引っ込めろ!!」

「……チッ、あんのクソサイコパス野郎!汚ねぇ手段で水を差しやがって!!」

 そう言って電光の刃を消し、トールは悔しそうに地団太を踏んだ。

 しかし、ローズラインが怪訝な表情で困惑した表情を浮かべた。

「さすがにおかしくないか?」

「あ?何がだよ?」

「だってそうだろう?私達はこの街で起きている『事件』の黒幕を追って、過去に『異能』を開発していたとされる実験跡地、この『エル・パソ情報センター』にやって来た。それと同時に、日本から逃亡してきた『火野神作』という国際指名手配の猟奇殺人犯がこの街にやって来て、暴れている。しかも、この『エル・パソ情報センター』に立て篭もったそうじゃないか。この時期、この土地で、このタイミングで!偶然にしては、話が出来て過ぎてないか?」

 ローズラインは実際にそう言葉にしながら、喋りながらそれが段々と真実味のあるような気がしていた。予想が、自分の推測が確信へと変わっていく奇妙な気持ちに包まれていく。まるで、サスペンスドラマの後味の悪い結末を、推測したくもないに予想できてしまうあの感じだった。

「『火野神作』が今回の事件の黒幕だって言いたいのか、姉ちゃん?」

「そこまでは分かりません。けど、関係がある。『火野神作』は、今回の事件の黒幕に関係がある。そうじゃなきゃ、おかし過ぎる!!偶然に偶然が重なりすぎて、これじゃあまるで……

 

 ……まるで、私達が『誰かが作ったシナリオの上を歩かされている』ような――――」

 

 言いかけている最中だった。

 直後、ブツリと何かの糸が切れたかのようにローズラインが膝から崩れ落ちた。

「お、おい!?なんだ、どうしたんだ、ローズライン!!しっかりしろ、おい!!」

 慌ててロベルトが駆け寄るが、どんなに強く肩を揺さぶってもローズラインは目を覚まさなかった。

 気絶していた。呼吸はできているが、まるで原因の分からない唐突なものだった。

「おい、兄ちゃん!黒幕の『超能力』でローズラインが攻撃されたんじゃねぇのか!?」

「分からねぇ、いきなりだった……今までの『七色の光る武器』には魔術の匂いを感じたが、これは……これは、本当に魔術なの、か……?」

 意識を失ったローズラインを連邦捜査局(FBI)の男に任せ、「遠くに避難させろ」とロベルトは命令した。彼がこの場から離れたのを見届けてから、ロベルトはズボンのベルトから拳銃を引き抜く。

「面倒なお目付け役はいなくなったぜ。いつでもいいぜ、兄ちゃん」

「……ハッ、オッサンも実は暴れたかったんじゃねぇか」

「違ぇよ。俺はガキのお前と違って大人だからな。リスクの計算はできる人間だ。だがな」

 そう区切って、ロベルトは一度目を瞑って深呼吸した。再び目を開けた時、彼の纏う雰囲気は完全に『戦う者』としての気迫へと変わっていた。大統領としての余裕さを崩さない笑みを張り付けた今までとは違う。その皺が刻まれた野性味ある外見が、本来の粗暴さを思い出したような鬼のような形相だった。

「大事なうちの美人補佐官に手ぇ出しやがって……事件だなんだよりも、正直そっちのが俺の気に触れやがる!!高いツケぇ払わせてやるぜ!!」

「いいねぇ、そういうノリは好きだぜ、オッサン!!じゃあ、隠れて引き籠ってる『火野神作』とかいうサイコ野郎を取っ捕まえて、全部洗いざらい吐き出させてやろうぜ!!」

 

 

 

 

 時間は十数分ほど遡る。

 施設の裏口……つまり、普段は封鎖されている非常口からテオドシアがこっそり侵入していたその時、彼女はいち早く現場の異変に気が付いていた。

「どうやら間に合わなかったようデスマス……」

 派手な殺し合いが繰り広げられた事による飛び血の軌跡が、まるでペンキをぶち撒けたかのようにそこら中に描かれていた。これが血の赤でなければもっと感動できるアートな光景だったが、鼻をつく強烈な鉄臭さに気付くと、嫌応なしに血の気が引いていく。同族殺しを生業とするイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』のプロである彼女でさえ、身の毛のよだつような猟奇さがあった。どこか人間の大事な部分が壊れ、歯車が抜け落ちてしまったような現実感の無さがあった。

(魔力の発生源はここ。黒幕もこの施設に潜伏しているはずデスが……)

 儀式魔術『剣奴の闘技会(グラディアル・コロッセオ)』。

 それが今、この町エル・パソで起きている異常現象の正体だ。

 古代ローマ皇帝ネロが始めたとされる、奴隷の殺し合いを見世物にする娯楽イベント。黒幕は、この町を『円形闘技場(アンフィテアトルム)』と呼ばれる古代の闘技場に対応させ、奴隷達がグラディウスという剣で殺し合ったとされる史実に基づき、住人達に殺し合いを起こさせている。条件はおそらく、『武器を持つ者』だ。それが工作用のカッターや農作業用の山刀(マチェット)、はたまた野球バットでさえも、それが凶器になりえる限り、この町の人間は黒幕から魔力という異能を授けられ暴徒と化す。

 しかし、一番の疑問点は、

「どうして黒幕は無差別級なぱんぴー交じりの殺し合いパーティーを開催したんデスマスかね?」

 ファミレスでツアーガイドの少女から今回の事件について説明を受けた時、黒幕は世間の裏でひっそりと犯行声明を拡散していたらしい。そういった背景と『剣奴の闘技会(グラディアル・コロッセオ)』の特性から黒幕の目的を推測すると、

「黒幕は、特定の誰かをこの町に呼びこんで、殺し合いをさせたいんデス……?」

 むしろ、一層疑問が深まるような推測だった。これで合っているような気もするが、大事な観点を見逃している気もする。仮にもし黒幕が特定の誰かを脱出不可能なこの町の殺し合いパーティーに参加させたかったとして、ここまで大掛かりな儀式を用意する必要があったのか?

 黒幕が特定の誰かを憎かったとしても、ここまで大掛かりな事件に巻き込ませて事故死させようとは思わないのではないか?

 黒幕と特定の誰かが味方であっても、こんな無差別な殺し合いだらけの町にわざわざ呼んだりしないのではないか?

 意図が、目的が、真意が、思惑が、全く分からない。一体なんのためにここまで大規模な儀式魔術なんて起こしたのか、見当がつかなかった。

「もしかしたら『皇帝ネロが優勝者の奴隷に身分と人権と栄誉を授けた』って史実を弄って、その辺に強引な曲解でもして術式を調整してあるかもしれマ…………ワオ!!」

 ぶつぶつ呟きながら、慌ててテオドシアはその場でとび跳ねた。彼女の一歩先に、ワイヤートラップで手榴弾が仕掛けられていたからだ。

(あ、危ねぇぇぇぇええええええええええええええ!?危うく下半身吹っ飛ばすところデスマスね。ごちゃごちゃ考えるのは後回しで、とっととこの施設に潜伏してる黒幕をとっちめる方が早いデス)

 考えを切り替える。足元のワイヤートラップに注意しながら、慎重に廊下を進んでいく。途中にある部屋の扉を蹴破りながら強引なクリアリングを行っていったが、部屋にいるのは息絶えたこの施設の職員だけだった。

(ってか、そもそもなんでワイヤートラップなんて仕掛けてあるんデスマスかね?)

 テオドシアの逆探知の魔術『理派四陣』に勘付かれた様子はない。敵はテオドシアに気付いてはいないはずだ。ここまで罠を張ってしまったら、逆にここが重要拠点である事をアピールしてしまっているようなものじゃないか。

 そう、考えた時だった。

 突如、爆音が響き渡った。

 施設の外からであろうか?それも、一度ではない。まるで立て続けに爆発を起こしたような爆音が施設を不気味に振動させる。

 いや、その表現は違うかもしれない。

 火薬が弾ける爆発音ではなく、大質量のなにかがコクリートを砕くような破砕音だ。マシンガンのようなあまりに連続的な破壊のせいで、音の塊が爆発にも似た轟音となって施設を振動させているのだ。

(―――――黒幕か!?それとも部外者の暴徒か!?)

 『テオドシアの侵入に気付いて、自分で張った罠も気にせず強引に突破した』か、もしくは『暴徒化した部外者が施設を無差別に施設を破壊している』だけ、なのか。

 どちらか二者択一だが、これが前者だったら取り返しがつかない。

(迷っている暇はないデス!爆発地点に向かって、侵入者を確認するのが最善策ッッ!!)

 テオドシアは、ジーンズの尻ポケットから牝の狐の皮を剥いで作ったお守りを取り出した。

 『テウメッサの狐』の魔術。

 ギリシア神話にて、テウメッサの町に頻繁に現れ多くの子どもを喰い殺したという妖狐の怪物は、オリュンポス十二神が一柱であり豊穣とブドウ酒などの神されたディオニューソスによって育てられたという。そのため、その妖狐には『何者にも捕まる事がない運命』を得た特異な力が宿っていたという。

 それを、テオドシアは忠実に再現する。

 ワイヤートラップに脇目も振らずに、足音さえ気にせず全速力で廊下をかける。しかし、幾重にも張り巡らされたワイヤートラップに、テオドシアは一つも引っかかる事はなかった。彼女は全く意識していないが、ワイヤートラップを避けるよう歩幅が自動的に調節されていく。足音の大きさも変化はなかったが、きっと誰かが居合わせて聞いたところで、無意識の内に『なんだ、ただの環境音か』と思考を誘導するよう魔術が機能しているので、気付かれる事はない。周囲の人間には、むしろ無音であるように感じるだろう。

 今のテオドシアは、『人、もしくは人の仕掛けた何かには絶対に捕捉されない運命』にあるのだ。

 廊下を四つ折れ曲がり、部屋を三つ突き抜けたところだった。

 三人程度の人影を視界の隅に捉え、慌てて手近な作業用デスクに身を隠した。

 こっそりと気付かれないよう観察したところ、カウボーイみたいな格好を珍妙な中年男性と、踊り子のような不思議な格好をした女性、そして深青色のパーティードレスを身に纏った格闘家みたいな風貌の女性だった。

(……魔術師の匂いがプンプンするデスマス)

 カウボーイ男と格闘家女からはあまりそんな感じはしないが、踊り子の方。彼女の装飾品には、様々な魔術的な記号が散りばめられている。二の腕辺りまである異様に長い右手の手袋、貴婦人が着けるようなレースの左手の手袋。左の手袋が淡いピンクなのに対し、右手の方は縦に大きく分けられ、それぞれ白と黒で塗り分けられている。そして、印鑑のようにアルファベットの刻まれた指輪。

(魔術師としてみて間違いなさそうデスね。でも、彼らも何かを探しているような素振りデスマス……?)

「ったく、ひどいねぃ、こりゃあ。辺り一面血だらけじゃあないかぃ。おいちゃんにゃあちょい刺激が強すぎる光景だよぅ」

「何言ってるの、アナタだって同じくらいの人数を今まで殺してきたでしょ?」

「……なんだか、目の前の非常識にいちいち驚いている私の方が辺なんじゃないかと思えてくるな。もう質問は辞めた、アナタ達を信じるよ。早くアリスちゃんを見つけよう」

 どうやら彼らは、アリスとかいう人物を探しているようだ。

 彼らは魔術師である。誰かを探している。そしてなにより、このタイミングでこの場所にやってきた。

(……私がさっき考えてた『黒幕がこの町に特定の誰かを呼んだ』ってパターンの推測の場合、この人達が黒幕……おそらく『アリス』っていう魔術師と繋がってる可能性がありマスデスね)

 だとすれば、時間的に猶予はない。彼らがこの施設内に潜む『アリス』とかいう黒幕と接触してしまう前に、彼らを奇襲して無力化しないと何が起こるか分からない。

 現状は一対三。

 だが、カウボーイ男と格闘家女は、外見から判断するにおそらく一般サイドの人間だ。例え銃や爆発物で武装していようと、殺し合いのプロである魔術師集団『(必要悪の教会)』の一員である彼女なら数の内に入らない。

 だからこそ、奇襲の標的は踊り子の女だ。彼女を一撃で昏倒させられるかどうかが全てのカギを握っている。

 彼らは、巨大な事務室に入っていった。三十人以上の職員がデスクに座り、コンピュータを前に作業している部屋だ。当然、この施設の中では数少ない広い空間だといえる。

(『テウメッサの狐』の機動力を活かした奇襲なら、ある程度視界が拓けたここしかない!!)

 テオドシアは一度深呼吸した後、ガチリと気持ちを切り替えた。普段はどんなにおちゃらけたノリであろうと、この切り替えの早さが『命を狩る者』のプロである事を如実示していた。

 纏う雰囲気を変わる。ハイエナのように息を潜め、狼のように後ろから忍び寄り、豹のように駆けるテオドシアが、狐のように彼らに襲いかかった。

 

 

 

 

 エル・パソ情報センターの外壁を破壊して堂々と侵入を果たした七篠・ヴィース・サフリーの三人は、それがあまり意味のない行為であった事に今更気付いた。

 施設の職員は、既に皆が息絶えていたのだ。

「七篠さん、そこにトラップありますよ」

「うおっ!??あ、危ねぇ……段々と暗くなってきたってぇのに、サフリーちゃんはよくこんな細いワイヤーが見えるねぃ」

「まぁ、夜目が利かないと寝込みを襲われた時に勝てないからな。これも武者修行の一つですよ」

「こりゃあ、おいちゃんより何倍も強そうだねぇ」

 先頭を歩く七篠が愛銃を手に、クリアリングしながら部屋を精査していく。後ろに続くサフリーはだらりと力を抜いたような姿勢で歩いてくるが、それが拳を武器とする彼女の臨戦態勢なのだろう。最後尾のヴィースは、両手をいつでも振り回せるよう注意しながら後方に気を配っている。

 手榴弾のピンをワイヤーに括り付けたブービートラップ以外は、死体以外になにもなかった。むしろ、夜目が利くサフリーが先頭に立った方がいいくらいだった。

 三人は、事務室らしき部屋に入った。電気のスイッチを押すが、蛍光灯が灯る事はなかった。アリスを拉致した男が、電源を落としているのかもしれない。今は夕暮れ時なのでまだ薄暗い程度だが、早く助け出さないとここも真っ暗になってしまう。

「ここにも誰もいなそうだねぃ」

 七篠が事務室に入り、銃を片手にそう呟いた時だった。

 彼の真正面から、音もなくいきなり物凄い勢いで女性が駆けてきた。

 足音が、なかった。無音のまま、その両手で鉄製の脚立を抱えて全速力でこちらに突撃してくる。その首には動物の皮を剥いで作ったものらしきお守りを提げていた。

「なっ―――――!?」

 アリスを拉致した男の共犯者かと思ったが、違う。

 あのお守りは霊装だ。つまり、魔術師だ。

 無音で突撃してくる彼女は、裏の世界の人間だ。

(アリスを拉致った男とは別件の人間!?この町をおかしくした『事件』に関係のある黒幕側の奴に運悪く鉢合わせちまったって訳ですかぃ!?)

 後ろに続くサフリーとヴィースは、七篠の体が前にあるので魔術師の接近に気付いていない。七篠の体で死角となり、また、無音のために気付かないのだろう。

 いや、狙っている。彼女の射抜くような視線を受けて、彼女がそこまで想定し、真正面から仕掛けてきた事に遅ればせながら気付いた。

 そもそも、前方のクリアリングは七篠の担当だ。が、あまりに一瞬の事すぎて、言葉が出てこなかった。二、三言の言葉を発している間に、懐まで潜り込まれてやられる。

 だからこそ、七篠は言葉ではなく銃を使う。

 躊躇いなく引き金を引いた。

 火薬が破裂する銃声と共に、クマさえ一撃で殺す四四口径のマグナム弾が目の前の魔術師に突き進む。一九七○年代当時、世界最強の拳銃弾として恐れられた死の弾丸が空を裂く。

 当然、視認してから回避する事などできない。鉄製の脚立なんて砕き飛ばす高威力なのだ、盾にはならない。掠っただけでの肉を削り飛ばされる圧倒的な脅威の前に、目の前の魔術師は――――――――

 

 ――――――――視認してから回避した。

 

 そう。

 『テウメッサの狐』の魔術により『何者にも捕捉されない運命』の加護を受けた魔術師の女――――テオドシア=エレクトラが、銃弾を回避したのだ。

(ばっ、馬鹿なッッ!!??あり得な―――――――)

 目の前の異常を、現実として認識する暇なんてなかった。獣のように天井まで届きそうなほど高く跳ねたテオドシアの、その両手で振り回す鉄製の脚立には血で『Thurs』というルーン文字を刻んであった。

(死ぬッッ!!?)

 一メートルはあろうかという巨大な鉄製の脚立が、七篠の脳天を叩き割ろうかと唸りを上げて振り回される。

 それを、

「ふっ!!」

 短く息を吐き出す音と共に、サフリーが迎え撃った。銃声で敵の接近に気付いたのだろう。

 あろう事か、彼女は七篠の背中を後ろから蹴り飛ばした。

 いや、むしろ正しい。

 そのまま引き倒したところで、剛腕のテオドシア相手には間に合わない。だからこそ、むしろ押し飛ばして近づける。

 高くジャンプして空中にいる彼女の下で、床を前転をするように七篠が通過した。さながらテオドシアが跳び箱を跳んだような形になって、七篠がテオドシアの下方をすり抜ける。顔面から床にぶつかった七篠が、鼻から血を流した。

「ムゥ!!」

 テオドシアが吠えた。

 もはや斧ような勢いで、そのまま鉄製の脚立を延長線上にいたサフリーめがけて振り下ろす。

 受け流し(パリィ)

 その場で独楽のように回転しながら、脚立の勢いをそのままに力学的なベクトルを逃がす。手ではなく腕を使い、流れるような重心の挙動で鉄製の脚立の側面に触れて、方向を後ろのヴィースから逸らそうとした。

 しかし、

 

 ビキッ!!と。

 

 右腕に不気味な音が響いた。

(――――――骨がッッ!??なんつう馬鹿力な女だッッ!?)

 格闘術の達人である彼女の動きに問題はなかった。

 だからこそ、それ以外。彼女の知らない『普通じゃない現象』とやらが、テオドシアの怪力を実現しているはずだ。

「ァ、ぁぁぁああああああああああああああああああ!!」

 しかし、サフリーは怯まない。

(激痛を脳が自覚してしまう前の、この一瞬なら骨の折れたこの右腕でも無茶ができる!!後ろのヴィースさんも『普通じゃない現象』を使える人なんだ!!最優先で守らなきゃいけない!!)

 折れた右腕などお構いなしに、強引に鉄製の脚立の軌道を逸らした。

 受け流された鉄製の脚立が、床に衝突した。

 直後、床が爆発した。

 怪力によって叩き割られた床が、コンクリートの瓦礫の破片や粉塵を撒き散らす爆風になる。近くにいた三人をまとめて吹き飛ばした。

 飛来する瓦礫の煽りを受けた七篠は、部屋の奥に転がり飛ばされた。テオドシアを挟んで七篠と反対側にいるサフリーとヴィースの二人は、部屋の入り口にいたため廊下に吹き飛ばされた。

 靴底が床から浮く。いくら怪力と言えど、この威力はおかし過ぎる。

 魔術による付加効果が鉄製の脚立に施されているのだろう。

 後方に吹き飛ばされながらそう見当をつけ、ヴィースは両手を振り回して空中から魔術による攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、

「それをやったら死ぬマスデスよ」

 テオドシアが、サフリーとの延長線上に隠れながら再び駆けてきた。

(――――まずいッッ!?)

 空中に吹き飛ばされたヴィースの目の前には、当然同じように煽りを受けて吹き飛ばされたサフリーがいる。彼女の体が邪魔で、うまく攻撃の射線が通らなかった。

 否、テオドシアは狙っている。『そのまま攻撃したらサフリーも巻き込んでしまう』よう立ち位置を調整し、サフリーの体に隠れながら接近しているのだ。

「アナタ一人との勝負なら勝てなかったかもしれませんデスマスが、」

 テオドシアは空中で身動きが取れない二人に向けて、鉄製の脚立を槍のように突き出した。

「仲間は多ければいいって訳でもないんデスよ!!私達の業界に一般人を連れ込んだ自業自得デスマス」

 鉄製の脚立が槍のように、そして棍のようにサフリーに迫る。そのまま押し飛ばして、ヴィース諸共まとめて廊下の壁にサンドイッチのように圧迫する気なのだろう。脚立なんてもので圧迫されたら、ひき肉どころでは済まない。

 が、重心の移動ができない空中ではサフリーに受け流し(パリィ)ができず、ヴィースにしてもサフリーが目の前にいるせいで魔術が使えなかった。

 絶対絶命の窮地の中、しかし、

 「何言ってんだ。人数は多けりゃ多い方がいいに決まってるだろう?喧嘩の基本だよ」

 そう言って、サフリーがニヤリと笑った。

 テオドシアはその意味が分からず、しかしサフリーの視線の先を追いかけて、気付いた。

 ワイヤートラップ。

 サフリーは、空中で吹き飛ばされながらも、足を伸ばして廊下にあったワイヤーに自分のつま先を引っ掛けていたのだ。

「『一般人を現場に連れ込んだのが自業自得』だって?そりゃあ、私を過小評価しすぎたっていうお前の自業自得の話か?」

「くっ!?自爆かッッ!??」

 突如、爆風が三人を叩いた。

 高速発動を得意とするヴィースが、慌ててとっさに鍋の蓋程度の小さな土の防壁を展開したが、爆風は拡散して迂回するように三人を叩いた。

 サフリーは廊下に吹き飛ばされ、ワイヤーを引っ掛けていた右足がおかしな方に折れ曲がり血の尾を引いていた。

 ヴィースも爆風に後押しされて後ろの廊下の壁に叩かれた。しかし、サフリーの機転による爆風によってテオドシアの攻撃の軌道が逸らされ、鉄製の脚立の一撃をなんとか回避する。

 しかし、テオドシアは攻撃を受けてもなお止まらない。『テウメッサの狐』の術式は、何者にも捕捉される事がないのだ。爆風は鉄製の脚立の軌道を逸らしてくれたが、テオドシア本人の動きまで妨害はできない。

 再び鉄製の脚立を振り上げ、ヴィースに振り下ろす。

「くっ!!」

 ヴィースがその場で両手を振り回す。

 辺りに浮遊する微小なコンクリート片の粉塵が、ヴィースの放つ突風に流されてテオドシアの顔に飛来する。

 目潰しを狙い、怯んだ隙に尻もちをついた姿勢から跳ね起きる。

 そう考えての風属性の魔術だった。

 しかし、

「私の『テウメッサの狐』は、そんな攻撃に捕まったりしないデスマス」

 粉塵の風をまともに顔に浴びても、テオドシアは両目を閉じたりせず、全く怯んだ様子がなかった。

「な、に――――――ッッ!?」

「一般人の余計な犠牲が増えましたデスマスね。やっぱり自業自得はアナタの方デス」

 そういって、容赦なくテオドシアは鉄製の脚立を振り下ろした。

 尻もちをついたヴィースの姿勢では横にとび跳ねる事もできず、彼女の細腕では受け止められず、また、魔術の攻撃すら当たらない。

 頭を真っ白にして何もできないヴィースの脳天に、テオドシアの鉄製の脚立が無慈悲にも振り下ろされ、

 

 

 直後、ギチリと彼女の頭の寸前で止まった。

 

 テオドシアが腕を止めた訳でもない。

 ヴィースが魔術で防げた訳でもない。

 そう。

 突如として『七色の光』に包まれた鉄製の脚立が、何かに引っ張られるように共鳴するような輝きを放ったのだ。

「こ、これは―――――!?」

 テオドシは目を見開いた。これはツアーガイドの少女とテレスと、交番で見た拳銃と同じ魔術だ。

 そう、この町をおかしくした黒幕の儀式魔術『剣奴の闘技会(グラディアル・コロッセオ)』である。

 鉄製の脚立をそのまま振り下ろそうとしても、後ろの何かに引っ張られるようにピクリとも動かない。

 後ろの……

 

 うし、ろ……?

 

「……、……?」

 ギチギチと首を後ろに回したテオドシアは、事務室の中で、彼女と同じように『七色の光』を放つ物を握っている男を見つけた。

 そう。

 薄暗闇を照らすように、愛銃『コルト・シングル・アクション・アーミー』を七色に輝かせた七篠厳平だった。

 彼は人差し指に引き金を引っ掛け、器用にくるくると銃を回しながら、

「いやぁ、あんたにゃあ銃弾が当たらないから、何かしらの魔術でも使ってんのかと思ってねぃ。だから、おいちゃんはこういう手段で邪魔ぁさせてもらうぜぃ」

「……なるほど、誤算しましたデス。アナタも魔術師だったんデスマスね」

 そう。

 七篠は、今この町で起きている黒幕の魔術『剣奴の闘技会(グラディアル・コロッセオ)』の魔術を逆手に取ったのだ。『武器を持つ人間』を対象に、強制的に殺し合わせる猟奇的な儀式魔術。互いが引かれ合うように共鳴すると、七色に光る武器は互いのどちらかが壊れるまで外野をそっち除けで戦闘を始める。

「あんたが『一般人』って馬鹿にしたそのお姉ちゃんに、『七色に光る武器同士が共鳴するように光ると、脇目も振らずに互いに殺し合う』っていう面白い話を聞かせてもらってねぇ。いやぁ、やっぱり仲間が多いってのはいい事だとおいちゃんは思うよぅ」

「やられました。見事デスマス。デスが、それでも―――――」

 眼中にないと言わんばかりに、テオドシアはヴィースに背を向けた。七篠に向き直り、七色の輝きを放つ鉄製の脚立を構え直す。

「―――――勝つのは私デスマス。命までは()りませんが、少々手荒い方法で洗いざらい知ってる事を喋ってもらいマスよ」

「おぉう、優しいねぇ。だったらおいちゃんも手加減して……やりてぇところなんだが、残念なことに、この銃は引き金を引くか引かないかしかできなくてよぅ。まぁ、その、なんだ…………『生きる』か『死ぬ』かはあんたが加減してくれぇや」

 魔術師と魔術師。

 片や同族殺しのイギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』、テオドシア=エレクトラ。

 片や身寄りも仲間も組織も過去も、宛て無し宿なしの風来坊な賞金稼ぎ(バウンティハンター)、七篠厳平。

 互いの齟齬に気付かぬまま、彼らは自身の正義を掲げて力を振るい合う。

 既に善悪に意味はなく、きっと言葉を紡ぐ力なき『一般人』ならば、争わずに手を取り合えたはずなのに……

 

 

 

 




カッコつけてますが、七篠は今、鼻血出してます。
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