造られし害虫の王 ──The pest which is made── 作:バルシューグ
五話
「おお…」
「中は思ったよりも綺麗なままで残っているぞ…」
トシオがそう言い、辺りを見回す。
コックピットについた隊員達は辺りを見回していた。
20年の年月と外からの様子では想像出来ないほどに綺麗な状態なのが不思議に感じたのだろう。
ティンが前に進み、ある物を見つける。小吉が後を追って声を掛ける。
「何だ、ティン…
用心して入れよもっと」
「あ…ああ…すまない。
…でもコレ…
どういう意味だと思う…!?」
ティンは画面を眺めながら話す。
小吉もその目線の先に映るものを覗き込んだ。
「…?」
デイヴスも二人に近づいて画面を見る。
「TRANS──…MITTED…!?」
小吉が画面に映し出されている文字を読む。
デイヴスは考え込む様にして呟いた。
「…いったいどういうことだ?
このバグズ一号からは火星に着いて間もなく連絡が途絶えたんじゃないのか?…だが
地球に向けて何かを…
飛ばしている…!?」
その言葉で二人も考え込もうとしていた時ーー
外の方から銃声が鳴り響いた。
「銃声!?…何で…!」
「手から薬を放すな!いつでも変身出来るようにしておけ!」
デイヴスは出口に向かう途中にそう叫んだ。
外に出ると見張りをしていたルドンとジョーンが撃たれて殺されていた。犯人は目の前にいる数十のテラフォーマー…
その中で数匹はバグズ一号に積まれていたであろう銃を手にしていた。
「…ッ!こいつらが!
それに…まさか…重火器まで扱うのか!?」
ティンは薬を握り締めながら叫ぶ。
「お前らッ!薬を使うぞ!」
デイヴスが首に刺しながら言った。
「おうッ!」
それを聞いていたティン、小吉、奈々緒、明明が一斉に薬を使う…
その様子を眺めるテラフォーマー?がいた。手には通信機器を持ち、ある者と会話していた。
『そうか…火をつけるところまでいったか…よろしい。
これならばあの豪太も死を待つのみだろう…
まだデイヴス艦長が残っているが…
先に脱出してしまえばこちらの物だ。引き続き監視を頼むぞ』
「了解です。
ここまでは少し予定とは外れましたが何とかなりそうですね…
他に警戒すべき事はありますか?」
「ああ、東洋人と艦長…そして豪太」
「…!」
『その昆虫はずば抜けて強いわけでも…作戦に有利な特性を持つわけでもないが…
史上最も多くの人間を殺している──
───非常に獰猛な蟲だ』
「ハァ…ハァ…」
そろそろ効いてくる頃か?
一郎は壁にもたれ掛かって例の状態に入っているし、そろそろ酸素をありったけ吸って無駄な行動を取らないように──
その時、テラフォーマー達が突然、倒れ出した。
ーー始まったか…
俺はバタリと倒れる振りをして床に伏せる。
その中で俺に近づく足音を聴きながらタイミングを図る。
足音がピタリと止んだその時、
銃声と共に俺は背後に下がった。
「!?」
避けて、顔をまえにあげて見ると…目の前にはテラフォーマーの姿をしたヴィクトリア ウッドが立っていた。
…こいつが来たという事は多少なりとも酸素はあるという事だな。
俺は呼吸を再開して、相手と距離を保つ。
「一郎君、これはどういう事───あ、そうか。水をかけなければならないのか…」
ウッドはそう呟きながら銃を俺に向けたままで、水を持って一郎にかける。
一郎は目を覚まし、俺とウッドを交互に見た後、一言呟いた。
「…何でそんな格好してんの。
てか、何で奴が生きてるの?」
ウッドはテラフォーマーの姿から元に戻し、一言言った。
「いやあ、一応アイツらにも視覚はある様だし雰囲気でると思ってさ…
あっちが生きてるのは私も予想外だよ」
「まあ、死にたくなければそこでジッとしててね。一郎、鋼鉄の縄ある?縛ってきて」
「…ああ」
一郎は俺に近づき、その縄で何重にも巻いて結ぶ。
長さ十メートルもある縄で厳重に縛るとは…
やはり、馬鹿ではないか…
少なくとも時間はそれで稼げるわけだしな…
「よし、それでさ〜〜〜
さっきから探し物が見つからないんだけど、ひょっとしてアテが外れたかなあ?」
ウッドは困ったという顔で辺りを見回した。
当たり前だ、一つ卵を俺が潰しておいたんだ、無いと決まっている。
「いや…二匹…落とした奴がいたぜ」
一郎から告げられた言葉は俺が予想すらしていなかった答えだった。
二つ…だと…
俺が運命を変えた事でまた新たな運命が生まれたのか!
完全に失敗した…このままでは確実にやられる!!
「へぇ、じゃあこれが…」
「ああ、テラフォーマーの卵だ」
場所は変わってバグズ一号前…
時は遡る事、バグズ二号の真空状態前である。
変態を完了させた五人はお互いの背を任せるように立っていた。
他の場ではある者は撃ち殺され、
その背後にいたジャイナは何とか変身して銃撃を防いだ。
ーーよかった…!銃弾は通らない…!ーー
クロカタゾウムシの鎧は非常に硬いが…
本人自身を包むわけではない。
ジャイナはあっという間にテラフォーマーに囲まれてしまい、
「きゃああああああ‼︎」
叫び声が辺りに響くと共にそのまま首を千切られて絶命した。
「ジャイナ!」
その様子を見ていた明明が叫ぶ。
トシオは考えていた。
こんなところで全滅するワケにはいかない‼︎残った豪太や一郎のためにも…
しかしトシオの頭の中では全滅という答えが見え始めていた。
蟲化したバグズ二号の隊員がなお敵わぬ
「ウッドがいないぞ…そういえばさっきから……まさか」
ザシュッ
コロコロ…
脱出を考え、そして倒れていく中で
狩ることを考えている者達…
──それはこの五人のみであった。
ティンの昆虫能力…
『サバクトビバッタ』はトノサマバッタ同様…異様に発達した後ろ脚で飛び跳ねることで知られているが…
もし、
人間大のスケールであれば、一回のジャンプで九階建てのビルを優に飛び越すと言われており、
これは昆虫のトップクラスの──
脚力である。
ティンが放った蹴りはテラフォーマーの甲殻を簡単に裂き、鍛え上げられた武術と組み合わさる事で力を最大限に発揮した。
その威力は一発で二匹のテラフォーマーを仕留める程であった。
『オオスズメバチ』───
それが小吉の持つ能力である。
危険生物…
人間の陸上及び海上における野生生物の襲撃による年間死亡事故数の最も多い──
”最も危険な野生生物”は…
──蜂である──
日本原産『大雀蜂』
他のスズメバチを含む多くの蜂は、自分達の巣を守るためにのみ攻撃行動を起こすのに対して…
オオスズメバチだけはーーー
自らの巣のみならず餌場となる樹木や捕食中のミツバチの巣全てに近付く者を警告行動も無しに問答無用に攻撃する。
小吉の頭を掴み、攻撃しようとしたテラフォーマーは小吉に腕を掴まれ、そのまま背負い投げを喰らう。
脳天が地面に直撃し、動きが停止している隙に小吉は腕から伸びる極太の針を使ってテラフォーマーの顔面を突き刺し、殴る。
その威力で地面は崩壊してテラフォーマーは絶命する。
テラフォーマーが銃で対抗するものの小吉には当たらず、意味を成さなかった。
そして───
一発、
二発、三発、四発、五発、六発…
一度しか毒針を使わないミツバチと違い、毒液の尽きぬ限り何度でも刺してくる。
対象の”黒い生物”が死ぬまで
その攻撃をまともに受けたテラフォーマーは胸に六つの傷を受けたまま、泡を吹いて倒れる。
デイヴスはテラフォーマーの首をへし折りながら辺りに声を掛けた。
「小吉、ティン、明明、奈々緒…
俺たちは逃げられない。
だからこそ…!
戦って
「「「「はいッ!!」」」」
その言葉に応え、全員が動き出す。
ただーーー
「「……あれ?」」
二人、バグズ一号に取り残された二人を除いて…だが。
そして時は戻り、豪太が縛られている頃には…
「がああああ‼︎」
声を張り上げ、テラフォーマーの顔面を殴り潰した小吉は呟いた…
「ハア…ハア……これで最後か…」
「ああ、終わりだ。小吉」
ティンは辺りを見回しながら言った。
「…ゴキブリの数は…ざっと二十あたりか…
皆、生き残ったのはおそらく俺たち五人のみだ。
リーとマリアの遺体が無いのが少し気になるが…
何にせよ、この数相手に皆よくやった」
デイヴスは静かにそう言った。
しかし、その表情は悔しさが滲み出ていた。
「…豪太たちの所には百近くいた、だがここにも大勢がまだ残っていたという事は…
おそらくまだこれで全部じゃない」
「戻ろう、豪太と一郎を無駄死にさせられない…」
小吉はそう言って、全員が車の方に向かおうとすると…
「おい…あれ、何だ…!?」
夜明け前により、火星表面を覆っていた朝霧が、気温の上昇とともに風が現れることによって丁度その時──
──晴れた
「な……んだ、あれ」
ティンが驚愕し、声を口から漏らす。
「…おかしい、何故あんな建造物があるんだ…
さっきのバグズ一号の通信記録もそうだ…!
わからない事が多すぎる!
どうなっているのだ、この星はいったい!?」
デイヴスは声を荒げながら言った。
『艦長…君の怒りももっともだ…』
突然、車の方から声が聞こえてくる。地球と通信が繋がったという事だろう…
「…地球か。ようやく繋がったと思えば…」
デイヴスは呆れた顔で車を見る。
『あの密集ピラミッドはおそらく…
”ラハブ”の神々が建てたもの』
「?…何だって?」
(ラハブ?何だ?地名か…?
いや、どこかで…)
「え?なんなの?ラハブって…」
隊員達はそれぞれの反応を見せる中、ティンはニュートンに質問した。
「…何故、今更になって通信を?アレがあなたたちの仕事に関係があるんですか?」
『…それは…
かつて起こった悲劇を繰り返す訳にはいかないからだよ。
これから私の言う事を良く聞きなさい、特に艦長と小町くん、君たちだ…
卵があるはずだ。
ヤツらは駆除される時、DNA情報の詰まった卵を隠す…
それらを見つけて───
』
同時刻、バグズ二号の方でも動きは始まっていた。
「任務完了だ、一郎くん!さあ、本多博士に連絡して…帰るぞ♥︎」
辺りに地響きのような音が鳴り響く。
「む…待てッ!何だ、この音…
バグズ二号から……まさか!?」
デイヴスはバグズ二号がある方角に向く。
「そんな…この音は…
二号のエンジンの駆動音…!?」
明明は、眉を顰めながら言った。
「「「は…!?」」」
その言葉に音の正体がわからなかった者たちが驚く。
そのタイミングでニュートンと本多博士は言った。
『その卵を見つけて…『破壊しろ『持ち帰れ』』
『ネムリユスリカ』…一郎の昆虫能力である。
アフリカ中央部に生息し、姿は蚊に似ていても吸血することはなく、害のない昆虫である。だが、この虫の幼虫は驚くべき特性を持つ。
それはーーー
『死なない』
この虫は水分が足りない環境に置かれるとクリプトビオシスという防御状態に入る。
その状態に入ると
二百度の熱で五分間熱しても死なない。
マイナス二百七十度で芯まで凍らせても死なない。
百六十八時間のエタノール処理でも、七千グレイの放射線に曝されても、真空状態に置かれても…
ネムリユスリカは死なない。
そして、水分を与えると何事もなかったかの様に活動を再開する。
『エメラルドゴキブリバチ』…ウッドの昆虫能力である。
悍ましいこの名の由来である特殊な毒針はゴキブリの脳の逃避反射を司る部位だけを破壊し、生きたまま奴隷にする…
”死なない虫”と、”ゴキブリを操る虫”…
こんなものが一体どう生まれるのか…生物の進化はかくも神秘的に我々の想像を超える。
「ところでコレを持ち帰って本多博士は何をするつもりなんだろうな?」
ウッドはそう呟く。
「…詳しくは聞いていないがおそらく軍事的な理由だろうな」
その問いに対して一郎は答えた。
「軍事的?」
「ああ」
「ウチの国は核を持つ事が出来ない、だから未だに国連でも弱い立場にあるし、隣国に対しても強気に出れないんだ…
だが、
このテラフォーマーの恐怖をコントロールする事が出来れば…
核以上の抑止力と発言力を持つことになる。そんなところじゃあないか?」
「フーン、裕福な国なりに日本もいろいろ大変なんだな」
少し興味なさげな様子で言った。
「ウッドは何で本多博士の提案を受けたんだ?」
「あー、あたしはね…」
ウッドが答えようとした時、レーダーに小吉達の車が反応した。
「車が戻ってきたのか!早いな…外にいたゴキブリも倒して来たのかな?
あー、早く高度上げないとな、あたしはゴキブリに狙われる事はないけど、小吉君のゲンコツをくらったら死んでしまうぞ」
ボタンを叩きながらウッドはそう言った。
「くそッ!どうなってやがる!!」
バグズ二号は高度を上げ、更に距離が離れていく。
「ウッドが裏切って…俺たちを置き去りにしようとしているのか!?」
「豪太と一郎はどうなった!?」
疑問ばかりが増えていく中、船はとうとう空へと向かっていく。
「クソおおおお!!」
バグズ二号に向かって小吉は吠える様に叫んだ。
「ウチの地元は基本的に土葬なんだけどさ、
死んだ親父を埋める時に死体に生コンクリート流して固めたんだよ。
そうしないと死体の着てる服が盗まれるからヒドい時は死体そのものも盗まれるぞ。
…まあ、それで親戚中をたらい廻しになった後、あたしも死体盗んで生活してたんだけどね」
ウッドは口を釣り上げながらそう話した。
「それがーーウッドがバグズ手術を受けた理由…か」
一郎は無表情に呟く。
「うん…まあ珍しいこっちゃないんだけどね。
親世代の五人に一人が感染病で死ぬ大陸だから」
その時のウッドの表情はただただ異様な雰囲気を放っていた。
「バグズ手術の痛みなんて屁でもなかったぜ、十二の時にうけた女性器切除に比べたらな。
ありゃ、日本のハラキリと同じくらい痛えぞ〜
いや、日本刀程切れ味が良ければまだマシかも…あたしの時はカンズメの蓋だったから」
「……そうか…まあ、この計画が成功すれば世界の軍事バランスが崩れかねない。
お前んトコも内戦やってる場合じゃなくなるかもな」
しかし、ウッドの考えは違った。
ーー内戦が終わるだと?
許すものか、そんな事で。
この力はみすみす日本には渡さない今度は…あたしが支配してやる…
全てのテラフォーマーと世の中のバカ共を…このエメラルドゴキブリバチの力で!ーー
バチッ!
二つの卵から孵化の音が聞こえる。
──マズイ
このままでは…
いつでも縄を切れるように身構える。
今ここで叩き潰す、こいつらを…
「そんな…早すぎるがまさか…
もう孵化するのか!?」
一つの卵から二匹のスキンヘッドのテラフォーマーが生まれ、もう一つの卵からはスキンヘッド型よりも一回り、二回りも大きく、強靭で膨れ上がった筋肉を持つスキンヘッドテラフォーマーが誕生した。
「!?」
一郎は構えるが、それをウッドが手で制す。
「慌てるな、一郎くん。確かに予定より早かったが、あたしの毒も地球までもたん事もない。」
そう言うと、三匹の頭に指を突き刺し、毒を脳に注入する。
が、
──効果なし
テラフォーマーは不気味に笑い、唖然と立ち尽くすウッドの足を蹴り折った。
「…何で、何で効かないの!?
ここら一帯のゴキブリも支配できてた毒が…」
ウッドは情けなく、そう言った。
一郎は考えた、薬効耐性?いや、違う。これはーー進化!!と…
「ウオオオオオ!!」
俺は縄を引きちぎり、体格がデカイテラフォーマーに向かって走る。
標的のテラフォーマーは前に出て、仁王立ちで俺を迎える。
助走でつけたスピードと殴る直前に踏み込み、更に力を込める事で更なる威力を出すーーー
その拳でテラフォーマーを俺は殴りつける。轟音が鳴り、掌に伝わる触感がその甲殻の硬さを表していた。
殴りつけた腹部には少しのヒビが入っただけでダメージを与える事は出来なかった。
「バカナッ────!」
油断した隙にテラフォーマーは俺の腹にあり得ない速度で拳をねじ込む。
「ッ─」
声にならない悲鳴が響き、俺の身体は平行に吹き飛んだ。
そのまま一直線に壁に叩き付く。壁は当たった瞬間に半壊し、俺は床に落ちる。
───強いなんて物じゃない
強度、筋力、速度…全てにおいて俺に勝っている。
そして、先程のパンチ、見ることは出来たが反応は出来なかった…
立ち上がろうと力の限り踏ん張るが足が動かない。
自分の身体を見ると、殴られた腹部の甲殻は潰れ、完全に割れていた。
更にかなりのテラフォーマーとの戦いで負った傷がその一撃の傷と組み合わさり、俺の身体はボロボロだった。
その様子を見た後、俺に興味をなくしたかのように視線を変え、腹から力一杯、叫ぶことで仲間を呼び始めた。
さあ、どうする?
このままだと、全滅だ。
考えろ!残された物は何だ!!
己の力を思い出せ!!
少し時が経つと
テラフォーマー達の羽音が聞こえ始め、その音に初めて俺は絶望した。
絶望を味わってしまった。
───本当の恐怖というものを…
さて、とうとうピンチが主人公にも訪れました。
これからの展開も変わってくると思います。